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zoom RSS 「さぼうる」「さぼうる2」(神田神保町)−名曲喫茶。木構造に忠実な内装。学生の活力を奪ったのは何か

<<   作成日時 : 2017/07/18 21:38   >>

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[第563回]
   神田神保町交差点のすぐ南東側には、「さぼうる」と「さぼうる2」があります。↓
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〔 ↑ 東側から見た、(手前) 「さぼうる2」と (その向こう) 「さぼうる」。 〕
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〔 ↑ 西側から見た「さぼうる」 〕


〔 ↑は「さぼうる2」。 その東隣が「さぼうる」。〕
   「さぼうる」「さぼうる2」は、1980年代後半に、神田神保町の会社に勤めた時、都営三田線・新宿線の「神田神保町」駅の付近案内図の看板に「名曲喫茶」として出ていたので知り、訪ねました。
   もっとも、名前が「さぼうる」て、なんだか、いかにも、近所にある大学の大学生が講義をさぼってこの店にたむろしているかのような名前・・・・と思ったが、そういう意味ではないらしい。 『古本・神田神保町ガイド』(2003.11.15.毎日新聞社)に掲載の 鈴木文雄(「さぼうる」店主)「神保町の魅力を語る5 神保町の喫茶店は古本屋さんあっての存在 裏方として古書店を支えていきたい」 を見ると、
≪ 授業をサボって来るから「さぼうる」だと信じている人がいらっしゃいますが、実はスペイン語で「味」という意味です。 ≫
と書かれています。
   ≪ この店をはじめたのは昭和30(1955)年のことでした。≫ということですから、「ラドリオ」「ミロンガ ヌォーバ」より開業は後のようですが、それでも、私が生まれるより前です。

   2軒、並んでいます。 何度か入店して気づいたのですが、2軒、まったく同じではなく、「さぼうる2」の方は喫茶店であるだけでなく、食事もメニューにあります。 今回も、「さぼうる2」に入って、半地下の席で食事をしました。 それに対して、「さぼうる」の方は、ほぼ喫茶専業、食べるものは、サンドイッチくらいあったかな・・・というくらい。 だから、「さぼうる2」に入ってメニューを見て、ここは食事もあるんだと思って、その次にこの付近に来た時に「さぼうる」に入ってメニューを見ると、あれ・・・? てことになる。 私はなった。

〔 営業と会社の話(134)〕 「さぼうる2」でも、わざわざ曲がった木を柱に使用したりはしない。わざわざ、曲がった木を柱のように縦に入れて「この曲がっているのがいいんですよ」などとバカ言ってるのはチムニー(株)・「はなの舞」だけ。
   『古本・神田神保町ガイド』(2003.11.15.毎日新聞社)に掲載の「思い出の喫茶店 さぼうる」には、
≪ 店内は創業当時とほとんど変わらない。半地下と中2階があって、それぞれに隠れ家のような居心地のよさがある。 手すりは桜の木、柱の松は創業当時、皮がついていたが、客に触られていつの間にかツルツルに。 壁や床のレンガは古く、不揃いのものを集めた。 今ではさらに古びて味わいが深まっている。・・・・≫
と出ている。
   2005年に、「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」「知夢仁(ちむにい)」などの居酒屋などのチェーン店を経営するチムニー(株)https://www.chimney.co.jp/ の建設部に勤めて以来、飲食店に入ると、自分がその店の客である立場でだけではなく、自分が飲食店の設計者であるとするとどうかという視点でも見るようになった。 半地下と中2階というのは、適度に落ち着いて、かつ、完全な地下、完全な2階と違って階段で移動することに抵抗を感じないところがある。 そして、何より。チムニー(株)で、新たにオープンした「はなの舞」の店舗を私が確認に行って見たところ、もともと、丸太梁として使用していたと思われる古材、仕口(しぐち)の加工跡が残っているものを、縦に立てている所があったので、チムニー(株)で「デザイナー」をしていた何人かのうちの1人のおっさんに「あれは変ですね。普通、松丸太は梁として使っても柱のように立てて使ったりはしませんね」と私が行ったところ、社長が言うところの「1000万円超プレーヤー」のその「デザイナー」が何と言ったかというと、「曲がってるのがいいんですよお〜お」と、そう言ったのです。 ええ? はあ? ええ?・・・・・
   人間についても「適材適所」ということを言いますが、この「適材適所」という言葉は、もともとは、木質系建築業・木材加工業からきた言葉です。 コンクリートは圧縮には強いが引っ張りに弱い。それに対して、木という素材は、圧縮・引っ張り・曲げ・せん断という4つの力に対して、いずれに対してもそれなりの強度があるものが多い・・・・けれども、それも木によって異なるのです。 桧が良いと言われるのは、見た目がきれい、真壁の柱など面に出して使うとかすかに良い香りがする、腐り・白蟻に強いということもありますが、圧縮・引っ張り・曲げ・せん断という4つの力のいずれにも強く、特に圧縮に強く、そして、杉とともにまっすぐに伸びる木なので、ことから柱に向いているとされます。 杉も、「まっすぐ」の「すぐ」から「すぎ」という名称になったという説もあるように、まっすぐに伸びる木で、虫害にもけっこう強く、柱に向いているとされます。
   「松は曲がっている」と多くの人間は思っているのですが、それは、「お寺の庭に生えている松」のことで、「山に生えている松」というのは、必ずしも、それほど曲がっていません。〔⇒[第280回]《村山天神(高山市国府町)3。浸透桝で雨水処理。赤松は赤い。何度もかかってきた電話を無視して帰宅する男》http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_4.html の【12】 〕 落ち着いて考えてみると、松だって、誰が好き好んで曲がりますかいな・・・と思いませんか? お寺の庭に生えている松は、あれは、観賞用に曲げてるんですよ、人工的に。そうは言いますが、桧・杉なんかに比べると曲がるのか、それとも、建築材料として使う松もまた、わざと曲げているのか? ともかく、「松丸太」として曲がった松材を梁桁材として使いますね。 これは、松は「粘りがある」とされ、そして、上に凸になるように曲がった木を入れると、重力によって梁の中央部が下に下がろうとした時に、上に凸に曲がった木はそれに抵抗するので、上に凸に曲がった木を梁として入れるのがよいとされてきたようです。 最近では、機械プレカットによって加工して建てることが多くなり、曲がった木を機械で加工するのは難しいことと、アメリカ合衆国やカナダからダグラスファー(米松)が輸入され、角材に加工されたダグラスファー(米松)を使用することが多くなったことと、平屋は少なくなり、梁桁の上にその上の階の床を貼ることが多くなったことから、曲がった梁は使いにくいことから使用が減りましたが、だからこそ、「はなの舞」「花の舞」「炎」などの「古民家風」の居酒屋とかでは、その建物を支えている構造は鉄骨造であったり鉄筋コンクリート造であったりしても、内装は古民家風で「戦前型木造」「貫式木造」で、その曲がった梁・丸太梁を使うことで居酒屋の来客に郷愁を感じさせようとするわけです・・・が、もともと、梁桁材として横にして使っていた丸太梁を縦に柱のようにして入れて、それが何か面白いか?  柱の場合、上から下にかかる垂直荷重を受けるのが柱の役目ですから、柱は曲がっていてはだめなのです。大地震にあった場合でも、柱が真上から押さえつける力で折れるということはめったにありません。柱は上から真下に押さえつける力に対しては相当強いのです。柱が折れる時というのは、建物が傾いて柱が斜めになった時に力が加わった時に折れるということがあります。ですから、そうならないように、柱は傾かないようにすれば折れることは少ないのです。 ところが、もしも、最初から曲がった木を柱に使っていたならば、特に大地震に合わなくても、柱は上から下にかかる垂直荷重を受けるのが役目ですから、上から下にかかる力によって、その「曲がった柱」は折れます。 ですから、チムニー(株)の「1000万円超プレーヤー」の「デザイナー」がいう「曲がっているのがいいんですよ」などとアホなことを言ってわざと曲がった木を柱に使ったとしたならば・・・→アホです。折れます。
    そんなことやって、何が面白いか? この居酒屋の設計者は木造の構造がわかっていませんよお!「はなの舞」「花の舞」「炎」の店の経営者は「古民家風」の内装にしてるつもりらしいけれども、実際には古民家についてちっともわかってませんよお! とアピールしているだけでしょう。
   2016年、六本木のサントリー美術館で開催された「エミール=ガレ展」を見に行った際、ガレは芸術家であるとともに生物学者で、それだけに、動物・昆虫などを題材としてデザインする場合でも、実際の動物・昆虫と異なるようなものを描いたりはしなかった、という話が出ていました。ガレは、見えるものをそのまま描くだけでは芸術ではない、とするとともに、動物・昆虫を題材として描く時に、実際にはありえないようなものを描くというのは慎まないといけないという姿勢でもあった、というのです。 居酒屋の内装を「古民家風」にする場合にも、もしかすると、来客にも、木造の構造がわかっていなくて、曲がった木が柱のように縦にして入れられているのを見て、「曲がっているのがいいんですよお」とチムニー(株)の「1000万円超プレーヤー」の「デザイナー」みたいに思う人だって、1000人にひとりか2000人にひとりくらい絶対ないとは言えないかもしれません。しかし、木構造の勉強をある程度した人間なら、何、これ? と思うでしょうし、「古民家風」ではなく、本物の古民家に今も住んでいる人だってある・・・、都市部の人間は「古民家」というものに郷愁を感じたりしていますが、「地方」に行くと「古民家風」ではなく今もその「古民家」そのものに住んでいる人はいくらでもいるのですから、そういう人が見ると、「なんだべ、これえ〜え」ということになります。そういう感覚を持たないドンカンな人、実際には木構造としてありえないような内装にして何とも思わないだけでなく、「それがいいんですよお」とアホなことを言う人というのが、「デザイナー」で「1000万円超プレーヤー」として、チムニー(株)では私の何倍もの給料を盗っていたのです。
   何を言ってんだよ、と私は思い、その後、実際に木構造であるかその建物を実際に支えている構造は鉄骨造であったり鉄筋コンクリート造であったりするけれども、内部のしつらえとして木構造の骨組みを見せる造りにしている店に入ると、「はなの舞」のように、もともと、梁として使用していた松の古材を、わざわざ、縦にして柱のように入れている店があるかどうか見るようになりました。 たとえば、千葉県船橋市の「まるは商店」というラーメン屋も古民家風にしていますが、梁には曲がった古材を使っていますが、柱に曲がった木を使ったりはしていません。 大阪府箕面市の「モンキーヒル」でも、ここは和風ではなく洋風で木構造のしつらえを見せているのですが、梁には曲がった木を見せても柱に曲がった柱を入れたりはしていません。 東名か新東名のサービスエリアの食堂でどこかでも内装に木構造を見せていた(実際の建物は鉄骨造で支えているが)所を見ましたが、そこも梁には曲がったものを入れても柱に曲がったものを入れたりはしていませんでした。そして、何より、↑ここ、「さぼうる」「さぼうる2」でも、梁に曲がったものを入れて見せても、柱に曲がったものを入れたりはしていません。結局、私が自分が食事をする際に立ち寄った「古民家風」であったり「山小屋風」「洋風」でも木構造を内装に見せている店で、もともと、梁として使われていた松丸太を縦に柱のように入れるという「けったいな事」やっていたのは、チムニー(株)の「はなの舞」だけでした。
   建築の美しさというのは、まず、構造の美しさが第一です。構造に反するようなものを美しいともしも感じるならば、その感覚は正しい感覚でなくなっている可能性が考えられます。 梁として使われていた松丸太を縦に柱のように入れて、「曲がっているのが、それがいいんですよ」などとアホなことを思う感覚というのは、それは建築に携わる者の感覚として、正常な感覚から離れている、と考えるべき
ではないでしょうか。

   『古本・神田神保町ガイド』(2003.11.15.毎日新聞社)に掲載の鈴木文雄(「さぼうる」店主)「神保町の魅力を語る5 神保町の喫茶店は古書屋さんあっての存在 裏方として古書店街を支えていきたい」には、
≪  学生運動がさかんな頃は、機動隊に追われた学生さんが店に逃げ込んで来たり・・・・・。 その頃の学生さんは夢を語っていました。 激しくやりあって議論している姿にはエネルギーがありました。 今はそういう姿はあまり見かけませんねえ。 ・・・・・ ≫
と書かれている。
   私が大学生になった頃には、すでに「学生運動」といったものは周囲になかった。又、私が嫌々行かされた慶應という大学は、特にそういうもののない大学で、内部進学・体育会を中心として、右翼・反動ばかりという大学だった。私なんかは、もともと、あんまり「左翼」ではない方の家庭の生まれで、「あんまり左翼ではない」育ち方をしたが、しかし、「戦後民主主義」という教育を受けて育った世代であったので、反動・反共の砦みたいな慶應の雰囲気は好きではなかったが、「リベラル」という言葉は時として「どっちつかず」を意味し、時としてずるいのであるけれども、しかし、私は「戦後民主主義」の教育を受けて育った世代として、あえて言えば「リベラル」のつもりでいたが、一般的な慶應の右翼学生にとっては、私のような「リベラル」な人間もまた「ラディカル」のグループに入ることになるようで、慶應という学校においては、世間の「リベラル」が「ラディカル」で、右翼・反動のことを彼らは「リベラル」「慶應リベラル」とか言うのであった。 一時、ソ連と社会主義を好意的に見ていたアンドレ=ジッドが、モスクワに行ってソ連の状態を見て、「スターリンが常に正しいというのであれば、スターリンがすべての権力を持っているというのと同じではないか」「現在のソ連においては、レーニンですらも収容所に入れられるかシベリア送りにされる可能性がある」と述べるに至るが、私は慶應義塾大学という学校に行って、今の慶應義塾においては、福沢諭吉や小泉信三でも、もしも、今、学生として慶應義塾大学に在学したならば、「おまえはそれでも慶大生か」「慶大生なら慶大生らしくしろ」と言って罵られ、殴りかかられる可能性が小さくない、と思いました。 慶應義塾では、矢鱈と「福沢精神」と口にする人、聖書には「みだりに神の名を唱えてはならない」と書かれているが、みだりに福沢諭吉の名を唱える人というのがいましたが、そういう、みだりに福沢諭吉の名を唱える人というのは、その多くは福沢諭吉の著作や伝記を1冊も読んでいない人でした。慶應には福沢諭吉の著作や伝記を一冊も読まずに「福沢精神」と言いまくるのが大好き!という人が多い。特に内部進学の人間には多い。彼らは福沢諭吉の墓参りはするが福沢諭吉の著作を読んで考えるということはしない。 実際に福沢諭吉の著作を読み、福沢諭吉の伝記を読み、その上で、そこで述べられていることを自分なりに考えた上で、「福沢精神」とはどういうものを言うべきであろうか、「独立自尊」とはどういう生き方をする人間の態度のことを言うべきだろうかと自ら考えるところから、まず、「独立自尊」は始まるのではないか、と私は思うのですが、多くの慶應の学生や教授はそうは考えません。「福沢精神」と叫ぶ者に同調することが「独立自尊」だという思想、それは本来の独立自尊とは逆ではないのか、と私は思ったのですが、彼らはそうは考えないのです。
   新約聖書の翻訳者で研究者であった前田護郎さんが(当然のことながら、コメディナンバーワンの前田五郎とは別人)、前田護郎 責任編集『世界の名著 聖書』(1978、9.20. 中公バックス)に所収の前田護郎「聖書の思想と歴史」において書かれていることですが、旧制高校に入った頃、前田護郎さんは左翼ではなかったけれども、≪ 左翼のまじめな人のほうが、その日その日をいい加減に過ごしていく連中よりもずっと尊敬に値すると思うとともに、・・・・≫というように思うことがあったといいますが、私もそう思った時期がありました。自分は「左翼」ではなくても、「慶應ボーイ」と「左翼」なら「左翼のまじめな人のほうが、」よっぽど好感が持てました・・・・が、すでに、それだけで、慶應という学校においては、そう思う人間というのは「左翼」「ラディカル」「危険人物」の範疇に入れられてしまうのです。なんか、怖い学校であり、しょーもない学校であり、時代遅れの学校であり、学問をしにくい学校だと思いました。そして、福沢諭吉や小泉信三でも、もしも、今、大学生としてそこにいたならば、福沢諭吉でも小泉信三でも、「左翼」「ラディカル」「危険人物」と罵られ、苛められる可能性が高いと思えました。小泉信三という人は近代経済学者であり、「左翼」とは逆の立場の人であったはずですが、それでも、もしも、今、大学生として慶應義塾大学に在学したならば、慶應義塾においては「左翼」呼ばわりされ、苛められる可能性が高いと思えました。福沢諭吉もそうです。もしも、福沢諭吉が、今、大学生として慶應義塾大学に在学したならば、福沢諭吉ですら、「左翼」「ラディカル」「危険人物」呼ばわりされて排斥され苛められる可能性が低くないと思われ、率先してそういうことをやりそうな人間が、「福沢精神」「独立自尊」とか叫びまくっているのでした。そういう人の「福沢精神」だの「独立自尊」だのなんて、イカサマ、まがい物であると思いますが、彼らに言ってもききません。 「せんえつぅ〜う」とか言って、自分自身で考えて自分自身の考えを述べようとする者がいると、それを黙らせようとする者、そういう者が「福沢精神」だの「独立自尊」だの「慶應リベラル」だのと言いまくっていたのです。ある教授が、講義の中で、「慶應の出身の人間の集まりに行くと、なんで、慶應の人間というのはこんなになってないのかと思って嫌になる。 もっとも、慶應の出身の人間はなってない人間ばっかりかというとそうではないのだけれども、まともな人というのは、慶應の出身の人間の集まりにはあんまり来ないし、一度、来ても次から来なくなってしまう」と話された時がありました。卒業して、慶應の縁で慶應大学のOBの方とお会いする機会があり、お話をうかがうと、必ずしも「なってない人間ばっかり」ということはなく、いいお話を聞かせてもらったということもありますが、「この人、本当に慶應の出身なのお?」という人もいますし、実際問題として学歴詐称の人というのは世の中にはゴマンといますが、学歴詐称でなくてもなってない人というのもいます。 もっとも、慶應大学に大学生として在籍した時には、慶應タイプのブタ人間、いわゆる「慶應ボーイ」というものや、「リベラル」を「ラディカル」と言い、右翼・反動を「リベラル」と言う程度の低い勉強してない慶應タイプの右翼学生に嫌悪感を覚えたのですが、卒業してみると、他の大学の出身者にもなってない人間はけっこういるわけで、大学別に見て、どの大学の出身者が一番なってないかというと、これは判定はけっこう難しいと思うようになりました。
   「さぼうる」の店主の鈴木さんが、「・・・その頃の学生さんは夢を語っていました。 激しくやりあって議論している姿にはエネルギーがありました。 今はそういう姿はあまり見かけませんねえ。・・・」と述べておられるのですが、これは、ひとつには小此木啓吾にその原因があります。 大学生が「夢を語る」、「激しくやりあって議論する」、「エネルギーがある」というそういう状態というのは、それは、いずれ、「現実」に迎合することになるのに、それを認めることを嫌がる「モラトリアム人間(病)」という状態であり、別の見方をすると、「未成熟」、「ピーターパンシンドローム」、「自我が確立されていない」、「独立自尊の精神を身につけていない」、「アイデンティティーが身についていない」という「病気」であり、「治療」してやる必要がある、「治療」される必要がある、という「幼稚舎から慶應」の慶應大学医学部助教授であった小此木啓吾の思想は、要するに、物事を自ら考える、本来の独立自尊の姿勢を押さえつけ、社会を改善しようと働きかける姿勢を押さえつけ、社会に迎合することこそ「塾風」であり「福沢精神」であり「独立自尊」であり「自我が確立されている」であり「アイデンティティーを身につけている」であり「大人」であり「社会性がある」という「診断」になる。 だから、原子力発電所に賛成する者、憲法第9条を「改正」して軍隊を持てるようにしようとする者、安保条約に賛成する者というのは、「塾風」であり「福沢精神」であり「独立自尊」であり「自我が確立されている」であり「アイデンティティーを身につけている」であり「大人」であり「社会性がある」という「診断」であり、原子力発電所は危険であり、設置するべきではないと主張する者、憲法第9条は守るべきであると主張する者、安保条約は必要ないと主張する者というのは、それは「塾風を身につけていない」「福沢精神を身につけていない」「独立自尊の精神を身につけていない」「自我が確立されていない」「アイデンティティーを見につけていない」「未成熟」「社会性が欠けている」等々といった「診断」になるようです。1981年2月、東京 二子玉川の道を歩いていたところ、選挙のポスターが貼ってあって、ある自民党の候補者のポスターに「大人の政党」と書かれていました。要するに、危険極まりない原子力発電所の建設・創業を推進しようというのが「大人の政党」「大人の態度」であり「独立自尊の態度」であり「人間として成熟している」「精神面が安定している」「自我が確立されている」「世の中を知っている」「社会で役に立つ」「お国のためを思っている」という主張であり、原発は大変危険であり、原発事故は多大な損失を長期にわたって国民に及ぼすものであり建設・創業はやめるべきであると主張すると「大人でない」「子供みたいなことを言う」「未成熟」「自我が確立されていない」「アイデンティーを持っていない」「甘ったれてる」「『甘えの構造』である」「モラトリアム人間病にかかっている」という判断(「診断」)をその自民党候補者のポスターは訴えていたのです。それと実質、同じであるのが慶應義塾大学医学部助教授が「医学」だ「精神分析学」だと称して書きまくり売りまくった小此木ビョーキ本シリーズであったのです。「診断」となると、次の段階で「治療」されることになります。(怖いですね!) 社会全体において、そういう「治療」がなされたことが、それが、≪今はそういう姿はあまり見かけませんねえ。≫という状態になった原因の1つ、大きな1つでしょう。エセ精神分析学・小此木啓吾と土居健郎は国民にとって百害あって一利なし。
   学生運動をやれとは別に言いませんが、しかし、≪ その頃の学生さんは夢を語っていました。 激しくやりあって議論している姿にはエネルギーがありました。 ≫という、そういう状態、そういう姿勢を剥奪するということが、それが、日本の社会にとって良いことか? それが日本の人間にとって良いことか? そのあたりを考えてみる必要があるように思います。 そして、それが「医学」かというと、違うと思いますよ。

   そのあたり、時々は考えてみるためにも、そういった問題を時として思い出してみるためにも、神田神保町交差点の南東側、「さぼうる2」「さぼうる」から「ラドリオ」「ミロンガ ヌォーバ」にかけての通りに時々は立ちより、そのどこかに入ってコーヒーの1杯でも飲んで過ごしてみたいと思います。

   最初の写真↑を、もう一度、よく見ていただきたい。クリックすると大きくなるので大きくして見ていただくといいと思うのですが、これまで、何度もこの店に入りましたが、写真をとるのは初めてで、その際に気づいたのですが、「さぼうる2」という看板の横に「めいぼや」という看板がくっついているのです。 はて? もしかして、「さぼうる」が先にできて、「さぼうる2」は後にできたが、その前には「さぼうる2」の場所には「めいぼや」という何屋さんかわからないが、別の店があって、その時の看板を今も残している・・・・ということなのだろうか? そうであるのかないのか、『古本・神田神保町ガイド』(2003.11.15.毎日新聞社)に掲載の「思い出の喫茶店 さぼうる」にも、鈴木文雄「神保町の魅力を語る5 神保町の喫茶店は古本屋さんあっての存在 裏方として古書店街を支えていきたい」にも、それは載っていない。

   (2017.7.18.) 

☆ 「名曲喫茶」および、音楽のかかる喫茶店
「麦」(クラシック)〔本郷〕 ・・・[第170回]《春日通から本郷三丁目。中央大理工学部・東京戦没者霊苑・シビックセンター。名曲喫茶「麦」。住宅の擁壁》http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_3.html の 6.
「ミロンガ ヌォーバ」(タンゴ)〔神田神保町〕 ・・・[第561回]《「ミロンガ ヌォーバ」(神保町)−名曲喫茶。 『カムイ伝』とタンゴ。教えるべきでない相手に教えた失敗 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_17.html
「ラドリオ」(ジャズ?)〔神田神保町〕 ・・・[第562回]《「ラドリオ」(神田神保町)―風情のある路地。「ウィンナコーヒー」発祥の店・・・らしい。》http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_18.html
「さぼうる」「さぼうる2」(クラシック)〔神田神保町〕 ・・・〔今回〕
「カフェ ブンナ」(クラシック・ポピュラー)〔六本木〕 ・・・[第376回]《恋の神さま 出雲大社東京分祠(東京都港区) 参拝。 オオクニヌシは「『縁』の神さま」か。》http://shinkahousinght.at.webry.info/201601/article_1.html

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( ↑ トマス=サズ『狂気の思想』新泉社 は、日本語訳では『狂気の思想』とされているが、原題から忠実に訳すならば、『「精神医学」という狂気の思想』である。 ) 

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