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zoom RSS 堕落した建築屋は程度の低い不動産屋と仲間になる。「おとり広告」は違法―『東尾になれなかった男7』

<<   作成日時 : 2017/02/14 22:43   >>

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[第514回] 会社と営業の話(103)−7
『東尾になれなかった男−「いかり」・阪急不動産が存続して小堀住研(株)がつぶれた理由 7』

「高卒の痴漢人間」に支店長はできない理由[9] 「類は友を呼ぶ」という話。

   (株)一条工務店に在籍した時、「営業がお客さんを◇◇にしている」という話がありました。 「うるさい人だ」「細かい人だ」とか営業が言う場合があるが、実はその営業がお客さんをそういう人にならせてしまっているというケースがあるというのです。 それもあるでしょうけれども、もう1つ、「類は友を呼ぶ」ということも言われていました。 これは、(株)一条工務店だけでなく、小堀住研(株)でも言われたことですが、「担当の営業ごとにお客さんは似ている」という話があり、それゆえ、もしも、自分が担当のお客さんが「困った人」が多いと思うなら、自分自身のあり方もまた見つめ直す必要があるということになってくるのですが、そう考えると、営業という仕事はやりがいもありますが、怖いといえば怖い仕事ですね。 そして、もう1つ、「主に交われば赤くなる」というのもあったと思います。 営業が我儘な人間の場合、その営業が担当したお客様も、なんだか、だんだんと「困った人」になっていくということが、現実にあったと思います。
   整理してみましょう。
「 営業がお客さんを◇◇にしている 」
「 類は友を呼ぶ 」
「 朱に交われば赤くなる 」

