慎腹風呂愚

アクセスカウンタ

zoom RSS 正月が来ると思いだす職場の体験―「アルツハイマー」は病気なのか? 勝手なだけ、ずるいだけと違うのか?

<<   作成日時 : 2016/01/01 01:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

[第375回]
   正月が来ると思いだすこと。 「アルツハイマー病」のじいさん に「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供を作っている。俺と俺の息子は、少子高齢化対策の為に貢献して、お国の為に尽くしているんだ。おまえは、俺の息子よりずっと歳いっているのに、まだ結婚しないで子供を作らない非国民だ。 非国民は罰として、お国の為に尽くしている俺に、年玉よこせ」と言って、手をだされたこと。「何、言ってんだ」と言って無視しても、「年玉よこせ。非国民は年玉よこせ」と執拗に手をだして来て、逃げると「カネよこせ。非国民は年玉よこせ」と言って執拗に追いかけられたことだ。
   1990年代半ば。 在来木造の(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所にいた時のことです。 なにゆえ、このじいさんにそういうことを言われなければならないのでしょうか。 私がまだ独身でいるからということで、あなたに何か迷惑をかけていますか? もしも、あなたに何か迷惑をかけているのならともかく、そうでないなら大きなお世話です。

   その時、じいさんの息子は、少し前まで高校生でした。 「じいさん」といっても白髪頭でぼけている為、「じいさん」というイメージですが、S藤さん(男性)は、その時、まだ、40代前半だったはずです。 S藤さんの息子は、高校でテニスをやっていて、Sさんの話では、テニスが相当できるので、「スポーツ入学」で間違いなく大学に入学できるというお話でした。 それで、Sさんは「大学に行ったら、語学を2か国語、勉強するといいと思うんだ。 今は語学ができると役に立つから、2か国語マスターするようにさせたいと思うんだ」と話していたのです。
   何を寝言をおっしゃいますか・・・・・と思いましたが、じいさんがそう言うのですから、まあ、夢をつぶさないでおいてあげた方がいいかと思って黙っていました。 なぜ、「夢」か?
   だって。 普通に考えてみてくださいよ。 中学校の1年から英語の勉強を始めて、中学校3年間、高校3年間の計6年間、英語の勉強をして、それで、「一般入試」で大学に入れるレベルに英語を習得できていないんですよ。Sさんの自慢の息子は。6年間、英語を勉強して1か国語を習得できない人が、4年間で、何で2か国語をマスターできるの? ちゃんちゃらおかしい♪
   もし、東大なり京大なり阪大なりに一般入試で入学できる学力がある人ならば、東大なり京大なり阪大なりに入学しても、不合格になって早慶あたりに行っても、大学4年間は、語学以外の科目は進級できるぎりぎりの学習に抑えサークルなんか入らず語学に集中して学習するようにすれば、英語は相当のレベルに達し、もう1か国語もヨーロッパ系の言語なら、英語をある程度学んできた者が学ぶ場合、2か国語目は大変のように見えて実はヨーロッパ系の言語の2か国語目はけっこう学習しやすかったりするし、イタリア語やロシア語、フランス語の学習は英語よりよっぽどおもしろいしするので、4年間、語学に集中してやれば相当のレベルに達し、東大・京大・阪大や慶應大・早稲田大卒で語学ができるなら、そういう人を求める会社に就職できて・・という可能性はありえると思います。 東大・京大・阪大に合格できなくても、東京外大とか大阪外大(現在は、大阪大学外国語学部)とか神戸外大とかいった国公立の外大に行った場合、大学の名前の聞こえは東大とか京大の方がいいとしても、外大の方が学ぶ対象が外国語そのものですから、外国語をマスターしようと思えば、その方がいいくらいかもしれない。 東京外大とか大阪外大(現・大阪大外国語学部)に行って、◇◇語科として入学した学科の外国語と英語の2か国語を相当のレベルまで学習すれば、商社とかそういった所に就職できるかもしれない。 私の知っている人で、北野高校から大阪外大のロシア語科に行って日商岩井に就職した方がありましたが、そういうコースに行けるかもしれない。 「一橋大とか慶應大とかの経済学部・商学部あたりを卒業して経済学・商業学・会計学などとともに語学もある程度できる」という人と「東京外大・大阪外大(現在は大阪大学外国語学部)・神戸外大などを卒業して経済学・商業学・会計学などはあまり学んでいないが語学はずば抜けてできるという人」なら、どちらが良いとはいちがいに言えない。ずばぬけてできるなら外国語ができるという方が良いかもしれない。しかし、中学校・高校と勉強しないでテニスばっかりやって「スポーツ入学」でしか大学に行けない人が、大学に行ったからといって、いきなり、語学の勉強をする・・て、できるか? ・・・できるわけないだろうが・・・( 一一)
   ましてや。 「スポーツ入学」で学校に入った場合、そのスポーツをやめるわけにはいかないんですよ。 「一般入試」で高校なり大学なりに入った場合、高校の運動部、大学の体育会に入っても、こんなことやってたら勉強できんわ!と思えばやめることはできるんです。 「アメリカンフットボールをやりたいから京大に行った」とか言ってたにいちゃんが、「アメリカンフットボールやってるんでしょ」と言うと、「そんなの、とうにやめたよ。あんなもんやってて勉強できるか」と・・・・という話は聞くことがある。 「アメリカンフットボールをやりたいから京大に行った」とかカッコつけて言ったとしても(昔から、関西の大学でアメリカンフットボールが強い大学は関学と京大だったので)、実際は学業の方が大事だったんだ・・・、当たり前だわなあ・・・・て人はいます。 それに対し、「スポーツ入学」で高校・大学に入った人は、そのスポーツを入学後、やめるわけにはいかないんですよ。 そのスポーツをやめるときは高校・大学もやめないといけないことになるはずです。 私の親戚でもそういう人いたんですから。
   大洋ホエールズに慶應大野球部から入団した遊撃手・スキンヘッド山下大輔は、慶應大には「スポーツ入学」ではなく「一般入試」で入ったそうで、しかも、入学試験の成績はけっこういい方の成績で入ったそうですが、さすがに体育会野球部でプロ野球の球団からドラフトで指名してもらえるくらいの実績を残そうとすると、大学卒業時の成績はあまり良い方ではなかった、と聞きました。 しかたがないですよね。 プロに入るくらい野球やっているんですから。 ですから、Sさんの息子がテニスができるということで、「スポーツ入学」でどこかの私立大学に入れたとしても、テニスで大学に入った人は入学後もテニスをやめるわけにはいかないし、テニス漬けの生活を4年間、送れば、語学を2か国語勉強するなんて、教養課程で英語とドイツ語か英語とフランス語か履修して単位をなんとか取得できればいい方でしょう。 もっと、現実を理解するべき・・・・・と思ったけれども、あんまり頭のよくないじいさんが夢を見てるんだから、しばらく、見せてあげた方がいいか・・・と思って黙っていたけれども、どうなったかというと、「俺の息子はテニスができるから、大学はどこでも心配なく入れるんだ♪」と得意になって話していた自慢の息子は、結局、「スポーツ入学」で入れてもらえる大学はどこもなかった・・・・・・そうな。 まあ、Sさんの言うことだから、そんなものか・・・・・、なにしろ、「おら、仙台いって、ち〜かてつ、乗ってきたんだどお〜お。 おめえ、地下鉄みたことねえだろ。 おら、地下鉄のってきたんだどお。 どうだ。おめえ、地下鉄みたことねえだろ!」とかを自慢するじいさんですから・・・(疲れる・・・・・)。

