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zoom RSS 痛風になると思いだす事【下】病人に贅沢すんなと寄ってくる男を注意しない会社。お飾り社長は独立自尊か

<<   作成日時 : 2016/11/05 20:30   >>

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[第473回]「痛風になると思いだすこと」【上】http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_1.html の続きです。 ぜひ、【上】とともにお読みください。

   そのうち、(株)一条工務店では、「新卒入社で入った人間は大事にしなければいけない」などと言い出すようになった。 なぜ、「新卒入社で入った人間は」なのか?  「同一労働 同一賃金の原則」として、同じ仕事をする以上、新卒入社で入ろうが中途入社ではいろうが差別するべきではないはずであるが、なぜ、そのようなことを言うのか!?!?
    さらに、そのうち、三和総合研究所(三和総研)が、中途入社の人間を「キャリア社員」と呼び、新卒入社の人間を「プロパー社員」と呼んで差別してくださいと提言したと言って、はっきりと区別するようにしだした。 これはおかしい。 そもそも、私は「キャリア社員」などと呼ばれて、新卒社員と差別されるような職種に応募して入社したのではないし、これでは労働契約違反ということになる。 又、三和総合研究所がやっていることは「他社に対する干渉」であり、ビジネス社会において慎むべきこと、もっと俗な表現で言うならば、「大きなお世話」というものである。 私は、1991年に(株)一条工務店に応募した際、求人広告が出ていた住宅建築業の会社は他にもあったが、ミサワホーム・パナホームなどは、「ディーラー制」で、営業社員として募集している場合、クルマ屋のディーラーと同じで、各地域で運営している会社の一線の営業社員の募集であり、その会社の総合職社員の募集ではないのに対し、(株)一条工務店の場合、ミサワホームやパナホームよりも小さい会社であっても、自社で営業をやっている会社であり、私は5年も10年も一線の営業をやるつもりはなかったし、私を5年も10年も一線の営業で使うバカな会社はないだろうと思い、何年か営業の経験を積めば、その後、マーケティング・商品開発、あるいは、海外との取引を扱う部署、人事総務関係、法務部などといった部署などそういった中枢的機能で使用しようということになると考え、中枢的機能の会社と一線の営業の会社が別の会社になっているミサワホームやパナホームは対象外として避けて、(株)一条工務店はその時点では小さい会社ではあるが、全国に広めつつある会社なので、全国企業にしていこうと思えば、これまでは浜松地域の「学歴」としては高卒くらいの人、社長の親戚・友人を中心として運営できても、これからはそうはいかないはずで、私のように、慶應義塾大学の商学部を卒業したが、「(商学部+法学部+哲学・心理学)÷3」のような学び方をして卒業した人間で、高校卒業まで理系科目も文系科目と同程度に学んできた理系科目にしても、(株)一条工務店に「(5流大学の)建築学科卒」だと称して入社してきた連中などよりはるかに学んできたはるかに実力がある人間は必要とされるはずであり、そういった人間なら、その時点の(株)一条工務店にとって貴重であったはずであり、又、慶應あたりの出身者を簡単に採用できない会社にとっては、その当時の私のように30過ぎたくらいの年齢の人間は採用して活用したい、活用すべき人間のはずで、そう考えるから中枢的機能の会社と一線の営業の会社が別の会社になっているミサワホームやパナホームなどの募集には検討対象外と考えて応募せず、自社で営業をおこなっている(株)一条工務店の営業の募集に応募したのです。 「キャリア社員」「プロパー社員」などと分けられて、「キャリア社員」は一線の営業をいつまでもやってなさいということなら、それでは、ディーラー制の会社以下であり、そういった扱いにされる筋合いはないし、ましてや、それを、社外の存在である三和総合研究所などという者にされる筋合いはさらさらありません。

   又、(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、同業他社の経験がある人間を目の仇にしていますが、これもおかしいのです。かつては、他社の人間であっても、採用して入社した以上は自分の会社の従業員であり、目の仇にするのは筋違い(すじちがい)です。むしろ、他社から見た視点、自社から見た視点とは異なる視点も知っている者は活用するべきであり、(株)一条工務店中心の天動説思考を絶対とする思考は改めるべきものです。自社もまたいくつかある会社の中の1社であるという地動説の思考、客観的に見た思考がなぜできないのか。 《「中卒」「高卒」の経営者の考えることは「その程度」》ということなのか? 「やっぱり、おたくは浜松ねえ」ということなのか?
〔「やっぱり、おたくは浜松ねえ」と言うと、(株)一条工務店の経営者は怒るのだが、これは私が言った文句ではない。私が、(株)一条工務店の東京展示場で来場客から言われた文句であって、私の方が言った文句ではない。 怒るのなら、言われた人間に怒るのではなく、言った来場客の所に行って怒ったらどうなのだ! 「『やっぱり浜松ねえ』とはなんだあ! 浜松でよければ、どこでだっていいに決まってんだあ! こんなこともわからんのかあ〜あ!」と追いかけていって怒鳴りつけたらどうだ? この人、頭おかしいのと違う〜う? 危ない人は相手にしない方がいいよ、相手にしないでおこ、関わらない方がいいわ・・・と思われることだろう・・と言うと、(株)一条工務店の経営者は怒るのだが、怒りたければ好きに怒ればいいが、しかし、「それでも地球はまわっている」。 〕

