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zoom RSS 梅の花咲く湯島天満宮(東京都文京区)参拝(上)―湯島天満宮 社殿・梅園・庭園・筆塚・参道…

<<   作成日時 : 2016/02/29 15:29   >>

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[第391回]冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り(30)-1
   東京都で一番知名度の高い天神社は? というと、おそらく、湯島天神(湯島天満宮)ではないでしょうか。 「学問の神さま」としてなら、湯島天神はすぐ北に東大の本郷キャンパスがあり、南の御茶ノ水には駿台予備校があって、明治大学もあり、日大の何学部だかもあり、東の上野には東京芸大もあり、周囲を大学や予備校がとりまいている。 そして、すぐ北の東大本郷キャンパスの手前には、ポポロ事件で有名な本富士警察署があり、その東には、下山事件にも関わったらしいキヤノン機関が入っていた「本郷ハウス」(旧・岩崎邸)もあり、冤罪を晴らす神さま としてももってこいの立地。
   湯島天神に訪問するのは、今回が4回目です。 住所は、東京都文京区湯島3−30−1 。 最寄駅は、東京メトロ 千代田線の「湯島」、次いで、都営大江戸線「本郷三丁目」、そして、東京メトロ 丸の内線「本郷三丁目」。 しかし、この3駅で降りて行くと、どうも、後ろ側から入るような感じになってしまいます。 ですから、1回目は「湯島」から行きましたが、2回目は御茶ノ水から。 そして、今回も、JR中央線「御茶ノ水」駅で降りて行きました。
   寺社訪問は、何回か行くと、1回目に気づかなかったところに2回目に気づいたり、2回目までに気づかなかったところに3回目に気づいたりすることがあります。 又、その寺社のすべてを1回で把握しようとすると大変で気持ちも滅入ってしまう。 滅入るために寺社に行くのではないので、あるテーマを中心に訪問し、その時に重視しなかったものは次回以降にという訪問のしかたでも良いかと思います。 今回は、梅の季節ということで、特に、梅とのかかわりで。
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   湯島天神には梅園があるのだが、社殿とともに梅の木を写そうとすると、なかなかよいアングルで入りにくい。 また、「梅まつり」の期間中で、出店が多く出ているのはいいが、梅と社殿を合わせて撮ろうとすると、出店がその支障となったりする。
※ 湯島天神(湯島天満宮)の境内案内図は、⇒《湯島天神HP 境内案内図》http://www.yushimatenjin.or.jp/pc/keidai/f_keidai.htm
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↑ 西側から見た本殿と梅
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↑ 南東から見た拝殿と梅

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↑ 湯島天神 庭園・梅園と「泉鏡花 筆塚」
≪ 「婦系図」の作者である泉 鏡花の「筆塚」も昭和十七年(1942年)に、里見 惇、久保田万太郎、岩田藤七らによって建てられました。 ≫(《湯島天神HP 筆塚》http://www.yushimatenjin.or.jp/pc/keidai/fudeduka.htm )

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↑ 梅園と「菅公一千年祭碑」(右の石碑)

   さて、もう一度、参道に戻って、述べてみましょう。 湯島天神(湯島天満宮)は、「文京区」にあり、周囲を大学や予備校など学校に取り囲まれており、いかにも、学問の神さま て感じの立地で、これは、「学問の神さま」を「売り」にするにはもってこい♪ て感じではあるのですが、しかし、むかし昔からここは「文京地区」だったのか? というと、よくわからないところもあります。 夏目漱石の『坊ちゃん』(岩波文庫 他)では、
≪ 「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天婦羅や、団子は物質的娯楽なんだろう。 精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。 何だあの様は。 馴染の芸者が這入ってくると、入れ代りに席をはずして、逃げるなんて、どこまでも人を胡麻化す気だから気に食わない。 そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとかいって、人を烟(けむ)に捲くつもりなんだ。 あんな弱虫は男じゃないよ。 全く御殿女中の生まれ変わりか何かだぜ。 ことによると、彼奴(あいつ)のおやじは 湯島のかげま かも知れない」
「湯島の かげま た何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。―― ・・・・」
・・・・ ≫ という文章がある。
岩波文庫の平岡敏夫の注には、
≪ 「かげま」は江戸時代に流行した、男色を売る少年で、これを置くのが陰間茶屋。 湯島天神前のが有名だった。 ≫と出ている。
そう思って、南側の参道を見ると↓
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↑ 昔の呼び名で「連れ込みホテル」、今の呼称で「ラブホテル」といったホテルも何軒か見えます。

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↑ 中央に見えている鳥居が東京都指定有形文化財の「銅鳥居」らしい。⇒《湯島天神HP 銅鳥居》http://www.yushimatenjin.or.jp/pc/keidai/torii.htm

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↑ 「梅まつり」の期間中の日曜だけあって、出店がいっぱい出ている。 なんとも、ずら〜っと人が並んでいるのだが、何を並んでいるのかというと、拝殿の前で、ちゃらんちゃらんちゃら〜んと鳴らして、賽銭入れて、2礼2拍手1礼ボンボン♪ とやるのを並んでいるらしい。 こういうの並ぶの苦手なんだよね・・・。 なんで、苦手になったかというと、何しろ、建築屋で水曜休みで働いてきたのに慣れてしまって、他人さまが休みの時は仕事日、他人さまの働く日に休日があるという生活に慣れると、たまに、日曜日なんかに有名寺社なんかに行くと、なんでこんなに並んでんの? て感じがして、並ぶ気がしない。 そもそも、社殿に参拝するのに正面から参拝しなきゃならないという規則があるわけでもないから、横っちょから2礼2拍手1礼して、賽銭入れたければ、ひょいと横から入れてもいいし、入れたくなければ、賽銭入れるのは義務じゃないから入れずに、拝観料を求められる神社ではないので、1円も払わずに帰ったら申し訳ないと思うのなら、授与所で何か購入して帰ればよいことではないか・・・という気がするのだ。 だから、並ぶの苦手なんだわ、わたしゃ。 でも、横っちょから、2礼2拍手1礼すると、並んでいる人たちから反則みたいに思われても困るので、2礼2拍手1礼は控えて、心の中でおじぎして神さんにはそれでいいことにしていただいた。 で、授与所で御朱印はいただいてきた。 「いただいてきた」といっても、盗んできたのではない。300円納めて「いただいてきた」のである、て断らなくても当たり前といえば当たり前なのだが、「いただいてきた」と言うと、なんか、ただで「いただいてきた」みたいなので、念のためにお断りしておく。

   次回 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_11.html、 この続き、なで牛、社殿、その他周辺など述べたい。 続いて見ていただきたくお願いします。 

   まだ、もうしばらく生きていてほしかった 水木しげる が昨年、2015年11月30日、他界してしまった。(《ウィキペディア―水木しげる》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B) 水木しげる『カラー版 幽霊画談』(1994.6.20.岩波新書)にも、「菅原道真の怨霊」は登場している。
≪ 藤原氏が絶大な権力を持っていたころ、道真は、藤原氏一門以外からめずらしくも右大臣に抜擢された。
  そのことで藤原一族に憎まれて、謀反の嫌疑をかけられ、大宰府に左遷されて、そこでさびしく死んだ。
  その後間もなく、道真(の霊)は比叡山延暦寺に現れた。 ときの座主であった尊慧僧正は、来訪の意を道真にたずねた。 すると道真は、
  「天の神々に許しを受け、これから都の御所に復讐するのだ。 邪魔をしてくれるな」と言った。 そこで尊慧が、
  「天皇の命次第で、約束はできない」と返事をすると、道真は怒って、ざくろの実を口に含むと炎の息に変えて吐き出した。 間もなく御所の清涼殿の上に黒雲がたちこめ、稲妻が襲った。 これこそ“ 道真の怨霊 ”である。・・・・ ≫
( 水木しげる『カラー版 幽霊画談』1994.6.20.岩波新書)
   水木しげる が調布市の名誉市民に選ばれた時、水木しげる は「名誉市民と言われると、これから、どんな顔をして生きていけばいいかと思う」と言ったという記事がどこかに出ていた。 「名誉市民」の称号をもらっても、それでえらぶらず、こういった言葉が自然と出てくるのは、水木しげる がこれまでに自ら努力と苦労をして生きてきたからということか。 清原和博が覚せい剤使用で逮捕された。清原は高校生の時はすばらしい選手だったのに、いつからあんなになったのか。 清原が西武に入団して2年目だか3年目だかに、ロッテ・平沼投手からデッドボールを受けた後、バットを投げつけ、膝蹴りを加え、さらに、「この僕はそんなにものすごい選手か!」と言ったというのだが、そのあたりに、クスリ中毒で逮捕されるに至る要因があったのかという感じがする。 思い上がりも甚だしい。運動選手というのは、そのスポーツにはすぐれていても、特に他の仕事の人間よりも倫理的な人間がなっているわけでもなく、又、もともと、体を動かすのが得意の人間であって頭を使うのが得意の人間ではないかもしれないが、何であれひとつのことを上達しようと努力した人間は、その過程で人間的にも磨かれることがあるとも思うのだが、彼は磨かれなかったのか。 水木しげる が調布市の名誉市民に選ばれた時、決してえらばらず「名誉市民と言われると、これから、どんな顔をして生きていけばいいかと思う」と言ったというのは、さすがと思った。水木しげる は私の父と同じ年の生まれなのだが、父などは、自分をえらいと思っていた人間で、「わしほど偉い人間はおらんのやぞ。わかっとるか」とかしばしば言っていた。どこがエライのかというと、自分はエライと人から言われたい思われたいという強迫観念のようなものがあったのだろう。水木しげる にはそんなものがない、というのはそういう人生を送って来たということなのだろう。
  福沢諭吉は「精神の独立」といったことを言っている。 戦中世代の人を見ると、私の父などもそうだが、戦中の思想にどっぷりとはまり染められてしまって、そこから抜け出せずにいる人がいるが、水木しげる はそうではなく、そういう時代に生きても自分自身の考えを持って生きてきているように思う。
  もっとも、『ゲゲゲの女房』だかいうテレビ番組では、水木しげる 役の俳優が「わたしは、生きている人間には同情しないことにしてるんですよ」と語る場面があったが、戦争中に、死にとうない、こんな人生嫌じゃ〜と言いながら死んでいった戦友のことを考えると、どんなに大変な思いをすることがあっても、どんなにつらい人生であっても、それでも、生きているんだからいいじゃないですか・・・ということらしいが、もっともではあるのだろうけれども、しかし、これはけっこう厳しい発言でもある・・・・。
   (2016.2.28.)

※ 湯島天神(湯島天満宮)のホームページは ⇒ http://www.yushimatenjin.or.jp/pc/index.htm
他に、《ウィキペディア―湯島天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B3%B6%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE

☆ 冤罪を晴らす神様・菅原道真・怨念を晴らす全国お百度参り シリーズ
東京都 
亀戸天神社(江東区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_7.html
亀戸天神社 2回目 http://shinkahousinght.at.webry.info/201505/article_1.html
湯島天神社(文京区)
上 〔今回〕
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_11.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_12.html
平河天満宮(千代田区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_3.html
北野神社(文京区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_2.html
西向天神社(新宿区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201502/article_1.html
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_5.html

千葉県
葛飾天満宮(市川市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_3.html
意富比神社 末社 天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201311/article_1.html
下飯山満神明神社 摂社 天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201503/article_4.html
白井市(白井市河原子の)天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_5.html
千葉神社 摂社 千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_2.html
(下)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201308/article_1.html

神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_8.html   永谷天満宮(横浜市港南区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_7.html
北野神社(鎌倉市山崎)http://shinkahousinght.at.webry.info/201504/article_2.html

岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_7.html
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_8.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_9.html
村山天神(高山市国府町)
1上枝駅から宮川沿い http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_2.html
2村山天神 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_3.html
3村山天神 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_4.html
4あじめ峡、他 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_5.html
桜山八幡宮 摂社天満神社(高山市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_7.html

京都府
北野天満宮(京都市上京区)
1 http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_2.html
2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_3.html
3  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_4.html
4  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_5.html
5  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_6.html
高台寺天満宮(京都市東山区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_7.html

大阪府
大阪天満宮(大阪市北区)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_4.html
露の天神社(お初天神)(大阪市北区)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_5.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_6.html
綱敷天神社 御旅社(大阪市北区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201405/article_11.html
池田市天神1丁目・2丁目 http://shnkahousinght.at.webry.info/201405/article_10.html

熊本県
山崎菅原神社(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_6.html
船場天満宮(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_7.html
手取天満宮(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_8.html  

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≪ まず、万年筆は石川家入り口のカモイから、事件発生から約2カ月後の6月26日に突然発見されているが、そこは5月23日と6月18日の2回にわたり、警察がすでに捜査済みの箇所であった。
   1991(平成3)年〜1992(平成4)年には当時捜索を担当した警察官がその日の状況を弁護人に説明し、「私たちが捜したずっと後になって、お勝手出入り口上のカモイのところから万年筆が発見されたといわれ、びっくりしました。 発見されたところは私が間違いなく捜して、何もなかったところなので本当に不思議に思いました」と明確に証言しているのである。 ・・・・
   確定判決では石川氏の自白により1963(昭和38)年5月25日、死体発見現場から約400メートル離れた溝のなかからカバンの中身(教科書類)が発見され、さらに同年6月21日、そこから約130メートル近く離れた溝の脇でカバンが発見されたことになっているのだが、何とこのカバンは同年5月4日の死体発見前に、地元消防団員の手によって畑の中で見つけ出されていたのである。
   この時、カバンを発見したのは市内南入曽に住む燃料商の沢村次郎(仮名=当時32歳)氏。・・・・
   ・・・・この点に関し「ニュースを聞いた時、不思議に思わなかったか」と尋ねると、沢村氏は少しの間沈黙し、やがて遠くに視線を向けながら、こう呟いたのであった。
「不思議に思ったねえ・・・・・」
  沢村氏はその後なぜか正式な調書を取られることもなく、裁判にも呼ばれることはなかった。 ・・・・ ≫
(伊吹 勇人「「狭山事件」の深き謎と「真犯人」と疑われた男たちの半世紀」
〔↑ 『別冊宝島 昭和史開封! 男と女の大事件』2016年1月21日発行 宝島社 ↑〕 ) 



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