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zoom RSS 「社長の営業」ではなぜ不動産案内はだめか【下】「社長の不動産案内」がなぜだめなのか、の具体例(後)

<<   作成日時 : 2014/03/15 15:13   >>

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[第249回]会社と営業の話(57)‐3
《「社長の営業」ではなぜ不動産案内はだめか》三部作の3
[5] 「社長の営業」では不動産案内は成功しない具体例
【6】  1日に土地物件を10件も案内して、それで十分な案内・説明ができるか。 できると考えたか。

   新華ハウジング有限会社の社長の長○川 S二が長○川の妻 ◇華の中学校の時からの友人だということで入社していた特別扱い従業員の事務員O竹のいとこNさん夫婦を、「だめブツおんぱれーど」の土地物件案内に連れていき10件ほども見せた。
   これに何か意味があるか。 何か効果があるかというと、ほとんど意味はない、というより、マイナス面の方が大きいと思う。
   まず、案内する側、長○川としては、その約10件のうちのどこを勧めたかったのか。 長○川 自身、明確の意識はなかったのではないか。 まず、それがおかしい。
   そして、どういう案内をしたのか、という問題があります。 もしも、本当にこの物件に決めてもらおうとしたならば、1件あたりの案内時間はそれなりにかかるはずなのです。 現地に行くと、そこがどういう場所なのか。 隣近所はどうなっているのか。 道路幅はどうか。 水道・下水はどうなっているか。ガス管はどうなっているか。ゴミを出す場所はどこか。 特に、建築屋が土地物件案内に連れて行った場合、不動産屋と違って、ここに家を建てるとすると、たとえば、このように建てることができます。玄関はこのあたりにして、このあたりにリビングルームを設けてはどうでしょうか。車庫はここがいいと思います。 このあたりに庭がとれるでしょう。 お隣の窓があのあたりにあるので、窓の位置をずらせましょうか・・といった話ができると思いますし、そういった話をしてこそ、建築屋の土地物件案内と言えます。 それをすべての物件でやったとしたならば、1日に10件も案内することは不可能のはずです。
   Nさんは20代の夫婦です。まだ、子どもはありませんが、いずれ欲しいと思っているでしょう。そういう人を案内するならば、小学校はどこにある何小学校の学区か、中学校はどこにあるか。幼稚園・保育園はどこにあるか、といった話もする必要がります。 最近の幼稚園・保育園はバスで送り迎えしてくれる所が多くなってきましたが、小学校は歩いて通うのが普通です。小学校まで歩いてどのくらいかかるか。安全な道か。 買い物に行くにはどういう所があるか。スーパーマーケットに駐車場はあるか。 郵便局・銀行はあるか。銀行は何銀行があるか。 だんなは電車で通勤しているのか、クルマで通勤しているのか。電車通勤なら電車の駅まで歩いてどのくらいかかるか。駅からバス圏なら、バス停はどこでバスはどのくらいの頻度で来るか、最終のバスは何時か。公園はあるか。 近隣に危険な施設はないか。 そういったことを説明し、そして、小学校・中学校・幼稚園・保育園・スーパーマーケットその他の所までクルマで一緒に行き、時に、「一度、歩いてみましょうか」と一緒に歩いたり、ということをやったならば、1日に1件か2件のもの、3件できるかできないかだと思います。10件も案内できるわけないのです。
   10件も案内したとしたならば、おそらく、その場所にクルマで行って、「ここ」と言って見せた、というだけでしょう。 建築屋として物件案内をした経験があり、不動産屋として物件案内をした経験のある者として言うならば、そんな不動産物件案内ないと思います。 無茶苦茶です。
   小学館から月2回発行されている「ビッグコミック」に『築地魚河岸三代目』という漫画がありますが、その中で登場人物が「海幸橋(かいこうばし)を渡ったらどんな嘘をついたっていい」と言う場面がありました。 海幸橋というのは、築地の魚河岸に入る所にあった橋らしく、今はその橋はなく橋の親柱だけが残っているそうです。(⇒《中央区民文化財  海幸橋の親柱 附 橋梁竣工図面》http://www.city.chuo.lg.jp/info/bunkazai/bunka070.html ) 築地の魚河岸のプロ同士が取引をする場所では、もしも、嘘をつかれて安い魚を高く買わされても、鮮度が落ちる魚を新鮮だと思って買ってしまっても、だまされる方が悪い、目利きのできない者が悪いということらしい。但し、あくまでも「海幸橋を渡ったら」であって、築地の魚河岸の外でしろうとさんをだましていいという話ではない。しろうとさんが相手の場合には、プロ同士の取引よりも高い価格で売るけれども、逆に、しろうとさんがとんでもないものを買ってしまわないように助言・アドバイスをしてしろうとさんの役に立つのがプロの仕事ということのようです。
※『築地魚河岸三代目』は
⇒《小学館コミック 築地魚河岸三代目》http://big-3.jp/bigcomic/rensai/sandaime/ 他参照。
   建築屋は建築について何でもわかっているわけではないとしても、しろうとさんよりわかっているものがあるはずです。だから、建築屋が土地物件の案内に行ったならば、そこで、ここはこういう問題があるという問題点も説明するべきで、その上で、その問題があってもこのようにすれば建てることはできるが・・という話もするべきだ。 それをやってこそ建築屋の案内である。 ところが。 
   長○川が、「案内した所を見に行こう」と言って、長○川のクルマでひと通り回ってくれたのですが、なぜ、そこを見せたのか、という明確な論拠がない。 1件は擁壁が相当に高い土地だった。不動産屋の造成は法律ぎりぎりの施工である場合が少なくないので、信頼しきって大丈夫かというケースがあります。 長谷川はそれを指摘できなかったようだ。
   又、1件は高圧電線の真下だった。 かつ、十数区画の分譲地で高圧電線の真下の土地がそうでない土地と同様の価格で売りにでていた。 真下を買うと、健康被害が発生する可能性もあるが、後に売却しようということになった場合、買う時は真下でない土地と同様の価格で買ったにもかかわらず、売る時になると真下でない土地より安い価格でないと売れないということになる可能性が考えられる。 長○川はそれも説明できなかったようだ。
   1件は高速道路の近くの山腹だった。 高速道路の近くの場合、高速道路の下は音はあまりしないのだが、音は上に上がるらしく、高速道路の脇の山腹は1日中、道路を通行するクルマの音がする。 ペアガラスや防音障子・二重サッシの使用など音を防ぐ方法はあるが、マイナスの要因であるのは確かである。 その場に行けば、音がすごいというのは言わなくても感じるはずなので、そこに連れていくならば、案内する側からその点は話をするべきだ。長○川がそれをした形跡はない。
   1件は道路との高低差が大きく、擁壁工事に費用がかかることが考えられた。 その費用をどのくらい見ればいいという話をしたかというとそれもしていない。 そこは駅から距離があるだけでなく、物件の周囲が寂しく、子どもや女性は夕暮れ時以降は通行する際に不安を感じるのではないかとも思ったが、そのあたりについて話したかというと、おそらく何も話さなかったのではないか。
   物件案内は基本的にはその案内する物件を見せるのであるが、同時に、自分がそこで適切な説明をすることで自分を売り込む場でもある。 「不動産の住宅の営業」は、この人と一緒に決めた方がいい物件をつかめそうだ、と思ってもらえるようにするべきだ。 「建築の住宅の営業」は、この人と一緒に家を建てるといい家ができそうだ、と思ってもらえるようにするべきだ。 そういう案内を長○川がしていたかというとしていない。 単に、何件も大急ぎでまわっただけである。
   長○川がNさんを案内した物件に長○川のクルマで私を連れて行ってくれたが、その時、私が感じたのが、
(1)千葉市中央区大森町のある物件に行く道について、「道が細いな」と思った。
(2)長○川のクルマについて、この大きなクルマで案内したのか、と思った。
(3)よく、これだけ何件も行ったな。 見込客はよくこれだけ何件もつきあったな、と思った。
(4)建築屋の社長だといいながら、建築についてわかってないな、建築についてまったく説明できてないな、と思った。
(5)ある物件では、ある程度、予算を用意できている人に、こんなダメ物件を紹介するのか。 バカにしてるのか、と思われるのではないか、と思った。 実際、長○川は見込客をバカにしていたのではないか、とも感じた。
   そういう物件案内だった。 そして、長○川にNさんが連れて行かれた時にどう感じただろうかと自分で考えるため、私はひとりでその物件をひと通りまわって見たが、私ならこんな物件案内されたなら、その業者は不動産屋であれ建築屋であれ、「切り」と判断する可能性がある、というものだった。
   私が慶應義塾大学に入学した時、大学の共済部では下宿の申し出をしてくれた人に書いてもらった下宿の内容を複写して1冊の冊子にして、入学生に配り、すべての下宿を入学生が見た上で考えることができるようにしていた。 大学の共済部が下宿を紹介する時はそれでいいだろう。 しかし、不動産屋であれ建築屋であれ、これから土地を買って家を建てたいという人に土地を紹介する場合はそれではだめです。大学の共済部が新入生に下宿を紹介するのと土地を買って家を建てたいという人に土地を紹介するのとは事情が違います。 ともかく「土地」というならいくらでもある。 「すべてを紹介」しようとしてもきりがない。 逆に、その人によいもの、その人にふさわしいものとなると、そんなにいっぱいないはずなのだ。 だから、建築屋にせよ不動産屋にせよ、「その人にふさわしい土地」はどういうものかということを頭を働かせて考える必要がある。 ところが、長○川は、予算いくらと聞くと、レインズに出ていたその価格の土地を片っ端から連れ回したらしい。 私ならそんなことはしない。 自分でそこに行ってみて、あの人にこの土地を紹介したらどう思うだろうか、買おうという気持になるか、見ただけで嫌悪感を覚えるか、といったことを考える。 価格だけがあっていても、絶対買いたくないと思われるのがわかりきっているようなものを案内してもプラスにならない。 
   長○川は、ともかく、レインズにでていた物件でその人の言う価格に沿うものをすべて案内したのではないかと思うが、それでは「子供の使い」と変わらない。 見込客の立場からすれば、その中から選ばなければならない筋合いはないのだ。 長○川はレインズに出ているものをすべて案内すれば、見込客はその中から選ぶ義務があるとでも思っていたのではないか。 少なくともそういう感覚で案内したのではないか。 その認識が間違っている。そんな義務はない。

   
【7】  「3件案内説」「1件案内説」vs「だめブツおんぱれーど」
  エルマー=レターマン『販売は断られた時から始まる』(ダイヤモンド社)で、レターマンは「販売は断られた時から始まる」という言葉を、断りの意思表示をはっきりとした相手の所に何度でも何度でも押しかけろとかいう意味で使っていない。(⇒[第236回]《住宅建築業界職歴詐称を見破る方法(6)―「販売は断られた時から始まる」の意味を誤解している人》http://shinkahousinght.at.webry.info/201402/article_3.html )  何通りかの意味で使用しているが、ひとつは、 「相手が、なぜ買わないか、なぜ契約しないかという理由を知ることから販売は始まる」、という意味で使っています。
  「1件案内説」によるならば、案内する物件は、「決めブツ」のつもりで「不動産の営業」は案内します。 しかし、その結果として、購入しないとなった場合、なにゆえ購入しないかという理由を聞くことができますし、それを聞かなければ案内した意味はありません。 そこで、こういう条件があるから購入しない、こういう条件がないから購入しないということを聞きだすことができれば、その条件がないもの、その条件があるものを見つけ出すことができれば、それを次回に案内すれば、そこで決まる可能性が出てくるということです。 この時点で、「決めブツ」のつもりで案内した物件は「比較ブツ」に変わります。
  次も、結果として「比較ブツ」になってしまったとしても、それを何回かやることで、やるたびに希望のものに近づいて行くならば、何回目かに購入しようとなる可能性があります。 全体として見せた件数が少なくても、この見せ方の方が、「だめブツおんぱれーど」よりよっぽど営業上も効果がありますし、お客様のためにもなります。
  「3件案内説」もしくは、「決めブツ」と「比較ブツ」の案内は、「1件案内説」に「比較ブツ」「だめブツ」を合わせて案内するというものですが、私は、基本的には「1件案内説」でいいと思っており、ケースによって「比較ブツ」を見せてもいい、くらいに思っています。
  「だめブツおんぱれーど」というのは、それを勧める不動産屋の指導者なんてあんまりないと思いますが、何を考えているのかよくわからなりません。


【8】  「社長のクルマ」で案内してはいけない理由。
   千葉市中央区大森町のある分譲地に行く道を長○川のクルマで行った時、「狭い道だなあ」と私は感じたが見込客もまたそう感じたはずである。 感じなかったのは長○川だけである。 なぜ、「狭い道」と感じたかというと、実際に狭い道だったからということと、もうひとつは長○川のクルマがばかでかかったからである。 建築屋の従業員は車両持ち込みで仕事をするので、顧客を案内する場合を考えて自分のクルマを購入している。 それに対して、社長の長○川はそういうことをまったく考えないで自分のクルマを買っている。 長○川が乗っていたのは黒のベンツと黒のハリアーというオフロードカーだった。 建築屋の社長はベンツに乗ってはならないのだ。 ドケン屋というのはヤクザさんと間違えられてはならない立場であり、その為、ベンツ、特に黒のベンツには乗ってはならないのだが、それを長○川は乗っていたのだ。 1台は私用でのみ使ってもう1台は仕事で使えるクルマとするというならわからないこともない。 しかし、仕事で使えないベンツの他のもう1台は、ハリアーというバカでかい遊びクルマであり、これも仕事で使えるクルマではなかったのだ。 社長が一般従業員より高めのクルマに乗るのはいいだろう。 しかし、2台クルマを持って2台とも仕事に使えないクルマというのはどういうことだろうか。 それが建築屋の社長のやることだろうか。 そのハリアーで長○川はNさんを案内に連れて行ったらしい。 あれだけ大きなクルマで案内すれば、普通以上に道は狭く感じるだろう。 そういう案内を長○川はやったのである。 
   又、経路が2つ以上ある場合、どちらから案内しても同じかというと、そうでもない。 嘘をついてはいけないが、良く見える見せ方をしても悪くないはずだ。 狭い道とそうでもない道があった場合、たとえ遠回りでも「そうでもない道」の方から案内するべきだ。 その上で、「少し狭いですけれども、向こうにももうひとつ道があります」と言えば、狭い道の方がプラスアルファーになるのに対し、先に狭い道を通って案内してしまうと、「道路づけの悪い土地」とそこで印象が決まってしまう場合が少なくないようだ。  又、2経路あって両方とも狭い道という場合、狭い道でも長い道と短い道なら狭くて長い道はより狭く感じるということもある。 不動産屋でも建築屋でも自分が一線の営業として案内する経験を持てばこのようなことを学ぶと思うのだが、社長になっている人は学ばない。だから、長○川も自分の案内に不適切なところがあったとはまったく思っていなかったようだ。
   その前に、クルマを買う時に、建築屋・不動産屋の従業員は顧客を案内する時のことを考えて購入しているのであり、自分や家族が乗る時のことだけ考えて購入はしていないのだが、社長の場合は自分や家族が乗る時のことだけ考えている、という点で、「従業員の営業」と「社長の営業」との間には大きな違いがあると言える。
 

【9】  「寿司食いてえなあ」の営業と「どうせ、客が食うんだあ」の営業。 見込客が気づく「社長の営業」「社長の傲慢」。
