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zoom RSS 「他の営業への電話はガチャンと切れ」・「労基法は守らないのが方針」他―会社による違いと認めて良いか?

<<   作成日時 : 2015/04/28 19:31   >>

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[第329回]会社と営業の話(78)
   同業種で別の会社2社以上に勤めると、同じ問題でも会社によって見解が違う場合がある。 それは、私も最初からそう思っていたが、会社によって異なるものと、同じ仕事であればどの会社でも共通するものがあり、どちらが絶対にいいとは必ずしも言えないので仮にこうしましょうということにしているケースもある。 
【1】  電話がかかってきた時に、何度、ベルが鳴った時点で取るべきか。
   最初に正社員型(ややこしいが、大学4年を2回やって、最初に内定をもらった所に大学4年に在学しながらしばらく勤めたので、新卒正社員型で勤めた会社が2つある)で勤めたコンピュータ関連のT社で、人事総務部にいた女性がどこかで仕入れてきた話では、「電話はベルが2つか3つ鳴った時点で取る。 4つ以上、鳴らせてから取った場合は、『お待たせいたしました』と言う。 ひとつ鳴っただけの時点で取ると、かけた方がびっくりするから、ひとつで取ることができても2つ鳴ってから取る」ということだった。 あまり、何度も鳴らせてから取って「お待たせいたしました」も言わない会社だと、なんだ、この会社はという気になるが、ひとつで取ったのではびっくりするからという点については、会社によって考え方は違うようで、「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」などの居酒屋をチェーン展開しているチムニー株式会社では、「別に、1回で取ってもかまわないから、電話はできるだけ早く取る」ということにしていたようです。 これは考え方の違いで、どちらが絶対に正しいというものでもないと思います。

【2】 木造の挨拶の仕方
  1992年に在来木造の一条工務店に入社した年、江東区潮見の東京展示場で、新卒入社1年目の日体大卒というH本くんが、展示場に来場された方を見送るのに、私なら玄関の前まで自分も出て行って「どうもありがとうございました」と手は足の横に伸ばして頭を下げておじぎするところを、框の上で、両手を後ろに組んで、顎をつきだして頭をぴょこんと下げて、「どうもっ」と言っていたので、私も同業他社で少しは経験があるとはいえ、一条ではH本くんと同じ入社1年目なので、人に教えるというようなことはしばらくはしたくないと思っていたが、心の中で思いながら黙っているよりも思ったなら思ったことを口に出して言ってあげた方が親切というものだと思い、「H本さんねえ、お客様を見送るのにおじぎをする時は、手は後ろで組むのではなく横に伸ばして、顎を突き出して『どうもっ』と言うのではなく、もう少していねいに頭を下げた方がいいのと違いますか」と言ってあげたところ、「○○さん、それはエスバイエルのおじぎの仕方でしょう。それはプレハブの挨拶の仕方ですよ。一条には一条の挨拶の仕方というものがあるんですからね。一条工務店に勤めたら一条の挨拶の仕方をするべきでしょう」と言ったので、なんだ、こいつ、人がせっかく親切に言ってやったのに、勝手にしろ、と思ったのです。 たしかに、私が言ったのは、小堀住研(→エスバイエル)の研修でも教えられた内容ですが、それなら、両手を後ろで組んで顎を突き出して「どうもっ」と言うのが「一条工務店の挨拶の仕方」なのか。 それは違うのではないか、と思ったのです。

【3】 木造とミサワホームの革靴の履き方
   その後、一条工務店で、福島県いわき市の営業所に転勤になった際、1994年前後だったと思いますが、革靴の履き方について、同社の先輩社員から怒られたのです。 何を怒られたかと言いますと、革靴を履くのに私が靴べらを使って履いていると。 「ちょっと、こっち来て見て見ろ。 ◇◇くんだって、靴べらなんてそんなもの使ってないだろ」と言うので見ると、イブサンローランのブランドもののけっこう高そうな革靴を、その人はかかとを踏んで履いているのです。 「革靴はこういうように履くものだ。 おまえみたいに、靴べらを使って革靴を履くなんて、そんな非常識なことする人間なんて、俺は今まで見たことないぞ。 だいたい、この◇◇くんのように、最初からかかとを踏んでスリッパのように履いておけば、靴べらなんてそんなもの要らないんだ。 こういうのが『木造の靴の履き方』だ。 靴べらを使って革靴を履くなんてのは、それは『プレハブの靴の履き方』だ。 今後はよく、気をつけろ」と言って怒られたのです。 「今後はよく気をつけろ」と言われても、それでも、せっかく、自分にとっては高いカネを出して買った革靴のかかとを踏むのは嫌なので、こっそり、靴べらを使って履いていました。 小堀住研の新卒社員の研修では「革靴は必ず、靴べらを使って履く。 革靴をかかとを踏んで履くなどは、営業としてもってのほか。」と言われ、「こういった営業の基本動作を徹底することで、ミサワあたりの程度の低い営業と差をつける」と言われたのですが、ミサワホームでも小堀住研と同様の研修をやっているのではないのだろうか。 ミサワでも同様の研修をしておれば、「差をつける」と言ってもそう大きくは差はつかないのではないだろうかと、その時は思ったのですが、2010年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング有限会社(建設業)では、元・ミサワホームで営業をやっていたというS井さんが、やっぱり、革靴をかかとを踏んで履いていたので、なるほど、ミサワホームの営業は革靴のかかとを踏んで履くんだ、と思いました。 