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zoom RSS 科学的思考・論理的思考ができない者にQCサークルの採点はできない

<<   作成日時 : 2017/02/26 20:36   >>

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[第521回] 会社と営業の話(105)‐2
   1990年前後、戸建住宅建築請負業の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株) 〕では、「QCサークル」というものをおこなっていたのです。
   「QCサークル」とは何か。 関口操『経営学総論』(1981.5.1.中央経済社)には、
≪ 1960年代は正に高度成長期に突入した時代であり、設備投資を中心とした経済活動も活発化し、各企業もそれぞれ厖大な投資を背景とした計画的な経営活動を必要とする認識が高まりつつあった。 60年代に関心が持たれたのが、長期経営計画、マーケティングであり、それらは70年代以降、経営戦略の問題に展開されていくことになる。 他方、それらの製品=市場問題に対応するI・E関係、経済性工学そしてQCサークル、ZD運動にみられる小集団活動へと技術と人間の関係の中で求められる効率性、生産性の課題に関心が寄せられてきている。 ・・・・ ≫(「第2章 各国における経営学研究の展開」「第5節 わが国の経営学研究の多様化」 ) と出ている。

   海道進・島弘編『現代労務管理概論』(1973.6.25.有斐閣双書)の島 弘(しま ひろむ)「第9章 現代の「合理化」と労務管理」には、
≪  とくに、全般的危機の深化とともに、この労働者の生産過程においても、「管理」を執行し、教育・訓練をおこなおうとする。 それは、「技術革新」の展開は、生産過程における労働の社会的つながりを強化し、労働者個人個人の勤労意欲(モラール)が、全体の生産性に大きく影響をもっている。 たとえば、流れ式作業では、そのもっとも速度が遅い労働者にコンヴェアーの速度をあわせねばならないし、また、巨大な生産設備を少数の労働者で操作しているので、そのいかなる停止も、莫大な損害を企業にもたらさざるを得ない。 さらに、企業の規模の拡大は、企業帰属意識の培養をかなり困難にする。 とくに、年功的経営秩序の崩壊は、それを促進する。 そうすると、これらの「再建」のために、新しい集団主義、小規模主義が用いられる。 それは、小集団に分割することによって、一方では、企業帰属意識を小集団帰属意識によって代替させ、小集団内で労働者の相互監視をゆきわたらせようとするものに外ならない。 これが、ZD運動やQCグループの役割であり、これは必ず、これらの小集団を企業目的に従属せしめる方法、すなわち、経営計画や目標管理によって補強されているものである。 ・・・・≫
と出ている。

   日本経済新聞社編『経営用語辞典』(1981、3.25. 20版 日経文庫)には、
≪ QCサークル  昭和37年(1962年)に登場した日本独特の品質管理活動。 世界でも注目の的になっている。 発足当時は第一線現場の監督者の品質意識向上、QC知識の向上の勉強会といった色彩が強かったが、いまでは職場ごとに従業員が小集団を組んで、工程改善や製品の品質向上と取り組んでいる。 管理手法としては特性要因図、ヒストグラムなど分析のための7つ道具があり、これらを有効に使うことによって成果をあげている。 ≫
≪ 品質管理 quality control ; QC  製品の品質分析検査、欲求品質確保のための調査、製品の品質を管理するための統計的手法の利用、材料、部品の検査といった一連の生産管理の体系のこと。 材料、部品の検査といった一連の生産管理の体系のこと。 製品の検査は原材料の受け入れ検査、生産工程の中間で行う中間検査、製品テスト、試運転などの各種テストを行う。 こうした品質管理実施の結果は、再び品質管理計画に反映され、品質の安定、調節に役立てられる。 わが国では品質管理を推進するため、デミング賞が設けられている。 ≫
≪ デミング賞 Deming Prize  日本の産業界における品質管理を向上させるため、年に1度品質管理面で優れた企業に授与される賞。 昭和25年(1950年)に来日して統計的品質管理の普及に勤めたアメリカの統計学者W.E.デミング博士の名にちなんで、日本科学技術連盟が日本経済新聞社の後援で昭和26年(1951年)から実施している。 ≫
≪ TQC total quality control の略。 品質管理は元来、製品の品質のバラツキをなくすために統計的手法をつかって始められたもの。 これをSQC(統計的品質管理)といっている。 しかし、こうした手法は単に製品の品質を管理するだけでなく、事務作業に応用できるということでいろいろの部門でSQCの考え方が取り入れられ、しかも、QCの専門家だけではなく、一般従業員もこれに積極的に参加するようになった。 これをTQC(全社的品質管理)といっている。 ≫
と出ているが、一通り、読んでも、もうひとつ、よくわからないようなところがある。


