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zoom RSS 一条は住林の下請?小堀はミサワの下請?あほくさい文句を口にする3流住宅営業+「建築家の作る家」て何?

<<   作成日時 : 2015/02/20 20:04   >>

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[第316回]営業と会社の話(73)
   「◇◇は○○の下請けだった(下請けだ)」といった文句を口にする住宅営業がいる。 そういうことを競合相手の営業から言われたという話を何度か聞いたことがある。 実際には、日本の企業を見ると、かつては社会的位置づけが高くなかった無名の会社が業績を伸ばし、昔は「一流」「大企業」だった会社を傘下に置くようになることはよくあることで、もし、本当に「かつて下請けだった」としても、だから何なんだということで、そんなことを言ってもあまり意味はないように思うのだが、しかし、そういうことを言いたがる営業はいた。

【1】「一条工務店は住友林業の下請けだ」というお話
  1993年のことだったと思う。 在来木造の一条工務店の松戸営業所で、同僚の営業が、見込客から「住友林業の営業から『一条工務店は住友林業の下請けだ』と言われた」という話を聞いてきた。 そんなはずはないし、住宅屋の営業はあまりいいかげんなことを口にすると自爆行為になる可能性があり、変なことは言わない方が営業として良いはずだが。 何を言っているのか、最初、意味がわからなかった。
  よくよく考えてみると、静岡県浜松市が発祥の株式会社一条工務店は、全国に伸ばしていく際に、各地方の材木会社・工務店・不動産会社などと共同出資会社を作って出店した地域、業務提携会社を作って出店した地域があり、その後、株式会社一条工務店として出店していく方法を選んで、共同出資会社・業務提携会社として出店する地域は少なくなったが、その共同出資会社として出店した千葉県の株式会社一条工務店千葉 という会社の親会社の 株式会社ひらい〔←平井木材(株)〕http://www.hirai-gnet.co.jp/information/ という材木会社が住友林業(株)の千葉県で建てる場合の構造材を加工して住友林業(株)に売っていたらしいのだが、そのことを言っていたようだ。
   株式会社ひらい は、同社のホームページhttp://www.hirai-gnet.co.jp/information/ を見ると、系列会社をけっこう多く持っている。浜松の一条工務店と株式会社一条工務店千葉 という資本比率は(株)ひらい の方が大きいが株式会社一条工務店の資本も入っているらしい在来木造の会社がある。 (株)ひらい の系列会社に、きみつハウジング(株)という会社があり、後に、株式会社ユニバーサルホームhttp://www.universalhome.co.jp/ のフランチャイズとして千葉県に住宅展示場を持ち、戸建住宅を建てるようになった。 ひらい建設(株)はフリーダムアーキテクツデザイン(株)が設計の建物の施工もやっているようだ。
   株式会社一条工務店は「自社でプレカット工場を持ってます」というのを、その頃、「売り」にしていたが、住友林業(株)は、「住友林業は日本の森林の20%を所有しています」だったか、カタログに載せていたが、使用している構造材は輸入材が多く、林業部門と住宅建築業部門は分かれていて、住宅建築業部門では、自社で工場を持たず、各地域の材木会社からその材木会社の工場で加工したものを買って建てていた。 千葉県の場合、その材木会社が(株)ひらい〔←平井木材〕だったらしく、(株)ひらい の工場というのが、(株)ひらい と(株)一条工務店千葉 というのが、どちらも(株)ひらい の系列会社なので、それで、住友林業(株)の営業は、(株)ひらい は住友林業の子会社というわけではないのだが、材木を(株)ひらい から買っているということで、(株)ひらい〔←平井木材〕 は「住友林業の下請けだ」ということにして、さらに(株)ひらい と共同出資会社を作っている「一条工務店は住友林業の下請けだ」いうことにしたらしい。 私は中学生や高校生くらいの頃は、会社名の一部に「住友」「三井」「三菱」「安田」といった名前が入っているような会社の営業は、見え透いた嘘をついたり、ばかばかしい中傷を他社に加えたりといったことはしないのではないかと思っていたのだが、実際はそうでもない。住友林業の営業は、しばしば、「しょーもないこと」を言う。 これも、よく言うよなあ・・とあきれた。
   で、この話を聞いた(株)一条工務店の営業本部長のA野さんがどう言ったかというと、「住友林業はうちと違って工場を持っていないものだから、うちの工場で加工してあげているんだ」と・・・・。 リクシルとかタカラスタンダードのシステムキッチンとか洗面台を工務店が購入して取りつけたとしても、リクシルやタカラスタンダードがその工務店の「下請け」ということになるわけではないのと同じく、住友林業が戸建住宅に使用する材木を(株)ひらい から買って建てたとしても(株)ひらい が住友林業の「下請け」になるわけでもないが、同時に、(株)ひらい と(株)一条工務店が(株)一条工務店千葉 という共同出資会社を作って住宅を建てていたとしても、だからといって(株)ひらい が(株)一条工務店の子会社になるわけでもないので、このあたりの言い回しは両方とも不適切だと思うが、・・・ まあ、「ものは言いよう」ですなあ・・・・・。 



【2】「小堀住研はミサワホームの下請けだった」というお話
