慎腹風呂愚

アクセスカウンタ

zoom RSS 藤田結子「働く母親はいつまで謝るのか」9 女に甘い会長、社会貢献したがる社長に苛められる男性社員

<<   作成日時 : 2017/01/03 20:42   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第491回] 会社と営業の話(102)−9
  慶應義塾大学文学部卒で明治大学商学部教授だという藤田結子さんの「毎日新聞 経済プレミア」のコラム「働く母親はいつまで謝り続けるのか」http://mainichi.jp/premier/business/articles/20161124/biz/00m/010/011000c 批判の第9回です。
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
老いも若きも男も女も「お互いさま」の職場に
   管理職の約9割を占める男性の多くが、育児を妻に任せてきました。女性たちが葛藤していることに気づけない男性上司は、少なくありません。
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
   ↑ の文章に対して、私は↓のように述べて、毎日新聞HPhttp://www.mainichi.co.jp/ の「お問い合わせ」フォームより送信しました。
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
10.  《 女性たちが葛藤していることに気づけない男性上司は、少なくありません。》と書かれていますが、

(ア) 男性が葛藤していることに気づけない女性も少なくありません。

(イ)  2008年、千葉県八千代市に本社がある「建設業もやっているが不動産業の方が中心」の東海住宅(株)の千葉市花見川区の花見川店の「店長」になっていた大友優子(女。当時、50代)は、「女が働くのは大変なんだからねえ」と言って、土日は必ず30分以上遅刻。 「会長が女性は土日は遅刻してきていいと認めている」と言うのですが、女性が30分以上遅刻してくることによるしわよせを負担するのはその「認めている」80代の会長ではなく私などの男性社員であり、負担をかぶるわけでもない男に「認め」る権利などありません。 大友は、土日に現場見学会を開催すると、必ず40分程度遅刻してきます。遅刻は始業時刻から考えて40分程度遅刻であり、私などは始業時刻ちょうどに出勤しているわけではなく、それよりいくらか前に出勤していますから、大友は私などより約1時間ほど遅く出勤しているわけです。 その間に私などが準備と掃除をすると、遅刻してきた女が、やっと掃除と準備がなんとか終わったという会場にやってきて、「私は店長なんだからねえ」と言って準備と掃除をした人間よりも先に接客して自分が担当の見込み客を確保するのです。 そして、夕方になると、終業時刻よりも前に、「私は先に帰るからね。後、片付けておいてちょうだいね」と言って、およそ、1人で片付けることなどできそうにないものを残してさっさと帰ります。 「女が働くのは大変なんだからねえ」と言って。
   なにゆえ、「女が働くのは大変」なのか?  子供があって子供の世話もしなければならないからだと言うのか。 大友にはたしかに子供はありましたが、世話のかかるような子供ではなく、すでに成人して結婚して子供がある「子供」です。 世話がかかる子供ではなく、力になってくれる「子供」です。オットの世話をしなければならないのかというと、たしかに、オットは体のどこかが悪いようなことを言っていましたが、定年退職の年齢を過ぎた人で年金もらって生活している人であり手がかかるわけではありません。 子供の世話をしなければならないなどなくても働くのは大変だという意味ならば、男だって「働くのは大変」です。 要するに、結論として、この女は「女が働くのは大変なんだからねえ」と言えば女性は職場で優遇してもらえるということに味をしめていたということで、東海住宅(株)の80代の会長はそういう女に加担していたのです。
   《 女性たちが葛藤していることに気づけない男性上司は、少なくありません。》という文句は相当気分が悪い。私は「女が働くのは大変なんだからねえ」と言って毎度毎度土日は30分以上遅刻してきて、私が準備と掃除をしてなんとか会場を整えた所に出勤してきて、「私は店長なんだからねえ」と準備と掃除をした人間よりも先に接客しておのれの担当の見込客を確保する身勝手女に振り回されて来たのであり、そういう女に「上司」になられて迷惑してきたのであり、《男性上司は、少なくありません。》という表現はおかしい。
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
    藤田結子さんは、≪ 女性たちが葛藤していることに気づけない男性上司は、少なくありません ≫などと書いていますが、これでは、男性の「上司」は男性の部下には対しては配慮が行き届き、人間味もあって、良心的であるのに対し、女性の部下に対しては配慮ができず、そのために職場で女性が苦労しているかのような書き方です。 この藤田結子さんの文章を見て、一番、嫌悪感を覚えたのは、自分自身が職場で経験したことなどを基に書いているのではなく、妄想・創作の話を書いていると思われる点です。