   「QC7つ道具」とは何か。 藤田董他『すぐに使えるQC手法』(1988. 日科技連)によると、それは、チェックシート・特性要因図・パレート図・ヒストグラム・グラフ・散布図・管理図・層別だそうです。 この「7つ道具」を使うことで、Quality(品質)をControl(管理)して、仕事の効率を上げようというものだというのです。
   そして、「QCサークル」の特徴として、従業員が「自主的に」おこなうというところに特徴があるというのですが、しかし、「自主的に」と言っても、小堀住研(株)でも会社・使用者がやれと言って従業員にさせている のであり、この「自主的に」というはかなり胡散臭いというのか、眉唾というのかのところがあります。 しかし、この「自主的に」という言葉にまったく意味がないのかというと、そうでもなく、 「QCサークル」については、あくまでも、職場の問題を改善・改良しようということで、会社の職制を通じて、指揮命令されておこなうのではなく、従業員が集まってその仕事の内容を改善しようと考えようというものであり、私が所属していた松戸営業所においても、QCサークルの委員は、松戸営業課の課長ではなく、課長ではない松戸営業課の従業員がなり、会社の職制とは離れておこなっていたし、QCサークルに関しては会社の役職が上だから発言権があるというものでもない、役職は関係なく運営するというものでした。
   「従業員にとってもプラスになるものであり、自主的におこなうものであるので、時間外におこなっても、時間外労働としての手当はでない」というのがQCサークルの特徴と言われるのですが、これは、かなり問題があります。 というよりも、実質、労働基準法違反でしょう。 「自主的に」といっても実際には会社・使用者がさせているのであり、会社・使用者がさせているものを、「自主的にやるものだから」と口実をつけて時間外手当を支払わないというのは、それは不当でしょう。
   これらの点で、QCサークルというのは相当問題があるのです。 しかし、語源に戻って、quality contorl (品質管理)をおこなおうというのがよくないのかというと、悪いことはないはずです。 その際、会社の職制により会社の役職を持った人間が「品質管理」をおこなうのではなく、従業員が自分たちがおこなっている仕事について、品質を検討するというのも悪いことではありません。 又、その際、会社の役職をいったん離れて、上役も部下もない状態で話しあって知恵を出し合いましょうというのも悪いことではないでしょう。

   私が入社した時、小堀住研(株)では『営業 知識マニュアル』という冊子がTQC推進本部営業部会編集として作られていたのですが、これは、QC委員になった課長くらいの人が集まって作ったと聞きましたが、よくできたものでした。
   営業の品質を改善しようということ、科学的に分析した上で改善していこうということ自体はよいことでしょう。

   しかし、「高卒の痴漢人間」を支店長にしている会社においては、これも問題が出てくるのです。
   「営業活動表」でしたか、それぞれの営業が、毎日、何時間勤務して、接客は何件、訪問は何件、何は何件、何は何十分、何は何十分と書き込むことば求められていたのですが、それを見れば、労働基準法違反の長時間労働をしているというのは明らかだったのです。 小堀住研(株)はその数年前に会社からタイムカードを撤廃したのですが、タイムカードを撤廃することで、従業員を束縛せず、信頼のもとに自由で溌溂たる勤務ができるようにということならいいのですが、労働基準法違反の労働をさせているという証拠物件を撤廃したというのが実状でした。 そのタイムカードに変わるものとして「営業活動表」はありましたが、接客は何件か、訪問は何件か、プラン提出は何件か、見積提出は何件か、契約は何件かといってものを検討して、それぞれの営業について、どの部分に弱点があるのか検討する材料ともなるものではありました。
   しかし、有効に生かすためには、有効に生かすことができる指導者がいなければいけません。 「高卒の痴漢人間」を支店長にならせたのでは、害が出てきます。

