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zoom RSS 「社長の便所掃除」はなぜ はた迷惑か。 「主婦の掃除」はなぜ会社に不向きか。―営業と会社の話(58)

<<   作成日時 : 2014/04/10 02:31   >>

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[第250回]営業と会社の話(58)
    始業時刻より前に出社したあなたが、仕事で外に出てしばらくして戻ってきたら、社長が会社の便所掃除をしていた。 営業の始業時刻が午前9時00分、工事部の従業員の始業時刻は午前8時00分の会社で、すでに他の従業員が業務を進めている午前10時半くらいにのそのそ出てきた社長が、おもむろに便所掃除を始めた・・・。 どう思いますか?
    現実にあったことなのです。 2010年末か2011年始め。 千葉市中央区鵜の森町 の 新華ハウジング有限会社(建設業)・ジャムズグローバルスクエア株式会社(不明業)で、外から戻って来ると、社長の長○川 S二さんが便所掃除をしていた・・・ということが。 

    在来木造の一条工務店にいた時、福島県いわき市の総合住宅展示場内で勤務していた時のこと、1994年、その総合住宅展示場の入口付近に出展していたN社に、若い女性が1人だけ「お留守番」のように勤務していた時期があった。 N社は比較的大規模な分譲をおこなっていた不動産会社であるとともに在来木造で比較的低価格の戸建住宅の建築もおこなっていたが、分譲の方が主力で、そのため、総合住宅展示場に出展していても、建築そのものの受注にはあまり力を入れていなかったため、その頃は展示場には「お留守番」のように女性社員を1人おいていたらしい。
    駐車場から私がいた展示場までの間にそのN社の展示場があったが、見かけると、その女性はいつでも掃除していた。 ある時、通りがかかりに、「なんか、いつでも掃除してるねえ」と言うと、「掃除しかやることないんですう。 事務仕事もないんですよお」と言っていたので、そうなのだろう。 もっとも、あまり事務的能力のある方の人ではなかったように思うが、当人としては、1人だけでやることのないお留守番というのはあまり楽しくなかったようだ。 
   住宅建築業の会社は、展示場などは始業時刻が午前10時00分という会社が多いが、始業時刻が午前10時00分であっても、営業はそれより前に出社して掃除をして、午前10時00分には掃除を終えて営業開始としている場合が多い。 会社の仕事は勤務時間内にするのが基本であって、勤務時間外に働くものではない・・・というのは、労働法の上での論理としては正しいはずだが、実際には日本の会社では、そうではなく、始業時刻よりも前に出社して掃除をしている場合が少なくない。私も、一条工務店にいた時も、その前に小堀住研にいた時も、始業時刻よりも前に掃除をしていた。 労働時間外に無賃労働・早出サービス残業で掃除をするというのは「スト破り」のような行為ではないか?と言われればそうかもしれないが、逆に自分だけがやらないわけにもいかないのでそうしていたし、せざるをえない雰囲気だった。 そういう雰囲気の会社は少なくないと思う。「スト破り」だ!と非難されても、それなら、だからどうしろと言うの? と言わざるをえない。
   又、住宅建築業の営業の場合、「基本給+歩合給」の給与体系である場合には、契約をとって歩合給を取得しなければ生活できないのであるから、他のメーカーが午前10時にはお客様を迎える状態にしているのに、自分の所だけ、勤務時間は10時からだからといって、その午前10時00分から掃除をするというわけにはいかなかった。 逆に、住宅建築業の会社に勤めている人間は、住宅展示場の開店は午前10時00分からと決め込んでいる人がけっこういるのだが、一般の人もそう思っているかというとそうでもなく、午前9時00分くらいから開いているのではと思って、日曜日の午前9時くらいに総合住宅展示場に来て、開いている所がないかと捜す人もある。 私は、在来木造の一条工務店で栃木県佐野市の営業所にいた時、ある見込客からそれを指摘されて、日曜日に他社よりも約1時間早く午前9時から開けてみたところ、契約には至らなかったが、他社がまだ開けておらず、開けている会社が他になかったことから入場してもらえて、接客折衝できたということがあった。来場客は少なくとも開けている会社も少ない時間に開けておれば自社展示場に入ってもらえる、というケースだった。
   それで。 その いわき市のN社の展示場にいた女性は、「いつも掃除ばかりしている」人だったが、いつ、掃除をしていたかというと、勤務時間内にしていたのだ。 即ち、1人だけ「お留守番」のようにいて上役も同僚もそこにいなかったので、午前10時00分ぎりぎりくらいに出社していたことが多く、当然、掃除もそれより後にやっていたのだ。 掃除そのものはして悪いものではないのだが、その掃除のしかたがいいと言えるか?
   大学新卒で小堀住研に入社した年、配属された松戸展示場で、朝、9時半くらいからせっせと掃除をして10時を過ぎても掃除をしていて、課長から「掃除は10時までに終わらせるようにしろ」と言われたことがあった。 せっせと掃除をするのが悪いわけではないが、午前10時営業開始としている店舗では、営業開始時刻になったら、まだもっときれいにしたいと思うところがあっても、掃除はそこでやめろ、掃除している時刻ではないし、たとえ、来客がなくても、掃除を続けていたのでは、外から見た時に、まだ開店前か? と見えてしまう可能性があるから、だから、営業開始時刻になったら掃除はその時点で中止した方がいいというのだ。
   最初、所属の営業課の課長だったUさんは、展示場の玄関前ポーチと玄関内のタイル張りの三和土(たたき)の部分には、毎日、水を流してデッキブラシをかけるべきだと言い、私は毎日デッキブラシをかけていたが、Uさんが配属がえで他に移った後、営業課長の I さんは「そんなもの、毎日までやることない」と言ってそれをやめた。 たしかに、玄関前のタイル貼りの部分をきれいにしようとしても、毎日までデッキブラシをかける必要はなかったと思うのだが、Uさんとしては、客商売の店としては、掃除そのものを目的としてではなく、玄関前には、毎日、水を流してブラシをかけるというのが、周囲へのアピールと考えていたのかもしれない。
   客商売の店舗では、掃除を目的としてよりも、「ここで、やってるぞお」と周囲にアピールする目的で玄関前に水をまいたりすることがある。 千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社(建設業)には、会社にデッキブラシの用意もなかったので、私は自宅からデッキブラシを持参した上で、玄関前に水をまいてデッキブラシでこすったりしたこともあったが、その意味がわからない人もあっただろう。

   玄関前に水をまいてデッキブラシでこするというのは、掃除してきれいにするためでもありますが、ここで営業していますよと周囲にアピールするためでもあり、営業開始時刻までに掃除を終える、営業時間内に本格的な掃除はしないというのは、「準備中」ではありませんよ、営業開始していますよ、入店可能ですよと周囲にアピールするという意味もあるのです。

   花登筐(はなと こばこ)の『銭の花』(講談社)、及び、それをテレビドラマにした東京の日本テレビ・関西の読売テレビの『細腕繁盛記』では、大阪 宗右衛門町の高級料亭 南地楼の孫娘・加代が伊豆熱川の温泉旅館 山水館に嫁に行って、食事の後に掃除をしているのを見て驚いたという話があった。 夫が勤め人・会社員・サラリーマンで妻が専業主婦だという家庭では、掃除は、朝、食事をして夫を仕事に送りだした後でするのが普通であるが、水商売の店では、料亭でも旅館でも、先に掃除をしてきれいにして、気持よくした上で、客に食事をさせるものだ、と、南地楼の孫娘の加代は思ってきたというのだ。 ところが、山水館では、自分たちが先に食事をとって、それから掃除にかかるというサラリーマンの家庭と同じ掃除のしかたをしていたというのだ。 旅館がこんな掃除のしかたをしているのはおかしいと思った加代が食事の前に掃除を始めると、朝っぱらからうるさいと小姑の正子などから文句を言われる・・・・という場面があったと思う。
※『細腕繁盛記』は
⇒《YouTube―細うで繁盛記》 http://www.youtube.com/watch?v=71FuRkpRQIU
⇒《銭の花 細うで繁盛記 旅館山水館》http://www.youtube.com/watch?v=jlipoy1IH4U
   いわき市の総合住宅展示場の入口付近に出展していたN社の展示場にいた女性は、要するに、「家庭の掃除」「家庭の主婦の掃除」をしていたのです。 彼女は不真面目だったわけではなく、だからこそ、特に指示されたわけでもない掃除をせっせとしていたようですが、それは、「店舗の掃除」、「客商売の店の掃除」ではなく、「一般家庭の掃除」「専業主婦の掃除」をしていたのです。

   それで。 千葉市中央区鵜の森町の 新華ハウジング有限会社(建設業)・ジャムズグローバルスクエア株式会社(不明業)の社長 長○川 S二さんは、なにゆえ、営業は午前9時始業、工事部は午前8時始業の会社で、社長だけ午前10時半くらいに出社してきて、おもむろに、便所掃除を始めたのでしょうか。 それに何の意味があるのでしょう。
   どうやら、それは、長○川さんがその少し前からはまり出した倫理研究所(=倫理法人会)という神道系新興宗教団体で右翼系政治団体の集会だか研修会だかで教えられたことを実行していたようです。 「社長は自ら便所掃除をせよ」と教えられたらしい。 それで、営業は午前9時始業、工事部は午前8時始業の会社で、他の従業員はとうに出社して掃除をすませて、仕事を始めているところに出社してきて、おもむろに「社長の便所掃除」(「趣味の便所掃除」)を始めたようです。 

   小学館から発行されている「ビッグコミック」に連載されている 小森陽一 作・藤堂 裕 画『S(エス)‐最後の警官』という警察官を扱った漫画で、NPSのリーダー 香椎という男がもくもくと便所掃除をしている場面が出ていたことがあります。 やはり、「ビッグコミック」に連載されている 林 律雄 作・高井研一郎 画『総務部総務課山口六平太』では、心を落ちつける方法として便所掃除をやりたがる男、勧める人が登場したことがありました。 どうも、日本では、心を落ちつけるとかいう名目で便所掃除をさせたがる人というのがいるらしい。 倫理研究所(=倫理法人会)でもそれを長○川さんに勧める人があったようです。 で、それがプラスになると思いますか?
   昼間、大工工事をおこなっている最中の大工の道具箱から大工道具をとりあげて掃除をはじめたら、された大工は喜ぶと思いますか?  料理をおこなっている最中の板前の包丁をとりあげて研ぎ出したなら、とりあげられた板長は喜ぶと思いますか?  営業は午前9時、工事部は午前8時始業の会社で、午前10時半にのそのそ出てきた人に、おもむろに便所掃除をされても、実際のところ、迷惑なんです。 その会社にとっては便所は仕事道具のひとつなんです。 便所掃除をしたければ、他の従業員と同じ時刻に出社して、他の従業員が掃除をする時刻にやるか、そうでなければ、他の従業員が帰った後の深夜か出勤する前の早朝かにやってもらいたいんです。 もしくは、自宅でやればいいのです。 会社の便所というのは、「精神修養のための社長の便所掃除」をするためにあるのではなく、仕事道具なんです。 だから、午前10時半くらいにのそのそ出てきた人の「精神修養のため」に占拠されたのでは迷惑なんです。

   日本の会社の社長とか支店長とかいう人には、社長であれ支店長であれ掃除というものはみんなでやるものだという意識の人と、社長が、支店長が掃除なんかするものではないでしょう、という意識の人がいます。 1989年、途中から、小堀住研の千葉支店の支店長になったWさんは、各展示場に来ると、戸の桟とかのほこりを捜してまわる人でした。いわば、「重箱の隅をつつく」作業をやりました。 「ほら、ここ、ほこりありますよ。 ここ、ほら。」と。 たしかに、「重箱の隅」であろうがなかろうが、ほこりのないように展示場は掃除をきっちりとするべきでしょう。 しかし、契約してもらえるかどうかという見込客があれば、営業はどうしてもその見込客の仕事を優先してしまいます。 私、Wさんを見て思ったことがあります。 「ほら、ここにほこりがありますよ」と「重箱の隅をつつく」ように捜してまわる時間があるのなら、そこの他の従業員はそういうことをやりたくてもやる時間はないのだから、その時間のあるWさんがそれを掃除してくれたらどうなのだろう、と。 もしも、その展示場の従業員が勤務時間中に仕事をせずになまけて遊んでいたのなら、「ほら、ここにほこりがありますよ。」と「重箱の隅をつつく」ように捜してまわって言ってもいいでしょうけれども、遊んでいるのではないのです。 忙しくて忙しくて、毎日何時間も時間外労働をして働いているのです。 「ほら、ここにほこりがありますよお」て、それ、やってるの、あなただけでしょう、そういうことできる時間があるのはあなたひとりだけでしょう、て思ったことあります。
   Wさんは、松戸や柏の展示場に顔を出す時には、必ず、朝、千葉支店にいったん顔を出して、「出勤したという実績」を作った上で、それから勤務時間中におもむろに移動して松戸や柏に来ました。 ずるいなあと思いました。 Wさんは会社都合の転勤で千葉支店に来て、千葉支店のすぐ近くの千葉市中央区新宿(「東京の新宿ではなく千葉の新宿」)でアパートだか借家だかを借りて住んでいたのです。 そこからすぐ近くの千葉支店にいったん出社して、「出社した」という実績を作った上で、勤務時間中に移動して松戸や柏に来たのです。 それに対して、松戸や柏の従業員を千葉支店に来させる時には、必ず、直接、来させるようにしたのです。 千葉県では常磐線沿線と総武線沿線の間は同じ県でも電車でもクルマでも異なる沿線で移動するのは大変です。 Wさんはそれをわかっているから、自分が移動する際には、必ず、いったん、自宅の至近の千葉支店に出社して「出社した」という実績を作った上で勤務時間中に移動し、松戸や柏の従業員には、朝、直接、千葉支店に来させて、特に、午前10時始業の営業に午前9時に千葉支店に来させるということをして苦痛を与えたのです。 自分は自宅に至近の支店にいったん出社して「出社した実績」を作って勤務時間内に移動して各展示場に行き、各展示場勤務の従業員には始業時刻前に移動させて支店まで来させるという卑怯なやり方が、「それが支店長の権利」でしょうか? 違うと思いますね。 そうではなく、「従業員が働きやすい環境を整備するのが支店長の仕事。 松戸や柏の従業員が千葉まで行くのは大変で、特に、午前10時始業で、普段、松戸や柏に勤務している人間が午前9時に千葉に行くのは相当大変であるということを理解し、それを配慮して支店運営をするというのが支店長の仕事」であるはずです。松戸営業課の課長のI 井さんはそれをしばしばぼやいていましたが、課長ならそれを支店長に指摘して理解してもらうのが課長の仕事と違うのかと何度も思いましたが、絶対に言わない人でした。
(太陽神戸銀行から出向で来ていた総務部東京駐在のM野は、やはり、東京支店に一度出勤して「出社した実績」を作った上で勤務時間中に移動して松戸展示場まで来るということをしただけでなく、松戸駅からバスに乗るのが普通の場所に、給料もらってる勤務時間中にわざわざ新京成電鉄「松戸新田」駅から40分も遠足みたいに歩いて来るということまでしました。こんなことする人あんまりないと思うけど、銀行の人間てユニークなことするね・・)
   締め日前には営業も設計も工務課(積算)も大忙しになります。 千葉支店で、Wさんは、そういう時、パンか何かを従業員に「支店長からの差し入れ」として配って「支店長がいいところを見せた」ということにしたいと思うようでした。 「差し入れ」をして悪いということはないのですが、そういう時、誰が買いに行くべきかは、役職が何であるかよりも、その時、忙しくしている人間かそれほどでもない人間かということの方によって決まると思います。ところが、Wさんは最初から、「支店長の差し入れ」ということをやりたいからという動機であって、忙しくしている従業員を助けたいという気持からやるのではないので、トンチンカンなことをやります。
   Wさんが「支店長の差し入れ」とするためのパンを買ってこいと命じたのは私の所属していた営業課の課長の I さんでした。 私は締め日直前に、忙しくて忙しくて死にそうな状況で、千葉支店において、設計に作ってもらった図面と工務課(積算)に作ってもらった見積書の確認作業をしていたのです。 そこに営業課長の I さんが、ふてくされた顔で来てふてくされた話し方で「○○くん、支店長から、パン、買ってこいと言われた。買いに行くの、手伝って」と言うので、私は「なんで、私たちが買いに行かなければならないのですか」と言いましたが、I さんは「支店長から言われたからしかたがない」とふてくされた調子で言いました。 普通に考えれば、そういう「差し入れ」を買いに行くのなら、その時、最も忙しくしている人間に頼むのではなく、比較的忙しくしていない人間に頼むべきなのです。その時の千葉支店には、私や I さんのように忙しくて死にそうにしていた人間もおれば、残っていたけれども、「おつきあい」でそこにいただけで、それほど忙しくはしていなかった人もいた。 一般的に考えて、締め日前に忙しいのは営業と設計と工務課(積算)で、工事課やインテリア担当は基本的には締め日は関係ないはずなのです。 また、私や I さんは、普段、千葉支店にいる人間ではなく、松戸から千葉支店に用事で行っていた人間で、千葉支店での仕事がすむと、また、松戸まで帰らなければならない人間であり、頼むなら、普段からそこにいる人間で、仕事が終われば自宅に帰るだけの人に頼むべきものでした。 それを、Wさんは、わざわざ、最も忙しくしている人間に、わざわざ、遠方からそこに来ている人間に、それほど忙しくしているわけでもない人間で普段からそこにいて仕事が終われば比較的近くの自宅に帰るだけの人間に「支店長の差し入れですよお」をするためのパンを買いに行かせたのでした。 I 井さんも、それにはかなり気分を害したみたいで、相当ふてくされた顔をしていましたが、課長なら、「支店長、今、私たちは猛烈に忙しくしていますから、そういうのは他の人に頼んでいただけませんか」とでも言うべきものでしたが、それを言わないで引き受けてくるのが I 井さんでした。私から「なんで、私たちが買いに行かなければならないのですか」と、「課長なら『私たちは、今、猛烈に忙しくしていますから、そういうことは比較的余裕のある人に頼んでいただけませんか』と、なぜ言わないのですか。それを言うのが営業課長の仕事と違うのですか」ということを指摘されても、それを言えない人で、「支店長から頼まれたから」と言って引き受けてきてしまう人でした。 道路をへだてた向かいのデイリーヤマザキに I さんと一緒に買いに行きましたが、I さんはいかにも不愉快だというふてくされた顔をして、「これでいいだろう」と適当にカゴに投げ入れて持ち帰りました。Wさんはそれを「ほい、差し入れえ。 はい、差し入れえ。支店長の差し入れですよお、支店長のお」とちゃらけて配ってまわっていました。 W邊さんは、そういう「支店長の差し入れ」をやって支店の従業員が喜ぶと思っていたのか、最初からいやがらせでやっていたのか。 おそらくそのいずれでもなく、一番忙しくしている人間にそれほどでもない人間に「差し入れ」するためのパンを買いに行かせた上で、「支店長の差し入れですよお」と言って恩着せたかった、ということでしょう。Wさんはそういう人でした。

   在来木造の一条工務店の山梨県の工場にいた時、2002年、生産事業部(工場部門)の「責任者」に新たになったというT橋さんが、山梨県上野原町(現・上野原市)の工場に来て、どうしたか。 やったことが3つあります。 1つは、工場の人が仕事をしている所にのそおっと無言で入ってきたということ。 もうひとつは、その後、工場の従業員を集めて、「工場を見て回ったところ、紙屑がいくつか落ちていました。 そういうことがないように気をつけてください」と言い、工場の従業員から、「誰もが忙しくしているのだから、そういうことを言うのなら、落ちている紙屑をそのままにした上で、『落ちてましたよ』と言うのではなく、自分も従業員ならば、まず、自分がそれを拾った上で、その上で言ってもらいたいものだった」と言われたこと。 もうひとつは、工場の従業員を集めて、会社の文書を読み上げて、そこで、法律用語の「責(せめ)」を「せき」と読んで何人もに聞かせたこと。
   工場というのは機械が作動しており、どこの誰かわからない人に入ってこられたのでは危険なのです。 だから、普段、そこにいる者でない従業員が入る時には、「入りますよ。私はこの会社の従業員ですよ。泥棒でも不審者でもありませんよ」という意思表示に、「こんにちわ」でも「失礼します」でも、何でもいいから、何か言って入るものであり、もしも、黙って入る者がいたならば、「黙って入るな。 何か言って入れ」と「生産事業部の責任者」ならば言わないといけないのですが、その「責任者」が、工場に黙ってのそおっと忍び込むように立ち入ったのでした。そして、責任感をもって仕事をしている工場従業員から、T橋さんは、「なんだ、こいつ」と思われたのでした。
   そして、私なら、紙屑が落ちている、もっときれいにするべきだと思ったならば、まず、自分がそれを拾って屑かごに入れた上で、言いますが、T橋さんは、そうではなく、自分では拾わずに、口先だけで「紙屑が落ちていたのに気づきました」と言って、彼が帰った後で、「何さまか知らないけれども、自分も従業員なら、気づいたなら、まず、それを自分が拾った上で言ってもらいたいものだった」とひんしゅくを買っていたのでした。 「一条工務店て、役職につかせる人の人選がおかしいですよねえ」と口にする従業員が少なくありませんでしたが、私もそう思いました。

   一条工務店の営業本部長のA野さんは、小堀住研の千葉支店長のWさんとは違って、朝、展示場に来ると、一般従業員と同じように掃除をする人で、そして、日曜日など、来場客が多い時には、営業本部長自ら、お茶を入れて持っていく人でした。 それだけでなく、ふと、気づくと、展示場に併設の事務所の炊事場の排水溝をひとりで掃除していたりする人で、「わたし、やります」と言っても、「いいよ、いいよ。ぼくがやるから」と言ってやる人でした。 1993年、同社の松戸展示場に在籍した時、私が昼食をとっている時に、ふと、後ろを見ると、営業本部長のA野さんが、お客様に出した茶碗を炊事場で洗っていたのに気づいたということがありました。 その時、私は同社では入社2年目でしたが、入社1年目の人で、昼食後、何もせずにそこにいる人が何人もいたので、まず、Kさんの肩をつっついて、営業本部長の方を示し、そこの従業員全員が接客しているという時に営業本部長にお茶を入れてもらってだしてもらうのはいいとしても、何もしていない従業員が何人かいるのに営業本部長に茶碗を洗わせるのはよくないだろうということを示したのですが、Kさんは、私がつっついたのに対して、「はあ、なんですかあ」と言って無視しました。 そこで、次に、Aさんに「おい」と言って営業本部長の方を見せたのですが、Aさんもまた、「はあ、なんですかあ」と言うのです。さらにもう一度、Aさんをつっつくと、Aさんは「なんですかあ。いったい、何なんですかあ。」と言うので、こいつ、だめだと思いました。 それで、私は、KさんやAさんはすでに昼食をすませていたのであり、私は接客を終わって昼食に入ったところであり、食事中の者がやるのではなく食事をすませた者がやればいいと思って、それで、KさんやAさんに言ったのですが、わかってくれなかったので、それで、食事の手をとめて、営業本部長のところに行って、「わたしがやります」と言いましたが、すると、営業本部長のA野さんは「いいよ。食事してるんだろ。食事してればいいよ。気にしなくていいから」と言ってくれたということがありました。 営業本部長がそう言ってくれるのならば、やってもらって食事をとらせてもらってもいいと思って食事をしましたが、KさんにしてもAさんにしても、その部分については、気のきかない男、営業なら感づいていいはずのところに感づかない男と思いました。A野さんは、そのあたりを気づいていて、そのあたりを見るために、茶碗を洗ったり排水溝の掃除をしたりしていたのかどうかはわかりませんが、小堀の千葉支店のWさんみたいに「はい、ここにほこりありますよお。ほい、ここ」と言って、わかっとるわ、気づいたなら拭けよ、という気にならすよりはいいでしょう。 私は、「何もしていない従業員がいるのに、本部長に茶碗を洗わすことないだろう」と気づいて入社1年目の人に言ったのですが、言われても理解しなかった人もおり、営業本部長はそれに気づく人間と気づかない人間を見ていただろうと思ったのですが、見えていたかどうか・・・どうだったでしょう。

   一条工務店の営業本部長のA野さんは、展示場に来ると、日曜など来場客が多い時なら、営業が接客していると、営業本部長のA野さんがお茶を入れて持っていったりする人でしたし、他の従業員と同じようにさげた茶碗を洗ったりする人でした。 だから、気づく従業員はそれに気づいて、そして、営業本部長に洗われるより前に茶碗を洗おうとしましたし、他に人間がいない時にお茶を出されるのはいいとしても、炊事場の排水溝の掃除までされるのは、むしろ、気味悪いように感じて、できるだけ、営業本部長に排水溝の掃除をされずにすむように先に掃除をしておこうとしたりする場合もありました。 気づかない人間は気づかなかったでしょうけれども、気づく人間は気づいていました。 私は気づいていたつもりでしたし、その点についてはわかってもらっていたとその時は思っていたのでした。
   それで。 総合住宅展示場の場合、たいてい、実際に使用するトイレは、屋外に総合住宅展示場として設置されており、展示場にあるトイレは見てもらうためだけのもので実際に使用できないもので、自社の展示場の「便所掃除」というものはないのですが、A野さんなら、お客様に出した茶碗を洗ったりすることはしても、始業時刻が午前9時だったり8時だったりする会社で、午前10時半にのそのそ出てきて、すでに従業員が仕事の最中であるのに、おもむろに、「精神修養としての社長の便所掃除」というようなことをするか、というと、おそらくやらないと思います。 そのあたりはA野さんはわかっていたと思うのです。

   新華ハウジング の 長○川 さんは、なぜ、わかってなかったかというと、「仕事をしない社長」だったからでしょう。 まったく仕事をしないというわけではないとしても、従業員が働いている最中に、社長と社長の嫁と子供とだけ、ハワイや沖縄にバカンスに行くということをしばしばやる人だったから、だから、すでに従業員が業務に入っているさなかに、おもむろに社長が始める「精神修養のための社長の便所掃除」なるものがはた迷惑だということに気づくことができなかったのでしょう。
   2011年4月に、長○川 S二の妻 長○川 ◇華の友人だという女性T口が縁故入社すると、それまで、チラシは輪転機で1色刷りか2色刷りで刷るしかやらなかったのに、突然、印刷屋に頼んでカラーチラシを何千枚も印刷するようにし、そして、その縁故のT口は「私は子供があるから」と、そのチラシが有効期限ぎりぎりに何千枚と残っていてもふんぞり返って定時に帰っていたが、一条工務店の営業本部長は来場客が多い時には営業本部長自ら接客もしたし、お茶を入れて接客中の営業のところに持って行ったりもしたし、営業が接客に忙しくて茶碗を洗えずにいると営業本部長自ら炊事場で茶碗を洗ったりしていたが、それに対して、新華ハウジングの社長の長○川は、有効期限ぎりぎりのチラシが何千枚と事務所の床の上に積み上げられていても、絶対に自分では1枚としてポスティングしない人だった。 この人はそういう人間なんだと思った。 もうすぐ紙屑になってしまうチラシが何千枚と積み上げられていても、社長である限り絶対に1枚として入れてはなるものかという信念もっている人だった。
   それだけではない。 2011年6月のこと。 私はその時点では営業ではなく「工事管理、兼、総務」という立場だったが、T口とI 村が担当していた「フィット」という商品のチラシが有効期限直前に事務所の床の上に何千枚と積み上げられているのを見て、営業の経験のある者として、とてもそのまま見過ごすことはできないと思い、勤務時間外に深夜まで近隣のマンションの集合ポストにポスティングをおこなったが、その時、担当のT口は何をしていたかというと、当然のように定時に退社しており、担当でもないのに、無理をして夜遅くまでポスティングをして協力した私に「すいませんでした」も「ありがとうございました」も言わなかった。 そして、もうひとりの担当の I 村は何をしていたかというと、なんと、びっくらこっこびっくらこっこしたことに社長の長○川 が倫理研究所(=倫理法人会)の集会にひっぱっていっていたのだった。 あきれた。 担当でない人間が、時間外賃金も払ってもらってないのに、チラシを紙屑にするのはとても見てられないと思って、時間外にポスティングしているのに、社長が担当の従業員を倫理研究所(=倫理法人会)の集会にひっぱっていっていたとは。 あほくさい、やってられるか! ふざけるな! と思うのが普通だろう。 そう思いませんか?
   午前10時半にのそのそやってきて、すでに業務が進行している会社の便所掃除をおもむろに始める人だけのことある。 「社長の便所掃除」などという「趣味の掃除」は、害がある。 いわき市の総合住宅展示場で、午前10時を過ぎてから掃除を始めていたのは、若い女性がひとり「お留守番」でいたN社1社だけだった。 他の会社は、会社により多少の違いはあるとしても、掃除はそれまでにやって、10時になったら終了して「開店」状態にしていたのだ。 「社長の便所掃除」をする会社はN社以外にはどこもなかった。

   やっぱり、社長は従業員と同じように働かないとだめではないかと思う。 そうでないと、「精神修養のための社長の便所掃除」がいいと怪しげな団体で教えられると、即座に実行に移してしまうことになる。

   今はむかし、1997年と1998年にイタリアのナポリに旅行した。 日本では、「駅の時計」というのは相当に信頼できるもののはずだ。 私が小学生の時、時計の時刻を合わせるには・・として、電話での時刻通知と、テレビの画面の時刻表示、それに、駅の時計 という3つが信頼できると小学校の先生に教えられた。 だから、自分が腕にはめている腕時計と駅の時計の表示が違うと、自分の腕時計の方が遅れているか進んでいるのだと思ってきた。 ところが、イタリアでは、「駅の時計」というものがそれほど信頼できないようだった。 自分がはめている腕時計と「駅の時計」の表示が違うときは、「駅の時計」の方が違っている可能性が高かった。
   それともうひとつ、気づいたことがある。 日本では、東京でも大阪でも、通勤時に駅のエスカレーターの点検・整備なんかしないと思うのだ。 エスカレーターの点検・整備は通勤ラッシュ時ではなく、平日の昼の比較的すいている時間帯か夜間かにやると思うのだ。 ところが、ナポリのヴェスヴィオ周遊鉄道の駅では、通勤時間帯にエスカレーターの整備をやっていた。 イタリアは魅力的で、特に、ナポリの人たちはとても親切で、何度でも行きたい気持になったのだが、エスカレーターの点検・整備を通勤時間帯にやっているというあたりは、日本とは違うんだな・・と思った。
※ ナポリ について
⇒《YouTube―「 ナポリは恋人 Napoli Fortuna Mia」ジリオラ・チンクエッティ、Gigliola 》http://www.youtube.com/watch?v=o-T47yatHyw
⇒《YouTube―ナポリ》 http://www.youtube.com/watch?v=HQV-C7P1OI0
   ところで。 営業は午前9時、工事部は午前8時始業で、午前10時半においてはすでに業務に入っているという会社で、その時間におもむろに「精神修養としての社長の便所掃除」なるものをやる社長と会社が日本にもあったのだ。 倫理研究所(http://www.rinri-jpn.or.jp/ )(=倫理法人会 http://www.rinri-chiba.org/ )というのは、そういう「社長の便所掃除」を勧めたのか、それとも、自宅ででもやるように勧めたものを新華ハウジングの社長の長○川さんが会社でやってしまったものか、いずれなのかはよくわからない。 しかし、もしも、勧めるのであれば、自宅でやるか、さもなくば、他の従業員が掃除をする時にその時刻に出社して一緒に掃除をするか、もしくは他の従業員が退社した後の深夜か出社する前の早朝にやるか、いずれかにするべきだとそのあたりもきっちりと説明して勧めてもらいたいものだった。 ナポリの駅では通勤時間帯にエスカレーターの整備をやっていたが、日本では、すでに業務に入っている時間に「社長の便所掃除」のために商売道具を占拠される、ということは、一般的ではないように思う。 総合住宅展示場で、「主婦の掃除」をしていた会社は、いわき市の総合住宅展示場で、若い女性が「お留守番」としていたN社だけで、他の会社は私が在籍した会社もそれ以外の会社も「主婦の掃除」「一般家庭の掃除」はしていなかった。 「掃除」のために店を開けて営業活動をしているのではなく、営業活動のために掃除するのだから。
    (2014.4.9.)

銭の花〈1〉 (1970年)
講談社
花登 筐

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週刊現代 2014年 4/19号 [雑誌]
講談社
2014-04-01

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≪「・・・・それまで犯行時の着衣は『血染めのパジャマ』だったのに、唐突に『5点の衣類』へと変更され、その後、間をおかずにズボンの共布(ともぬの)(予備の布)が袴田さんの実家で発見されるのです。ズボンは袴田さんが絶対にはけない小さいサイズだったのに
 ・・この共布(ともぬの)を発見した静岡県の元警部から、こんな興味深い証言を得たという。
「家宅捜索責任者の松本久次郎警部に『袴田の実家のタンスを探せ』と指示されたとおりに捜索したら、共布が出てきた。 自分は県警本部から応援組として派遣されたんですが、『なんで公判中の事件のガサ入れに付き合わねばならんのだ』と思っていました」
  ・・・証拠を応援組に発見させ、客観性を持たせようとしたとすればあまりに姑息だ。≫
≪ 極めて不自然な証拠であるズボンを「被告人のものと断定できる」、他の衣類も「被告人のものである疑いが強い」とし、吉村調書の矛盾点は「大筋であっている」と問題視せずスルーした東京高裁の横川敏雄裁判長は控訴を棄却した翌年、札幌高裁長官に栄転。後に早大法学部客員教授を務めた(’94年に死去)。≫
 《袴田巌さんの罪をデッチあげた刑事・検事・裁判官》 ↑ )
  怖ろしいのは、よく吟味せずに↑こういう判決の文章だけ見ると、「裁判官がそう判決に書いている以上、そうなのかな」みたいに思ってしまう人が出てくること、特に、一般の人間よりも弁護士などにそう思う人間が出てくること。及び、裁判官自身が自分が書いた文章に酔ったような状態になること、他の裁判官の文章に追随するのが仕事みたいに思っている独立自尊の精神に欠けた裁判官が多いこと・・。 

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「社長の便所掃除」はなぜ はた迷惑か。 「主婦の掃除」はなぜ会社に不向きか。―営業と会社の話(58) 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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