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zoom RSS 深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由侵害【7】弁天堂。利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺

<<   作成日時 : 2017/07/09 20:22   >>

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[第551回] 会社と営業の話(124)
    実際問題として、深奥山方広寺(浜松市北区引佐町奥山)の「境内」を歩いてみると、その敷地が広いことと、建築物が多い、それも、けっこうカネがかかっていると思われる建築物が多いことに気づく・・・・が、それらの建築物には新しいものが多い。建築で国宝に指定されているものはなく、重要文化財に指定されているものは、「七尊堂」という1401年に建てられたという小さい建物のみで、それ以外は新しいもの、特に、「財界人」というのか、「事業者」の「寄進」によって造られた、もしくは、その「財界人」「事業者」を称賛するための記念碑として造られた? かのようなものが多い。 一般従業員の「信教の自由」を土足で踏みにじり、本来なら従業員に賃金として支払われていていいはずのカネを「研修料」として横取りして蓄えるということをしてきた「寺」だけある? という印象を受ける。 但し、新しい建物が多いというのは、それだけが理由ということでもなく、深奥山方広寺HPの「方広寺について」http://www.houkouji.or.jp/about.html に、≪ 明治14年(1881年)の山林大火の際に類焼に遭うも開山円明大師の御墓所と七尊菩薩堂、開山様本像、そして半僧坊真殿が焼け残ったことから、方広寺の鎮守の神である半僧坊の信仰も全国に広がっています。 ≫と出ており、火災で焼失した建物を再建したことから新しいという建物も中にはあるようだ。

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↑ (左)弁天堂。 (右)山門。
山門よりも手前、寺の外側、「山門より外、黒門より内側」の位置に弁天堂がある。
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↑ 弁天堂。

   弁天堂の脇を通り、山門をくぐって進む。 谷あいに道では左に小川が流れており、夏場でも、ひんやりとして心地よい。  ↓の像だが、拝観受付でもらった「方広寺・半僧坊拝観コース」には、≪石橋と五百羅漢  石橋の羅漢は時には四体、時には五体となり方広寺の不思議のひとつ≫と書かれているが、どう見ても、何度見ても、五体である。
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橋というものは渡るものではないのか。 橋の上に「羅漢さん」なのか「仏さん」なのかの像を置かれたのでは通れないのではないか、という気もするが、通したくないからここに設置したのだろうか・・・・・。
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   谷あいの参道の脇に「羅漢さん」が何体も置かれている。 中には、なかなかユーモラスな姿勢と表情のものもあり、これ、なかなかいいじゃないかと思うものもあるのだが、しかし、その費用を誰が出したのか・・・・? というあたりも考えてみる必要がありそうだ。
   この石橋の脇の参道を進んでいくと、道が二俣に分かれる。 左の道の方が低い位置を歩み、右の道は坂を登っていくようになる。 「方広寺・半僧坊拝観コース」には、又、現地の案内板には、左の低い方の道を進み、本堂に行ってから、帰りに右の坂道を下ってくるのが「拝観コース」と指定されているようだが、特に混んでいないなら、どちらから行っても悪いことはないだろう。 その右手の坂道を登って行ったあたり、本堂より下に、↓なんて掲示があるのだ。
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↑ 「平成の五百羅漢 奉納承ります」「一体 20万円」だそうだ。
こういうの、参拝者が誰もが通る経路に大きく書き出すというのは、「正直でよろしい」とほめるものだろうか・・・?
そして、↓
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↑ クリックすると大きくなるので大きくして見てもらいたい。たとえば、「はごろも缶詰株式会社 会長 後藤磯吉 金500萬円」なんて書いてあるわけだ。大きく。 なんか、はごろも缶詰、食うの、嫌になってきたな・・・・・。 この「寺」は、200円とか2000円とか出す人間よりも、20万円とか500万円とか出す者を大事にしたいという「寺」なのか?
   そのカネ、どこから出てきたのだろうか?  根源的な問題として、企業が「利益」と称しているものというのは、それは誰が生み出したものか、何が生み出したものか?