   そして、この文章の大きな問題は、雇用均等室http://chiba-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/roudoukyoku/gyoumu_naiyou/kintou.html というものの問題でもあります。 まず、雇用均等室は存在することが間違っています。そもそも、《「職場で女性が不利な扱いを受けないようにするための機関」であって、職場において、女性から男性が不利な扱いを受けようが、男性が女性から迫害されようが知ったことではない》という機関を国が設立しているということがおかしいのです。 そもそも、雇用均等室は存在が反社会的なのです。 職場における「女性」の「権利」を拡張しようとする機関である雇用均等室は、職場において、男性従業員が女性従業員から迫害を受ける状況を拡大しようとする機関となっています。
   女性の労働者(従業員、勤労者)にも男性の家族があり、男性の労働者(従業員、勤労者)にも女性の家族があります。 女性の労働者(従業員、勤労者)の「権利」を拡張するために男性の労働者(従業員、勤労者)の権利を侵害することが雇用均等室の役割でありそれが社会正義であると雇用均等室の職員は認識していますが、それは、結局、女性労働者が職場において男性労働者を迫害することによって男性労働者の家族である女性を迫害していることになるわけであり、女性労働者のオットである身勝手な男に加担しているのです。 そういう機関を国が国民の税金で設立しているということがおかしい。 そういうことをやって親方日の丸で私らよりよっぽど給料を盗っている白痴小娘職員を増長させているのです。

    藤田結子さんの思考で大きな間違いは、
(ア)男性の上司が女性の部下に対して、「葛藤していること」に気づき、良心的に配慮できているか。
(イ)男性の上司が男性の部下に対して、「葛藤していること」に気づき、良心的に配慮できているか。
(ウ)女性の上司が女性の部下に対して、「葛藤していること」に気づき、良心的に配慮できているか。
(エ)女性の上司が男性の部下に対して、「葛藤していること」に気づき、良心的に配慮できているか。
この4つの問題において、(ア)だけを問題視して、(イ)(ウ)(エ)についてはどうでもいいかのように述べている点です。もしも、(ア)の問題について考えたい、ともに考えてほしいと思ったならば、(イ)(ウ)(エ)の問題も同時に考えるようにしないといけない。(イ)(ウ)(エ)の問題はどうでもいいの、(ア)だけ考えてちょうだい、という態度では、まず、その態度・姿勢が解決を妨げていると言えます。
   藤田結子さんのもう1つの問題は、職場における「上司」というものが、女性であれ男性であれ、部下が「葛藤していること」について、配慮して協力する存在だと勝手に決めつけているところです。 そういう人も中にはいるかもしれませんが、そうでない人もいる。 そうでない会社、そうでない職場もあるのです。そのあたりを藤田結子さんは理解できていないのではないでしょうか。 このあたりにおいて、藤田さんは自分の頭の中の妄想を基に述べているのではないかという印象を受けます。 現実問題として、いいか悪いかではなく、現状として、職場の「上司」というのは、「部下」として勤める者からすると、もともと、≪葛藤していることに気づ≫き配慮する存在ではないのです。 「あるべきもの」(Sollen)としては「上役」「管理者」というものは、部下が働きやすい環境を整える、部下が生活に困らないように配慮するのが仕事であろうと私も思いますが、現実の職場の「上司」というもの、「あるもの」(Sein)がそういうものかというと違うと思うのです。
   1990年、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)http://www.sxl.co.jp/ 〕の千葉支店支店長の渡邊士直は職場の女性社員の体をさわりにいってしかたがない、というよりも「渡邊さんの場合は信念もってやってる」と言われていたのですが、それについて、人事部長の高田が「支店長が女性社員の尻をさわるなんて、なんで、いかんのだ。ヒラの人間がやったのがいかんというのならまだわからんこともないけれども、支店長なら女性社員の尻なんてさわってもかまわんはずだ。 何がいかんのだ。 むしろ、支店長が女性社員の尻をさわるのがいかんなどと言うやつこそ、会社として絶対に許すわけにはいか〜ん」と体をぶるぶるふるわせて言ったのです。それを聞いて、東京支店長の高倉が「そうだ! その通りだあ!」と合いの手いれました。 高田が「支店長が女性社員の尻をさわるのがいかんなどと言うやつこそ、会社として絶対に許すわけにはいか〜ん」という「いかん」人間と指定されたのが私です。 私は、人事部長というものは、もっと良心的で人間的にもおのれを見つめ精進してきた人間ではないかと大学を卒業する頃までは思ってきたのですが、それは「ザイン(Sein)」(あるもの)か「ゾルレン(Sollen)」(あるべきもの)かというと、「ゾルレン(Sollen)」(あるべきもの)であっても、少なくとも私が勤めてきたような三流以下企業においては「ザイン(Sein)」(あるもの)ではなかったのです。 そもそも、人事部長とか総務部長というのは、旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の法学部で労働法や会社法などを学んできた人間か商学部で労務管理論や労働法・労働経済学などを学んできた人間か文学部心理学科か教育学部教育心理学科で心理学などを学んできた人間かそういう人間が会社に実際に勤めて自分自身も一線の仕事の経験をある程度積んだ上でなるものであろうと私は思い込んでいたのですが、実際に会社に勤めて見ると、人事部長・総務部長というのは、たいてい、「中卒か高卒の人の仕事」だった のです。 「なんで、こんな人が人事部長になんかなっているんだ」と思うことがありましたが、《 旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の法学部で労働法などを学んできた人間か商学部で労務管理論や労働経済学などを学んできた人間か文学部心理学科か教育学部教育心理学科で心理学などを学んできた人間か、そういう人間が会社に実際に勤めて自分自身も一線の仕事の経験をある程度積んだ上でなるもの》と思って、「中卒か高卒の人の仕事」についている人を見ると、「なんで、こんな人が」と見えるのですが、「中卒か高卒の人の仕事」についている中卒・高卒のおっさんからすれば「旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の法学部で労働法などを学んできた人間か商学部で労務管理論や労働経済学などを学んできた人間か文学部心理学科か教育学部教育心理学科で心理学などを学んできた人間か、そういう人間が会社に実際に勤めて自分自身も一線の仕事の経験をある程度積んだ人間の対応」などというものを期待する方が間違っているわけです。 三流以下企業においては、社長はたいてい中卒か高卒ですから、そういう会社においては、人事部長・総務部長というのは「一族」で中卒か高卒の人がなるか、「一族」で適任者がいなければ、一族でない人間からならせる場合でも、旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の法学部・商学部・文学部心理学科・教育学部教育心理学科などの卒業生からならせるのか、中卒・高卒の人間からならせるのかというと、中卒・高卒の人間からならせることになります。そういう人が人事部長とか総務部長とかやっているのです。そういう人は、支店長とか人事部長とかいうのは、職場で女性社員の尻をなでまわしたりする役だと思っているのです。  そのテの人事部長とか総務部長というのは、支店長とか人事部長とかは職場で女性社員の尻をなでまわす権利があると確信しており、その「権利」を「侵害」しようとする者は小堀住研(株)の人事部長の高田が言ったように「会社として絶対に許せ〜ん」という認識になるようです。その程度の人、その程度の「上司」が、↑の(ア)〜(エ)について、配慮なんて、できると思いますか?  配慮しているふりをして「ええかっこ」したがる人はいますが・・・・、結論を言うと、実際に配慮するのは(ア)〜(エ)のいずれも無理だと思います。そういう人を見ると、やっぱり、学校卒業するまでに勉強してないやつはあかんなあ〜あ・・・・という気になりますが、もし、そういうことを口にすると「学歴で人を差別してはいかんだろうが」とか言うのです。そういう人事部長とか総務部長とかは。そうやって「中卒・高卒の人間の“権利”」を守ろうとするのです。
    会社の女性社員の尻などをさわりたくてしかたがないという「ほとんどビョーキ」のおっさんをなにゆえ支店長にならせないといけないのか、というと、それは、結論を言うと「社長がアホやから」ということでしょう。 「ベンチがアホやから野球ができん!」と言いたくなる会社はいっぱいあるのですが、「ベンチがアホ」であっても、どこかに勤めて給料もらわないといけないわけですから、「ベンチがアホや」と思いながらも、我慢して勤めるわけです。 ベンチめがけてグローブ投げつけたろかという気持ちを持ちながら。(もっとも、「アホなベンチ」としては、こちらは「ベンチがアホやから野球ができん」とは口に出して言っていないにもかかわらず、言われたような気持になっている場合もあるようですけれどもね。 自覚がないようで、意識しているのかもしれません。) そういう「支店長」というのは「女性社員の尻をさわる権利がある」と認識している支店長とか人事部長とかの会社というのは、私は「長い目で見るならばハリコの虎」であると思っています。現実にその会社に勤める従業員にとっては、「高卒の痴漢人間」のおっさんでも社長がそんなアホを支店長にならせているということは社長もその同類であるということであり、人事部長も「私も同類です」というような類の発言をしているわけですから、その会社に勤めている以上はそういう支店長・人事部長・社長というのは「おろそしい本物の虎」であるわけですが、そんなことをやっていてその会社がうまくいくのかというと、「長い目で見るならばハリコの虎であってその実力はたかがしれている」わけで、小堀住研(株)→エスバイエル(株) も富士銀行から破産管財人みたいな社長を送り込まれて富士銀行は取れる者だけ取って逃げたようで、ヤマダ電機(株)が買収してヤマダエスバイエルホーム(株)という後継会社はありますが、実質つぶれたのです。 「ハリコの虎」理論というのは間違ってませんでしょ。他にもそんな会社がそのへんにいくらでもありますでしょ、ほら、そこにも。
     会社の女性従業員の尻をさわるのが支店長の権利であり支店長の仕事だと思っているアホなおっさんというのは日本の会社にはいるようですが、さすがに、男性従業員の尻をさわりたがる女性の支店長・営業所長等というのはあんまりないとは思いますが、しかし、「女性従業員の尻をさわるのが支店長の権利であり支店長の仕事だと認識しているアホなおっさん」の女性版みたいな女性の「上司」というのは、いますでしょ。 そのへんにいるのわかりませんか?

     「郵政民営化」選挙の時に、小泉純一郎が「刺客」だかいって女性の候補者を全国で出しましたが、その際、田中真紀子さんが「どうして、女ばっかり出すのでしょうね。 男でも女でも優秀な人が出ればいいのと違うのですか。  まったく、小泉さんも山拓と一緒で女好きですねえ」と言ったのは、最後の部分がどうかはさておき、前半については大いにもっともなことだと思います。  政治家にしても、かつて、女性の政治家があまりいなかったという時代においては、女性であるということが「売り」になったと思いますが、今現在では女性の政治家はある程度以上いますから、そうなると、女性であるというようなそんなことを「売り」にするような人は、その点で評価できない人であると考えるべきだと私は思います。「男性であれ女性であれ優秀な人が出ればいい」のです。 ところが、今だに、「女」を「売り」にすると受けるだろう評価されるだろうみたいな認識の候補者がいたりします。
     私が勤めてきた戸建住宅建築業の業界は、かつては、「主として男性の職場」でしたが、最近では、女性で建築業に勤める人は珍しくもなくなってきました。 女性でその業界に勤める人が多くなってくると、「女」を「売り」にしようとしても「売り」にならなくなってくるのです・・・・が、それにもかかわらず、「女」を「売り」にしようとする人がいるのです。 アホだと思いますけれどもね。 男で自分が「男」であることを「売り」にする人間はあんまりないのに、なぜ、女性は「女」を「売り」にしようとするのでしょうね。 特に、建築業界においては、職種が何であろうが、建築現場に行って周囲の従業員が重い物を運んでいるとかいう場合には、職人でなくてもお客さんじゃないのなら何なりとするものではないのか、それが建築屋ではないのかと私は思いますが、「設計」という職種に最終学校を卒業してから一貫してついてきたという男には、自分は「設計士(さま)」なのだからシャープペンシルよりも重いものは絶対に持ってはならないという信念もっている男がおり、それとともに、「女性」には男性が重い物を運んだら女性は部屋中に入って座ってコーヒーを飲むものだと確信している人がいるのです。 東海住宅(株)http://www.10kai.co.jp/ の花見川店http://www.10kai.co.jp/contents/code/office_info/18 で店長になっていた大友さんも、冬場、雪が積もった時、私が、八千代市大和田の建売住宅の前や周囲を大変な労力を払って雪かきをして戻ってきたら、花見川店の前と駐車場の雪かきもしてちょうだいと言い、私がそれをすると大友はどうしたかというと、おのれは部屋中に入って座ってコーヒー入れて飲んだのです。 そういう女です。 物を運んだりする場合、男性と女性であれば女性の方が力が弱いから男性と同じだけの物は持てないというのは、それはしかたがないと思います。 しかし、男性が10の物を持ったなら、女性だってお客さんじゃなくて従業員であるならば、6くらいの物でも持ったらどうでしょうか。 部屋中に入って座ってコーヒー飲むというのはおかしくないか・・・・と私は思いますし、他の従業員が大変な思いをして物を運んでいたり、雪かきをしていたりする時に、ポケットに手をつっこんで見物するやつ、部屋中に入って座ってコーヒー飲むやつというのは、それは、男であれ女であれ、そんな人間は建築屋ではない、仕事変えた方がいいと私は思うのです・・・・が、大友さんは「雪かきとかは男がやるものでしょお。当たり前でしょおお」とか言うのです。 「当たり前」ですか? だいたい、私は椎間板ヘルニアの持病があって、重い物は持ってはいけないと医者から言われているし、雪かきだって腰痛を考えるとあまりやりたくないのですが、そうも言ってられないと思ってやっているのです。なぜ、椎間板ヘルニアでない人が女性だからといって部屋中で座ってコーヒー飲むのでしょうね。 たとえ、男性がやったとしても、「すいません」なり「ありがとう」なり何なり言うものではないかと思いますが、「当たり前でしょおお」というのが「当たり前」ですか? なぜ、「働く女性は謝り続けるのか」とコラムに書きますか?  ひとに雪かきさせて、おのれはその間、部屋中で座ってコーヒー飲むのが「女性の権利」でしょうか。おのれが部屋中で座ってコーヒー飲んていた時間に外で雪かきしてくれた人間に「すいません」と言うのは不当でしょうか。なぜ、「謝らなければならないのか」などと言うのでしょうかねえ。 この「女性帝国主義」とでもいった態度、許しがたいように思いますね。