    私は今でも覚えています。1989年7月に、千葉支店に支店長として赴任した「高卒の痴漢人間」の渡邊士直が、営業会議において、「みんな、それぞれ、自分はこれが欲しい、これを買いたいというものを述べるようにしよう」と言ったのです。 それで、私は「洗濯機を買いたい」と言ったのです。 入社1棟目の契約での歩合給では、眼鏡を買いました。 大学4年の時、ある会社に応募して訪問するべく電車に乗っていた時、長年使ってきた眼鏡のフレームが、突然、破損。 フレームの継手の所で離れてしまい、その会社への訪問の後、電車での帰り道である新松戸の駅から近い眼鏡屋に入り、それまで使用していたレンズが入るその店にあったフレームで最も安いものを購入してかけていましたが、小堀住研(株)の合宿研修の時、TQC推進本部営業部会のMさんとKさんから、「履歴書の写真の眼鏡だと悪くないけれども、今、かけている眼鏡だともっさりした感じがする」と言われたのですが、それは自分でもわかっていたのですが、その「もっさりした」感じのものしか買えなかったのです。ですから、入社してある程度、給料をもらえたら買い替えたいと思い、最初の契約の方の歩合給で眼鏡を新しくしました。 次いで、洗濯機を買いたいと思っていたのです。 大学生として、最初、横浜市港北区の日吉台学生ハイツに住んだ時は、学生ハイツに洗濯機と乾燥機がありました。 日吉台学生ハイツは安くはないが、運営者が元自衛隊のおっさんで、ロビーに入ってくると 「カウンセラー」という肩書のNが追いかけてきて「○○くん、日本という国はねえ、ソ連が北からのどから手が出るくらいに欲しがっている国なんだよお。わかってるかねえ」と言ってうるさいので、それで転居しました。 転居した先は川崎市幸区で、日吉に通える場所では最もアパートの値段の安い所を探して住んだのですが、アパートには洗濯機や風呂はありませんから、風呂は銭湯、洗濯はコインランドリーに行きました。 その後、中目黒のあたりのアパートを経て、千葉県流山市のアパートに転居しましたが、流山市のアパートはその付近のアパートは風呂付が普通であるかわりに銭湯は近くにないという場所で、洗濯機置き場はありましたが、私は洗濯機を買うお金がないので、片道15分少々歩いて行った所にあったコインランドリーまで選択に往復していました。 小堀住研(株)に勤めて、眼鏡に次いで、買いたかったものというと洗濯機だったのです。 2軒目の契約をいただいた時、その歩合給で洗濯機を買った時は本当にうれしかった。
〔 小堀住研(株)に入社してすぐの本社での研修の時、東京から大阪までの交通費は出してもらえないと思っていたので、東京から大垣行きの快速に乗り、大垣で西明石行きに乗りかえて行きました。 初日に、「東京から来た人は新幹線代を払います」と言われたので、私は、当然のことながら、実際に何に乗ったかに関わらず、新幹線の普通席の代金を払ってもらえるものだと思ったら、東海道本線の普通(快速)で、その時はものすごく混んでいて、一晩、立ちっぱなしで通勤ラッシュのようなものすごい状態の電車に乗って来た私には、「あかんあかん、そんなもん、新幹線に乗ってないのに新幹線代もらおうなんて、ずるいことしたらいかん」と言い、そして、新幹線に乗って東京から大阪まで行った千葉工大のやつには「新幹線に乗ってきた者には新幹線代を払うのは当然や」と言って小堀住研(株)は払ったのです。 私はそれはおかしいと思うのだ。 そんなことなら、飛行機で成田からロンドンでもパリでもニューヨークでも北京でもモスクワでも行って(関空はその時まだなかったから)大阪伊丹空港までファーストクラスで帰ってくればよかった。東京からロンドン経由で大阪、パリ経由で大阪、ニューヨーク経由で大阪とファーストクラスで行けばよかった。 なんで、千葉工大のヤツは新幹線に乗せてもらえて、私は大垣行き快速で通勤ラッシュみたいに夜通し立ちっぱなしで行かなければならなかったのか。 又、みんなの前で、「ずるいことしたらいかん。 各停に乗ったら各停の料金が当然や。新幹線に乗った者は新幹線代出すけれども」などと大きな声で言われ、後々、「ずるいことしたらいかんぞお」と同期入社の人間から言われたのだが、私は「ずるいこと」なんかしていない。 「新幹線代を出す」と担当の課長が言うから、実際に何に乗ったかにかかわらず、東京から大阪までの移動なら新幹線の普通席の代金を出すということであろうと理解したのであって、まさか、千葉工大のヤツには新幹線代をだして、私には各停の代金しか出してくれないとは夢にも思わなかったのである。 千葉工大のヤツの方こそズルイ! なんで、私が一晩中立ちっぱなしで大垣行き夜行の各停に乗って、千葉工大のヤツが新幹線の快適な座席に座って行かせてもらえるのか。どう考えても不公平ではないか。そちらの方こそ、どう考えても、ズルイではないか!!! 〕
    ところが。 今でも覚えています。 「高卒の痴漢人間」が何と言ったか。 「洗濯機て何だ。 洗濯機みたいなもん、そんなもん、いつでも買えるじゃないか」と、彼はそう言ったのです。「洗濯機みたいなもん」と。 渡邊士直が千葉支店の支店長として来る前の支店長のHさんは工務課(工事管理)出身だと聞いていました。 それに対して、営業出身の支店長が来ると聞きましたので、旧帝大系国立大学か早慶の法学部か経済学部・商学部卒の支店長が来るということだろうと思っていたら、そうではなく、「高卒の痴漢人間」だったのです。  痴漢人間に営業ができると思いますか? 営業は痴漢人間の方が向いていると思いますか?  そうではないということが渡邊を見てわかりました。 営業とは何か。 「営業とは、ひとの気持ちを理解すること」ではないか。 「営業とは人の気持ちを理解すること」であると認識するならば、長年、洗濯機が欲しいと思っても持てなかった、片道15分程度かけてコインランドリーまで往復して、遠いなあ〜あと思ってきた人間が、お金ができたら、ぜひ、洗濯機を買いたいと思ってきたのに、「洗濯機とは何だ」と言うようなそんな人間、営業と言えるか? そんな営業あるか? 「そんなもん、いつだって買えるじゃないか」と。 彼はよっぽど金持ちの息子だったのでしょうか。 私なんかは、「贅沢は敵だ。 撃ちてしやまん。欲しがりません、勝つまでは」と毎日毎日言われて育った人間で、東京から大阪に帰る際も、しょーもない大学の大学生が新幹線に乗って帰る時に、私は東京駅の八重洲口からでていた国鉄バスドリーム号というのに乗って帰りました。 国鉄の電車では、東京発大垣行きの快速があり、大垣で西明石行きに乗りかえるという方法もありましたが、ドリーム号の方が安かった。 その夜行バスに乗って帰ると、父が「もうちょっと、安くできる方法を考えなさい」と言ったものです。 「もうちょっと安く行ける方法」と言われても、夜行バスよりも安い方法なんかないのです。 考えついたものとしては、東京から大阪行きに乗らずに京都行に乗って京都から歩くか、日吉から渋谷まで東横線に乗り、渋谷から山手線で東京駅まで行きましたが、それを電車に乗らずに歩くか。 あるいは、その時も、お金がなくて、昼食に日吉でチキンライスを食べたものの夕食は抜きましたが、昼食はオムライスを食べたかったのですが、オムライスの方が高かったのでチキンライスにしたのですが、その昼食もぬくか。 そういう生活をしてきて、勤めて給料もらえるようになり、お金にいくらか余裕ができたなら、洗濯機をぜひ買いたいと念願のように思っていたのです。 それを、「洗濯機とは何だ、そんなもん」と彼はそう言ったのです。 「ひとの気持ちを理解するのが営業」だとすると、やっぱり、ひとの気持ちを土足で踏みつけて女性の体をさわる痴漢人間には、やっぱり、営業は無理ではないかと思います。 あの男が言ったこととその時の言い方は今も忘れません。 「洗濯機なんて、なんや」、「そんなもん、いつでも買えるじゃないか」と。 