   慶應義塾大学の商学部に在籍した時、黒川行治という内部進学の助教授(今は「教授」らしい)が、「会計学総論」という講義で、「企業の利益は何が生み出したのか。 労働が生み出したと考えるのがマル経(マルクス経済学)ですね。 資本が生み出したと考えるのがきんけい(近経)(近代経済学)ですね」などとのたまわれたことがあったが、それは、エアコンがきいた部屋で椅子に座って机に向かって『近代経済学』とか『マルクス経済学』とかいう題名の本をお茶でもコーヒーでも飲みながら読んだ人が思うことだ。 もしかして、「一流企業」に勤めていると、この「資本制経済のしくみ」がわかりにくいかもしれないが、(株)一条工務店みたいな三流以下企業に勤めてみなさい。そんなもん、『マルクス経済学を学ぶ』なんてそんな題名の本なんか読んで学ばなくても、たちどころにわかる。 利益を生み出したのは従業員の労働である。 「資本が生み出した」て、アホか!?! その「資本」自体、従業員・元従業員の労働が生み出したものだろうが!!! 時間外手当不払い・休日出勤手当不払いでためこんできたカネだろうが。 ふざけんな!!!
   「どう思いますか。 利益は資本が生み出したものか、労働が生み出したものか」て、バカ言ってんじゃないよ!!! よく言うわ! 慶應大学の助教授なんてやってるとそういうことを言い出すようになるのか?!?  そんなもの、労働が生み出したに決まってるだろうが!!!  よく言うわ! いつも、騙してばかりね〜え♪ 私が何にも知らない、とでも思っているのね〜え! バカ言ってんじゃないわ♪ バカ言ってんじゃないわ!!!! 〔⇒《YouTube-三年目の浮気 》https://www.youtube.com/watch?v=DgBvi-cZbJM  〕  開き直るその態度が気に入らないのよ!!!
   深奥山方広寺のボーズどもは、「座禅研修」と称して(株)一条工務店の従業員が強制され「信教の自由」を侵害された、人権侵害のための「研修」により、(株)一条工務店のオーナー経営者からカネをもらったと理解していたようだが、経済学的に分析すればそうではない。そのカネを生み出したのは従業員の労働であり、従業員の労働が生み出したカネを、本来なら従業員に給与として支払われていいはずであったものを削り取って、それが深奥山方広寺のボーズどもの所に行ったのである。

     資本制経済社会における企業・資本の横暴に対して、国民は、労働者は、従業員はいったいどういう対抗措置をとることができるのか。 プロレタリア革命による社会主義経済の社会の建設という方向に希望を見出した人がかつていたのだが、現実に社会主義の国として出現したソビエト連邦については、実際にモスクワに行ってその状況を見た人間には、かつて、社会主義に好意的な態度をとった、ジャン=ポール=サルトルは「ソ連官僚制共産主義」は資本制社会に比べて人間を自由にする社会と言えるのか疑問を感じだし、ドイツ共産党員で精神分析医であったヴィルヘルム=ライヒは、ソ連を「国営資本主義」であり、西側の資本制社会よりも民主的な社会であるとは言いがたいと考えるようになり、文学者アンドレ=ジッドは「もしも、スターリンが常に正しいと言うのであれば、スターリンがすべての権力を持っているというのと変わらないではないか」とソ連型の社会主義と距離を置くようになる。 毛沢東はソ連の外交姿勢について「ソ連社会帝国主義」と社会主義であっても帝国主義であると批判する。
    しかし、ソビエト連邦が崩壊した時、なんだか、資本制経済こそすばらしいかのような論調のものが出回ったが、その際、近代経済学者のガルブレイズは「資本主義が勝利したのではない」という論文を発表し、社会主義経済のソ連が崩壊したとしても、だからといって資本制経済の側に問題がないわけではないことを述べる。
    そもそも、カール=マルクスは、社会主義革命は、資本制経済が発展した国で起こるであろうと予想していたはずであったが、実際には、資本制経済が未発達なロシアで起こった。 その理由だが、資本制経済が発達していたイギリス・フランスなどの西ヨーロッパの国においては、資本・使用者の側が労働・労働者の側に対して、いくらかなりとも譲歩することによってその社会を存続させるシステムができてきていたのに対して、資本制経済が十分に発達できていないロシアにおいては、そういったシステムは構築されず、根底からひっくり返すしか方法はなかったからではないか、という見解があるようだ。 これは私が考え出した見解ではなく、何かで読んだものだが、それが何であったか、今、見つけることができない。
    さて、経済史・産業史の視点からも見る必要がある。歴史的に見るならば、すべての場所において同時に変化・進行していくわけではなく、様々な形態が並存していることはしばしばあることである。 資本・使用者が労働・労働者・従業員に対して、いくらかなりとも譲歩することによって存続をはかるという状態・対応をしている会社と、そうではなく、「根底からひっくり返すしかどうしようもない会社」というのが並存しているという場合はある。 現在の日本においても、並存しているのではないか。 そして、「根底からひっくり返すしかない会社」に勤めた従業員は、「根底からひっくり返す」のか、それとも、「損切り」して他の会社に転職するのか。 他の会社に転職しても転職した所も「根底からひっくり返すしかない会社」である可能性もあるわけで、それを考えると、「根底からひっくり返す」可能性を求めるのか。
    昔、三田の慶應大学の入口の前の電柱に、客車を引っ張る蒸気機関車の先頭にカール=マルクスの顔を描いたポスターが貼られていたのを見たことがある。 「革マル派」と言われる人たちのポスターだった。最近、不動産屋の分譲地や新築マンションへ主要道路から入る箇所に、カラーコーン(パイロン)を置いてそこに「オープンハウス→」「マンション見学会→」とか書いた紙を括り付けておいてあったり、日傘をさしたおっさんが椅子を置いてそこに1日座っていたりすることがあって、そんな所に一日中座られたのでは邪魔やなとか思ったりすることがあるが、それは、電柱に「オープンハウス →」とか「新築マンション見学会→」とか書いた紙を括り付けると、軽犯罪法違反だと言って、おまわりに「検挙」されてしまうので、それで、工事中でもないのに路上にカラーコーン(パイロン)を置くのはいいのかというと、それもいいわけではないのだが、電柱に括り付けるのを軽犯罪法違反だとして検挙しても「検挙 1」で、なにしろ、怪人21面相とか捕まえたって「検挙 1」であることを考えると、不動産屋が電柱にポスターを括り付けるところを後ろからこそお〜っと忍び寄って、「何してるんですか」て、そんなもん、きかなくたってわかってると思うのにカマトト言って検挙する方が検挙件数を稼ぐのに有利♪ ということだからかどうか断定はできないとしても、なんか、他にもやることあるんじゃないのかあ〜あ・・・て感じがするのに、そんな電柱のポスターなんてのを一生懸命検挙したりするわけだが、電柱にポスターを貼り付けたという場合は警察が担当するらしいのに対して、道路上にカラーコーン(パイロン)を置いても、それは警察の担当ではなく、市役所の道路管理課とかそういう部署の担当らしく、警察は年中無休であるのに対して、市役所は土日休みなので、それで、不動産屋は金曜の夕方に出して月曜の朝に撤去するということをやるらしいのだ。 不動産屋もいくらなんでもそこまで貼りまくるのはやりすぎじゃないかて感じの不動産屋もいるけれども、1枚や2枚目くじらたてなくたって・・・と思わないでもないのだが、なぜ、警察は電柱にポスターを括り付けるのを必死になって取り締まるのかというと、要するに、革マル派とかそういう人達が自分たちの主張を描いたポスターを電柱に貼るのをやめさせたいから、と違いますか。
   で、その客車を引っ張る蒸気機関車の先頭にマルクスの顔を描いた絵は何を意味しているのかというと、これは、「生産力と生産関係の矛盾によって」という言い回しで、資本制経済は社会主義経済に移行するであろうということをマルクスさんは言うておったらしいのだ。 その「生産力と生産関係の矛盾によって」という部分だが、これを機関車が客車を引っ張る様子に例えられるらしい。 それを絵に描いたというものだったようだ。
    「生産力と生産関係の矛盾によって」資本制経済の社会が社会主義経済に移行するかというと、一時期、出現した社会主義国の多くは資本制経済に変わり、資本制経済の国で社会主義経済に移行していく国はあまり見当たらないのが現状である・・・のだが、しかし、ここでも、経済史・産業史的視点で見ることも必要ではないかと思う。 資本・使用者の側が労働・労働者・従業員に対していくらかなりとも譲歩をおこない、共存していけるようにすることで、資本制経済のもとでの企業として存続する会社というのが一方においてあるとして、そういう対処をすることができず、もしくは、な〜にがなんでもそういう対処なんかしてた〜まるもんかあ〜あという態度・対応の会社というのもあるわけだ。 後者の方については、労働者・従業員としては、「根底からひっくり返す」のか、そうではなく、比較的「良心的」な会社に転職することにより、「根底からひっくり返すしかない会社」は従業員の質が低下していき、そして、経済的地位が低下して行き、最後は地球上から消滅する・・・という可能性も可能性の1つとしてあるのではないか。 もう1つの可能性だが、「生産力と生産関係の矛盾によって」、浜松地方の1工務店であれば、その「生産力」に対応するような「生産関係」の会社でも存続できたとしても、それよりも大規模な会社になるとともに、「生産力と生産関係の矛盾によって」、オーナー経営者一族とその取り巻き・その「腰巾着」が会社から引きちぎられることになる、という可能性も可能性の1つとしてありうるのではないかと思う。
