慎腹風呂愚

アクセスカウンタ

zoom RSS 自分が動いていない時は見えない位置で―保養所雑務の経験で学んだ事―やった事ない事はできるか(2)

<<   作成日時 : 2016/02/15 20:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第383回] 「やったことない」ことはできるか?(2)― 自分が働いていない時は見えない場所で[1]  営業と会社の話(84)-1
   営業でも、業種によっての違い、商品によっての違い、価格帯によっての違い、地域によっての違いなどがある。 だから、タイプの異なる営業で経験・実績のある人でも、職場を変わった場合に必ず成果が出るとは限らない。但し、タイプの異なる営業での経験・努力が役に立たないわけではなく、一般に、勤めた会社が指定するやり方を守る「守」の段階で止まっている人の場合、かつ、その会社で特定の地域で長くいた人の場合に、その会社のその地域においてはある程度以上の実績を残したらしい人でも他の会社や他の場所では通じない人がおり、「守」の段階を超えて「破」(「破る」)から「離」(「離れる」)の段階に至り、「その会社のやり方」を尊重しながらも自分自身のやり方(「オレ流」)を確立するに至った人は、会社を変わったり場所を変わったり扱う商品がいくらか変わったりしても対応できることが多いように思う。たとえ、同じことをやっていても、「離」の段階に至り、「オレ流」を確立してやっている人間と「会社のやり方」を馬鹿の一つ覚えでやっている人間は同じではない。 対応できた場合には、1つの会社で1つの場所にずっといる人と違って、対応に「引き出し」が多い、営業の仕事を客観的に見ることができる、といった長所を持つことがある。 又、その仕事以外の所で学ぶこともある。 私も住宅建築請負業の営業を長くやったが、他の業種の人のやることを見て学んだものもある。 そして、自分自身が他の仕事をやっている時に見に着けたものもある。