   1980年代の終わりに木質系戸建住宅建築請負業の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕に入社した年、松戸営業課の営業課長のUさんが、競合になったミサワホームの営業が「小堀はミサワの下請けだった」と言っていたという話を見込客から聞いたらしく、「まったく、ま〜だ、そんなこと言っている馬鹿な営業がミサワにいるのか。 いったい、何時代の人間なんだ。」とあきれていた。
   1970年の大阪万博の前後の頃、関西では、小堀住研は「高級住宅の小堀」として評価され、ミサワホームはその頃から木質系プレハブの会社であったが、小堀住研は営業が「ミサワなんかと違って、きちいっとした木造の家を建てている会社です」というようなことを言っていた在来木造の会社だった。小堀住研が「中より上」の価格帯の会社であったのに対して、その頃のミサワホームは「やや安め」が中心の会社だったはずで、「小堀で家を建てた」というのが「ちょっと自慢」みたいなところがあったのに対して、ミサワホームの家というのは、「建売ではないが、そんなにお金がないから安めの家を建てた」というものが多かったが、施工棟数はミサワの方が多かったように思う。 いずれも、住宅建築業の会社で、どちらが下請けとかいうような関係ではないはずだった。
   で、「小堀はミサワの下請けだった」という話は、いったい、どこから出てきたのかというと、小堀住研(株)は、最初、自社で営業をして契約をいただいて建てる方法だったが、1970年代の途中に、建設省・通産省の「ハウス55プロジェクト」で木質系で入選し、この「ハウス55」を全国で建てることを義務づけられたことから、その時点では自社の施工エリアでなかった地域について、各地域の工務店などと提携してその地域では「小堀」ブランドで各地域の工務店が建てるようになったが、本来は自社で営業からやる会社だったのに対し、ミサワホームは、自動車の販売と一緒で、トヨタのクルマはトヨタ自動車が内容を考案してトヨタ自動車の工場で作っても、各地域で販売しているのは、○○トヨタとかいう各地域の会社が作った販売会社であるのと同様、ミサワホーム(株)が各地域で営業をしているのではなく、○○ミサワといった会社が「代理店」として都道府県ごとにあって販売しており、その頃、千葉県では千葉ミサワ、埼玉県ではサイサンミサワホームという名称の会社がやっていたと思う。
   小堀住研(株)は、もともとが在来木造の会社だったが、在来木造で自社で営業をやって建てるとともに、一時期、どの府県でか知らないが、ミサワホームの「代理店」の会社をやっていた時があったらしいのだ。「うちで売ってやってたんだよ」とUさんは言っていたが、「作る会社」と「売る会社」というのは、本来はどちらが上とか下とかいうものではないのだが、トヨタとか日産とかホンダとかのクルマの場合は、「作る会社」の方が大手なので、「作る会社」の方が上みたいに見える時があるが、「売る会社」の方が「有名」だったり「大手」だったりすると、「売る会社」の方が上で、「作る会社」の方が「下」に見える時もある。 服のブランドで「ラルフローレン」というブランドがあるが、「ラルフローレン」のブランドでは家具もあるが、「ラルフローレン」は家具としては、あくまで、家具のデザインを考え、販売方法を考える会社であって、家具を作るのは別の会社が作っており、ラルフローレンは家具の工場は持っていないらしい。 知名度としては、「作っている会社」よりもラルフローレンの方が有名なので、ラルフローレンが「上」だと思っている人もいるかもしれないが、「作っている会社」からすれば、「カネ払ってくれるなら上でも下でもどっちでもいいよ」てところかもしれない。
   【1】で述べた住友林業の営業は、住友林業の建物で使っている構造材を加工して売っていた(株)ひらい を「下請け」だと言い、材木を買っていた住友林業(株)の方を「上」だと言っていたのだが、自分の会社が材木を買って建てる会社の時には「作る会社」が「下」だと言い、自分の会社が「作る会社」の時にはそれを売る会社の方を「下」だと言うやつがいるらしいのだが、「しょーもないこと」を言うやつだ。また、その文句をミサワホーム(株)の人間ではなく千葉ミサワホーム(株)という「代理店」の会社の人間が言っていたのだから、「代理店」の会社が「下請け」であるならば、言っているその人間の所属会社・千葉ミサワホーム(株)こそ「ミサワの下請け」ということになるのであり、「下請け」は自分の所と違うのか、という話にもなる。 小堀住研の名前でミサワホームの家を売るわけにもいかないから、「代理店」は◇◇ミサワホーム(株)といった名称の会社を小堀住研が出資して作った上でやっていたのだろうから、その◇◇ミサワは正真正銘、小堀の子会社であり、逆に「ミサワは小堀の子会社だった」という話にもなりかねない。
   営業課長のUさんも、「まったく、くだらねえこと言うやつだなあ。 しかし、何時代の人間なんだろうなあ〜あ。相当年配の人間なのかなあ」とあきれ、「ミサワの営業てのは変な奴がいるなあ」とうんざりしていたのだが、「何時代の人間なんだ」と言うように、小堀住研がミサワホームの「代理店」をどの都道府県でであったか知らないがやっていたのはとうの昔の話で、ずいぶんと前にそれもやめており、かつて、ミサワホームの「代理店」をやっていた頃、「小堀はミサワの下請けだ」というようなことを言うミサワの営業がいたらしいが、まさか、その「代理店」もやめて何年も経つのに、ま〜だ、しつこく言うようなヤツがいるとは思わなかったが、その化石というのか、ステゴザウルスかトリケラトプスかいう恐竜の化石みたいな営業がいた、とびっくりしていた。 私もその話を聞いて、ばかばかしいことを言う営業がいるんだなあと思い、ミサワの営業というのは、あまり質が高いという印象はなかったし、小堀住研の新卒社員の研修では、「営業としての基本動作」といったことが言われ、「基本動作の徹底」により「ミサワあたりの程度の低い営業と差をつける」といったことが言われていたが、それにしても、ミサワホームにはそんなあほくさいことを言うレベルの低い営業がいるのかとあきれた・・・が、言っている方としては、その文句がセールストークとして役立つと思うから言っていたのだろう。