   森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)には≪ 同じ専門経営者でも、教育水準の高い人が低い人よりも、トップ・マネジメントとしてふさわしいと思います。 ただし、これも原則論ですから、松下幸之助や本田宗一郎の例をつきつけられてたところで、別に困りません。 私が高等教育を重視するのは、経営能力の中の知的部分の育成にそれが密接に関係があるからですが、それだけではありません。 ・・・・高等教育機関を媒介とする人間関係の中で磨かれた「教養」であり、「人間的魅力」であると思います。≫ と書かれていますが、≪ 財閥、非財閥を通して見て、高等教育機関出身の「学卒」者に対する企業側の需要は、まず、技術者に集中し、次いで事務系に移っていくという段取が存在しました。 この理由は、流通・金融部門以外の近代産業を経営するさいに、テクノロジーは不可欠の要因である上、テクノロジーの知識の持主は容易に代替しえないこと、これに対し、原料・機械・資金等の調達や製品の販売等のいわゆる営業部門の活動は、高等教育によって得られる学識を必ずしも必要としなかったことなどから説明されます。≫と出ています。
   経済史・産業史として見た場合、ある国においてすべての面が均質に移行していくわけではなく、すべての会社が均質に移行していくわけではありません。 20世紀後半から21世紀、「昭和」から「平成」においても、「実質、江戸時代」の会社も日本には存在しているのです。 ≪ 高等教育機関出身の「学卒」者に対する企業側の需要は、まず、技術者に集中し、次いで事務系に移っていくという段取 ≫があって、そして、「学卒」者の活用をさらに改善していこうという会社が大企業においては出てきているわけですが、その一方で、私が勤めてきたような三流以下企業においては、技術系分野においては活用しようという姿勢がいくらかあっても、社会科学系分野においては活用してはなるものかという強い信念を持っている経営者が多い・・・・というのか、「学歴コンプレックスの塊」と言われるような中卒・高卒の社長が「学卒」者を採用するのかというと採用したがるのですが、活用するのかというと活用なんて絶対にやってたまるものかという信念もってる人が多いのです。そういう社長は中卒高卒の人を高い役職につけたがるし、そうやって高い役職についた中卒高卒の人はそれだけの役職に就いた以上はその役職の人間としての役割を果たすことができるのかというと、できるわけないのです。 そして、「ぼくは高卒なんだから、そんなことできるわけがない」とか言ってふんぞり返るのです。 「できるわけがない」のならその役職につかないでもらえないか、そこどいてくれないか・・・、その役を私にやらせてくれればいくらなんでもそんな人よりはずっとうまくできるのに・・・・と何度思ったかしれません。 私が慶應義塾大学の商学部に在籍した時、東大・京大や慶應大・早稲田大などの出身者がいくらでもいる「有名」「上場」「財閥系」「大」企業に勤めるよりも、慶應くらいの大学の出身者をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、経験を積む機会がある、活躍する機会があるのでむしろその方がいいということを言う教授がおられましたが、それは嘘ですからね。 「慶應くらいの大学の出身者をなかなか採用できないというくらいの会社」の中卒か高卒の社長というのは、そういう大学の出身者を採用したがるかしたがらないかというと採用したがるのですが、いったん採用すると、使いたがるか使いたがらないかというと何が何でも活躍させてなるものかという態度を取りますからね。 私自身がそういう会社に勤めて、それでも耐えて会社に尽くしてきて、そして、へとへとになったんですから。 そんな所に勤めて「学歴コンプレックス」のおっさんに苦労させられるよりも、旧帝大系国立大学や早慶くらいの出身の人間の中で切磋琢磨した方がいいに決まってますでしょ。

    私は、高校を卒業する頃、心理学に関心があった人間で、たとえば、ホーソン工場の実験として、女工さんが証明が暗いと訴えたが、調べて見ると決して暗くはなかったが、そこで働く人が暗いと言うのだからと、電球を取り換えたところ、自分たちの要望が受け入れられたという満足感から作業効率が上がった・・・・といった話を高校生の時に、『自由自在 倫理社会』(受験研究社)という本で読んで、これは大変価値があることではないだろうかと思ったのですが、しかし、その後、慶應大商学部に入学した後、労務管理論の本を読むと、これには反論もあって、まず、マルクス経済学の側からの反論として、人間関係論とかそういった理論というものは、一見、人間味があるかのように見えて、実際のところ、「資本が労働を搾取する過程における技術のひとつ」でしかないというもので、言われてみるとそうかもしれない。 もう1つは、そういった理論は、そういうことがないことはないのかもしれないが、実際よりも効果を大きく考えすぎているのではないかという批判です。 これもそうかもしれないと思いました。そうなると、こういう考察は価値があると思って学んできたが、結局、それは価値がないものだったのかと思えてきますが、実際に会社に勤めてみますと、そうではないと確信するようになりました。個々の理論については反論も批判もあるわけですが、そういったことを最終学校を卒業するまでに考えてきた人間とそんなこと考えたこともない、「ホーソン工場の実験」なんて聞いたこともない、ダグラス=マグレガーのY理論なんて知らないという人では、やはり、差は大きいというのは否定できません。しかし、困ったことに、たとえば、(株)一条工務店みたいな会社においては、そういう素養がある人間というのは、中卒・高卒の経営者にとってはそれが「腹が立つ」らしい。

    その役職につきたいと思った時には「学歴によって人を差別するのはおかしい」と主張し、いったん、その役職につくと、「ぼくは高卒なんだから、そんなことできるわけがない」と言って胸を張るおっさんに、(ア)〜(エ)なんて、どれであれできると思いますか? きっと「ぼくは高卒なんだからできるわけがない」と言ってふんぞり返るでしょう。
    支店長というのは、その支店の従業員が働きやすい環境を整えるのが仕事のはずですが、日頃からその支店の従業員の業務を妨害するようなことを繰り返し、かつ、支店長というのな会社の女性社員の尻をなでまわす権利があると心得ていた小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕の千葉支店支店長であった渡邊士直みたいな人間、そんな人が↑の(ア)〜(エ)なんてできるかというと、できるわけない。

    藤田結子さんは、「男性の上司」というものが、男性の気持ちはわかっても女性の気持ちや女性の事情を理解できないのではないかと言いたいようですが、これも正しくありません。 東海住宅(株)http://www.10kai.co.jp/ では、80代の会長が、「女性は土日は遅刻してきていいと認めている」そうでした。 なんで、そんなもの認めるの?  そのあたりからしておかしいのです。 女性の従業員がパートタイマーで男性の従業員が正社員の扱いで勤務しているという場合に、パートタイマーの人は正社員よりも全体としての給料は安いけれども、そのかわりに残業は勤務時間終了後の残業も早出残業もない、というのならわかります。 しかし、男性も女性も正社員として雇用しておきながら、なにゆえ、「女性は土日は遅刻してきていい」のですか?  それによって生じる問題をどうするのかも、「認める」以上は会長は考えないといけませんし、考えるのが管理する立場の役職の人間のはずです・・・・が、東海住宅(株)の会長は考えないのです。 すべて、男性社員がその分を負担すればいいという態度でした。 これはおかしくないか?  O友さんは、土日は必ず40分以上遅刻していましたが(始業時刻から考えて40分以上ですから、私などは始業時刻よりいくらか前に出勤していますし、特に土日に現場見学会を開催する時は普段よりも早めに出勤しましたから、私の出勤時刻よりも1時間以上遅く出勤していたことになります)、そうやって、私が現場見学会の準備と掃除をなんとか一通り終えた頃にやってきて、「店長」なんだからと先に接客し、そうして、夕方になると、「あと、片付けておいてちょうだいね」と言って、まだ終業時刻になっていないのに帰ります。 「女が働くのは大変なんだからねえ」と言って。 こいつ、男なら殴られるぞという態度をとるのですが、「男なら殴られるぞ」という態度をとっても女は殴られない権利があると確信しているようでした。 「男なら殴られるぞ」という態度を取った男でも殴ってよいというものではないでしょうけれども、それなら、「男なら殴られるぞ」という態度を女はとりまくる権利があるのか? というと、違うと思いますよ。 社長とか会長とかはそのあたりを配慮して管理するのが社長や会長の仕事であるはずですが、ところが、東海住宅(株)では80代の会長が、女性従業員に「男なら殴られるぞ」という態度を男性に取ることを「権利」であるかのように「認めて」いたのです。 そういうことを「認める」権利が会長にあったかというと、ないと思います。
   一般に、男性は女性に甘いものです。比較的若くて魅力的な女性の場合にどうということではなく、おばさんであれ何であれ、男性は女性に対しては相手が男性である場合と同じだけ強い態度では出れないのです。 欧米では「レディーファースト」というマナーがあるわけですが、全体的な考え方として、男性はどうしても相手が男性である場合に比べて女性に甘い態度をとりがちであるということを否定するのではなく、それは人間として自然なものとして肯定する考え方が「レディーファースト」ではないかと私は思っています。どんな女性が相手であれ、何でも言いなりになってしまうのならアホですが、相手が男性である場合よりもひと回り優しい態度をとる、譲歩することがあっても悪くないと思います。しかし、ひと回り優しい態度をとる、譲歩するのなら、それによって生じる負担はおのれがかぶる必要があります。他の男性に負担を強いるのはやめた方がいい。それを、従業員の男性に負担を強いていたのが東海住宅(株)の会長だった。
    チムニー(株) でも建設部に社長のメカケがいて勝手なことやっていましたが、普通、「社長のメカケ」というと、20代後半か30代前半くらいで色っぽくて男性なら誰しもふらふらふら〜っと行きそうな感じの女性か・・・・と思いがちですが、違うんです。 50代の下品な白髪のおばさんなんです。 そういう女性の言いなりになる社長ってどうよ? と思うのですが、なんか、世の中にはそういう社長がけっこういるのです。そういうのんが!
    東海住宅(株)の80代の会長が「『女性は土日は遅刻してきていい』と認めている」ということで、実際には、女性従業員は始業時刻より40分以上遅刻してきて男性従業員が準備と掃除をした頃にやってきて夕方になると終業時刻よりも前に「あと、片付けておいてよ」と男性従業員に後片付けを押しつけて早退するのを認めていたのですが、なにゆえに、会長はそのような「女性の横暴」を認めるのかというと、結論を言うと、「アホやから女に甘かった」ということでしょう。 「女に」といっても、「20代後半から30代前半くらいの男なら誰でもふらふらふら〜っとなりそうな妖艶な女性に」ではなく、「50代後半の下品などあつかましいおばはん」になんでそんなに言いなりになるのかと思う男性がいるのではないかと思いますが、80代のじいさんから見ると、どうも、「50代後半の下品などあつかましいおばはん」が「女」に見えるみたいですね・・・。
    そういうことを会長がすると、どうなるか? 「長い目で見るならば」その会社は「男が出て行く会社」です。 東海住宅(株)は女性の店長が多い会社になっていました。 男はあほくさくなって出て行くようです。 その結果、「レディース営業の店」が出現。 「レディース営業の店」と言って店舗はピンク系色で装飾されている店というのは、もしかすると、素敵なおねえさまでもいてピンクサービスとかしてくれるのかしらん。仲介手数料払ってアパートを借りるとおさわりOK、土地か中古住宅を購入すると好きにしていいわ♡・・・・とか、そういうことでもあるのかしらん・・・・とかアホな男は妄想しそうですが、そうじゃないんです。単にその店の従業員は全員が女性、ピンク系の色で彩られているというのはおばさんがピンクが好きだというだけ・・・・て、なんか趣味悪いなあ・・・・て、そりぁ不動産屋ですからあんまり趣味いいことないわな。
    実際、そういうおばさんと男性が同じ処遇で同じ店で勤務するのは無理があると思います。 まず、日曜日に現場見学会とか開催するとしますでしょ。花見川店の店長になっていたO友さんは「午前11時から」にするのです。 勤務時間は午前10時からなのに。 一般には、会社の勤務時間は午前9時からという所が最も多いのではないかと思いますが、建築現場などは午前8時からという所が多く、戸建住宅建築請負業の営業の職種は午前10時からという会社が多いのですが、総合住宅展示場に出展している所では、住宅展示場では始業時刻は午前10時からでも営業は午前9時30分くらいに出勤して掃除をして午前10時には営業開始としています。 それに対して、従業員の大部分が女性で運営しているというような業種では午前11時から開店という店がけっこうあります。 独身の女性にとっては午前9時からでも10時からでもいいはずですが、オットがある、オットと子供があるという女性の場合、午前11時からの方が働きやすいらしいのです。 しかし、基本的には従業員は女性で運営するという業種・店舗であればそれでいいかもしれませんが、男性と女性が両方いるという会社、両方で運営しているという店においては、特に「建築の住宅」「不動産の住宅」の会社において「午前11時から」にされると、その現場見学会の効率は落ちます。 なぜなら、たとえ、「午前10時から」としても、日曜日の午前中に住宅展示場に行く人と午後に行く人では午後に行く人の方が多いのですが、「午前10時から」とすれば、午前10時半か11時くらいに1軒目に行って、昼食を食べた後、もう1軒か2軒入ってみようかということで、午前10時半か11時くらいに来場する人が出て来るのです。 ところが、「午前11時から」と表記すると、「午前11時半くらいに行くのなら午後から行くようにした方がいいだろう」という考え方をする人が多くなって、午後からはともかく、午前中は人は来にくくなるのです。 だから、客商売として来場客を多くしようとするならば、「午前11時から」ではなく「午前10時から」とするべきなのです。 そうであるにもかかわらず、O友さんは自分の都合に合わせて「午前11時から」にしてしまうのです。 O友さんを見て、私は、「建築の住宅」にしても「不動産の住宅」にしても、住宅の営業は、既婚の女性を採用するのならば、既婚の女性の店は男性や未婚の女性の店とは分けないといけないなと思いました。O友さんは、「女性は勤める場合、自分の生活に合わせて勤める権利がある」かのように思っていたようですが、それなら、男性は女性の勤め方に合わせた勤め方をしなければならない義務があるのでしょうか? ちょっと違うと思います・・・・というより相当違う。
    東海住宅(株)で見て、女性の店長というのは、実際のところ、「その店の従業員が全員が女性であるという店の店長ならできるかできないかくらいで、男性が従業員としている店の店長は無理」ではないのかと思ったのです。 こういうことをうかつに言うと、「女性差別」か「女性蔑視」かと言われかねない、「女性の敵」だのと扱われかねないので怖いのですが、実際にどうかというと、男性だって人それぞれ違うのと同じく女性でも人によって違いはあるわけであり、「女性は」とひとくくりにしてしまうのは不適切だと思いますが、現実問題として、「その店の従業員が全員が女性であるという店の店長ならできるかできないかくらいで、男性が従業員としている店の店長は無理」だなと思える女性はいます。 「女性の敵」だのなんだのと言いたいなら何でも言ってもらっていいけれども、現実にいますから。 たとえ、石なげつけられようが現実にいますからね。