そして、この3つのうちの2つ、あるいは3つの融合形というケースもあるのではないかと思います。

   ところで。 「類は友を呼ぶ」 は営業とお客さんとの関係だけではないように思います。

   私は、住宅建築業の会社に在籍した時、自分が勤務している場所の近所で分譲地があった場合には、見に行って、どこでどのような土地がいくらで出ているというのを把握しておくようにしていました。 それは、見込客で土地さえあればお宅で建てるのだけれどもという人があった時のための情報としてでもあり、又、建売・建築条件付きのものがどのくらいの値段で出ているのか把握しておくためでもあり、又、自分自身が購入した建てる場合を考えてのものでもありました。
   1990年代なかば、2011年の福島第一原発の事故が発生するより前のこと、(株)一条工務店で福島県いわき市の営業所に在籍した時、そういう分譲地を見に行って、おもしろいものを見せてもらった経験が2回あります。
   1回は、茨城県北茨城市で。 東京の不動産業者が分譲していた所です。 いわき市の営業所での移動範囲としては、最大で南は茨城県日立市から北は福島県原町市(現・南相馬市)付近まででしたが、日立市や原町市では遠すぎるので、一般には、南は高萩市から北は双葉郡浪江町くらいまで、それでも範囲は広すぎるので、南は北茨城市から北は双葉郡楢葉町か富岡町あたりまでが中心でした。 私の場合、北茨木市と高萩市で私が担当で建てていただいた方がおられたことから、建築現場を見に行くこともあったことから両市に足を運ぶことはけっこうありました。 その北茨城市には、中郷工業団地というのがあって、武田邦彦教授のブログを読んでいたところ、中郷工業団地で、放射能漏れがあったという記事がでていたようですが、原発ならともかく、一般の工業団地でそのようなことがあるとは夢にも思ったことがなかったのはうかつでした。
   その北茨城市でのことです。 クルマで道を走っていると、ある程度の規模の分譲地があって、「現場説明会」のようなものをやっているようなので、のぞきに行きました。 そこには、「いかにも不動産屋のおっさん」て感じのガラが悪いいいかげんそうな男がいました。 私は、そういう所に行った場合、「素性を隠して偵察する」なんてことしませんし、隠す必要もありません。 特に、福島県浜通り地区や茨城県北部では(株)一条工務店は建築屋であって不動産屋ではないというのを不動産屋は知っていますので、(株)一条工務店の営業が来ると、不動産屋は、建築条件のない土地なら、ぜひとも売ってくださいと言う話になり、建築条件がある土地なら、建築条件をはずすことができるものかできないものかといった話になりますが、いずれであれ、たいてい、歓迎してもらえます。 ですから、(株)一条工務店の会社名の入った名刺を出して渡した上で、「見せてもらえますか」と言って訪問したのです。
   ところが。 不動産屋が分譲しているものでも、福島県浜通り地区や茨城県北部においては、「地元の不動産屋」が開発した分譲地と「東京あたりの不動産屋」が開発した分譲地があったのですが、地元の不動産屋の分譲地なら、地元の人間がそこにおり、地元の不動産屋なら、(株)一条工務店は建築屋であって不動産屋ではないということを知っているのですが、「東京あたりの不動産屋」は知りません。 厳密には、「知らないという程度の人間が多い」ということです。
   小堀住研(株)で、1990年3月31日に、明日から、東京支店自由が丘営業所(展示場)に転勤してくれと言われた時は、本当に苦労しました。 千葉支店長に渡辺士直が1989年に来た時は、あらかじめ、前もって言われて、それから、配属の日が少し過ぎてから彼は来たように思います。 それに対して、私には、前日に、あしたから言ってくれと言うというのは、これは公平性が欠如しているとともに、従業員に対する配慮が足らないと言わざるをえません。 千葉県流山市から東京都目黒区まで通いながら、東京都目黒区の自由が丘に通える場所でアパートを探したのですが、自由が丘というのは「この漫才で田園調布に家が建つ」と言う田園調布の1つ隣り。そんな場所の借家が安いわけがない。 ともかく、考えたのは、田園調布・自由が丘という駅が最寄り駅である場合は高いと思えることから、その隣か隣の隣くらいの駅の近所の不動産屋で探してみようと思ったのですが、東急東横線「都立大学」駅の近所の不動産屋に行った時、その不動産屋のおばはんはなんとも感じ悪かった、というより、最近は多少変わってきましたが、その頃、不動産屋というのは一般に感じ悪かった。 で、「都立大学」駅の近所の不動産屋のおばはんは何と言ったかというと、「小堀住研なんてそんな会社に勤めている人なんて、大家さんが嫌がると思うわ」と。 「どこがいけませんか」と言うと、「そんな会社、聞いたことないわ。 建売でもやってるのお。 まあ、家主さんが喜ぶのは、やっぱり、大企業に勤めている人ねえ」と言うのです。 「しかし、うちの会社は、まがりなりにも一部上場ですし、住宅建築業の業界では施工棟数も上位何社かに入っている会社ですけれども」と言うと、「そうかしら。 私は聞いたことないわねえ」と、そう言ったのです。 こりぁ、不動産屋のレベルのおばはんと話をしてもしかたがないわと思いました。 慶應義塾の経済学部や商学部の卒業生のレベルであれば、どれだけ内実をよく知っているかというようなことは別としまして、まがりなりにも、一部上場くらいの会社を名前も知らないとなると、これは知らない人間の方が恥です。 ですから、東洋経済新報社の『会社四季報』、日本経済新聞社の『会社情報』に名前が載っているくらいの会社は「知っている」方が基本なのです。実際には、上場している会社でも無名の会社もありますし、かつては上場していなかった会社が上場することもありますから、上場している会社でもすべての会社を認識しておくことは難しいかもしれませんが、基本的には一部で上場しているくらいの会社は、会社の名前くらいは「知っている方が基本」です。 