    かつて、毛沢東は「すべての帝国主義者と反動派はハリコの虎である」と語った。 「帝国主義者と反動派には2つの面がある。 牙を持った恐ろしい本物の虎である面と見かけは恐ろしいがその実力はたかがしれているハリコの虎である面である」ということを語ったはずである。 資本制経済をとる国はハリコの虎として駆逐されたかというとそうはなっていないのだが、しかし、「実力はたかがしれている」という「反動派」はなにゆえに「実力はたかがしれている」かというと、「人民から離れているからだ」というのだ。 そして、これもまた、経済史・産業史的視点で考えてみる必要があると思うのだ。 すべての会社が同様になるとは限らない。 その会社によって、存続していく会社もあれば、「ハリコの虎であって、その実力はたかがしれており、やがて打倒される」会社もまたあると思えるのだ。 オーナー経営者とその取り巻き・その「腰巾着」の判断が優秀でないことから利益が少なくなれば、その分だけ従業員の給料をへつればいいこと、という対応をしている会社、従業員の給料をへつったカネで従業員の「信教の自由」を侵害する「研修」を深奥山方広寺と手を組んで実行する会社、従業員の給料をへつってためたカネを浜松市に「防潮堤の費用」だと言って寄付して英雄みたいな顔をしたがるオーナーの会社、従業員の給料をへつったカネを東大に寄付して弥生講堂なんてものを香山壽夫に設計させて造る会社というのは、存続する方の会社なのか、「ハリコの虎」の方の会社なのか・・・・。
    もう、正確な文句は忘れてしまったが、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株) 〕の「社是」に「株主と共存し、従業員と共存し、顧客と共存し、地域社会と共存し、・・・」という文句があったように思う。 もっとも、これを誰が言っているのか、会社が言うのならば、会社の所有者とは誰かというと株主であるのだから、自分で自分と共存すると言うのも矛盾した文句とも思える。 従業員にしばしば唱えさせていたが、従業員が唱えるのならば、やはり、従業員が従業員と共存するというのも、矛盾した文句であるが。 そういうことはあるとしても、悪い文句ではないと思っていた。 但し、この会社をぶっつぶしたオーナー経営者と銀行がそれを認識していたかどうかは相当疑問であるが。 「人みたいなもん、求人広告さえ出せば、いっくらでも採用できる。求人広告はどんどん出せ。求人広告をどんどん出して中途採用の従業員はどんどん入れて片っ端から辞めさせろお」とオーナー社長の大澄賢二郎が言っていたという(株)一条工務店のような一族従業員・縁故従業員は別として一般従業員とは共存する姿勢が欠落したオーナー経営者の会社というのは、存続する方の会社か「長い目で見るならばハリコの虎であって、その実力はたかがしれている」方の会社なのか。
    ルキノ=ヴィスコンティ監督のイタリア映画『山猫』では、伯爵が「時代は移り変わっていく。教会は時代の主が変っても存続しなければならない。教会は次の時代においては教会を守るために私たち(伯爵)を見捨てるだろう」と語る場面があった。 貴族が主であった時代からブルジョワジーが主になる社会に移行していく過程において、伯爵は自分たちは、いずれ、今まで支援してきた教会から見捨てられると見たわけだ。
    深奥山方広寺は、後醍醐天皇の皇子が開山となって造った寺らしいが、本堂の右隣の本坊か?と思われる建物の中にある宝物室に出ていた系図を見ると、その後、奥山家という方広寺の家系は徳川家の家臣の井伊家と縁戚となって存続してきたらしい。 そして、明治維新以降においては、「財界」というのか「事業者」というのかと手を組んで発展しようとしてきたらしい。 「三重塔」はラシャ問屋を営んでいた京都の山口玄洞という人が寄付したカネで造られたときっちりと書かれている。↓
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「羅漢像」は、「一体20万円」とはっきりと書かれており、「寄進」した社長の名前がずらずらと大きくかかれている。  寺は、寺を守るため、カネを払ってくれる相手と手を組むべく尽力してきた・・・ということか。 たいして払ってくれると思えない一般会社員には「信教の自由」という人間としての根幹にかかわる人権を侵害してもかまわないと認識して。 で、そういう認識の宗教団体というものは、「ハリコの虎」であるかないか? そこが問題である・・・・が、まあ、そういうことをやって、あんまりいいことないと私は思うが、な。

    私の父は、私が高校から大学に行く頃、「マルクスは『宗教はアヘンであ〜る』と言うておる! 焼〜き討ちじゃあ! 焼〜き討ちじゃあ〜あ!」 とよく言っていた。 そもそも、家で、「会社のために死んでも働く。 撃ちてしやまん、一億火の玉。欲しがりません、勝つまでは!」「木口小平はちんでもラッパをはなちまちぇんでちたあ〜あ」「とってちってたあ〜あ」だの「ロスケどもをやっつけてや〜る」だの「共産党は死刑にしろお」「日教組は刑務所にたたきこめえ」「朝日新聞の従業員は全員、刑務所に入れろお」とか叫んでいたおっさん(あくまでも、家の中でだが)が、なにゆえに、私が高校を卒業する頃になると、途端に、「マルクスは『宗教はアヘンであ〜る』と言うてお〜る」とか言い出して、何を突然、その部分限定で「教条的マルクス主義者」になるのかと思ったが、要するに、哲学科に進学して宗教哲学の研究者になろうかとか、特に、キルケゴールの哲学を研究したいといったことを考えていた私に、そういう方向に行かさないようにするために、「宗教はアヘンであ〜る。 とってちってたあ〜あ。 焼〜き討ちじゃあ、焼〜き討ちじゃあ〜あ!」と言い出したようだ。 さらに、「『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお〜る。焼〜き討ちじゃあ。焼き討ちじゃあ」と毎日のように叫ぶその「焼き討ち織田信長大好き人間」が、キリスト教の洗礼を受けた「クリスチャン」だというのが、これもまたようわからんことだった。
    まず、その「宗教はアヘンである」という文句であるが、どうも、父は親友で医者屋のM川からその文句を聞いたらしく、そこから、「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお〜る。 とってちってたあ〜あ! 焼〜き討ちじゃあ〜あ! 焼〜き討ちじゃあ〜あ!」とか、毎日毎日、言うておったのだが、そもそも、カール=マルクスはそういうことを言ったのか、「焼〜き討ちじゃあ〜あ!」とかそんなことを言ったのかというと、日本共産党の宗教委員の蔵原惟人氏が『宗教について』(新日本新書)で的確に説明しているが、それを参考にして述べると、
1. カール=マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』(『ヘーゲル法哲学批判序説・ユダヤ人問題について』岩波文庫 所収)で、1回だけ、この表現を使っている。 エンゲルスはこの表現はしていない。 さいとうたかを『ゴルゴ13』の中に登場するなんとかいう中国人が「『宗教はアヘンである』とレーニンが言った」と発言するものがあったが、レーニンは、この「宗教はアヘンである」という表現を使ったことは一度もない。
2. 「宗教はアヘンである」というこの表現はマルクスだけが使った表現かというと、そうではなく、この表現はカール=マルクスが生きた時代のドイツでよく使われていた表現らしく、わかっているものでも、哲学者のヘーゲル・詩人のハイネがこの表現を使っている。
3. 最初にこの表現をつかったのが誰かはよくわからないらしいが、マルクスが最初に使ったものではなさそうである。 そして、何より、
4. 「アヘン」という言葉には、「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味の2通りの意味があるが、世の中には毒薬のような宗教も中にはあるが、マルクスが「宗教はアヘンである」という言葉を使って述べた時、マルクスはこの言葉を「毒薬」という意味では使っておらず、あくまでも、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で使っている。
5. マルクスは「宗教はアヘンである」という言葉を、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で使っているが、「なぐさめであるが、しかし、幻想である」と言い、「幻想であり、もし、誰もがなぐさめとしての幻想を必要としない、現実の人生において生きた喜びをつかむことができる社会を築くことができれば、その時にはなぐさめとしての宗教は必要なくなっていくであろう」と述べ、「なぐさめを必要としない社会を築くことなしに、なぐさめだけを取り上げるということは、決してしてはならない」と述べている。
・・・ということのようだ。 だから、マルクスは「焼き討ちじゃあ〜あ、焼き討ちじゃあ〜あ!!!」などとは言っていないのである。
   父の場合は、なぜ、「マルクスは『宗教はアヘンである』と言うてお〜る」と私が大学に進学する頃になって突如言い出したかというと、それは私が宗教哲学の研究者になりたいということを考えていたので、それをやめさせるために、かつ、「本人のために言ってやってやってやってる」ということにして言いたかったようで、父の親友の医者屋のMが「智慧」をつけたようだった。なぜ、そんな「焼き討ち大好き人間」が「クリスチャン」なのかというと、自分は同志社大学に行く時に、キリスト教の洗礼を受けると入れてもらえたか何かあったらしい。だから、「クリスチャン」だとか言いながら、プラスチックの箱に向かって、「ま〜んまんまんまんまん」とか言って毎日拝んでいたし、おっさんが「聖書」なんて読んでいるのを見たことは一度もない。「クリスチャン」にはそういう人が時々いるように思う。

   それなら、焼き討ち大好き人間のように言われる織田信長はどうなのか。 織田信長というのは、あっちやらこっちやらの寺を焼き討ちにしたという話が残っていて、特に有名なのが比叡山延暦寺の焼き討ちであるが、どうも、これは実際にどうであったのかわからないところもあるらしい。 私は中学生か高校生くらいの頃、中学校「歴史」や高校の「日本史」といった科目の教科書に掲載されているものというのは、比較的間違いはない、と歴史学上、されているものが掲載されているのであって、説がわかれているものとか、そうであるかどうか断定はできないというものは、書かないか、もしくは、そういう書き方をしているのだろう、と思っていたのだが、どうも、そうとも言えないみたい。織田信長については、本能寺の変というのが、明智光秀という生真面目な部下に信長がパワハラやったことから、光秀は切れてしまって、やってられるか、こん畜生! と本能寺の変やった、というのは、実は間違いで、それは、勝者 羽柴秀吉が作った話であって、実際は違うという説があるようだ。明智光秀の子孫だという明智憲三郎氏の『本能寺の変 431年目の真実』(2013.12.15.光文社文庫)によると、本能寺の変は、あれは、本来は、明智・徳川・長曾我部連合によるもので、もとは、それに細川藤孝が加わっていたが、細川藤孝が羽柴秀吉の方について情報を伝え、秀吉は、毛利の外交僧 安国寺恵瓊と通じて、毛利とはいつでも講和・休戦できる状態にした上で、本能寺の変が起こるのを待っていたのであり、だからこそ、「中国大返し」などというものができた、と考える。 それに対して、井上慶雪『本能寺の変 88の謎』(2015.3.20.祥伝社黄金文庫)では、実は、本能寺の変を実行したのは明智光秀ではなく、羽柴秀吉の叔父の杉原家次と蜂須賀正勝らによる少人数のゲリラ部隊が明智光秀の紋の入った幟をかかげておこなったもので、明智光秀は、もともと、織田信長とともに中国方面に行くために京都に向かって進軍していたのであり、本能寺のあたりに行くと、すでに信長が討たれた後で、途方に暮れたところを、秀吉の仲間である蜂須賀正勝らが「明智光秀による謀反」と京都に広めてしまい、中国筋においては、毛利家の中でも小早川隆景と安国寺恵瓊は秀吉と通じていて、東に進軍しようとする秀吉を追撃しようとする吉川元春を押しとどめたと考える。これらは、少なくとも、信長のパワハラに耐えかねて明智光秀が切れた・・・・という説よりはもっともそうな感じがする。
     で、「比叡山焼き討ち」というやつだが、私はけっこう昔から疑問に思ってきたのだが、比叡山という山はけっこう広い大きな山であり、「焼き討ち」て、比叡山という大きな山の樹木を下から上まで全部焼き尽くしたのか? となると、きっちり、比叡山だけ焼けて消火できたのか?  それだけの山火事だと相当大変で自然環境も、その後、しばらく影響がでたのではないか、などと考えたのだ。 この場合、「比叡山焼き討ち」と言っても、あくまでも、「比叡山延暦寺」の焼き討ちであって、比叡山という山を焼き尽くしたのではなく、延暦寺という寺の伽藍を焼き尽くしたということなのか? それなら、まだ、わからないこともない。ところが、有害無益ではないかと思えるのがNHKの大河ドラマてやつ。 司馬遼太郎の『国盗り物語』が1973年に放送された時、建物も樹木も焼けた場所で、焼き討ちに反対しながらも信長を止めることができなかった明智光秀が呆然と立ち尽くすという場面があり、テレビのあの場面を見ると、伽藍も樹木もぜ〜んぶ燃やし尽くしたかのような印象を受ける。 しかし、信長と言えども、比叡山という大きな山の樹木を焼き尽くすような山火事を起こそうとは思わないのではないか。やっても、伽藍の建物だけではないのか。
   しかし、これも別の説があるようなのだ。 深奥山方広寺での「座禅研修」といういいかがえんな「研修」を受けさせられた時、方広寺のボーズは、「所長」というおっさんと定年後に二度のお勤めとして勤務しているのかと思われるじいさんのボーズともう1人は若いにーちゃんのボーズと3人が担当していたのだが、その若いにーちゃんに、(株)一条工務店の従業員で20代前半のにーちゃんが尋ねたそうなのだ。「ピンサロなんて行きますかあ?」と。 そうすると、そのにーちゃんが「だ〜い好きですぅ」と答えたと聞いた。「正直でよろしい」と言うべきかどうか・・・・・。 で、深奥山方広寺は、山の中にあるみたいな雰囲気ではあるが、世間から隔離されて帰ろうと思っても帰れない絶海の孤島ではなく、いったん、入ったら方位磁石もきかない帰りたいと思っても帰れない樹海でもなく、「奥山 (大本山 方広寺 入口)」というバス停から浜松駅行きのバスが1時間に2本ずつくらいでているので、けっこう時間はかかるが俗世界に行き来できないわけではないのだ。
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〔 ↑ 「奥山 (大本山 方広寺 入口)」バス停 〕
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〔 ↑ 「奥山」バス停 時刻表 〕