    藤田結子さんは、男性の上司が女性の事情を理解できないのではないかと主張するようですが、女性の上司が男性の事情を理解できないこともあるわけですし、それ以上に、女性の店長は、おのれの都合に合わせて男性の従業員を使う権利があるみたいに思っている(そんな「権利」なんてないよ!)人がいるのです。
    そして、男性の上司、男性の管理者・使用者には、「女に甘い」男がいるのです。 先に述べたように、「レディーファースト」くらいの程度で「女に甘い」というのなら、これは、男が女に甘いのは人間として自然なことであって特にとがめることでもないと思いますが、その程度ではなく、職権濫用もいいところではないのかと思えるくらい「女に甘い」人がいるわけです。東海住宅(株)の会長はひどすぎますね。 80代のじいさんだから・・・といっても、会長ですよね。 老人ホームの入所者なら「しかたがない」とも言えますが、会長ですよね。違いますか。  チムニー(株)https://www.chimney.co.jp/ でも、建設部にいた社長のメカケは、土曜日に建設部会議をやっていたにもかかわらず、1人だけ出てきませんでしたが、社長も、メカケを持つなら持つで社外に持つようにするべきで社内に持たれたのでははた迷惑なんですけど、その程度の社長であり、その程度の男だったのかもしれません。
    O友さんは東海住宅(株)の会長のメカケでも何でもなかったはずですが、しかし、会長から「女の特権」を引き出して、そして、その負担を会長がかぶるのでもなく、会社として誰もが迷惑を蒙らないよう配慮するのでもなく、その女と同じ営業所にいる男性従業員が被るというようにしていたというのは、その手法は「メカケの手法」です。 女でも、社長の奥さん、会長の奥さんというのは普通はそういうことはしません。 ある会社で、慶應大卒の方が会長をされている会社に奥さんも勤務されていた所があったのですが、奥さんは決してえらぶらず、むしろ、他の従業員以上に気を使っておられたように思います。 それに対して、チムニー(株)のメカケは違うのです。 奥さんとメカケはこういう具合に違うんだなあと思いました。 メカケというのは従業員に気を使わないのです。 奥さんというのは、社長は会社では一番エライ人であるかもしれないが、従業員に気持ちよく働いてもらって利益をあげないといけないのであり、従業員が、ふざけんな、やってられるかあ!という気持ちになるようではいけないのです。 だから、社長は一般従業員より多い給料を取るかもしれないけれども、一般従業員より気を使う面だってあるのですが、奥さんもそうなのです。それに対して、メカケにはそんなところはまったくないわけです。 その視点で会社を眺めますと、メカケではないものの、「メカケみたい」な手法で動いている女て、いますでしょ!

    新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも、千葉市中央区鵜の森町。2013年11月に倒産)に、2011年4月に社長の嫁の友人だとして縁故入社した滝口恵はひどかった。 私は戸建住宅建築業の業界においてはベテランであり、特に、戸建住宅建築業の営業の職種においては大関クラスの人間ですが、それに対して、滝口は序の口ですらない。 大関としては序の口ですらない人間のやることにいちいち腹を立てるのも大人げないし、大鵬が朝青龍に「横綱がつまらないことに腹を立てるな」と教えたという記事を読んだことがありますが、大関はいちいち序の口以下の人間の言動に腹を立てるものではないと思います。 しかし、社長や社長の嫁が、働かない女に加担して、従業員を困らせて平気でいるとなると話は変わってくるのです。
    新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川新二はもともと創価学会員だったが、創価学会のあり方、特に、脱退者に対しての誹謗中傷のひどさに嫌気がしたそうで辞めた・・・・というのですが、精神の構造が変わっていない限り、ある新興宗教の団体を辞めても、そういう人は別の新興宗教に入りやすい傾向があります。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川は創価学会を辞めた後、どうしたかというと、倫理研究所(=倫理法人会)という、もしかすると、創価学会より悪質かと思える団体に入ってしまったのです。精神構造が変わらないならば、1つの団体から出ても、また、他の似た傾向を持つ団体に入ってしまうようですね。
   そういう新興宗教に入りたがる人に多い傾向として「社会貢献」したがる人というのがいる。F=ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』で、ツァラトゥストラが「汝、『〜のために』を捨てよ」と言う場面がありますが、「〜のために」がないと生きていけない人というのがおり、そういう人は「社会貢献」したがるのです。その結果、「片方から奪って他方に与える」ということをする。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川は「社会貢献」しようと思って、「子供がある女性」である滝口を雇って、滝口が報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員にさせて担当外の従業員が働いた報酬を滝口にやって滝口と滝口のオットを優遇しようとしたようです。

    「女に甘い」会長だの、「社会貢献」するために「子供がある女」とそのオットのために職場の男性従業員を犠牲にしようという社長だのといった「上司」は、女性によりも男性に有害です。 変な「上司」のおかげで困らされるのは女性とは限りません。男性が困らされることもあります。変な「上司」が男性とは限りません。女性の「上司」のおかげで男性が困らされることもあります。 そのあたり、藤田さんは理解できていないのではないか?
    (2016.1.3.)

☆ 藤田「働く母親はいつまで謝り続けるのか」の間違い
1.「後ろめたさ」など感じていない女がいる http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_5.html
2.子持女は未婚者より忙しいという主張はおかしい http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_6.html
3.周囲に世話をかける者がなぜ謝るのを嫌がるのか http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_7.html
4.「働く母親」と言いたいなら、とりあえず働け http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_8.html
5.「次世代を担う子供を育てるのは社会に貢献している」という傲慢 http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_9.html
6. 世話になって「すいません」と言うのに「ストレス」感じるというのはおかしい。http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_10.html
7.未婚者は妻帯者より忙しいhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_11.html
8.「晩婚」「非婚」は好んでなっているのではない。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_2.html
9.変な「上司」は男性とは限らない。変な「上司」に困らされるのは女性とは限らない 〔今回〕
10.育児の分担はまずオットがすべき http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_4.html
11.「子供」を名分に休む人間、先に帰る人間は、実際には子供が理由でない場合がある http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_5.html
12.

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
藤田結子「働く母親はいつまで謝るのか」9 女に甘い会長、社会貢献したがる社長に苛められる男性社員 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる