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zoom RSS 人事総務の分類の補足1 教育勅語的白痴右翼・保険屋のおっさんてエリート?・クォーツも知らない社外講師

<<   作成日時 : 2016/01/29 19:43   >>

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[第381回]人事総務の分類の補足―世の中の会社には「無能系」「ズルイ系」がいっぱい!(1)
  「人事総務の分類」は2回で終わりにするつもりであったが、公開後、他にも述べておこうと思うものが出てきたので、補足として述べる。

〔1〕「親が子に何かをもらった時、何かをしてもらった時と、子が親から何かをもらった時、何かをしてもらった時と、どこが違うか知ってますか。教えてあげましょうか、教えてあげましょうか、教えてあげましょうか、教えてあげましょうか」というおっさんの話
  1980年代後半、東京都千代田区に本社があった コンピュータ・ソフトハウスT社 で、社員教育をおこなう部署の「責任者」になっていた某氏だが、新卒社員研修で出てきて、おっしゃったお言葉。 「皆さん、親が子供に物をもらった時と子供が親に物をもらった時と、どこが違うか知っていますか」と。 そして、「教えてあげましょうか」とおっしゃったのだ。 別にそんなもん、あんたが「教える」とかいうものと違うけれども、と思ったし、そこに在籍した新卒社員で「教えてください」などと言う者は1人もなかったのだが、それでもめげずに某氏は「教えてあげましょうか。教えてあげましょうか。教えてあげましょうか」と何度も何度も繰り返し繰り返しおっしゃって、それで、何を「教えて」くださったかといいますと、「子供が親から何かをもらった時には、子供はその物に対して喜ぶのです。それに対して、親が子供から何かをもらった時には、親は物に喜ぶのではなく、子供の気持ちに対して喜ぶのです。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか」とおっしゃったのです。 そうか? 
   私はそれは違うと思ったが、逆らうとうるさそうだったので黙っていた・・・が、まったくつくづく「社員教育」というのは、くっだらねえ〜え!!! と思ったし、新卒入社したばかりで、何を言っても心の中でアホかと思っても口に出して逆らわない相手に対して勝手なことを言いまくって、この人、何が楽しいのだろうかとも思った、がそういう人だったのだろう。
   私自身の経験でも、親の為を思って何かをしても、必ず喜んでくれたわけではない。 子供の側でも、物さえもらえれば気持ちがどうであっても喜べるというものではない。
   中学校の1年の時、岐阜県から愛知県にかけて同級生と旅行に行ったことがあり、その時、岐阜県の郡上八幡で、ハイライトのタバコで、箱の下半分に郡上八幡城の写真が印刷したものが売られていたので、私としては、その当時は珍しかった「ご当地」ケースのハイライトの箱をお土産に買ったつもりで父に贈呈したが、それから1週間ほど後、タバコだけ喫うと父にとっては郡上八幡城の写真入りの箱は要らなかったようで家の屑籠に丸めて捨ててあったのを見た。未来永劫に保存してもらわないといけないとまでは思っていなかったが、こちらとしてはタバコではなく郡上八幡城の写真入りの箱の方をお土産にしたつもりであり、1ヶ月くらいはその箱はとっておいてもらいたかった・・・が、お土産に買って来た人間のそういう気持ちを考えるようなおっさんではなかった。
   「大学生」であった20代の時、夏休みに箱根の保養所に宿泊した上での「雑務」(下男)のアルバイトを2カ月した。大学生であった時には、アルバイトに行った先行った先で「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトに来るのお〜お」と言われ、夏休み明けには少人数の授業の時に助教授から「きみ、そんな保養所の下男なんてやってたら勉強できんだろう」と言われたが、実際、山本有三の『路傍の石』に、昼間、印刷工の仕事をしながら、夜間の商業学校に通う吾一が、小学校の時の同級生が、昼間、学校に通うだけの生活をして卒業式で答辞を読むという話を聞いて、勉強だけをしておればいい人間と、昼間、印刷工の仕事をして夜に学校に行くのとでは条件が違うのは明らかだと思う場面があったが私もそう思った・・・が、その時、箱根の保養所の近くの店で販売されていた寄木細工による手鏡を母にお土産にし、ライターケースを父にお土産に渡したのだが、母はけっこう大事にしてくれていたようだが、父はライターケースなど邪魔なだけだと思ったのか、いつのまにかどこかに消えたようだ。贈り手の気持ちがどうかにかかわらず、親にとっては、要らないものは要らないようだ。
   この「社員研修」より後でも、父が他界する前、もう治癒は無理だと医者から言われ、入院中、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を聴きたいと言うので、東京都大田区のアパートからFM放送から録音した「くるみ割り人形」のカセットテープを持って行ったところ、「これ、ラジオから録音したものやろ。そんなもの聴けるかあ! ラジオから録音したようなそんな音の悪いものはあんたが聴きなさい。それはあんたが聴くものや。このわしがそんなもん、聴けるかあ! 持って帰り、そんなもん!」と言われて持ち帰らされた。親にとっては、東京都大田区から大阪市の病院まで持って行った人間の「気持ち」なんてどうでもいいようだ。
   小学校の1年2年の時の先生は、算数の足し算・引き算・掛け算・割り算の学習において、クラスでトーナメント試合というのをおこない、隣同士の生徒に問題を出して先に正解を答えた方が勝ちとして、優勝・準優勝者には「連絡帳」にそれを記入してくれるということをやりました。私は、なにしろ「高校までエリート」でしたから小学校の算数も良くできて、優勝・準優勝を何度も獲得しました。父は、「次、優勝したら、欲しい物を買ってやる」と言い、そして、次、優勝したので、「何が欲しいか」と言うので、学校から家までの道にある模型屋のショーウインドウに飾ってあった、ゴジラ、バラゴンの模型を同級生で持っている者が何人かいて、そのゴジラが1960年代後半の価格で4000円したのですが、同級生で勝ってもらっていた者は何人かいて、我が家はその同級生と比べても特別に金持ちでもないが特別に貧乏というわけでもなかったと思うけれども、我が家はそういうものは勝ってもらえない家庭だったので無理だと思いながらも、一応、言うだけ言ってみようと思って、「ゴジラのプラモデルがあるんだけれども。4000円するらしいんや」と言ったのです。おそらく、そう言えば、「4000円もするんなら、そりぁ、ちょっと無理や。もうちょっと安いもんで考え」と父は言うだろうと思って、とりあえず、言うだけ言ってみようと思ったのです。ところが、父は「そんなもん、プラモデルで4000円なんかせえへんて」と言うので、私は「するって。Yくんが買ってもらって持ってるんやけど、Yくんに聞いたら4000円だったと言ってたもん」と言いました。1人だけではなく何人か持っている人間がいて、とても魅力的な物だったので、何人もに値段を尋ね、店のおやじさんにもきいた上で、その値段では我が家は無理だろうなあと思っていたのですから、間違いないはずです。ところが、父は「せえへんて。 たとえ、4000円したって買ってやるがな。大丈夫や。心配せんでもええ。このわしがこうたる言うとるんやないか。このわしが言うとるんやで。このわしがこうたる言うたからには、4000円したっていくらしたって間違いなくこうてやるがな。心配あらへん」と。予想外の答えに驚き、買ってもらえるんだと喜んで模型屋に言って、父が店の奥さんに値段をきくと、「4000円です」と。それを聞いて、父は「へえ〜え。怪獣のプラモデルみたいなもんが4000円もするんかあ。ふえ〜え。ひえ〜え。ぎょえ〜え。かなんなあ、そんなもん。ひええ〜え。ゴジラ以外にないんか」と言うので、私は「バラゴンでもいいけど」と言うと、店の奥さんが「バラゴンはもっと高いです。バラゴンは4200円です」と言ったが、父は「何、バラ、バルゴン?」と言うと、店の奥さんが「バルゴンやったら200円です」と言って、父は「それで、ええ。 それでえこっちゃ。 そんなもん、怪獣のプラモデルみたいなもんに4000円も出すようなことしたらいかん。200円のバルゴン。それがちょうどええ。それください」と言ってバルゴンを買ったのでした。帰りみちみち、父は「そんなもん、プラモデルみたいなもんに4000円も出すようなことしたらいかんのや。バルゴン買ってもらってよかったねええ〜え。うれしいやろ。よかったよかったよかったね、よかったよかったよかったねえ」と何度も何度も言ったのですが、最初に話した時に、「4000円もするようなものは買えないわ。200円くらいのものとかはないのか。もし、200円くらいの物があったら買ってやるけれども」と言ったのなら、200円のバルゴンでも喜べたでしょう。しかし、「たとえ、4000円したってこうてやるがな。このわしがこうたる言うとるんやで。このわしがこうたる言うたからには絶対にこうたるがな。このわしが言うとるんや」と何度も何度も言ったおっさんに、「よかったよかったよかったね」と言われても喜べなかった。悲しかった。200円のバルゴンを買ってもらってもその物に喜ぶことはできなかった。コンピュータのソフトハウス T社(ソフトハウスというのは、コンピュータの会社には日立・東芝・日電・IBMといったコンピュータの機械を作っているハードの会社と、それを動かすソフトを開発するシステムエンジニア・プログラマーを雇っているソフトの会社があり、そのソフトの会社が「ソフトハウス」)の社員教育の部署の某さんが「教えてあげましょうか。教えてあげましょうか。子供は親から何かをもらった時には、親の気持ちに喜ぶのではなく物に喜ぶのです。それに対して、親が子供から何かをもらった時には、物に喜ぶのではなく気持ちに喜ぶのです。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか」と「教えて」くださったのですが、「わかりましたか」と何度も何度も言われても、さっぱりわからん。 よう、そんなええかげんなことを「教えてあげましょうか」とか言って教えるとあきれる。まったく、つくづく、「社員教育」というのはくだらんなあ〜あ・・・と思った。
〔 「バラゴン」と「バルゴン」は別である。 バラゴンは東宝の地底怪獣、バルゴンは大映の冷凍怪獣でガメラのライバルである。
《YouTube-フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン》https://www.youtube.com/watch?v=ZxlICjFpWzI
《YouTube-決闘ガメラ対バルゴン 予告篇 》https://www.youtube.com/watch?v=saSRtq7K2cQ
ゴジラもバラゴンと同じく東宝系。
《YouTube-ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 》https://www.youtube.com/watch?v=OCqAv7jBHk0
子供の頃、ゴジラとガメラが戦うとどっちが強いか、なぜ、ガメラ対ゴジラはないのかと思ったのだが、虎とライオンが戦うとどっちが強いか、といっても住んでいる所が違うので戦うことはないらしいが、それと同じ、新日本プロレスの猪木と全日本プロレスの馬場は対戦しないのと同じで、東宝のゴジラと大映のガメラが戦うことはなかったようだ。 東宝系のバラゴンは4200円、ゴジラは4000円。 大映系のガメラとバルゴンは200円だったのだ・・・ 当然、4000円のものと200円のものでは違う。〕

   ひとから何かをもらった、何かをしてもらったという時に、物・行為に喜ぶのか気持ちに喜ぶのかというと、結論としては、両方にだと思う。 そして、どちらの比重が大きいかというと、精神的に成熟している人間なら両方に喜ぶが、未熟な人間は物・行為に喜び、ひとの気持ちを理解する度合いが小さいということが言えるのではないかと思う。
   テレビの青春もののドラマで見た話だが、女子高の教諭をやっていた男性がワイシャツのボタンがとれたという時に生徒がつけてくれたことがあり、それを見た女性の教諭が「◇◇先生、そのボタン、なんですか。脱いでください。つけかえてあげましょう」と言うが、男性教諭は「いえ。けっこうです」と言い、女性の教諭が「どうしてですか。自分でつけられたのでしょう。みっともないですよ、そんなへたなつけ方して」と言うが、「いえ。これでいいんです。これは生徒がつけてくれたものですから、このままでいいんです」と。へたくそが一生懸命つけてくれたものはそのまま大事にした方がいいという気持ちを持てるかどうかは、親か子かの問題ではないはずだ。
   ロナルド=レイン・デビッド=クーパーらは「精神疾患」、特に「精神分裂病」(現在では「統合失調症」というようだが)の原因として、人間関係において抑圧されたものが個人を通してでてきたケースを考え、特に家族における人間関係において抑圧に原因がある場合を考える。多くの場合、現役世代で多くの稼ぎがある父親などは「精神疾患」の「患者」とされることは少なく、「家族の政治学」において立場が弱い未成年者や高齢者が「病気」にされることが多いと見る。 コンピュータのソフトハウスT社の社員教育の部署にいた某さんの発言はあまりに軽薄・浅薄であり、聞くに値しない。
   横浜市港北区にあった(今も名称を変えてあるようだ)日吉台学生ハイツは防衛庁・自衛隊の関係者が運営するものらしく、1980年代、「ハイツだより」なるものに館長Fが「親に感謝」と書いて配布し、私の父などは「ええ〜え こと言いはる。『親に感謝』じゃ。わしに感謝せえよお、わしにじゃ、わしにいい〜い」と言ってそれを見て喜んでいたが、2つの点でおかしいと思ったのだ。

(↑ 「日吉台学生ハイツ」 日光の手前…→今市)
1番に、親と息子・娘の関係というのはその親と息子・娘が自ら形成するものであって、他人である日吉台学生ハイツの館長が口出すことではないと思うのだ。私が親なら、他人が余計な口出しはやめてくれと言いたい。ところが、そういう認識を持つことができず、「ええ〜えこと言いはる。わしに感謝せえよお、わしにじゃ、わしにいい」とか言うようなおっさんを喜ばそうとしてそういう文章を書くあさはかな男に不快感を覚えたのだ。 第2に、「感謝する」という日本語は行為に対してのものであるはずで、「親に感謝」という言葉は日本語としておかしいのだ。 親が息子なり娘なりに感謝されておかしくない行為をした時に感謝するというのはわかる。同時に息子なり娘なりが親に役立つことをする時だってあるはずで、そういう時には親が感謝してもよいはずなのだ。ところが、行為が何かを述べることなく、「親に感謝」せえよおという発言は、日本語としておかしいはずなのだ。 山住正巳『教育勅語』(朝日新聞社)を読んでわかった。この日吉台学生ハイツの館長が言う「親に感謝」というのは戦前戦中の教育勅語の思想だったのだ。教育勅語においては、親が何かをやってくれたことに対して感謝するべきだというのではなく、親であることに対して感謝しろというものであり、子が親の為に何かをしても親は感謝する必要はない、あくまで「親であること」に対して子は感謝しなければならないとするものだったのだ。 そんなものを、戦後、1980年代にまで引っ張り出してきていたあたりは、やっぱり、日吉台学生ハイツは防衛庁・自衛隊の関係者が運営するだけあり、また、そんな自衛隊は日本国民にとって害こそあれ益はないと思えた。自衛隊というのはつくづく文化的レベルが低いなあと実感した。 〔今回、インターネットで検索すると、日吉台学生ハイツは2016年3月に閉館になるらしい。(《横浜日吉新聞―日吉駅近くで大規模開発も、日吉台学生ハイツが来年3月に閉館へ 》http://hiyosi.net/2015/07/26/2-4/ 内容はいいとは言えないが、そこに住んだことのある者としては寂しさもないではない・・が、反動の運営者による変な施設と考えれば無くなった方が世の為とも言える。〕
   千代田区に本社があったコンピュータのソフトハウスの社員教育担当部署にいた某さんの言う「子供は親から何かをもらったり何かをしてもらった時に、気持ちに喜ぶのではなく物に喜ぶのです。それに対して、親は子供の気持ちに喜ぶんです。」という発言、というより暴言は、日吉台学生ハイツのアホ館長と同様、教育勅語の思想に連なるものでしょう。 なにより、「世の中いろいろ、会社もいろいろ」であり、親もいろいろ、子もいろいろ、のはずです。 遠山啓は『競争原理を超えて』(太郎次郎社)で、父親というものは外敵から防いでくれる存在である、などと書いていたが、そういうお父さんもあるでしょうけれども、そうでないお父さんもあると思います。外敵を引っ張り込んでくるお父さんだってあると思います。遠山啓は自分自身は父親を子供の頃に亡くしたそうであり、そうであるゆえに、よその家のいいお父さんを見てそう思ったのでしょうけれども、難儀なおっさんやなあ・・と思うお父さんでもそれが自分の父親であればしかたがないのであり、「父親というものは・・」と決めつけてその父親像のようなことをしてもらおうとしても、そういう行動をとれないおっさんはしかたがないのです。
   よくわからないのは、コンピュータのソフトハウスのT社は、社員教育の部署の某さんに、そういう「社員教育」をするように求めたのか? という点ですが、おそらく、そんなものは求めていないと思います。某さんが勝手にやっていたことの可能性の方が高いと思います。 某さんは、「本来系(本格派)」「技術系」「ズルイ系」「事務系」「無能系」「ヤクザ系」のいずれでしょうか。 人相は「ヤクザ系」ではないのですが、「本来系(本格派)」ではないと顔に書いてあるし、「技術系」の能力もない。 それほど「ズルイ」わけでもないとは思いますが、こうような勝手な話を無理矢理新人にきかせてやろうという行動は「ズルイ」といえばずるい。 どれでしょうね。コンピュータの会社ですから、コンピュータの技術を学ぶための研修というものもやっているわけで、教育勅語の亡霊みたいな話を無理矢理きかす「研修」だけやっているわけではないので、コンピュータの知識・技術を習得させるための研修の手配などにおいては無能ではないのかもしれません。 その部分においては「事務系」もしくは「技術系」なのかもしれませんが、「家族の政治学」というものを考える思考においては「無能系」であるのは明らかです。

   慶應義塾大学に在籍中、カウンセリングのサークルに入っていた時があり、研修会に慶應の「学生相談室」のカウンセラーでもある心理学・カウンセリングのH教授に来ていただいて講演してもらったことがあった。「学生相談室」などという胡散臭いものなんぞはどの大学のものにしても私は信用していないし評価していない。害は大きく益はないが、その教授が「ケースバイケース」ということを言われた。「私のあだ名のようになっているのですが、人間関係の問題は『ケース バイ ケース』だと私はいつも言っているのです」と言われたのですが、その点については私も同感だ。 「親というものは」どうだ、「子というものは」どうだ、などと決まっていない。 「ケースバイケース」であり、「親が子供から何かをもらった時、何かをしてもらった時」はどう、「子が親から何かをもらった時、何かをしてもらった時」はどう、などと決まっていないはずだ。 「ケース バイ ケース」であり、「世の中いろいろ、会社もいろいろ」であり「親もいろいろ、子もいろいろ」のはずだ。


〔2〕保険屋のおっさん・にいちゃんて「エリート」なの?
   同じくコンピュータのソフトハウス T社の社員教育をおこなう部署 「……協会」の「責任者」になっていた某氏だが、新卒入社の従業員に損害保険に入ってもらおうと東京海上火災(現・東京火災日動保険株式会社http://www.tokiomarine-nichido.co.jp/company/about/outline/ )から勧誘に男性社員が来ることになったらしかったが、その際に、その某氏が言った文句が、「東京海上火災の皆さんとは違ってエリートの人が来られますから、エリートの人の話を聞いてください」と言ったのだ。アホか?!?
    T社の社員教育担当の「・・・・協会」(社長が会社を、形式上、いくつか持っていたことから、社員教育をおこなう部署をそのどこかに持つのではなく、独立して「・・・・協会」として作っていた)の某さんは、東京海上火災の従業員というと、東大か京大かさもなくば早慶を卒業して東京海上火災に入社した、いわば、『東京海上火災の星』として、子供の頃から「飛雄馬、あの夜空に輝く星座がサラリーマンの世界の中で最もすばらしい東京海上火災という星座だ。おまえは、あの星座の中でもひときわ輝く星になるんだ」とか言われて、東京海上火災養成ギプスとかはめられ、「月夜の千本ノックだあ」、「とうちゃん、俺、なんだってこんなことしなきゃならないんだよお」とか言って育ってきて(⇒《Daily motion−巨人の星 第001話》http://www.dailymotion.com/video/x1d7gv9_%E5%B7%A8%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%98%9F-%E7%AC%AC001%E8%A9%B1_shortfilms )、東大・京大なり早慶なりに入って、「東京海上火災のために。その1」「その2」「その3」とかやって4年間を送って卒業し、いずれは「東京海上火災の星」として大リーグボール2号「消える魔球」とか投げるようになる人か・・・・とか思っていたようですが、そんなわけあるかいな。 顔みてみい、そのにいちゃんの。「私は東大とか京大とかいうような大学なんて、天地がひっくり返っても出ていません」と顔に書いてあるがな。あほくさい。我が家にも、最近、大手有名証券屋の新卒社員のにーちゃんがまわってきたが、彼は契約をもらいたいために自己紹介書をプリントして私はどこで生まれて○○大学の◇◇学部を卒業しましたと書いていたけれども、頭狂大学も狂徒大学も出とれへんでえ。低能未熟大学も幼稚大学も。いっちゃ悪いが「底辺の方の大学」やったでえ。 で・・、「底辺の方の大学」しか出てない人間なら絶対に悪いということはない。その業務をきっちりとやってくれるのであれば、「底辺の方の大学」しか出てない人でも依頼する側としてはかまわないし、ぼくトーダイ出てます・・と言われても、やることきっちりやってもらった上なら、さすがにトーダイ出てるだけあるねえとなるかもしれないが、やることやらずにトーダイ出てます言われても、「ああ、そう」と言うしかない・・が、出て悪いわけでもないし、長い目で見て成果を出せる時は出てくるかもしれない。 どっちにしてもだ。損害保険に入ってくれという説明をしにくる、勧誘に来るのに「エリートの人」もエリートでない人もないのだ。 要するに「保険屋のおっさん」「保険屋のにいちゃん」なのだから、保険についてきっちり説明してくれればいいことなのだ。 だから、そのにいちゃんは、言っちゃ悪いが「底辺の方の大学」しか出てないだろうけれども、保険の説明をきっちりしてくれれば別に悪いことはない・・・・が、そんなにいちゃんのことを、「皆さんと違ってエリートの人の言う話を聞いてください」とは、おっさん、よく言うよなあ・・・・・とあきれた。そんな人がそういう「社員教育」をしていたのだ、社員教育担当部署の「責任者」として。社員教育担当部署「責任者」としては「無能系」であろうが、そんな人が「責任者」になって、「子が親から何かをもらったり何かをしてもらった時と、親が子供に物をもらったり何かをしてもらった時ではどう違うか知ってますか。教えてあげましょうか、教えてあげましょうか、教えてあげましょうか」と何度も何度も言って、教えてくださいなどと誰も言ってないのに、「教えてあげましょうか」と言って勝手な話を無理矢理きかすあたりは「ズルイ系」の要素も幾分あるか・・もしれないが、東京海上火災のセールスのにいちゃんのことを「あなたがたとは違ってエリートの人の話を聞かせてもらいましょう」などとアホなことを言うあたりは「ズルイ系」というよりも「こっけい系」て感じ・・・。
〔   営業が契約をもらえるためにということで、自己紹介書を作成して見込客に配るとよいと言う人があるようで、小堀住研(株)の研修でも説明を受け、住宅建築業の営業でそれをやる人がおり、我が家まわってくる証券屋のにいちゃんで書いて郵便受けに入れる人もあるが、そういう際に、「一流大学」を卒業しているという方が評価されるだろうと思っている人がいるが、常にそうとは限らないと私は思う。 一条工務店の山梨県の工場に派遣で来ていた人が退職して友人と一緒に居酒屋を始めたということで、工場の従業員と一緒にその居酒屋に行ったことがあったのだが、友人の方が店長で経営者らしかったが、その若い店長が「山梨県の◇◇に○○大学てありますでしょ。私、あそこ出たんですよ。あのバカ大学ですよ。でき悪いですからねえ。で、今、居酒屋のおやじやってんです。よろしくお願いしますね」と挨拶したのだが、大学はたしかに「底辺の方の大学」だったが、しかし、この人、居酒屋のおやじとしてはいい味だしてるなあと思ったのだ。 逆に、小堀住研(株)の千葉支店にいたS川は、お客様の家に行くと「わたし、早稲田の建築でてますから」などと言ったというのだ。ニチゲー(日大芸術学部)しか出てないくせしやがって。そういうのはよくないと思う。S川は「早稲田の建築でてますから」とか言えば「ひとは言うことをきく」という思想を持っていたようだが、実際に卒業していないS川に早稲田の建築でた人間と同じことはできないはずで、そして、彼が千葉支店で1番の営業成績を残していたとしても、安い契約ばっかりポンポコとるばっかりで高額物件の契約は苦手というのは、高額物件の客にはそのあたりを見抜かれていたのだと思う。 ニチゲーならニチゲーでいいと思う。客はどんな人なのかわかった方が親しみを感じやすく話している相手がどういう人間かわかった方が安心感を持つということであって、学歴詐称する人間が好きということではないと思うのだ。 又、小堀住研(株)などには東大出の新卒社員なんかいないが、大手証券屋にはいるわけで、そういう新卒社員が自己紹介書に、卒業した大学として、東京大学法学部だとか東京大学経済学部とか書いているケースがあるが、東大とか出たような人は、むしろ、そういう自己紹介書には大学名書かずに、何年に大学の○○学部を卒業しました、くらい書いておいて、大学名はきかれれば答えるというくらいにした方がよいのではないかと私は思う。 〕


[3] 新卒社員研修で「きみらは勉強なんかしてきてない人間ばっかしやろ」「学生時代に根詰めて勉強してきた人間はこの会社には来てないはずや」と「研修」で暴言を吐く社外講師
   1980年代の終わり、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕の大阪市北区の地下鉄谷町線「東梅田」駅のすぐ上にあった本社でおこなわれた新卒社員研修で、4月、副社長Kと「財界の懇親会で知り合った」という社員教育を仕事としているという講師のおっさんが言ったことだが、「最近、若い者で、学生時代に勉強ばっかりやっていた人間で、会社に入ってからノイローゼみたいになって働けなくなるような者がいるらしい。 きみらの中にはそんな人間は1人もおらんわな。きみらはそんな心配はまったくない。 なにしろ、きみらは小学校から大学卒業するまでちいっとも勉強しとらんもんなあ。 大学までに勉強してきた人間はこの会社には入ってないはずや。ここにいる人間は小学校から大学まで勉強しとらん人間ばっかりのはずや」などと発言したのだ。 副社長のK田さん、こんなこと言うアホを講師に呼んできてカネ払っていいのでしょうか。 そもそも、このおっさんは、そういう罵詈雑言を言うためにその社員研修に来たのだろうか。そういう雑言を吐くことで報酬をもらっているのだろうか。小堀住研(株)はそういう罵詈雑言を吐かせるためにカネをはらったのだろうか。
    いったい、ご自分はどれだけおえらいつもりかわからんが、自分を講師に呼んでくれた会社の従業員を、「きみらは落ちこぼればっかしやろ。小学校から大学までまともに勉強してきとったらこの会社には入ってないはずや」などという発言は、そこにいる人間にもその会社にも失礼であり、そんな暴言を吐く人間を講師に雇ってやる必要はないはずだ。何か知らんけど、新卒社員研修では、新卒社員に対して、おまえらは価値のない存在なんだと思いこませればよいみたいなことを思っている経営者がいるらしく、そういう経営者のニーズに応えようという社外講師、社員研修業のおっさんというのがいるらしいが、そのおっさんこそ、「落ちこぼれ」の「無能系」だからそんなアホな仕事をしているのではないか、と思う。 それで、けっこう報酬をもらっていたのだろうから、その点から考えると「ズルイ系」かもしれない。
    その社外講師のおっさんは、三井物産か三菱商事だかなら、もしくは、東京海上火災とかなら「優秀なエリートの人」とか言うのかもしれないが、会社名だけで人を判断するしか能のない人間というのが優秀とは言えない。 又、小堀住研(株)はその後、低迷して評価の低い会社になっていったが、その頃までは「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」と言い、関西地域では戸建住宅では最も質の高い住宅を建てる会社として評価され、「小堀ならではのデザイン」「小堀ならではの設計」にあこがれて、設計を中心に技術系においてはけっこう評価の高い大学からも入社していた会社だったはずなのです。1960年代の後半、大阪万博の少し前に小堀住研(株)で建てた我が家で、1970年代の後半に隣家が隣接した盛土部分を削って車庫を作りたいと言った時に見に来てもらった工事課の担当者も神戸大の工学部出身だったと母から聞いたし、新築する時の営業担当者も関西大学卒で、その社外講師のおっさんと財界団体の懇親会で知り合ったという副社長のK田さんにしても神戸市立外大卒で、その頃までの小堀住研(株)はそのくらいの大学の出身者が入社する会社だったわけであり、営業トークとしては、その頃、洋風の家を検討する人で競合することが多かった三井ホームがその頃は未上場であったことを踏まえて「うちは一部上場ですから」と言ったりもしていた会社であり、従業員でもともかく一部上場の会社だからということで転職せずにいるという人もいた会社で、また、「小堀住研は昔から『大卒しかとらない会社』です」と言っていた会社であり、そのおっさんはミサワホームとかの方が有名で施工棟数は多いので「上の会社」みたいに思っていたかもしれないが、実際にはミサワやダイワなどの営業は高卒が多いのに対し、小堀の営業は基本的には大卒の営業で、「大卒しかとらない会社」だから小堀住研(株)に入社した人もいたわけであり、「ミサワの営業は高卒の営業ですが、小堀の営業は大卒の営業で、小堀住研とミサワホームでは営業の社会的位置づけが違います」と言い、「小堀とミサワでは営業の格が違います」とも言っていた会社で、そのおっさんは自分が社外講師として話をしにいく会社のことをよく知らないで勝手な雑言を叫んでいたわけです。そういうおっさんというのは、何系かというと、まあ、「無能系」でしょうけれども、無能なくせに社外講師に雇ってもらってカネをもらっているという点では「ズルイ系」で、また、ともかく、「最近の若い者は」と言えば、あるいは、「きみらは勉強してきてない、怠けてきた人間だから」と言えば経営者は喜ぶと考えるあたりは「右翼系」「反動系」と言うべきかもしれません・・が、右翼は右翼でも白痴右翼でしょう。


[4]「クォーツも知らにゃーなんて、おみゃー遅れてるずら」
   小堀住研(株)に社員教育に来た社外講師のおっさんは、ともかく、「きみらのような最近の若い者は」とjか「新人類というように、わしらには考えられんは。きみらみたいな甘っちょろい考えの者は」と言えば、経営者は喜ぶと思いこんでいたようで、「わしらの頃は、時計なんて高級品で家に1つか2つあるくらいで、腕時計なんて買ってもらえたらうれしくてたまらんかった。 それが、最近は家にいくつ時計があるか。 腕時計にしても2つも3つも持っとる。 それだけ、贅沢になってきたっちゅうことや。 それだけ、若いもんは贅沢な甘ったれた暮らしをしとるんじゃ。 わしらの世代はそうやなかった。みんな、時計をいくつ、持っとる。 それだけ見ても、『新人類』言うように、きみらみたいな最近の若いもんは甘ったれとるいうこっちゃ。」などと発言したのだ。 「新卒社員研修」という場で。 
   結論を言わせていただこうと思うのですが、時計が何で低価格で手に入るようになったか知っていますか? 齋藤茂編著『産業界シリーズ カメラ・時計・映像業界』(1987.7.30.教育社)によりますと、時計が低価格で手に入るようになったのは、「クォーツ」と呼ばれる水晶発振式時計というものが発明され、その結果、正確で低価格な時計の生産が可能となったことによるのです。 それまでは、時計というものはすべて高級品で、そして、時計メーカーは精密機械工業として、日本ではウォッチの分野ではセイコー・シチズン、クロックの分野でセイコー・リズム時計など時計専門のメーカーだけが時計を作っていたのが、クォーツが発明されたことにより、シャープであるとかカシオ計算機であるとか時計メーカーでない会社も時計を作るようになり、2千円だとか3千円だとかいった値段で腕時計も置時計も売られるようになり、その結果、ベルサーチとか海外の有名ブランドの腕時計は時刻を見る為というよりも宝飾品として評価されるようになったものの、時刻を見る為であれば、低価格で時計は手に入るようになったわけです。だから、ベルサーチとか、ティファニーだとかオメガだとかいったブランド時計は今でも何千円で買えませんが、時刻を見る為の時計なら高くなくなったわけで、それは、その講師の方が言いたかった「最近の若い者は甘ったれてる」とかそういうことが理由ではないのです。 そういうアホなことを言うおっさんの方こそ「甘ったれてる」のではないかと思いますし、そんな話をしてけっこう高い報酬を受け取ってやろうと考える者の方こそ「新人類」じゃないかと思うのですが、入社直後の社員研修でのことであり、そうは言わずに聞いていましたが、あほくさい話でした。 そういうアホくさい話を得意がってする社外講師のおっさんは何系かというと、「無能系」でしょうけれども、「右翼系」「反動系」にはその類がけっこういます。


  実際のところ、
    渡る世間はブラック企業だらけ!
    日本の会社にゃ、「無能系」「ズルイ系」がいっぱい!


   これで終わりにしようかと思ったが、まだまだ述べきれない。 今後もちまちまと、「無能系」「ズルイ系」のお話しは述べていこうと思う。 そう言えば、わが社にもそんな感じの いたよなあ〜あ・・とか思われるのではないかと思う。 
   『C級サラリーマン講座』は永遠に不滅です!・・・・・て感じ(-_-メ)

☆ 今回は、
人事総務の分類【上】】「本格派(本来系)」「技術系」「ズルイ系」・・ http://shinkahousinght.at.webry.info/201601/article_4.html
人事総務の分類【下】「事務系」「無能系」「ヤクザ系」他・・ http://shinkahousinght.at.webry.info/201601/article_5.html 
の続編である。 合わせてご覧いただきたい。
    (2016.1.29.) 


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