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zoom RSS 藤田結子「働く母親は上司や同僚にいつまで謝り続けるのか」(毎日)の間違い[1]及、慶應の内部と外部

<<   作成日時 : 2016/12/23 00:48   >>

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[第483回] 会社と営業の話(102)−1 
   ヤフーニュースで、実に汚らわしい記事を見た。 11月27日(日)の日付がはいっていた毎日新聞によるものだが、毎日新聞でもその元の記事がインターネットで公開されており、それは、《 毎日新聞「経済プレミア」「働く母親は上司と同僚にいつまで謝り続けるのか(藤田結子/明治大学商学部教授) 2016年11月25日 」》http://mainichi.jp/premier/business/articles/20161124/biz/00m/010/011000c である。ヤフーの記事と内容は基本的には同じであるが、ヤフーニュースの冒頭部分は毎日新聞にはないので、冒頭部分はヤフーが書いたもののようです。 ヤフーの記事には藤田結子さんの経歴は載っていませんが、毎日新聞の「経済プレミア」には藤田結子さんの略歴が載っています。 それを見ると、東京生まれで慶應義塾大学卒だそうで、何もわかってないくせに、かっこつけてえらそうな口だけきくあたりは、な〜るほど、慶應大卒の女だけあるなあという気がしないでもありません。
   ヤフーニュースの方を引用しても、毎日新聞「経済プレミア」の方を引用しても、基本的には内容は同じなのですが、ヤフーニュースの方が、冒頭のヤフーが記入した文章があるので、ヤフーニュースの方を引用しましょう。 但し、12月22日現在、「毎日新聞 経済プレミア」http://mainichi.jp/premier/business/articles/20161124/biz/00m/010/011000c  は今もインターネット上で見ることができますが、ヤフーの方は、12月22日現在、見ることはできません。
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(YAHOOニュース) 
<育児>働く母親はいつまで周囲に謝り続けるのか
毎日新聞 11/27(日) 9:30配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161127-00000013-mai-bus_all
  子供を育てながら働く女性の多くが、残業できないことや子供の急な発熱などで早退することに後ろめたさを感じ、周囲に気兼ねしています。共働きが当たり前になったのに、なぜ女性ばかりが周囲に謝り続けるのでしょうか。明治大教授の藤田結子さんが解説します。

 内閣府が10月に発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」によると、女性が仕事を持つことについて「子どもができても、ずっと職業を続ける方がよい」と答えた人が初めて半数を超え、54.2%に達しました。
 けれども、幼い子供を育てている女性は、子供の世話で仕事を休みがちで、残業もあまりできません。そのたびに職場の同僚や上司におわびをし、周囲も「謝るのが当然」と考える傾向があります。

 ◇育休や有休、早退でいつも周囲に平謝りする女性たち
 東京都内で働く長谷川陽子さん(40代、仮名)が、仲の良い同僚の鈴木さん(40代女性)、佐藤さん(30代女性)と昼食をとっていた時のこと。長谷川さんは結婚していて5歳と3歳の娘がいます。鈴木さん、佐藤さんは独身です。ライフスタイルは違いますが、気が合うので普段から仲良くしています。
 話題は同僚男性Aさんのうわさ話になりました。Aさんは英国籍の社員で、3人の子供がいます。「Aさんは子供のことがあるから、たいてい残業をせずに帰る」と、佐藤さんが言いました。
 長谷川さんが「日本の職場もそういう働き方に変わっていけばいいのに……」と口にしかけたその瞬間、佐藤さんと鈴木さんは全く反対の意見を言いました。
 「Aさんはみんなより早く帰るのに、すいませんと謝りもしない。謝るんだったらまだわかるけど……」。何だか怒っているようです。
 2人の顔色を見て、長谷川さんはハッとしました。普段、彼女たちは、長谷川さんの仕事と育児の両立に理解を示してくれていました。しかし、彼女たちも長谷川さんに対して、そのように感じることがあったのかもしれないと、思い当たったのです。
 長谷川さんは育児休業を取った時も、子供が熱を出して仕事を休む時も、上司や同僚に「ご迷惑をおかけします」「大変申し訳ございません」と謝ってきました。
 申し訳ないとは思うものの、次世代を担う子供を育てることは、社会に貢献していることになるはず。なのに、出産してから子連れで電車に乗る時も、会社で働いている時も、「迷惑だ」という視線を感じます。常に恐縮し、謝らなければ、周囲から白い目で見られるので、強いストレスを感じます。
 親であることは同じなのに、会社で謝り続けなくてもいい自分の夫に対しても、もやもやする感情を抱いてしまいます。