   Uさんは小堀住研の展示場の事務所内では私などに上のようなことを話していたが、見込客には言わなかった。それは、千葉ミサワの営業が上のようなことを見込客に話したとしてもそれに調子を合わせて同等のことを言いあったのでは、レベルの低い営業に合わせてこちらのレベルも下げてしまうことになるので、そのようなレベルの低い議論にはつき合わない方がいいという判断だった。  ひとつには、その頃まで 、「小堀住研は〔ミサワなんかと違って〕大卒しか採らない会社です」と言ってみたり(厳密には「新卒の『営業系』は」だったが)、「創業者・小堀林衛はゼネコン大手5社の中でもデザインに優れていると言われる竹中工務店の設計室にいた」と言ってみたり(実際は、設計室にいたわけではなかったらしいが)、社名からして小堀遠州と関係あるのかと客の方で勝手に誤解する社名で(実際は、たまたま苗字が同じだっただけらしいが)、高級志向タイプの商品名は小堀遠州が設計者ではないかとも言われる桂離宮にちなんだ「新 桂」と命名し、本社は大阪駅の目の前にビルを持ち各支店も新宿センタービル・池袋サンシャイン・大宮ソニックシティなど意図的に一等地にもつようにして(その後、業績悪化により本社ビルは売り飛ばし、各支店も引っ越したが)、「『住研』とは? 住宅を建設するのではなく、研究する」とか言って「建設する」の会社より格上だと言いたいらしいテレビコマーシャルを流したりして(そのうち、不動産屋で「◇◇住研」と名のる不動産屋が多く出てきて、「住研」はかえってイメージが悪くなったが)、《弊社は住宅建築請負業の会社の中でも、少し上の格付けの会社ですよ》というスタンスの営業をしており、ミサワホームはそうではなかった。 飲食店にたとえれば小堀住研はレストラン、ミサワは大衆食堂、小売店にたとえれば小堀は百貨店、ミサワはスーパーのようなものだった(その後、その高い評価を小堀の経営者は自らドブに捨てたが)。 スーパーの方が百貨店より売上が多い場合もあるし、業績が良い場合もあるけれども、そういうスタンスだった。 だから、千葉ミサワの営業が「小堀はミサワの下請けだった」と言ってきたのは、それは、小堀を百貨店の位置から引きづり降ろそうという意図もあって言ってきたはずなので、そこで同じレベルで泥仕合をしてしまったのでは、調子を合わせたということ自体が相手のペースに乗ったことになるので、その理由でも、そのレベルの低い議論には乗らない方が良かったのだ。



【3】「一条工務店は富士ハウスの下請けだった」というお話
   さらに、1990年代の終わり、在来木造の一条工務店の栃木県の佐野市の営業所にいた時のこと。見込客から、富士ハウス(株)の人から、「一条工務店は富士ハウスの下請けだった」と聞いたという話を聞いた。 なんだか、「小堀はミサワの下請けだった」の同類の話を言う「しょーもないこと言い」がここにもいたのかとあきれた。
    富士ハウス(株)は、(株)一条工務店と同じ静岡県浜松市が発祥の会社で、東は関東地方、栃木県あたりまで進出していたが、その後、業績が悪化して倒産した。 1992年に(株)一条工務店に入社した時、私は富士ハウスという会社があることを知らず、一条工務店の中途新入社員向けの研修で、講師役の人が「皆さん、知らないでしょうけれども、浜松に富士ハウスという一条工務店の真似ばっかりしている会社があるんですけど」という話をしたことがあって、その時にそういう会社があると知った・・・が、一条工務店の古くからいる人に聞くと、富士ハウスが浜松にできたのは一条工務店より先で、富士ハウスが一条工務店の「真似ばっかりしている」のではなく、一条工務店の方が富士ハウスの真似を相当にしたはずだ、という話だったが、特許になっているものでない限り、他社のやっていることで良いものは取り入れて悪いことはないのだから、真似して悪いこともないだろう。
    それで、「一条工務店は富士ハウスの下請けだった」というお話は、どこから出てきた話かというと、株式会社一条工務店の創業者は、もともと、浜松で、電気工事業の仕事をしていたらしい。 電気工事業の会社をやっていたが、ミサワホームが浜松に進出しようとした時に、ミサワホームの「代理店」をやろうかということを考えたことがあったらしく、結果としてやらなかったが、その際に、住宅建築業をやることができるのではないかと考えて始めたのが一条工務店だった、と一条工務店の出していた冊子で初代の社長が述べていた。 電気工事業の会社というのは、戸建住宅の電気の配線工事をやる会社で、2000年前後においても東陽という名前で存続していて、浜松では、一条工務店の建物の電気工事をやっていたらしいが、住宅建築業の株式会社一条工務店という会社を設立する前は、何社かの住宅建築業の会社の電気工事をやっていたらしく、株式会社一条工務店より先に浜松でできた富士ハウス(株)の仕事もしていた時があったらしい。 それで、富士ハウスの建物の電気工事を株式会社一条工務店の前身の電気工事業の会社がやっていたことがあるということから、「一条工務店は富士ハウスの下請けだった」というお話を言う営業が富士ハウスにいた、ようだ。 で、だから、何なの? て感じなのだが、「しょーもないこと言い」はけっこうあちらこちらにいるらしく、そういう話は見込客から聞いても、見込客自体が、「だから、何なの」て印象を受けている場合が多いようだったのだが、なんだかよくわからないが、そういう「しょーもないこと言い」はけっこういるようだった。
   その頃、一条工務店の営業会議で、営業所長が「富士ハウスがつぶれるのは時間の問題だ」と話しながら、「これは、お客さんには言ってはいけないよ」と、なんだか、言えというのか言うなというのか、どっちなんだよ、みたいな言い方をして言っていたのだが、「時間の問題だ」と言うのなら1年か2年のうちに倒産するのかと思ったら、いつまで経ってもつぶれないので、そもそも、「時間の問題」というならどこの会社だって「時間の問題」じゃないのかと思っていたが、結局、富士ハウス(株)は倒産したようだ。



   他社について悪く言おうとする「トーク」も、住宅建築の営業を見込客を間に挟んでの格闘技、ボクシングのような競技にたとえて考えるなら、それを言って「効く」なら、効果があるなら、上品ではないとしても、上品でなくても勝てばいい、契約をとれればいい、という発想はあるのかもしれないが、「○○は◇◇の下請けだった(下請けだ)」という「トーク」は、どうも、私が経験した限りでは、あまり効果はない、ボクシングにたとえるなら、そのパンチはあまり効かないような気がするのだ。 効かないなら、あほくさいからやめた方がいいのではないかと思うのだが、性懲りもなく言いたがるヤツがいるらしい。



【4】 「建築家とインテリアコーディネーターの作る家」(三井ホーム)
   三井ホームの千葉市幕張の住宅展示場には、「建築家とインテリアコーディネーターが作る家」と書かれた横断幕がかかっていて、「なんだ、こりぁ」と思ったことがある。
   「インテリアコーディネーター」はわかる。 インテリア産業協会http://www.interior.or.jp/ が実施している「インテリアコーディネーター」http://www.interior.or.jp/ic/ の試験は、私が合格した1996年頃はインテリア産業協会が実施して通産省が認定する「国家資格」だったが、その後、「行政改革」で民間資格に「格下げ」されてしまった。 実際は、民間資格であっても価値があるものは価値があるはずなのだが、世の中には、「国家資格なら価値があり民間資格は例外なく価値がない」という観念を持っている人がおり、その観念はあまり適切なものではないとは思うものの、求職する際などに、採用する側の人間がそういう観念を持っている人間であった場合に、「あなたのその観念は間違っています」と面接の際に応募する側が教示するわけにもいかないので、結果として「格下げ」になってしまったような面はある。 その「インテリアコーディネーター」だが、もともとは、三井ホームがツーバイフォー工法という構法としては特別に特色があるわけでもない建物を日本で売る際に付加価値をつけようとして導入した社内資格だったという説があり、それを三井ホームががんばって一般の資格にして、一時は国家資格にまでなったというもので、最初の頃は、「色合わせ」「仕様打ち合わせ」を担当する従業員は、三井ホームの場合は、自社で初めたインテリアコーディネーターの資格を持っている人間が担当していたが、他の会社はインテリアコーディネーター資格を持っていない人間がやっている場合が多かった。最近では、インテリアコーディネーター資格を持っている人間が担当する会社がある程度以上の大手では多くなったが、三井ホームの言う「インテリアコーディネーターが作る家」というのは、インテリアコーディネーターの資格を持っている人が担当しています、ということを言っているということで、他社もそうである場合が今は多いが、言っている意味はわかる。
   それに対し、「建築家が作る家」というのは何かというと、これはよくわからない。ある大学の建築学科の先生の説によると「言った者勝ち」だそうだ。 建築士の場合は国土交通省がおこなっている1級建築士・2級建築士・木造建築士のいずれかの試験に合格して登録した人間が建築士であるが、「建築家」というのは資格があるわけでもなんでもなく、結論として「言った者勝ち」だと。 あえて言うならば、「スタンドカラーシャツ、別名文化人シャツ(文化人ぶりたい人間が着るシャツ)」を着た人間が「建築家」とか、ベレー帽かぶって大久保清みたいな格好をすれば「建築家」とか、ええ歳こいて暴走族みたいなスポーツカーに乗れば「建築家」とか、わざとらしくヒゲはやした奴が「建築家」とか、ちょっと難易度が高いのが女優と結婚すれば「建築家」とか、都知事選に出て落選すれば「建築家」とか、もっと究極的には、最近では自分のパソコンででも名刺は作れるから、「建築家 ○村◇介」と書いた名刺を作って人に配れば「建築家」とか、要するにその程度なのだ。「建築家」というのは。なんか、そういう胡散臭いもの、名のりたくないような気もしてくるのだが、逆にその胡散臭いものを名のりたい人も世の中にはいるらしいのだ。
   三井ホームは、どういう意味で「建築家の作る家」と言っているかというと、設計担当者がスタンドカラーシャツを着ているとか、設計担当者がヤンキー仕様の羽根つきのクルマに乗ってるとか、(フランクロイド=ライトみたいに施主の嫁はんと“不倫”すれば「建築家」?)、そういうアホくさいことを言っているのではなく、設計担当者を、1980年代の終わり頃、私が在籍した頃の小堀住研などは、自社で設計課が各支店にあって、自社に設計担当者がおり、「設計の小堀、デザインの小堀、技術の小堀」と、これも「言った者勝ち」みたいに言っていて、そして、そう言われればそうかもしれないと思えるような家を建てていて、「小堀ならではのデザイン」というものを「売り」にしていて、自社にそれだけのものを設計できる設計担当者がいます、というのを「売り」にしていたのだが、三井ホームの場合はそうではなく、「設計事務所」という所に設計は依頼して、「設計事務所」のおっさんが設計担当だったのだ。 要するに、設計担当者を自社で持つか、自社で持たずに設計事務所に依頼するかという問題において、三井ホームは設計事務所に依頼していたということを「建築家がつくる家」とたいそうに言っていた、ということなのだ。 