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zoom RSS 「京のぶぶづけ」を大阪人以上に東京もんが嫌がる理由。婉曲表現によるお断りが通じる地域・通じない地域

<<   作成日時 : 2017/05/06 20:20   >>

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[第542回] 営業と会社の話(115)  「やったことない」ことはできるか?[3]
    在東京圏関西人(日本とは東京のことだという思想・世界観を持っている東京者からすれば「在日関西人」)には2種類ある。 それは、「糸引き納豆を食べる関西人」「糸引き納豆を食べない関西人」である。 私の上の姉なんかは私よりも長く東京圏に住んでいるが今もって糸引き納豆は食べない。それに対して、私は「糸引き納豆を食べる関西人」なのだ。すごい! というほどのものでもないが、「糸引き納豆を食べない関西人」からすると、「なんで、そんんもん、食べるのお〜お。関西人なのになんでえ〜え?」とか言って不思議でしかたがないらしい。「関西人をやめたのお?」とか、まるで、愛国心を捨てたのか? 郷土の誇りを捨てたのか? みたいに言う人がいる。もしくは、宗教の戒律を破ったかのようにとがめる者がいるのだが・・・、別にそういう問題ではなく、おいしいから食べるだけのことなのだ。
    今は昔、水前寺清子という女性歌手が「新聞少年の歌」という歌を歌っていた。 「俺の名前を知ってるかい、朝刊太郎と言うんだぜ♪」という出だしだが、そこで、「雨や嵐は慣れたけ〜ど〜♪ やっぱり、夜明けは、眠た〜いぜ〜え♪」という文句があったが、この歌を子供の頃に聞いた時は、そうかいなあと思ったが、20代の時に、実際に新聞配達の仕事をやって、あれは嘘だと思った。 朝は、その時刻にいつも起きていると、体がそれに慣れて起きるようになる。 それに対して、雨や嵐はいつもではなく、朝早く起きることより経験を積むのは遅れる。 たとえ、経験を積んだとしても、嵐というくらい風が強い日は、新聞をいっぱい積んだ自転車が風で倒されたり、(最近の新聞はビニルで包装されたりしているが)雨の日は塗れて文句を言われたり、「慣れる」という状態になかなか慣れない。 新聞配達は、朝早く起きるのはそれが習慣になれば特につらくなくなるが、軽度の雨や嵐でも慣れるには期間がかかるし、相当の雨や嵐は慣れるものではない。 (福島第一原発が水素爆発おこした日も新聞は届いたが、放射性物質が空から降ってくるというのに人間の体が「慣れる」なんてことはない。) 「新聞少年の歌」というのはウソである。そんなものを歌って「新聞少年を応援します」とか言っていた水前寺清子はイカサマ女である。
   この新聞配達の経験と似たもの?に、関西人が東京圏で暮らすにおいて、慣れるかどうか、というものとして、「糸引き納豆を食べることができるか」というものと、「東京者の厚かましさ」に対応できるか、というものがある。
   「東京者のあつかましさ」といっても、当人はあつかましいと思っていないのかもしれないが、関西人からすると、なに、こいつう〜て感じがしているのだが、東京人はそれを理解しない。

   但し、この点において、東北は関東よりなお北東側にあるから、より関西に遠いかというと、意識の上ではそうでもないようなのだ。 (株)一条工務店で福島県いわき市に勤務していた時、多くのいわき人が言うには、青森なんてのは、物理的な距離としてはいわきから東京といわきから青森なら間違いなく青森の方が遠いのだが、感覚的・意識的には青森もいわきも東北であって「似たようなもの」であるのに対し、むしろ、意識的には東京の方が いわき とは異なる地域なのだ。 5年間、いわきにいて何割かいわき人になった私もそう思った。いわき から栃木県に転勤させられた直後、青森県の下北半島の恐山から野辺地あたりに行き、もちろん、気候も特産も違うけれども、いわき と雰囲気は似たようなもの・・・という印象を受けた。 一般に、東北と関東では東北の方が関西とは相性は合うように思える。
   ひとつには、歴史をふりかえると、東北地方というのは、日本海ルートでの関西とのつながりというものがあり、福島県などは、関西から日本海ルートで北に行き、新潟付近で阿賀野川をさかのぼると会津若松のあたりに行き、そこから東に行くと郡山・いわき に行く。 だから、福島県あたりは、東京を通らずに関西とつながっていた時期があったのではないか。 さらに、今現在は東京と関西を飛行機ではなく地上を移動する場合、東海道ルートを通るのが一般的だが、かつては中山道ルートが東海道ルートと並行してあり、また、中山道で碓氷峠を東に超えた後、そこから今のJR両毛線のルートで栃木あたりまで行き、そこから北上して東北方面に行く街道があったらしい。 だから、歴史をふりかえると、東北は東京を経由せずに関西とつながっていた時期はけっこうあったようだ。 内田康彦の浅見光彦シリーズに、岩手県の太平洋側で琥珀がとれて、それを奈良・平安の時代に関西に運ぶ「琥珀街道」なるものがあった、という話がでている。それは、西は中山道で高崎・前橋あたりから両毛線のルートで東に進み、栃木あたりから北上して岩手県の中部で東に進むものだったらしい。
   かつて、江川が巨人しか行かないとしたのを怒ったおっさんとか、長嶋が「箱根より西の球団には行かない」と言ったことに不快感を覚えた関西人もいたようだが、この「箱根より西には行かない」というのは関東人が言うものであり、東北人はあまりそういうことは言わないように思う。   
   東京者で関西と大阪が嫌いという人間がけっこういるのを、
[第536回]《淀屋橋から中之島東部、その周辺の建築。及、思考の堅さを「思考の柔軟さ」と主張する慶應ボーイ!  》http://shinkahousinght.at.webry.info/201704/article_2.html   
[第537回]《大阪と関西人に敵意を持っている東京者の話+「よそ」は構造アプローチはしないと嘘を信仰する住宅営業の話 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201704/article_3.html
[第539回]《「みんなへのお土産を1人で9割以上食う男」というのは東京人気質なのか?及、「学生相談室」に警戒せよ! 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201704/article_5.html
で述べたように、これは、精神がイナカモノだから、ということもあるかもしれないし、かつて、江戸時代においては、上方と江戸では上方の方が文化的に先進地域であったことからのコンプレックスであるというものもあるかもしれないが、単にその人間がそうであるだけというケースもあるかもしれない。
   そういう関西と大阪に対する敵意のようなものを持つ関東人というのは、実は、関東でも海側に多く、群馬県南部から栃木県南部にかけてはそうでもないらしい。 なぜなら、両毛線沿線というのは、かつては繊維産業がさかんだった地域で、繊維産業での大阪の商人とのつきあいが深かった地域であり、そこでの交流から、親近感を持つこともあれば、学び取り入れるものもあったようだ。

   茨城県の場合、北部の北茨城市・高萩市あたりは福島県の浜通り地域とひとつながりの地域である。 南西部の取手は、東京メトロ千代田線直通の常磐緩行線が取手まで言っており首都圏の端、松戸・柏・我孫子の続きという性質がある。 南東部の鹿島あたりは利根川対岸の佐原から銚子にかけてと近く、千葉県に意識は近いように思える。 水戸・勝田というあたりの中部は、「水戸納豆」と有名なだけあって、糸引き納豆を拒否する関西人と合わないという意識の人がけっこういるようだ。
   1992年、東京都江東区潮見 のウッディランド東京という林野庁が設置していた国産材の認知を目的とした施設の中にあった (株)一条工務店の東京営業所(展示場)にいた時、折衝させてもらった見込客の方で、茨城県中部出身だという方があったが、その方が、「住友林業という会社は、大阪の会社だけあって、あつかましい」と相当言われたことがあった・・・・が、話を聞いていると、あつかましいのは住友林業でもなければ住友林業の営業でもなく、その方の方ではないかと思えた。 「お宅の会社はどちらが本社なの?」と言われたので、「静岡県の浜松ですから、東京と大阪のまん中くらいですね」と言うと、「あなたはどちらの出身なの?」とおっしゃるので、それで、はっきりと申し上げた。「私は大阪の出身です」と。
   その方の話など、聞いていると、どうも、相手の会社の発祥が関西だとか本社が大阪だとか、あるいは担当者が大阪出身だとかであると、自分が買手であるときに、無理な値引きやサービスを要求をして、それをきいてもらえない時に、いくらなんでも、それは無理な要求というものであってもおかまいなしに相手の方が悪いということにして、「大阪の人間はあつかましい」と相手の方の責任にしてしまうという人がいるようなのだ。 あるいは、自分が売手の時に、値引き交渉をされたという時、ビジネスなんだから、値引き交渉なんて当たり前のことであって、無理なら断ればいいだけのことなのだが、それを、「大阪の人間はあつかましい」と思うらしい。これは、茨城県の場合、中部の人に多いという印象がある。 北部は福島県の続きで東北的であり、南部は首都圏であるのに対し、中部にはそういう傾向が強いように思う。

   (株)一条工務店の東京営業所に在籍した時、千葉県の常磐線沿線の方を、浜松工場まで工場見学会に案内した時、浜松の工場に行って、「お宅は、浜松とか、こういう関西が得意なんですか」と言われたことがあり、はあ? と思ったことがあった。
   関西人からすると、浜松は関東ではないけれども、関西ではない。 「関西」とは、一般に、京都市と大津市の境目付近の逢坂の関より西側、かつての、大和・山城・摂津・河内・和泉という畿内地方、今の行政区画で言うと、京都府南部・大阪府・奈良県と兵庫県南東部、もしくは、広めに考えてその周辺、滋賀県の大津付近、和歌山県の和歌山市・海南市付近、兵庫県の明石市・姫路市付近、三重県の旧伊賀地方まで含めるかどうか・・・というくらいで、時として、近畿地方とほぼ同じ意味で使うか、もしくは、近畿地方のうち、三重県の最北東部は中京圏の方に入れて除外し、逆に福井県の敦賀から若狭地方は関西圏の方に含めて、西側も岡山県の一番東のあたり、徳島県の鳴門あたりは関西圏に含めるか・・・。 そんな感じではないかと思う。 いくらなんでも、浜松を「関西」と言う人なんて、あんまりないと思う・・・・が、それは関西人の感覚であって、東京人には、浜松を「関西」と言う人は時々いるのだ。
   そもそも、関西・関東という言葉は、関所の東・西というところからきた言葉だが、その関所とはどこのことかというと、杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)によると、3説あって、
(1) 逢坂の関 を境とする場合、
(2) 愛発の関・不和の関・鈴鹿の関 を境とする場合、
(3) 箱根の関 を境とする場合。
この3通りの考え方があるらしいのだ。
関西人は主として(1)で「関西」を考え、時として(2)の考え方も認めるが、いくらなんでも、箱根の関より西が関西なんてそんな考え方はない、というのが関西人の考え方である・・・・が、東京者にとっては、「箱根の関より西には行かない」とか長嶋茂雄が言ったりしたように、東京者にとって最も大事な関所は箱根の関らしいのだ。 だから、箱根の関より東が関東、箱根の関より西が関西 という考え方によると、浜松なんてのも「関西」になってしまうわけだ。 しかし、関西人はやっぱり浜松を「関西」と言われても、はあ? と思うのだ。 これは、浜松が好きとか嫌いとかいう問題ではないのだが、関西というのは、不和の関・鈴鹿の関より西という考え方をもうちょっと寛容にその東側まで関西に入れるとしても、岐阜県の大垣あたりとか、さらに岐阜あたりとかも関西に入れて三重県全域とかを関西に入れるとしても、いくらなんでも浜松は関西じゃないだろうがと思うのだ。
   そして、実際、昔から、浜松てのは「股座膏薬(またぐらこうやく)」とか「蝙蝠(こうもり)」とか言われてきたのだ。 どこが「股座膏薬」かというと、股座に膏薬をつけると、あっちゃについたりこっちについたりする・・・・というところから、西側なのか東側なのか、態度不鮮明! と言われてきたのだ・・・・が、実際、地理的にそんなところがある。 最近、東京の比重が強まってきているので関東の側につこうかなあ〜あ・・・・と思っても、東京者からは「関西」と言われてしまって仲間に入れてもらえない。 だからといって、関西に入れてもらおうとしても、浜松は関西ではないのだ・・・という街である。 だいたい、せっかく、宇都宮市民がせっせと餃子食って「餃子の街」として売り出したのに、すでに「うなぎ」という「売り」がある浜松が、なんで、「餃子の街」という宇都宮の案を横取りしなきゃならんのか。 よそが考え出した案を後から横取りしようとする、このあたりのさもしい根性、なんか、にょろにょろっとして気持ち悪い! て感じい〜い・・・なんて言うと浜松人に怒られるかもしれんが、ともかく、浜松を「関西」と言う人が東京人には時々いるものの、関西人は浜松を別に嫌いとかいうことではないが「関西」とは考えない。
   しかし、だ。 東京都から千葉県あたりの住人と折衝していて、「お宅は、浜松とか関西が得意な会社なんですか?」と言われたとすると、これは要注意である。 それは、単に、箱根の関を関東・関西の境目と考える説を採用している人だというだけではなく、「関西の会社」というイメージで、その人にとっては、「幾分、マイナスの評価」なのであり、見込客からその言葉が出たということは営業としては「黄信号」である。そして、それは理屈ではないのだ。 嫌いなものは嫌い! というものなので、それを理屈でひっくり返そうとしても、なかなか難しい。
   まあ、考えようによっては、浜松さんてのは、東京もんからは「お宅は関西」とか言われて、関西人からは関西の仲間に入れてもらえず、中京圏として名古屋さんの仲間になろうとしても、名古屋からは格下に見られて、それでいて「静岡より浜松の方が上」とかいう変なプライド持っとって・・・・、そうなると、宇都宮市民がせっせと餃子食って「餃子の街」にした案を横取りでもしてこましたろかとひねくれるその気持ちもわからんことないよなあ〜あ・・・、東海地震が来るぞ来るぞと叫び続けても、阪神とか中越とか東北とか熊本とかに大地震が来て、地震すらも浜松は避けられてしまうもんなあ〜あ、これでは、狼少年みたいだよなあ〜あ・・・・とか・・・、浜松人が思ってるかどうかは知らんが、なんか、「東海地震が来るぞお〜お!」て「学説」、あんまり、あてにならんな!

   1994年、(株)一条工務店で、福島県いわき市の営業所(住宅展示場)にいて、その時、喜多方市生まれでいわき市在住の方に会津若松市で建てていただいたことがありましたが、その際、この人、なんで、わかってくれないのだろう、と思ったことが何度もあったのです。
   いくら、ねばられてもどうしようもない無理な値引きやサービスを要求され、「それは難しいですね」と何度も何度も言ったのですが、そのたびに、「『難しい』なんて言わないで、なんとかしてくださいよ」と言われるのですが、「ですから、それは難しいですね」と何度も答えたのですが、「だから、『難しい』と言わないで、きいてくださいよ」と言われるので、「誰にきくのですか」と言ったのですが、ほとほと、困りました、・・・・が、それから十年以上経ち、あれ、もしかして・・・・と気づいたことがありました。 
   大阪で生まれ育った上の姉が、東京都東部で生まれ育ち、千葉県市川市に住居を持った男性と結婚して千葉県に住んだ後、私が千葉県に行った時に言ったのは、「このへんの人は、断ろうと思ったら、ひとこと、だめです、なんて言ってもわからないよ。 『だめ、だめ、だめ! 絶対にだめ、どうしたってだめです! どんなに言われてもぜ〜ったいにだめえ!』と、そこまで言って、それで、やっとわかるかどうかよお」と。 「大阪の人間なら、『それはちょっと難しいですね』と言われたら、断られたと考えるでしょ。 このへんの人に『難しいですね』なんて言っても、断られたと思わないから。 『難しいなんて言わないでなんとかしてくださいよ』と言われるよお」と。 私が東京圏で最初に住んだのは横浜市港北区の慶応大日吉キャンパスの脇の所だったが、その後、川崎市幸区・東京都目黒区・千葉県流山市・東京都大田区・千葉県船橋市と住んできて、最初の頃は、東京圏の人間というのはあつかましいなあと思い(だいたい、東京近辺でしか通じない言葉を「標準語」などと言いやがってからに)、ひとが「難しいですね」と言ってるのになんでわからんのだ、「ずえったいにダメなものはダメ! 天地がひっくり返ってもだめ・駄目・ダメ・だめえ〜え! 」とそこまで言わないとわからんのか、よっぽど、神経どうかしてるんじゃないか!?! と思うことが何度もあったのですが、長く住んでいるうちに、それほど気にならなくなってきたのでした。
   東京圏に馴染んだわけでもないが、慣れた頃、最初に述べた茨城県中部出身で東京都に居住していた方から、「住友林業は大阪の会社だけあってあつかましい」とか言われて、話を聞いていると、あんたの方こそよっぽどあつかましいのとちゃうんか? と思う経験をしたのでした・・・・が、関西人の感覚では「それは難しいですね」というのは、お断りの表現、「だめです」「無理です」の婉曲表現であって、可能性がまだある内容だから「難しい」と言っているのではないのですが、東京人には、「難しいですね」と言っている限り、「『難しい』なんて言わないで何とかしてくださいよ」と言って絶対に理解しないという人がいるようでした。
   又、京都の山科の下宿に住んだことがあったのですが、その際、家主のおばあさんから、「亡くなったうちの人は商売がうまかったですよお。 どこがうまいかというと、値切るのがうまいのと、どのくらいは値切っていいか、だけでなく、これ以上は値切ってはだめ、というのを考えることができる人でした」という話を聞かせてもらったことがありました。 その方は特にうまかったのかもしれませんが、関西人なら、このくらいは値切ってもいいか、これ以上は無理か、この相手も商売でやっているのだからこれ以上は引かせてはだめか、といったことを考えると思うのです。 ところが、そういうことをまったく考えずに、それは無理な話だというような要求をする人というのが関東圏の人間にはいるのです。 1992年に(株)一条工務店にいた時に折衝した茨城県出身の人も、いくらなんでも、そういうのは通じない、というようなことをされたことがあったのです。
   福島県は「東北」であって「関東」ではなく、「東京圏」ではないのですが、東日本か西日本かというと東日本であり、ひとによっては、「難しいですね」という言い方では理解してもらえない人がおられるように思いました。1994年、(株)一条工務店の いわき市の営業所にいた時、なんで、この人、これだけ、言ってるのにわかってくれないんだ・・・・と思ったのは、ひとつには、 「それは難しいですね」という言い方を私がしていたから、こちらとしては、これだけ、「難しいですね」と何度も言っているのに、なんで、この人、理解できないんだと困り果てたのですが、相手の側では、断られたと思っていなかった、又、どこまでは要求してもいいがどこからは要求するべきではないという思考はなかったのではないか、と気づきました。
( 「難しい」というのは、上役に話しても難しいという意味で、上役に話しても「難しい」とわかっているものでもそれでも上役に「きいて」くれ、きくと、「そんなもの、無理に決まってるだろうが」と言われるものでも言うと「何、考えてんだ」と言われるだけというのがわかっていても、それでも「きいて」くれ、言ってくれと言いたかったのかもしれません・・・が、私が施主の立場なら、担当者が無理ですと言っているのなら無理であり、担当者が無理だと言っているのに、それでも、上役にきいてくれと要求するというのは、その担当者とではなく他の人間と話をしたいと言っているのとそれほど変わらないことになるわけで、それはその担当者に対して失礼であり、私が施主なら、そういうことは言いませんが。)

    私の場合、大学を卒業して最初に勤めた住宅建築業の会社は小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株) 〕で、大阪が本社の会社であったというのも関係したかもしれません。 同社の最初の研修では、「営業は、言葉だけでお客様の考えを理解するものではなく、言葉が半分、表情やどういう表現かとか言葉以外のものが半分で理解するものだ」「自分の意志を相手に伝えるのは、言葉が半分、言葉以外の部分が半分」と教えられたのです。 営業のやり方というものは、その会社によって異なるもの、扱う商品によって異なるもの、対象とする客層によって異なるものと、どの会社でも、どの商品でも、どの地域においても、基本的には変わらないものとがあると思います。 私は、この、「営業は、言葉だけでお客様の考えを理解するものではなく、言葉が半分、表情やどういう表現かとか言葉以外のものが半分で理解するものだ」というのは、全国どこにおいても変わらないものだろうと思っていたのです。
   しかし、今は、「必ずしも、そうとも言い切れない」と思っています。 これが間違いだということではないのです。 間違いということではないのですが、「営業は、言葉だけでお客様の考えを理解するものではなく、言葉が半分、表情やどういう表現かとか言葉以外のものが半分で理解するものだ」 「自分の意志を相手に伝えるのは、言葉が半分、言葉以外の部分が半分」というのが、そうではない地域というのがあるわけではないのですが、その度合い・程度が強い地域と弱い地域というのがあるのではないか、と思うようになったのです。 小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)〕は関西系の会社だったので、研修をしていた人も、このあたりを気づいていなかったのではないか。
   要するに、関西と関東では、関西の方が、言葉以外の部分でわからせる、婉曲表現で理解を求める、という度合が大きいのではないか、ということです。

   [第536回]《淀屋橋から中之島東部、その周辺の建築。及、思考の堅さを「思考の柔軟さ」と主張する慶應ボーイ!》http://shinkahousinght.at.webry.info/201704/article_2.html  で述べたことですが、「京のぶぶづけ」という話、京都では、「ぶぶづけでも召し上がっていっとくれやす」と熱心に言われるので、そこまで言ってもらえるならと思って、ごちそうになろうとすると、「あつかましい」と嫌われるというお話がありますが、1980年代、慶應大に在籍した時、日野高校出身だったか西高校出身だったかどっちかで慶應大に来ていた男が、「関西は『京のぶぶづけ』とかそういう所が嫌いなんだ」などと、大阪で生まれ育った私が、京都の人間から「ぶぶづけでもどないだす」と、一回、言われてみたいと思いながら、誰も言ってくれない、言ってもらった経験がないのに、東京都で生まれて東京都で育って二十歳前後の年齢の男が、何を言うか! と思い、又、「関西」でも京都と大阪は同じではないし、京都でも地域による違いだってあるはずなのに、それをひとくくりにして「関西」として「それが嫌なんだ」などと非実証的・非化学的・非論理的な口のきき方をする、この慶應タイプの白痴は何なんだ! と思ったことがあったのですが、これについても、大阪の人間でも、「京のぶぶづけ」という話で見られるような点についてはあんまり好きではないという人は少なくないのですが、大阪の人間の京都と京都の人間についての印象はそれで終わりなのです。 「『京のぶぶづけ』と言って、京都の人間というのは、親切そうに見えて、実はそうでもないということがある」とか言ったりもしていましたが、それで、おしまい。 どこの地域でも、親切そうに思えても、それほどでもなかった、なんて経験はあるもので、そういう経験をしたからといって、特にその場所を嫌う必要もない・・・・のですが、東京もん には、「京のぶぶづけ」の話を持ち出して、そして、「京都」ではなく「関西」が嫌いだと言う人間というのがいるようなのです。 もしも、京都で、何か嫌な経験をしたとしても、大阪も奈良も神戸も和歌山もひとくくりにして「関西は嫌いだ」としなくてもいいのではないのか、と思うのですが、ひとくくりにしたい人というのが東京もんにはいます。
   大阪の人間では、「京のぶぶづけ」の話については「そういうのはあんまり好きではない」と言ってもそれでおしまいである場合が多いの対して、東京もんは、執拗に「京のぶぶづけ」の話をして、かつ、それを「京都」ではなく「関西」にしてしまう人間がいるというのは、どこに原因があるかというと、これは、話し手と聞き手の間において、話し手は「あくまで、おあいそとして言っているのであって、本気ではない」ものを、聞き手が本気にしてしまう、ということはあることで、誤解であったなら、それを理解してもらうようにすればいいことで、「そういうところが嫌だ」とかしつこく言う必要のないことだ、と思うのですが、どうも、大阪は東京よりも意識的に京都に近いので、東京もんからすれば、大阪にも「京のぶぶづけ」的なものがあるのではないか。 大阪の人間は、関西人として京都人と近いものを持っているので、「京のぶぶづけ」的な経験を京都でしても、そんなことは「あること」として、それほど気にしないのに対して、東京もんは気分を害するというのは、「言葉以外の要素で伝える」・「言葉以外の要素で理解する」という姿勢が、京都と大阪は同程度にあり、東京圏では、はっきりと「だめなものはダメえ〜え!」と言って初めて理解してもらえるかどうか、であり、又、京都と大阪では、断る場合は、相手に対して「難しいですね」などの婉曲表現で断るということが日常的であるのに対して、東京ではそうではなく、「難しいですね」と言われると、まだ、可能性があると理解してしまうという特徴があり、そのため、  「京のぶぶづけ」的なものについては、大阪は京都とまったく同じではないとしても共通要素ももっているのに対し、東京圏ではその共通要素があまりないのではないか。
   大阪の人間は「『京のぶぶづけ』とか言って、京都の人間は嫌らしいとか言うよなあ」でおしまい、であるものを、な〜んで東京もんは、そこまで執拗に「京のぶぶづけとかいうのが嫌だ」と言い、かつ、「関西は」と「京都」の話ではなく「関西」の話にしてしまうのか、と思ってきたが、そのあたりに原因があるのではないだろうか。


   浜松は東日本か西日本か。 住宅に関して、畳のサイズは、「京間」(「関西間」)と「関東間」(「田舎間」)との境目は、杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)によると、これは、愛発の関・不破の関・鈴鹿の関を境目として分かれているらしい。 そして、最近では、都市部を中心として、「関東間」もしくは「田舎間」が広がっているらしい。 都市部を中心として「田舎間」が広がっている、というのがなかなかおもしろい。
   畳のサイズなどでは、愛発の関・不破の関・鈴鹿の関のあたりが境界になっているらしいのですが、それから考えると、住宅について、浜松は東日本側ということになりそうですが、ところが、そう簡単でもないようなのです。
   都会か田舎かというと、遠州人は「浜松には本田・ヤマハ・カワイ、それに、なんちゃらエレクトロニクスの本社がある」とか言うて、都会ぶろうとするのですが、浜松なんて、あんな都会あるかいな!・・・・というと遠州人は怒るのですが、怒られても、実際問題として、住宅の「好みの問題」として、浜松が「都会型」「地方型」かというと、間違いなく「地方型」です。 遠州人は怒るでしょうけれども、なんで、怒るのかねえ。実際、イナカじゃねえかよお! なんて言うと怒るから、うるさいから黙ってよか・・・・。
   まず、在来木造を好むか、他の構法と在来木造を同程度に検討するか、という視点。 それから、在来木造の場合、ムクの構造材というものを、観念的に好むか、という視点。 ムクの構造材が悪いわけではないのですが、観念的に「ムクでないと」という思想が相当に強いのは「地方」であり、「都市部」ではそういう志向はないのです。
   福島県いわき市の営業所にいた時、「住友林業はプレハブみたい」とお客様に言われたことがありました。この場合、一条工務店は「木造」なのです。 一条工務店は「木造」なのに、住友林業は「プレハブみたい」とはどういうことか? というと、外観や内装のデザインのことだと思います。 福島県の人間が言う「プレハブみたい」というのは、相当のけなし言葉、かなりの否定的発言なのですが、一条工務店の建物と住友林業の建物では、一般に、一条工務店のものの方が「重厚」、住友林業のものの方が「軽快」なものが多かった(今も、そうではないでしょうか)と思います。 「重厚」「軽快」というのは、比較的、ニュートラルな表現を選んだものですが、一般に、「地方」の人は「重厚」なものを好むことが多く、「都市部」の人間は「地方」に比べると「軽快」なものを好む傾向があるように感じました。 ですから、福島県においては、「重厚」なものの方が好まれ、「軽快」なものは、積水ハウス・パナホーム・ミサワホーム・トヨタホームなどと同様の「プレハブみたい」という印象になるようでした。住宅の場合、「大手ハウスメーカー」というのは、その多くが、実質、東京の会社か大阪の会社ですから、「都市型」の会社であることが多く、浜松発祥で「地方型」の一条工務店というのは、「ハウスメーカー」と言えるかどうかわかりませんが、その点で、「ハウスメーカー」としては異端的というのかの存在です。
   これらの要素から考えると、浜松てのは、どう考えても、「地方」です。 「地方」だから、そこの好みに合わせた建物である(株)一条工務店なんてのが受けたのです。 ところが、困ったことに、遠州人には、それを認めたくない、「浜松は都会だ!」と言いたがる人が少なくありません。(ほんと!)
   私は、いわき に行った時、ここはイナカじゃないなと思ったことがあります。 それはどういう意味かというと、「無理に都会ぶろうとしない」というところです。 「ここは、田舎だっぺえ」といわき人は言うのです。別に過疎の村ではありませんし、無医村ではありませんし、「人口で見ると東北地方では仙台に次ぐ第二の大都市」ですけれども。 それに対して、浜松の人間というのは、「浜松には本田・ヤマハ・カワイ、それになんちゃらエレクトロニクスの本社がある」とか何とか言って都会ぶろうとする人が少なくない。そのあたり、いかにも、イナカくせえ〜え! て感じがします・・・・と言うと遠州人は怒るので、相手にするのは疲れますから黙っていた方がいいかもしれませんが、そんなこと言って都会ぶろうとするというのは、それは都会的ではなく、イナカモンの特徴だと思います。 「浜松は政令都市である!」なんて、熊本の人間はあんまり言わないのですが、浜松の人間は、なんか、言いたがるんですよね。 「政令都市」であるから、東京都23区や京都・大阪・神戸と並ぶ大都市なんだあ〜あ! と言いたいみたいです。 逆らうとうるさいので、逆らわない方がいいかもしれません。 遠州人誰もがそうだということではないかもしれませんが、「(株)一条工務店の遠州人」は、浜松から東京都江東区木場の(株)一条工務店の東京事務所まで行くのに、新幹線で東京駅まで行くと、東京駅から東京メトロ東西線の大手町駅までタクシーに乗りますから。 ともかく、遠州人はタクシーに乗るのが大好きなんです。ほんと! と言うと怒る遠州人がいるかもしれませんが、(株)一条工務店にはいっぱいいました。東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人というのが。京葉線に乗りかえる時は、新幹線の東京駅から京葉線の東京駅まで平気で歩くんですけどね・・・・。
    遠州人は怒るかもしれないけれども、浜松なんて、都会じゃないすよ!  で、「都会」か「地方」かというと、浜松は「地方」ですが、浜松は東日本か西日本かというと、これは難しい。 畳のサイズは、愛発の関・不破の関・鈴鹿の関を境目としていたようですが(「中京間」というのもあるようですけれども)、住宅に使う部材、意匠というものの構成なのですが、福島県いわき市の営業所にいた時、福島県生まれでいわき市に住んでいた営業が、「一条工務店というのは、浜松発祥だけあって、住宅の意匠に使うものが、西の方の特徴のものですよね」と言ったことがあり、それを聞いて、あれ? と思ったことがあったのです。 住宅について、東日本と西日本の境目は、何から何までが、愛発の関・不破の関・鈴鹿の関を境目としていたわけでもないようなのです。 浜松は、東側のものもあれば、福島県あたりの人間から見て「西側」のものもあるようなのです。 ですから、「お宅は、浜松とか『関西』が得意の会社なのですか」と、千葉県在住の方を浜松工場に案内した時に言われた時は、その表現に違和感を覚えましたし、関西人の感覚からすれば浜松は「関西」ではないのですが、住宅に意匠上、使うものの使い方が、浜松は、福島県人あたりの感覚からすると「西側」のものがあるらしいのです。 ですから、「関西」ではないとしても、「西日本」側の意匠というのが、これは、それほど明確に一目見てわかるというほどのものではないのですが、ないわけではないらしく、その点で、「関西が得意なんですか」という表現は、東京もんの「関西」嫌い・大阪嫌いと同じ意味合いではなく、実際に住宅を建てる際には、西日本側の会社(「箱根より西」の会社)で「箱根より東」で建てると、東日本で西日本的なものが建てられるのではないか、と思われていた、という可能性があります。

  1993年、(株)一条工務店の松戸営業所(展示場)に在籍した時、松戸市で建てていただいた方ですが、契約後、日程を急いで建てたいと言われてこちらはそれに対応して急いで動いているのに、お施主様の方が時間をとってもらえなかったり、それなら、とりあえず、図面を渡すので、次の打ち合わせまでに見ておいてもらいたいと言っても、持ってこられても困ると言って拒否され、それでいて、「なかなか進まない」と文句を言われたということがありました。 こちらはできる限りのことをやっていて、お施主様の方が予定を組まないから進まないのに、なんで、それがこの人、理解できないの? と思ったことがありましたが、それも、私は、お客様だからあまり強い言い方はしない方がと考えて婉曲表現をしていたのが、かえってよくなかったのかもしれない、東京都から千葉県にかけての人には、婉曲表現では向かず、むしろ、「強い目の表現」で言った方が喜ばれた、ということはなかったか、ということを、その方について、今は思っています。小堀住研(株)の研修は、同社が関西系の会社であったこともあり、「東京圏でまったくあてはまらないということはないが、関西圏での方が当てはまる度合が大きい」というものがあり、「言葉以外の要素で婉曲的に伝える」というのは、関西、もしくは在東京圏関西人には通じても(高く評価されても)、東京もんには喜ばれないケースもあるのではないか、と今は認識しています。

   2011年のこと、新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(千葉市中央区鵜の森町。2013年11月に正式に倒産)の自称「工事責任者」で、実際に工事現場を見に行くことがない男だったU草A二(男。当時、30代なかば)は、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と、厚かましいふてぶてしい文句を、何度も何度も、大きな声で、ヌケヌケとブタブタと言いまくっていましたが、私は↑のようなことを、実際に営業をやりながら考え続けてきたのであり、そして、考え続けながら営業をして、営業をしてまた考えて、考えてまた営業をしてきたのです。 「やったことない」人間にはそういう経験もないでしょう。「やったことないですけど、営業できますから」というのは、それは、単にあつかましいだけ、できると勝手に思っているだけ! で、20歳未満の人間が言うのなら、正式に就職する前の時点で、やったことないけれども、「適性」という点で自分は営業に適性があると思っているということかという評価ができるかもしれませんが(営業という職種は、実際にやる前に自分は営業に向いていると思っていた人間と自分は営業に向いていない・営業は嫌いだと思っていた人間とどちらが実際にやった時に成果が出るかはどちらとも言えない職種で、やる前に自分は営業に向いていない・営業が嫌いだと思っていた人が成果を出すことは珍しくもない職種ですが、拒絶反応が強すぎる人の場合、無理にさせようとすると辞めてしまう人とかもいますので、この人は営業をやりたい人なのだなと認識することはできますが)、すでに、その発言の時点で30代のなかばというU草A二のような男に言われたあかつきには、なんとも、ふてぶてしい厚かましいブタだな、このブタは、とあきれます。その職種の仕事を実際にやってきた人間に対してそういった発言は失礼だということも理解できないというのは、すでに30代のなかばにもなった人間としては社会人として正常とは言えません。人工乾燥庫にでも入れて水分と脂肪分を放出させてやると、少しはまともになるかもしれん、という気もします。
※  株式会社 松本製材所 人工乾燥と天然乾燥 http://www.ankichiwood.com/category/1320161.html
吉野中央木材 木材の乾燥 http://www.homarewood.co.jp/lumbermill-document-9.htm

   ところで、浜松と言えば?・・・・浜名湖があって、アカウミガメの産卵地でもある中田島砂丘があって、野面積み(のづらづみ)の石垣浜松城があって、うなぎ が名産で・・・・と私なんかは思い浮かべます。 倉松町の(株)一条工務店の西のあたりにある(株)一条工務店の「パリ寮」てのは、「パリ」という連れ込みホテルを買い取って寮にした建物で、コペンハーゲンのことを「北欧のパリ」、イルクーツクのことを「シベリアのパリ」、ブエノスアイレスのことを「南米のパリ」というのと並び、「浜松のパリ」と言います・・・・なんてのが浜松のセールスポイント・・・とは思わんと思うが、なんか、遠州人に言わすと、中田島砂丘とか浜名湖とかではなく、「本田・ヤマハ・カワイ、それになんちゃらエレクトロニクスの本社が浜松にはある」とかなんかそういうことを言いたがるみたいなんです・・・・が、それで、「都会」になったつもりらしいのですが、そういうことを言いたがるあたりが、イナカくせえ〜え! て感じがする、というと遠州人は怒るのですが、逆らうとうるさいから黙っててもいいけれども、なんで、そんなこと言いたがるかな、て感じがします。 さらに、遠州人は「浜松は政令都市である」とか言いたがるのですが、私が子供の頃は、政令都市というと、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の六大都市だったのが、いまや、「政令都市」というのは20もあるわけで、そういう幕内の枚数を増やして十両も幕内にしたみたいな政令都市に入って、それで、東京都23区とか京都・大阪・神戸とかと並んだ「大都市」になった! みたいに言いたがる人がいますが・・・・、浜松そのものは嫌いじゃないのだけれども、そういう無理に都会ぶろうとするところは、なんだか・・・・、まあ、逆らうとうるさいから黙ってよか。
※ ≪ 現在の石垣の分類に使用されている「野面積(のづらづみ)」「打込接(うちこみはぎ)」(打込ハギ)、「切込接(きりこみはぎ)」(切込ハギ)という用語は、荻生徂徠が『ツ録(けんろく)』で石垣を勾配の上から三種に分類したのが最初で、以後定着した用語である。  林子平の『海国兵談』では、それぞれ「野面(のづら」「打欠(うちかけ)」「切合(きりあわせ)」と表現が替えられている。 ≫
≪ 野面布積(浜松城天守閣の石垣)
  未加工の自然石を積み上げた石垣だが、ほぼ大きさの揃った直方体の石材を横方向に並べるため、横目地が通る。 ≫
≪ 野面乱積(大和郡山城天守閣の石垣)
  未加工の自然石を積み上げた石垣。筑石部の石材の大きさが不揃いのため横目地が通らない。≫
(三浦正幸 監修『歴史群像シリーズ特別編集 決定版 図説・城造りのすべて』2006.12.1.学研 )
※《YouTube-パリの空の下  ダニエル・ビダル》https://www.youtube.com/watch?v=86-FovvDn8E 

   (2017.5.6.) 

☆ 「やったことない」ことはできるか?
1.「負けパターン」の感知。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201503/article_5.html
2-1 保養所で働いて「実感した」、待機している時は、忙しくしている人から見えない位置で http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_2.html
2-2 「完成現場見学会」の準備をしている人の脇で両手をポケットにつっこんでふんぞりかえる新人類 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_3.html
2-3 1人では片づけられないものに途方に暮れている同僚を、手伝いに行くのではなく見物に行くパーマン http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_4.html
2-4 締日前に、最も忙しく仕事をしている人間、最も遠くから来ている人間に、わざわざ、それほど忙しいわけでない人間、地元の人間に「差し入れェ!」とやるためのパンを買いに行かせる痴漢人間 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_5.html
2-5 自分の担当の仕事を担当外の従業員に押し付け、それで空いた時間にPTA役員やってますとわざわざブログで公開するエイリアン(異星人) http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_6.html
3. 婉曲表現によるお断りが通じる地域・通じない地域、婉曲表現が喜ばれる地域・そうでない地域 〔今回〕

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