 ◇シングル女性だって休みたい時がある
 一方、育児をしない側にも言い分と理由があります。
 東京都内の会社で働く林恵美さん(30代女性、仮名)は、責任ある仕事を任され、多くの出張もこなしています。彼女は独身ですが、職場には子育て中の女性が数人いて、子供を理由にしてときどき休みます。
 林さんは、子育て中の女性が有休や育休を取得するのはいいけれど、だったら自分も有休や長期のリフレッシュ休暇を取らせてほしいと思っています。実際、社内に制度があることはあるのですが、世間の雰囲気が後押しする育休取得とは違って、「休暇を取りたい」と気軽に言える空気はありません。
 以前、子持ちで働く友人にそう言ったら、「育休は休暇じゃない。仕事しているより大変だし」と言われました。確かにそうなのでしょうが、何だかもやもやします。
 自分は趣味の時間もなく働いているのに、他人の家族のサポートまでしなければならないことを、不公平だと感じます。たまの連休に疲れ果てて1人で寝ていると、何のために働いているのか分からなくなります。そして「私の老後はどうなるんだろう」と落ち込んだりもします。
  1990年代以降、共働きの割合は上昇する一方で、晩婚化・非婚化も進んでいます。女性の生き方が多様化し、子どものいる女性といない女性の間にある種の“溝”が生じているように見えます。
  しかし、これはそもそも「女性の問題」なのか、と私は思うのです。

  ◇老いも若きも男も女も「お互いさま」の職場に
  管理職の約9割を占める男性の多くが、育児を妻に任せてきました。女性たちが葛藤していることに気づけない男性上司は、少なくありません。
  厚生労働省の「平成27年度雇用均等基本調査」によると、2014年9月末までに在職中の出産をした女性のうち、1年以内に育児休業を取得した人の割合は女性81.5%。一方、妻が出産した男性で育休を取得したのは2.7%でした。日本では育児で休む親の大半が女性なので、おわびをするのも女性ばかりです。
  男性がもっと育児や介護を分担すれば、「老いも若きも男も女もお互いさま」という感覚が育ち、「育児で休む女性は謝れ」という職場の雰囲気は変わるのではないでしょうか。また、定時退社が進めば、残業しなくても非難されにくくなるでしょう。
  法政大の武石恵美子教授(人的資源管理論)は、「育児だけを聖域化しないことが重要だ」と指摘しています。両立支援策だけを充実させると、育児をしない同僚に仕事のしわ寄せがいき、職場の管理が難しくなるからです。長時間労働の改善など、男性の働き方改革も含めたワーク・ライフ・バランス施策が必要なのです。
  企業は、働く母親がスケープゴートとなっている状況を見過ごさず、全体の働き方を見直すべきです。誰もが働きやすい職場になれば、育児で謝る場面もきっと減るでしょう。
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   ああ、不快指数が上昇した。 なんて、不潔な文章だろうか。

   この最初の
≪ 子供を育てながら働く女性の多くが、残業できないことや子供の急な発熱などで早退することに後ろめたさを感じ、周囲に気兼ねしています。共働きが当たり前になったのに、なぜ女性ばかりが周囲に謝り続けるのでしょうか。明治大教授の藤田結子さんが解説します。 ≫という部分がヤフーが作成したもののようで、「毎日新聞 経済プレミア」 にはなく、≪藤田結子/明治大商学部教授≫と筆者の名前が書かれています。 ヤフーの記事の最後の方を見ると、≪法政大の武石恵美子教授(人的資源管理論)は・・・≫という文章があり、これだと、法政大の武石恵美子教授が言っている記事なのか明治大の藤田結子教授が言っていることなのかわかりにくいのですが、「毎日新聞 経済プレミア」を見て判断すると、最初の「子供を・・・」から「藤田結子さんが解説します。」まではヤフーが入れた文章。 それ以降は藤田結子さんが作成した文章で、「法政大の武石恵美子教授(・・・)・・」というのは、藤田結子さんによる引用です。


   さてさて、この最初のヤフーが入れた文章から検討しましょう。

1. 「毎日新聞」「経済プレミア」に載っている内容の前に、ヤフーニュースでは、
《 子供を育てながら働く女性の多くが、残業できないことや子供の急な発熱などで早退することに後ろめたさを感じ、周囲に気兼ねしています。共働きが当たり前になったのに、なぜ女性ばかりが周囲に謝り続けるのでしょうか。明治大教授の藤田結子さんが解説します。 》
という文章があります。まず、これからしておかしい。

(ア)   《後ろめたさを感じ、周囲に気兼ねしています。》と書かれているが、実際はそうでもなく、ちっとも「後ろめたさ」など感じず、ちっとも「周囲に気兼ね」などしていない女性が少なからず、います。

(イ) 
  《なぜ女性ばかりが周囲に謝り続けるのでしょうか。》という文章もおかしい。 ちっとも、《謝》らない女もいます。 又、男性でも、ちっとも謝らない男もいます。

   ヤフーは藤田結子さんの文章に合わせているようですが、ヤフーとして文章を載せるなら、自分自身で考えた上で載せるべきで、引用するだけなら余計な文章を足さない方がよろしい。


   毎日新聞「経済プレミア」http://mainichi.jp/premier/business/articles/20161124/biz/00m/010/011000c に、ヤフーニュースには掲載がなかった「藤田結子さん」の経歴が掲載されていたが、
《東京都生まれ。慶應義塾大学卒業… 》で、
《大学院留学のためアメリカとイギリスに約10年滞在。 06年に英ロンドン大学で博士号を取得。 11年から明治大学商学部准教授、16年から現職。》で、
《専門は社会学》だそうだ。
年齢は書かれていないが、掲載の写真と、教授になっているという点から考えると、私より少し若いというくらいか。

   な〜るほど、慶應卒の女で大学院行ったやつかい。 だ〜から、現実を無視して勝手なことばっかりのたまいくさってるのか・・・・。
   そういえば、今は昔、私が慶應義塾大学に在学していた時のこと、「口語英語102」という授業で、それぞれの学生の所にヘッドホンがあって、それを頭というのか耳というのかにつけると英語の音声が聞こえてきて、それを聞きとるという講座にでていたのだが、ある時、学生の数だけそのヘッドホンがなくて、隣の準備室にとりに行ってくださいと、橋本スカコだかスマコだかいう教授だったか助教授だったかの女性がおっしゃったことがあった。 それで私は隣の部屋に取りに行ったのだ。 ところが、私が隣の部屋に取りに行っていた間に橋本センセーはその扱い方をご説明なさったようで、私が戻ると、「それでは始めます」と言って試験を開始されたのだが、説明なさっていた時に橋本センセーから言われて隣の部屋に行っていた私は扱い方がわからない。それで、隣の席の人間にきこうと話しかけたところ、橋本は「カンニングのようなことはしないというのが慶應義塾の伝統です」と言うのです。私はカンニングなんてしていないので、俺のことじゃないなと思い、隣の席の人間にきこうとすると、再度、橋本は私の方を見て「カンニングのようなことはしない、というのが慶應義塾の伝統です」と言うので、この女、俺のことを言ってやがるなと思った。私は橋本なんたらなんかと違って、小学校から大学までカンニングなんてしたことは一度もない。おまえなんかと一緒にするな、と思ったが、機械の扱い方を教えてもらわないと回答できない。それにもかかわらず、隣の人間に尋ねようとすると、「カンニングのようなことはしない、というのが慶應義塾の伝統です」などと言うのだ。自分が隣の準備室に取りに行ってくれと私に言って隣の部屋に行かせて、その間に操作法を説明した上で、こういうことを言うというのは、この女、もしかすると、わざとかもしれんな、と思った。今から考えると、あの橋本なんたらいう「口語英語102」の担当の教授だか助教授だかは慶應女子高の出身ではないか、おそらく、内部進学だろう。「内部進学の人間は間違っていても正しい」という絶対の信念を持っている人間、内部進学独善主義の女だったのではないか。私は「もう、いいわ」と思って、いいかげんに扱い、その後、この「口語英語102」という講座にはやる気をなくしてしまった。なんで、内部進学独善主義のアホに教えられなきゃならんのだ、胸くその悪い! その結果、「口語英語102」の成績は「B」だった。もっと真剣にやれば「A」をとれたかもしれないが、途中からやる気をなくしてしまった。何の因果でこんな女が教授だか助教授だかをやっているようなバカ大学にいかされなきゃならんのか、「世界は広いというが私にとっては狭くなってしまったのか」と思った・・・・が、この藤田結子とかいう明治大学商学部教授とかいうバカ女もまたその類ではないか?・・・・・とふと思ったが、そうであるのかないのかは断定できるわけではないので、「大人の対応」として、決して決めつけることはするまい・・・・とは思うが、しかし、気分の悪い身勝手な記事であるのはたしかであり、また、《日本や海外の文化、メディア、若者、消費、ジェンダー分野のフィールド調査をしている。》と毎日新聞の経歴欄には書かれているが、「調査」はしても、自分自身は慶應大学からロンドン等留学を経て、明治大学で教員にならせてもらったという、一貫して大学の教員で生きてきた人であり、私のように、三流以下企業で「夜討ち朝駆け」「滅私奉公」を繰り返してきた人間とは異なり、自分自身が会社勤めの経験をしてきた人間とは異なり、高所から勝手なこと言ってきたような人だろうから、そういう内容の文章になっている。

   慶應義塾大学卒で明治大学商学部教授だという藤田結子さん。 私は東大を受けて二浪しても落ちてしまい慶應大学に行きました。 特に、二浪目においては、共通一次試験で理科で選択した物理・化学は理科の4科目の中で平均点が低い方の2科目で社会科で選択した日本史と世界史は日本史が社会科の科目の中で最も平均点が低い科目で世界史は低い方から3番目であるとともに「世にもまれなる奇問」と言われました。もしも、「平均点調整」してもらえたら合格できたのではないかという気もしますがそれはわかりませんが、そういう経緯で慶應大に、正直なところ、行きたくないのに行きました。 ですから、慶應に入学した時点では慶應の入学者の中では入学時においては高校までの学習については上の方だったと思います。 しかし、我が家では、父は「うちは大学院なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」という家庭でした。ですから、ロンドンに留学してロンドン大学で博士号をもらったとかいうようなそういう人を見るとうらやましいとも思えば、正直なところ、蹴っ飛ばしてやりたいくらいの気持ちがしますが、蹴っ飛ばすわけにもいかないでしょうから蹴っ飛ばしません・・・・が、あまりいい気はしません。父は、夏休み・春休みなどになると、「あんたのアルバイトを決めてきた」と言って、父の勤め先の会社の工場にアルバイトに行くことに「決めて」きました。 阪急の駅で、同じ中学校から同じ高校に行って大阪大学の法学部に行った者とあった時、彼が「どこ、行ってきたん?」ときくので、こういう工場でアルバイトしているんだと言うと、「へ〜え、そんなもんやってんのおん」と言い、彼にどこに行ってきたのか尋ねると、「阪大の図書館で法律の本を読んで勉強してきた」ということでした。夏休みに冷房のきいた図書館で法律の本を読んでいた者は卒業して次の年に司法試験に通って弁護士になりました。 そいつが法律の本を読んでいる時に、工場の熱い重いものを持って作業していた者は、司法試験なんか通りません。藤田結子さんにしても、おそらく、私が化粧品屋の工場で乳液の入った鍋を運んだりしていた時、保養所で下男をやって風呂磨きをやったり新聞配達をやったりしていた時に、冷房の入った部屋でお勉強してロンドンに留学してケーオーの先生様からほめていただいたような人なのではないか、大学入学時は私より下の成績だったくせに4年間に私が保養所の下男させられたり化粧品屋の工場で乳液作ったりクリーム運んだりしていた時に冷房のきいた部屋でお勉強して私を抜いた人なのではないかという気がします。そういう人だから、実際の会社の状態がわからんのではないのか? という感じがしてしかたがありませんが、まあ、そのあたりについては決めつけるのは慎みましょう。しかし、この記事の内容は納得いきません。
   そのあたりを、個々に指摘していきましょう。 とりあえず、今回は、ヤフーがつけた冒頭の文章について批判しました。 次回から藤田結子さん自身の文章を個々に批判していきます。

   その前に、筆者はおのれの経歴を隠した覚えはないのだが、ここで少し述べておこう。 筆者も藤田結子さんが卒業したという慶應義塾大学を卒業させてもらった者である。 しかし、筆者は藤田結子さんとはそれ以外の経歴は大きく違うと思う。 まず、生まれが藤田さんは「東京都生まれ」らしいが、私は誇り高き関西人であり、ここしばらくは東京圏に住んでいることを考えると、「東京が日本だ」、「日本とは東京のことだ」と思っている東京もんからすれば、「在日関西人」(!)ということになるであろう。
   私が慶應義塾大学に在籍した時、日吉のある教室の机に書かれていたものだが、
≪ 公立小学校 → 公立中学校 → 公立高校 → 現役京都大学 
 それこそ、最高のエリート。 ≫
と書かれていたのだ。 そうなるはずだったのに・・・、なんで、俺はこんなところにいるんだろう。
「お〜れ〜は、こんな所に いつまでも、いるんじゃないっと♪」と言いたいところだが(⇒《YouTube-加藤登紀子〜時代遅れの酒場 》https://www.youtube.com/watch?v=1JL4iOKXnV0 ) 、もう1年浪人するのも難しいようだし、だからといって、こんな所にいるのは嫌だなあ、特に、内部進学のアホにえらそうにされてからに、気分の悪いこと悪いこと・・・・・と思って書いた者がいたのだろう。
   それを見て、何を言ってやがる。「外部の連中」「外部の者」などというのは、特に公立高校出身の人間なんて、内部進学者の下男・はしため ではないか。 それがわからんのか、と思った内部進学者様がいたようだ。別の字で次のように書かれていた。
≪ 慶應幼稚舎 → 慶應中等部 → 慶應義塾高校 → 慶應義塾大学経済学部 
  これこそ、最高のエリート。 ≫
そう書かれていたのだ。 そう思っている人の大学なのだ、慶應という大学は。 私のように、公立小学校→公立中学校→公立高校→現役京都大学 のタイプの人間は、この大学には、たとえ、何年在籍しても卒業しても、異邦人としての扱いしかない大学だ。 
   少し前に、慶應幼稚舎について取材した記事が何だったか忘れたが週刊誌に出ていて、幼稚舎から慶應に行って大学まで慶應を出た人で、慶應の内部進学の学校に行くと、「どちらの側か」という思考が身についてしまうと述べていた人がいた。 要するに、「最低でも高校から慶應に行った人間が本物の慶大生」という慶應義塾の伝統による思想である。 だから、私なんか「にせもの」なのだ。 えらい悪かったなあ、という感じだが。 小学校から高校までのいずれか1つは慶應の内部進学の学校に行った人間というのが、慶應では「譜代」であり、私みたいな者は「外様」なのである。 それも、私の場合、小学校から高校まで慶應の内部進学でないだけでなく、小学校から高校までいずれも公立であり、小学校から高校まで私立の学校にはいずれも行っていない。 それだけでなく、親戚中どこを探しても、東大・京大・阪大の出身者はいるが慶應出身者はひとりもいない。 まだまだそれだけではない。母の叔父だったかが、テニスができたらしく、慶應大学の体育会テニス部からテニスでスポーツ入学しないかという話をもらったそうだが、叔父の父が、「大学というものは勉強するために行くところだ。 勉強する者が大学に行ってスポーツもするなら悪くはないが、スポーツするために大学に行くならやめろ!」と言って行かさなかったという話があるくらいであり、そのあたり反慶應的思想の家系なのだ。
   そもそも、私が卒業した大阪府立北野高校というのは慶應大学の教授に最も嫌われている高校である。 講義の最中にはっきりと言われた教授もおられた。「北野高校の人というのは、慶應の評価が低いでしょ。国立大学の方がいいと思っているでしょ。だいたい、大阪の人間というのは、全般に国公立の方が私学よりいいと思っているのと違いますか。 大阪の人間というのは、大阪は商人の町なんだから、もっと民間のものを大事にすればいいのに、まったく、大阪の人間というのは、どうかしてるんじゃないでしょうかね」と。 その教授の認識は、やっぱり、東京もんの発想だと思う。大阪の人間はそうは考えない。大阪は商人の町だから、だから「民間のものを大事にするべきだ」ではなく、商人の町だからこそ、なんで、一生懸命勉強した者がカネのかかる私立の学校に行かなきゃならんのだ、一生懸命勉強した者はカネのかからない国公立に行かせてもらっていいはずだ、勉強しなかった者はカネのかかる私立の学校に行くのはしかたがない、もっと勉強しなかった金持ちのバカ息子が裏口入学するのにさらにカネがかかるのもしかたがない。 なんで、小学校から高校まで一生懸命勉強した者がカネのかかる私学に行かなきゃならんのだ! というのが、商人の町 大阪の人間の発想だ。 そこが東京もんには理解できないようだ。
   「北野高校の人間というのは、『なんで、私学だったらいいんですか』なんて言うでしょ。 私学だってことは『いい』ってことじゃないか。 北野高校の人間はこんなこともわからんのかあ! まったく、北野高校の人間というのはアタマどうかしてるんじゃないのかあ!」と絶叫された教授もいらっしゃった。 「なんで、私学だったらいいのですか」と私も言いたい。 大阪府知事だった時の橋下徹が、中学生から「私の家は貧乏なので私立の高校に行けないのですが、どうしたらいいでしょうか」と言われて、「公立の高校に行けばいいじゃないの。どうして、公立の高校に行かないの」と発言したという記事を見たことがあったが、私もこの点については橋下と同感である。 ロシア民謡に「ドビヌーシカ」という歌があり、これを「日本語訳」として「仕事の歌」として歌われるが、「日本語訳」はロシア語の元の歌の歌詞とは歌詞の内容が違っていて「訳」というよりも作詞されたような歌詞である。その「津川主一訳」では、「イギリス人は利巧だから水や火などを使う。 ロシア人は歌を歌う。それは仕事の歌」というくだりがあるが、そんな感じ。〔⇒《YouTube-仕事のうた》https://www.youtube.com/watch?v=6GRUhyhiKjY 〕 金持ちは私学に行く。貧乏人は努力して成績を上げて国公立に行く。それが六稜魂と・・・・と思ってきたのに、何の因果か、慶應大学なんてのに来てしまった。女に酒を飲ませて輪姦するヤツの大学、そういうヤツを「思考が柔軟な慶大生」とか「そういう人間が社会で役に立つんだ」とか言う大学に入学させられてしまった。 北野高校を卒業して京大に行けばいいが、阪大に行くと、大阪の第一学区の二番手高校の豊中高校卒で京大に行くやつが何人かいるのに、自分は北野から阪大かあ・・・という気持ちにならされる。三番手高校の池田高校から阪大に行くやつもいる。せっかく北野高校に行ったのに三番手高校の池田高校のやつなんかと同じ大学に行ってしまったのか・・という気持ちにならされる・・・が、それでも、「北野→京大」と「豊中→京大」なら「北野→京大」の方が学歴は上だし、「北野→阪大」と「池田→阪大」なら「北野→阪大」の方が学歴の評価は上だが、慶應大に行くと、たとえば、二番手高校の豊中高校のすべり止め高校である桃山学院高校や星光学院高校から慶應大に行ったやつとかがいるだけでなく、「北野→慶應大」と「桃山学院→慶應大」なら「桃山学院大→慶應大」の方が慶應義塾においては学歴の評価は上なのだ。「だって、私学なんだからいいに決まってるじゃないか。北野高校の人間はこんな常識がわからないのか。どうかしてるんじゃないか」と慶應の教授先生はおっしゃるのだ。こんな気分の悪い学校行ってられるか、ボケえ! という気になるが、嫌だ嫌だと思いながら結局行かされてしまった。 「天地は広いというが、私にとっては狭くなってしまったのか」(『貧窮問答歌』)、「天は我を見放したあ〜あ」(『八甲田山』)とかいうそんな感じ。〔⇒《YouTube-映画八甲田山予告編 》https://www.youtube.com/watch?v=5qoBSEqgDbQ 〕
   そういえば、「会計学総論」という講義で、黒川なんとかいう「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ!」と講義の最中に教壇で絶叫した助教授先生(慶應中等部→慶應義塾高校→慶應大工学部→慶應大商学部助教授 らしい)もいらっしゃった。 「我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ。わかってのかあ!」と叫ばれたのだ。「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ。中等部から慶應に行っているこのぼくがおまえら外部の者に話してやっているんだぞお。もっと、かしこまって聞きなさい。わかってんのかあ!」と叫ばれた。 いくらなんでも、なんだ、こいつと思ったのだが(なんだ、この「ほとんどビョーキ」はと思ったのだが)、もしも、ファーストベースでもそのへんにあったら、ブラウンみたいに投げてやりたいところだったが〔⇒《YouTube-【ブラウン監督退場!】ベース投げ!ベース埋め! 》https://www.youtube.com/watch?v=QBvG_1qkK-w  〕・・・・残念ながら、ベースはなかったが、気持ちとしてはベースでも投げつけてやりたいくらいだった。 慶應はそういう学校である。 慶應はそういう塾風強姦主義・内部進学独善主義の人間の天下である。 だから、私ら外様の人間にとっては何年行っても、卒業してもそこは異郷の地である。卒業させてもらった学校であるのは事実であるが、同時に、「我々内部進学の者とおまえら外部の者は違うんだあ。わかってんのかあ!」と助教授から怒鳴りつけられた学校であるのも事実である。
   いずれにしても、幼稚舎から大学まで慶應で、父親も祖父も慶応という「ゆりかごから大学まで慶應」(from cradle to tomb) という人で親は大企業の役員とか中程度の会社のオーナー経営者とか保守系政治家とか、あるいは、親が慶應の教授だとかいう人が、いわば、「親藩」・「御三家」みたいなもの。 そこまで行かないが本人が、小学校から高校までの最低1つは慶應の内部学校という人が「譜代」。 小学校から高校まで、いずれも慶応ではないが、小学校から高校まで、最低1つは私立だというような人で親が慶應卒か親戚に何人か慶應卒の人間がいるという人は、いわば、関ケ原の戦いで徳川方についた外様大名のようなもの、加賀の前田、仙台の伊達、あるいは藤堂高虎、黒田長政のようなものだ。 親戚に慶應卒の人間はいないが小学校から高校までで最低1つ以上は私立だという人というのは、関ケ原の戦いで西軍についたが存続を認められた会津の上杉、長州の毛利、薩摩の島津のようなものだ。 それに対して、小学校から高校までいずれも公立、親戚中探し回っても、東大・京大・阪大の出身者は何人かいても慶応卒の人間なんてどこにもいないという私みたいな人間というのは、これは外様も外様、筋金入りの外様であり、いわば、近江佐和山の石田三成か信州上田の真田幸村かというくらいの外様! 
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(↑ 川和二十六 文・富永商太 画『戦国時代 100の大ウソ』2013.4.26.鉄人社 「十勇士は夢幻なれども 徳川家康を死線まで追い詰めた 真田幸村」)
  慶應は「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々内部進学の者はおまえら外部の連中とは違うんだ。わかってんのかあ!」と講義の最中に教壇で絶叫する人が教授・助教授をやっている大学であると言うのは事実である。 そして、公立高校出身の人間というのはドジンだと認識しており、ドジンは強姦してもいいと認識している連中の大学である。これは事実であり疑いの余地なんかない。
  但し、内部進学の人の名誉のために言っておくと、そういう認識の内部進学の人は多いが、卒業して慶應の縁で、内部進学の人で大学卒業後一般の会社に勤めてきたという人と話をさせていただく機会もあったのだが、そういう人の場合、必ずしもそういう独善主義の認識、公立高校出身者はドジンでありドジンは強姦してもいいという認識の人ばかりということではなく、中にはそうではない人もおられるようだ。 大学にいて、内部進学の教授を見ると、「ほとんどビョーキ!」て感じがするが、「ゆりかごから大学まで慶應」であるだけでなく「ゆりかごから墓場まで慶應」の人というのは、「アタマが慶應」になってしまっているが、大学卒業後、一般の会社に勤めて苦労もすれば努力もした人の場合は必ずしもそうではないようだ。
   私の場合は、慶應という大学には入学する時点ですでに「譜代」にはなれない経歴がそれまでにあったわけだ。 これは努力してもどうなるものでもない。 藤田結子さんは「東京都生まれ」と「慶應義塾大学卒」の2つは書かれているがそれ以外の経歴は書かれていない。インターネットで検索しても、慶應大文学部を卒業した後の経歴は書かれていても、それまでは書かれていない。 「中等部から慶應に行ってるんだぞお」なのか「どこかの私立女子大の附属高校あたり卒」なのか。掲載されている写真の顔から判断すると、必ずしも慶應女子高顔でもないので、どこかの私立女子大の付属高校卒なのかもしれないが、どこを探しても慶応大入学前の経歴は出てこないということは、あんまり言いたくない内容なのかもしれない。どっちにしても、私なんぞは、「うちは大学院なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「うちは学校の先生になんかならせるような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「会社のために犠牲になる。とってちってたあ〜あ」と毎日毎日耳鳴りがするくらいに言われてきた家庭だったから、そういう家の者としては、イギリスだのアメリカ合衆国だのに留学させてもらって博士号だの取らせてもらったとかいう経歴を見ると、「ええなあ、うらやましいなあ。 ほんまにええなあ。わしぁ、日陰の月見草やあ」とでも言いたくなるところであり、少なくとも、私なんかより「ひまわり」の人生を送ってきた人のようであり、月見草としては、「長嶋みたいなヤツ!」という印象を受ける。
   次回から、その「長嶋みたいなヤツ」がどれだけいいかげんなことを述べているか、検証する・・・・が、「わしぁ、び〜んぼうやからな」ということで、このブログばかりやっているわけにもいかないので、少し後になるかもしれない。 毎日新聞に、この藤田結子さんの文章はひどすぎると思うので、私が批判したものについて藤田さんから返答いただけないかと電話をして述べたところ、毎日新聞のホームページの「お問い合わせ」という欄に記載して送信してもらいたいと言われたので、記載して送信したが、どういう返答が来るのか来ないのかはわからない。 その返答が来るより前に私の批判を先に掲載したいと思ったが、なにしろ、「わしぁ、び〜んぼうやからな」ということで、ブログの入力ばかりやっているわけにもいかないので、順序がどうなるかはわからない。

   慶應の三田キャンパスがある三田、最寄駅としてはJRの「田町」、都営浅草線・三田線の「三田」には、なぜか女子大と女子高が多くあるのだが、慶應義塾大学に在学中、慶應大のある女子学生が言うには、「慶應仲通り」という「田町」「三田」駅から慶應大学の方に向かう両側に商店が並ぶ小道で、女子学生が歩いているのを見て、途中、右に曲がると戸板短大があり、左に行くと慶應大があるという所で、

(↑ たぶん、この場所を言っているのだと思う。)
どっちに行くかは雰囲気でわかるというのだ。 私はそこまで観察したことはなかったし、そもそも慶應の女なんてのはマルコム=Xにとっての白人の女のようなものだったし、私が高校を卒業する年、東大を落ちたところ、父から「高校は義務教育じゃないのに、おまえが高校に行ったのは余計じゃ」と耳鳴りがするくらいに言われたもので、大阪府では一番の公立高校に行ったのになぜそんなことを言われなければならないのかとも思ったが、その基準からすれば私立の短大なんか行くようなやつは「義務教育であろうがなかろうが中学校行ったのは余計じゃ」ということになると思っていたので、どっちにも関心はなかった。高校生については、慶應女子高の生徒というのは、いったいどうすればここまでかわいくない女が育つのだろうかと不思議に思ったものだった。普通、高校生くらいの女の子というのは、もうちょっとかわいらしいものじゃないかと思うのだが、慶應女子高の女というのは天までにくたらしい地の底までかわいくない。最近は女子高生の制服のスカート丈がずいぶん短くなったものだが、私が高校生や大学生の頃は「膝下まで」が普通で、慶應女子高だけが「膝上まで」でハイソックスが制服だったのだが、慶應女子高の生徒のおかげで、男性にとって女性に魅力を感じるか否かはスカート丈は関係ないことを理解した。短いスカートはいてもかわいくないヤツはかわいくないのだ。
  なんか、藤田結子さんのインターネット上の写真を見ると、その類ではないかという印象を受けてしまってしかたがないが・・・・・、そう思う男がいるかと思って、慶應大入学より前の経歴を公開しないのかもしれない・・・・が、問題は藤田さんがどういう経歴かよりも、毎日新聞のインターネット上の記事で述べている内容の方である。 それを次回から検証していく。 嫌でなかったら見てくれ。
   (2016.12.22.) 

☆ 藤田結子「働く母親は上司や同僚にいつまで謝りつづけるのか」の間違い
1. 〔今回〕
2.子持女は未婚者より忙しいという認識はおかしい http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_6.html
3.他の従業員に世話になり周囲に負担をかける者がなぜ謝るのを嫌がるのか。 慶應タイプと非慶應タイプ http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_7.html
4.「働く母親」と言いたいなら、とりあえず、働けよお! http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_8.html
5. 「次世代を担う子供を育てるのは社会に貢献している」という傲慢 http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_9.html
6. 世話になって「すいません」と言うのに「ストレス」感じるというのはおかしい。 職場の周囲の従業員に迷惑をかけるのなら女の方の職場だけでなくオットの職場の従業員にも均等にかけるべきであろう。http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_10.html
7. 未婚者は既婚者より忙しい。 不良企業から寄付をもらう慶應法学部卒 鈴木康友。http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_11.html
8.「晩婚」「非婚」は好んでなっているのではない。「子供」の負担を自分がせずに妻の職場の同僚の男性に負担させようとする非常識男 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_2.html
9. 「女」に甘い会長、「社会貢献」したがる社長に苛められる男性社員。 変な「上司」は男性とは限らない。変な「上司」に困らされるのは女性とは限らない。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_3.html
10.女性誰もが謝っているのではない。育児の分担はまずオットがするべきこと。http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_4.html
11.「子供」を名分に休む人間、先に帰る人間は、実際には子供が理由でない場合がある http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_5.html
12.冒頭に赤ん坊写真を大きく掲載する記事と子供写真だらけの年賀状を送る親に見られる未熟と傲慢 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_7.html 


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藤田結子「働く母親は上司や同僚にいつまで謝り続けるのか」(毎日)の間違い[1]及、慶應の内部と外部 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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