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zoom RSS 「女が働くのは大変」か?―男だって大変だろ。 そんなに大変なら働いてもらわなくてけっこう (1)

<<   作成日時 : 2015/04/01 15:20   >>

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[第323回]
   安倍晋三が女性の管理職を増やそうと言いだしたようだ。 なんか、変じゃないか? 女性だから管理職にならさないということはやめるべきだ、女性でも優秀な人にはなってもらえばいい、という主張ならけっこうなことだと思う。 しかし、「女性枠」みたいなものを作って、女性であるからならせる、みたいな動きは、それは、むしろ、男性で優秀な人がいても「男性枠」が埋まっておれば、その男性より適性のない女性でも「女性枠」でなる・・・ということになりそうで、むしろ、「男性差別」、逆差別ともいう事態になるのではないか。
   「男女共学」にも、「小学校型」の男女共学と「大学型」の男女共学がある。 より正確に言うと、「公立共学高校」型の男女共学と「大学型」の男女共学がある。  どういうことかというと、公立の小学校は義務教育であるので、入学試験といったものはなく、その地域に住んでいてその年齢に達した者は男でも女でも行く。 その結果として、だいたい男女半々くらいになる。 1960年代後半、私が行った小学校では、45人のクラスで男が23人、女が22人と男が1人多いというクラスが多かった。 公立の中学校も同様である。
   それに対して、大学の場合は、女子大はあっても男子大というのは今はあまり聞かない。 戦前は東大とか京大とかいうのは男子大だったが、戦後、「共学」になった。この場合の「共学」は、入学試験の成績が合格最低点を上回れば、男でも女でも関係なく入学できるというものだ。 1980年前後頃の慶應義塾大学の文学部は男女の人数がほぼ同じくらいだったらしいが、別に同じくらいになるように入学者を決めたわけではなく、あくまで結果としてそうなったらしい。 慶應でも文学部以外(経済・商・法律・政治・理工・医 )は男の方が圧倒的に多かった。 商学部では1年2年のクラスでは、50人くらいのうち、女性が3人ほどいるクラスと男ばかりのクラスがあった。 これは、男性であるか女性であるか関係なく合否を決めて入学させた結果、そうなったというものだ。
  高校の共学は事情が違う。 私が高校に進学した1970年代半ばにおいては、大阪府の公立高校は、内申書の成績(9科目)と5科目の入学試験の成績を合わせて判定だったが、男女比がそれほど変わらないようにするために、男性の合格最低点と女性の合格最低点は大きく違ったのだ。 大阪府第1学区の、まだ、京大合格者数全国1位だった北野高校は、男性は大阪府の公立高校で最も合格最低点は高かったが、女性は名前と受験番号さえ書けば全員合格だった。 あれがいいかどうかは、今、よくわからない。  公立高校でも各学区で1番の進学校くらいは、男女比おかまいなしに上から順番に合格という「大学型の男女共学」でも良かったのではないのかという気もするが、公立高校の「男女共学」は、男女比がそれほど偏らないように、男性の定員・女性の定員というのを別に設定して合格者を決めていたので、各学区のトップ校では女性は男性よりはるかにやさしい基準で入学していた。
   小学校・公立高校・大学の共学について述べたが、「職場において、女性の管理職を増やそう」という安倍晋三の発言は、大学型の共学、即ち、男でも女でも関係なく合格最低点以上は合格というものではなく、公立高校型の共学、男女比がそれほど偏らないようにするために、女性は男性よりはるかに低い基準で合格となる、という公立高校型の男女共学のような、女性優遇になるおそれが十分にあると思える。 何年か前、小泉純一郎が選挙の時に、「刺客」とか言って、女性の候補者を大量に出して、その際、今は落選してしまったが、田中真紀子さんが、「どうして、女ばっかり出すのでしょうね。 女でも男でも関係なしに優秀な人が出ればいいのと違うのですか。 まったく、小泉さんも山拓と一緒で女好きですねえ」と言っていたのを思い出す。 安倍晋三の女性管理職を増やそうという発言も、 本来の男女平等とは異なった、なんだか、変な方向に行きそうな感じがする。  



   それで、だ。 「女性が職場で働くのが大変」なのか というのが、今回の表題である。
   2008年、千葉県八千代市に本社がある、建築もやっているが売買の不動産業の方が主の東海住宅〔株〕(http://www.10kai.co.jp/contents/code/ )の千葉市花見川区のH見川店にいた時のことである。 店長になっていたO友さんというおばさん(50代。当時)が、「女性が働くのは大変なんだからねえ」と何度か口にしたのだが、それを聞いて、「そうかな???」とも思えば、「そうだとしたら、何なんだ?」とも思い、「もしも、そんなに大変なら、私としては、別に働いていただかなくてもけっこうですけれども」とも思ったのだ。
   「女性が働くのは大変」か? という問題と、「もしも、女性が働くのが大変だったとしたら、何なんだ?」という問題の2つについて論じる。