   その後、三和銀行は新聞で大きくとりあげられる問題を起こしたはずだが、よその会社のことに余計な口出しするよりも、もっと、おのれのことをきっちりせい! というものであろう。 よそのことに余計な口出ししてるから、自分のところがだめになるんだろうが、東海銀行と合併してUFJ銀行とかわけのわからん名前の銀行にして、そのうち、さらに、東京銀行・三菱銀行と合併して三菱東京UFJ銀行になったが、結局のところ、三菱銀行に吸収されたのと違うのか? よそに余計な口出ししてるから、おのれがだめになるのだろうが、このバカどもが! というところであろう。
   なぜ、「新卒入社の人間は大事にしなければいけない」のかというと、中途入社の人間は、入社してからいいかげんな扱いにして辞めさせても、その人間限りのことでその話が伝われないのに対して、新卒入社の人間は大事に大事にしてやらないと、辞めた後、卒業した学校にその話をするため、それからの採用が難しくなるので、それで、「新卒入社の人間は大事にしなければいけない。 それに対して、中途入社の人間は、簡単にやめさせても、別に、話は広がらないから、だから、中途入社の人間は、求人広告の費用はいくらでも使って、どんどん採って、片っ端から辞めさせろ」と浜松市長の鈴木康友が称賛した大澄賢二郎が言ったというのだ。 たとえ、話が広まらなくても、「どんどん採って片っ端から辞めさせろ」というのは、それは、まず、法的には「解雇権の濫用」と評価されるものであり、そういうことをやってきた男が浜松市に300億円の寄付をするといえば、市長としてヨイショする鈴木康友という男も、法学部卒とはいえ慶應の法学部は昔から不定冠詞の「a」がつくと言われるように「ア法学部」卒なのかなあ、やっぱり慶應の出身だけあって、福沢諭吉が言うところの「痩我慢の説」などという精神はみじんも持っていない人間なのだなあという印象を受ける。
   で、大澄賢二郎は「新卒入社の人間はいいかげんな扱いをすると卒業した高校に情報が伝わるから粗末にしてはいかんが中途入社の人間はどんなにしてもいい」と言ったそうで、実際、(株)一条工務店はそういう対応を従業員にとってきたので、実際にそうであるのかどうか、とりあえず、ここでそのあたりについていくらか公開しておくことにする。


   (株)一条工務店の経営者は「こんなことしていたら、しまいに刺されるぞ」と思ったが、この場合、「刺される」というのは、私が刺すということではなく、私は(株)一条工務店の経営者みたいなしょーもないヤツを刺して刑務所に入るのは嫌だからやらないが、こんなことしていたら、いずれ、誰か、許せん、どうなってもかまわんから刺し殺してやる!という気持ちになる人間が出て来るぞ! という意味である。もし、そういう人間が出てきても、少なくない人間は、刺し殺した人間の方が悪いのではなく、殺された人間の方がよほど悪いと思うだろうと思えた。 ところが、その後、1996年の夏、(株)一条工務店の社長 大澄賢二郎の息子で(株)日信という関連会社の社長に名前だけなっていたらしい(「名前だけなっていた」というのは、仕事はしていなかったという意味で、確認はできないが、給料は当然のように盗っていたであろう)大澄隆史が、その時に住んでいた東京からクルマで高速道路をぶっとばして浜松まで行き、同棲していたこともある女性を刺し殺してとんぼ返りして東京まで戻るということがあり、逃げてしらばっくれたものの、高速道路の出入り口にあるカメラで撮影されていて逮捕され有罪となって刑務所に入ったという事件が発生した。 「そのうち刺されるぞ」と思っていたら、逆に刺して刑務所に入りやがった。 へえ〜え・・・、そういうこともあるのかと、感心したというのかなんというのか、こんなことしていたら、絶対なんかあるぞとは思っていたが、なんかあった。 但し、刺されてもおかしくない側の人間が刺しやがった。 (株)一条工務店の社長の大澄賢二郎は「男っちゅうもんは、何かあった時は、おのれの腕でやりあって勝負つけるもんじゃあ」とか言っていたらしく、それを「梁山泊の精神」と呼んでいたそうだが、息子はまさしくその「梁山泊の精神」を発揮したわけだ。

    1993年の秋、台風で道路がそれまで経験したことがない冠水をし、新聞では川まで流されそのまま海まで行って命を落としたという人も出たという時に、冠水した道を自動車のタイヤの半分より上まで水につかって命からがら、展示場までたどり着いた時、もう少しで展示場だという所で、公衆電話から電話を入れて、「比較的近くまでなんとか来ましたが・・・」と電話をした時、電話に出て、「何やってんだあ! さっさと来い! 何をもたもたしてんだあ! バスはどうやってでも来るんだあ! さっさと来い!」と怒鳴りつけたのは、1997年に私が痛風になった時、その時点では他の展示場にいたのに、わざわざやってきて、わざわざ寄って来て「贅沢すんな、贅沢すんな」と言ってきたアルツハイマーのS藤だった。 アルツハイマーの人というのは何やっても良いのか? アルツハイマーの人というのは何を言ってもよいのか?  そして、常磐交通のバスは当然のように来なかったし、(株)一条工務店の従業員では、最初から出勤しない人の方が多かったし所長のKさんも出てこなかったようだが。後から知ったことだが、S藤さんはなぜ、展示場に来ることができたのかというと、実は、Sさんはいわき市平尼子町にあったJTいわきハウジングパーク(その後、その場所の総合住宅展示場はなくなり、スーパーの「マルト」ができたが)のはす向かいにあるアパートに住んでいて、S藤さんの自動車は自分で駐車場を借りずに、総合住宅展示場の駐車場を車庫代わりに使用し、アパートから総合住宅展示場までは歩いて5分もかからないというより3分もかからないわけであって、歩いてきていたのだ。 だから、総合住宅展示場からS藤さんの住んでいたアパートまでの3分とかからない部分だけはまったく冠水もしていなかったので、S藤さんは楽楽と出勤できたのだ。 だから、命からがらやっとたどりついた人間に向かって、「何やってんだ。さっさと来い! 何をもたもたしてんだ!」と怒鳴りつけることができたのだ。 「アルツハイマーだからしかたないね」と言う人がいたのだが、アルツハイマーの人間というのは何をやっても認められて当然、アルツハイマーの人間は何を言っても許されて当然と本人は確信していたようだが、そうか? アルツハイマーの人間は何を言っても良いのか???
    会社として、そういう発言をした人には、「S藤さん、『すいません』か『ごめん』『申し訳ない』くらい言うものと違いますか」とでも言って教えるべきではないかと思うのだが、絶対に言わない会社だった。