あほくさい。  企業は、「作るか買うか」(make or buy)の選択をするのだが、在来木造の構造材について、一条工務店はプレカット工場を「作る」方を選択し住友林業は材木屋の工場で加工したものを「買う」という方を選択していたが、「作る」で良いものができるならそれでいいし、「買う」で良いものができるならそれで良いのだが、設計担当者についても、1980年代終わりの小堀住研は「作る」方を選択し、三井ホームは「買う」方を選択していたのだが、これも、「作る」方で良いものができるならそれで良いし、「買う」方で良いものができるならそれで良いのだが、自社が「買う」方を選択している、設計事務所に依頼して設計業務をおこなっているということから、「建築家が作る家」などとたいそうなことを言い、「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」と横断幕を掲げていたのだが、そこまで言うほどのものではないと思う。
〔≪設計は大きく分けて、意匠設計 構造設計 設備設計 と呼ばれる3つに分かれます。・・ 以上の3つの設計を行う人間を、順に「建築家」 「構造家」(あるいは「構造設計家」) 「設備設計家」 と呼びます。・・≫(西谷 章『諸学者のための 建築構造入門』1994.9.10. 鹿島出版会)と、構造家・設備設計家と対比して、意匠設計を担当する設計担当者を「建築家」と言う言い方もありますが、三井ホームの言っているのはその意味ではないようです。〕
    「建築家とインテリアコーディネーターが作る家」は同業他社に対しての悪口雑言ではないが、あまり意味のないことをたいそうに言うことで自分のところを良いように言おうというあさましい表現で、これもあまり良いとは思わない。 そもそも、「建築家とインテリアコーディネーターの作る家」という表現は「作る」当事者として施主が入っていないという点で根本的な欠点があるし、なんとも胡散臭い「建築家」なるものを「嘘でも百回言えば真実」みたいに信奉させてやろうというあたり、ファッショ的で良心的とは言えない。
※(参考)≪ 嘘をつくなら、大きな嘘をつけ。 これこそあのユダヤ人たちが、例の原理にもとづいてやる行為であって、その原理というのは、それ自体、まったく真実であり、大きな嘘には、かならず人を信じさせる力がこもっているという原理である。・・・・こういう素朴なまでに単純な心では、小さな嘘なら彼等にもちょいちょいつけるが、大規模なごまかし策に訴えるということは、恥ずかしくて彼らにはとてもできないために、かえって小さな嘘よりも大きな嘘にやすやすとだまされやすい。≫(アドルフ=ヒトラー『わが闘争』平野一郎・将積茂 訳 角川文庫)
「建築家」と「嘘でも百回言えば真実」のように叫びまくれば、ありがたがる人間が出てくるだろう、とナチスのように思っているのではないか、という印象が三井ホームの「建築家とインテリアコーディネーターが作る家」というコピーにはある。

   ところで。 世間一般の人、大学・短大・専門学校の建築学科を卒業した人、建築関係の資格試験に合格した人とか建築関係の仕事についている人でない人が、「建築家」と言われてどういう人を思い浮かべるでしょうか? 「今、生きている人」の「建築家」で有名な人と言えば安藤忠雄、他に磯崎新と槇文彦くらいでしょうか。 北野高校の校舎を設計した竹山聖なんて、誰も知りませんよ、一般人は。 「少し前まで生きていた人」で最も有名な「建築家」と言えば、「姓は丹下、名は健三」の丹下健三で、次いで都知事選落選の黒川紀章。 一般人が知っている「建築家」と言えば、「今、生きている人」で安藤・磯崎・槇の3人、「少し前まで生きていた人」で丹下・黒川、このあたりでしょう。(ついでに、丹下健三を知ってるつもりでいる人だって、何割かの人は丹波哲郎と勘違いしており、別の何割かの人は丹下左膳と勘違いしていると思いますよ。) それ以外の人間なんて、「知る人ぞ知る」であって「フツーの人間」は知らんよ。 で、「建築家の作る家」と言われれば、「フツーの人間」は、安藤忠雄とかそういう人が設計してくれるんかいなあ〜あ・・・と思ってしまうのじゃないかと思うのですよ。 違いますか? 安藤忠雄が設計した作品で最も有名なものと言えば、「住吉の長屋」というやつで、大阪市住吉区の住吉大社の南東のあたりにあって今も入居者の方が住まれていて、「長屋」といっても、連棟建ての借家のことではなく、間口が狭くて奥行の長い「うなぎの寝床」型の敷地に建てた戸建住宅らしいのですが、安藤忠雄は「住吉の長屋」以外にも住宅は設計しているようですが、はたして、安藤忠雄の設計による「建築は爆発だ!」みたいな「戸建住宅」が住みやすいかどうかというと、よくわからないようなところもあるのですが、「フツーの人」が「建築家の作る家」と言われると、安藤忠雄かそんな感じの「建築家」が自分の家を設計してくれるんかいなあ〜あ・・・と思いませんか? ところが、三井ホームで話を進めると、その「建築家」というやつは、要するに、「そのへんの設計事務所のおっさん」なのです。 な〜んかこう〜、だまされたような感じが・・・してきませんか? たしかに、安藤忠雄さんが設計するとは三井ホームは言ってはいないのです・・・・・が、「建築家の作る家」と言われて、誰が「そのへんの設計事務所のおっさん」が設計すると思いますか? 安藤忠雄かなんか、そんな感じの人が設計してくれるんかいなあ〜あ・・・と思いませんか? そうすると、三井ホームが「建築家とインテリアコーディネーターが作る家」と横断幕をかかげて客を呼び込んで、「そのへんの設計事務所のおっさん」に設計させるというのは、法律上、詐欺罪に該当するとまでいかないとしても、やっぱり、実質上、客を騙してることにならないか? という気もするわけですが・・・しませんか?
〔  小堀住研にいた時、三井ホームと競合になり、三井ホームが先に敷地調査やってくれた時は助かりましたけどね。なんでかと言うと、小堀住研は敷地調査は営業がやっていたのですが、三井ホームは設計事務所(三井ホームの言う「建築家」)がやっていたわけです。営業といっても、どこぞの会社みたいに詐欺師じゃないですよ。その頃、ミサワは設計は大卒の仕事で営業は高卒の仕事という位置づけだったらしいのですが(一条工務店も、その後、実質上、ミサワ型だったようです)、小堀住研はそうではなく、設計・工事管理などは建築学科・土木学科卒の仕事で営業は大学の社会科学系学部(法・経・商など)卒の人間の仕事という位置づけで建築学科卒だが営業を希望してなっていたという人もいました。社会科学系学部出身者は大学卒業までには平板測量とかはやったことありませんが(建築学科でも平板測量のカリキュラムなんてありませんけど。学校にもよるのかもしれませんが。)、入社してから毎度やっているとうまくなります。基本的には「小堀の営業は大卒の営業」だったので、営業は中卒高卒の仕事という位置づけの会社と違って、最終学校卒業までに学んでいないことでも営業社員は入社後に習得することができたのです。敷地調査には建築基準法よりも民法の方が関係する問題もあり、民法となると建築学科では民法なんてやっていないわけで、やっているのは法学部とか商学部です。一条工務店にいた時、隣家との関係で「設計」が無茶苦茶なことを言い出し、法律と宅地建物取引主任者の勉強をしてきた私が指摘したところ、営業本部長のA野T夫さんに「設計には何でも従え」と言われて民法なんて勉強してない五流大学建築学科卒のボーズのでたらめに服従させられたことがありましたが、建築学科は専門じゃないんです。で、敷地調査は学部で言えば建築学科が半分、法学部法律学科が半分みたいな仕事ですが、小堀は営業が担当だったので、間違っていなくてわかればいいというものだったのに対し、三井ホームは“ 建築家 ”が担当なので「建築家だぞお」て感じの「調査報告書」をお客様に差し上げていたのです。だから、それがあると、同業者にとっては労力省けて大助かりでした。〕
  で、「建築家だ」と思わせるために、まっかなスポーツカーに乗ってみたり、ヒゲはやしてみたり、ベレー坊かぶってみたり、変わった服を着て大久保清みたいにしたり、わざと腕くんでみせたり、建築現場で営業とか工務担当は現場に重い荷物が届いた時には職人と力を合わせて運んでも「建築家」は天地がひっくり返ってもシャープペンシルより重いものは持ってたまるかとか、そういうことで「建築家」ぶってみせるおっさんて、そういうの、好きですか?
※三井ホームで設計をやっていた自称「建築家」がどんなものを設計するか知りたい方は、
[第135回]《先輩社員に質問する場合のマナーを知らぬ女は仕事の邪魔。 設計事務所の図面は一見、きれいに出来ている。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201209/article_9.html
[第231回]《住宅建築業界 職歴詐称を見破る方法(2)筋交いの向きがわからない者・自分の工事現場を見に行かない者 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_13.html 
で写真入りで説明してあるのでご覧ください。
私なら、耐力壁の配置も使い勝手もデザインも、少なくともこれよりはまともなものを設計する。「『建築家』て面白い設計するね♪」⇒《YouTube―バッカじゃなかろかルンバ》https://www.youtube.com/watch?v=Cz7M4FQinUM



【5】再び、「小堀住研はミサワホームの下請けだった」というお話
    2010年、千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社で、ミサワホームにかつていたというS井さんが「小堀住研はミサワホームの下請けだった」と口にしたことがあったので、ミサワホームで「小堀はミサワの下請けだった」という文句を口にする営業があったのは、それは、一線の営業の中にそういう「しょーもないこと言い」がいたということかと思っていたが、そうではなく、会社として言わせていたらしいと知り、ミサワホームもしょーもないこと言わせる会社なんだな、と思った。
    同時に、S井さんは私より若い人で、私が20代後半で小堀住研に入社した1980年代の終わり、S井さんが20代前半であった時期においても、小堀住研の松戸営業課長だったUさんは「まったく、ミサワには、ま〜だ、そんな馬鹿なこと言ってるやつがいるのか。 あきれたあ。 いったい、何時代の人間なんだ」と言っていたように、小堀住研が一方で自社で自社のブランドの住宅を建てながらどこの都道府県でだったかわからないがミサワホームの「代理店」もやっていたというのは、1980年代の終わりにおいても、「昔むかし、その昔、おじいさんが山で芝刈りを、おばあさんが川で洗濯をしていたところ、川上の方から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきた頃の昔の話」であって、いったい、いつまでそういうあほくさいことを言っているのかとあきれた話だったのだが、それからさらに20年経った2010年でも、まだ、そんなあほくさいことを言っている人がいたんだ、とあきれた。
    かつ、自分がその会社に在籍している場合でも、効果があるセールストークならともかく、言っても効果がないトークは言わない方がいいと思うのだが、聞いた側は「あほくさい」と思っても、言っている人間は効き目があるのではないかと思って言う場合もあるかもしれないが、辞めた会社の「トーク」なんて、辞めてから言ってもしかたがないことであり、それをいつまでもひきづっているというのは、S井さんに独立自尊の精神が不足していることを表しているとも言えるが、日本の会社が自社の従業員に吹き込んだ文句がいつまでもその人に影響を残す例として、会社の家畜にされてしまって、その会社を辞めてからも家畜根性が抜けていない、という点は、哀れというのか、かわいそうな印象を受けました。

   ひとつには、日本の学校というものを悪く言わないと気がすまないような人も世の中にはいますが、ある程度以上の大学を卒業して、大学までにおいて、自分自身で考えるという姿勢を身につけた人は、会社という所に就職して会社の「トーク」を吹きこまれても、「そうかもしれないがそうではないかもしれない」という思考をできる場合が多いのに対して、高卒くらいで就職した人には、会社で吹き込まれた内容をそのまま頭に植え付けられてしまうというケースが少なくないようにも思います。 その点で、やっぱり、学校での学習、学校での学問は大事で有効かと思います。
1.  小堀住研でも一条工務店でも思ったことですが、どうも、学歴の低い営業所長・支店長とかは、なにかと、従業員に自社のものが最高だと洗脳して思い込ませたい人が多いようです。 自社の建物にどういう長所があるのか把握して論理だてて説明するというやり方では、なぜいけないのか、自社のものに良いところはあるとしても他社だって良いものを作ろうと努力しているのだから、他社にだっていいところがあると認めて、なぜいけないのか? と思うのですが、どうも低学歴の人には「他社には他社でいいところがある」と言うと怒る人がけっこういたのです。  かつ、洗脳するにおいても、この点において、こういう理由で良いと説明することによるのではなく、「○○の家はいいんだ、いいんだ、最高なんだあ」と叫ばせるとか(それ、人権侵害じゃないかと思うのですけれどもね・・・)、営業においても、小堀住研の千葉支店の支店長であった最終学歴高卒のW邊さんがやっていたことだが、「『わたしはやります、絶対やります、わたしはやります、絶対やります』と叫んで、ぶぅわあ〜っとなってやるんじゃあ」というやつがあるのですが、それを聞いて、「それ、何か意味あるのか?」と私は思ったのですが、それを言うと怒るようなのです。 長嶋茂雄の選手に対する指導を見ていると、「ダーッとして」「ブワァ〜ッとやる」とかいった擬音語擬態語が矢鱈と多いと野村克也がどこかで書いていたのを読んだが、それなのです。「ぶぅわぁ〜っとなってやるんじゃ」とか言うのですが、別に「ぶぅわぁ〜っ」となってもならなくても関係ないと思うのですが、それを言うと怒るらしいのです。 で、W邊さんなどを見ると、「大卒しか採らない会社」の支店長に高卒の人をならせてはいけないのではないか、とも思えてくるのですが、人にもよるかもしれません。 小堀住研の千葉支店の従業員の間では、W邊さんは「あの人は、支店長といっても今の小堀住研よりもっともっと小さい会社の支店長になるくらいの人で、もともと、一部上場の会社の支店長になるような人じゃない。 小堀住研は会社が急に大きくなったから、今は大きい会社に勤める人が入社してきていて○○くんも◇◇くんなんかも大きい会社に勤める人だと思うけれども、渡邊さんのような小さい会社の支店長になる人が、大きい会社に勤める人がいる支店の支店長になってしまっているので、だから、うまくいかないんだ」と言われたりもしていましたが、そういう面もあったかもしれません。
2.  私が入社した1980年代の終わり頃、小堀住研では「小堀住研は大卒しか採らない会社です」と言っていたが、入社して配属されると、その割に、専門学校卒の人もおれば、高卒の人もいた。 厳密には「新卒の営業系社員は大卒しか採らない」で、「技術系」は建築学科なら短大卒でも採用し、営業でも中途採用の場合は、同業他社で実績のある人などは高卒でも採用していたらしい。 なにより、社長は高卒だった。 それで、その頃、小堀住研では「創業者・小堀林衛は竹中工務店の設計室にいた」というようなことを言っていたのです。研修でそう教えられたのです。 講師役の課長のK崎は、新入社員に「創業者の小堀林衛はどこにいましたか?」と質問して、「竹中工務店」と答えさせていたのです。 しかし、1970年の大阪万博の頃、私の父の勤め先の会社が竹中工務店で社屋を建てることがあり、その際に、父が、竹中工務店の担当者にその話をしたところ、竹中工務店の担当者は、「はあ・・・。 なんか、そういうことを言っとるらしいですなあ・・・」と言って鼻で笑うような態度をとったというのです。 どういうことかというと、要するに、小堀住研の初代社長が竹中工務店の設計室にいたというお話は、嘘らしいんです。 なんだ、嘘だったのか、嘘を研修で教えていたのか・・・と思うのですが、竹中工務店で働いていたのは確からしいのですが、設計室にいたとかではないらしいのです。 落ち着いて考えてみると、小堀住研の創業者の小堀林衛という人は、最終学歴が高卒の人なんです。 竹中工務店の設計室というのは、どういう人が就職する所かというと。 北野高校の先輩で京都大学の工学部建築学科に行った人で竹中工務店の設計室に就職した人があったのですが、その人に聞いた話では、京都大学の建築学科でも、大学院の修士卒でなら入れるが、学部卒ではなかなか竹中工務店の設計室には入れないそうで、それを、研究室の先生が学部卒でも入れるという話を通してくれたので、それで学部卒で竹中工務店の設計室に就職したそうなのです。竹中工務店の設計室というのは、そういう所、京大の建築学科を卒業する人でも、竹中工務店の設計室に入れたらいいのになあ〜と思って入れたり入れなかったりする、というそういう所なのです。 最終学歴が高卒の小堀林衛さんが就職できる所ではないのです。 但し、小堀林衛さんが竹中工務店で何をやっていたのかよくわからないのですが、竹中工務店の仕事をしていたそうで、その際、竹中工務店の建物のデザインがいいと思い、そして、そういう住宅を建てたいと思って住宅建築業の小堀住研を始めたそうで、竹中工務店の設計室にいたという話は嘘でも、竹中工務店の建物のデザインがいいと思って、そういう住宅を建てたいと思ったというあたりは嘘ではないらしいのです。 だから、それならそう言えばよさそうにも思うのですが、カッコつけたい年頃? だったのでしょうか。 この話は、小堀住研にいた時、同社の従業員の間では、けっこう言われていたことでした。 「大卒しか採らない会社」というのは厳密にはそうではなかったものの、「都市部で高級住宅の契約をいただこうとすれば、お客様も高学歴の人が多いから、営業は大卒の方がいい」という考え方があったようで、工事管理・積算などの仕事についている人には建築学科の短大・専門学校卒がいたものの、営業は新卒では「大卒しか採らない」ということにしていただけに、「大卒」といっても東大とか京大とかではなく、「どちらかと言えば底辺の方の大学」と言うと失礼かもしれないけれども、そういう方の大学であっても、ともかく大学出てきた人が多いだけあって、「小堀の創業者は竹中工務店の設計室にいた」というお話については、思考が複層的であったのか、会社が吹き込むことをそのままは受け取っていない人が多かったようです。
3-1.   もっとも。 株式会社一条工務店では、「アメリカ合衆国のポートランドに株式会社一条U.S.A.という材木会社を設立して、現地で、梁桁材のべいまつ(ダグラスファー)を加工して日本に運んできています」と言っていたので、1992年に入社した時、「そりぁ、すごいなあ」と思いつつも、「ほんまかあ〜あ?」「名前だけちゃうんかあ〜あ?」とも思い、小堀住研は、木質パネルの枠材に使用する「ヘムファー1級」をアメリカ合衆国で1位の材木会社ウェアハウザー社から輸入していると言っていたのですが、株式会社一条工務店では、株式会社一条U.S.A.を設立するより前は、アメリカ合衆国で第2位の材木会社エビソンランバー社から輸入していたと同社の冊子に載っていたので、要するに、会社の名前だけ作って、実際はエビソンランバー社の社屋の中に株式会社一条U.S.A.という部門が1室あるだけとかと違うのか? と思っていたところ、その後、在籍10年目に、同社に相当古くからいるKさんにそのことを話してみたところ、Kさんが言うには「違う、違う。 一部屋なんてない、ない。机ひとつ、 か電話1本くらいのもんだよ。 一部屋なんて、ない、ない」という話だった。 そんなところだろう。 まあ、机1個であったとしても、品質の良い材木が手に入るのならそれでいいのですが、最終学歴高卒のKさんも、株式会社一条U.S.A.なんて、そんなもの、たいしたものじゃないと気づいたようですから、学歴だけの問題でもないようです。
3-2.   さらに言えば、一条工務店では、1990年代の初め、「スペインのバルセロナに株式会社一条ヨーロッパという家具を直輸入する会社を持っている」とカタログに書いていたはずだったのですが、その割に、株式会社一条ヨーロッパに行っている従業員というのを聞いたことがなく、そのうち、カタログの株式会社一条ヨーロッパという記述が消えたので、あれは何だったのだろうと思って、私より在籍の長い某さんにきいてみたところ、「そんなもの、一条ヨーロッパなんて会社は最初からありません。」ということだった。 何、それ? 「ヨーロッパにも会社があるということにした方が、会社が大きく見えていいだろう」ということで、株式会社一条ヨーロッパという会社があることにしたそうで、どこにあることにするといいかと考えた時、その頃、バルセロナでオリンピックがあったので、それで、バルセロナにあることにしようということになった・・・・・・て、なんじゃ、そりぁ・・・。 この話は、私も騙された。 まさか、そこまで嘘つくとは思わなかった。 まがりなりにも、全国で年間1000棟を超えて建てている会社がカタログに活字として印刷して載せている「株式会社一条ヨーロッパ」が、もとよりありもしない会社で、ヨーロッパから輸入しているものが「インテリア館」にあるのは、フランスの家具屋のなんとかいうおっさんに頼んで、一条工務店用に買ってもらっているだけの話だというのは、まさか、そこまで嘘だとは思わなかった。 うかつだった・・・が、よく、そこまで嘘つくと思う。
※《YouTube―JARO 白雪姫篇》https://www.youtube.com/watch?v=OyGtVTySYEo
   こういった経験をもとに考えると、学校でやっていることというのは役に立つかたたないかというと役に立つと思うし、会社が吹き込む内容をそのまま信奉してしまう度合は学歴の低い人の方が重症である場合が多いように思うが、あくまで「多い」であって学歴だけで決まるものでもないと思える・・・・が、その会社を辞めた後も、いつまでもその会社で吹き込まれたものを信奉して口にしてしまうというのは、哀しいものだとS井さんを見て思いました。

    しかし、「一条工務店は住友林業の下請けだ」とか「小堀住研はミサワホームの下請けだった」とか「一条工務店は富士ハウスの下請けだった」とかそういうアホくさいことをアホくさいと思わずに言う営業というのは、私はいいとは思わないし、それでなんらかの効果があるならまだしも効果があるわけでもないのに言うヤツがいるが、私は自分はそういう類の下品なことは言いたくないと思ってきたし今も思っている。
    (2015.2.20.)

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