   但し、彼がその時、言いたかったのは、どうも、もっと高額のものを言ってほしかったらしい。 たとえば、土地を買って家を建てたいとかマンションを買いたいとかそういうことを言ってほしかったらしい。 しかし、そんなことを言わせて何になるのか。 私が支店長なら、戸建住宅建築請負業の会社に勤めているのならば、マンションよりは戸建住宅に住むようにしてほしいところはあります。 使用者として強制はできませんが、自分自身が戸建住宅に住んで、ここはよかった、ここはよくなかったという経験のある人間とマンション住まいで戸建住宅の良い所も問題点も経験がないという人間では差が出ます。 他に、「海外旅行に行きたい」というのも彼としては可だったようですが、結局、彼は何を言わせたかったかというと、ある程度以上高額なものを買いたいと言わせて、「それを公言した以上は、それを買えるだけの契約を取らないといけない」という結論に持って行きたかったようです。 「公言した以上は」と言っても、本人が自分から言ったのではなく、「高卒の痴漢人間」の渡邊が無理矢理言わせたものであるのですが、それでも、「公言した」ということにしてしまいたかったようです。
   このあたりまでなら、「高卒の支店長」にはよくある話です。 しかし、それだけではなかったのです。

   最初の顧客との接触から契約までの流れはその会社によって違いますが、その頃の小堀住研(株)では、
接客 → FA(ファーストアプローチ) → 敷地調査 → プラン提出 → 見積提出 → 契約
というのが基本的な流れでした。
   さて、「高卒の痴漢人間」は何を始めたか。 あきれました。 TQC推進本部が作成した「営業活動表」から、このそれぞれの数字を書き出させ、そして、何を買いたいと言ったからにはそれを買えるだけの歩合給をもらえる契約をあげないといけない。 今まで、その契約をあげるためにどれだけの見積を提出し、どれだけのプランを提出し、どれだけの敷地調査をして、どれだけの訪問をしてきたかを考えて、これまでと同じだけではなく、これまでよりも多くの契約をあげるためには、どれだけ働かないといけないかを算出して働いてもらおうと、そう言いだしたのです。 これはQCやTQCの考え方に逆行するものです。
   それ以前に、それまで、たいして働いていない人間なら、もしも、就業規則上の労働時間が1日8時間で、8時間きっちり働いているだけの人間なら、今後は労基法違反で1日9時間働くということもありうるでしょう。 しかし、そういう状況ではないのです。 そうではなく、すでに労働時間はこれ以上増やしようがないだけ働いていたのです。 こうなると、「高卒の痴漢人間」理論・渡辺理論からすると、1日24時間ではなく36時間か48時間なんとか確保しないといけないことになってきますが、人間だれしも1日は24時間であり、36時間や48時間確保するなどということはできません。 やっぱり、高卒の人には支店長は無理かなと思いました。
   そもそも、「QC(品質管理)」も「TQC(全社的品質管理)」も、今までよりも契約を増やすためには労働量をこれまでの倍にする必要があるとか、そういうことを従業員に要求するものとは違うはずなのです。
   それにしても、「高卒の痴漢人間」の渡邊士直は、ひとにそういう過酷な勤務を要求しながら、自分はどうなのかというと、おのれはそういう勤務のしかたはしていないのです。 勝手な男だとあきれました。 そもそも、それまで、千葉支店では、営業会議と全体朝礼は月に2回としていたのです。 それでも、千葉支店勤務の支店長の始業時刻は朝9時からであるのに対し、営業所(展示場)勤務の人間の就業時間は朝10時からであり、かつ、営業所(展示場)よりも通勤時間が長くかかる場所に来させるわけですから、きりのいい数字で、普段、片道1時間の所に勤務している人間に片道2時間かかる千葉支店に来させるとすると、朝9時に千葉支店に来いということは、2時間の早出残業を労基法違反でやれと要求していることになります。 この点で、渡邊が千葉支店に来るより前から問題はあったのですが、ところが、渡邊が千葉支店に来ると、それを毎週やりだしたのです。 毎週、生活のリズムを崩されることになったのです。 本来、支店長というのはこういうことをしてはいけない立場のはずなのです。 支店長というのは、そうではなく、始業時刻が午前10時の人間に午前9時に普段よりも通勤時間が長くかかる場所に出勤させてよいのか、その負担によって業務にマイナスにならないかといったことを考えるのが支店長の仕事であるはずなのです。 ところが、「高卒の痴漢人間」はそうは考えず、「女性社員の尻をなでまわすのは支店長の権利」と「中島社長が許可している」と認識していたのと同じく、従業員に嫌がらせをするのが「支店長の権利」と認識していたようです。 彼は、JR「千葉」駅の前にあった千葉支店から10分もかからない場所に賃貸で住居を借りたようですが、自分自身は松戸営業所(展示場)や柏営業所(展示場)といった常磐線沿線の営業所に行く場合には、営業所の始業時刻である午前9時には絶対に来ないし、支店の始業時刻である午前10時にも絶対に来ない。 営業所勤務の人間に千葉支店に午前9時に来いと言うのなら、自分もまた、営業所に行く時には、少なくとも営業所の始業時刻である午前10時には行くべきであるはずですが、それは絶対にしない。 とりあえず、千葉支店に顔を出して出勤したということにして、そこから、勤務時間中に移動して松戸なり柏なりに行くのです。 これは、どう考えてもずるい。 そもそも、支店長というのは、旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒の人間がなるもので、「高卒の痴漢人間」がなるものではないはずなのです。 それを「高卒の痴漢人間」がなっているというのは、この人は高卒ではあるが、旧帝大系国立大学や早慶の社会科学系学部卒の人と比べても劣らないだけのものがあると認識できると判断されてなっているのか? というと、違うのです。 ただの痴漢人間なのです。 彼のおかげで私たちは迷惑してきたのです。

    さて。 QCサークルについてですが、千葉支店のQCサークルについて、「発表会」があり、採点されて「上位」のグループが「本線」に進出することになりました。 そこで、誰が採点するのか?  ここが問題です。
    千葉支店のQCサークルについて、TQC推進本部営業部会の課長である川崎が来て、そこでの彼の発言には驚いた。 「千葉支店では、TQC推進本部が作成した営業活動表を、独自にQCとして生かしていただいているようですが」と、川崎はそう言ったのです。 この人、TQC推進本部といって、QCやTQCについて学んできた人かと思ったら、何も学んでいないのだろうか、と思いました。  「QC」とか「TQC」というのは、「生産のQC」にしても「販売のQC」にしても、それぞれの仕事について、どの部分の品質に問題があり、どこを改善すると成果がアップするかを考えるもののはずなのです。 ところが、「高卒の痴漢人間」の渡邊士直は、そうではなく、「何が欲しいか」というのを本人が自分から言っているわけでもないのに言わせて、そのためには今までよりもこれだけ多く契約を取らないといけない、そのためには、どれだけ働かないといけないと、営業の品質を改善するのではなく、労働時間を増やさせようとしたのであり、それも、もともと、たいして働いていない人間にならともかく、すでに労働時間は労基法違反の長時間労働で増やしようがない状態の人間に要求し、かつ、週1回朝9時に千葉支店まで来させることで無駄な時間を費やさせてきたのです。 これは「QC」ではないし「TQC」でもありません。
    ところが、千葉支店でのQCサークルの発表会・採点会の採点者はというと、TQC推進本部の営業部会の課長の川崎とMさんの2人が来ていたと思うのですが、それに支店長だとして「高卒の痴漢人間」が採点者に加わったのです。 これはおかしい。 QCサークルというものは、「普段の職制を離れて」おこなうもののはずなのです。 「高卒の痴漢人間」は支店長は無理だというのは明らかですが、それでも支店長にならせたいという人がいたようです。 それはここでは別の話です。 QCサークルの発表会・採点会である以上は、QCサークルについて理解がある人が採点するべきであり、「普段の職制を離れて」採点はなされるべきなのです。 そうでなければ、QCサークルではないことになります。 又、支店長だからQCサークルについて採点したいということなら、QCサークルについて学習するべきですが、渡邊はQCサークルについて学習していない。 そもそも、学習していたならば、契約金額をこれだけあげたいと思ったならば、どれだけの労働量を働かないといけないか・・・などというそういう発想はでてこないはずですが、彼は、従業員をいじめるためにそういう発想・そういう発言を繰り返してきたのです。 なぜ、普段、支店でQCに逆行する行動をとっている人間がQCの採点をするのか? 

    1990年、東京支店に移った後、東京支店の営業会議の時だったと思うのですが、QCサークルのあり方についてどう思うのかと意見を求められた際、私は「QCサークルの採点は、QCサークルについて学んできたQCサークルについてよく理解できているQCサークルの委員から採点者を選出するもので、支店長でもQCサークルについてよくわかっているというわけではない人は採点者になるべきではないと思いますが」と発言しました。 すると、自由が丘営業所課長の高橋賢一郎が、どういうつもりなのか、私の方をにらみつけました。 何も言わずににらみつけるという態度は会社の従業員として好ましい態度ではありません。 言いたいことがあれば、発言するべきです。 私が言ったことに反論したいなら反論するべきです。 それを反論しないで、にらみつけるというのは、この男はなんだろうなと思いました。 東京電機大の工学部なんてお金のかかる所に福島県の会津から行くような金持ちのバカ息子というのはそんなものなのでしょうか。
    私はおかしなことは言っていないはずなのです。  「QCサークル」というものについては、これは「従業員が自主的に」おこなうもので、「普段の職制を離れて」おこなうもののはずなのです。 ですから、QCサークルの採点に関しては、これは、「普段の職制を離れて」、QCサークルについて人よりも学び尽力してきた人が採点者として選ばれて採点するべきではないのか、支店長といえども、QCについてわかっていない人が採点者になるべきではないのではないかと私は言っているのです。
    私はおかしなことは言っていないはずですし、小堀住研(株)ではQCサークルというものをおこなっているというので、QCサークルについて書かれた本も大急ぎで何冊か読んだのです。
※  《「QCサークル」について、私が読んだ参考文献》
藤田董(ただす)・横沢利治・杉山哲朗・野田裕光・細谷克也・常盤繁夫・斎藤衛・片山善三郎・米山高範『すぐに使えるQC手法』(1988.6.20. 日科技連)
池澤辰夫・甘粕正明・尾籠勝・楠本浩二・小浦孝三・五味良明・廣羽春夫『QCサークルべからず集』(1983.5.25. 日科技連)
山村暢洋・鈴木重雄・荒井康雄・辻田滋・岸本一彦・村山輝夫・杉浦忠『QCサークル はじめ方 すすめ方』(1985.7.12.日科技連)
伊吹卓『販売のQC』(1983.6.25.日刊工業新聞社)
伊吹卓『「売る」ためのTQC−工場型QCではヒットは生まれない!』(1985.6.7.PHP ビジネスライブラリー)

    その上で、これは不適切ではないかと思ったことを言ったのです。 しかし、高橋賢一郎が私が述べたことに対して反論がある批判したい点があるのなら、述べればいいのです。 ところが、高橋は何も言わず、無言でにらみつけてきたのです。 どうも、そういう男のようです。

    それで。 やっぱり、「高卒の痴漢人間」には支店長は無理です。 支店長は無理であるだけではなく、QCサークルの採点も無理です。 QCサークルについて学んだ人間ではなく、ひとよりも論理的・科学的な思考ができる人間でもない人間が、なにゆえ、QCサークルの採点をするのか。 それをさせていた時点で、小堀住研(株)のQCサークルは、半分、価値がなくなっていたということでしょう。


    それにしても、不思議なのは、自由が丘営業課の課長になっていた高橋ですが、私が、会社のためを思って正規に発言したものに対して、気に入らないものがあったのなら、自分もまた、正規に発言して反論を述べればいいわけですが、自分は反論を述べることをせず、ひとをにらみつけるということをしたのですが、程度の低い男だと思います。
    昔、大阪府箕面市の市議会選挙の時、日本共産党の市会議員であった村上弘充さんが、我が家の前にクルマをとめて演説していたことがあったのですが、「この4年間、市議会で市長に対しての質問回数、全体で◇百回、そのうち共産党の議員によるものが▽百回、私ひとりで☆百回」と。全体の3分の2以上を共産党の議員4人がおこなっていて、村上さん1人で全質問の半分くらいやっていたそうです。 「それに対して、少し前まで議長をやっていた保守系無所属の人、その人が市議会でこの4年間、どういう発言をしたか。 その人の発言はただひとこと。 共産党の議員が市長に質問をしている最中に、『あとから来た者が、ろくに税金も払わんと、あれやれこれやれ贅沢ぬかすな、あほんだら』と、こうヤジを飛ばした。この一言が議事録に書かれている。その人のこの4年間での市議会での発言はこの一言だけです、この一言だけ。これだけしか発言していない。そういう人が議員になってるんですよ」と。 まあ、その頃の箕面市の保守系無所属の市議会議員なんてそんなものだったのかもしれませんが。
    東京支店の営業会議でだったと思いますが、QCサークルのあり方について意見を言ってもらいたいということなので、「採点者は支店長がなるということではなく、QCサークルに関してよく学んできた人の中から採点者を選出するというようにするべきではないのですか」と私は正規に発言して意見を述べたのです。 正規に発言して意見を述べている者に対して、反論があるなら、自分も正規に発言して反論を述べるべきで、それをせずに、にらみつけるというあたり、「あとから来たもんが、ろくに税金も払わんとあれやれこれやれ贅沢ぬかすな、あほんだら」とヤジを飛ばした「保守系無所属の議員」みたいなもので、なんか、レベルの低い男という感じがします。
    テレビで国会のなんとか委員の質疑応答とかいうのを見ていますと、野党の質問者の方に向かって恫喝的なヤジをとばして質問しにくくしようとしているおっさんを見ることがあります。かつて、ハマコーがそれをやっていたのを見た記憶があります。あれは何だろうか、国会でああいうことをやっていいのだろうかと思って見ていたのです。3〜4年前でしたか、原発について、都議会だったかで傍聴人が一言叫んだというので退廷させられたということがありましたが、傍聴人はあくまで傍聴することはできても発言することはできないので、何か叫ぶと退廷させられるという規則なのかもしれませんが、しかし、国会であれだけ汚いヤジをとばしている連中が退場させられずにいるのに、傍聴人が一言叫んだだけで退廷させられるというのは、どうも、最適と言えないような印象を受けました。 東京支店の営業会議で、QCサークルのあり方について意見を求められた際に、私が正規に発言したものに対して、それが納得いかないということで、同じように正規に発言して反論を述べるのなら、その反論の内容が良くても悪くても反論を述べること自体は悪くありませんが、高橋賢一郎のように、反論を述べるのではなく、発言者に対して睨みつけて発言しにくくしようという態度というのは、それは会社員として、社会人として、あまりほめられたものではないはずです。


    しかし、それにしても、私なんかは、1970年代後半、高校の2年の時に、理系か文系か分かれる際に、2年の時の担任の女性教諭旧姓S野(女。当時、20代前半)が「あなたは文系よ」と言うので、文系とは哲学・倫理学・宗教学・人類学・社会学・心理学・文学などを学ぶのが文系だと思って「文系」の方を選択してしまい、3年になってしまったと思い、又、数学の成績は悪くなかったので、同級生からも「数学でそんな点数とってるのに、なんで、理系じゃなく文系なんだ」と言われたこともあったが、今から考えると、あれは2年の時の担任の女性教諭旧姓S野が、私と私の親とで親の方に加担するのが自分の処世術に良いと考えたことによるものだとわかった。あいつのおかげで人生を捻じ曲げられた。私の親の考えとしては、「文系」に行かせれば、そこからは、「うちは文学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな。とってちってたあ〜あ♪」ということで、「撃ちてしやまん。一億火の玉」「木口小平は死んでもラッパを離ちまちぇんでちたあ!」という学部・経済学部に無理矢理行かすことができるという算段だったようで、要するに、私が首をもがれてもいかされたくないと思っている所に行かすための作戦だった。 父は「うちは文学部なんか行かすような金持ちとは違います。とってちってたあ〜あ♪」とともに「うちは、工学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな。とってちってたあ〜あ」と毎日のように叫んでいたが、私は「国立大学の場合、工学部でも何学部でも学費は同じはずや」と言ったことがあったのだが、母は「国立大学を落ちる可能性だってゼロじゃないでしょ。 落ちたら私立に行かないといけませんでしょお。私立は工学部の方が経済学部や法学部よりも学費が高いでしょおよお。甘ったれなさんな。なんで、工学部なんか行かさないといけないの」と言ってきかなかった。 もしも、高校2年の時に「理系」を選択していたならば、高校を卒業する頃、東大の理科1類に合格できたか、京大の工学部建築学科に合格できたかというと、それはわからない。 しかし、国立大学であればというくらいであれば、どこか合格できる建築学科はあったはずで、もしも、「試験は水もの」であるから落ちる危険もあるのでということなら、いくらか「下目」の所を受けるという方法もあったし、それも言ったのだが、「下目の所でもそれでも落ちる可能性はゼロではないでしょおがあ」と母は言ってきかなかった。(たしかに、京大なら合否微妙という時に、阪大か神戸大を受けることにしたなら絶対に通るかというと、そうとも言えない。あくまで、京大と阪大・神戸大なら阪大・神戸大の方が「いくらか通りやすいかもしれない」というくらいでしかない。また、京大の工学部建築学科に行こうとして努力してきた人間が、簡単にその目標を譲歩する気持ちになれるかということもあるだろう。) そういう私からするならば、東大の理科1類から工学部建築学科に行った人、京大の工学部建築学科に行った人というのは、実にうらやましいが、そのくらいはわかるのだが、東京電機大学などという、そこに行った人には悪いが、「わけのわからない私立大学」になぜ行くのかよくわからない。 高校を卒業する時に東大を落ちて浪人すると、父は「高校は義務教育じゃないのだから行く必要はないのに、おまえが高校に行ったのは余計じゃ。 おまえなんか、高校行くべきじゃなかったのに、よくも高校行きやがってからに、よくも高校行きやがってからに」と毎日のように私の鼻の頭を指さして言ったものだ。 また、「東大にでも行くというのなら下宿して大学に行くのもわかるが、それ以外の大学に行くために下宿するなんて下宿する意味がない。 地元の大学で十分」と言っていた。それから考えるならば、福島県の会津の人間が、東京電機大学なんて、言っちゃ悪いが「わけのわからん私学」に行くのに、東京まで下宿して行くというのは、理解に苦しむし、ちょっとおかしいのじゃないかという気がする。 「甘ったれてる」などというレベルではなく、「なんとかシンドローム」と「病名」つけてやりたいくらいのところである。 高校2年の時の担任の女性教諭 旧姓S野のキャッチフレーズというのかセールストークというのかが「私は両親が離婚したから」というもので、それが一番の「売り」だったのだが(今から考えると、その人の両親が離婚しようが再婚しようがその人の問題であって、それによってこちらが何か被害を受けたとかでない限り、別段、どうこう言う必要のないことだと思うが、しかし、一方で、「両親が離婚したから」て、そんなこと、自慢することではないように思うのだが、しかし、それを自慢にする女だった)、「私は両親が離婚したから、浪人なんて、およそありえない話だったわ。あんたは浪人なんてさせてもらって」と私が浪人すると言い出したのだが、今から考えると、浪人中の人間にそういうことを言って苛めるというのは高校教諭としていかがなものかと思う。浪人してしまって経歴に傷がついてしまったようにショックを受けている者にそういうことを言うものではないと思う。1浪の上で行きたいと思う所に合格できたという時に言うのならわからないことはないが、浪人中にそういうことを言って苛めるというのは、旧姓S野の身勝手でしかないと思う。高校の教諭のすることではないと思う。 むしろ、旧姓S野は神戸大の文学部に行って卒業していたのだが、「私なんか、神戸大の文学部なんか行きたいとも思わなかったけれども、行きたいなんて、およそ口に出せなかったし、行きたいと言っても絶対に受けさせてもらえなかった」。 私が、たとえ、行きたいと言ってもおよそ絶対に受けさせてもらえない大学学部にあつかましくも行って卒業しておきながら、何をえらそうな口をきくのかと、今は思う。 その旧姓S野礼子が「わたしなんか、両親が離婚したから、浪人なんか絶対にさせてもらえなかったわ」と浪人中の私に何度も何度も言ったのだが(彼女は私に何の恨みがあったのかと思う)、高橋賢一郎を見て考えると、旧姓S野のその発言は嘘だと思う。高橋賢一郎は「ぼくなんかは、両親が離婚していたから」と言っていたのだが(それで妹が結婚に魅力を感じなくなったようだと言っていたのだが)、両親が離婚したわりには、福島県の会津の人間が、わざわざ、カネのかかる私立大学に行って、しかも、私立大学の中でも学費の高い工学部に行って、それも、わざわざ、下宿して行かなければならない東京の私立大学に行くというのは理解できない行為である。 「両親が離婚したから」というのなら、東大でなくても、東北大でも福島大でもいいから国立大学に行くべきだ。なぜ、高橋は国立大学に行かずに東京電機大学なんてわけのわからん私立大学に行くのだろうか。 マカ不思議なことをする男だ。 また、もしも、私立大学の建築学科に行くのでも、福島県の人間なら、郡山に日大の工学部があるはずなのだ。 なんで、わざわざ、下宿代も交通費もかかる東京電機大学なんて所に行くのだろうか。 およそ、理解できない奇妙奇天烈・不可思議なことをやっている。 私なんかは、東大の理科1類に合格できたか、京大の工学部建築学科に合格できたかというとそれはわからないが、ともかく国立大学であればというのなら、合格できる建築学科は間違いなくあったはずだが、それでも、「うちは工学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言われ続けたものだ。 なんで、福島県の会津の人間が、東京電機大学などというわけのわからん私立大学の工学部建築学科なんて行くのだろうか。 まったく、理由が理解できない。
  

☆  今回は、前回、 《学校で学ぶものは「会社というところ」で役に立つか》http://shinkahousinght.at.webry.info/201702/article_14.html  と合わせてのものです。 前回と合わせてご覧ください。

    (2017.2.16.) 

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