それと同様に? ・・・・かどうかわからんが、延暦寺もまた、山のふもとのあたりに、延暦寺様御用達のピンサロ? みたいのがあって、織田信長の比叡山焼き討ちというのは、実は、ふもとのそういう施設を焼き討ちにしたのであって、延暦寺そのものを焼き討ちにしたのではないのではないか、という説もあるらしい。
   さらに、NHKの「大河ドラマ」になった司馬遼太郎原作『国盗り物語』〔《YouTube- NHK大河ドラマ『国盗り物語』織田信長・比叡山焼き討ち(1973)》https://www.youtube.com/watch?v=5YiMGi3UUps 〕では、信心深い明智光秀が諫めるのも聞かず、織田信長は比叡山延暦寺をことごとく灰燼に帰すように焼き討ちにし、燃え尽くしされて灰になった場所に茫然と立ち尽くす近藤正臣演じるところの明智光秀が、この所業は許されるものではないのではないかとショックを受け、それが本能寺の変につながる一因になったかのような描き方がされていたのだが、ところが、原案 明智憲三郎・漫画 藤堂裕『信長を殺した男〜本能寺の変431年目の真実 1』(2017.6.1.秋田書店)では、そうではなく、≪ 戦国時代 「寺社」は その経済力 軍事力を背景に 「土倉(どそう)」と呼ばれる金貸し業を行っていた。  その行為は非常に悪徳で 利息は50%を超え 武装をして暴力的に借金を取り立てることも多々あったという。 その金貸し業の代表格として言われたのが 大財閥 「比叡山延暦寺」である。 ≫ その延暦寺の姿を見て、羽柴秀吉ほどではないとしても決して高い身分の出ではなかった明智光秀は延暦寺に怒りを感じていたところに、織田信長に敵対する朝倉・浅井が延暦寺を手を組んだ。 ≪ 比叡山延暦寺焼き討ちは 織田信長の残虐行為として描かれることがほとんどである。 しかし 戦国時代の延暦寺は 悪徳金融業を行い、 一国の大名ほどの力を持ち 信長の敵である浅井・朝倉に加担したことは ほとんど描かれていない。 ちなみに 1435年 1499年と過去に2度も延暦寺は焼き討ちされている。 「比叡山ごと焼き払いましょう」、信長に建言した者こそ、明智光秀であった、と原案 明智憲三郎・漫画 藤堂裕『信長を殺した男〜本能寺の変431年目の真実 1』(2017. 秋田書店)は描く。 「本来 仏道を追求し 安寧を願うはずの延暦寺は “ 金銀の欲 ”に溺れ 禁制の魚肉 鳥肉 女人まで山内に入れ・・・・  貧しき民からは 暴力的に借金を取り立てている。 そんな坊主共を焼き払って 何の面目を汚すというのか?  さらに 浅井・朝倉に肩入れし 武装化をすすめる 延暦寺はもはや聖域でも何でもない」と光秀は語る。 信長は、直ちに焼き払うのではなく、「予の願いは単純じゃ・・・ 延暦寺は中立を守り どちらにも味方するなということだ。 一刻も早く 浅井・朝倉の陣を引き払わせ 我々の作戦も妨害しないでいただきたいだけ。 この願いに尽力してくれれば予の領土にある延暦寺領も元通り返還しよう。 だがもし これが守れないのであれば・・・比叡山はことごとく焼き払う!!」と警告し、警告が無視された後、「“ 神仏を笠にきた俗物共め・・・・」「業火で焼けるがいい・・・・」と焼き討ちを実行する、ということになっている。 同書は、「比叡山延暦寺焼き討ちによって、信心深い明智光秀は織田信長の行為にショックを受けた」ということではなく、比叡山延暦寺の所業こそホトケの心に反するもので、それを許すことこそ、ホトケの心に反すると、延暦寺のありように憤りを感じていた明智光秀は思ったのであり、比叡山延暦寺焼き討ちについては、織田信長と明智光秀は、なんら意見の相違や対立があったわけではない、とする。
    で、不良企業と手を組んで、「座禅研修」と称して(株)一条工務店の従業員の「信教の自由」を侵害し、本来なら(株)一条工務店の従業員に給与として支払われていていいはずのカネを「研修代」の名目で横取りして腹を肥やした深奥山方広寺だが、深奥山方広寺HPの「方広寺について」http://www.houkouji.or.jp/about.html に、≪ 明治14年(1881年)の山林大火の際に類焼に遭うも開山円明大師の御墓所と七尊菩薩堂、開山様本像、そして半僧坊真殿が焼け残ったことから、方広寺の鎮守の神である半僧坊の信仰も全国に広がっています。 ≫と出ており、現地の説明書きにも、火災で焼けた後に再建されたという記述がある建物があるのだが・・・・、 もしかして、誰か、「焼〜き討ちじゃあ〜あ!!!」と考えた人間がいた???  そう考える人間がいたとしても、「信教の自由の侵害」というのは、これは人間としての根幹に関わる問題であり、人間としての存在を土足で踏みにじる行為であり、そういう行為を従業員に本来ならば給与として支払われていいはずのカネを横取りしておこなうような「反社会的勢力」は「焼き討ち」にしてやるべきである、という気持ちは理解できないものではない。原案 明智憲三郎・漫画 藤堂裕『信長を殺した男〜本能寺の変431年目の真実 1』(2017. 秋田書店)における明智光秀は、高利貸しを営み、武力で貧乏人から取り立て、返せぬ者からは借金のカタに娘を連れて行って売り飛ばし、おのれは酒池肉林の生活をおくる延暦寺のボーズどもを許すことこそホトケの道に反すると「焼き討ち」を信長に進言するが、浜松市北区引佐町(旧 引佐郡引佐町)の深奥山方広寺が今後も存続するならば今後も「座禅研修」と称して国民の信教の自由を侵害して不良企業から従業員に本来なら給与として払われてよかったはずのカネを横取りして、それがボーズどもの懐に入り、そうやってせしめたカネで新たな堂宇を建て続けるであろう。 「焼き討ち」したい人間の気持ちがわかる。