    そして、(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、その「大事にする」という意味を取り違えている。 1990年代の半ば過ぎくらいだが、いわき市では、いわき市平尼子町(たいら あまこまち)にあった総合住宅展示場に2展示場と、いわき市鹿島の総合住宅展示場に2展示場の計4展示場を出していたが、契約後、図面を決定した後におこなう「仕様打ち合わせ」(「色合わせ」)はどの展示場の営業が担当した契約客でもいわき市鹿島にあった片方の展示場でおこなっていたのだが、朝から始めた「仕様打ち合わせ」の途中くらいから雨が激しく降ってきて、仕様打合せが終わった時点では、いわき市鹿島の展示場の後ろの道は冠水しており、展示場から総合住宅展示場の従業員用駐車場まで足をぬらさずに歩いていくのは困難な状態だった。但し、冠水していた部分は周囲より低くなっていた所で、従業員用駐車場から出る道は別にあったので、従業員用駐車場から出ることは可能だった。 しかし、展示場のすぐ脇の道が冠水している、それも相当の深さで冠水しているということは、いわき市内の少なくない箇所で冠水している可能性が考えられる。 大阪で生まれ育ち、東京の大学に行き、東京圏で勤めた私が、いわき市に行って感じたことだが、福島県は、福島第一原発の事故さえなければ自然環境は東京や大阪よりずっといい所で、高村光太郎の『智恵子抄』に「智恵子は東京には空がないと言う。安達太良山の上に広がっているのが本当の空だと言う」というくだりがあるが、実際、福島県の空はきれいなあと思ったし、これが本当の空だとすると、東京の空は空じゃないのではないかとも思ったのだが、「自然が残っている」のはいいことばかりではなく、東京あたりでは「川沿いの道」にはたいてい柵があるのに対し、福島県では「単に堤防の上を通れるようにしているだけ」の道がけっこうあり、東京や大阪に比べれば、特に登山とかしなくても、日常生活が自然の中でのザバイバルというと大袈裟かもしれないが、そんな感じであり、東京や大阪なら特別の所に行かなければ命にかかわることはそれほどないだろうというくらいの天候不順でも、福島県においては自己責任で判断しておのれを守らないといけないところがあった。 ということは、1993年の秋に台風の時に冠水した道路につっこんでなんとか山手の方(具体的には、いわき市草木台の方)に行く道に曲がることができて命は助かったとしても、同じようなことをして海まで流されて死んだ人もいわき市にあったと新聞記事に出ていたように、そういう人だってあったわけで、そういう時に「愛社精神」を発揮して冠水した道に突っ込んだりしてはいけないということだ。 会社によっては、会社の方から「きょうは休業にしますから、自宅にて退避するか必要なら避難してください」と通知する会社もあると思うが、(株)一条工務店という会社はそんなことする会社じゃないので、自分で自分を守らないといけないということだ。
    ところが、だ。 「仕様打ち合わせ」の途中から天候が相当悪くなってきたが、途中でやめるわけにもいかず、なんとか終えて、契約客には「どうぞ、気をつけて帰ってください」と言って帰ってもらったものの、予想は甘かったようで、仕様打ち合わせを終えた時点で、展示場の裏手の道はすでに冠水していた。それも、相当の深さで。 それで、仕様打ち合わせでおこなった内容の整理を最低限におこなった後、さて、どういう経路で自宅まで帰るかと考えていたところに、浜松の本社から若造が電話してきた。 何と言ったかと思いますか?
    「今、いわき市の勿来のあたりの◇◇さんというお宅の建築現場でシートが風でめくれそうだと電話を本社にもらったのですが、工事担当の人か営業担当の人、見に行ってもらえますか」と。 それで、「本日は日曜日でございまして、工事担当はお休みです」と教えて差し上げました。すると、「それでは営業担当の人」と言うので、「こちらは、今、台風が接近して大雨で道が冠水しておりまして、そのお客様の営業担当はすでに自宅に帰っております」と言いましたところ、「そうですか。それなら、あなたが行ってください」と。 そう言ったのです。浜松の本社から電話してきたアホの「プロパー社員」とかの若造は。又、「あなた行ってください」とかは先輩社員に対する口のきき方でもないと思うがな。
    それで、さらに教えて差し上げました。「こちらは、ただ今、避難命令が出ておりまして、展示場の周囲の道も冠水して通れない所が出ております。 私も、今からなんとか自宅に帰ろうと考えていたところですが、はたして、無事に自宅までたどりつける道があるかどうかわからない状態なのです。 今、お電話いただいているいわき市鹿島の展示場から勿来までは相当の距離がございます。 いわき市は日本で一番面積が広い市でありまして(その当時において。 今現在は、その後の「平成の大合併」により、清水市と合併したもともといわき市の次に面積が広かった静岡市とか山の上にある秋葉神社のあたりまで合併して「政令都市」になり「大都会」だと主張するようになった大浜松市とか高山市とかに抜かれて日本一ではなくなったが、それでも、大阪府・香川県の3分の2、東京都23区と同じくらいの面積がある)、お話しになっております勿来のあたりまでは相当の距離がございます。 ここから勿来まで自動車で無事にたどりつけるという保証はございません。もしも、その工事現場の営業担当が、危険であると判断して自宅に帰っておりますのに、担当でない私が勿来まで行こうとして命を落としたとして、あなたは責任を取って下さるのでしょうか。 どのように責任をとられますか。 取れないのと違いますか。 誠に申し訳ありませんが、それはお断りさせていただくしかございません」とお話したところ、「そうですか・・・。それなら・・・、まあ、いいです・・・・」と不満そうに電話を切りました。「シートがめくれそう」だのと、そんなレベルじゃないんだよ! こっちは。 まったく、つくづくこの浜松人間の現状を知らない・現場を知らない傍若無人「アタマが浜松」はどうしようもない。「空の広さは浜松の広さと同じだ」と認識している遠州人には「空の天候も日本全国浜松の天候と同じだ」とか思えたのかもしれない。 (株)一条工務店の浜松にいた20代30代の人間を見て思ったことだが、大隈重信は早稲田大学を創設する時、佐賀県の出身の大熊重信が東京に作ったというのは、佐賀県など「地方」の若者はずっとその「地方」にいてはだめだ、若い時に一度は東京なり関西なりに行って過ごす経験を持たないと、生まれてからずっと自分が生まれた場所で生活しつづけたのでは思考が狭い人間になってしまう、と考えて、それで、「地方」の人間が東京で学べる大学として早稲田大学を創設したという話がある。一方で、東大にでも行くなら下宿代を出して遠くの学校に行かせるというのもわかるが、しょーもない私立大学しか行かないのなら地元の学校でも行かせてもらえれば御の字だろうがという考え方、地元に国立大学があるのに何もカネかけて遠くの私立大学に行く必要ないだろうがという考え方もあるのだが、どちらが正しいかというより両方の面があると思うが、(株)一条工務店の浜松の本社にいた若造の態度を見ると、大隈重信の認識は間違っていないなと思った。 
  

    その時点で社長だった大澄賢二郎は、息子の隆史が人を刺し殺して週刊誌やスポーツ新聞などに相当書かれたことから、名目上、「社長を辞任した」はずだが、そのわりには、浜松に防潮堤を築くために寄付したいという提言をしたとニュースに出てきた。 原理原則を基に話をするならば、大澄賢二郎は(株)一条工務店の社長でも専務でも会長でもないはずであり、そういう所で出てきて発言するのはおかしいのだ。社長を辞任するといっても、どうせ、名目上だということは最初からわかっていることだし、その後も、会社に出てきて、「〇月◇日までに〇〇棟は売ってもらわなくては困る」とか、社長でも何でもない人が、大株主だということで発言したりしていたらしいが、そもそも、株主というものは、取締役会に対して命令することはできるわけで、代表取締役は取締役会を代表してその命令をきかないといけないが、一般従業員は職制を通じて、代表取締役からの命令をきく必要はあっても、株主であっても社長でも何でもない人に「〇月◇日までに〇〇棟は売ってもらわないと困る」などと言われる筋合いはないし、大株主と言えども言ってはならない。 私が大企業の株を1単位株持っていたとしたなら、株主総会で投票はできるが、その会社に出向いて行って、そこの従業員に、「・・・・は〜としてもらわないと困る」と命令できるかというと、その内容がどれだけ適切な内容であっても、そういう命令はできない。1単位株・2単位株ではなく大株主ならできるのか、過半数の株を所有している株主ならできるのかというと、それもできないし、やってはならない。 大株主であろうが、株主が命じることができるのは取締役会に対してであって、個々の従業員に直接命令するようなことはできないし、やってはならない。もしも、そういう発言をしたならば、その発言は「秩序を乱す」と評価される発言になるはずであるが、大澄賢二郎はその「秩序を乱す」行為を継続的におこなってきたようだ。 それで、だ。 普通に考えて思うことだが、どうせ、「社長を辞任した」と言っても名目上だけというのはわかりきっているのだから、それなら、それで、会長か相談役か何かそういものになればいいと思うのだ。それをならない。 それなら、そうおかしなことではない。 「息子のことで頭がいっぱいになって、社長を勤め続ける自信を失った」とでも言えば、もしかすると、「ちょっとだけ」同情を買えるかもしれない。「かも」だけれども。 ところが、会長でも相談役でもない人が、なんで、防潮堤の費用として「お世話になった」浜松に寄付したいなどと言い出すのだ??? そういうことを言うなら、せめて、「影武者」の社長に言わせたらどうなんだ?!?
    影武者の役まで取られたのでは影武者もやることなくなって困ってしまうのではないかとも思うが、この会社で一線の仕事をして努力してきた経験なんかまったくないのに、突然、どこかから引っ張って来られて社長に据えられたらしい、慶應義塾大学卒だという宮地 剛さんなる方もどう思ってんだろね・・・・。(「(株)一条工務店 会社概要」http://www.ichijo.co.jp/corporate/outline/index.html ) 『味いちもんめ』という板前を扱った漫画に、新宿の「藤村」という料理屋で修行中だった板前が息子がいない魚河岸の仲卸の社長から婿に来てもらいたいと言われ、思案した末、「養殖ハマチにはなりとうない」と言って、与えられたエサを食って生きるのではなく、たとえ、どんなに苦労しても自分自身で努力して生きていきたいと、せっかくの話を断るという話が出てきたが、別にそういう話を絶対に断らないといけないということはなく、その人の判断で受けたって悪いことはないとは思うし、『味いちもんめ』に出ていた話では、仲卸の社長だって「与えられたエサ食って生きる養殖ハマチ」みたいな男を婿に欲しいと考えたのではなく、この男なら自分の会社を継いでやっていってくれるだろうと見込んで話をしたというものなのだが、まがりなりにもある程度以上の評価の大学を卒業した人間なら、「養殖ハマチ」みたいに、おのれはなあんもせんでも、社長にまつりあげてもらって名前だけ出しておれば社長の給料もらえる、そのかわり、社長らしいことはするなというのは、あんまりうれしくないものだと思うのだが、宮地さんという方は、直接お会いしたことはないのだが、どう思っているのだろうね。福沢諭吉が言うところの「独立自尊」とはだいぶ違うような感じがするが。 大澄賢二郎が好きだという『水滸伝』では、主人公的存在の宋江(そうこう)という男が、どうも、トップの役職になりたがらない人間で、晁蓋(ちょうがい)を「首領」に据えながら実権を握り、晁蓋が死亡した後は、おのれが首領になろうとせず、わざわざ、外から盧 俊義(ろ しゅんぎ)なる男を引っ張って来て「首領」につけようとするという、なんか、正々堂々としてないというのかみみっちいというのかなところがある男なのだが、大澄賢二郎がやることというのはそれと似ている。
   浜松市長の鈴木康友にしても、社長でもない相手・代表取締役でもない相手と300億円の寄付の話をするというのはおかしいはずなのだ。 その男は社長でも会長でも代表取締役でもヒラ取でもないはずなのだ。おかしいと思わないのか??? 法学部卒だという鈴木康友さん。

   ちなみに、私が入社した1990年代の前半は、大澄賢二郎の義理の弟で「次長」という肩書でそのうち「常務取締役 営業本部長」になった天野隆夫と、企画部 課長だかで後に「総務部長」になった天野雅弘と「天野」が2人いて、厳密には役職はないにもかかわらず「総務の責任者」だった天野隆夫の嫁はんの天野順子と3人だが男の天野は2人だったので、天野雅弘の方がハゲだったことから、「ハゲ天野」と「ハゲ天野でない方の天野」と従業員の間では言われていた・・・が、「ハゲ天野」はそのうち年齢が頭髪に追いついてきてしまった。同様に、(株)一条工務店の社長であった大澄賢二郎には、息子が二人いて、「クルマを燃やした息子」「クルマを燃やした息子でない方の息子」の2人だと従業員の間では言われていた。
   「クルマを燃やした」とはどういう意味かというと、「アッタマきた」とかいって油かけて燃やしたということではなく、普通に道を走っていたら燃え上がったというのだ。 普通に道を走っていら燃え上がるようなクルマって、いったい、どんな安物に乗っていたのかというと、「フェラーリ テスタロッサ」というイタリアの自動車に日本で乗っていたそうだ。従業員の給料はへつりにへつっても、バカ息子には「フェラーリ テスタロッサ」などというクルマに乗せたらしい。どうかしてんじゃないのか・・・。
   「フェラーリ  テスタロッサ」というのは安物なのかというと、安物ではないはずなのだが、逆にそういうクルマというのは、日本で日本の道を普通に走ろうとすると難しかったりするらしい。 日本の道を普通に走るなら、カローラとかサニーとかの方がよっぽど運転しやすいらしい。それを、おのれがそんなクルマを買えるだけのそれだけのカネを稼いだわけでもない息子に買って運転させたら、天罰が当たったのか、運転中に火を噴いて燃えたそうだ。 その「クルマを燃やした息子」と「クルマを燃やした息子」でない息子でない方の息子がいたわけだ。
   さらにその後、1996年、もうすぐ消費税があがる、今がかき入れ時、今、契約を取らないと、消費税が上がった直後は契約をとりにくいという状況で、日本国中で従業員が必死こいて働いているまさにその時、東京からわざわざクルマをぶっとばして浜松まで行って、『水滸伝』の宋江よろしく、刃物で女を刺し殺して官憲に追われ逃げた男というのが、大澄賢二郎の息子の大澄隆史だった。 そして、週刊誌やらスポーツ新聞やらに書かれまくって営業妨害してくれたわけだ。 ご苦労さん。 どっちがご苦労かというと、一般的には、人を殺したヤツの方ではなく、そいつに営業妨害される従業員の方でしょうね。
   それ以来、従業員の間では、「人を刺し殺した方の息子」「人を刺し殺した方の息子でない方の息子」という分類がされるようになった。
   そこで、よくわからないのは、「人を刺し殺した息子」と「人を刺し殺した息子でない方の息子」と、「クルマを燃やした息子」と「クルマを燃やした息子でない方の息子」はどう対応するのかである。 「人を刺し殺した息子」が「クルマを燃やした息子」でもあるのか、それとも、「人を刺し殺した息子」は「クルマを燃やした息子でない方の息子」で、「クルマを燃やした息子」は「人を刺し殺した息子でない方の息子」なのか。
   どっちなのかよくわからんが、そのどっちかが、今、監査役になっているようだ。 一線の営業とかの仕事は経験することもなしに。 まあ、たとえ、営業の仕事に一時的につくことがあったとしても、どうせ、「経験した」という記録を作るために、「特別扱いの営業」をやるだけのことで、そんな「特別扱いの営業」の経験など、かえって害があるかもしれないくらいだが。

   「(株)一条工務店の営業は、その展示場による条件の違いが甚だしい」ということは、ある程度在籍した人間で、ある程度以上良心的な人間は理解していることだった。だから、 「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と自称していた人たちというのは、その多くが「条件の良い営業所で得してきた連中」「条件の良い営業所で甘い汁すってきた連中」と重なっていた。  ということは、「条件の悪い展示場、条件が悪い地域の人間がどれだけ苦労して営業活動をしているか、ちっともわかっていない連中」ともかなりの程度重なっていた。 「ちっともわかってない」ことはない人間もいたが、それらの人間には「経営者の主張で多くの従業員がそれは受け入れがたいと思うようなことに「それは少々無理があるのではないでしょうか」と指摘する従業員がいると、「いや、これは・・・だから」と率先して使用者側の主張に賛意を表明して従業員を裏切り自分だけ優遇してもらおうとする人間のカス(イヌ)」(1993年に名古屋の八事営業所から千葉県松戸営業所に転勤してきて、「こんなやりやすい所はない。ここなら、浜松や名古屋の最低でも倍は取れる」と暴言を吐き、その結果、おのれは8カ月ほど松戸営業所(展示場)に在籍して1棟も取れなかった、そして、習志野営業所(展示場)に昇進して移動したM下〔(株)一条工務店では8カ月ほど契約ゼロだと昇進する人がいるのだ!〕。 生産事業部〔工場部門〕の石○などは典型的。他に I 香とか。)である場合が少なくなかった、というのは当然推測できるであろうが、実際そうであった。

   そういう状況において、(株)一条工務店の経営者一族は、少しでも営業成績が上がらない営業には、「赤字社員」と罵ってきた。実際にそれを言う役は、「ハゲ天野」と「ハゲ天野でない方の天野」のうちの「ハゲ天野」の方で、その指示に従って各展示場にFAXを流していたのは、本社にいる西尾の嫁になったなんとかいう女だった。 しかし、どっちが「赤字社員」だろうか。 今、契約をとらないと消費税が上がった後では契約は取りにくくなるのは明らか。今、取らずにいつ取るんだ! と全国の営業が必死こいて働いている最中に、関連会社の社長になっていたらしいのに東京からクルマで高速道路ぶっとばして女を刺し殺しに行くヤツ! そのクルマも、(株)日信という(株)一条工務店の関連会社の社長に名目上なっていたといっても、実際には仕事してないのであって、実質、親から買ってもらったクルマのはずであり、親のカネというのは、要するに、(株)一条工務店の従業員から「搾取」したカネではないか。(株)一条工務店などという会社に勤めると、カール=マルクスの「搾取説」というのは、まさしく、実感として感じることができる! バカ息子が女を殺しに高速道路ぶっとばしていったそのクルマのカネはどこから出ていたのかというと、(株)一条工務店の従業員が「搾取」されたカネからでていたということだ!!! 違うというなら、どう違うのか言ってみやがれ!  契約があがらないという人でも、この人は真面目に働く気がないよという人もいたけれども、そうでない人の方が多かったと思う。この人は必死で契約をあげようと努力しているのだから、これだけ、努力している人なら遅からず成果はでると思うと思っても、そういう人間に向かって「赤字社員を置いとけるか!」とか罵ってきた人間の一族が、高速道路ぶっとばして女を刺し殺しに行くわけだ。 「親の因果が子に報いる」という言葉があり、「カエルの子はカエル」という言葉もあるが、そんなところだろう。


    医者から痛みどめの薬を出してもらったとはいえ、まだ、痛風の激痛がおさまっていない状態で、このブログを作成している。
    ひとが痛風の激痛に耐えて、仕事についている最中に、わざわざ寄って来て、「贅沢すんな、贅沢すんな」とか言ってくる男。 その男を「アルツハイマーだからしかたがない」と擁護しても、痛風で苦しむ人間は守ってくれない会社。
    痛風の激痛の中でも出勤して仕事をして会社に尽くしても、台風で道路が冠水してクルマが流されそうな状況でも無理をして会社に出てきても、そういう人間を粗末な扱いにする会社。
    台風で道路が道路が冠水して、自宅に川があふれそうだとか言っている時に、相当離れた場所まで、クルマで「シートをなおしに行ってください」とかぬけしゃあしゃあと電話してくる遠州人の若造。
    そういう若造を「新卒の人間は、情報が卒業した学校に行くから大事にしないといけない。」などと言う社長。
    なんか、考えると、余計に腹たってきて、また、足の痛みが強くなってきてしまった。 「心は丸く、腹たてず、口つつしめば、命ながかれ」とかいう文句を書いた手ぬぐいか何かがどっかのお寺の前の土産物店で売っていたような気がするが、腹が立つことを思い出すと、痛みは増すようだから、よくないので、今回はこの程度にしておこう。

    それにつけても、人が痛風の激痛に耐えていると思うと、わざわざ「贅沢すんな。贅沢すんな」とか言って寄ってくるおっさんが、その息子(高校卒業したばかり)が子供を作ったと言って、「俺の息子はおまえよりも若いのにもう子供を作ってお国のために貢献しているんだ。 おまえは結婚せずに子供を作らないおまえは非国民だ。非国民は反省しろ! 反省して、罰としてお国のために貢献している俺に年玉よこせ!」と言って正月に手を出して追いかけてきたのだが、人が痛風の激痛に苦しんでいる時に、わざわざ「贅沢すんな。贅沢すんな」と言って寄ってくるような人間を拡大再生産されたのでは、迷惑もいいところなのだが、ましてや、そのS藤さんの発言の内容を、まさか、それを制度化するような政治家はおらんだろうと思っていたら、公明党が主張したらしい自公政権の「地域振興券」だの、それに続く民主党政権における「子供手当」だのというものが出現した。
    考えると、ますますむかついてきて、痛風の痛みが増してくるので、本当にこの程度でここは止めておこう。

    慶應義塾大学の商学部で「経済学」を教えておられた慶應の商学部の必修科目「経済学」のテキストの『経済学 第2版』(東洋経済新報社)の著者の西川俊作教授は、同時に福沢諭吉の研究もされていたようで、商学部のゼミにおいても、福沢諭吉の研究というものも経済学とともに対象とされていて、ゼミの説明会の時に言われたのが、「福澤諭吉の研究は、慶應以外の人のものの方が良いものが多い。 慶應の人の福澤諭吉の研究は、どうしても、学校の創立者だということで、称賛するものが多く批判するべきものができていない場合がある」といったことを述べられたが、実際、福沢諭吉について書かれた本を何冊か読むとそういうところはあると思う。 福沢諭吉は『福翁自伝』で、政府の要職につきたいとかそういったことを考えたことは「チョイともない」とかなんかそういうことを述べていたようだが、遠山茂樹『福沢諭吉』(東大出版会 UP選書)など読むと、福沢諭吉も生身の人間であり、実際は必ずしもそうでないところもあるようで、『福翁自伝』は決して嘘八百を述べたものではないけれども、ある程度以上高齢になった人が過去を語るものにはありがちなことではあるが、「少々いいかっこしている」ようなところは実際問題としてあるようだ。 『学問のすすめ』において、「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずといえり」というが、現実の世の中で人に差が出るのは何をもって出るかというと、学問のありなしである。ゆえに、大いに学問に励むべきであるといったことを述べている反面、『文明論之概略』でだったと思うのだが、福沢諭吉は、「武士の精神」というのが大事であるといったことも述べていたようであり、そうなると、どっちなんだ、その時、その時で勝手なこと言ってるのか? ともなりがちだが、この点については、おそらく、福沢諭吉としては、どちらも福沢の考えであり、明治になって「武士」という存在がなくなり、商売を始めても「士族の商法」と言われてうまくいかないという状況になった、武士なんてどうにもならないものだったのか、今まで努力してきた「武士の精神」なんて何の価値もないものだったのかと思い始めた士族階級に対して、そうではない、 「武士の精神」というのはそんなに価値がないものでは決してないと訴えたいというのは下級氏族とはいえ士族の生まれであった福沢が本当に思っていたことであり、同時に、学問が大事というのも福沢が本当に思っていたことであって、これは、その時その時で勝手なことを言っていたとかいうものとは違うと私は思う。 遠山茂樹氏は東大の史学科卒だったと思うが、たとえば、慶應のかつての塾長の小泉信三著『福沢諭吉』(岩波新書)など読むと、遠山茂樹『福沢諭吉』(東大出版会 UP選書)などに比べると、嘘が書かれているわけではないが、福沢諭吉の高く評価される面を中心として述べられているという印象はある。 もともと、福沢諭吉という人は、神でも何でもない生身の人間であり、また、江戸時代に半分、明治に半分生きたそういう時代の人であり、今現在の人間から考えると、この点はどうかというものもあって何らおかしいところはないのだが、しかし、今現在の人間から見ても、魅力的なところが多い人であるのは間違いない。当然のことながら、女性を輪姦するようなアホを支持するような人でもない。 福沢諭吉『痩我慢の説』(富田正文編『日本の名著 福沢諭吉』中公バックス 所収)は、徳川幕府の家臣であった勝海舟と榎本武揚が、自分が仕えていた幕府を打倒した明治政府の要職に平気についているという点について、『史記』に登場する伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)までのことをしろとは言わないが、いくらなんでも節操がなさすぎるのではないかと指摘し、これを発行するとともに、勝海舟・榎本武揚に文書として送りつけたが2名から返答はなかった、というものらしい。
    (株)一条工務店などという不良企業に、もともと、そこに「ヒラ」から勤めてきた人間なら、「自分がそこで努力することで会社を良い方向に動かしたい」ということもあるだろうし、「辞めてどうやって生活しろというのだ」ということだってあるだろうけれども、そうではなく、それまで、その会社にいて、ヒラから勤めてきたわけでもないのに、どこやらから突然引っ張って来られて、「影武者」「お飾り」としての社長にならせてもらって、社長の給料もらっている宮地剛さんの態度は、福沢諭吉の主張に沿うものだろうか? それは「独立自尊」と言える態度だろうか? 「養殖ハマチになりとうない」と言った板前とどちらが「独立自尊」だろうか? 不良企業から300億円の寄付をもらったからといってお喜びして「一条堤とでも命名して長く記録に残したい」とか言ってヨイショする浜松市長の鈴木康友さんの態度というのは、福沢諭吉の精神に合致すると言えるだろうか?  慶應義塾大学の卒業生、特に内部進学の人間には、「福澤、福澤」と口にするばかりで、福澤の著作や伝記を自ら読み、その内容を自ら考えるという姿勢が欠落していた人が多いが、そうではなく、本当に福沢の著作や伝記を自ら読んで考え、自分自身の骨となり身となっているという人もいる。 宮地剛さんはどちらの方の人なのだろうか。 鈴木康友さんはどちらの方の人なのだろうか。 今のところ、あまり高い評価はできない印象を受けているのだが・・・・・。

< ブログの字数制限の為、やむをえず2回に分けましたが、本来、両方で一体のものです。 ぜひ、【上】http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_1.html と合わせお読みいただくようお願いいたします。>

    (2016.11.5) 


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