又、各業界で上位10社くらいに入っている会社についても、上場未上場にかかわらず、「知っている方が基本」であり、実際には知らない場合もあるとしても、「知らない」と言うと、知らない人間の方が恥ですから、ですから、知っていても知らなくても、「知らないわねえ」などとは言わないのです。 ところが、不動産屋は、一部上場の会社でもその業界で上位10社に入っている会社でも知らないのです。かつ、自分が無知だから知らないくせに、堂々とふんぞり返って「知らないわねえ」と言うのです。 それが不動産屋なのです。 又、私たちも、見込客の勤め先を見て、あまり有名企業ではないという場合でも、その会社で活躍している人かもしれませんし、有名企業に勤めていても、そこで何をしているのかわかりませんし、そもそも、ひとさまの勤め先を「そんな会社」などという言い方はしませんが、それをするのが不動産屋、見込客に向かってそういう口のきき方をするのが不動産屋なのです。
    実際問題として、不動産屋というのは、その程度の人間がやっている業界ですが、福島県や茨城県北部まで「東京あたり」からやってきて分譲している不動産屋というのも、「その程度の」が多かった。 地元の不動産屋にしても、警察は「ヤクザではない」と言うかもしれないが、どう見たって「カタギ」には見えんぞてのが少なくなかった。 しかし、ケーサツと不動産屋というのは、なんで、あんなにガラの悪い顔になるのか、不思議ですよねえ。
    私が(株)一条工務店に入社した1992年においては、東京圏では(株)一条工務店は本当に無名の会社で苦労しました。 しかし、1990年代半ばにもなると、事情はかなり変わってきました。東京営業所・松戸営業所で一緒に仕事をしていた人間と電話で話をしても、「ぼくらが東京営業所に一緒にいた頃とはずいぶんと違いますよ」という言葉を聞きましたし、「有名企業」というほどにはまだなっていなかったとしても、「知っている人は知っている」くらいの知名度になってきていましたし、住宅展示場も東京圏においても、あちらこちらに作っていましたので、関係のない業界で仕事をしている人なら知らない人もあるかもしれないが、住宅・建築・不動産の業界に勤めている人間であれば「知っている方が普通」の会社になってきていました。 ところが、不動産屋レベルのおっさんは知らないのです。 慶應義塾の経済学部・商学部の出身者なら、そのくらいの会社なら、「知らない」というのは知らない人間の方が恥ですが、不動産屋レベルでは「知らない」のが普通なのです。 それで、北茨木市で分譲をしていた不動産屋のおっさんに、私が(株)一条工務店と書いた名刺を出して話をすると、そのおっさんは、「工務店」という会社名で実際には建築屋ではなく不動産屋である会社がありますので、(株)一条工務店を不動産屋だと思ったようでした。 それも、自分たちと同じレベルの同じ程度の不動産屋だと思ったようでした。
    そして、こちらが尋ねもしないのに、「そこの区画1区画だけ、チラシには◇◇百万円と書いてあるけど、本当は最初からないんだ。 社長の親戚が買うことに決まっているんだけど、安い区画があるということで客を呼ぶために、ありもしない区画をチラシには載せてるんだ。 実際にあるのは、そことそことそこで、その中で一番安いのはそこの◇◇百万円の区画なんだ」と、そういうことを言ってきたのです。 まあ、しかし、不動産屋だなあと思いました。 そういうおっさん、いますでしょ、不動産屋には。 片方でずるいくせに片方でアホなおっさん。 それ、宅建業法違反だろうが! 「おとり広告」は宅建業法違反!
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※ 宅地建物取引業法
(誇大広告等の禁止)
第32条   宅地建物取引業者は、その業務に関して広告をするときは、当該広告に係る宅地又は建物の所在、規模、形質若しくは現在若しくは将来の利用の制限、環境若しくは交通その他の利便又は代金、借賃等の対価の額若しくはその支払方法若しくは代金若しくは交換差金に関する金銭の貸借のあつせんについて、著しく事実に相違する表示をし、又は実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示をしてはならない。
第81条  次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一  第25条第5項(第26条第2項において準用する場合を含む。)、第32条又は第44条の規定に違反した者
二  ・・・・
(宅地建物取引業法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27HO176.html ) 
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※ 消費者庁 不動産のおとり広告に関する表示 http://www.caa.go.jp/representation/keihyo/hyoji/kokujifudosan.html 
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    俺の名刺に「宅地建物取引主任者」と書いてあるだろうが。 見えんのか、宅地建物取引主任者に向かって、うちの会社は宅建業法違反をやってるんですよと、きかれもしないのにベラベラ話すのか・・・・というと、見た上で言っていたのです。 うちの会社は宅建業法違反をしていますよ、と。 片方でずるいと同時に片方でアホなんです、不動産屋というのは。 その程度のヤカラがやってるんです、その程度のが!

