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zoom RSS 村山天神(高山市国府町)参拝(2)、社殿参拝。社殿の床下換気の工夫。―高山シリーズ第2回(2)

<<   作成日時 : 2014/09/17 08:57   >>

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[第279回]冤罪を晴らす神様・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り(23)-2
高山シリーズ第2回(2)
【4】   高山本線「上枝(ほずえ)」駅から県道457号(名張上切線)を北上、左(西)に高山本線、右(東)に北に向かって流れる宮川を見て進み、そして、457号は高山線を横断します。
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↑ 高山本線。 県道457号(名張上切線)が横断する踏切で北方向を見る。
右手にゴルフの打ちっぱなし練習場があり、その向こうに、(通称)村山天神はすぐ見えてきます。 高山線は(通称)村山天神の裏手から宮川を右岸に渡って県道41号・472号に沿って走ります。


【5】  高山市国府町村山の天満神社(通称 村山天神) に到着です。↓
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≪ 天満神社、 祭神 菅原道真公。  創建年月不詳。 国司姉小路宰相 藤原頼纘 (糸へんに、つくりは上に「先」が2つ、下に「貝」)(よりつぐ?)、建武二年五月 飛騨国へ下向の後、この神像を旧細江村杉崎組に勧請のところ、尹綱尽永 十八年八月 戦死したるによって 神像を本町神広瀬小山へ遷座したものであり。 この神像は京都 北野神社の神像と同一のものなりと伝えられています。 ≫
と、≪昭和40年(1965年)3月 国府町 国府観光協会≫による倒れかけの看板が縄文住居遺跡の近くに立っています。
   菅原道真は藤原時平により大宰府に左遷されたというのですが、ここでは、≪国司姉小路宰相 藤原頼纘 (糸へんに、つくりは上に「先」が2つ、下に「貝」)(よりつぐ?)、建武二年五月 飛騨国へ下向の後、この神像を旧細江村杉崎組に勧請のところ、尹綱尽永 十八年八月 戦死したるによって 神像を本町神広瀬小山へ遷座したものであり。≫と、藤原氏の子孫らしき人物が菅原道真を祀っているようです。 藤原氏でも、時平・仲平・忠平の「藤原の三平(さんぺい)」と言われた兄弟でも、忠平は道真と必ずしも仲が悪くなかったとも言われるらしい。 兄の政敵と仲がいいなどということがあるのかというと、兄弟では兄が力を持つと弟が冷飯食いにされる場合もあり、冷飯食いの立場になった弟は兄の政敵に近い側に立つということも一般にあったらしい。忠平は兄に敵対したわけではないとしても、兄の時平とは違った立場で兄よりも道真に好意的だったとも言われるらしく、藤原氏がすべて等しく道真と敵対したというわけでもないようだ。
   又、千葉県八千代市の京成「大和田」駅の付近には時平神社という神社が複数ありますが、菅原道真を天神として祀る天神社は有名だが、対立していた悪役の時平には時平で言い分があって、時平の方こそ正しい立場だと主張する人たちが時平神社を祀っているのかと思うとそうでもなく、菅原道真との政争では勝利した藤原時平の子孫も、その後、平清盛が台頭してくると勢力を失い、東国に「都落ち」して、そして、縁があったらしい鹿島神宮に近い千葉県北部に移って来たらしく、その時代においては、藤原北家にとっては政敵は平清盛であって菅原道真もその子孫も政敵ではなく、そこで、勢力があった時代の祖先の藤原時平、及び、菅原道真を祀ったというものらしく、時平神社も菅原道真を敵視した神社ということではないらしい。
※千葉県八千代市の時平神社については、インターネット上では、
《習志野ねっと-時平神社》http://www.narasino.net/event/7nen/tokihira.html
《神社探訪 時平神社》http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/chiba/yachiyosi/tokihira/tokihira.html  
《時平の娘を祀る高津姫神社》http://www1.ocn.ne.jp/~myweb/history/takatsuhime/takatsuhime.htm
などで述べておられるのが見つかりました。
  ≪建武二年五月 飛騨国へ下向の後、≫というと、「建武の新政」「建武の中興」から南北朝の争乱の時期ですから、もはや、藤原北家と菅原家は政敵というような関係ではなくなっていた時期で、藤原氏の子孫も道真を祀ることで幸いを得ようとしたのでしょうか。


【6】   上から2番目の写真↑をクリックして大きくして見ていただくとわかりますが、この高山市国府町村山の天満神社(通称 村山天神)では、鳥居の手前左側に牛の像がいます。↓
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台座は古そうですが、牛の像は比較的新しそうです。 ≪奉献 平成5年(1993年)9月吉日 還暦記念 四代目 下形昇≫と裏面に刻まれています。牛の像が痛んできたので、もとからの台座の上に新しく設置したのでしょうか。


【7】   参道を進みます。↓
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   参道をまっすぐに進むと社殿の正面に至ります。↓
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【8】   それで、この社殿の手前左側にある手水ですが、せっかくあるのですが、この竹筒、どう工夫しても水が出てこないんですけどお〜お・・・・・↓
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・・・・でも、「『有名観光地』ではない神社ではまあいいかの原則」で、問題視しないことにして進みます。



【9】   社殿の前には、土足禁止というようなことが書かれていたので、靴を脱いであがるなら縁台の上まで上がって良いのだろうと思って上がり、そこまであがっていい以上は中をのぞき見てもいいのだろうと思って見ると、社殿の手前が「拝殿」扱いで、途中から後ろが「本殿」扱いというのか、「神様のいらっしゃるところ」というような装飾がされています。
   だから、この建物の前半分が「拝殿」扱いで、この建物の後ろ半分が「本殿」扱い、「神様のいらっしゃるところ」ということかいなあ〜あ・・・と思って、縁台を下りて横にまわると、ありぁ・・・・↓
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↑ なんだか、後ろに「弊殿」と「本殿」がありそうな・・・・・。 で、この後ろがどうなっているかというと↓
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この4部構成というのかの社殿では、一番前の部分は「拝殿」で一番後ろは「本殿」として、その間は後ろから2番目、前から3番目が「弊殿」「石の間」とすると、前から2番目は何なんだろう・・・?
  さらに、前から3番目の「弊殿」「石の間」かと思われる部分も横から見ると、前よりと後ろよりで2部に分かれています。↑


  この後、高山市の旧 国府町の阿多由多神社 と 高山市の「旧高山市」というのか平成の大合併の前から高山市だった地域の飛騨総社とを訪問しましたが、阿多由多神社 も 飛騨総社 も こういった4部構成の社殿になっていたので、天神社に限らず、飛騨の旧高山市から旧国府町にかけての地域の神社でよく建てられる社殿の構成ということかもしれません。

   この社殿、けっこう新しそうですよね。 だって、一番後ろ・4番目の部分は布基礎で床下換気口付き ですよ。↓
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 今でこそ、鉄筋入り布基礎が普及していますが、江戸時代から明治の初めに布基礎の神社なんてないでしょう。けっこう頑丈そうな布基礎ですね・・・・というより、ここまででっかいと布基礎というより、RC造と木造の混構造みたいな・・・・。 基礎部分に傾斜がありますし・・・。

   そして、その前の「弊殿」「石の間」部分、前から3番目の構成部分は、「束(つか)立て方式」の基礎。↓ 
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神社には多いのですが、頑丈さとしては布基礎の方が頑丈なので、今後は布基礎の神社も増えてくるかもしれません。 ここでは、「弊殿」「石の間」という渡り廊下的な部分ということで、あえて、「束立て方式」の床組としたのでしょう。

   私が小学校に入る頃、住んでいた家は「束たて方式」の基礎でできていました。 その後、1970年(昭和45年)の大阪万博の前くらいに転居した家は「布基礎」でしたが鉄筋は入ってなかったと思われます。 さらにその後、戸建住宅でも、布基礎でも鉄筋入りが普通になり、それも「十分な量の鉄筋」を入れることとされるようになり、そして、最近では、「べた基礎(総基礎)」が一般的になってきました。
「束たて方式の基礎」⇒「布(ぬの)基礎(連続基礎)」⇒「鉄筋入り 布基礎」⇒「べた基礎(総基礎)」 
と、日本の住宅の基礎は、どの建築会社がというのではなく、全般に、だんだんと頑丈になってきているようです・・・が、時代劇に登場する忍者が床下に潜む・・という話、敵に追われて床下に隠れるという話も、今の住宅では現実味のない話になってきました。 20年少々前、たしか、積水が出していたと思うのですが、ユニット式の地下収納庫というのがあって、一条工務店の浜松の展示場にあったのを見て、なかなかいいなと思った記憶があるのですが、べた基礎が普及してしまうと、それもつけようがなくなってしまいます。
 
   それで、↓ この前から2番目の部分を見ると、布基礎で建てられていても床下換気口がないのです。 さ〜ては、もしかして、今、はやりの「基礎パッキン」工法かあ〜あ? と思って、布基礎とその上との間を凝視し、手でなでまわしてみたけれども・・・・・・・、
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・・・「基礎パッキン」はない。 ということは、布基礎で床下換気口も基礎パッキン(もしくは、ねこ土台)もなしで建てたということかあ? となると床下の通気は大丈夫か? 床下で床組が腐朽菌・白蟻にやられる心配はないか? とか考えてよく見ると・・・・・
  コンクリートの基礎の上、板を縦に貼ってある部分ですが、板の間に隙間がとってあるのです。 ここで通気がはかれるようです。 めでたし、めでたし・・・・・とするとです。 さてさて、床はこの板張り部分とその上との境界付近にあるわけですが、となると、床は柱の途中にとりついているということなのか???
  それとも、この縦の板張り部分が1階で床の上が2階のような造りなのか???
  一番前の部分も、「縁側」というのか「縁台」が周囲についていますが、建物の構造としては2番目と同様です。↓
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  こういう造りって、構造上、頑丈なのか弱いのか、どっちだろ?  こういう通気のはかり方というのは、いいのか悪いのか・・・・、どうなんだろ・・・・? て、神社に行って考えるあたりは、やっぱり、「神社に行っても建築屋の職業病!」 というより、半分はそれを見に行っているのですけれども・・・。
  で、いやあ〜あ、建築っていいですねえ〜え♪ というところで、神前に敬意を表した上で、建築探偵団の歌 を高らかに歌おうではないか♪
⇒《YouTube-少年探偵団の歌  初版オリジナルSP盤原音》https://www.youtube.com/watch?v=PeEkNM06nvw


   それで、高山市国府町村山 の 天満神社(通称 村山天神)は、まだまだ、見どころがあるのですが、ブログの字数制限もあり、この続きは次回[第280回]村山天神(3)http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_4.html  をご覧くださいませ。

   「安月給の会社員がもの好きで公開しているブログ」ですが、何冊読んでも同じことばあっかり書いてあるような観光案内書とか、神社の神職の宣伝文句そのまんまの巡拝奨励本などより、よっぽど役に立つと自負しています。
  (2014.9.17.)

☆ 高山シリーズ第2回は、
(1)国府町村山天神参拝(1)上枝駅から宮川沿い http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_2.html
(2)同(2) 今回。
(3)同(3)浸透桝で雨水処理 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_7.html

(7)松本家住宅・ヒラノグラーノhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_8.html
(8)松本家住宅・宮地家住宅http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_9.html
(9)宮地家住宅・平田記念館http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_11.html
(11)同2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_12.html
(12)同3 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_16.html

〔(16)〜(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_18.html
(17)同2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_22.html
 
(21)飛騨総社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_23.html


☆ 高山シリーズ第1回 は、
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_9.html 


☆ 冤罪を晴らす神様・菅原道真・怨念を晴らす全国お百度参り シリーズは、
 千葉県
葛飾天満宮(市川市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_4.html
意富比神社 末社 天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201311/article_1.html
白井市(白井市河原子の)天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_5.html
千葉神社 摂社 千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_2.html
(下)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201308/article_1.html

 東京都 
亀戸天神社(江東区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_7.html
平河天満宮(千代田区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_3.html
北野神社(文京区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_2.html
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_5.html

  神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_8.html  
永谷天満宮(横浜市港南区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_7.html

 岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_7.html
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_8.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_9.html

京都府
北野天満宮(京都市上京区)
 1 http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_2.html
 2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_3.html
  3  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_4.html
  4  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_5.html
  5  http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_6.html

大阪府
大阪天満宮(大阪市北区)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_4.html
露の天神社(お初天神)(大阪市北区)
 上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_5.html
 下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_6.html
綱敷天神社 御旅社(大阪市北区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201405/article_11.html
池田市天神1丁目・2丁目 http://shinkahousinght.at.webry.info/201405/article_10.html

熊本県
山崎菅原神社(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_6.html
船場天満宮(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_7.html
手取天満宮(熊本市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_8.html 

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↑≪ 痴漢冤罪については、『それでもボクはやってない』(周防[すお]正行監督、2000年)という映画があったが、実をいえば、私には、あの映画は、特にショッキングなものでも興味深いものでもなかった。 なぜなら、ああいう事態がいつでも起こりうるのが日本の刑事司法の実態であることは、まともな法律家なら誰でもわかっていることだからである。 なお、純粋に映画としてみても、よくできた作品ではあるが、特筆すべきものがあるとまでは思わなかった。 ことに、冤罪事件に巻き込まれた人間の恐怖と屈辱が十分に描かれていない点には、残念ながらリアリティーの不足を感じた。 実際には、突然逮捕、勾留され、裁かれるときに、あの主人公のように堂々と自分を保つことのできる人間は稀有である。 ・・・≫
(瀬木比呂志『絶望の裁判所』2014.2.20. 講談社現代新書 「第4章 誰のため、何のための裁判?」)

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