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zoom RSS 人と話す時は相手のどこを見るか? 眼を見て勝負? 猿と勝負?−人と話す時、どこを見るか[1]

<<   作成日時 : 2016/06/23 20:14   >>

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[第418回]会社と営業の話(94)
   「人と話をする時には、相手の顔を見て」とかいう話がありませんか。 そういった話を耳にしているうちに、「人の眼を見て話をする」と誤解しだす人が出てくるように思います。 「相手の顔を見て話をする」と「相手の眼を見て話をする」は意味が違うのです。 それから、 「相手の顔を見て話をする」というのも、終始、相手の顔を見て話をするのか、顔を見たりその他のどこかを見たりしながら話をするのか、というのは違います。 そのあたりについて、今回、述べてみます。

【1】 どこを見るか
   私は住宅建築業の営業の仕事をずいぶんと長くやってきましたので、営業に関しての本もけっこう読みました。役に立ったと思えるものもあれば、どうかよくわからないものもありますが、ともかく、けっこう読みました。
   今回の問題についてですが、遠藤周作『狐狸庵が教える「対話術」』(1988.4.20.光文社文庫)と同『眠れぬ夜に読む本』(1996.9.20.光文社文庫)に、この問題に関するものが載っていたので引用します。
≪ ・・そして、外国人の場合は相手の目を見ながら話すこと。 これは、自分が真剣であり、正直であるということの証明になります。
   けれども、日本人の場合は相手の目をじいっと見ていることは、ときどき失礼になり、相手に警戒心を起こさせます。 日本人の場合は、正面よりややそれたところ、たとえば、そのひとの額のあたりをボオッと見るようなかたちで話をするのが、いちばんいいです。 あるいは少し目をそらしたかたちで喋りかけると、相手におびえなどを与えません。≫(遠藤周作『狐狸庵が教える「対話術」』1988.4.20.光文社文庫 「まえがき」)
≪ ・・そのため、対談中、私はメセンのおきかたにも気をつけるようにしている。 まず相手の対角線には腰かけない。 なぜかしらぬが、口論や論争になるのは対角線に坐った相手とだと経験上、知ったからだ。 心理学的に対角線の相手は奇妙に敵意を持ちあうものらしい。
   外国人と話をする時は相手の眼をしかと見よ、とよく言われるが、日本人と話をする場合には、眉と眉のあいだぐらいを、ぼんやりと見るのが一番だ。 これが相手に警戒心を起こさせないことを私は長いあいだ対談をしているうちにわかった。 ・・・・≫(遠藤周作『眠れぬ夜に読む本』1996.9.20.光文社文庫 「私の会話術」)
   ≪外国人と話をする時は≫といっても、「外国人」も様々で、韓国人とイタリア人は違うだろうし、モンゴル人とフランス人も違うだろう。 ≪外国人と話をする時は相手の眼をしかと見よ、とよく言われる≫という、その発言を言っている人がどういう「外国人」を想定して言っているのかわからないが、日本で住宅建築業の営業の仕事をしてきて接した「外国人」というのは、韓国人だったり中国人だったりフィリピン人だったり東洋系の外国人が多く、フランス人なのかイタリア人なのかアメリカ合衆国人なのかカナダ人なのかわからないが日本人と結婚した欧米系の外国人もいたが、そういう人は欧米人といえども、かなり「日本化」した外国人だったのではないかと思う。 
   「作家で教師」だった遠藤周作(どこかの短大だかで教えていた時もあったらしい)にとっては、外国人と対談をすることもあったのだろうけれども、住宅建築業の仕事をしてきた者としては接する相手は大部分が日本人、もしくは、在日韓国人とか国籍は日本ではないとしても日本で日本人と変わらないように生活してきた人であり、「外国人」を意識することはそれほどなかった。 そして、話をする時に相手のどこを見ているかというと、「眼ではなく、眼の周囲のあたりの顔」を見ている時間が長く、一時的に眼をそらせたりすることもあり、書類の説明をする時は書類を見るし、建物の説明をする時は説明する物を見るとともに、やはり、説明する物と相手の「顔」「眼ではなく、眼の周囲のあたり」を見てきた、と思う。

   小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)http://www.sxl.co.jp/ 〕での新卒入社社員の研修で、講師役の部長が「若い嫁はんの胸のあたりだの足だの尻だの股のあたりだのじろじろ見るんじゃないぞ」と冗談みたいな言い方で言ったことがあったが、これは冗談ではなく、実際問題として、中には、なんだか、すごい格好してる人というのがいるのだ。 (株)エイブルhttp://www.able.co.jp/ にいた時だが、胸元が大きく開いた服を着た20歳前後の女性客がいて、いったいどこを見て話をすればいいのか困ったことがあった。あれは、どう考えても「見せてる」のであって、意図的に見ようと思わなくても見えるわけで、それを「見た」だの「見られた」だのと言われたのではたまらんと思ったが、世の中には、自分が見せてるくせに「見た」だの「見られた」だのと言い出す女性だっているので困る。特に書類の説明をする場合、私は、普通、机に向かって座った時、書類の該当箇所を指して説明するとともに、相手の顔(眼の周囲のあたり)を見て相手が理解できているか確認し、そして、次の箇所の説明をして、また、相手の顔(眼の周囲のあたり)を見て理解できているか確認し、という進め方をしてきたが、机の上と相手の顔(眼の周囲のあたり)とを視線を往復させると、顔(眼の周囲のあたり)から机の上の書類の方に視線を移動する際、胸元のあたりが見えてしまうので、もしも、「見た」だの「見られた」だのと解釈されては困るな、と思い、とりあえず、その時は、相手の顔(眼の周囲のあたり)と机の上の書類との間を視線を往復させる回数を減らした、ということがあった。
   (株)エイブルにいた時だが、見込客をアパートに案内した時、入居者の女性(30歳くらい)が上半身何も着ずにでてきて、「◇◇さん、ちょっと・・・・」と話しかけてきて、どうしたものか困った、と言っていたおにいちゃん(20代)がいて、「うれしかった?」ときいてやったところ、「いやですよお。やめてくださいよ」と言ったので、やっぱり、いったい、どうすればいいのか困ったようだ。
   キャミソールという服があって、着ている当人は、それは「見られてよい服」だと思って着ているらしいのだが、突然、その格好で出てこられると、どう見たって下着に見えるのだ。 今は、シュミーズという下着を着る女性が少なくなったようだが、1980年頃までは着る女性があって、スカートの下からシュミーズがはみ出て見えることを「シミちょろ」と言ったりしたものだが、あのキャミソールというのは、ほとんどシュミーズなのだ。 住宅建築業の某社1にいた時に実際に経験したことだが、いきなり、その格好で出てこられると、「うわっ」と思って、これは見てはいけないと思って眼をそらすと、後で考えてみると、それはかえって意識していたと相手にわかる動きであり、視線をそらさない方が良かったのかと思ったこともあったのだが、どこを見るべきか見るべきでないかという前に、どこ見りぁいいのか困ってしまうような格好はやめてほしいと思うのだが、そういう格好をしたい女性もいるわけで、自分が意図的にそういう格好をしている以上、「見た」だの「見られた」だのと言うんじゃねえぞ! と思うのだが、営業の仕事をしていると、いったい、どこ見りぁいいの?!? ということはあった。 この問題に私は今もって、これが解答、これが正答というものを持たない。教えてほしいくらいだ、ほんと。
   やはり、住宅建築業の某社2にいた時のこと、契約客のお宅に行った時、娘(20代)だけが家にいて、とりあえず、持っていった書類を受け取って両親に見せてもらえばよいことで、娘といっても小学生の娘ではなく結婚していても悪くない年齢の娘なので、受け取ってもらえればそれでよかったのだが、先方もそう思ったようで、取りに出てきてくれたのだが、休みで家にいたらしく、パジャマで出てこられたあかつきには、どこ見ていいのか眼のやり場に困った、ということもあったが、こちらは何も悪いことはしてないつもりだが、どこ見ればよかったんだろうな・・・・・。

   私は住宅建築業の会社の営業の仕事を長く勤めてきたが、相手のどこを見ているかというと、常に一箇所を見ているわけではないが、話をする時は、遠藤周作は≪そのひとの額のあたり≫≪眉と眉のあいだぐらい≫と言っているが、私の場合、「顔の中央から上付近」を見て話はしてきたと思う。 眼を凝視するというのは、それは相手を説得する時か、威嚇する時、もしくは、問い詰める時であって、なごやかに・穏便に・友好的に話をしようという時に見る場所・見方としては不適切であろう。 一般の話をなごやかにしようという場合に、見るのは、「眼ではなく、顔の眼の周辺」「顔の中から上にかけてのあたり」だと思うし、私はそうしてきた。

   「相手の眼を見る」というケースの例を3つ述べてみよう。 1つは猿の話。 2つめは猫の話。3つ目はイヌの話である。
1. 猿の眼を見てはいけない。
  1962年だったと思う。私は小学校の低学年だったが、和歌山県の椿温泉に祖母が行くのに母と一緒に行き、椿温泉から船に乗って行った先に野生の猿がいる所があって、そこに行ったことがあった。島だと思っていたのだが、今、地図を見ても、椿の周辺にそれらしき島は見つけられない。船で行ったので、島だと思っていたが島ではなく、陸続きの場所だったのかもしれない。 今、どうなっているかと思ってインターネットで見ると、閉園したという記事など見つかった。
※ 《紀伊民報 白浜町椿野生猿公園のサル 共存の可能性ないのか 》http://www.agara.co.jp/column/ron/?i=1681
   その時のことだが、「猿がいてるから、よく見るねんで」と言われて、動物園の動物と同じように思って、猿をじいっと見ていたところ、小猿に襲いかかられた。怖かった。 係のおじさんが、「猿は眼を見てはいけません」と言ってくれたのだが、遅いよ、言うのが。 先に言ってくれないと。
   その時以来、猿は眼を見てはいけないものだと認識したが、わからない人もいるようだ。 犬とか猫とか、あるいは、馬とか牛とかはじっと見ても別にそれで怒ったりはしないのだが、猿はじっと見られると怒るらしいのだ。大阪府箕面市の箕面大滝周辺で猿がいて、それが数を増やし、箕面市の民家の庭にまで出没するようになったのだが、正月にクルマの前についている橙を取っていくのはまだしも、観光客の女性が持っているハンドバックとかを奪い取ろうとしたり、子供の持っているお菓子を強奪したりと、「箕面の猿」は強暴と評判になったが、最近は、猿にエサをやると罰金という条令ができて、猿は山の奥の方にやるようにして、猿を滝道周辺で見かけること自体が少なくなった。 1970年代前半、その箕面の滝のあたりに義兄と行った時、小猿がいたのだが、義兄がじいっと見ていただけでなく、猿の顔を覗き込むようにするので、だめだよ、そんなことしたらと思ったら、案の定、飛びかかられた。 だめだって、そんなことしたら、と思うのだが、猿をよく知らない人は、小さい馬とか豚とか山羊とか羊とかが歩いている所に人も入れる動物園(市川市動植物園http://www.city.ichikawa.lg.jp/zoo/index.html など)と同じように思って、猿の顔を覗き込む人がいるようだが、その行為は危険だ。 いつであったか、浅草で猿の芸をお姉さんが見せていたことがあり、猿の芸は他のどこかでも見たことがあるが、その時、見ていた人で、猿に近づいてじいっと顔を見たり、さらに、カメラを猿の顔に近づけて写真を撮ろうとする人がいたが、それは危険じゃないかと思ったのだが、野生の猿と違ってよくしつけられているというのか鍛えられているというのか、その猿は至近距離から顔を見られても怒って飛びかかったりはしなかった。 そういう猿は別として、一般に、「猿は眼を見てはいけない」というのは原則・基本として言われることだ。 飛びかかってくるというのは、向こうさんとしては、むしろ、眼をじいっと見る人間というのは怖いのかもしれない。
   猿は動物の中で最も人間に近い動物ですから、眼のあたりをじっと見られた猿が人に襲いかかるというのは、遠藤周作が≪日本人の場合は相手の目をじいっと見ていることは、ときどき失礼になり、相手に警戒心を起こさせます。≫(遠藤周作『狐狸庵が教える「対話術」』1988.4.20.光文社文庫)と述べているものに共通するものかもしれません。  ≪心理学的に対角線の相手は奇妙に敵意を持ちあうものらしい。≫(遠藤周作『眠れぬ夜に読む本』1996.9.20.光文社文庫)というのも、営業の間では一般に言われていることで、小堀住研(株)でも(株)一条工務店でも、住宅展示場のリビングルームのソファはL型のものが置かれていたし、住宅展示場のリビングルームのソファはL型の配置になるものを設置しているハウスメーカーが多いが、これは、住宅展示場で来場客・見込客と話をする際に、正面の位置に坐るのではなく、横の位置に座って話をした方が、和やかに親しみを持って商談を進められるということからで、≪対角線の相手≫、真正面の位置の相手とは、対決するような状況になりやすく、できるだけ、正面の位置、対角線の位置に座らず、横、もしくは斜め横くらいの位置に座るようにした方がよい、と言われます。(今は場所を移転したようだが、かつて、都営新宿線「馬喰横山」駅のすぐ近くの RE-KNOW東日本橋 というビルにある フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区〕http://www.freedom.co.jp/ のショールーム では、顧客との面談用のテーブルが、正面から対面するようなものになっていた、というのが私は気にかかった・・・が、同社の「営業兼設計」は自分を営業と考えずに「設計士(さま)」と思っているらしいから、その「設計士(さま)」とかいうのは、たぶん、そういう点には気づきもしていなかっただろう。) 逆に、商談が進み、ここで契約していただいてもよろしいのではないでしょうかと決断を求める際には、正面に位置して、もしくは、横の位置に座っていても、正面から相手の眼を見て話す、ということになります。

2. 眼でにらんで勝負する猫
   眼を見るとよくないのは猿であって、犬とか猫とかは問題ないと思ってきたのだが、そうではないという説もあるらしい。 佐藤優 原作・伊藤潤二 作画・長崎尚志 脚本『憂国のラスプーチン 3』(2011.11.2.小学館 ビッグコミックス)では、ロシア連邦の ゴルバチョフを失脚させエリツィンを大統領にした ”灰色の枢機卿”とあだ名されるロシア連邦の大物政治家 ブルブリスの家に訪問した憂木護(佐藤優氏がモデル)が、ブルブリスの飼っている雄猫ゴーシャが憂木の方を見るので、憂木は「・・・猫が目を合わせるってことは、僕に喧嘩を売ってるってことだ。」「よし、負けないぞ!!」と互いに眼を見合うが、
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(↑ 佐藤優 原作・伊藤潤二 作画・長崎尚志 脚本『憂国のラスプーチン 3』2011.11.2.小学館 ビッグコミックス )
「猫に・・・負けた!」という場面が書かれている。
   「相手の顔を見る」のは話をする際に悪いことではないが、相手の眼をじっと見るというのは、猫の場合でも、「僕に喧嘩を売ってるってことだ」ということになるらしい。

3. 身を守る市民の処世術―イヌとは、眼を合わさない
   ≪ ふつうの市民生活を送っている多くの人たちには、こういったいわゆる初動捜査、逮捕・取調べ、さらには起訴から公判へという過程――これを日常弾圧を行う「行政警察」活動に対比して「司法警察(活動)」と呼ぶこともある――は、あるいは“カンケイない”と考えられるかもしれない。 だが、それは失礼ながら “甘い考え” と言わざるをえない。 全国的に張りめぐらされた警察ならびに検察は、いま平凡な市民を、彼(女)が “平凡な市民” であるがゆえに、ムリヤリ何何事件の「犯人」にデッチ上げることをきわめてひんぱんに行っているからである。 ・・・・・≫
(反弾圧・反権力連絡会議 編『権力と闘うための法律知識』1979.1.31.三一新書)
   実際のところ、犯罪事件について、捜査に協力しようとして犯人扱いされてしまった人、それが原因で自殺した人とかも過去の事件を見るとあるわけだ。私自身も、普通に道を歩いていて、いきなり、「ごらあ、どこ行くんんじゃあ」と言って突き飛ばされた、といったこともあったし〔⇒[第107回]《日中、男性でも非常ベル携帯は必要かも〜警察の恐怖(2)〜東京都目黒区の警察、及、営業の安全 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201206/article_9.html 〕(警察は、彼らは犯罪防止のために、市民の安全を守るためにやっていると主張するでしょうけれども、彼らがやっていることこそ犯罪であり、彼らが市民の安全を侵害しているのです。)、住宅展示場に勤務していた時に、やってきた警察官がどこそこで強盗事件があったというので、私はその事件については何も知らないので協力のしようがないが、もしも何か協力できることがあればと思って対応したところ、そのアホ刑事が「○○さんは、最近、☆☆には(その強盗事件があった場所)には行かれたことはありますか」と言い出したというという経験もある。〔⇒[第94回]《落し物は届けるな、犯罪捜査に協力するな! 〜 警察の恐怖(1)―川崎市の警察と いわき市の警察 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201204/article_7.html 《2》〕、職場で、遅刻してきた問題社員からいきなり蹴りかかられて怪我させられたあげく、警察官が電話してきて「ごらあ、▽▽さんに暴力ふるって怪我させたんだろうが、ごらあ」と恫喝されたということもある。〔⇒[第173回]《「誤認逮捕」で警察が「謝罪した」ケースと謝らないケースはどこが違うの? 及、職場の「ひまわり」の傲慢 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_6.html の 2、[第416回]《本当にあった笑えない話―「休日出勤」と嫁には話してホステスと出かける男。本当にあった怖い佐野警察署》http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_1.html の【2】【3】〕 他にもある。私は、警察というのは、「専門家」「プロ」であって、冤罪事件とかは、そのプロですらも間違うような状況があったのか、それとも、特に犯罪者とでっちあげられる人は、狭山事件のように「被差別部落出身者」であったとかか、あるいは「過激派」とかそういった人たちがでっちあげられるものかと、高校生くらいまでは思っていたのだが、そうではない。『憂国のラスプーチン』はなかなか面白いし、佐藤優氏の『国家の罠』(新潮文庫)も読みごたえがあるが、しかし、佐藤優氏が認識を間違えているのではないかと思うのは、佐藤優氏は「『国策捜査』だからそういう扱いを受けた」と思っているようだが、そうではない。別に、「国策捜査」でなくとも、被疑者とされてしまった人が狭山事件のように「被差別部落出身者」でなくとも、島田事件のように「精神薄弱者」でなくとも、警察・検察がやっていることはいつでもその調子なのだ。警察→検察→裁判所 は「国策捜査」でなければまともなことをやっているみたいに佐藤氏は思っているかもしれないが、それは間違いだ。「国策捜査」でなくたって変わりはしない。むしろ、被疑者に鈴木宗男という保守系の国会議員がいたということで、又、佐藤優氏自身、モスクワの大使館勤務歴もある外務省職員として「手ごわい」と思って少しは遠慮したかもしれないところだってあるのではないか。 もともと、警察は真面目に捜査して真面目に犯人をあげようとは考えていない。最初から、誰かを犯人にしたてあげればよいという姿勢でやっていて、警察にとって気にいらない人間を犯人にすればよいという姿勢でやっていると思われる。 そうなると、そういう連中にはできるだけ近づかない。そして、そういう連中とは、できるだけ「眼を合わさない」。
   この『権力と闘うための法律知識』に、まず、警察に因縁をつけられないようにするためにとして、「警察署・交番、及び、その近くには、特に必要がない限り行かない」というのがどこかに書かれていたと思ったのだが、今、捜しても見つからない、がその認識・姿勢は間違っていないと思う。 但し、普通に道を歩いていても、交番はあちらこちらにあるし、パトカーもけっこう道を走っているので、日常生活を送る上において、まったく交番の近くを通らないというわけにもいかない。 そこで、とりあえず、道をきくなら、交番できくのではなく、地元の商店なり地元の人らしき人に尋ねるとかして方がよい。 交番の前に立ってる、もしくは、交番の中に座ってるおっさんとは「眼を合わさない」ようにする。 私は、交番の付近を通行する際の心がけとして、これは常に心掛けている。猿でも目を凝視されると怒って飛びかかってくるが、ケーサツも目を凝視されると、「すいませ〜ん」とか言って因縁つけてくるおそれがある。他に見ている人がいなければ、襲い掛かって来て暴力をふるってきて怪我させられる可能性もある。その上で、こちらが暴力をふるったとでっちあげて暴行罪・傷害罪・公務執行妨害罪で送検される危険がある。 だから、ケーサツ漢とは眼は合わさない。 猿・猫ときて、イヌとも眼を合わさない方がよい、という指針が出た。
  それから、先日、クルマを運転していて近所の道の信号で待っとったところ、横のコンビニの駐車場から若いおまわりが白バイに乗って出ようとしてきおった。 譲ってやったら、礼儀正しうお辞儀をして行きよった。サイレンならしていないパトカー・白バイでも、サイレン鳴らしていなくともケーサツは一般人に優先じゃ〜い、みたいな態度とるヤツもいる中で、なかなか礼儀正しい好青年やった。・・・ほめたろ。なかなかええにいちゃんや。そやけど、ほめたったついでに言うと、こちらとしては、親切で譲ったったというよりも、ケーサツ漢は先に行かすに限ると思ったから譲ったわけや。 普通に考えてみい。 ケーサツ漢に後をついてこられるのと先に行かすのとやったら、先に行かした方がええに決まっとるがな。 だから、先に行かしたったんや。 そんなもん、ポリに後からついてこられたのではたまらんわ。 サイレン鳴らしてないパトカー・白バイは先に行かすに限る。 サイレン鳴らしてないパトカー・白バイが前を走っとったら、落っこちそうなユンボつんどるトラックが前はしっとる場合、ナンバーがそろった黒のベンツが前はしっとる場合と同じく、車間距離は長めに。 間に入りたいクルマがあったら、どうぞどうぞと入れたる。 市民が生きていくための処世術や。 そんなの常識♪ てとこや。〔⇒《YouTube-『おどるポンポコリン』は、B.B.クイーンズのデビューシングル》https://www.youtube.com/watch?v=-r4DIbDe0DM 〕 まあ、なにしろ、こちらは建築屋やさかい、やっぱり、「安全第一」や。

   猿、猫、イヌでなくても、普通の人間が相手でも、普通、「眼を見る」ということは、あまりしないと思うのです。 できるだけ友好的に面談をしようという時に、見るのは、「顔のあたり」、もしくは、「眼の周辺」であって、「眼」よりももっと広い範囲だと思うのです。 それも、ずっと同じ位置を見続けるのは見ている方も疲れるし、見られる側も緊張感を強いられることになるので、「顔のあたり」「眼の周辺」を見たり、少々視線をはずしたりといったことを繰り返すことになるのではないでしょうか。
   但し、常に眼を見続ける、凝視するということはしませんし、もしも、すると、遠藤周作が≪相手の目をじいっと見ていることは、ときどき失礼になり、相手に警戒心を起こさせます。≫(『狐狸庵が教える「対話術」』1988.4.20.光文社文庫)と述べているように、それは「失礼」であり、「相手に警戒心をおこさせ」る行為でもあります。


   但し、意図的に相手の眼を見る時はある。  伊藤光雄『奇跡のセールストーク』(1979.11.20. こう書房)には、
≪ ・・ここだけはどうしても押えておかなければならないという大切な個所へきたら、相手の目をやわらかく見つめ、「奥さん、おわかりになりますね。こういうことなんですよ」と、話したことを確実にわからせると同時に、相手の反応を確かめるテクニックも必要である。・・≫
(伊藤光雄『奇跡のセールストーク』1979.11.20.こう書房  「4章 断りに打ち勝つ応酬話法の秘訣」「応酬話法の基本原則」)
≪ ・・・客が黙っているからといって、どんどん先へ続けてしまってはダメである。 一つひとつ区切って、相手の表情を確認してから、次のトークへ移っていくことが大切である。 ・・・≫
(伊藤光雄『奇跡のセールストーク』1979.11.20.こう書房 「3章 アプローチトーク10の原則」「その八 目で見て口で言え」) と出ている。 上に述べた、私が(株)エイブルにいた時に、書類の説明をする時に、机の上の書類の該当箇所を指し示して説明して、相手の顔(眼の周辺)を見て、また、書類を見ながら説明し、また、相手の顔(眼の周辺)を見て話をしたというのも、この『奇跡のセールストーク』で述べられているものと共通する。
   そして、住宅建築業においても、小堀住研(株)の新卒社員の研修でも言われたことであるが、展示場接客からアプローチの過程においては、もし、座って話をする場合、できるだけ、正面に座らず、横の位置から話をするようにした方が良いが、クロージングの時、ここで決めていただこう、決めていただいてよろしいですね、と説得する時は別で、そういう時には、正面に座るようにして正面から相手の眼をみて話をした方が良い、というのだ。そういうものであるはずだ。 伊藤光雄氏の『奇跡のセールストーク』(こう書房)にも次のような文章がある。
≪ ・・・アプローチのときは客が七で、私が三でなければならない。あくまでも頭は低く、相手の目線より下に置く。 厄介なことに、私は大きいので、両方とも同じ場所に立つと、どうしても私の方が上になってしまう。 したがって、かなり腰をかがめて話をしなければならない。
   客から見ると、ちょっと卑屈になっているように見えるかも知れないが(ママ)、これはやむを得ない。もちろん、これが障害になったことは一度もない。 ・・・・
   ・・そして、クロージングになると、私はスッと背筋を伸ばす。 そうすると、たいていの場合、私は客を見下ろすような格好になる。 しかも、できるだけ自分の身体を客に少しかぶせるようにする。 これで手を広げれば、いまにも相手を抱きかかえるような感じになる。 つまり、私を“ 大きな人間 ”に見せるわけである。
   やや威圧的になるが、これはそれまでのトークがソフトだっただけに、むしろ効果があると思う。≫
(伊藤光雄『奇跡のセールストーク』1979.11.20.こう書房 「5章 客を逃さないクロージングトークのコツ」「クロージングのときは背筋を伸ばせ」 )
   伊藤光雄氏が、最初のアプローチの際は腰をかがめてソフトな調子で話をして、警戒心を持たれないよう注意を払って話を進めても、最後、クロージングの時には、「スッと背筋を伸ばす」ことをして話す、おそらく、それまでは見ていたのは「主として相手の顔」「主として相手の眼の周辺の顔」だったであろうところを、最後の最後、クロージングの時においては「相手の眼」を見て話をするのではないか。 『奇跡のセールストーク』には姿勢については書かれているが、見る場所は述べられていないけれども、おそらくそうだと私は考える。

   フリーダムアーキテクツデザイン(株)で「統括」という役職をもらっていたA木S実(男。30台?)は、このあたりがわかっていないようだ。 私は彼と同社の面接で会った時、この会社は、こんな若造に私を面接させるのかと思ったが、そうはいっても、もともと、発展途上会社で、その程度の会社であるし、そういったことを気にしていてもしかたがないし、創業者の縁戚や上の方の役職の人間の息子等で若くても高い役職につく人も日本の会社ではいくらでもいるのだから、そういったことを気にしていてはどこも勤められないと思って応じてきたが、彼は、「人間は、人と話をする際には、眼を見るべきものだ」と思っているらしい。 それは違うと思うのだ。違う理由は、とりあえず、↑に述べてきた。
   A木は、私が「設計という職種をずっとやってきた人には、図面は書けても人間的には若いのに偏屈でつきあいづらかったり、設計という職種の者は人に機嫌をとってもらうのが当然と思っていたり、建築現場に行っても他の人間が重いものをひいひい言いながら持っていても、設計はシャープペンシルより重い物は持ってたまるかという信念を持っていたりする人がいる。私は、本来、そういうものではいけないと思う」と話したのに対し、A木はうなづいた上で、「フリーダムアーキテクツデザイン(株)の設計は、そうではなく、設計というよりも、営業から設計になったような人が多いですね」と話したが、入社してみると、A木が言ったようなものではない。 むしろ、営業がいて設計がいる会社なら、「設計」が顧客の要望を無視して勝手なことをしようとすると、「そんなものではだめだ」と営業が苦情を言うのに対し、言う人間がいないので「設計士(さま)」ヅラして勝手し放題というケースもあるのを見た。 アフター課のA諏訪(男。40歳代前半)は「お客様の家ではなく、設計士の家です」などとあきれた暴言を吐いたことがある。 これは、A諏訪が建築の専門学校を卒業して最初に勤めた設計事務所の社員教育が根本的に間違っていることに1つの原因があると思えるが、「住宅は、設計の家ではなく、お客様の家」である。その認識のない傲慢な連中の設計するものは「その程度のもの」になる。
   フリーダムアーキテクツデザイン(株)http://www.freedom.co.jp/ のホームページに「営業がいないので、その分、安くできる」などと書かれていたが(今も載っているかどうかは知らん)、それは違う。我が家に「飛び込み」できたあるリフォーム屋の営業が「うちの会社は営業がいないので、その分、安いんです」と言うので、「あなたは営業ではないのですか?」と言うと、「私は営業ではなく工事課です」と言うので、「しかし、今、営業されてますでしょ」と言ってやったことがあった。リフォーム屋は新築屋に比べて規模が小さい所が多いので、営業も設計も工事課も積算も同じ人間が担当しているケースが多い。それを、名刺に「営業」と書く会社がある一方で、「営業」と書くよりも「工事課」と言った方が評価してもらえるのではないかと思って、「私は営業ではなく工事課です」とかぬかすリフォーム屋があるらしいのだ。それと同様、フリーダムアーキテクツデザイン(株)では「設計 兼 営業」がいるのであって、「設計士(さま)」ヅラしている思いあがった未熟な若造が営業の仕事もしているのだ。 そして、おのれは「設計士(さま)」だとのぼせあがっているものだから、設計としてもいつまでも未熟であるし、ましてや、営業力は身につかない。 A木がいい例である。 同社では「営業兼設計」を「新規 担当」「実施 担当」と2人に分けているうち、A木が「新規 担当」を担当、E本が「実施 担当」をした家のアフターに訪問して中を見せてもらったことがあるが、なんで、こんなことするの? と思える箇所が何箇所もあった。 それは、A木の建築・住宅に関しての知識・能力の未熟が1つの原因であるが、それとともに、顧客と十分に腹をわって話ができていない、思っていることを言いあうことができていない、「コミュニケーション能力の不足」がそこにはっきりと出ているのだ。↑で述べてきたことをみてもわかるのではないか。 人と話をする際、どこを見るべきだろうか。私などはそういったことをずっと考え、試行錯誤を繰り返してきたが、それに対し、A木はそういったことを考え、精進しようという意識などまったく持ち合わせていないようだ。 だから、「コミュニケーション能力が不足」した担当の作った家 ができたのだ。 もし、A木が文句を言いたいなら言えばよい。 何か言えるか? 言えないはずだ。

   次回http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_4.html 、にこやかな顔をした時、目元はどうなるか、その時、どのくらいの範囲を見ることになるか、といった問題を【2】 として述べます。御覧いただくようお勧め、お願いいたします。
  (2016.6.23.)

☆ 人と話す時、どこを見るか。 三部作。
1.〔今回〕
2.にこやかな顔をした時、視線の範囲は広いか一点集中か。http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_4.html
3.眼鏡をかけている者の目元は見えるか。http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_5.html


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人と話す時は相手のどこを見るか? 眼を見て勝負? 猿と勝負?−人と話す時、どこを見るか[1] 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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