《1》 「女性が働くのは大変」か?
   かつては、「女性が働くのは大変」だと言われた時代はあった。 これはどういう意味でかというと、
1.  基本的には外で働くのは男性で、女性は結婚して家を守るものだ、という時代においては、男性には仕事はあっても、女性がやる仕事というのが男性より少なかったり、あっても、補助的な仕事で賃金が安かったり、男性とそれほど変わらないように働いても、給与や昇進において男性より低い扱いにされたりすることがあった、ということで、女性が、若い時期に結婚前に一時的に勤めるのではなく、ある程度以上の年齢において、継続的に生活費を稼いていくのは大変だという時代が過去にあった。 しかし、今日では、必ずしもそうではなくなってきて、女性でも働く職場はある。それも、女性で東大とか京大とかに行ったような女性、「スーパーウーマン」とかいうような人に、女性で医者や弁護士になるような人にということではなく、「普通の女性」に男性と変わらない、もしくは、男性より有利な条件で仕事はある。 東海住宅(株)では80代の会長が「不動産業は女性がいい」と言って、むしろ、女性を優遇しており、現実に、東海住宅(株)でO友さんは「店長」にならせてもらい、店長としての給料をもらっているのだから、これには該当しない。

2.  かつては、女性が外で働くことを肯定しない夫や舅・姑がいた。 その変わり、そういう夫・舅・姑の家庭は、夫の収入が妻が働かなくても食べていけるだけのものがある場合が多かったのではないか。 自分の年収が少ないにもかかわらず、妻が働きに行こうと言ってくれるのをだめだという男もあるまい。 あるいは、夫が働きに行けないような怪我・病気を身体に負ってしまって、妻が生活を支えるために働きに行こうと言ってくれるのをだめだという男もあるまい。
  但し、妻が働きに行くことで、浮気でもするのではと心配する男はかつてはいたかもしれない。
  O友さんの夫は、すでに定年になる年齢を過ぎており、かつては、小堀住研(株)がまだ「高級住宅の小堀」という評価を得ていた時期に小堀住研(株)の千葉支店の設計課長を務めて、その後、独立して設計事務所を運営したが、高齢になって引退し、今は体調を崩して療養していると聞いた。 だから、引退しておかしくない年齢の人なので年金の収入もあるだろう。  そのように、Oさんの夫は妻に働かせて自分は遊んでいるプー太郎ではなく、かつ、妻を家庭に縛っておかないと気がすまないという人でもないようだ。 だから、これにも該当しない。