一条工務店の先輩社員は革靴をかかとを踏んで履くのを「木造の靴の履き方」と呼ぶのですが、正確には「木造とミサワホームの靴の履き方」のようです・・・・が、ミサワホームはさておき、そういう靴の履き方をしている人を見ると、自分がその会社の従業員ではなく見込み客・一般消費者の立場で見ると、「なんか、木造てレベルが低そう・・」て感じがしてくるのですが、そんな印象受けませんか? 故・杉山英夫先生は、木質系プレハブなどは木造を合理化したものと言ったりしているけれども、在来木造は、在来木造自体が相当、合理的な構法で決して非合理的なものではない、とおっしゃっていたように思うのですが、一条工務店の「木造の靴の履き方」をしている人を見ると、なんか、印象悪いんですけど・・・、そういうことを言うと、同社では「それは、プレハブの発想だ」とか言われてしまうようです・・・が、でも、やっぱり、革靴をかかとを踏んで履くの、嫌なんですけど・・・・・。
  かかとを踏んで革靴を履くというのが「木造の靴の履き方」らしいということは、両手を後ろで組んで顎を突き出して「どうもっ」と言うのも「一条浜松流 木造の挨拶の仕方」だったのでしょうか。 とすると、私は、挨拶の仕方に会社による違いなんてそれほどないと思い込んで、H本くんに親切のつもりで言ったのですが、せっかく、H本くんが「木造の挨拶の仕方」をしているのに、それをよくないように言うのは、一条工務店としてはけしからんことだったのかもしれません。そう思って今は反省しています・・・が、やっぱり、両手を後ろ手組んで、顎を突き出して「どうもっ」というのは、住宅会社の営業の挨拶のしかたとしていかがなものか・・と思ってしまうのですが、一条工務店でそれを言うと怒られるんです・・・・。

【4】 ピンポンダッシュ
   1989年、木質系住宅建築業の小堀住研(株)の新卒社員研修で、お客様宅に訪問してインタホンを押す時について、
(1) インタホンはゆっくりと押す。 せわしなく何度も押したのでは下品に聞こえる。 失礼に感じる人もいる。高級住宅の会社の一流の営業として、インタホンはゆっくりと、ていねいに、上品に押す。
(2) カメラ付きインタホン や ドアミラー がついている家では、自分の姿が最もよく見える位置に立って、こちらの姿をはっきりと相手に見せる。
と教えられた。 これは、どこの住宅建築請負業の会社でも、基本的には共通するものであろう・・と私は思ったのだ・・・が、違った。
   小堀住研では、1989年、営業系の新卒社員には、本社研修が約2週間、合宿研修が約2週間、計1か月少々の研修があったが、合宿研修の時、その時は、TQC推進本部という部署にいたが、かつて実際に営業をやっていたという課長のMさんから「昔、ぼくが営業課長やっていた時、変わった新人がいてなあ。 お客さんの家に行って、インタホンを押すと同時に、へいの後ろに隠れよるので、『おまえ、いったい、何やってんねん?』と言うと、『隠れてるんです』と言うので、『いったい、誰から隠れてるんだ?』と言うと、『お客さんからです』と言ったやつがいたが、君ら、間違っても、そういうアホなことはするなよ。 我々はプライド高い住宅建築会社の営業であって、何もやましいことをしに行っているのではないのだから、隠れる必要も理由も何もないはずなんだ。 なんか知らんけど、小学校の子のイタズラみたいに、インタホンを押すと同時に隠れて、アホちゃうか・・て感じだったけど、そういうおかしな真似だけはするなよ」と言われ、変な人がいたんだなあとそこにいた新卒社員全員で大笑いしたことがあった。
〔≪ヤハウェはカインにこう言われた、「何故君は怒るのだ、何故君はそのように顔を伏せるのだ。正しいことをしているのなら、顔をあげればいい。・・」≫(『旧約聖書 創世記』4−6〜7 1967.改版 関根正雄訳 岩波文庫)〕
     ところが、そんなおかしなことする人なんてめったにないだろうと思っていたら、実際にいたのだ。 在来木造の一条工務店に入社すると、営業本部長のA野T夫さんが、「ぼくだったら、お客様の所にアポなしで行った時は、インタホン押したら隠れるな。」と言うので、「ええ、そんなことするんですかあ」とびっくりして、つい、口に出してしまったことがあった。「隠れて見えないと、誰だろうと思って出てくるから」とA野さんは言うのだが、それは基本的には違うと思う。
    自分が訪問される側の立場の時、インタホンを押すと同時に隠れるヤツというのは、たまにいる。そういうヤツはたいていが怪しいヤツであり、二流以下の会社の人間である。 過去に、1990年だったと思うが、東京都大田区のアパートの1階に住んでいた時だったが、夏場、通路側にあったキッチンの前の窓を開けていたところ、そこから顔をのぞかせて、「すいませ〜ん。 このアパートに住んでる友達を探してるんですけど、ちょっと教えてもらえませんかあ〜あ」と言った男(20代後半くらい)がいた。 同じアパートに住んでいる人の友達なら、そう邪見にするわけにもいかないと思ってドアを開けて出たところ、「おう、ここに名前書いてハンコつけ」と言ってその男が出したのは、読売新聞の契約書だった。 「おう。 そこにうちの班長いるけど、あれ、刺青いれてんだからな。警察に言っても、一晩泊まればおしまいなんだから。 警察に言いやがったら、みんなで押しかけて、半殺しにしてやるんだから。 わかったら、さっさとハンコつけ。 俺が頼んでやってるんだ。 さっさとしろお。もたもたすんな、こらあ」「こらあ、半殺しにされたいのかあ」と言ってつかみかかられ、無理矢理、読売新聞(http://info.yomiuri.co.jp/company/ )とらされたことがあった。 読売新聞は押売新聞である。 他にも、まだ「大学生」であった時、川崎市幸区のアパートにいた時、ドアをノックする人があったので、よく考えずに開けたところ、NHKの受信料徴収人だということで、「受信料の徴収に来ました」というので、「テレビ、持ってないんですけど」と言うと(本当に持ってなかった)、「本当に持ってないんですか」と言うので、「本当に持ってませんけど」と言うと、「どうして持ってないんですか」と言い、「どうしてと言われても、特に見たいと思わないから持ってないだけですけど」と言うと、「本当ですかあ〜あ」と言って、飛び上がったり、しゃがみこんだりして部屋の中をのぞこうとした、ということがありました。 ピーピングトム・NHKのやっていることは、プライバシーの侵害です。 こういう連中を相手にしたくないのです。 最近では、警察暴力団の「巡回連絡」というやつもあります。インタホンで断っても断ってもしつこい! 「ちょっと、いいですか」と言うので、「『ちょっと』て何の御用ですか」と言っても、「ちょっと」と繰り返す。 「ちょっと」で出て行くと思われるほどこちらは軽く見られているらしいが、そういう手合いを相手にしたくないので、私なら、インタホンを押して隠れるヤツがいると、ははあ〜ん、押売新聞か怪しげな新興宗教の勧誘か三流のリフォーム屋かその類か・・と思って、インタホンに出ません。
   それで、一条工務店の営業本部長のA野さんが「インタホンを押すと隠れるといいよ」と新人に教えるので、「ええ? そういうことをしたのでは、こちらの評価を下げてしまいませんか。 何も悪いことをしに行っているのではないのですから、はっきりと名のり、はっきりとこちらの姿を見せればいいのと違うのですか」と、つい、思ったことを言ってしまったのですが、すると、A野さんは、「そういうことを言うなら、エスバイエルに行け。 一条工務店には一条工務店のやり方があるんだから」と罵ったのです。 一条工務店には一条工務店のやり方がある、というのは、その文句だけ聞くと、そりぁそうだろうという気がしますが、「インタホンを押すと同時に隠れる」という小学校の子のイタズラみたいのが「一条工務店のやり方」なのかあ? 
   実際には、なかなか出てきてもらえないが、ともかく顔を合わすことができれば、なんとか話ができるかもしれない、というケースは100件に1件か2件あるかもしれません。 カメラ付きインタホンやドアミラーがある家では一番よく見える場所に立ってこちらの姿をはっきりと見せるというのを基本としながらも、そういう特殊なケースにおいては、「インタホンを押すと同時に、見えない位置に移動する」ということをして、「あれ? 誰もいないの?」と思い、誰だろうと思って出てくるという可能性にかけるという対応も、100回に1回か2回くらいのものとして否定はしない・・というなら、わからないことはありません。しかし、A野さんの言うのは、基本的にはすべての家にすべてのアポなし訪問において、「インタホンを押すと同時に隠れる」ことを奨励しているのであり、小堀住研の課長のMさんが研修で、「昔、インタホンを押すと同時に隠れたヤツがいて、『おまえ、いったい、何、やってんねん?』と言ったことがあったが、けったいなヤツがいたもんだ」と話していたように、それは、やっぱり、営業としてなさけない態度、情けない姿であり、「けったいなヤツ」と評価されるものだと思うのだが、それを言うと、「そんなこと言うならエスバイエルに行けよ。一条には一条のやり方があるんだから」と言われるのです。 で、「一条のやり方」とは何を言っているかというと、「インタホンを押すと同時に隠れる」という小学校の子のイタズラみたいなやつのことなのです。 そういうことを言う人が営業本部長だと思うと、なんか、情けないなあ〜あ・・という気がしたのですが、そう言うと怒られるのです。

   栃木県佐野市の営業所にいた時、1999年頃だったと思いますが、営業所長の I 十嵐さんが、「住宅展示場に来場されたお客様に、来場御礼の礼状を書いて、その日のうちにお客様の家に持って行ってポストに入れて会わずに帰ってくる」と言ったことがあり、「お客様の家まで行って、それで、お客様が家にいるのに会わずに帰ってくるんですかあ?」と言ったことがあったが、I 十嵐さんは本社からそういう話を言われて伝えていたらしいが、「半田舎」の栃木県においては、郵便受けは門扉ではなく玄関の前についていることが多く、門を入って玄関の前まで行くとお客様と顔を合わせることもあり、「あれ」と思っているうちに帰ったとしても、郵便受けに持ってきたらしい手紙が入っていたら、普通は、なんで、ここまで来て黙って入れていくんだ? と思われるもので、お客様の家まで行ったなら、別に何も悪いことをしようという人間ではないのだから、「こんばんわあ。 来場御礼の手紙を書いたんですけど、こちらの方面に来ることがあったんで、持ってきたんですけれども、よかったら見てください。」と言って渡し、「他の所も見て帰られたかと思いますが、どうでしたかあ」とでも話すようにした方が、ゴキブリのごとく、さささあ〜あっと郵便受けの所まで忍び込んで、ゴキブリのごとくさささあ〜あっと無言で逃げ去るよりよっぽどいいと思ったのですが・・・そう、思いませんか? 「あの人、ゴキブリみたいに、何やってんの?」とか思われるよりよっぽどいいのではないかと思ったのですが、違いますか?

【5】 ドアに足をはさんで
    小堀住研(株)の千葉支店に非営業職で勤務していた某さんが、新入社員で最初、営業をやった時、営業課長に「課長、お客さんのところに行って、お客さんがドアを開けたら、こんな感じでドアに足をはさみましょうか」などと言ったといい、それを聞いて、「こんなこと言ってるようでは、こいつは営業はだめだ」と思ったとその時の営業課長であった I さんは言っていた。某さんがその後もその認識でいたかどうかはわからないが、小堀住研では住宅建築業の営業はそんなものではないという認識だった。
    これは、会社によって違うものではなく、基本的にはどこの会社でもそうだろう、お客さんがドアを開けたら閉めさせないようにするために、ドアの間に足をはさむ、なんて、押売りじゃないんだから、そういう下品・下劣なことをしない、というのはどこの会社であろうが常識であろう・・と思ったのですが、違った。
    2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)(http://www.10kai.co.jp/ )の花見川店にいた時、私がいた後半、店長になったT中(男。60代、当時)が、「昔、お客さんの所に行って、ドアの間に閉めさせないように片足をつっこんでいたら、奥さんに、バターンと力いっぱいドアを閉められて、痛え〜え! てなったことがあって。 奥さんは『すいませ〜ん。 足つっこんでると思わなかったもんでえ』と言ったけれども、本当に痛かった」と得意話として話したことがあったので、この人はそういうことをするそういう人で東海住宅(株)は不動産屋だけあってその程度の会社なんだなと思ったことがあった。
    私が、訪問される側の時に、うかつにドアを開けて、片足をつっこまれた経験としては、読売新聞(http://info.yomiuri.co.jp/company/ )の営業(販売員)にされたことが複数人からあり(昔から、新聞は「インテリが作ってヤクザが売る」と言われたりするが、新聞屋でもやるのは読売の営業で、朝日・毎日の営業はやらない)、足をつっこむのではないが、こちらが入っていいと言っていない場所まで勝手に入りこんで、帰されないようにという態度をとったのが「リフォームのナカヤマ」(http://www.nkym.co.jp/ )。 足をつっこまれたのではないが、「お帰りください」と言っているのに帰らず、「なにい〜い」とすごまれたのが警察の「巡回連絡」。 テレビを持ってないから持ってないと言っているのになかなか帰らなかったのがNHK。 こういう程度の低いやつらは嫌いなんです。私。 だから、そういうことをする営業が来た時には、その理由でその会社とは契約しないようにしています。
   東海住宅(株)の花見川店で店長になっていたT中は嘘つきで人相が悪く、服装もヤクザファッションで、チラシのポスティングをやっている最中に「ヤクザが来ている」と110番通報されたことが複数回あると自分で言っていたように、そういうおっさんなので、ドアを閉めさせないように足をつっこんで、奥さんからドアを閉めようとして足をはさまれた・・・というのは、顔を見ただけで、ありそう・・て感じがするし、小堀住研の研修では「建築の住宅の営業と不動産の営業とは、隣の業界のように見えて、実は相当違います。不動産の住宅の営業に比べて建築の住宅の営業に求めるお客様のレベルははるかに高いです」と言われたが東海住宅は「建築もやっているが売買の不動産が中心」の不動産屋であり、「不動産屋のおっさん」というのはそのレベルか・・ということでしょうか。
  在来木造の一条工務店でも浜松の営業所にいた当時通算契約棟数2位のH松さんが「お客さんがドアを開けたら、こんな感じで、足をつっこんで」と「指導」していたという話を浜松から東京に転勤してきたO野田くんがしていたことがあったが、又聞きの話はそのまま信用できるわけでもないので、実際にそうであったかどうかはわからない。 私自身が、ひとことも言っていないようなことを、新人が私から言われたと言っていたという話ができてしまっていたらしいことを聞いたこともあり、又聞きの話は断定しては考えないようにしよう。
   私は、うかつにドアを開けると足をつっこんで閉められないようにするとか、そういうことをするヤツ、嫌いなんだよ。客の立場で見ても、自分が営業の方の立場で見ても。 そもそも、営業とは何かというと、見込客から、△△さんならと喜んで戸を開けて出てきてもらえるように、そう思ってもらえるようにするのが営業、どうすれば、大喜びで戸を開けてもらえて大喜びで出てきてもらえて、大喜びで話を聞いてもらえるようにできるか考えるのが営業ではないのか。 帰ってほしいと思われて、それでも帰らずに居座って、な〜んとかして帰らせよう、なんとしても中に入れまいと思われても、それでも帰らないようにしようというのが営業ではないはずなんだ。 だから、ドアを開けると足をつっこんで閉めさせないようにしようというヤツというのは、その理由で、営業ではないと思うのだ。  

【6】 建築現場では、床の上に土足で上がって良いか
  木造の工事現場は、最初に鉄筋コンクリートの基礎ができると、上棟の前に、大工が土台を据え、上棟日は、そこに柱を建てていく。 基礎の鉄筋コンクリートは地べたに造るので、作業員も工事担当も営業担当も土足で、そこに土台を据える時も大工は土足というのか、外履きで作業をするはずだ。上棟時、柱を建てたりする作業の時も外履きで作業をする。 完成に近づいて、仕上げの床を貼った時点では、土足・外履きで上がる馬鹿はあまりないと思うが、問題は、外履きではなくスリッパ、もしくは内履き用の靴にいつから履き替えるようにするか、だが、1992年、一条工務店に入社した年、同社である程度以上長く仕事をしている大工さんにきいてみたことがある。 「根太(ねだ)をはったら、従業員なら履き替えてほしいな。 お客さんは、根太くらいの時は土足でもしかたがないけれども」というのが答えだった。 それ以来、私はその基準に基づき、根太が施工されたら、そこからは靴を履きかえるようにした。 お客様を建築中現場に案内する場合も、仕上げの床が張っていなくても、下地の合板が張られた段階でも、スリッパを用意して履き替えていただくようにしたが、きっちりと履き替えていただくことで、めんどうくさがられて不評を買うのではなく、きっちりと工事現場を尊重している態度を評価していただけたと思う。 職種に関係なく従業員なら⇒根太(ねだ)をはったら内履きに履き替える。 お客様も⇒仕上げの床でなく下地の合板の段階でも内履きに履き替えていただく、というのは、これは一条工務店に限定の基準ではなく、鉄骨造や鉄筋コンクリート造だと違うところも多少あるかもしれないが、木構造の場合はどの会社でも共通するものであろうと思ってきた。 ところが、そうでない会社もあるようだ。 アイダ設計(http://www.aidagroup.co.jp/ )では床の下地の合板を貼っても、お客様に限らず、従業員でも土足であがるものとしているらしいのだ。 千葉県市川市の行徳店の店長になっていたOくんが言ったことだ。 Oくんは私より5歳ほど年下の父親が土木部長だったかになっていてその息子であることから、営業の実力がないにもかかわらず店長になってしまった店長らしかったが、店長といっても実力のない営業だからしかたない、とも受け取れないことはないが、逆に父親が技術畑の部長なら、父親がまともなら父親がまともな内容を指導したであろうから、息子が床の下地の合板を貼った段階でも土足で平気であがるということは、父親もそれに対応する父親であろうということになる。 アイダ設計はそういう男が土木部長をやっている会社らしい・・ということは、アイダ設計は低価格帯が得意の会社であり、「カローラがクラウンと同じだけの内容がないのはしかたがない」とは思っていたが、「カローラがクラウンと同じだけの内容がないのはしかたがない」と「カローラだからいいかんげんでいい」とは意味が違う。 低価格帯の会社だから床の下地の合板を貼った段階ですら従業員までが平気で土足であがる会社の建物、ということでは、私が見込客の立場なら頼まない、契約しない・・が、それでいいと考えている会社があるということだ。
(アイダ設計の営業がどんなものかは、後に、別稿で、《3日でわかるダメ営業》とでも題して、どういう点がどういう理由でなっていないかきっちりと論理的に述べる予定である。)

【7】 建築現場では、いつ、ヘルメットをするべきか。
   私は、何の因果か、ガードマン(警備員)の仕事を、交通誘導警備の会社2社、施設警備の会社1社で経験した。 最初に経験したのは、「大学生」であった時にアルバイトとして、1988年から1989年にかけて、交通誘導警備の仕事を新帝国警備保障(株)でだった。 「新」とつくのは、帝国警備保障という会社が帝国警備と新帝国警備と関東帝国警備と中央帝国警備だったか4社に分かれたらしく、私が勤務したのは、その中の新帝国警備保障だった。 その研修で「ヘルメットは高い所に上がる時にするのではなく、建築現場に立入る時にするものです」と言われた。 そして、「『建築現場の3大事故』として、墜落・落下物・重機事故の3つがある」、「墜落で死亡に至る事故は10階ほどの高い所からの墜落よりも2階とか3階とかからの墜落での死亡事故が多い」ということも言われ、又、ゼネコンの建築現場に行くと、「建築現場の3大事故 墜落 落下物 重機事故」とか「ヘルメットは良いか、ヨーシ」と書かれたポスターが貼られていたものだ。 建築現場においては、ほとんど完成で仕上げ工事も終わりに近づいたとかいう段階なら別として、構造段階の工事においては、敷地に入る段階でヘルメットをする(「高い所に上がる時に」ではなく)というのは、建築業では常識と考えるべきであろうと、それ以来思ってきた。
   ところが、常識と考えていない会社があった。 1992年に在来木造の(株)一条工務店に入社して上棟工事に参加したところ、上棟作業をおこなっている大工にヘルメットをしていない人が多かった。 え? と思って、一級建築士のM崎さんにそれを言うと、「そんなの、建築現場でヘルメットなんかしないよ」と言うのだった。 「大丈夫なんですか」と言うと、「何、言ってんのよ。大丈夫だよ。そんなの」と言っていたので、一級建築士、大丈夫か? と思ったのだ。 新帝国警備保障で、2級交通誘導警備士の資格を取りませんかと言ってもらったことがあったが、「アルバイトですし、そんなに長くやってきたわけでもないですから」と言うと、「○○さんなら取れますよ。○○さんは、もう、ベテランですよ」と言ってもらったことがあったが、結局、アルバイトが終わり、正社員として小堀住研(株)に勤めたので、交通誘導警備士の資格の取得はなくなったのだが、工事現場の安全という点では警備士は専門とする資格だと思うが、もし、警備士の試験で、「構造段階の工事現場でヘルメットをしていない人がいても、『そんなの当たり前じゃぁ〜ん』、というのは正しいか?」という問題が出たとすると、答えは「間違い」だと思うのだ。 だから、一級建築士さまのおっしゃることでも、「ヘルメットなんて、そんなものすることないって」というのはだめなはずなのだが、一条工務店では多数派の大工は上棟作業の時にヘルメットはしていなかった。
   工事現場を手伝いに行って怪我をした営業・工事担当者は複数おり、それはどう考えても安全対策不備だと思い、東京営業所の一級建築士のM崎さんに行ったが、「建築現場で怪我するなんて、当たり前じゃ〜ん。怪我したらだめだなんて言われたら、工事なんてできねえよお〜お」と言われた。 そんなものではないのじゃないか、怪我人が出た時に、そういう事態がおこらないように対策を建てれば大事故は起こりにくくなるが、「怪我するのなんて当たり前じゃ〜ん」などと言っていたのでは、今に大事故が起こって死人が出るのではないかと思ったが、一条工務店は頓着しないようだった。〔「ハインリッヒの法則」という言葉があるが、それは別稿で述べたい。〕
   さらに、新帝国警備保障では、レッカー車の吊荷の作業半径内には人は立ち入ってはならないと教えられたし、ゼネコンの工事現場には「作業半径内 立入禁止」と書かれた掲示板が貼られていたのだが、一条工務店ではそういう認識は存在しなかった。 1993年に福島県いわき市の営業所に転勤し、上棟作業を手伝いに行った時、せめて、頭の真上を吊荷が通る時くらいは吊荷を見て、もしも、落下してきた時はよけて負傷を軽くできるようにと思って頭上を通る時に見ていたところ、先輩社員のMさんから「何、見てるんだ。 吊荷なんか見るんじゃない。吊荷がおまえの頭の上に落ちてきて、おまえが死のうが半身不随になろうが一条工務店にとってはどうってことないんじゃあ。吊荷なんか見るな。おまえが死んでも一条工務店にとってはちっともかまわんのじゃあ」と言われた。
   ところが。 1993年の9月、福島県いわき市草木台 の新築工事現場で屋根屋が屋根から墜落して頭を打って死亡する事故があった。 いわき労働基準監督署から社長の大澄賢次郎が呼ばれて、そして、何と言ったかというと、「なんで、俺が呼ばれなければならないんだ」と怒ったというのだ。 はあ? 会社の工事現場で死亡事故があれば社長に責任があるのは当然と違うんですか? 「なんで、俺が呼ばれなければならないんだ」て、それ、何? その言いぐさは???  それで、社長が労働基準監督署から呼ばれると、とたんに、言うことが変わった。 「安全こそ 一条のポリシー」て。 それまでと百パーセント、言うことが変わった。 よく、そう正反対のことを言えるもんだ、とあきれた・・・が、安全側に変わったのなら、それはいいことかもしれない。
   しかし、その件で、「本社の工事部のエライ人」だというOが いわき の営業所に来て次のように発言するのを私は聞いた。 「これからは、高い所に登る時にはヘルメットをするようにしないといけない」と。それが「木造のヘルメットのかぶり方」なのだろうか? これって、「会社による考え方の違い」とかいうものだろうか? 新帝国警備保障では、「ヘルメットは建築現場の敷地に一歩でも立ち入る時にするもの」であって「高いところに登るという時にするものではない」と教えていたのだ。 「建築現場の3大事故」として、墜落とともに、落下物というものがあり、ヘルメットは自分が墜落した時のためだけではなく、上から落下物があった時のためでもあるはずなのだ・・・・・が、それは新帝国警備保障の考え方で、「一条には一条の考え方がある」と言いたいのだろうけれども、その考え方で行くと、次は落下物で人が死ぬのではないか?という気がした。
   そして、その時に社長が労基署から呼ばれると、おそらく、また、百パーセントそれまでと言う事を変えて「ヘルメットは工事現場の敷地に立入る時点でするというのが一条のポリシー」とか叫ぶのではないか・・・・と思っていたら、そのうち、「仕上げ工事の段階でもヘルメットをするように」とか言い出した・・・が、ここまでくると、それは「羹に懲りてなますを吹く」の類で、K土木建築工業のマンション工事現場で、職人が仕上げ工事が完了した部屋に入る時に部屋の前でヘルメットをはずして、「自分のヘルメットで仕上げを傷つけるほど馬鹿馬鹿しいものないものなあ」と言っていたことがあったのだが、実際、引き渡し直前の、そのまま住める状態の家の屋内でまでヘルメットをしろと言うのは「羹に懲りてなますを吹く」類で、むしろ、おかしい。
   一条工務店の古くからいる従業員には同業他社から転職してきた従業員に敵意を持っている者、かつて同業他社にいた者といえども今は自社の従業員だと認識できないらしい人がいたが、「ヘルメットは、建築現場では建築現場の敷地に立入る時にするもの」というのは、エスバイエルで教えられたことではなく、新帝国警備保障で教えられたことで、かつ、「新帝国警備のやり方」というものではなく、建築現場の安全についての基本的な考え方だと私は思う・・・が、そう言うと怒る人が一条工務店には相当いたのだ。 なんで、怒るのかよくわからんが・・・・。

【8】 「労働基準法は守らない」という“会社のルール”???
   労働基準法という法律は罰則規定があるはずだが、違反する業者があっても、訴えても訴えても、労基署・検察は必死になって違法使用者を守ろうとする。 日本という国においては、労働基準法違反という犯罪は、労基署・検察・裁判所と不良経営者を守るための機関が二重三重に設置されている・・・・が、違法だとして取り締まってもらおう、処罰してもらおうとしても、日本の機関はなかなか動かないが、しかし、違法であるものが違法でなくなるわけではないのだ。 違法なものは違法なのだ。
   しかし。 一条工務店に入社して2年目の1993年のことだ。 営業本部長のA野T夫が次のように言ったのだ。 「『労働基準法は守らない』というのが一条工務店の会社の方針だ」と。  ・・はあ?・・・そんな「方針」の会社って、許されるの???
   それだけではない。 1993年、松戸展示場に所属していた時、前日、夜中の1時すぎまで客宅で折衝し、自宅に帰ったのは夜の3時頃になったという日が続いた時があり、5分ほど遅刻した日があった。 月に3回、遅刻があったとして欠勤1回だといって給料を引かれたので、総務に電話して、「たとえ、前日、夜2時まで仕事をしたのであっても、翌日は遅刻せずに出勤するべきだとは思いますが、一条工務店では時間外手当を払うべきであるのに支払っていないはずです。 前日、夜1時過ぎまでお客様の家で折衝して展示場に戻って帰社するのは夜2時で自宅に戻ったのは夜中の3時だったというような時に、翌日に5分ほど遅れたからといって、たとえ、それでも遅刻は遅刻かもしれないけれども、契約になってもならなくても夜中の2時まで仕事をしたことに対して時間外手当も深夜割増も出していないのに、遅刻したという方だけ減給することないでしょ。5分遅刻したというのを減給するなら、それなら時間外手当もきっちりと支払ってくださいよ」と言ったところ、総務の山本という無能な男が、「一条工務店には、時間外手当は払わないというルールがあります」と言うので、「日本国の労働基準法には、時間外手当はきっちりと支払わないといけないというルールがある、というのをあなたは知りませんか」と言ったところ、「一条工務店は労働基準法は守らないことになっています」と言ったのだ。アホが。 
   「労働基準法を守るというのはよそのやり方で、『労働基準法は守らない』というのが一条工務店のやり方」というのが許されるかというと、日本国の労働基準監督署・検察庁・裁判所という所は、不良経営者をなんとか守ろう、労基法違反を何とか守ろうと日夜、努力しているので、不良企業は労基署・検察・裁判所に守られると思うが、たとえ、それでも、違法は違法である。 「法は眠ると言えども死なず」。 ・・・というより、その前に、契約になるかならないかにかかわらず、前日、夜の1時過ぎまで客宅で奮闘して、展示場事務所を出るのは2時頃、自宅に着いたのは3時頃という人間が翌日、5分程度遅れたからと言って、時間外手当を支払っていないのに遅れた方だけ減給してやろうという、デモシカ総務を大事にする経営者は、どんなものかと思う・・・。自分自身が営業の経験者なら、契約になろうがなるまいが、前日の夜、1時過ぎまで客宅で奮闘して自宅に戻ったのは3時だったという者が翌朝5分程度遅れたとしても、それを減給してやろうという気持ちにはならないと思う。 そこで減給するなら、就業規則上の終業時刻は午後7時なのだから、そこで帰った方がいいということか、あるいは、お客様宅に行って折衝しても、ここでなんとかしてと思っても夜の1時過ぎまで奮闘するようなことはするべきではないということになってしまうはずだ。 デモシカ総務にはわからなくても営業経験者にはわかるはずだが。
   又、東京展示場のハッ○○が子供を、東京展示場から松戸に移ったS藤が妻を大義名分に完全私用で昼過ぎに出社した時に一条工務店は出勤扱いにしたのに対し、私が前日、午前1時まで客宅で奮闘し自宅に戻ったのは午前3時というのが続き5分程度遅れた時に減給した「一条工務店のやり方」では公平性を確保できない。


【9】 お客様から他の営業に電話がかかってきて、その営業がいなかったら、「いません」と言ってガチャン!と切れ! という会社。
   [第328回]《営業の大事な能力「黙っている力」(1)、及び、連れて行きたくない新人と、避けたい契約客同行の経験。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201504/article_6.html の【2】で述べた一条工務店の松戸展示場に1993年に中途入社した新潟大卒だというわりに、ぽーっとして賢そうでない顔をしていたA山に、A山が不在中に、A山が担当していた見込客の奥さまから電話が入り、私が取ったところ、住宅金融公庫の申し込みについて、A山の説明が不適切で、それで、かなり不安を感じ、又、相当頭にきたような感じだった。 私は、「はい」「はい」と言ってお客様の話を一通り聞いて、そして、最低限の説明をして誤解を解き、「A山が戻りましたら伝えて、▽▽さまにきっちりとご説明するようにさせますので、A山の方から詳しく聞いてください」と言い、それで、気持ちを収められ、電話を切った。 何を怒ってられたのかは忘れてしまったが、A山は入社して半年も経っていなかったので、説明が最適でなかってもしかたがないといえばしかたがないのだが、それにしても適切でないものだったようだ。 私の対応は最適なもののはずだ。
   「作家で精神科医」の なだ いなだ がどこでだったか忘れたが「フムフム療法」という言葉を書いていた。患者の話に、ともかく、「ふむ」「ふむ」と聞くだけで、かなりの患者は良い方向に進むというのだ。 心理療法家のカール=ロジャーズは、来談者中心療法の技術のひとつとして「繰り返し」というものをあげている。来談者の発言をカウンセラーが繰り返すだけでも、来談者はそれで自分の考えをまとめるのに役立つ。 そして、「ラポール」というものをあげている。 来談者が、カウンセラーはわかってくれていると思うだけでも来談者は心が落ち着くというのだ。 この場合、まず、電話をかけてきた方は、その時点で相当怒っていたのであり、まず、話を聞くことが大事だった。 うかつに何か言いかえしたら、その時点でこの話はつぶれたでしょう。 だから、ともかく、話を聞き、そして、その上で、ていねいに誤解を解くようにしたが、私が担当ではないので、説明は最小限にとどめた上で、「A山から詳しくご説明させていただくようにいたします」と、A山が次回、話をできるように設定して電話を終えた。 インテーカー(中継ぎ)としては最高の対応である。
   ところが。 しばらくして、営業本部長(その時点での役職は「次長」)のA野T夫が、「A山くんにかかってきた電話を、なんで、おまえが説明するんだ」と怒ってきたので、「説明といっても、自分が担当のお客様じゃないので最小限のことしか言ってませんよ」と言ったのですが、A野は「最小限でもなんで言うんだ。 自分以外の営業に電話がかかってきて、担当者がいなかったら、『いません』と言ってガチャンと切ればいいだろうが。なんで、切らないんだ」と言うのです。 それで、「あの電話は、お客様は相当に不安がっておられて、対応の不備を怒ってもおられて、あそこで私が話を聞いて最小限の説明をしたから、それで納得されて話が続いたのであって、あそこで私が話を聞いて最小限の説明をしなければ、その時点で、あのお客様の話はつぶれましたよ」と言ったのですが、営業本部長のA野は「つぶれればいいだろうが。」と言うのです。 「そんなわけにいかないでしょ」と私は言ったのです。「それに、お客様が話されているのに、無視してガチャンと電話を切ってしまうわけにもいきませんでしょ」と言ったのですが、「なんでいかんのじゃあ。 お客様が話してようが、他の営業にかかってきたのならだなあ。 『◇◇はいません』と言って、ガチャンと切ってやればいいだろうがあ。 何、考えてるんだ、おまえはあ〜あ!」と怒鳴りつけられたのです。 「しかし、いくらなんでも、お客様が電話で話されているのに、無視してガチャンと切るなんて、できませんでしょ」と言うと、「なんで、できんのじゃあ。エスバイエルではそういう対応をしたかもしれんけど。一条には一条のやり方があるんだ。 一条工務店の営業の責任者のこのぼくが言ってるんだ。ほかの営業の担当のお客様から電話があって、担当者がいなければ、お客様が不安がって電話してこられたのでも、お客様が怒っておられようとも、『いません』とひとこと言って、ガチャ〜ン! と切れえ! わかったなあ! ガチャ〜ンと切れよお〜お! ガチャ〜ンとだぞお!」と怒鳴りつけられたのです。
   松戸展示場では、私がその電話を取って話していた時にそこにいて状況を見ていた人間も何人かおり、A野さんが出て行った後、その場にいた人、ほぼ全員から、「ひどいですねえ〜え。 ○○さんがきっちりと電話で対応したおかげでお客様は納得されて、気持ちがおさまって、それで話がつぶれずに、A山くんは助かったのに。 あの言いぐさは、たとえ、次長であっても、会社のどんなえらい役職の人であっても、いくらなんでも、ひどすぎますよ。 ○○さんは、本当によく我慢しますねえ。 ちょっとは言いかえしてもいいのと違いますか。 会社の上役だからと言って、あそこまでの態度を取る権利なんてないと思いますよ」と言われたのだ。私もそう思う。 営業本部長のA野さんは、「他の営業が担当のお客様から電話がかかってきて担当者がいなければ、お客様が不安にかられて電話をしてこられて場合でも、相当に怒っておられても、かまわないから、ガチャ〜ン切れえ!」というのが「一条工務店のやり方」と言うのだが、A野さん以外の一条工務店の従業員は大部分の人間がそんな対応がいいとは思っていないし、それが「一条のやり方」と言われても、そんなことするわけにいかないでしょ、と多数派の人間は考えている。
   A野さんは「ぼくは、学校を出てないから(最終学歴:中卒、もしくは定時制高校中退らしい)気さくで人間味があるんだ。 そう思うだろ。思わないのか? 『思います』と言えよ。 言わないのか。『思います』と言え」と私に言って、それで、無理矢理、「思います」と言わされてしまったことがあったが、そういうことを会社の役職を利用して従業員に無理矢理言わせる人間、が、「気さくで人間味がある」かというと・・、なんだか・・・。 
   人がせっかく、努力して苦労して最適な「中継ぎ」をしてあげたのに、野球にたとえれば、自分には勝星もセーブもつかない時にノーアウト満塁のピンチで3人連続三振に打ち取って次の回につないであげたのに、監督から「なんで、三振になんかとるんだ」とか怒られたようなもので、「ベンチがアホやから野球ができん」と言いたくはないけれども、言いたくなるような態度をとる監督の会社なんだなと思うと・・疲れる・・・・・。
   「他の営業にお客様から電話があって、その担当がいない時は、『いません』とだけ言って、ガチャ〜ンと切れえ」というのは、A野さんは「一条工務店のやり方」と言うが一条の営業の多数の人間はそんな対応を「一条のやり方」とは考えていないし、一条で建てた入居者で「一条で建てて良かった」と思っているような人はそんな対応を「一条のやり方」とは思っていないのだが、A野さんは自分以外のほとんどの従業員が自分と違う考え方をしても、それでも自分の考え方の方を「一条の考え方」「一条のやり方」だと主張するようだが、そうなると、どっちが「一条のやり方」「一条の考え方」になるのか・・・。
   ジャン=ジャック=ルソーは、ある組織・団体を構成する個人の意志を「特殊意志」、特殊意志の総合としてを選挙や議決で決められたようなものを「全体意志」、特殊意志の集合体である全体意志と別にその団体のあるべき意志を「一般意志」と言ったが、全体意志は衆愚政治に陥るおそれもあり、一般意志という概念はあるとは思うが「一般意志」を完全に認めてしまうと自分個人の考えでしかない特殊意志を一般意志だと主張する者の独裁を許してしまうおそれもある。 A野さんの特殊意志は、一条工務店の従業員の全体意志と異なっていることが多いのだが、A野さんが創業者社長の義理の弟で営業本部長である限り、A野さんの特殊意志は従業員の全体意志と異なっても、A野さんの主張が「一条の考え方」ということになるらしいが、「他の営業が担当のお客さんからの電話は、ガチャ〜ンと切れえ」という特殊意志が「一般意志」になるかというと、ちょっと違う気がするが・・・・。もし、会社の一般意志に反する言動を経営者がとり続けるならば、「生産力と生産関係の矛盾によって」、客車が機関車に引っ張られるように、会社からオーナー経営者が引きちぎられる、という事態になることも可能性としてありうるのではないか、という印象も一条工務店の経営者を見て思った。
  松戸展示場の人からは「上役だからと言って何を言ってもいいというものではないと思いますよ」と言われたが、A野さんは「女の子は気をつけて気をつけてしてやらないと辞めてしまうけれども、その点、男は辞めないから何を言ってもいいんだからな」と言い、ある時、電話してきて、突然、「まだ、結婚相手決まらんのか。男が好きなのか」などと言ったことがあったが、言っている側は「何を言ってもいい」と思っているらしいが、言われている側は我慢はしていても何を言われてもいいとは思っていない。彼が何を言ったか地獄の底まで忘れはしない。
    (2015.4.28.)

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