   その息子が、大学に入れないとなるとどうしたかというと・・・、さっさと結婚して種付けして子供ができた・・・そうな・・・。 体育会系だけあって体力と生殖力はあったようだ。 勉強はできなくても種付けの能力はあるらしい。

   それはそれでいいと思いますよ。 もともと、テニスで大学に入らせてもらったとしても、テニスのプロになるのはさらに大変でしょうし。 「一般入試」で大学に入る学力もない、「スポーツ入学」で入ることもできない息子がどうであっても、それはその人のこと、人にはそれぞれの人生があるのですから、若い時期にうまくいくと思ったけれどもそういかなかったという経験をしたのなら、それは生きていく上での貴重な経験としてそれでいいのかもしれませんし。
   しかし、そのバカ息子がさっそく女をつかまえて種付けして子供がさっそくできたからといって、なんで、私が「年玉よこせ」と手を出されなければならないんですか?
 
   「俺の息子は少子高齢化対策に貢献してるんだ」て、「少子高齢化対策」のために種付けしたのですか? 「世のため人のために子供をつくってやった」みたいなその言いぐさ、やめた方がいいと思います。 なにより、すでに結婚していて悪くない年齢になってふさわしい相手とめぐりあうことができずにいる人間に向かって、「俺の息子はまだ20にもなってないのに結婚して子供も作ってお国のために貢献してるんだ。 おまえは30過ぎてまだ子供も作らない非国民だ! 非国民は俺に年玉よこせ!」と手を出すというのは、そんな子供なら作ってもらわなくてもいいのですけれども。 その「スポーツ入学」すらもできないドバカ息子が種付けして作った子供て、私が作ってくれとお願いしましたか? してませんでしょ。 その子供は、私が老人になった時にその息子が私を養ってくれるとでもいうのですか? ( ついでに、そのおっさんのクローンみたいな人間を拡大再生産するのが「お国のため」かはた迷惑かどっちかよくわかりませんけど・・・)


    それで。 その「アルツハイマー」のじいさんですが、お客様から電話があると、忘れるんです。何を忘れるかというと、電話の相手である他の営業にそのお客様からこうこういう内容で電話があったと伝えるのを。 忘れやすい人は、そうでない人間以上に、さっさとメモを書いて、電話の相手の営業の机の上にすばやく貼っておくようにするべきだと思うのですが、ところが、その「アルツハイマー」のじいさんは、他の営業にかかってきた電話があると、メモをするより先に、「どおれ、ちょっくら、トイレ言ってしょんべんでもしてくるべえ〜え」とかやるわけです。 「鶏は3歩あるくと前のことを忘れる」とかいう話があるようですが、「アルツハイマー」のじいさんは、トイレ行って帰ってくると、トイレに行く前に自分がとった電話のことを忘れるようです。 それで、電話してきたお客様は、電話をした相手が展示場に戻ってくると、折り返しかけてくれると思っているのですが、当の営業はそのお客様から電話があったということを聞いていませんから電話しません。 そうすると、お客様は、担当の□□から電話させますと言われて待っているのに、いつまで経っても電話がないと怒るのです。 そして、怒って電話をかけてきて、怒られるのは、伝言をもらえなかった営業なのです。 「Sさん、◇◇さんから電話があってとったんでしょ。どうして、伝えてくれないの」と言うと、「おら、知らね。 電話があったかとおまえがきかないからいけないんだ」とか言うのです(伝えるのを忘れたおっさんが何を威張ってんでしょうね・・・)。 せめて、「申しわけない。伝えるの忘れてしまった。ごめん」とでも言うなら、「気をつけてよ。本当に」と言って、それ以上はせめてもどうしようもないのであきらめるのですが、Sさんは謝らないのです。 だから、誰もが怒るんです。私も、それをされたことがあるのです。 そういう時、Sさんは絶対に謝らないのです。

    他の従業員に対してだけではありません。 いわき市平尼子町 の 総合住宅展示場に一条工務店の展示場が2棟建っていて、それぞれに営業がいた時がありました。 Sさんが、私がいた展示場と別の方の展示場の所属であった時、夜、Sさんがわざわざ自分の所属でない私が所属の方の展示場の事務所に入ってきて電話をかけだすので、この人、どうして、自分が所属で自分の机がある展示場の電話でかけないんだ? と思っていたら、電話をかける相手は、翌日に上棟の予定のお宅の奥さんで、「奥さん、明日の上棟式に用意していただくものですが、魚を鯛もしくはアカジとか赤い魚と、野菜が葉のもの根のもの3品ずつと、それから・・・・・」とか言い出したので、電話の向こうで相手は怒りだしたのです。 「どうして、上棟の前の日の夜9時を過ぎて電話してきてそんなこと言うのですか。 どうして、そんな大事なことを前もって言ってくれないんですか。 前日の夜9時を過ぎてそんなこと言われても用意できないじゃないですか」と。 そうすると、Sさんは何と言ったか・・・・・。 何と言ったと思いますか?
    普通の人間なら、もしも、私なら、いくらなんでも、上棟式に用意するものを前日の夜9時過ぎまで伝えていなかった、というそこまでのことはやったことはないし、いくらなんでもそこまですることはないと思いますが、それでも、もしもやってしまったなら、「すいません。 申し訳ありません。 ごめんなさい。 私がミスしました。申し訳ありません」と謝った上で、その上で、「申しわけありませんが、私がいけないんですが、そうはいいましても、何とかしなければいけませんので、相談させていただきたいんです。お願いします。すいません。」とともかく謝ってその上で一緒にどうするか対策を考えていただくようにお願いします。 それが普通だと思います。 「アルツハイマー」のじいさんはどう言ったかというと、「おくさん。そんなこと言うもんじゃありません。 そんなこと言われても、私は忘れるんです。 奥さん、そんなこと言うものじゃありません」と逆に相手に怒るんです。Sさんは。 私は前にいて聞いていて、なるほど、この人は、私などがSさんにされた時に、謝るべきであるのに謝らないだけでなく怒りだしたりするが、それを今、お客様にやっているんだな、とわかりました。
   かつ、なぜ、自分が所属の展示場の事務所の自分の机の上の電話でかけずに、別の展示場の事務所に来て電話するかというと、自分の所属の展示場の事務所の電話でかけると、「Sさん、何やってんの」とSさんと同じ頃からいる営業、Sさんより上の「役職」をもらっている営業から言われるところを、私がいる展示場の事務所に来てかければ、Sさんより入社が後の私しかいないから、私から何か言われても、「うるさい。これでいいんだ。 あの嫁はがたがたと言いおってからに。バカ嫁だ」とか言ってすますつもりだったようです。実際、Sさんは電話を切った後、私に「あのバカ嫁はぎゃんぎゃん言いおってからに。バカ嫁だ、あの嫁は」とか言ったのです。 上棟の前日の夜9時過ぎに「赤い魚と野菜は根のもの葉のもの3品ずつと・・」とか電話した男が。

   この人に営業担当されたお施主さんは大変だな、と思った・・・・・ところ、その後、Sさんの担当のお施主様の上棟に手伝いに来てくれと言われて行ったことがあったのですが、その日は「三隣亡」で、三隣亡というと、「この日に上棟・柱立てなどすると、3軒隣まで亡びる」ということで「三隣亡」と言い、絶対にこの日は上棟・柱立てはしてはならないとされる日ですが、「Sさん、三隣亡ですが、いいのですか」と言っても、「いいんだ、いいんだ、いいんだ」と言うので、自分が担当でない家で担当がいいと言う以上、それ以上口出すものでもないかと思ってそれ以上は言いませんでしたが、私が担当すれば三隣亡でない日に上棟するというくらいは配慮するのですが、Sさんに担当されると三隣亡に上棟することになるんだなと思いました。 Sさんは「いいんだ、いいんだ」と言いますが、私は三隣亡に上棟するのは、いいとはあまり思いませんね。 仏滅に上棟しても地鎮祭をしても、それはそのお宅の問題ですが、「三隣亡」というのは「その日に上棟・柱立てをすると、3軒隣まで亡びる」という日ですから、仮に碁盤の目のような区画であったとして計算すると、東3軒・西3軒・北3軒・南3軒、そこの家を含めると、東西7軒×南北7軒=49軒の家があるわけですから、49軒のうち、向こう3年くらいの間に良いことがある家も良くないこともある家もあるはずで、そういう日に上棟されたのでは、良くないことがあった家から恨まれてしまうおそれもあるわけです。 だから、他の暦はともかく、三隣亡の日の上棟はうかつにやらない方が良いはずなのです・・・・・が、「アルツハイマー」は天下無敵! ・・・でした。

   不思議なことがあるもので、上棟の前日の夜9時過ぎに上棟式に用意してもらうものは・・・と電話したり、三隣亡の日に上棟したりするじいさんが担当の家というのは問題も出るのです。 いわき市に私が赴任する直前に、いわき市草木台で屋根屋が屋根から墜落して頭を打撲して死亡する事故がありましたが、その後、Sさんが担当の家の上棟の時、レッカー車で吊っていた梁が落下して下で作業をしていた大工の肩の上に落下して大怪我をするという事故がありました。 不思議なことにそういう事故というのは、私などの担当の家でではなく、上棟の前日の夜9時過ぎに「上棟式で用意してもらうものですが・・・」とか電話するじいさんの担当の家、三隣亡の日に上棟するじいさんの担当の家で起こるものなんです。 本当に不思議なことですが。
   いわき市中央台鹿島だったか中央台飯野だったかで、上棟の時にレッカー車で吊っていた梁が落下して下で作業をしていた大工が大怪我をしたという現場の上棟の手伝いに私も行っていたのですが、向かいの家の方が出てきて、「救急車呼びましょうか」と言ってくださったのです。 その際、「あのお宅にも、着工前に挨拶に行っているのでしょ」と言うと、Sさんは「行ってねえ」て・・・・・。 なんとも「アルツハイマー」は天下無敵です・・・・(疲れる・・・)。 そういう人の担当の家で、なぜか事故は起こるんです。なんとも不思議なことですが。
   工事担当のAさんが大怪我をした大工に付き添って病院に行き、その後、上棟の作業は続けましたが、Sさんはどう対処したものかもわからず、私が「営業所に電話を入れて、所長か工事責任者の I さんに、レッカー車から吊り荷の梁が落下して大工が大怪我をしたということを連絡しておいた方がいいのと違いますか」と言ってあげて、やっと、電話を入れたのです。そして、私にそういったことを言ってもらった、そういう点で世話になったということは「鶏と一緒」で「三歩、歩くと忘れる」ようです。完璧に。

   「アルツハイマー」とSさんは言われていたのです。周囲の従業員から。 「あの人はアルツハイマーだから、しかたがないんだ」と。 実際、自分が営業所に不在中に自分にかかってきた電話をSさんにとられて、伝言をメモすることもなく、「どおれ、トイレ行ってしょんべんでもしてくるべえ〜え」と行って戻って来た時には自分が電話をとったことなど完璧に忘れている、というのをやられて、自分が担当のお客様からかんかんに怒られた営業が「Sさん、どうして、◇◇さんから電話があったことを伝えてくれないの?」と苦情を言っても、「知らねえよ。おら。おまえが悪い」とか被害を受けた者に向かって怒ってみたりされると、その被害を受けた者は頭にくるのです。私も何度も頭にきました。 しかし、この人はアルツハイマーなんだ、だから、しかたがないんだ、この頭の悪いじいさんがここをやめても他にどこに勤めるかといって、どこというのもないだろうし、ここでみんなで面倒見てあげるしかないんだ。 少々のことは我慢してあげるしかないんだ・・・・と思って我慢するわけです。
   『がきデカ』という漫画が昔ありましたが、「こまわりくん」に西城くんが怒って、毎度毎度、「もう、おまえのようなやつとは絶交だ」と言いながら、次回になると、また、西城くんは「こまわり」とつきあっている・・・という、そんな感じ。 「この人はアルツハイマーなんだから、しかたがない」と思って、我慢しているつもりで、「我慢にも限界があるわ!」という気持ちになりながら、我慢している、というような、そんな感じだったのです。
   そうすると、本社から「通達」として文書がきても、「アルツハイマー」の人は読まないで他の従業員に教えてもらおうとするので、いいかげんにせえよ! となるのです。 締日前に有望見込客に概算見積書を作っていると、向かいの席でSさんは、概算見積もり用に会社が営業に渡した冊子に載っていることを自分で調べずに、「おい、○○、▽▽はいくらだい?」とかきくので、アルツハイマーの人は、人並みに概算見積もり用の冊子を調べることができないんだと思って調べて教えてあげると、さらに「☆☆はいくらだ?」と次次ときいてくるので、このクソ爺は自分で調べるのがめんどうだから人にきいているだけだと気づいて、「自分で調べてください」と言うと、「おめえ、年寄にそんな冷たいこと言うもんじゃねえだろ。年寄はもっと大事にしないと。お国のために尽くしてきた年寄は大事にするもんだ」とか言い出すのです。それで、しつこいわで、この人の向かいの席でやっていたのではこちらが仕事にならんわと思うようになって、近くの喫茶店にでも行って概算見積もりを作ったりしたことが何度もあります。

   ところで。 あれは「アルツハイマー」だったのだろうか?  なんだか、勝手な時だけアルツハイマーになって、一方で自分がえらそうな口をききたい時になると、年配者だとふんぞりかえり、先輩だとふんぞりかえり、自分ができない困ったとなると、「あら、あらあらあら」と困ったふりをして周りを見回して助けてもらおうとする。 あれは、もしかして、アルツハイマーではなく、単に、「ずるいだけ」と違うのか?

   私はSさんとはできるだけ関わらないようにするようになった。 いわき の一条工務店の従業員には、Sさんのことを、「気持ちは悪くないんですけどね」と言う人もあり、「そうです。悪いのは頭なんです」と言う人もあったが、「気持ち」が悪いか「頭」が悪いかにかかわらず、Sさんは、Sさんが困った人だと思っても、「アルツハイマー」なんだからしかたがないということにして(実際に「アルツハイマー」であるかないかにかかわらず)、許容し我慢してあげるという人もあったようで、私が誰よりも我慢もしてきて、そして、ずいぶんと面倒も見てあげたのだが、そうすると、恩を仇で返すことが複数回あり、そして、それは、こちらにとって致命傷になる危険のある場合が見受けられたので、こちらも生きて行かないといけないのであるから、そうなると関わらないようにするしかないと判断するようになった。
   一条工務店の総務部長の天野雅弘と会った時、どういう話の脈絡でだったか忘れてしまったが、「アルツハイマーで困った人の面倒をずいぶんと見てきてあげたんですよ」と話したことがあったのだが、こちらとしては、会社のためにそういう部分でも力を尽くしてきたのだから、「ありがとう」なり「申しわけなかった」なり、曲がりなりにも総務部長なら言うものだろうと思って言ったのだが、そうすると、天野雅弘(かつて、阪神タイガースに辻という名字の捕手が2人いて、一方が髭をはやしていて、他方が社会人野球の西濃運輸から入団していたので、ヒゲ辻とダンプ辻と言われていたが、同様に、一条工務店では、彼が若い頃、若禿で、営業本部長の天野隆夫は禿げていなかったので、従業員の間では「ハゲ天野」と「ハゲでない天野」と言われていたが、2000年を過ぎた頃になると、年齢が頭に追いついてきて、年齢はいっても頭の方は若い時のままなので、歳から考えてそれほどハゲでなくなったが、従業員の間では若い頃のニックネームがそのまま使われていた)が、「アルツハイマーとは何だ」などと言ったのだ。 これには相当むかついた。 本来、従業員で少々困った人がいた時には、会社として、周囲の従業員が迷惑を被らないように、少々困った人がお客様に困った対応をしないように、会社が困る行為をしてしまわないよう、会社として配慮するべきで、それを会社が配慮しないために私が迷惑を被り負担を被って来たのであり、実際のところ、恩を仇で返されたことは何度もあるが、少しくらいのものは、「この人はアルツハイマーなんだからしかたがない」、もしくは、「この人は狂牛病で脳みそが海綿状のスカスカになってしまっている人なんだからしかたがない」ということにして我慢してきてあげたのだ。実際に「アルツハイマー」であるのかどうかにかかわらず、「アルツハイマーか狂牛病か何かなんだからしかたがない」ということにして我慢してきてあげたのだ。 「アルツハイマーとは何だ」などと言われるのであれば、我慢してあげる必要はないことになる。 何より、「アルツハイマーとは何だ」などと総務部長が言うのであれば、「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いってるのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」と言って手をだされたことに対し、会社として慰謝料はらってもらいたいものだ。 本当に払ってもらいたい。 私としては、曲がりなりにも天野雅弘が総務部長なら、それに対する報酬を会社からもらっているわけでもないのに自立して仕事をこなせない困ったじいさんの世話をして、かつ、恩を仇で返されるような目にも合わされているのだが、それでも、「この人はアルツハイマーか狂牛病か何かなのだからしかたがない」ということにしてあげて我慢してめんどうみてきてあげたのだが、自分自身は「アルツハイマー」の人の世話を全くしていない天野雅弘から「アルツハイマーとは何だ」などという口をきかれるのであれば、即ち、その発言は、自立して仕事をしていけない、それでいて自分は先輩だ年長者だとえらそうな顔をしたがる困ったじいさんの世話をして、かつ、恩を仇で返されるような目にも合わされているのだが、それでも、「この人はアルツハイマーか狂牛病か何かなのだからしかたがない」ということにしてあげて我慢してめんどうみてきてあげたのだが、そうやって我慢してめんどうみてきてあげたというのはけしからんと会社として表明したことになるわけであり、そうなると、その「アルツハイマー」なのか「狂牛病」なのか何かわからんがそのじいさんから、「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いっているのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」と言って手をだされ、「何を言ってんだ」と無視しても、しつこく、「カネよこせ。年玉として俺にカネよこせ」と手を出し、逃げると「年玉よこせ。子供を作らない非国民は年玉よこせ」と言って手を出して執拗に追いかけてこられて困ったが、株式会社一条工務店は会社として何ら対処してくれなかったのであり、これは保護義務違反であり、(株)一条工務店として、この保護義務違反に対して謝罪と慰謝料の支払いをしてもらわないといけないことになる。


   「アルツハイマー」はなぜなるか。 黒田洋一郎『アルツハイマー』(1998.岩波新書)によると、一説では、アルミのお鍋とか容器を使用して食事をすると、アルミを体内に摂取することになり、アルミが脳に入るとそれが原因になるのではないかと言われるらしい。
   山内一也『狂牛病と人間』(2002. 岩波ブックレット)によると、狂牛病は、牛の病気でこの病気にかかると脳みそがスポンジのようにスカスカになるそうだが、人間には移らないと思っているとそうではなく、人間にもこの病気はうつるらしい。 狂牛病にかかった牛肉を食べることで、この病気になる危険があるが、日本では「全頭検査」を実施してきたので、「全頭検査」を実施したならば、これは、フグが毒をもっていても、漁業関係者から魚河岸の大卸・仲卸といった人たちが食用に適さないフグを排除し、食用に適するフグをフグ調理師の免許を持った料理人が食用に適さない部位をとりのけて料理したものを食べる限り、フグ中毒で死ぬことはまずないというのと同じことで、たとえ、狂牛病にかかった牛が日本に出現しても、「全頭検査」をしている限り、食卓にあがることはないのに対し、アメリカ合衆国では「抜き打ち検査」(すべての牛ではなく、何頭かに1頭、検査するというもの)しかしていないので、この方法では、検査をすりぬけたものが食卓にあがってしまい、すでに人が食べた後になって、狂牛病の牛が発見された・・・として問題になることが考えられる。それゆえ、アメリカ合衆国からの牛肉の輸入が制限されたのだ。

   1月に、Sさんが、「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いってるのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」と言った時、「何を言ってんだ」と言って無視したが、そうすると、「カネよこせ。年玉よこせ」と言ってSさんは執拗に追いかけてくるのだ。
   実際のところ、こういったものは、会社としてSさんに注意するべきもののはずだ。 ところが、一条工務店という会社はそういった配慮をしない。 Sさんは「気持ち」が悪いのか「頭」が悪いのか。 一条工務店のいわき地区の従業員には「Sさんも困ったものですけれども、気持ちは悪くないんですよ。 悪いのは頭なんですよ」と言う人もいたのだが、「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いっているのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」と言って、「何言ってんだ」と断っても断っても、執拗に追いかけてきて「カネよこせ」「年玉よこせ」と手を出すというのは、これは「頭が悪い」だけで「気持ちは悪くない」とは必ずしも言えないように思う。 そういう被害を受けてきたが、「頭」だけが悪いのではなく「気持ち」の方も悪くないとは言い難いところもあるけれども、そうはいっても、根底からの極悪人かというと、そういうことでもなく、恩を仇で返されることが複数回あってこれからもあるだろうと思われても、それは、やはり、「気持ち」「心」が悪いからというより、やはり、「頭」の方が悪いからであろうから、やっぱり、「この人はアルツハイマーなんだ、もしくは、狂牛病で脳みそがスカスカになっている人なんだ。だから、『 俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いっているのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ 』などと言って後を追いかけまわしてきても、それは病気がこの人にさせることなんだ、と思って我慢して許して来てあげたのだ。 それを「アルツハイマーとは何だ」と総務部長が言うのなら、こちらも我慢してあげなければならない理由はないので、これまでの会社の保護義務違反についてきっちりと慰謝料を払っていただきたいものだ、ということになる。 「この人はアルツハイマー病か何かなのだからしかたがない」と思って我慢を重ねてきたのだが、それを総務部長が「アルツハイマーとは何だ」などと言うのなら、 「この人はアルツハイマー病か何かなのだからしかたがない」と思って我慢をし、恩を仇で返すような人でも、それでも、めんどうを見てあげないとひとりでは自立して仕事をやっていけない人なのだからしかたがないと思って世話してきてあげたのはけしからんと一条工務店の総務部長が言うのなら、自分自身は「アルツハイマー」だか「狂牛病」だかの人の世話をまったくしていない男がそういう口をきくのなら、(株)一条工務店は私に対し保護義務違反であり、慰謝料支払いの義務があることになる。

   Sさんは、困ったじいさんでしたが、頭だけが悪くて気持ちは悪くないのかというと、そうとも言えないところがあったし、恩を仇で返すことがしばしばありそれは許容限度を超えており、仇で返す返し方がこちらの致命傷になりかねない時があったのだが、それでも、根っからの極悪人というのではないだろうと思い、私も我慢もしてきた。しかし、やっぱり、困ったところのある人だった。上棟の前日の夜にお客様の家に電話をして「上棟式に用紙していただくものですけれども・・・」とか言い出したり、三隣亡に上棟したり、着工より前に近隣に挨拶に行っておくべきであるのに行ってなかったり、他の営業へのお客様からの電話をとって伝言をメモせずに「知らね」とか威張ってみたり、というのは、会社として、周囲に誰かそういったことをカバーできる人を何らかの役職をつけた人間で配置しておかないと、私にとって個人としての許容範囲を超えているだけでなく、会社として許容できかねる問題が発生する可能性がある・・と思ったのだが、私が「アルツハイマーなんだからしかたがない」ということにして我慢してあげるしかないと思って耐えてきたにもかかわらず、総務部長が「アルツハイマーとは何だ」などと、自分はその「アルツハイマー」のおかげで迷惑を被ることがない男が口にしたのだ。 そういう態度を会社がとっているとどうなるか・・・。 どうなったと思いますか?
   Sさんは、いわき市で、市街化調整区域で住宅を建ててはならないとされる場所に家を建てて建築指導課から取締りを受けて(建築基準法違反)、その結果、一条工務店はあやうく、いわき市で家を建てられなくなるところまでいった・・そうです。 やっぱりな・・と思いました。
   私が「非国民はカネよこせ」とか言われて、追いかけまわされて困っていた時に、一条工務店の経営者は何もしてくれなかった。 その結果、あやうく、一条工務店はいわき市で家を建てられなくなる直前までいったというのだ。 そういうことをする会社なんです。一条工務店という会社は。 あの人は気をつけて見ておかないといけませんよ、と言ってあげても、きかないんです。 「アルツハイマーとは何だ」とか言うんです。 だから、「一条工務店の家はその地域で建てることができなくなる寸前」というような事態になるんです。 会社がそうさせているんです。経営者がそうさせているんです。

   正月が来るたびに思い出します。アルツハイマーであるのかないのかわかりませんが、そういうじいさんに「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いっているのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」と言われて追いかけまわされたことを。そういう人を「この人はアルツハイマーか何かなんだからしかたがない」ということにして我慢してきてあげたのに、自分はその「アルツハイマーか何か」の人の被害をちっとも受けていない、その人に負担を受けていない、その人に私みたいに世話してあげたことのない総務部長の天野雅弘から「アルツハイマーとは何だ」などと言われたことを。 
   

   「俺の息子はおまえよりずっと若いのに結婚して子供も作っている。少子高齢化対策に貢献してお国のために尽くしているんだ。おまえは俺の息子よりずっと歳いってるのに結婚せず子供を作らない非国民だ。非国民は罰としてお国のために尽くしている俺に年玉としてカネよこせ」という文句ですが、それを制度化したものが「子供手当」です。 1990年代の末、栃木県佐野市の佐野展示場にいた時、自民党・公明党の連立政権が「地域振興券」といって子供のある世帯にその地域で使用できる金券を配布しましたが、その時、佐野展示場にいた子持ちの男Sが「地域振興券て、ピンサロで使えるのかな♪」と言い、「地域振興券で子供のためのものを買うか?」と別の妻子持ち男K岡に言うと、K岡が「バカか。子供の物なんか買うわけないだろうが。俺の物を買うよ。当然だろうが」と言ったのです。要するに、自公政権がやった子供のある世帯に支給する「地域振興券」というのは、すでに結婚していて悪くない年齢になっているがふさわしい結婚相手とめぐりあうことができずにいる男女、結婚はできたけれども子供が欲しいと思いながらできずにいる男女からカネをとりあげて、結婚できて子供もできた男女にカネを渡すという制度です。 「地域振興券」ピンサロで使えたかどうかはわかりませんが、「子供手当」は現金での支給ですからピンサロでもソープランドでも使えるわけです。すでに結婚していて悪くない年齢であるのにふさわしい結婚相手にめぐりあうことができずにいる男女、結婚はできたけれども子供が欲しいと思いながらできずにいる男女からとりあげたカネで、すでに結婚できて子供もできた男がそのカネでソープランドに行くわけです。ユニークな制度ですね。

☆ 2015年の年初は羊(市川市動植物園)を、[第309回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201501/article_1.html で、
2014年は年初は馬(馬事公苑)を、[第221回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_1.html で、
2013年は東京湾観音から見た富士山を[第153回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_3.html で公開しましたが、
2016年の干支はサルですが、猿の写真は[第201回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_6.html で上野動物園の猿を公開していますので、そちらを見ていただきますようお願いいたします。


≪ さらに神はアブラハムに言われた、「君の妻のサライの名はサライと呼ばずに、サラというべきである。 わたしは彼女を祝し、彼女から一人の子を君に授ける。 わたしはその子を祝し、彼は大いなる国民(たみ)となり、諸国の王たちも彼から出てくるであろう」。 アブラハムは平伏し、かつ笑ってひそかに考えた、「百歳の人間に果たして子供が生まれるだろうか。また九十歳のサラが子供を生むだろうか」。 ・・・・神が言われるのに、「いや、君の妻が君に子を生むのだ。 その名をイサクと名づけよ。 わたしは彼とわたしの契約を立て、それを彼の後の子孫に対する永遠の契約とする。 ・・・・・」・・・・ ≫(『旧約聖書 創世記』17-15〜19 関根正雄訳 岩波文庫)
≪ ・・その人が言った、「わたしは来年の今頃君の所に戻ってくる、そして君の妻のサラに子供が生まれる」。 ところでアブラハムとサラはもう年をとっていて、サラには女性に通常のことがすでになくなっていた。 それでサラは心中ひそかに笑ってこう思った、「わたしはこんなにお婆さんになり、主人も老いぼれているのに、いまさら男女の楽しみなんどあるわけがない」。 するとヤハウェがアブラハムに言われた、「サラは何故笑ったのだ。 彼女は、「わたしはこんなに年をとっているのに子を生むことなどあるものか」と言っている。 ヤハウェに不可能なことがあるだろうか。 来年の今頃わたしは君の所に戻ってくる。 そしてサラに子供が出来るのだ」。 ・・・・・≫(『旧約聖書 創世記』18-9〜14 関根正雄訳 岩波文庫)
    (2016.1.1.) 


アルツハイマー病 (岩波新書)
岩波書店
黒田 洋一郎

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by アルツハイマー病 (岩波新書) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
正月が来ると思いだす職場の体験―「アルツハイマー」は病気なのか? 勝手なだけ、ずるいだけと違うのか? 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる