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zoom RSS 深奥山 方広寺(浜松市)と「信教の自由」の侵害【6】山門。「儲かってる」会社が人をやめさせてよいのか

<<   作成日時 : 2017/07/09 20:13   >>

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[第550回] 会社と営業の話(123)
   掛川営業所の「所長」だった近藤雅雄さんの発言について、もっともだと思うもの4つ、これはいかがなものかというもの2つを述べたが、もうひとつ、「いいところ、あるじゃないか」と思ったもの1つを述べる。
≪5≫  2000年頃、それまで、(株)一条工務店では、たとえば、栃木県の営業所で営業所長になっていた五十嵐さんが、青森県の営業所の所長も兼ねておれば、三重県の営業所の所長も兼ねる、どこにいるやらわからない(一説には、お気に入りのフィリピーナが移動していった先の店の近くの営業所にいることが多いという説があったが)営業本部長の天野隆夫さんが、日本全国あっちやらこっちやらの営業所の所長に、名目上、なっていた。「名目上」というのは、片方で営業本部長であると、もしも、見込客がバッティングしたとか、あるいは、まったく因縁つけられる理由なんてないのに、「所長」がよその営業所の営業担当者が追客中の有望見込客を横取りしたいと思った、とかいくような時に、天野隆夫が、名目上、「所長」になっている営業所でない営業所、実際にそこにいる人が「所長」になっている営業所では、「所長」という肩書の人間が、交渉にあたるのに対して、天野隆夫が、名目上、「所長」になっていた営業所では、「主任」とかその程度の人間が「展示場リーダー」という立場に立たされて、交渉の一方に立つことになり、そして、営業本部長の天野隆夫はどちらの側かというと、「所長」の側か「主任」の側かというと「所長」の側だという点で、 天野隆夫が名目上営業所長となっていた営業所は実質「所長がいない営業所」みたいなところがありました。そして、営業本部長という役職についていて、浜松で営業やってどれだけ契約とったことがあるといったことを天野隆夫は自分で言っていたが、従業員の間では「天野部長て、営業やったことあるのかなあ」と言われていて、そして、たとえ、やったことがあったとしても、それは、20代の頃に、創業の地の浜松でちょろっとオーナー社長の義理の弟としての「特別扱いの営業」をやっただけで東京で営業やったことがない東京営業所長であり、「思考が浜松」「アタマが浜松」の人間であり、私自身、東京営業所にいた時、彼と話をしていて、この人、東京営業所長だと言うけれども、なんだか、「浜松営業所長みたいな東京営業所長」だなと思ったことがあった。 天野隆夫は「ぼくが東京営業所の所長だぞ」と言ったことがあったが、実際には浜松営業所長みたいな意識と態度の東京営業所長で、東京営業所の利害を代弁するのではなく浜松営業所の利害を代弁する人にそう言われても、なんだか・・・という感じだった。
   2000年頃、どうも、労働基準監督署から指摘されたらしい。 栃木県にいる人が、栃木県のどことどことどこの営業所の所長で、かつ、青森県のどこの営業所の所長で三重県のどこの営業所の所長でもある・・・というのは、それはダメです、と。 そうではなく、実際にその地域にいる人で、この人がこの地域の責任者ですという人を決めてください、とそう言われたようです。 それで、それまでと違って、栃木県の場合は、栃木県南部と栃木県北部に分かれて、それぞれに、「副所長」という肩書の人が所長に該当する仕事を担当するようになったようです。
   1992年、私が入社した時点では、掛川営業所の「所長」だった近藤雅雄(正雄? 正夫?)さんは、掛川営業所の「所長」であるだけで、静岡県外の営業所の「所長」を兼任はしていなかった、と思うが、その後、1990年代、半ばくらいに、神奈川県にできた相模原市の営業所の「所長」を兼任するようになったらしい。 (株)一条工務店は、「売れなくて困ることはありません」「ノルマはありません」「研修制度が行き届いていますから安心です」等々と書いた求人募集を出して採用し、入社すると途端に手の平を返して、「ノルマはないがガイドラインがある」などという詭弁を言ったり、「売れなくて困るのは売らないからいけないのだらあ〜あ」とか言ったり、そして、「3ヶ月あたり1棟契約とれなければ転勤」などということをしていた。その場合、東日本の人間なら、山口県とか九州とか、西日本の人間なら青森県とか、そういう「転勤」をさせていた。 在籍後半の私なら、たとえ、どこに転勤させられたとしても、早いか遅いかはともかく、全国1位とかの営業成績をあげられるかどうかとかはさておき、全国平均を上回るくらいの契約は取れる可能性が高いという自信があったが、入社して自分が生まれ育った所でも契約がとれないという人に、それまで行ったこともない所に転勤して契約を取れと言うと、そこで辞めてしまう人が多かった。 それも、「転勤と言っても、これは、辞めろという意味なんだからな。 辞めるのか、どうなんだ。辞めないのか」と言って転勤辞令を渡すのであり、そして、転勤辞令の前に「レッドカード」と称するものをファックスで所属の営業所に送りつけて、さらにその1ヶ月前に「イエローカード」と称するものを送りつけていた。 その「イエローカード」というものが送りつけられた時点で、「あほくさい。 ふざけんな」と不快感を覚えて、そこで辞めるのではなく、そこからは、始業時刻前に出勤はするが、営業活動はしないで、終業時刻とともに退社するという生活を送るという人もいた。 片方で、そこからさらに必死になって契約をあげようと努力する人もいたが、そうやって必死で努力する人というのは、それだけの努力をする人なら、会社はしばらく暖かく見守っても損はないと思うし、それだけの努力をできる人なら、たとえ、営業はだめでも他の職種ででも何か使うことはできないものかと思ったりもした。 そもそも、「売れなくて困ることはありません」だの「研修制度が充実していますから安心です」だの「ノルマはありません」だのと求人募集に書いて応募させて採用して、入社すると途端に態度を変えるという節操のなさというのは、「一条工務店は、もう、大企業だ。一条工務店はもうかってる。一条工務店はまったく心配はない。一条工務店にはカネみたいなもん、あり余っている」とかオーナーの大澄賢二郎は言いまくっていたようだが、「カネみたいなもん、あり余っている」のに、なぜ、人を辞めさせるのか? 日本国では、従業員が多くて、人数を減らさないと会社がやっていけないという状況の会社が整理解雇をおこなうことは認められているが、「カネみたいなもん、あり余っている」だの「一条工務店は優良企業だ。一条工務店はまったく何の心配もない」とかオーナーの大澄賢二郎が言いまくっているというそういう会社が、たとえば、職場内において刃物を振り回して人に大怪我させたとか、多額の横領をしたとか、新聞の一面に写真と名前がでるような犯罪を行ったとかそういうことでもない従業員を解雇するということは、認められていないはずなのだ。 それを、「転勤」だのと称して、実質、辞めさせてきたのだ。 総務部長の天野雅弘が「営業の場合は、10人採用したら、そのうち、3人くらいまでは、会社は好きに辞めさせていいと労働基準監督j所が言っています」と言うので、「それは、どこの労働基準監督署ですか」と尋ねると、天野雅弘は「浜松労働基準監督署です」と答えたので、私が「それは、労働基準監督官がそう言ったのですか、それとも、労働基準監督官の掃除のおばさんとか運転手のおじさんとかそういう人が言ったのですか、どちらですか」と質問したところ、天野雅弘は「労働基準監督官です」と答えた。 それで、私は浜松の労働基準監督署に電話を入れて、「労働基準監督署はこのようなことを言いますか」と質問したところ、浜松労働基準監督署の労働基準監督官の返事は「絶対に言いません」というものだった。 (株)一条工務店で総務部長になっていた天野雅弘はそういう男である。そういう人間である。そういう人間性の男である。 そして、浜松労働基準監督署の労働基準監督官からは、「この会社は、日頃から、従業員側からの相談が大変多い会社ですから」ということを言われた。 会社というものは、いったん、人を採用したならば、そんなに簡単に辞めさせてよいものではないはずだ。 それを、この会社では、オーナーで初代社長の大澄賢二郎が「人みたいなもん、求人広告させ出せば、いくらでも採用できる。 求人広告はどんどん出せ。求人広告の費用はいくらでもかけろ。 中途採用の従業員はどんどん採って、片っ端から辞めさせろ!」と言ったという。 それから、「転勤」という名目で営業社員を辞めさせろと主張したのは、福島県中通り地方の所長であった片山であると聞いている。 本人からも私は聞いた。 ということは、「社長の腰巾着」と言われていた片山がもしも逆の立場になった時には、「溺れかけたイヌに手をさしのべてはならない。 ぶん殴って沈めてしまう必要がある」ということになる。 そういう、「売れて売れて困っています」「ノルマは一切ありません」「研修制度が充実していますから売れなくて困ることはありません」だの何だのと勝手な文句ばっかり書いた求人広告を掲載して人を募集して採用すると、途端に「ノルマはないがガイドラインがある」とか何とか言い出す会社から、防潮堤の費用だという名目で300億円もらって大喜びしていたのが慶應大学法学部卒で浜松市長の鈴木康友と静岡県知事で福島第一原発事故の後、静岡茶の放射線量調査を拒否した川勝なんとかだった。浜松市長の鈴木康友は「『一条堤』とでも命名して長く記録に残したい」などと言ってはしゃいでいたが、その300億円があれば、せっかく、この会社で頑張っていこうという気持ちで入社した何人かの人が辞めずにすんだのではないのか!?! 浜松市は、そんなカネをもらっていいのか?!?  清原一博が覚せい剤の問題で取材に来た報道陣に焼肉弁当を配った際、「これ、もらうわけにはいかないだろ」と言う記者の声がYouTubeに入っていた。もしも、スポーツ選手としての清原を取材している記者に運動選手が弁当をふるまったというのなら、弁当くらいならもらっても悪くもないかもしれないが、覚せい剤所持・使用というのは日本国の法律では「犯罪」という位置づけであり、容疑者から物をもらうというのは、清原はそこまでのつもりはなかったとしても、報道関係者として許容されないのではないか、ということだと思うが、それ以上の問題ではないか。簡単に人を辞めさせている会社、「一条工務店にはカネみたいなもん、あり余ってる」とか言いながら、「中途採用の従業員は片っ端から辞めさせろお」などと言って従業員を辞めさせているような会社から、浜松市はどういう名目であれカネをもらっていいのか?!?  よくないのではないか?!?  慶應大学法学部卒という鈴木康友はそういうことを考えないのか?!?  清原を取材していた新聞記者は、清原から「さし入れ」された焼肉弁当を「これ、もらうわけにはいかんだろ」と考えたのに対して、鈴木康友は、そういうことを考えるアタマはないのか? 「慶應大学の法学部には不定冠詞の a がつく」(「政治学科には丁寧語の『お』がつく」)と昔から言われるが、鈴木康友もアホウ学部なのか?

    その件は、今後も随時検討するといたしまして、1990年代半ば、掛川営業所の「所長」であった近藤雅雄さんが、神奈川県の相模原営業所の「所長」を兼任していた時があったようなのだ。その相模原営業所から福島県いわき市の営業所に転勤してきたKさんから聞いた話だが、近藤雅雄さんは、Kさんに、「Kさん、俺、掛川に○日から◇日まで行って来ないといけないんだけれども、帰ってくるまでに、ともかく、話をできるという見込客を出しておいてくれ。 俺が相模原に帰ってきたら、一緒にお客さんの所に行って、何としても、俺が契約に持って行ってやるからな」・・・・・、近藤雅雄(正雄? 正夫?)さんは、そう言ってくれた、というのだ。 「契約にもっていってやる」と言っても、野球の「3割バッター」にしても、10回中、7回は凡退しているわけで、どんなに優秀な営業でも、「絶対に」なんてそこまでの能力があるわけではない。 しかし、たとえ、そうでも、たとえ、契約にもっていくことができなかったとしても、それでも、「何としても、俺が契約にもっていってやる」と、そう言ってもらった人は、それを覚えている。 そして、移動した先でそれを話す。
    たとえ、「俺が契約まで持って行ってやる」と言っておきながら、実際には契約まで持って行くことができなかったとしても、たとえ、それでも、その相模原営業所にいたというKさんの話を聞く限り、近藤雅雄(正雄? 正夫?)さんは、なかなか、いいところがあるじゃないか・・・・と思ったものだ。