    (2017.7.9.)

   次回、 【8】椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「死に至る病」  http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_8.html


☆ 深奥山方広寺(浜松市)と「信教の自由」を侵害する者
1. 八百長の通算契約棟数全国1位。遠州地方の営業の我田引水。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_1.html
2. 商品を大事に思う心。住宅営業にとっての知識。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_2.html
3. 払うべきカネを払わない者。掛川の人口は4万人ではない。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_3.html
4. 営業は自分で考えるもの+協力を求めてそれで契約になるのなら。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_4.html
5. うかつに「売れる人」と言うな。営業は大貧民ゲーム。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_5.html
6. 山門。 「もうかってる」会社が人をやめさせてよいのか。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_6.html
7. 弁天堂。 利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺。 〔今回〕
8. 椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「病」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_8.html
9. 三重塔。 堂宇を増やすのが寺の発展なのか。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_9.html
10. 鐘楼、本堂。 裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢? http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_10.html
11. 上天台舎利殿、観音堂。 「親に感謝」は「教育勅語」の思想。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_11.html
12. 開山堂、勅使門、半僧坊真殿。 本人が希望しないお守りは害がある。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_12.html
13. 七尊堂(富士浅間・春日・伊勢・稲荷・八幡・梅宮・北野)と稲荷社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_13.html
14. 不良ボーズによる宗教の強制は国民に信仰心を妨げる http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_14.html 
15. (株)一条工務店の従業員の給料へつった金が、深奥山方広寺門前のじいさんとその孫の小遣いに化けた http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_15.html 

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深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由侵害【7】弁天堂。利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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