≪A≫  箱根の保養所での経験。 食堂配膳担当は待機時は厨房から見えない場所で。
   「大学生」であった時のことだ。 夏休みに、箱根の三井系の会社の保養所で、「保養所雑務」として泊りがけで仕事をしたことがあった。 夏休みが終わった後、慶應の少人数の授業の時に助教授から夏休みは何をやっていたかときかれて、箱根の保養所で「雑務」のアルバイトをしていたと言うと、「きみ、保養所の下男なんて、そんなもの、やってたんでは、勉強できんだろ」と言われた。 アルバイトには、行った先、行った先で、「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトに来るのお?」と言われたのだが、我が家はそういう家庭だった。「大学生なんてものは勉強するものと違うんや。大学は勉強する所と違うんじゃ、甘ったれるな」と父は言っていた。それなら、何をする所かというと、アルバイトをする所らしかった。だから、「撃ちてしやまん。一億火の玉」「欲しがりません、勝つまでは」「とってちってたあ〜」とか言われ、「アルバイトぉ、アルバイトぉ、アルバイトぉ〜お」と言われ、アルバイト漬けにされたが、私がアルバイトで肉体労働をしている時に、夏ならばクーラーの入った部屋で、冬なら暖房の入った部屋で勉強をさせてもらっている人間がつくづくうらやましかった。同じ小学校・中学校・高校から阪大の法学部に行って卒業した翌年に司法試験に合格して弁護士になった男がいたが、彼などは週に1回2時間の家庭教師のアルバイトをしていた以外にはアルバイトなどしていなかった。ましてや、保養所の「下男」なんかしなかった。うらやましかった。彼が司法試験に合格した時、新聞に司法試験合格者の氏名が掲載され、それを見た父は、その新聞の切り抜きを送って来て、「Kくんの爪の垢をせんじて飲みなさい」と書いてきたが、私はKの爪の垢を本気で飲みたかった。Kの爪の垢でも飲めば、私も彼と同じ生活を送らせてもらえるのなら、爪の垢でも鼻くそでもウンコでも飲むわ。私が「撃ちてしやまん。一億火の玉」「欲しがりません、勝つまでは」「とってちってたあ〜あ」「肉体労働、肉体労働!」「とってちって、とってちって、とってちって、とってちって」と言われ、汗水流してアルバイトぉ、アルバイトぉ、アルバイトぉ、アルバイトぉ、とさせられていた時に、クーラーの入った部屋で法律の本を読ませてもらって司法試験に合格して弁護士にならせてもらった人間がエライなら、そういう人間の爪の垢を煎じて飲めばそういう人間と同じ生活を送らせてもらえたのなら、大喜びで爪の垢でもウンコでも飲みたかった。 私は、父から「大学は勉強する所と違うんじゃ、甘ったれるな、チャンコロぉ! こいつ、勉強するな、ちゃんころ〜お!」と毎日のように言われ続けてきた。 母は「五流大学に行った子は高校まで勉強させてもらえなかったから五流大学しか行かせてもらえなかったんでしょうがあ。あんたは小学校から高校まで勉強したんだから、大学行ったからには勉強なんてする必要ないでしょうよ。甘ったれなさんな。アルバイトしなさいよお」と言っていた。何のためのアルバイトかというと、私をつぶすためのアルバイトだった。母の言うことを聞いて、失敗したと思った。小学校から高校まで真面目に勉強して東大・京大などの大学に行けば、それだけ勉強してきた人間なんだから、大学に行けばやりたい勉強をさせてもらえるだろう、小学校から高校まで勉強しなかった人間が大学に行かせてもらえなかったとしても、それはしかたがない。そういう人間でも「大学」と名前がつく所に行くことがあるようだが、どうせ、そういう人は「大学」でもたいして勉強しないのだろうから、アルバイトでもやればいいだろう・・と思っていたのだが、逆だった。小学校から高校まであまり勉強しなかった人で、ある程度の年齢になってから、「もし、もう一度生まれることができたなら、小学校の頃からもっと勉強するのに」と言う人が時々いるが、私は逆を思った。小学校から高校まで勉強しなかったならば、氏名と受験番号さえ書けば合格になる「大学」に行かせてもらえて、「五流大学に行った子は小学校から高校まで勉強させてもらえなかったから五流大学にしか行かせてもらえなかったんでしょうよ。あんたは小学校から高校まで勉強させてもらったんだから、大学に行ったからには勉強することないでしょうよ。大学に行ったからにはアルバイトするもんでしょうよお〜お」ということになるのなら、あほくさい、小学校から高校までの勉強などするべきではなかった。
(又、慶應という大学は、教授が教壇で「おまえら、外部の者は、自分たちは小学校から高校までの勉強ができた優秀な人間だとか思っているんだろう。そんなものは何の価値もないんだ。小学校から高校までの勉強は害があるんだ! わかってんのかあ! その点、この僕は中等部から慶應に行ってるんだぞお。我々、内部進学の人間は、おまえら外部の者とは違うんだ。我々、内部進学の人間はおまえら外部の者と違って『塾風』というものを身につけているんだ。我々はおまえらとは違うんだ。小学校から高校までの勉強は害があるんだ。わかってんのかあ! おまえらとは違う内部進学のこの僕がおまえら外部の者に話してやってやったるんだぞ。わかってんおかあ!」と絶叫する大学だった。〔おえらいんですね。 agricuoture を agricuture と発音するくせに。種無しブドウをひとに皮をむいてもらってスプーンですくって食うくせに。〕 せめて、「小学校から高校までの勉強は価値がある」という認識の人の行く大学に行きたかった。 )
小学校から高校まで、せっせと努力して他の人間が遊んでいる時でも、雨ニモ負ケス風ニモ負ケス勉強した結果、「あんたは小学校から高校まで勉強してきたんだから、大学に行ったら勉強なんかしないでアルバイトするもんでしょうがあ。甘ったれなさんな。五流大学の子は高校まで勉強させてもらえなかったから五流大学しか行かせてもらえなかったんでしょうよ。そういう子には大学に行ったら、アルバイトなんかせずに勉強させてあげるもんでしょうよお」ということになってしまった。失敗した。あほくさい。そういうことになるのなら、小学校から高校まで勉強なんかするもんじゃなかった・・と思ったが、後の祭りだった。   で、それはそれとして、だ。 この保養所の「雑務」の仕事で貴重な体験をした。

   子供の頃、家に植木屋さんとか大工さんとかが仕事に来た時、特に、「大工さん」というのは、子供にとっては憧れの仕事で、その仕事ぶりを見るのは興味深かった。 しかし、それからさらに大きくなって、中学生くらいになると、人が仕事をしている時に、横で見物したり横で遊んでいたりしてはだめだと言われたのだ。 その意味が言われた時、よくわからなかった。 なぜかというと、確かに、一方で仕事をしている人がいて、一方で遊んでいる人間がいるというのは、不公平のように見える時もあるかもしれないけれども、その時、仕事をしている人といえども、年中四六時中、仕事をしているわけではなく、休憩する時もあれば、夜は就寝するだろうし、くつろぐ時もあれば、遊ぶ時だってあると思うのだ。 それに対して、その時、遊んでいる人間がいたとしても、年中四六時中、遊んでいるわけでもないし、中学生が働いていないとしても、「学生の仕事は勉強ですから」ということで、お勉強をしている時もあるし、いずれ、成人後は働くのだし、その時、働いている人だって、中学生くらいの年齢の時はあったはずなのだから、別にいいのじゃないのか・・・・とか思ったりもしたのだ。

    これが、実際にどうかという問題だが、実際のところ、体験してみるのが一番よくわかると思う。 プロ野球の野村克也が、捕手というポジションは9つのポジションの中では、投手を別にすれば最も大変なポジションで、守備の負担が大きく、外野手には守備についている時だってバッティングのことを考えているような人間もいて、前の回の攻撃の時に、チャンスで凡退してしまったような外野手が、外野の守備についても外野でバットを振るような格好をしてみたりしているのを見ることがあるが、捕手は前の回の攻撃の時にヒットを打とうが凡退しようがそんなことやってられない。 それだけ、守備に負担が重いので、その点は打者として大変ではあるが、一方で、バッテリーがこの場面でどう考えるか、どう思うかということを自然と考えるので、それを打撃に生かすことができる、といったことをどこかで書いていた。  なるほど。  住宅建築業でも、設計として入社して、他の職種をやってくれと言われると辞めてしまう人、工事管理の仕事で入社して営業をやってくれと言われて辞める人とかけっこういるが、営業を少しでもやったことがある設計、工事管理の人間というのは、人にもよるけれども、一般にお客様にはけっこう評判がいいことが多いようだ。 これなども、別の立場から見た認識・見え方というものがあるからということと、営業の経験の場合、営業的視点というものを持つようになるからだと思う。

    それで、箱根の保養所の話であるが、「箱根」というと、どういう場所を思い浮かべるだろうか。 「強羅」とかいうと、私は今まで行ったことがないのだが、高級別荘地・・て感じ。 富士屋ホテルのある宮ノ下とか、あるいは、「あの遊覧船、いったいどこから入れたんでしょうね。 これ、考えると、今晩、寝られなくなっちゃうね」の芦ノ湖が目の前にある元箱根とか〔⇒[第141回]《箱根神社訪問。及、曽我神社-「子供」を大義名分にしてひとの親を食い殺す女(男)に報復を下す神様-参拝 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201211/article_1.html 〕、あるいは、便利がよくホテルが多い箱根湯本とか、そういった所を思い浮かべる方が多いかと思う。 私が勤務した保養所は、宮城野橋というバス停から少しあるいた所にあった。周りは他の会社の保養所ばかり。 バス停の向こう側に箱根の寄木作りの細工物を売っている店が1軒あり、バス停の近くに八百屋さんがあったが、他に店もない。 なぜか、バス停の向こう側に「箱根トルコ」という当時のトルコ風呂、今でいうソープランドがあったが、今はなくなって他の施設に変わったようだ。 そういう周囲は保養所しかないという場所で、来客も会社の保養所だから安いからということで来る人ばかりで、富士屋ホテルあたりで仕事をすれば、もしかすると、「心づけ」なんてものをくれるお客様もあったのかもしれないが、保養所にはそういう人は来ない。 食事の配膳をしていると、「にいちゃん、どこの大学だ」とか言うおっさんがいたが、言いたくなかった。 他に、アルバイトで来ていた大学生は、玉川大、神奈川大、成蹊大の学生と厨房のおばさんの親戚で専門学校に行っている女性が来ていた。 神奈川大のにいちゃんが、「大学どこだ?」ときかれた時には、「東横線沿いのK大学」と答えると言っていたので、私もそう言えばよかった、と後から思った。(横浜市の東急東横線の「日吉」に慶應の日吉キャンパスがあり、「反町」だったかに神奈川大があった。) 「にいちゃん、どこの大学だ?」などと、やっすい保養所に泊まってチップ渡すわけでもない三井系の会社に勤めているといっても会社では下っ端のおやじがえらそうな口きいた時には、「東横線沿いのK大学です」と言ってやればよかったかもしれない。その上で、「御主人さんは、どちらの大学でられたのですか?」「俺か。俺は法政だ」とでも言いおったら、「そうですか。すごいですねえ。私ら、法政なんて行きたいと思っても絶対に行けませんでしたわ」とでも言ってやればよかった。嘘じゃない。本当に、我が家は、「東京六大学の下の方」(法政)とか「日東駒専」(日大・東洋大・駒沢大・専修大)とかなんて行きたいなどとは、冗談でも天地がひっくり返っても言えなかった。高校を卒業した年、東大の試験に落ちた後、父は「高校は義務教育じゃないんだから、おまえなんか、高校行ったのは余計じゃ。ちゃんころ。おまえは高校なんか行ったのは余計なんじゃ。チャンコロ! ちゃんころ! チャンコロ! ちゃん古老! チャン虎狼! ちゃん固陋! チャン孤老!」と何度も何度も毎日毎日耳鳴りがするくらい言いまくっていた。「デ、ン、タッ、クゥ。 デン、タッ、クウ〜ぅう!」と言って電卓で、東大の受験要綱を取り寄せるために使った封筒代がいくらで切手代がいくらで・・・・、予備校の学費がいくらで予備校に行くための定期代がいくらで・・・・、計いくらの損! こいつのおかげで・・・・円、損したっあ〜あ! よくも、生まれてきやがったな、このチャンコロ〜お! チャンコロ〜お!!!」と電卓で日々、計算していた。 法政だの東洋大だのなんて行きたいとも思わなかったし、そんな学校に行かされるくらいなら学校は高校までにした方がよっぽどいいと思っていたけれども、たとえ、冗談でもそんな「大学」の名前を出すなどとはありえない話だった。言ってやればよかった。「法政ですかあ。さすがですねえ。私なんて、とても行けませんよ。さすがですよ、さすが、さすが、さすが、さすがぁ〜あ♪」と言ってやればよかった。きっと、ほめてもらったと思って喜びおっただろう。
〔この言い方は、(株)エイブルの千葉支店にいた時、K倉という精神的に卑しい男がしばしば口にしていた言い方だった。海浜幕張店に、千葉工大に息子が行くといって地元に家があるのに、息子が一人暮らしをしたいと言うからと、お母さんがバカ息子を連れてきた来場客があって《金持ち〜い! 私が高校を卒業する頃は、父母は「東大にでも行くなら下宿して大学に行くのもわかるが、それ以下の大学に行くのに下宿してまで行く必要はない。自宅から通える大学でええ」と言っていたし、「京大でも自宅から通えばえ。甘ったれてはならんぞ。片道2時間くらいかけて通えばええ」と言っていた。その感覚からすると、千葉工大に行く息子を自宅がそのすぐそばなのに、息子が一人暮らしをしたいと言うからといってアパートを借りてやろうという人間の気持ちというのは私には理解できない。》、その親子に、K倉が「千葉工大ですかあ。さすがですねえ〜え。 さすがっ! さすがっ♪ さすが、さすが、さすがあ〜あ!!!」と言っていたので、これは、ほめているのか馬鹿にしているのかどちらなのだろう? と思ったが、結論として馬鹿にしていたのだと思う。店長になっていたOが「東大にでも行ったというなら、『さすが』と言ってもいいけれども、千葉工大なんか行ったようなやつに、『さすが、さすがっ♪』とか言われてもなあ〜あ」と言っていたが、東大に行った息子でも、私ならそんなことは言わない。 たとえ、東大に行った息子でも、その言い方はほめているのではなく、どう考えても馬鹿にしていると思う。 そう思わないか? 〕
   仙石原は近くを原付で通っただけだが、なかなか美しい。 箱根には魅力的な美術館もあるが、しかし、今となっては、私は、“高級別荘地”とかより、保養所しかない宮城野橋の方が好きだ。 食堂の窓から見ると、谷の向こう側の中腹を箱根登山鉄道の電車がえっちらおっちら登っているのが見えた。 その上の高〜い所が別荘地の強羅だったらしい。 高級別荘地だけあって、地理的にも高い場所にあった。 安〜い保養所にきているおっさんどもといえども、レジャーに来ているのだが、こちらは、夏休みでありながら、保養所の下男として、風呂掃除だの、布団あげだの、窓みがきだの、そして、食事の配膳とかやっていたのだ。 慶應のあほ学生がテニスだのやって女子学生をナンパしている時に、海水浴に行ったりしている時に、無産市民のこちらは保養所の下男をやっていたのだ。ほとんどの慶應の学生より大学入学時の成績は私の方がずっと上だったはずだが、できの悪いやつどもは海水浴に行って、こちらは保養所の下男をやっていた。 慶應の内部進学のニヤケどもが合コンと称して女子学生を騙して早稲田のスーパーフリーみたいなことをやっている時に、こちらは保養所の下男をやっていた。 同じ中学校から同じ高校に行き、東大の文学部に進学したU君は、渋谷で会った時に聞いた話では、アルバイトなどは何もせず、大学での学習と別にコントラバスを習いに行っていたらしい。私にはコントラバスなど無縁だ。縁があるのは風呂磨きに布団あげに安物の客の食事の配膳作業だ。バックミュージックとしては、ロシア民謡の「ヴォルガの舟歌」あたりがよく似合う。(⇒《YouTube−Эй, ухнем! Шаляпин Фёдор Иванович.wmv 》https://www.youtube.com/watch?v=lBLlJb9tOJY&spfreload=10


   この保養所は、6月や9月の2週目以降は土日以外は宿泊客はほとんどないので、普段は管理人夫婦と厨房のおばさん2人の4人と、土日だけのアルバイトで玉川大の学生の男が1人来ていた。 7月から8月は平日でも毎日、宿泊者があるため、アルバイトで大学生を雇っていたのだ。
   朝食と夕食を厨房のおばさん2人と片方の人の親戚だという専門学校に行っていた女子学生が作ったもの(といっても、ほとんどできているものを買って、「あたため」とかやっているだけの部分が多く、一から作っていたのではなく、デザートも客は喜んで食べていたが、実際には何かというとスーパーやコンビニでも売っているハウス食品に「フルーチェ」なんだわ・・・)を、「雑務」として勤めた男子学生が配膳する。 配膳した後、食事の用意の方が進まない時は食堂で待つことになる。 普段から土日に来ていた玉川大の学生が、「待っている時は、見えない場所にいるようにした方がいいです」と教えてくれた。 厨房と食堂の間に壁があって、ところどころに穴が開いていて、その「穴」から食事を食堂側のカウンターに出し、それを食堂側で待機している「雑務」(下男)がテーブルの上に配膳するのだが、厨房側から見える「穴」の部分に立って待つのではなく、厨房側から見えない壁の後ろの部分にいるようにした方がいいというのだ。
   最初、それを聞いて、そんなものなのかなと思ったが、別に、見える部分にいたとしても、遊んでいるのではなく、配膳するものができるのを待っている、待機しているのだから、仕事をなまけているのではないのですが、それは、その後、厨房のおばさんの親戚の女性学生が帰り、「雑務」のアルバイトがさらに1人増えた時、厨房の中の仕事の方を手伝ってほしいと言われてやった時に、わかった。
   たしかに、食堂側の厨房から見える「穴」の向こうに何もせずに立っていたとしても、あくまで、厨房側から食事がカウンターに出されるのを待っている、待機しているのであって、なまけているのではないというのは、厨房側にいる人間も理屈ではわかっているのだが、しかし、たとえ、そうであっても、忙しく動いている者からすれば、見える場所に何もせずに、マヌケヅラして立っているだけの人間というのは、見た感じがいいように見えないのだ。 ・・だから、待機している場合は、厨房側からよく見える「穴」の前にいないようにして、壁の後ろの厨房側から見えない場所に立っている方が良いのだ。 これは、実際に、厨房の側の仕事をして、実感としてわかった。
   これは、実際にやってみなくても、理屈としてわかることはできるかもしれない。 しかし、実際にやってみて「わかる」、実感するのは、理屈としてわかるのとは相当に違いがあると思う。