3.  小さい子供がある夫婦においては、その子供の世話をどうするかという問題がある。 子供というものは夫婦で協力して育てるものだ。 私の父は「子供というものは女が育てるものだ」と言っていた。 「女は畑で、種を植えていただいたお方のおかげで子供は生まれることができたのであって、種を植えていただいてくださった方に感謝しないといけない。 生まれたら育てるのは畑の役目じゃ。 それで、種が芽をだして大きくなって実がなるようになれば、その実に対しては種を植えた者に権利があるんじゃ。 茄子やキュウリでもそうだろ。畑に権利があるのと違うんじゃ。 ましてや、茄子やキュウリに権利があるわけがない」と言っていた・・・が、私はそれは違うと思う。 そんな感謝せえよお、種を植えてくださってやってやっていただいてくださった方に感謝せえよお〜お・・とたいそうなことを言わないとおれないような種なら植えない方がいいのではないかと思う。 女は「畑」ではないし、夫が働きに行って仕事が忙しく、妻が家庭にいる時間が長ければ、子供と過ごす時間は結果として父親より母親の方が長くなるかもしれないし、それは悪くないと思うが、そうであっても、「子供は女が育てるもの」ではなく、「子供は父親と母親が協力して両方が育てるもの」だと思う。  しかし、最近でも、雇用機会均等法という法律と雇用均等室という機関ができて、「女性の子育てを支援しましょう」といったことが言われるが、「男性の子育てを支援しましょう」とは言ってもらえない。 子育ての為に休暇を取りたいとか早く帰りたいとかいった申し出は、現実問題として女性には認められても男性にはなかなか認められないことがある。 その結果、子供の世話は女性の方が主としてやらざるをえない場合がある。
   しかし、1960年代、私が幼稚園に通った頃は、幼稚園はけっこうあったが、保育園は少なく、幼稚園ではなく保育園に行っている子どもは「ちょっとかわいそう」という感じがあった。 それに対し、最近は、保育園の数が多くなり、私が仕事で接したお客様の子供で保育園に行っている子に話をしてみても、自分が「かわいそう」とか思っている子はあまりない。 今や、保育園は市民権を得て、普通の家庭の普通の子が行っている。 だから、私が幼稚園に通った1960年代前半よりは保育園を利用して母親が勤めにでるというのはやりやすくなった。
   しかし、そうはいっても、保育園も24時間預かってくれるわけではない。 家族で、妻の母とか夫の母とかがまだ若くて、幼稚園なり保育園なりから帰った後はめんどうをみるという家庭なら良い。 夫が定時に帰れるような仕事についている場合は夫の方が見ればよい。 そうでない場合でも、今は、パートタイマーとかアルバイトとして、残業・時間外労働はしなくていい、あらかじめ、決まった時間だけ働けば、「24時間、働けますか」とか男性の正社員のように言われることはない、という仕事はあるので、そういう仕事につけば良い。 しかし、もしも、「24時間働けますか」とリゲインのように働く男性ジャパニーズビジネスマンと変わらないように働きたいということなら、子供を持つのを遅らせるか、そうでなければ、これは夫婦で話し合って、子供のめんどうを見てくれる人を探すか、子供をほぼ24時間見てくれる機関を探すかしなければならないことになる。
   O友さんの場合はどうかというと、子供はあるが、子供があるといってもすでに成人して、その子供が子供を産んで育てているような「子供」であり、世話しなければならないような「子供」ではなく、むしろ、その「子供」が力になってくれるような「子供」である。 だから、「子供」があるから大変というのは該当しない。 私らのように、何でも自分でやらないと助けてくれる人がない人間の方が、男であれ女であれ大変なくらいだ。すでに成人して結婚して子供があるような「子供」がいて、それが、いったい、どこが「大変」なんだ???
   世話しなければならない家族は子供だけではない。 介護認定を受けている私の母は放置してよい、どうなっても良いと、「子供」を大義名分として「女が働くのは大変」なんだからねえと言う人は主張したいのだろうか。 子供以外に世話しなければならない家族がいる人はいるはずで、介護は女性だけがするべきものではなく、男性と女性が協力しておこなうべきもので、男性しかやる人間がいなければ好むと好まざるとにかかわらず男性がやらざるをえない。
〔 ≪ ・・今年の2月に突然、膵臓がんの疑いが出てきました。・・・私の頭に浮かんだのは、自分自身の命もさることながら、連れあいが難病の患者ですので、彼女を置いてどうしたらいいかと途方に暮れました。 最初にかかった医者からは、即手術をするように言われましたが、「家に事情があって、すぐ手術を受けられる状態ではありません」と言って断りました。・・・・≫(小林圭二「危険で無意味な高速増殖炉「もんじゅ」」 『熊取六人衆の脱原発』2014.6.1. 七つ森書簡 所収)  〕

4.  腕力が必要とされるような仕事であれば、男性の方が一般に力は強いので、もしも、そういう仕事を女性がやろうとするならば、大変だろうけれども、「建築もやっているけれども売買の不動産業の方が中心」という東海住宅(株)の営業という仕事はそういう仕事ではない。 それだけではなく、東海住宅(株)は建築もやっている会社なので、建築現場では物を運んだりすることもあり、ショールームや事務所でも物を運んだりすることもあるが、たとえば、木質系住宅建築業の小堀住研(株)の某営業所に「営業補助」という職種で勤めていた当時20代の女性のMさんは、冬場、展示場の前に雪が積もって、私が除雪作業をしていると出てきて自分もやろうとするので、「いいよ。中に入ってればいいよ」と言っても、「私もやる」と言って一緒にやってくれたし、在来木造の一条工務店では在籍後半において、工事担当者は基礎工事担当・躯体工事担当・仕上げ工事担当の3分業で、仕上げ工事担当は多くが女性だったが、彼女らは、建築現場に行けば、少しくらいのものなら自分でも持ち、引き渡しの際に補修が必要な場合は、高い所によじ登って行って作業したりもしたが、それに対して、東海住宅(株)のO友さんは「男性がやりなさい」と言い、私がH見川ショールームの玄関の前や駐車場を雪かきすると、自分は部屋中に入って座ってコーヒー入れて飲んでいた。 男性が雪かきすると部屋中に入って座ってコーヒー飲む女が、なにゆえ、「女が働くのは大変」なのか、マカ不思議である。 「大変」なわけないだろうが。

  企業活動におけるゴミは、市役所がおこなっている住民の生活ごみの収集に出すことは認められておらず、当時、東海住宅(株)では、京成「八千代台」駅のすぐ東の本店(八千代台店)はゴミ収集業者に集めに来てもらっていたが、最寄駅が本店(八千代台店)と同じ京成「八千代台」駅で、駅から行くには本店(八千代台店)の前を通って、本店から駅から本店までの距離の倍ほど歩いた場所にある花見川店には、ゴミ収集業者に集めに来てもらうように手配しておらず、花見川店で出たゴミは、毎回、私が自分のクルマに乗せて本店のゴミ置き場まで運んでいた。 近接業界で実績を残した上での中途入社とはいえ、この会社では私が新しいのだからと思ってやっていたが、そうはいっても、毎回、私にゴミ運搬をさせているというのは、同じ従業員として、社会人としていかがなものかとも思い、そのうち、気づくだろうと思って見ていたが、O友さんは気づかない人だったようだ。 O友さんだけでなく、女性事務員 I 上さん(40代前半。当時)も、自分ではゴミを運ぶ作業をせず、平気で私にさせていたが、I 上さんの場合、事務員だということもあって電車通勤であったので、その点、やむをえないところもあるとは思っていたが、クルマで来ていないからということで人にやってもらうなら、それならそれで、社会人として、会社人として、「すいません」のひと言くらいあって良いのではないかとも思ったが、I 上さんは最後まで「すいません」と言うことがなかった。 そのうち、I 上さんも自家用車で通勤するようになったが、自家用車で通勤するようになっても、ゴミを本店(八千代台店)のゴミ置き場まで運ぶ作業はやらなかった。 こういう問題に男も女も基本的には関係ないのだが、しかし、だ。 そのゴミには、営業所で出た事務作業におけるゴミもあるが、昼に食べた弁当ガラとかもあるのだ。 自分が食べた弁当ガラを、毎回、男に片づけさせる女というのは、基本的には男も女も関係ないとはいえ、そうはいっても、やっぱり、次のように見られるのではないかと思うのだ。
  「まったく、つくづく、行儀の悪い女だなあ」 と。 違うか?
男であれ女であれ、そういった作業は特に不公平のないようにやるもので、毎回、ひとにやってもらっている人間というのは、社会人として協調性に欠けるとか、無神経とかいった評価を受けると思うが、男性でも良くないのだが、自分の食べた弁当ガラのゴミを、毎回、男に片づけさせて平気でいる女というのは、どういう神経の人間なんだ、ということになるが、それが、「不動産屋」なのだろうか・・・。 そういうことをやっている女が、「女だから働くのが大変」だろうか? ちょっと、言うことが虫が良すぎるのではないか・・・・・。


5.  男性が多い職場では、女性にだけの事情を理解してもらえず、苦労する場合もあるだろう。 特に「女性差別」といったことがなされなくても、男性が多く男性中心で動いてきた職場に女性が入ると、その職場が男性のペースで動いている為、女性はそれに合わせるのが大変だというケースもあるかもしれない。 しかし、東海住宅(株)は、80代の会長が「不動産業は女性がいい」と言って、「女性は日曜・祭日は遅刻・早退していい」と言ったらしく、O友さんは、日曜・祭日に展示会・見学会を開催すると、こちらが掃除して準備した所にやってきて、「店長」だからと言って準備した人間より先に接客して名簿を盗り、そして、「女が働くのは大変なんだからねえ」「東海住宅は会長が女性は日曜・祭日は遅刻・早退していいと言っている」と言って、「あと、片づけといてよ」と言って、こちらに片づけを押しつけて自分は接客して見込み客の名簿を盗るだけ盗って片づけをせずに帰るということを常習にしていた。  この職場においては、男性の方がよっぽど大変だ。
   O友Y子さんは、3時ころに「おやつ」を食べることが多かった。 親切なことに私にもくれることがあったが、1度なら気を使ってもらってすいません、というところだが、毎度、こちらにもくださるのは、実際のところ、あまりありがたくなかった。 なぜかというと、「3時のおやつ」を欲しいのは女性であって男性はあまり欲しいものではないのだ。特に、私の場合、30代に健康診断で、コレステロール値高め、中性脂肪値高めと診断を受け、ケーキやお菓子などは食後にデザートとして食べるのは特に量が多くなければ良いが、食間に採ると、脂肪の燃焼を妨げることになり健康によくないので、できるだけ採らないようにしてきたのだ。 そして、男性は実際のところ、女性と違って「3時のおやつ」はそれほど欲しいと思わないものなのだ。 これは、おそらく、胃の大きさの違いではないかと思う。 食事の時に見ていると、女性は、男性から見れば、そんなちょっとで大丈夫なの? というくらい少ししか食べない人が多いが、その一方で、「3時のおやつ」が大好きで、男なら採らないような「3時のおやつ」を採る人が多い。 子供が成長するまで、「10時と3時のおやつ」を食べても、男性の場合は大きくなるに従い食べなくなり、「食後のデザート」は採っても「3時のおやつ」は採らなくなることが多い。 これは胃の大きさが女性は男性より小さいので、それで、食事の量は男性より少ないがおやつはとりたがるのだと思う。 東海住宅(株)には就業規則上、午後3時頃に休憩時間はないが、O友さんはほとんど毎日、午後3時頃に「おやつ」を食べていた。 営業の場合、業務に特に支障がでなければ、「おやつ」を食べてはだめとは言われることはないし、又、たばこを吸う人間はタバコを吸って良くて、おやつは食べてはいけないというのも変な話でもあるが、コーヒーなど「飲み物」は認められても、ケーキだのお菓子だのは認められない職場もあるが、O友さんは「店長」の立場でおやつタイムを「実効支配」して認めさせていた。 だから、そのあたりの生活は、東海住宅(株)は、むしろ、女性中心で動いていたのだ。 だから、体のつくりは男性とは異なる女性が男性に合わさないといけないという「大変さ」は東海住宅(株)にはなかった。 むしろ、男性の方が女性に合わさざるをえない場合があったくらいである。

   だから、これら、1〜5の点において、人によっては、あるいは、職場によっては、「女性は男性より大変」なケースはあったが、O友さんにはどれもあてはまるものはなかったのだ。

6.   1〜5に該当するものがなくても、働くのは大変だ・・という話であれば、それは、女にとってだけ働くのは大変であるのではなく、男にとっても働くのは大変なんだわ。 別に「女は」という問題ではないのだ。 



《2》 「もしも、女性が働くのは大変」だったとしたら、だから、何なんだ?
   もしも、「女性が働くのは大変」であったとしたら、だ。 もしも、夫が妻にその大変なことをしてもらって養ってもらっているとすれば、もしくは、男性も働いている場合でもお互いの生活費を稼ぐために妻に助けてもらっているとすれば、その夫に、「女性が働くのは大変なんだからねえ」と言っても良いかもしれないし、夫はそれを理解するべきであろう。
    しかし、だ。 職場の男性社員に言っても、だ。 職場の男性社員はO友さんに養ってもらっているのではない。 もしも、O友さんに養ってもらっているのなら、「女が働くのは大変なんだからねえ」と言えば、「そうですねえ。 本当に申し訳ございませんねえ。 どうも、ありがとうございます」とでも言うところだろうけれども、だ。 O友さんに養ってもらっているのではないのだ。 むしろ、日曜祭日は遅刻早退するO友さんのためにO友さんが出社するより前に準備したり掃除したりさせられているのだ。 O友さんに「女が働くのは大変なんだからねえ」と言われる筋合いはないのだ。 「女が働くのは大変なんだからねえ」と言いたいなら、その文句は夫に言うことで、その上で、夫が「そんなに大変なら、働きに行かなくていいよ」と言うか、大変でも働きに行ってもらわないとその家族の生活に困るのか、いずれなのかということになるが、いずれにせよ、職場の男性社員にとっては関係のないことで、職場の男性社員に言うのは言う相手を間違えていると言わざるをえない。
   というよりも、だ。  結論を言おう。
  そんなに大変なら、別に働いていりませんよ。   
そういうことになる。 違うか?
   男性は、職場であまり「大変だ」「大変だ」と言って、そんなに大変なら辞めてもらってもいいよ、と言われては困ると思うから、けっこう大変であっても、「大変だ」と言わないのだ。なぜ、男性は言えない文句を女性は言う権利があるのだろうか?
   最近、コンビニに、「本当にあった笑える話」という漫画雑誌が売られていて、無茶苦茶おもしろいのだが、風俗営業の仕事に勤めて、その稼ぎで無職の「夫」を養っている女性の話が時々出る。 そういうケースなら、養ってもらっている男は、「どうも、ありがとうございます」と言ってよいかと思う。 しかし、私、O友さんに養ってもらっていませんよ。 O友さんが働くのがそんなに大変なら、働いてもらわなくてけっこうなんです。


   東海住宅(株)は、2000年代半ば過ぎ、千葉県八千代市の京成「八千代台」駅の東に本社を持ち、宮城県・福島県・栃木県・千葉県・東京都で営業していたが、女性の店長の占める割合が大きく、O友さんの後、H見川店の店長になった60代の男性T中は、「男がだらしないんだ」と言っていたが、それは違うと思う。 そうではなく、会長による女性優遇にあほくさくなって、店長になって悪くないような男性は、あほくさいから辞めていくのだと思う。 普通に考えてみるがいい。 「日曜祭日は女性は遅刻早退していい」と言って、準備と片づけは男性にさせて、準備ができた頃に出てきて「店長」だからと準備作業をやっていない女に先に接客して見込客名簿を盗られ、来場客がとだえて終わり頃になると、「私は先に帰るから片付けといてね」と言って先に帰る女を「会長が認めている」ような、そんなあほくさい職場にいつまでもいる男はアホだ。 
   「子供は女が育てるもの」ではなく、「子供は父親と母親が両方が協力してそだてるもの」だ。 男性でも子供のある人は、特に、日曜・祭日は早めに帰って家族団らんしたいものだ。 ところが、もしも、男性だけの職場なら、従業員全員のために用意したものの片づけを従業員全員でやって帰るので、片づけは必要とされる仕事を人数で割った量になるのに対し、「女性は日曜祭日は遅刻早退していい」と会長が認めている東海住宅(株)においては、男性従業員と女性従業員のために用意したものの片づけを男性従業員だけがやらないといけないことになり、結果として、もしも、男女の人数が同数であったなら、男性は男性だけの職場と比べて倍の労力と時間が必要になることになる。 もしも、女性が男性の倍の人数がいたならば、男性は男性だけの職場と比べて3倍の労力と時間が必要になることになる。 それで、給料は同じであるだけでなく、「不動産業は女性がいい」と女性がいいものという先入観を会長がもっているらしいとなると、男性は、何もそんなあほくさい職場に勤めなくても、男性が損をしない職場に勤めればいいことになる・・・・結果、最初はわからずに勤めても、しばらくして店長になってもおかしくない頃になると、あほくさいから男は辞めていくことになるのだ。 実際、あほくさいと思うし、私もこれではいくら何でもあほくさいと思った。

   もとより、だ。 東海住宅(株)の80代の会長に、「(男性には認めないが)女性は日曜祭日は遅刻早退してよい」と認める権利があるかというと、そんな権利なんか、ないと思うのだ。 遅刻早退ではなく、正社員よりも賃金は少々安くて、昇進も正社員のようにはしないパートタイマーとして勤める場合は、「正社員より1時間後で出勤して1時間先に帰ってよい。 時間外労働は基本的になし。」という条件での勤務を認めるというのなら良い。 正社員として男性と同じ条件の給与をもらい、男性と同等に昇進する・させるのなら、女性に日曜祭日は遅刻早退してよい、というなら、男性にも同じ条件を認めなければならないはずだ。 それを男性には認めず、女性にだけ認めるというのでは、結果として、その女性のために、男性が時間外労働を無賃労働でやることを会長が強制していることになり、これは、労働基準法違反であるとともに、時間外について、女性従業員のために男性が犠牲になるように要求する権利が使用者にあるかというと、当然のことながら、もとより、そんな「権利」など使用者に存在しない。  80過ぎた老人のやることだから許さないとしかたがないと、もしも、言うなら、そんな「80過ぎた老人」は男性従業員を迫害するような言動を取らない取れないように、会長の職を退いてもらわないといけないことになる。
   「不動産業は女性がいい」と80代の会長が言ったそうで、同時に会長は「女性は日曜・祭日は遅刻早退してよい」と女性にだけ認めたらしく、その指示によって、O友さんは日曜祭日は毎度、始業時刻より30分から40分遅く出社していたが(男性は始業時刻きっちりに出社しているのではなく、それより前に出社しているので、結局、男性より1時間近く遅く出社していることになる)、そういうことをするとどうなるか。 あほくさいと思わない男はアホだ。 もし、男性ばかり4人の営業所なら準備と片づけを4人で分担してやるところを、女性が2人男性2人なら、女性は男性2人が準備と掃除をした頃にやってきて接客して見込客をとるということになる。 男性4人の営業所なら、冬場、店の前に雪が積もれば、4人で分担して雪かきをするところを、女性2人男性2人の営業所なら、雪かきをする人間が2人、その最中に部屋中に入って座ってコーヒー飲むやつが2人ということになる。 人に雪かきさせてその最中に部屋中に入って座ってコーヒー飲むやつがいいとかぬかす耄碌爺が東海住宅(株)の会長だそうだ。 だから、男性は出ていくことになり、女性の店長の割合が増えるのだ。 
  O友さんを見て、男なら殴られるぞ、と思ったことは何度もあるが、当人は、「女は『男なら殴られる』ことをやっても女は殴られない権利がある」と心得ていたようだ。 しかし、そういうものだろうか。 「男なら殴られる」ことをやった人間といえども、男でも殴っていいというものでもないのだが、「『男なら殴られる行為』をやっても女は殴られない権利がある」と心得ているオバサン、この場合の「オバサン」というのは、「その性別のその年代の人」のことを言うのではなく、「オバサン根性」もしくは「オバタリアン」と言われるような態度を取る人のことを言うのだが、そういう人が「不動産屋に向いている」のだろうか。 男性はそういう女性と職場で争うことができないので、譲ってしまうのだが、譲り続けることはできないので、人によっては辞めていくことになる。 日曜祭日に男性従業員に準備や掃除をさせて、自分は「会長が認めている」と人より後から大きな顔をして出社して、先に出社して準備や掃除をした人間を押しのけて先に接客して見込客名簿を盗るだけ採って、夕方になると「後、片づけておいてちょうだい」と言って、またもや、「会長が認めている」と自分は片づけをしないで先に帰る女ばかりになったら、その時は会社はつぶれるのではないか? そういう人が「不動産業には向いている」か?  そういうオバサンと職場で争えないからあきらめて辞めていく男が続出するという事態を、「悪貨は良貨を駆逐する」と言うのではないのか? 
  会社としては、日曜祭日の朝に、人に準備と掃除をさせて用意させた頃に出てきて、「店長」だからと準備と掃除をして労力を払った人間よりも先に接客して見込客名簿を取得する女ばかりになると、店は運営できなくなるはずなのだ。 だから、男性従業員が犠牲になる必要があるのだ・・と会長が主張するならば、ふざけるな! ということになり、男性は出て行き、女性ばかりが残ることになる。


   10年ほど前だっただろうか、新聞の投稿欄に、≪大学を卒業する女性が、女性の総合職としての採用をする会社があるといっても、男性の場合、「普通の人」「どうってことない人」でも総合職として採用してもらえるのに対し、女性で総合職として採用してもらえるのは、「スーパーウーマン」みたいな人だけで、そうでなければ、一般職としての採用になる。そのあたりを見ると、女性の総合職の採用があるとはいえ、男女は同じ条件ではない≫と述べていたのを見た。 たしかに、そういうところはあるかもしれないが、しかし、男性の場合、「普通の人」でも、その仕事を本業として他の男性従業員と同じ条件でやらないといけないと考えている人が多いのに対し、女性の場合、「スーパーウーマンみたいな人」の場合は男性と同等、もしくは、人によっては同等以上の覚悟でいる人が多いが、「普通の人」の場合、男性と同じ覚悟でいる人は少ないように思えた。
   私が今まで勤めてきた職場の男性従業員でも、処遇については、「学歴によって人を差別するのはおかしい」と主張しながら、何らかの役職につかせてもらって、責任ある態度を求められた場合は、「ぼくは高卒だから、そんなことわかるわけがない」と言ってふんぞりかえる人を何人も見た。 特に、在来木造の一条工務店は経営者がそういう人間を好きだったようで、高卒の人でもすべての人がそういう人間というわけではなく、高卒であれ大卒であれ、ともかく、その役職についたなら、その役職の人間としての役割を果たさなければならない、と思っている人もいるのだが、高卒でもその役職についたなら、その役職の人間としての役割を果たさなければならないという意識の人よりも、役職に就く時には「学歴によって差別するのはおかしい」と主張して、責任を問われる時になると、「ぼくは高卒だから、そんなことわかるわけがない」と言ってふんぞり返る卑怯者を高い役職につけるようにしていたようだった。 私は、そういう人間というのは卑怯だと思うのだ。学歴の低い人が絶対に重要な役職についてはならないとは思わないが、しかし、処遇については「学歴によって人を差別するのはおかしい」と主張しながら、判断を求められ責任を求められる時になると、「ぼくは高卒だから、そんなこと言われてもわかるわけがない」と大威張りで言う一条工務店でしばしば見られたような卑怯者は、高い役職に就けるべきではないと思うのだ。
   私が中学生くらいの頃、1970年代前半くらいまで、高校に女子高の進学校というのはあまりなかった。 もともと、東大とか京大とかいうのは、戦前は男子校であり、それが戦後、共学になり、旧制中学校が高校になって、公立高校の場合、男子校も女子高も共学になった。私立の高校は共学の学校も男子校も女子高も存続したが、1970年代前半くらいに、もともとは神戸高校あたりを落ちた人間がすべり止めで行く学校であった灘高校が日比谷高校を抜いて東大合格者数1位になり、それとともに、東京都で「学校群」というものによって公立高校があまり進学校でなくなるとともに、開成・麻布などの男子校で東大進学を目指す進学校が出てきて、それにともなって、女子高で東大あたりに進学を目指す私立高校も出現してきた。私が高校を卒業する頃、1970年代後半は、女性で東大に行く人間というのは少なかったし、それだけに、それでも東大に行こうというような女性は、「東大なんか行ったら、お嫁の売れ口がなくなるぞお」とか言われても、そういうことを言われるなら絶対に行ってやる!というような矜持と覚悟のある人が多かったようで、私はそういう人はけっこう好きだったのだが、最近は東大女子学生でも東京女子大生とあんまり変わらんような東大女子学生が多くなったような印象があり、入試の際の成績は「最高学府」とかいうやつに合格できる成績をあげたにしても、東大や京大に進学することについて、かつて見られたような矜持と覚悟なしで入学している人が多いような印象である。
   かつて、東大や京大に進学しようという女性は、「東大なんか行ったら、お嫁の売れ口に差し障りがあるぞお」とか言われても、それでも行ってやるという気概・覚悟・矜持のある人が多かったように思う。 だから、就職・採用においても、そういう気概・覚悟・矜持のある人と、「女性としては比較的お勉強もできたという程度の人」と扱いが違うとしても当然だと私は思ったし、男の場合、「男性は仕事が第一」という教育を受けて、そもそも、男性に「主夫業」という永久就職の口は基本的に存在しない(『本当にあった笑える話』を見ると、風俗店勤務の女性に養ってもらっている無職の男性の話も出るが、そういうのは例外的なものでしょう)し、男性は「普通の人」でも、その仕事を本業として取り組んでいくしかないという覚悟で就職するのに対し、女性の場合、「スーパーウーマンみたいな人」は男性に劣らない覚悟で就職するとしても、「普通の人」には、高い評価の仕事をしたい時は「男女平等」を主張しても、困った時には「女」に逃げ込む人が多い。 一方で、「学歴によって人を差別するのはおかしい」と主張しながら、他方で、責任ある態度を求められると「ぼくは高卒だからそんなことわかるわけがない」と言ってふんぞり返る中卒高卒の男と一緒で、一方で「男女平等」を主張しながら、他方で、困った時には「女」に逃げ込むやつというのは卑怯だと思うのだ。
   最近、かつては、「パートのおばさん」としてなら採用したが正社員としては採用しなかったような女性を正社員として採用する会社が増えてきた。正社員として採用されるだけでなく、「パートのおばさんだからしかたがない」と周囲の男性社員があきらめ我慢していたような人が「店長」になったりもしている。 正社員として採用されるなら、「パートのおばさんだからしかたがない」と周囲の男性社員があきらめ、我慢してきたような態度は慎むべきだと思うのだが、正社員として採用されても、「パートのおばさんだからしかたがない」と周囲の男性社員が許容・我慢することを「権利」として要求する。 もとより、男性従業員が雪かきをすれば女性は部屋中に入って座ってコーヒーを飲む「権利」、男性従業員が準備と掃除をした頃に出勤して先に接客して見込客を取得する「権利」、「見学会」が終われば、自分は「店長」だとして先に接客して見込客を取っておきながら、「後、片づけておいてちょうだい」と言って先に帰る「権利」など、そんな身勝手な「権利」なんかないはずなのだ。 「準備と片づけをせざる者、接客するべからず」というのは、建築の住宅にせよ、不動産の住宅にせよ、営業の世界では原則だと思う。 準備と片づけを人にさせて、接客だけするのが女性の権利のように主張する身勝手な者に対し、そういうことはさせないように取り締まるのが社長とか会長とかの役目だと思うのだが、東海住宅(株)の場合、「会長が認めている」ということだった。 耄碌爺にとっては、50代のオバサンでも「女」に見えて甘くしたい気持ちになるのだろうか。 そういう状態が認められている会社においては、最初はわからずに入社しても、店長くらいになって悪くないくらいになるまでに男性はあほくさいから辞めていくのだ。 だから、東海住宅の店長は女性が多い、という状態になっていたのだ。 耄碌爺はそれがわからないらしい。


   雇用機会均等法という法律は、本来は、女性が職場で男性より不利な扱いを受けないようにという法律であったはずで、雇用均等室(http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/roudoukyoku/ )も女性が職場で男性より不利な扱いを受けないように設置された機関だったはずだが、雇用機会均等法は、職場で女性が男性より不利な扱いを受けないようにするとともに、男性が女性より不利な扱いを受けないようにしましょうと言うのなら、大いにけっこうな主張で、もっともな法律であるのだが、あくまで、女性が男性より不利な扱いにならないようにしましょうというものであって、男性が女性より不利な扱いを受けることについては頓着しない法律であり、雇用均等室もまたそうであり、そういう片手落ちで女性を守ることばかり主張しているものであり、その点で、男性労働者の人権を侵害する存在である。
   (2015.4.1.)
(Post Script) 本日は4月1日で「エイプリルフール」であるが、ここに述べたものは、「エイプリルフール」のおふざけではなく、もちろん、嘘ではなく、真剣な話である。 (2015.4.1.)
   

(参考)
≪  オヤジは、年齢によってオヤジになるのではありません。
    実は年齢は関係ないのです。
    その年齢できわめて多く分布するというだけで、20代の若者にもオヤジはたくさんいます。
    男性に限りません。
    女性にもオヤジはたくさんいます。 ≫
(中谷 彰宏『オヤジにならない60のビジネスマナー』2000.11.PHP研究所。 2003.1.20.PHP文庫 )
  この、中谷彰宏『オヤジにならない60のビジネスマナー』の文章の「オヤジ」というところを、「オバサン」とか「オバタリアン」と置き換えてもあてはまるでしょう。  

  《「女が働くのは大変」か?―男だって大変だろ?そんなに大変なら働いてもらわなくていいけど?(1)》 は以上にて、とりあえず、終わる。 別稿で (2) を述べる予定である。 公開できれば、URLもここに入れる。

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