   そして、それと似た経験を、この少し後だったか少し前だったかに双葉郡富岡町だったか楢葉町だったか、富岡町だったような気がするのですが、そのどちらかです。 分譲地があるようなので、見に行ってみたのです。 不動産屋のおっさんたちが分譲地につめていました。 やっていたのは「地元のガラの悪い不動産屋」で、なんと、小堀住研(株)が1990年に名称を変更したエスバイエル(株)と提携して、エスバイエル(株)の建物を建てるという建築条件付きの分譲地だったのです。 あきれた!!!
   1980年代の終わりに私が小堀住研(株)に入社した際、新卒社員研修では、講師役の人が、「小堀住研(株)は、昔から、請負専門でやってきた会社で建売は基本的にはやりません。 これまでにやってきたものとしては、阪急不動産(株)とかそういう特別の不動産会社の分譲地で建売をやったということはありますが、一般の不動産屋の分譲地での建売はやったことはまったくありません」ということだったはずなのです。 それだけ、誇り高い会社であったはずで、「街の不動産屋」が提携して建売や建築条件付きをやりたいと思っても相手にしない会社のはずだったのですが、福島県双葉郡の富岡町だったように思うのですが、そこで見た不動産屋のおっさんどもは、北茨城市で見た、宅建業法違反やってますときかれもしないのにべらべら得意がって話すずるいとともにアホなおっさんと同程度の程度の低い不動産屋でした。
   「不動産屋」でも、阪急不動産(株)と提携して建売をやったというのなら、会社の格は落ちませんが、「程度の低いいかにもガラの悪い程度の低い不動産屋」と提携して建売やったなら、その建売・建築条件付き分譲が成功するか失敗するかにかかわらず、会社の程度は落ちます。 又、「程度の低い不動産屋」と提携して建売やる会社とは、阪急不動産(株)のような「不動産屋」は提携しなくなるでしょう。 その程度のことがアホの中島はわからんのか!?!
   かつて、滅私奉公して尽力した会社が、なんとも情けないことをしてくれるものです。
   その頃でしたか、大阪府で、エスバイエル(株)が「程度の低い不動産屋」と提携して、「建売住宅。 ○千万円」と、いかにも「大安売り」という調子で新聞折り込みのチラシを入れていたのを見ました。 ああ、これで、この会社は終わりだろうなと思いましたら、しばらくして、本当に終わりになりました。

   そういうチラシを入れられるのは、小堀住研(株)で家を建てた入居者にとっても迷惑な話なのです。 財産価値が下がってしまうのです。 「氷見のブリ」とか「大間のマグロ」とかいうブランド食材てありますね。 『味いちもんめ』という板前を描いた漫画で、東京・新宿の割烹料理店・藤村の花板・熊野さんが「氷見のブリやから使ってるのと違います。 ええブリやから使ってるんです」と言う場面がありました。 そういう眼で見ることができる人なら、「小堀で建てた家」であろうがなかろうが、いい家かどうかという視点で見て判断します。 建物が建っている土地を売ろうということになった場合、建物は年数が経つと価値は低下していきますが、すべての建物が同じだけ低下するわけではありません。 築何年かという視点と別に、現実にそこにある建物はどういうものかという視点でも見ます。 私の親が1960年代の終わりに小堀住研(株)で建てた家を見て、現実に建っている建物を見て「これは、建てた時点では、けっこういい建物だったのと違いますか」と言う人はいます。 建築屋をしている人間、建築屋をしていた人間にはそういう人が比較的多い。 それに対して、不動産屋には2タイプあります。 今となっては何十年か前、三井信託の系列の三信不動産販売(株)の人に見てもらったことがあったのですが、私の親が「建物の方は、もう、築年数が経っていますから価値はないでしょうか」と言うと、「いえ、この家なら価値はあるでしょう」と実物を見た上で彼は判断したのです。 それに対して、「街の不動産屋」というレベルの不動産屋はそういう見方はできない人が多い。 貸すことを考えて近所の不動産屋に身に来てもらったことがあるのですが、その時に来た若いのに、「この家は、築年数は経っていますが、小堀住研で建てた家で、その頃、建てたられた家としてはいい方の家なんですよ」と言うと、そういう建物だとわかるだろうと思って言ったところ、彼はわからなかった。理解できなかった。 彼は何といったかというと、「そこの今でているお宅なんか、ミサワの家ですけど、◇◇ででてるんです」と。 彼にとっては、小堀住研(株)よりミサワホーム(株)の方が格が上だったのですが、私は建てた会社の格が上か下かと言う話をしたのではないのです。 1960年代後半においては、小堀住研(株)は「高級住宅の小堀」であった時代であり、その時代の小堀住研(株)が請負で建てた建物は、間取りなどはいいか悪いかはその建物それぞれであるけれども、その当時の建物としてはしっかりと作っている場合が多い、又、内装などで使っているものも中程度ではなく「中より上」くらいのものを使っているものが多く、この建物もそうなんですよ、見てもらえばわかりますでしょ、ということを言ったのです。 実際、すぐ近所に、同じころにミサワホーム(株)で建てた家がありましたが、その家はとうの昔に取り壊されてすでにありません。 ところが、不動産屋はわからんのです。 現物を見ても。 「目利き」というほどのものではない。 見ればわかるだろうが、と思うのですが、不動産屋は目が腐っているので見えないのです。
   2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)http://www.10kai.co.jp/ という不動産屋の建設部にいた時も、花見川店の店長になっていた大友(女。当時、50代なかば)が、他の不動産屋が仲介の依頼を受けた佐倉市ででていた「土地つき中古住宅」が木下工務店の施工と出ていたのを見て、「木下工務店施工だからいいじゃないの」と言うので、私は「最近の(2008年前後の)木下工務店は請負が中心の会社ですが、この建物が建てられた時期の木下工務店は建売中心の会社ですから、その頃の木下工務店の建物というのは、それほどいいとは言えないと思います」と私は言ったのですが、大友は「なんで、そんなこと言うのよお。 木下工務店ならいいじゃないのよお」と言ってきかなかったのです。 やっぱり、不動産屋のおばはんだけあってアホやなと思いました。 私は木下工務店に義理も恩もなければ恨みもない。 実物を見たならば、見た上で判断すればいいのですが、会社名と築年だけ見ての判断であれば、木下工務店というのは2008年前後においては「請負の会社」だったが、それより何十年か前の木下工務店は「建売の会社」であり、「建売の会社」ということは、当然、「請負の会社」よりも建物の質は良くない場合が多い、と考えるのが一般的です。 ところが、店長の「O友ゆうこりん」(仮名)は、そういう判断ができないのです。 そのあたりが不動産屋なのかなあと思いました。 「氷見のブリ」だと言われれば、実際にいいかどうか見もしないで「いいじゃないの」と判断する思考、それが不動産屋なのです。 アホですよ、アホ。
    しかし、アホが多いと、アホも無視はできなくなります。 「多数は正義」でもないはずではあるのですが、アホが多いとアホの判断が幅をきかせてくることがあります。 ミサワホーム(株)は、私の親が家を建てた1960年代後半においては、規格住宅が多い会社で、「真ん中より下」の価格帯が多い会社だったのが、その後、中より上の建物も建てるようになってきました。 それに対して、小堀住研(株)は1960年代は「中の上」か「上の下」くらいの価格帯の会社だったのが、その後、「高品質低価格」の「ハウス55」を始め、「高級志向」タイプと「高品質低価格」タイプの2系統となったあたりまではいいのですが、その後、1990年に社名をエスバイエル(株)に変更したあたりから安物路線に進み、社長の中島昭午が「最低価格帯のカテゴリーキラーを目指す」などとその最低価格帯の商品があるわけでもないのに、あっちやらこっちやらで言いまくり書きまくって会社の格を一生懸命低下させた。 その結果、実物を見て判断する人は別として、「エスバイエル(株)は最低価格帯のカテゴリーキラーの会社」、「エスバイエル(株)はガラの悪い程度の低い不動産屋と一緒に建売やってるその程度の会社」「ガラの悪い程度の低い不動産屋の仲間の会社」という評価になってしまい、その結果、「社長は竹中工務店の設計室にいた人間です」(←ウソ!)・「小堀住研はミサワなんかと違って木造のきっちりした建物を作っている会社なんです」(木造はたしかだったが、きっちりしていたか否かは何とも言えない)・「小堀住研は大卒しかとらない会社です」「ミサワあたりの営業は高卒の営業ですが、小堀の営業は大卒の営業です」(その頃は実際そうだったようだ)・「住研とは? 住宅を建設するのではなく研究する」とかいったことを言いまくって会社の格を上げようと努力して、本社の場所も西区の九条から阪急神戸線「西宮北口」駅のすぐそばに移して「阪急沿線の小堀住研」とアピール、さらにJR大阪駅のすぐ南、地下鉄谷町線「東梅田」駅の真上という超一等地に移して内容がともなっているか否かはさておき「一部上場の会社、住宅建築業界上位の会社だぞお」という感じでアピールするところまでいき、「嘘でも百回言えば真実」みたいにいくらか真実になりかけたところを、ドカンと一発、自ら会社の格を落としてしまった。 その結果、建物の実物を見て、この建物は価値があると評価できる建物かどうかと自分自身で考える人にとっては、建てた会社の格が下がろうが大きく関係はないが、不動産屋レベルの人間の場合は、社長の中島昭午が「最低価格帯のカテゴリーキラーを目指す」とか言いまくると、「高級住宅の小堀」であった時代に建てた建物まで「最低価格帯の建物だ」と信じ切る男・女が出て来る。 その結果、入居者にとっては財産価値まで下がってしまうのだ。 迷惑千万である。
   花登筐が原作の『銭の花』のテレビドラマ『細腕繁盛記』において、伊豆熱川で温泉旅館を成功させた加代の祖母・ゆう が、大阪の宗右衛門町で高級料亭「南地楼」を成功させた際、「南地楼で食事をしてきた」というのが「ステータス」であるかのように持って行き、客の自尊心をくすぐるようにして成功させた。 その ゆうが「店の格というものは、上げるのは大変だすけれども、下げるのはあっと言う間に下がるもんだすで」と語る場面があったと思うのだが、滋賀県出身で大阪で会社を作ってやってきた中島はわからんのか、『細腕繁盛記』見てなかったのか? と思うのだが、アホはわからんのでしょうね。〔⇒《YouTube-銭の花 細うで繁盛記 旅館山水館 》https://www.youtube.com/watch?v=jlipoy1IH4U  〕 小堀住研(株)の会社の格はあっという間に下がった。 実際、下がるのは簡単に下がるものだ。

   「高卒の痴漢人間」には支店長はできない理由[4]で述べたように、私の父が勤め先の会社がかかわっていた「アトピー性皮膚炎についての研究会」は、日本で名前を言えば知らない人は誰もないという会社ばかりが加わっていたものです。 それを、住宅建築業の会社で、うちを入れてくださいと言って来ていた会社が他にあったのに、わざわざ、小堀住研(株)に話を持って行ったにもかかわらず、小堀住研(株)は、千葉支店長の痴漢人間の渡邊士直と東部営業本部長の増田和二は、それに対して、無礼千万な態度、足で砂をかけるような態度をとったのです。 そういう礼儀に反する態度をとると、その後、相手にしてもらえなくなってしまうぞと思いましたが、小堀住研(株)の経営者としては、そういう日本で名前を言えば知らない人はないという会社ばかりの「研究会」には入りたいとも思わないだけでなく、わざわざ、足で砂をかけるような態度をとりたかったようです。

   私は、1989年、「高卒の痴漢人間」の渡邊士直が何人もが見ている目の前で「男性がさわりたいと思うお尻をしているということは、いいことだねえ」と言って女性社員の尻をなでまわしたのを見て、まず、びっくりしたし、自分自身が大変なショックを受けた。 正気の沙汰ではないと思った。 又、そこまでやった人間が、その後もなんのおとがめもなく、「支店長」などという役職についておれるとは考えられなかった・・・・・が、考えられないような会社だったようで、そういう「考えられないような会社」はどうなったかというと・・・→つぶれた。
   1990年代に入り、驚いたことに、その痴漢人間が、なんと、びっくらこっこびっくらこっこしたことに、取締役に就任した。 「どのような賞を受賞しているかで人の値打ちが決まるのではない。 どのような人がその賞を受賞しているかでその賞の値打ちがきまるのである」と、「作家で精神科医」の なだ いなだ が『娘の学校』(中公文庫)で述べていたが、その通りである。私もそう思う。 「高卒の痴漢人間」が取締役になったからといって、それで、「取締役」という人格になったわけではない。 エスバイエル(株)の取締役というものが「高卒の痴漢人間」程度のものになった、ということである。
   私が、痴漢人間の渡邊のことを本社の人事に言ったというのは、それは「中国の天安門広場で戦車の前に立ち塞がった人のような行為だ。 間違ったことをしているのではないが、戦車の前に立ち塞がるというのは、無謀だ」と言う人がいたのだが、この会社の人事部は「入社して以来、勤務する上で困ったことはありませんか」というアンケートを新卒入社社員に求めてきたので、私は求めに応じて正直にアンケートに記載しただけのことだ。 ところが、それに対して、痴漢人間が逆恨みをしたようだったが、痴漢人間を増長させている会社に問題があることである。
※ 《ウィキペディア−六四天安門事件》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E5%AE%89%E9%96%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6
   私は、アルバイトとしてではあるが、法務省で警備員の仕事をしたことがある。 法務省の警備は、民間企業が採用した警備員で法務省に派遣された者と、公務員の守衛とで協力しておこなっていたが、守衛さんに聞いた話では、霞が関の官庁では、国家公務員1種試験を経て入庁している人が多いが、法務省だけは司法試験を経て検事の資格を持って入庁している人と1種試験合格で入庁している人がいるらしく、長くいる守衛さんは、同じころに入庁した人とは仲が良かったりすることがあるらしい。 片方は、司法試験合格者や1種試験合格者として入っているので、何年かすると昇進するらしいが、守衛さんは何年経っても、副守衛長になり守衛長になるくらいで、それほど出世することはないが、それでも、同じころに入った人とは仲良くつきあったりしているらしい。 その一方で、たとえ、自分の方が前から在籍しているとしても、守衛さんが、司法試験合格者や1種試験合格者として入庁した人間に対して、先輩ヅラしたりはしないはずだ。 しても、誰も認めないし。
   小堀住研(株)は、私が応募した時に見た慶應義塾大学に小堀住研(株)が出していた求人票によると、「技術系」の応募資格は「4年制大学 建築学科卒の者、もしくは、土木学科卒の者」で、「営業系」の応募資格は「4年制大学 法学部・経済学部・商学部卒の者」だったはずなのだ。 私はその募集に応募して、旧帝大系国立大学や早慶の法学部・経済学部・商学部卒の人のコースに入社したはずだったのだ。 ところが、なぜか、そこに「高卒の痴漢人間」がいたのだ。 裏口入学か?  いてもいいが、かつて、電鉄会社は旧帝大系国立大学や早慶卒の者と高卒の人間の両方を採用しても、入社後の扱いは違うわけで、旧帝大系国立大学や早慶卒の人間が高卒で入った人と同じ扱いにされることはなかったはずだ。 だから、私は、「大卒しかとらない会社」であるはずの小堀住研(株)に、「高卒の痴漢人間」の渡邊、高卒であるが高卒とはいっても高校時代は旧帝大系国立大学に合格できた可能性もある成績だったが自分の意志で行かなかった人とか、旧帝大系国立大学に行って卒業しなかった人で卒業した人と同程度の学力はあると認められる人とかではなく、「高卒の人間の中でも底辺の方の高卒の人間」で、しかも、「底辺の方の高卒の人間の中でも痴漢人間」がそこにいたとしても、短大卒の女性社員が大卒で入った男性社員とは異なる処遇になっていたのと同じく、その人は、自分とは立場が違うと思っていたので、まさか、その痴漢人間が「天安門広場の戦車」だなどとは夢にも思わなかった。 ・・・普通、思わんだろ・・・・。そんなこと。

   その「高卒の人間の中でも底辺の高卒の人間で、底辺の高卒の人間の中でも痴漢人間の高卒の人間」の渡邊士直を取締役にまでならせたエスバイエル(株)はどうなったかというと・・・・・→つぶれた。
   渡邊士直を見て、この男、前職、なんだろうなと考えたのだ。 不動産屋かクルマ屋か・・・・。 ガラの悪さから判断すると、そのどちらかではないかと思えたのだ。 クルマ屋に勤めていた人が誰もが痴漢人間ということはないと思うが、又、思いたいが、現実に、元クルマ屋の人にはガラの悪い人が多いというのは事実である。 不動産屋もまたしかりである。 ↑にも述べたように、慶應義塾の経済学部や商学部の出身者のレベルにおいては、一部上場クラスの会社、その業界で上位10社以内に入っているような会社について、「そんな会社知らないわねえ」などと口にしたならば、そういう文句を口にする人間の方が恥であるが、不動産屋レベルではそうではない。 尋ねられもしないのに、わざわざ、「この区画は(宅建業法違反のオトリ広告であって)現実にはない物件なんだ」などとべらべらしゃべるという、そういうズルイことをしているということに精神的に抵抗を感じない良心的でない人間であると同時に、そういうズルイことをやっているということを初対面の人間にベラベラ簡単に話すアホ、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士の資格なんか当然持っていない、というのが不動産屋なのである。
  福島県双葉郡の富岡町だったように思うのだが、エスバイエル(株)と提携してエスバイエル(株)の建物の建築条件付き分譲地につめていた、「見るからにガラが悪そう」な、「ケーサツとどっこいどっこいの人相の悪さの不動産屋」を見て、渡邊士直と同類だなという印象を受けたのだ。 「類は友を呼ぶ」と同類を呼んだなと。実際、そこに来ていた不動産屋のおっさんどもは、人相も悪く感じも悪く、「営業の基本動作の徹底」「基本動作の徹底で同業他社との差をつける」「礼儀正しさこそ小堀住研の営業」と言っていた「小堀の営業」とは正反対の、胡散臭い・ガラが悪い・人相が悪い、「いかにも不動産屋て感じ」の人たちで、渡邊士直の仲間という感じがした。

   その連中を見て、中島昭午は、なんで、「高卒の痴漢人間」に「会社の女の体はいくらさわってもかまわん」と渡邊に認めなきゃならんのかと不思議に思ってきたが、もしかして、中島昭午自身がその程度の人間だったのか、その程度の人間にとってはその程度の人間がそばにいてくれた方が居心地がよかったということなのかもしれないと気づいた。
   私は、小堀住研(株)に入社する際、同社は、東大・京大の出身者はいないとしても、常務に慶應卒の人がいて、副社長は神戸外大卒で、我が家の家を建てた時に担当として来た人は、神戸大卒だったり阪大卒だったり、営業担当者は関西大卒だったはずで、そのくらいの大学の出身者の会社に入社したと思い込んでいた。社長の中島昭午だけが長浜北高校卒(http://www.nagakita-h.shiga-ec.ed.jp/ )と高卒だったが、創業者の「甥っ子」と言っていた(が実際は「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だからしい)「社長は特別」だと思っていたのだ。 松下幸之助は小学校しか出ていなかったとしても、それでも、パナソニック(株)は旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学卒の人間の勤め先であるのと同様に。 「小堀住研は大卒しかとらない会社なんです」と言いまくって来たはずだったし、「ミサワあたりは高卒の営業の会社ですが、小堀住研は大卒の営業の会社です」とも言っていたはずだったので、小堀住研(株)は大卒の人間の会社だとばかり思っていたのだが、実際は違ったようだ。 高卒の社長にとっては、「高卒の痴漢人間」の方が身近に感じたらしい。 だから、「高卒の痴漢人間」のことを「天安門広場の戦車」と表現する人までいたらしい。 しかし、それをやったら、「秩序を乱す」ことになるのでないかい? 「大卒しかとらない会社」には、社長は特別だとして、社長以外は大卒しかとってはいけないのでないかい?  「大卒しかとらない会社」に大卒でない人間をとった場合、どういう処遇にするのかということを真面目に考えて対処しないと、「底辺の高校卒の痴漢人間」に「大卒の人間」の上役みたいなツラされたのでは、おもしろくもないのは当然のことであるし、「秩序を乱す」ことになるわな・・・・・。

   考えてみると、小堀住研(株)→エスバイエル(株)の会社名の変遷は、けっこう「正直でよろしい」かもしれない。 最初の 三成工業(株)だかいうのは、はっきり言わないのだが、どうも、3人で始めたのか3つの会社がくっついてできたかみたいな名称である。 その後、小堀興業(株)になり小堀住研(株)になったのは、小堀林衛が残って、他の2人を追い出したのか出て行ったのか、て感じがする。真偽のほどはわからないが、そんな感じの社名である。
   その後、1989年に相談役になっていた初代の社長の小堀林衛が他界すると、翌年の1990年に、小堀林衛の「甥っ子」ということになっていたが実際には「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」らしい「天プラばっかりの高卒昭午」と言われた2代目社長の中島昭午が会社名から自分の苗字と異なる「小堀」を取り除いてエスバイエル(株)にした。 そして、胡散臭い・安物くさい・マイナスのイメージしかついていないエスバイエル(株)をヤマダ電機が買い取ると、山田さんの名前がついて、ヤマダエスバイエルホーム(株)になった。
   3人 → 小堀 → 苗字なし(中島) → 山田
と持主に合わせて社名が変わる。 山田さんがどういう経営をするのかはまだわからないが、これだけ、ひとの名前がついたり消えたり・・・と変化する会社というのは、それだけ、その個人の身勝手というのかでまかせというのかに支配される会社だったのかという感じがする。 そんな会社に滅私奉公したのはアホだったかもしれんな・・・・・。
   その「苗字なし(中島)」の時代、エスバイエル(株)という名称であった時代だが、中島昭午が社長であった時代の後、富士銀行が送り込んだ元富士銀行のおっさんが社長であった時代があった。 なるほど、いよいよ、つぶれると踏んで富士銀行は破産管財人を送り込んだか!?! て感じ。 しばらくすると、大阪駅の目の前にあった本社ビルは売却された。 新宿のセンタービルにあった東京支店は新宿は新宿でも駅から遠い便利の悪い場所に移った。 大阪の店は天満あたりの貸しビルに入ったようだ。 富士銀行はとれるだけとって去って行ったということのようで、その後は銀行出身の社長でなくなった。 その後、積水ハウス(株)出身の男が社長になった時期が一時期あったので、積水ハウス(株)は、かつて、軽量鉄骨造の積水ハウス(株)であったのが、在来木造のトーヨド建設(株)を買収して積水ハウス木造(株)にして、積水ハウス木造(株)が定着した後に、積水ハウス(株)の本体の合体させて積水ハウス(株)に軽量鉄骨造の部門と在来木造の部門があるというようにしたのと同様に、木質パネル構法のエスバイエル(株)も買収するつもりなのか? と思ったが、すでに木質系住宅を建てている積水ハウス(株)にとって、マイナスのイメージしかこびりついていないエスバイエル(株)を買収しても「うまみがない」と判断したのか、積水ハウス(株)出身の男は社長を退いたようだ。 よくわからんのが、松川というけっこう古くからいた男、私が千葉支店に配属される前に、一時、千葉支店で工事管理の部署にいたらしいおっさんが、社長になったことだ。 彼は小堀・中島の親戚だったのだろうか。それで、「中継ぎ」のように社長になったのか。 もともと、同社でも工事部系の部署にいた人間のはずで、特に、経済学部・商学部的発想、経営者的能力において有能、期待できるというタイプではないはずである。 そのおっさんが、赤字続きのエスバイエル(株)について、新聞だったか雑誌だったかで、「今、不動産業者と提携を進めて分譲を進めており、それが進めば利益が計上されてくるはずです」だったか述べていたのを見たのだが、その提携を進めていると言っていた不動産屋というのが、福島県双葉郡で私が見た、いかにも胡散臭い・いかにも不動産屋くさい信用しない方がよさそうて感じの・いかにもガラが悪い・まるで渡辺士直のような感じのという不動産屋のことだった。 あの男、まだ、そんなこと言ってるのかと思った。 それ、やったらだめだというのがわからんのかと思ったが、その路線に進んでしまい、「日本で名前を言えば知らない人間は誰もない会社」には足で砂をかけるような無礼な態度をとり、不動産屋でも阪急不動産(株)のようなタイプの不動産屋は切り捨てて、ガラが悪い・感じが悪い・胡散臭いというタイプの不動産屋の仲間になろうとした、という、自殺行為と違うのかということをエスバイエル(株)という名称に変更したころからやり続けてきて、その路線を引き返すことは、もはや、不可能になっていたということだったのか・・・・。

   今から考えると、私が入社した1980年代の後半、すでにその兆候は出てきていたのかもしれない。 我が家が建てられた時、その後、我が家の問題で小堀住研(株)の人間に来てもらった時、来た人間は、東大・京大卒の人間はいなかったが、阪大・神戸大卒だったりして、そういう人が「しっかりしていた」と私の親は言い、「小堀だけある」という評価をしていたのだが、いい面だけ見せられていたのかもしれないが、私が入社した1980年代後半においては、そういう人は、会社にいなかったのだ。 「出て行った」のか「追い出された」のか?
  「出て行った」のと「追い出された」のとでは、実はそれほど違いはないという説もある。 会社には「収束の原理」というものがあって、上の方と下の方の人間は、どういう経緯かはさておき、出て行って、一定の層に「収束」されることになる、という説である。 その際、「追い出された」感じで出て行く人もおれば、「自分から出て行った」感じで出て行く人もいるが、その2つは実際にはそれほど大きくは違わないというのだ。 追い出される筋合いはないが、しかし、そういう面はあるかもしれないと私は思っている。 「追い出してやった」と思っている人間でも、実は「クズの集団の方が残ったことから、残る側に所属しただけ」であるというケースもあるようだ。 だから、「残った」としても、優秀だから残ったとは限らない。 クズだから残ったのかもしれない。

  「類は友を呼ぶ」で、ガラが悪い・感じが悪い・つきあうと不快指数が上昇する・人相が悪いというタイプの不動産屋が、つき合いやすい相手として「似た者同士」でつきあうようになり、その仲間になった会社は、結局、「類は友を呼ぶ」で、つぶれる会社グループの所属からもはずれることはできなかった、ということかもしれない。
   (2017.2.14.)

☆ 『東尾になれなかった男−「いかり」・阪急不動産が存続して小堀住研(株)がつぶれた理由』
1 「大卒しかとらない会社」に高卒の人間を採用してよいか http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_2.html
2 痴漢人間は支店長はできない 酒を飲まない自称「酒好き」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_3.html
3 営業妨害は支店長の権利ではない http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_4.html 
4 ビジネスマナー欠落痴漢人間 http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_5.html
5 レブロンは希望を売る、小堀住研は安売りに落ちる http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_6.html
6 痴漢人間の作る住宅はその程度 http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_7.html
7 堕落した建築屋と程度の低い不動産屋 〔今回〕
8 締日直前の営業妨害 http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_9.html
9 社内痴漢を許可する社長 http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_10.html
10 痴漢人間は顔に出る http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_11.html

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堕落した建築屋は程度の低い不動産屋と仲間になる。「おとり広告」は違法―『東尾になれなかった男7』 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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