   ところで。 私が述べた、職場において、他の従業員がせっせと働いているが、自分は特に忙しくやることがないという時には、できるだけ、ひいひい言う状態で働いている人間からは見えない場所にいるようにした方が良い、などということは、そんなこと、今さら言われなくてもわかってるわと思う人もあるかもしれない。 そんなこと、常識じゃないか、何をたいそうに言うのかと思う人もいるかもしれない。 私だって、理屈ではわかっていなかったわけではない。 しかし、↑で述べた箱根の保養所で、自分が配膳の方の係を先にやって、その後、厨房の中の仕事をやった時に、見えた状況を見て、「実感した」のだ。 「実感した」のは「理屈ではわかっている」よりさらに上の段階である。  そして、現実に私が勤めてきた職場において、そういうことがまったくわかっていない人間が何人もいたのだ。 そのあたりを次回以降、述べることとする。
   (2016.2.15.)


☆ 「やったことないことはできるか」シリーズ
1. 負けパターンの感知 http://shinkahousinght.at.webry.info/201503/article_5.html
2-1 保養所で働いて「実感した」、待機している時は、忙しくしている人から見えない位置で 〔今回〕

2-2 「完成現場見学会」の準備をしている人の脇で両手をポケットにつっこんでふんぞりかえる新人類 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_3.html

2-3 1人では片づけられないものに途方に暮れている同僚を、手伝いに行くのではなく見物に行くパーマン http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_4.html
2-4 締日前に、最も忙しく仕事をしている人間、最も遠くから来ている人間に、わざわざ、それほど忙しいわけでない人間、地元の人間に「差し入れェ!」とやるためのパンを買いに行かせる痴漢人間 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_5.html
2-5 自分の担当の仕事を担当外の従業員に押し付け、それで空いた時間にPTA役員やってますとわざわざブログで公開するエイリアン(異星人) http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_6.html


路傍の石 (新潮文庫)
新潮社
山本 有三

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 路傍の石 (新潮文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



門 (岩波文庫)
岩波書店
夏目 漱石

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 門 (岩波文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



毛沢東 (1967年) (角川文庫)
角川書店
ロバート・ペイン

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 毛沢東 (1967年) (角川文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



ヴォルガの舟歌~ロシア民謡集
ポリドール
1996-04-21
ギャウロフ(ニコライ)

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ヴォルガの舟歌~ロシア民謡集 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
自分が動いていない時は見えない位置で―保養所雑務の経験で学んだ事―やった事ない事はできるか(2) 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる