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zoom RSS ひとには「1円でも値引は認められない」と言っておのれはドカンと引く男−部下を指導できない課長≪2≫

<<   作成日時 : 2017/03/10 01:02   >>

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[第525回] 会社と営業の話(108)−2 部下を指導できない課長≪2≫
   小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)http://www.sxl.co.jp/ 〕で、1990年(平成2年)、東京支店長の高倉が一生懸命もちあげようとしていた高橋(男。当時、30代半ば過ぎ)が、はたして、高倉が言うように「部下を育てることができる課長」だったかというと、よう言うなあ・・・・てところでした。
   まず、[第522回]《クルマの運転が必須の業務で、運転免許も持たない男を課長にすると、交通事故が起こる危険がある。》http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_16.html  で述べたように、小堀住研(株)など住宅建築業の営業は乗用車で移動して営業活動をしますが、新人でクルマを持っていない人、運転ができない人が入社した時などは、クルマで移動する必要がある際には、しばらく、課長が課長のクルマに乗せて移動することになっていたにもかかわらず、高橋賢一郎はクルマの運転ができない、乗用車を持っていない、運転免許も持っていない男で、いわば、クルマの運転を人並みにできるということは営業課長へ昇進する際の条件の1つであったにもかかわらず、その条件を満たさずに昇進した「選考進級」の課長、「大関で2場所連続優勝か優勝に準ずる成績」で横綱に昇進するという横綱に優勝経験なしで昇進した「双羽黒みたいなやつ」であり、クルマの運転は業務の1つとしておこなう以上、営業課長はその営業課の従業員が問題なくクルマを運転して業務をできるように配慮しなければならないはずであり、運転できない、乗用車を持っていない、運転免許も持っていない高橋にはそれができない、という点がありましたが、それよりもっと大きな問題がありました。
   高倉は「◇◇くんを育てた。☆☆くんも高橋課長が育てた」などと言っていたのですが、言われていた◇◇さん、☆☆さんからは、高橋賢一郎に育ててもらったとは一言も聞かなかったし、むしろ、「あの人が課長だったおかげで」被害にあったという方の話を東京支店従業員から私は聞いていた。実際、高橋が営業課長になっていた営業課に所属してこの男が陰湿で性格が変わっているというのを私は実感した。高橋は性格が変わっており、これはお客様からも言われたことで、そして、それは単に人間である以上は相性があるとかそういう次元のことではなく、高橋がはっきりと嫌われることをしていたのであり、そのあたりを見抜けない高倉はその点において支店長として問題があると言わざるをえない。 まあ、「高卒の支店長なんてそんなもん」なのかもしれないけれども・・・・。

   商品やサービスの価格はいかにして決まるか。 「『需要曲線と供給曲線の交点によって価格は決まる』と経済学のテキストには書かれているけれども、実際に買い物する時、そんな決まり方はしてないじゃないか。スーパーで買い物する時、レジで、俺はこの値段では買わない。これより安いこの金額でなら買うがと交渉するようなことはしていない。売り手が一方的に値段を決めているではないか」という話を、慶應大商学部の「経済学」の講義の中で教授がされたことがありましたが、スーパーで買い物する時はそうかもしれませんが、住宅建築請負業においては、見込客が持っている土地に建物を建てようという際、住宅建築請負業の会社は、このような内容の建物をと図面を提出した上、それをこの価格で請け負わせてくださいと見積を提出し、見込客の方では、その金額よりいくら安くならないのかという話をして最終的に金額を決めて契約する、という方が一般的です。 これは新築の場合でもリフォームの場合でもそうでしょう。
但し、
(1) 結局のところ、「業者」の方が建築についてはよく知っているので、買い手は、うまく引かせてやったと思っていても、実は売り手の想定内であるということが多い、
(2) できあいのものではなく、これから作っていくというものの場合、うかつな値引き交渉は、仕事の内容の低下を招くおそれもあるので、要注意ということがある。
ということはありますが、スーパーで物を買う時のように、売り手が一方的に価格を決めているということはありません。
   住宅建築業の会社では、もともと、その内容から考えて低めの値段を提示することで「お買い得」と思わせて見込客を確保するという作戦をとっているところと、そうではなく、商談が始まってから“ドカンと一発”何百万と「値引き」をおこなって契約させるという作戦をとっていた会社があったようで、住宅建築業の仕事についていた人間の間では、鉄骨系プレハブ住宅の会社は値引き幅が大きいという説が有力で、特に、ダイワハウスは値引きが大きいと聞いていましたが、1990年頃の小堀住研(株)では「新 桂」という自由設計の高級志向タイプのものと、「ハウス55」という「高品質低価格」の企画住宅がありましたが、いずれも、ドカンと一発値引きをするという方法はとっておらず、特に「ハウス55」の場合、「国家商品」として「高品質低価格」のものを「90億円もの国家予算を使って作られた」と言っていたことから、最初に提示する価格を「高品質低価格」、その内容にしては低価格という価格で提示していたので、提示した金額から値引きをしようとしてもそれほど大きな値引きはやりようがなかったようです・・・・が、客の立場に立てば、人間の気持ちとして、いくらか引いてくれたっていいじゃないのと思うのは人情であり、実際には何十万円か最初に出した見積もり金額より引いて契約ということが多かったようです。
   1990年代から2000年代初めにかけての(株)一条工務店は、「値引きをして売るようなことをしたのでは、値引き交渉をする人には安い値段で建てて、値引き交渉をしない人には高い値段で建てるようになり不公平になる」などと言って、坪いくらと各県ごと(静岡県については県内でも各地域ごと)に会社の方で決めた金額での契約としていましたが、これだと「値引き」はしていないのかというとそうではなく、東京都・神奈川県では「セゾン275S1」と名づけていたものを坪55万円で契約していたのに対し、静岡県西部(浜松・掛川など)では坪48万円、名古屋では坪49万5千円で契約するという、ウルトラダンピング販売をしていたのであり、静岡県西部・愛知県で建てた人は東京都・神奈川県で建てた人が払ったカネで家を建てていたようなものでした。浜松・掛川の営業は東京の営業が坪55万円で売らされているものを坪48万円で、名古屋の営業は坪49万5千円の超ダンピング販売で自分たちは営業しておきながら、「ダンピングは認められません」などと寝言を言っていたのです。 
   小堀住研(株)に入社した際、そりぁ、ビジネスである以上、売り手がこの値段でやらせてくださいと言い、買い手の方が、それは高い、この値段にしろよと交渉するというのは当たり前のことだと思ったのですが、(株)一条工務店では営業担当者を信頼していない、かつ、所長などにも権限を持たせるのが嫌らしく、会社が坪いくらと設定した金額から1円でも値引きはしないということにしていたのです。 小堀住研(株)では値引き幅は大きくないけれども、そういう商談をして契約に至るようになっていたのは、大阪発祥の会社として、ビジネスである以上、価格の交渉がなされるのは当然のことだという認識があったのに対して、「地方」発祥の(株)一条工務店では、「農家のおっさん」が建築主であることが多い(最近は、農家といっても兼業農家が多くなってきたけれども、兼業農家は「サラリーマン」と言っても、体質的に「農家」ですから)ということが原因にあったかもしれません。
   どの会社は、最初に提示した金額からの値引きをするしないという情報は見込客にも伝わるようで、「小堀住研はあまり値引きをしない」という話は広まっていたようで、それを知らないのは(株)一条工務店の営業くらいだったようです。 見込客の方の言い方として「消費税分、引いてください」という言い方をする人がありましたが、当時の消費税は3%ですから、2000万円のものなら60万円、1600万円のものなら48万円ということになります。そこまで引きたくないのですが、「消費税分引いてください」と言う見込客はありましたし、営業の方では、あらかじめ、何パーセントか引いてくださいと言われた場合に、そこまでは引けないと思えば「のせる」「オンする」という方法もあります。いくらか上乗せした見積もりを作成してそこから引くという方法もあるのです。

   1989年、千葉県松戸営業所に在籍した入社7年目のAさんが入社2年目のMさんに、「もし、課長に同行してもらわなくても、いくら値引きすれば契約してもらえるとわかれば、それで契約しちゃった方がいいよ。 俺、昔、それ、やったことがあるんだけれども、そうすると、課長は『おまえに値引きを了承する権利なんかないだろ。勝手なことしやがって』と言いながら、ひとりでそこまでできた、やったということで喜んでくれたよ。 何軒か契約すれば、どの程度なら値引きしてもいいというのがわかるだろ。 それがわかっていたなら、いちいち、課長に力になってもらって足を運んでもらって契約するよりも、自分で契約まで持って行けた方がいいに決まってるし、それができたということを課長は喜んでくれるよ。 もしも、それがだめだと言うなら、普通、言わないけれども、それなら、この契約、返してきましょうか、解約してもらってきましょうか、と言えば、解約してもらってこいとは、まず、言わないから」と話していたことがありました。
   1990年3月に松戸展示場に来場され、茨木県守谷市で建築を考えておられた某さん、私が東京支店自由が丘営業課に移籍後、商談を進めさせていただき、契約いただけそうなところまで行きました。そこで、見積書として出した金額から、このくらい引いてもらえないかという話が出て、私は「そうですね。上司に相談してみます」と、相談すればなんとかなるのではないかという雰囲気で話し、同時に、その金額にすれば契約いただけるのですねというアピールもして、持ち帰りました。
   1989年、千葉支店の営業で粗利益額で最も多い金額をあげていたS川のおっさん(男。当時、30代後半)が、展示場で見込客からこれだけ引いてもらえないかと言われたような時、最初からその金額なら大丈夫とわかっていても、その場ではいと言わずに、おでこに手をあてて「う〜ん」と唸って見せた上で、「わかりました。それなら、なんとか、上司に相談してみます」と一大決心したかのように言った上で事務所に戻り、事務所で、コーヒー入れて椅子に座って飲んでしばらく時間をつぶし、そろそろいいだろうと思った頃に、お客さんの所に戻り、「今、電話で上司に交渉してみましたところ、怒られましたが、その方だけだぞと念を押され、なんとか、いいにしてもらえました」と「報告」すると、お客さんは喜んで契約してくれる・・・・・という話を聞かせてくれたことがあったのですが、私も、その額なら妥当な額で、だめと言われることはないと思いながらも、「上司と相談させてください」と言う表現でできると断定はしないで戻ったのです。 次回、「上司と相談しましたところ、なんとか、いいと言ってもらうことができました」と返事をすれば、それで契約しましょうということになるというところまで持って行ったわけです。
   ところが。 そこから、自由が丘営業課長の高橋賢一郎がぐちゃぐちゃぐちゃにしやがった。

   1990年の1月だったか2月だったか、富士銀行(現・みずほ銀行)から出向で小堀住研(株)に来て、「常務取締役」「東部営業本部長」に、小堀住研(株)の営業にみならず住宅建築業の仕事なんか1ヶ月としてやった経験がないのに、1棟として契約を取得したことがないのにならせてもらっていた増田和二が、締日直前に千葉支店に来て、松戸や柏・市川に普段勤務している従業員を始業時刻より1時間前の午前9時に普段より1時間少々長く通勤にかかる千葉まで呼びつけて、そして、「千葉支店の業績があがっているのはすべて渡邊支店長が優秀であるからです」と千葉支店従業員を侮辱する発言をし、そして、私が「どういうところを優秀だと考えられるのですか」と質問しても、どういうところがと何ひとつ答えることができなかった。 銀行って、営業しなくてもやっていけるのか? そうではあるまい。 銀行も営業やって運営していくものと違うか? それなら、たとえば、「この金融商品はお客様にはいいと思います」と言ったなら、客は「どういうところがですか?」と質問するはずで、当然のことながら、「いいと思います」と言う以上は、「どういうところがですか」という質問に対する答えをあらかじめ持った上で言うはずだ。 「どういうところがですか?」と質問されて怒り出すアホはないだろうが。
   ともかく、誰かをほめようと思ったならば、相当なっていない人間でもほめることはできる、ということは、ある程度、営業の仕事をしてきた人間ならわかると思います。 人間、頭の先から足の先まで見て考えて、何か1つでもプラスに評価できるものがあったなら、その1つだけを言えばいいのです。そして、他に悪い所がいっぱいあったなら、それは黙っておけばいいのです。そうすれば、ほめたことになり、かつ、嘘は言っていないことになります。
   増田和二が「千葉支店の業績があがっているのはすべて渡邊支店長が優秀であることによります」などと千葉支店従業員を侮辱する発言をおこなった時、増田和二は「どこが優秀なのか」まったく答えることができなかったのだが、私は、渡邊をほめようと思ったならほめることはできましたよ。 そもそも、増田和二は、「高卒の痴漢人間」「アタマが痴漢でできている男」をなんとか持ち上げようと思って、それで、よりによって締日直前に、突然、前日の就業時間終了後に電話してきて、従業員の予定を捻じ曲げて召集した上で、「すべて渡邊支店長が優秀であることによります」などと、その言い方では千葉支店の従業員は何の努力もしていないかのような言い方をしたのだが、銀行から出向できてその会社の一線の仕事をまったく経験したこともない男が何をぬかすか、というところだが、人間、無理にでもほめようと思えばほめることはできるのに、「どこが」「どのように」ということも述べずに「優秀だからだ」などと言うアホだけあります。 私なら、たとえ、無理にでもその痴漢人間をほめようと思ったとしても、痴漢人間をほめるかわりに千葉支店従業員を侮辱するような言い方はしませんし、ましてや、営業の締日直前にわざわざ千葉まで呼びつけるなどということはしません。締日過ぎてからにすればいいことですから。 そのあたり、富士銀行が小堀住研(株)にカネを貸してるからなのか、そういう縁で銀行から出向で来て実力もないのに「常務取締役」だの「東部営業本部長」だのにならせてもらっている男だけあって、営業の経験がある人間なら当然気づくことに気づくことができない人間だったということです。
   この後、在来木造の(株)一条工務店に勤めた際、(株)一条工務店では上棟の作業に営業担当者も手伝いに出ていましたが、上棟の日の朝に施主に担当の大工を紹介する際にも、それより前、設計担当者を施主に紹介する際にも、紹介する時には、その人について何かひとつプラスに評価できるところを話して紹介するようにしました。 もし、不満に思う点があったなら、それはお客様には言わずに本人に言えばいいことです。多くの人間はいいところも悪いところも持ちながら生きていますが、紹介する時には、プラスに評価される方の点をひとつ言って紹介するようにしていました。それは、嘘ではなく本当のことで、そして、問題点があったならそれはそこでは言わない。 増田和二も、もしも、「高卒の痴漢人間」の渡邊士直を持ち上げたかったなら、そうすれば良かったのです。 ところが、増田には「渡邊支店長が優秀であることによるものです」などと言っておきながら「どこが優秀だと考えられるのですか」と言われて「どこが」と答えることができるものが何もなかったのです。増田にとっては渡邊士直という男は「優秀なところ」を尋ねられても何ひとつ思い浮かぶものがない人間であったということです。
   「幸運の女神はアタマの後ろ半分がハゲである」だったか「営業の女神は頭の後ろ半分がハゲである」だったか「契約の女神は頭の後ろ半分がハゲである」か、渡邊士直が言ったことがあった。 これは大いにもっともなことで「言い得て妙」な表現である。 もっとも、渡邊が考えたものではなく、何かで読んだのか誰かから聞いたのかしたものだろうけれども、そんなことはどうでもいい。 私はその時点ではそれほど営業の経験はなかったのだが、この後、営業の経験を積んで「ベテラン」の部類になって、実感する。 まさしく、「契約の女神は頭の後ろ半分がハゲである」。 向こうから自分の方にやってくる時には、少々遠くてもつかもうと思えばつかめる。しかし、いったん、自分の前を通り過ぎてしまうと、まだ、近くにいると思っても、つかもうと思っても、なかなかつかめない。 そういうものである。 これは、実際に、「しまったあ〜あ」という経験をして実感したものであり、この表現は「言い得て妙」の表現である。 ・・・・ほら、これで、ほめたことになったでしょ。 それで、渡邊は支店長としては困りものの人であったのは間違いないのですが、ほめようと思えば困りものの点があっても、そういうことは否定するのではなく言わなければいいわけです。そうすればほめたことになるのです。 富士銀行(現・みずほ銀行)から出向で来ていた増田和二はそれができない男だったわけです。 もしかして、富士銀行の人間て、アホちゃうか!?!

   この「幸運の女神はアタマの後ろ半分がハゲである」「契約の女神は頭の後ろ半分がハゲである」「営業の女神は頭の後ろ半分がハゲである」というこの言葉、覚えておいてください。 そして、もう1つ、「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉があります。 もともとは禅の言葉らしいのですが、鶏の卵からヒヨコが生まれる時、ヒヨコが卵の内側から嘴で殻をつつくと、親鳥が同時に殻の外からつつき、これが同時におこなわれると殻がわれてヒヨコが生まれる、それと同様、師匠と弟子も適切な時期に教えがなされてこそ成功するという話らしいのですが、営業の場合、見込客が契約しようという気持ちになった時に、まさにその時に営業が契約していただきたいというアピールをしてこそ成約するもので、早くても遅くてもよくない。
※《Weblio 辞書 啐啄同時》http://www.weblio.jp/content/%E5%95%90%E5%95%84%E5%90%8C%E6%99%82
   これは、他の所で述べましたが、(株)一条工務店の福島県の営業所にいたMさんは、何かと「一発で決めてやる」とKOを得意とするボクサーみたいなことを言うのが好きな人でしたが、ボクシングでも、ワン、ツー、スリーくらいで倒しにかかる(営業なら、クロージングにかかる)なら、間違いなく勝てる(契約になる)というところで、なにゆえか、「一発で決めてやる」といつも言う人でした。 なんで、そういうことをしたがるかなあと思い、それは、人並み外れて「労を惜しむ」「骨惜しみする」人だったからだと私は見たのですが、それもあるだろうけれども、それよりも、最初はとっつきにくくてもつきあっているうちにこの人はいい人だなあと思われる人もあれば、初対面では悪くなくてもつきあえばつきあうほど印象が悪くなるという人もおり、Mさんの場合、長くつきあうと、「お里が知れる」人、人間の卑しいところが見透かされるので、それで、見込客が気づくより前に契約させようとして「一発で決めてやる」ということをいつもするのだと複数の同僚から言われたということがありました。 Mさんなどは、客のペースから見た「啐啄同時(そったくどうじ)」はやろうと思ってもできないのです。(考えようによっては、気の毒な人ですね。) 私はMさんみたいに長くつきあうと「お里が知れる」などということはないので、ワン、ツー、スリーでクロージングに入ればちょうどいい、という人にはワン、ツー、スリーで対応するようにしましたし、それでいいと思います。
   さて、ここで、 「契約の女神は頭の後ろ半分がハゲである」という言葉と、「啐啄同時(どうじ)」という言葉が出てきましたが、営業が「クロージング」をおこない、契約していただこうとするならば、この2つは忘れてはならないものです。 見込客が契約しようという気持ちになってくれているのに、そこでぐちゃぐちゃにしてしまったのでは、契約になるものがならなくなります。

   最初の研修で、「値引きで契約をとるという営業は営業としては下の営業だ。値引きはせずに契約を取れる営業にならないといけない」と教えられました。 それは大いにもっともなことです。 客の側に立って考えても、値引きで契約を取ろうとする営業には、他にとりえがないから値引きで契約を取ろうとする人間がおり、そういう人と契約していいことがあるかというとそうではないと思います。
   1979年のNHKの朝のテレビドラマ『鮎のうた』では、船場の糸問屋「糸原」をつぶした三代目 原田三之介と鮎は行商を始めるが、なかなか売れない。 行商をしている人間の中で相当売っているように見える男に、どうすれば売れるのか教えてくださいと頭を下げて頼むが、その男は「わしは子供の頃から親父に、おまえは人に頭を下げることもできん、愛想もない、商売の能のない男やいうてずうっと言われてきた人間や。ちいっとも、商売なんかうもうない」と言い、鮎が「そやけど、売ってはるやないですか」と言うと、「ちいっとも商売なんかうもうない人間がどうやったら売れるかいうことを考えたんや。 それが『おまけ』や」と。 「ああ、値段を下げて売ることですか」と言う鮎に、「アホか。値段を下げて売ったら、こっちの負けやろうが。 そうやない。お客さんに負けてもらうんや」と。「ええ? お客さんに負けてもらうんですかあ?」と驚く鮎に、「そうや。 今、ここに千円の商品があるとするやろ。それを買ってもらうために、100円のお土産を持って行ったとする。 そうすると、すでにその商品は千円では売れんいうことや。千円で売っても実質900円でしか売れんいうことになる。 そうやのうて、お客さんにやなあ。 『あんたには負けたわあ』という気持ちになってもらうんや。 千円の商品を千円の値段で、お客さんにその値段であんたから買いたいと思うてもろうて、大喜びで千円でこうてもらうんや。 そうできたら、こっちの勝ちでお客さんの負けや。 それが『おまけ』いうことや」と。 「はあ。 で、どうやったら、お客さんに負けてもらえるんですかあ?」と言う鮎に、その男は「それはやなあ・・・・。 それは・・・、自分で考え」と言う。
※ 《NHKアーカイブス 鮎のうた》http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010240_00000
   実際には、客の立場に立てば、他の条件が同じなら安い方がいいに決まっているのですが、しかし、住宅建築業の場合、担当の営業が良心的な人間かそうでない人間かでできる家は変わってきます。 そういったことを考えると、値引きの話ばっかりする営業、他にとりえがない営業というのは困りもので、そういう営業と値引きをしてもらって契約しても、客の側にとっても、いいことはないことになります。
   こういったことを考えると、「値引きで契約をとる」ということはあまりやらない方がいいし、そういうスタイルは身に着けない方がいいでしょう。 しかし、その一方で、全般的に、この商品ならこの値段で売っているというものがあるわけです。 住宅建築業においては、このタイプのものなら、だいたい、見積額からどのくらい引いた価格で契約をしているというものがある。 それを、自分が担当の顧客だけ「定価販売」したのでは、自分が担当のお客様に他の客の家の費用を出させるような結果になってしまいます。 これもまたおかしいと思うのです。 (株)一条工務店では、「『よそ』は値引きをして売っていますが、それでは、値引き交渉をする人とそうでない人で不公平になります」と言っていたのですが、そうでもありません。 1989年に、私が担当させてもらって契約した松戸市の I さんのお宅では、営業課長であった石井さんが、I さんは自営業の社長なので、普段から商売で価格交渉している人なので、必ず、値引きは要求してくるだろうと予測して、少しだけ「上乗せした見積もり」「オンした見積もり」を作成して提出したのです。 しかし、見積書を提出しても、I さんは値引きを要求せず、なんとか、費用をやりくりしようと苦労されているのがわかったのです。 石井さんは、I さんの方から値引きを要求しなかったけれども、それでも、最初から値引きを要求された時に引く予定にしていた金額、たかだか10万円ほどでしたが、建築屋の営業の方から、「この分、引かせていただきます」と言って引いたのです。 「ビジネスである以上、価格交渉があるのは当たり前」であっても、それは「値引きを要求しない人にはいくらでも高い金額で売りつける」とは意味は違うのです。
   これらを踏まえて考えると、「相場」として、だいたい、いくらくらいは見積金額より引いた金額で契約してもらっているかは営業としてわかっていますから、見込客が値引き交渉をしようがしまいが、最終的にそれほど変わらないところの金額で契約してもらう結果にもっていきます。 それを、もしも、特定のお客様だけ、見積金額そのままで契約させるなら、実質「ぼったくり」であって、これは「値引きで契約してもらう営業ではなく、誠意ある態度を理解してもらって、その顧客のために貢献することで契約してもらう営業」とは意味は違うことになります。
   自由が丘営業課の営業課長の高橋賢一郎という男は、「普段から何かと来場客に物をあげたがる営業」でした。 この点で、この男は「値引きで契約してもらおうという営業」と共通しています。 ところが、私が、流山市在住で守谷市で建築の某様との折衝においって、「相場」くらいの金額を見積額から引きさえすれば契約してもらえるというところまで持って行って、次回、課長が顔を出して、「私が◇◇営業課の課長の☆☆です。 よろしくお願いいたします。 上司ともよく相談させていただきまして、・・・ということもありますので、その金額でご契約いただけるということでしたら、それだけ勉強させていただいていただこうということになりました」と言いさえすれば〔「・・・・ということもありますので」という理由は何でもよい〕契約していただけるように設定したにもかかわらず、そこで、突然、「○○くんは、1円も値引きしなくても契約してもらえる営業のはずだ。そんな値引きはしてはいけない」と言い出したのです。 はあ? あんた、自分、そんなことやってるう? やってないだろうが、と思いましたが、それでも、彼は営業課長ですから、なんとも困りました。
   問題点として、結局、高橋は私が担当の客にだけ、他の営業が担当の客よりも同じ物を高い値段で買わそうと言うのか、ということがあります。 それより大きい問題として、見積額よりいくらか引いたとしても、「相場」から考えて安い金額ではないので、その値段で契約してもらって損するわけでもなく、千葉支店の私よりも経験が長い他の営業と比較しても東京支店の私より経験が長い他の営業と比較しても、悪い仕事ではないのです。 それを、「私が◇◇営業課の課長の☆☆です。 よろしくお願いいたします。 上司ともよく相談させていただきまして、・・・ということもありますので、その金額でご契約いただけるということでしたら、それだけ勉強させていただいていただこうということになりました」と課長が言いさえすれば契約してもらえる、もしくは、課長が顔を出さなくても、私が「上司に頭を下げてお願いいたしまして、今回だけだぞと言われましたが、何とか了承してもらえました」と言えば契約してもらえるという状態にしたのに、そこを、「上司から、それはだめだと言われました」と言わされるとなると、そこで話が狂うのです。 いわば、「契約の女神がまさにその場まで来ている」状態で、追い返すような行為であり、鶏の卵でひなが中から殻をつついているのに親鳥の側が顔をそむけるような行為なのです。 そこで、はね返したなら、契約になるものがならなくなるおそれがあります。 もし、高橋が、他の営業が担当の顧客には「相場」として引いている程度の金額を見積額から引くということを私にだけ認めたくないと思ったならば、この次の見込み客からそう言うべきで、「まさに契約の女神が目の前にいる」という状態の人を、追い返すような行為をしたのでは、「契約の女神が通り過ぎてしまったなら、後ろからつかもうとしても、頭の後ろ半分はハゲであるのでつかめない」という結果になるおそれがあります。 高橋はそういうことをやったのです。
    慶應大学で「近代思想史」という講義の中で聞いた話ですが、教授がパリに留学されていた際、セーヌ川のほとりの古本屋をのぞいたところ、2軒の店で、同じ本が片方は他方よりも高い値段をつけていたということがあったという。 向こうの店はもっと安い値段をつけていたよということを言ったところ、その古本屋のおやじは「俺は泥棒じゃない」というようなそんな感じのことを言ったらしい。 向こうの店がいくらの値段をつけてようが俺には関係ない。俺はこの商品はこの値段が適切だと思って売っているんだ。 俺はこの値段には絶対の自信がある、ということらしい。 もしも、自分がつけている値段について自信があるならば、よそが同様のものをそれよりも安い価格で販売していても、「よそはよそ、うちはうちだ」ということで、よそよりも高い価格で売って悪いことはないだろう。 価格を安くして売るのではなく、千円のものを千円で大喜びで買ってもらえる営業の方が、千円のものを900円にして売るしかできない営業よりも、顧客のためになるということは十分ありうることだろう。 しかし、見込客というのは、契約しようかどうかという時、多くの人がある程度の「情報」を掴んだ上で考えている。 土地を持っている人が住宅建築業の会社と請負契約を結ぶ際には、たいていの建築会社は最初の見積金額からいくらか引いた額で契約するということをほとんどの見込客は知っている。但し、最初の見積金額からどれだけ引くかという点については会社によって異なり、その時の見込客が住まれていた千葉県においては、そして、おそらく他の地域においても「小堀はあんまり引いてくれない」という評判になっていた。「あんまり」というのはどのくらいかというと、ダイワハウスなどは何百万円と引くのが普通だったようで、それは要するに建築会社が最終的に契約してもらおうと考えている金額よりも何百万円高い金額を最初の見積金額として出しているということで、何百万円の値引きを言われた見込客は「感動した」という人もあれば「びっくりした。そのまま契約していたらどうなったかと思う」と怖くなる人もあるようだったが、小堀住研(株)の場合は「値引きをして売るというのは良心的ではない」と言い、「上乗せをした見積は出していませんから」と言い、特に「ハウス55」の場合は「高品質低価格」ということで、「その品質にしては低価格」「その価格にしては高品質」というコンセプトの商品であることから、最初に提示している金額からして「その内容にしては低価格」の金額であり、戸建住宅としてはそれほど高い利益率を設定していないので、大幅な値引きはやりようがなかったのですが、しかし、スーパーやコンビニで並べてある商品に値札がついているような場合とは異なり、その顧客の土地にその顧客が望む建物を建てるのにいくらでさせていただきたいというのが見積であり、もともと、値札がついているわけでもなく、「定価」だとか「メーカー希望価格」だとかいうものがあらかじめあるわけでもないものですから、建築業者の側がこの金額でさせてくださいと「希望」しても、建築主の側で、それは内容から考えて高いのではないかと思う場合もある。セーヌ川の河畔の古書店のおやじが自分がつけているこの値段に自信があると思っても、買い手は買い手でそれよりひと回り安い値段が妥当だという認識に自信がある場合だってあるわけです。建築主としてはそこまで高い金額を出すつもりにしていなかったが、なんとかして建てたいので、建築業者としても「協力」してほしい、「勉強」だと思っていくらか利益を薄くしてもらえないかと交渉することは、ビジネスである以上、当然、ありうることです。それで、価格交渉がなされて、最終的な金額が決められて契約になっていたわけで、その頃、ダイワハウスでは最初の見積金額よりも何百万円引いた額で契約するのが普通だったようですが、小堀住研(株)は、建築費が千五百万円前後の「ハウス55」の場合では何十万円というのが「相場」、消費税額がその頃は3%でしたが、3%までは引きたくないがなあというくらいだったように思います。 それが「相場」となって営業だれもがその「相場」で契約しているのに、私が担当の顧客にだけ、最初の見積額そのままで契約しろということは、それは、逆に「相場」よりも上乗せした金額で契約しろと言っていることと同じになってしまうのです。 別の味方をすると、他の営業が担当で契約したお客様の建築費を私が担当のお客様に負担させるような結果になります。高橋はそれをやれと言ったのです。
    小堀住研(株)に入社してすぐの合宿研修の際には、講師役の課長から「1年で、ハウス55ならひとりで売れるようになってほしいな。フリー(高級住宅志向の「新 桂」、及び、高級在来木造住宅)はひとりで売れるようになるには1年では無理で3年くらいかかると思う」と言われたのですが、実際には2年目でも3年目でもひとりで売れない人はいたのです。 私は、ひとりで契約直前まで持っていって、さらに、課長が顔を出して挨拶をして話を決めるように課長の顔を立てるようにもしたのです。 私は千葉支店から東京支店に移籍した直後でしたから、まず、1つ決めたかったということもあるのですが、それを高橋は余計なことをして契約を遅らせたのです。

    ところが、それだけではない。 高橋から「○○くんは値引きなんかしなくても契約できるはずだ」と言われ、「1円でも引くことない」と言われて、「相場」の金額を最初の見積額から引きさえすればそれで契約しましょうということになるところを、振出に戻されて、「上役から、引けないと言われてしまいまして」と言うしかないわけで、そこで、話は停滞してしまったのですが、その後、高橋は「ぼくが一緒に会う」と言って会って、そこで何をしたか?!?
    高橋は私には「1円でも引くことない」と言っておきながら、自分が会うと、私が話していた「相場」の額をさっさと見積額から「引かせていただきます」と口にしたのだ。 なんだ、この人はと思っていると、その見込客の方が、他の部分について、「この部分も引いてもらうということはそれは無理ですか」と言われたのです。それは、あくまでも、「言うだけ言ってみよう」というものでしかなく、それははっきりとわかりましたし、「そこまではご勘弁ください」と言えばそれですむことでした。 ところが、高橋は、「そうでしたら、照明器具をつけられることと思いますが、照明器具をうちのコーディネーターの方で選ばせてもらえるなら、照明器具をサービスとさせていただきたいと思います」と言い出したのです。 はあ? 私には「1円でも値引きは絶対にならん」と言っておいて、あんた、いったい、いくら引くつもりなんだあ? はあ〜あ???
   その頃の小堀住研(株)は「高品質低価格」の「ハウス55」と高級住宅志向の「新 桂」(及び、高級在来木造住宅と北米本格的ツーバイフォー住宅「サンタバーバラ」)の2本立てでしたが、高級住宅志向の「新 桂」などは「きょうも取れ取れ、客のカネ。よその倍とれ、高いカネ」とそれだけ出してもらいますが、出していただければそれだけの値打ちのあるものは作りますよという性質のもので、見込客の方が「どうぞ、お手柔らかに」という感じで依頼するというものですから、簡単に「値引き」などしませんし、「高品質低価格」の「ハウス55」は、もともと、戸建住宅としては利益率を高く設定していない商品ですから大幅な値引きはできないもので、見積金額よりどのくらい引いた額で契約するかには「相場」のようなものが社内であったのです。 私はその「相場」を踏まえて、最初に見込客が言われたくらいなら大丈夫と認識して話を進めたのに、高橋は私がそこまで設定したものを「1円でも値引きはできない」と言い張って話をいったんつぶし、その上で、自分が会うと、私にはだめだと言ったものを引いただけでなく、それと同等の金額を値引きするのと同じことになる「照明器具サービス」を言い出したのです。 なに、それ? そして、そこまで引いてしまっては「相場」からはずれます。 実際問題として、その頃の小堀住研(株)ではそこまでの値引きをする権限は課長にないはずなのです。 私が設定したものでも、営業担当者にも営業課長にも権限はないのですが、「相場」を踏まえてその金額なら通るであろうものを「聞いてきた」のであり、それを認めてもらいさえすれば契約になるように「設定」してきたのです。 だから、最終的に認めてもらえさえすればよかったのです。 ところが、高橋がサービスすると言った内容では「相場」をはずれていますし、もともと、値引きをしてよいかどうかの権限は支店長にはあっても営業課長にないはずであり、「相場」のものなら、最終的には認めてくれるだろうからと進めていたわけですが、高橋は「相場」を大幅にはずれた値引きを約束してしまったのです。その権限は営業課長にはないはずなのに。 私には「1円でも値引きは認められない」と言いながら、自分は何すんねん! てことをしたのです。
   1990年、4月終わりから5月初めにかけてのゴールデンウイークにおいて、自由が丘展示場にも来場客があふれ、私とNさん・Kさんの3人で接客しても、接客できない来場客がありました。営業課長の高橋は何をやっているのかと思って事務所に行くと、びっくらこっこしたことに、高橋は「営業補助」の女性社員のK宮山と2人で折り紙を折っていたのです。 「この人ら、いったい、何やってんのお?」と驚きました。 今、来場客がそこにあるのに、それを「ほったらかし」にして、何を折り紙折って遊んでるのお? 頭おかしいのと違うのかあ?と思いましたが、高橋としては来場客に折り紙での作品をプレゼントしようと思って、今、まさに来場客が展示場に来ていて3人で接客できていない人がいるという時間に、「営業補助」の女性社員のK宮山と2人で折り紙折って遊んでいたのです。 アホと言うしかないと思いますが、高橋はそういう男でした。 折り紙でいったいどんな作品を作ろうとしていたのか知りませんが、客の立場からすれば、求めているのは、自分たちにとってふさわしい住宅であり、高橋とK宮山が作ったあほくさい折り紙作品ではないのです。 そのあたりも、高橋が「何かと来場客に物をあげたがる営業」であり、そういったもので気を引こうとする営業であったことを示しています。 高橋は、なにゆえ、私が「相場」での契約を設定してきた見込客の話をいったんつぶした上で、自分が会うと「相場」の倍ほどもの「値引き」をしようとしたのかというと、おのれに自信がない営業で、高橋こそ「お客さんに何かと物をあげたがる営業」で「値引きで契約しないと営業できない営業」であり、私が設定した契約をいったんつぶした上で、自分が会った場では、「相場」の倍ほどもの「値引き」をして契約し、「高橋課長が契約した」という話にしたかったのではないか。
   話はこれで終わりではありません。 高橋は、まだまだ、おかしなことをします。 それを次回 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_4.html  述べます。
   (2017.3.9.)

☆ 部下を管理できない課長・部下を育てることができない課長
1. 人をほめたいと思った時、「なぜ」「どこが」と言える男と言えない男 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_2.html
2. ひとには「1円でも値引は認められない」と言っておのれはドカンと引く男 〔今回〕
3. 長時間遅刻してきて早弁新人類女、照明器具を初心者に選ばせる会社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_4.html
4. 「照明器具サービス」を後から他で上乗せして取り返そうとする会社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_5.html

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