    しかし。 そういう気概がある人にしては、なにゆえに、「信教の自由の侵害」になるだけで得るものがない深奥山方広寺での「座禅研修」などというものへの参加を、(株)一条工務店の従業員を強制しようとするのか。 しょせん、「その程度の人」だったのか。

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↑ 深奥山 方広寺 「山門」。
≪ この朱塗りの山門は、足利柴山老師の代に再建されたもので、地形に合わせて小ぶりに造られている。
  正式には、空(くう)・無相(むそう)・無作(むさ)の三解脱を標識するので三門という。 正面の護口の掲額は高松宮宣仁親王のお筆になるもので、裏の古雲閑の額は、足利紫山老師の書かれたもの。 ≫ という説明書きが出ている。
   「足利紫山老師」て、誰やねん? というと、方広寺HP の「歴代管長系譜」http://www.houkouji.or.jp/kancho.html に、 安政6年4月1日(1859)〜昭和34年12月30日(1959)  101才まで生きた、かつての方広寺の管長で、「紫山」は「しざん」と読むらしい、ということが出ている。 深奥山方広寺は、拝観受付でもらった由緒書によると、≪ 建徳二年(1371年)後醍醐天皇の皇子 無文元選 禅師によって開創された禅寺で深奥山方広萬寿禅寺と称します。・・・≫と書かれているのだが、南朝の後醍醐天皇の皇子が始めた寺の管長に「足利」さんがなっていたのか・・・? といっても、1859年、1868年の明治維新の9年前、1858年(嫌でごわす とムラビヨフ)の愛琿(アイグン)条約の翌年、1990年の北京条約の前年に生まれて、1959年没、東京オリンピック・名神高速道路開通・東海道新幹線開通の1964年の5年前に亡くなったという人で、1927年(昭和2年)、1925年(ひどく不合理)治安維持法制定の2年後、1929年(ひどく憎い)世界恐慌の2年前、1931年(ひどく災)の満州事変の4年前に方広寺管長に就任、1946年(昭和21年)、敗戦の1年後に方広寺管長を辞したという人なので、南北朝の争乱の時に管長になっていたとかではなく「戦前から戦後すぐまで」の時代に管長であったという人らしいが、明治維新後のことだが、その時代においては、もはや、南朝の後醍醐も北朝の足利も融和するようになったということなのか・・・・と思うと、「歴代管長系譜」には、≪俗姓は野々垣、のち足利と改名≫と出ている。 足利さんではなかったのか? 明治維新から1945年の敗戦までの時代においては、足利尊氏という歴史上の人物は、「朝敵」だか「国賊」だかみたいな扱いを受けていたところがあって、そもそも、現天皇家は北朝・持明院統の天皇のはずで、南朝・大覚寺統の天皇・後醍醐天皇の子孫ではないはずで、足利尊氏のおかげで天皇になれているのであって、楠木正成のおかげで天皇になれたのではないはずなのだが、それを、楠木正成を「大楠公さん」、息子の楠木正行を「小楠公さん」などと言うとともに、「足利」という名前の者はよっぽど悪いやつみたいにお国をあげて言っていたようなところがあったために、「あしかが」は「悪し」につながると言って「善利」さんと改名した人まであったとかいう話を読んだことがあるが、もしかして、戦前、「足利」を名のるのを避けて別の名字を名のっていたが、戦後、「足利」を「朝敵」だとか「国賊」だとか言わなくなったので、それで、「足利」に改名した・・・ということなのだろうか?  そういうことなのか別の理由によるものなのか、そこまでは書かれていないが、後醍醐天皇の皇子が開山の寺で、管長が足利さんと言われると、悪いとは言わんが、え? ・・・・と思いますよね。
  1927年(昭和2年)、1925年(ひどく不合理)治安維持法制定の2年後、1929年(ひどく憎い)世界恐慌の2年前、1931年(ひどく災)の満州事変の4年前に方広寺管長に就任、1946年(昭和21年)、敗戦の1年後に方広寺管長を辞したという人ということで、↑の山門は≪足利柴山老師の代に再建されたもの≫ということは、1927年(昭和2年)〜1946年(昭和21年)の間、治安維持法制定の2年後、世界恐慌の2年前から敗戦の1年後までの間という、世間は相当大変であった時代に建てられた、ということになる。 最近でも、不良企業と組んで、「信教に自由」を侵害するための「研修」を、従業員に給料として払っていて悪くないカネをへつって作ったカネを「研修料」としてかすめとり、そして、見れば、新しい建物がい〜っぱい建っている、というそういう「寺」であるから、戦中において、一般国民が大変な生活をしていたという時期に、↑のような山門を建てるということは、その頃から、それだけ権力と結託していた寺だった・・・ということか?
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↑ インテリアコーディネーターhttps://www.interior.or.jp/ic/ の「学科」の学習の際に、テキストで、寺や神社の建物のこういう組み物について書かれたものを読んで以来、寺や神社に行くと、あれがこうなってここがあっちを支えて・・・とか考えるようになったが・・・、残念ながら、今もって、こういうのは、よくわからん・・・・。
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↑  「山門」。 裏手から(寺の中側から)見ると・・・。↑


↑  最近、この寺のすぐ裏手を、東名高速道路と新東名高速道路を結ぶ高速道路が開通したが、寺の裏手については山の中をトンネルで通るようになっていて、寺からはそこを高速道路が通っているのはわからず、高速道路を通るクルマの音も聞こえない。 その部分、地上ではなくトンネルの中を通すようにした、させた?という点で、「政治力」があったのか・・・?

    念のために断っておくが、私は、もともと、心理学・心身医学に関心をもち、その方面の研究者になろうということも考えたことがある人間であり、「座禅」が悪いなどとは少しも思っていない。 「座禅」は自律訓練法やヨガなどとともに、心を落ち着け、健康を増進するものとして役立つものと思っており、又、禅宗に限らず、他の仏教宗派の者がおこなってもよく、キリスト教徒が座禅をおこなうことも大いにけっこうであると思っている。 問題は、「座禅研修」と称して、不良企業と結託して寺が勝手な講釈を従業員に強制する点、そういうものへの参加を強制し「信教の自由」を侵害する点、それに深奥山方広寺のボーズが「座禅」と称して本来は座禅と関係がない勝手な講釈を無理矢理きかせようとする点、深奥山方広寺のボーズに自分たちが「信教の自由」を侵害しているという自覚が欠落している点、自分たちが宗教者として「宗教として自殺行為」をおこなっているという点に自覚がない点である。そのあたり、方広寺のボーズどもは根本的に「修業がたらん」、「喝!」。
   但し、心身医学をある程度以上学んできた者として言わせていただくと、深奥山方広寺のボーズは、座禅についての理解が十分ではないのではないか、と思えた。ひとに「研修」しようとする前に、もう少し、自分自身が学んだ方がよいのではないかと思った・・・が、この寺のボーズではそれは無理かもしれない。

   次回 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_7.html 、とりあえず、深奥山方広寺の境内をまわってみましょう。

   (2017.7.9.) 

☆ 深奥山方広寺(浜松市)と「信教の自由」を侵害する者
1. 八百長の通算契約棟数全国1位。遠州地方の営業の我田引水。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_1.html
2. 商品を大事に思う心。住宅営業にとっての知識。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_2.html
3. 払うべきカネを払わない者。掛川の人口は4万人ではない。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_3.html
4. 営業は自分で考えるもの+協力を求めてそれで契約になるのなら。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_4.html
5. うかつに「売れる人」と言うな。営業は大貧民ゲーム。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_5.html
6. 山門。 「もうかってる」会社が人をやめさせてよいのか。 〔今回〕
7. 弁天堂。 利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_7.html
8. 椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「病」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_8.html
9. 三重塔。 堂宇を増やすのが寺の発展なのか。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_9.html
10. 鐘楼、本堂。 裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢? http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_10.html
11. 上天台舎利殿、観音堂。 「親に感謝」は「教育勅語」の思想。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_11.html
12. 開山堂、勅使門、半僧坊真殿。 本人が希望しないお守りは害がある。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_12.html
13. 七尊堂(富士浅間・春日・伊勢・稲荷・八幡・梅宮・北野)と稲荷社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_13.html
14. 不良ボーズによる宗教の強制は国民に信仰心を妨げる http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_14.html 
15. (株)一条工務店の従業員の給料へつった金が、深奥山方広寺門前のじいさんとその孫の小遣いに化けた http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_15.html


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