   今は昔。1970年頃。テレビで花登筐の『銭の花』という小説を『細腕繁盛記』という題名で放送していた。 伊豆熱川の旅館の娘 正子が、兄嫁としてきた加代との間がうまくいかず、家をでて東京に行ったものの、米穀通帳も持たず、雇ってもらえる所がなかなかなかった。 ある寿司屋で「女嫌い」の親爺が、兄嫁とうまくいかずに家を出てきたと言った正子をかわいそうに思って店に置いて帳簿付けをさせるが、夕方、一般家庭での食事時間になっても誰も食事を取らない。 正子が「飯はまだかね」と言うと、「寿司屋は満腹で寿司を握ってもおいしい寿司はできない。 『寿司くいてえなあ』という気持で握るからおいしい寿司が握れるんだ。だから、寿司屋の食事時間は客が食べ終わった後だ」と店員が話すという場面があった。
※「細腕繁盛記」は
⇒《YouTube-細うで繁盛記 新珠三千代 》http://www.youtube.com/watch?v=zffvTTqOIpY
   なるほど、そうかあ〜あ・・・と思って飲食店の人を見ていると、たしかに、客が食べ終わった後の時間に食事をとっている人がありますが、店によっては先に取っている店もあるようです。 考え方として、「食いてえなあ」と思いながら接客するのがいいかどうかという問題もあるでしょうし、日頃から人より後なり前の時間に食事をとるようにしておくと、自分にとっては人より後か前が普通の食事時間になっていくのではないかと思います。
   それで。 たしかに、「寿司くいてえなあ」という気持で客に食事を提供する店もあるでしょうけれども、一方で、「どうせ、客が食うんだああ〜あ」という姿勢で食事を提供している店もあるように思うのです。 飲食店に勤めていた人でそう言う人もいるのです。 私は、スーパーやコンビニで売っているカット野菜というのは、野菜を切ってから保存のために農薬をかけているという話があり、(実際、普通に考えれば、切らないままの野菜と切った野菜なら同じように置いておくと切った野菜の方が早く痛んでおかしくないはずなのに、カット野菜の方が長持ちします。)健康のため、できるだけ、カット野菜は買わないようにして、カット野菜を買って食べるなら外食の方がいいと思って実行してきたのです。 しかし、居酒屋・飲食店のチェーン店を運営するチムニー(株)の建設部に勤めた時、チムニー(株)の副社長が「カット野菜を採用しようか検討している」と朝礼で話したことがあり、この人はカット野菜の農薬の問題を知らないで言っているのか、知った上でそれでも費用を下げることができるなら健康に良いと言えないものでも採用するのは企業の論理・資本の論理として否定できないとして言っているのかいずれだろうかと考えたということがありました。 企業としては費用を節約したいというのは当然ではあるのですが、飲食店として自分の店に食べに来てくれるお客様の健康を考えるという姿勢を否定してよいわけでもないと思います。 チムニー(株)〔店名としては「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」他〕はそういったことを考えていたかというと、考えていなかったでしょう。 「どうせ、客が食うんだあ〜あ」とまでは思っていなかったとしても、プレカット野菜というものは健康に良いものではないので費用を節約できたとしても使用するべきではないという認識はなかったようです。
〔 「はなの舞」船橋店の店長の女性が(株)チムニーの社内報に「皆さん、ノレソレて知っていますか。ウナギの稚魚なんですよ」などと書いていましたが、「ノレソレ」はウナギの稚魚ではなくアナゴの稚魚です。 ウナギに比べれば漁獲高が多いアナゴではあるけれども、稚魚のうちからノレソレとして獲ってしまうことで漁獲高の減少が言われ心配されているものです。(『築地魚河岸三代目』で学習しました)『築地魚河岸三代目』の作者はアナゴの稚魚をノレソレとして獲ってしまうということはアナゴ料理を愛する者としてはもっとのほかと描いていました。 (株)チムニーの「はなの舞」「花の舞」「炎」の店長さんというのはこの程度です。 副社長が「カット野菜」を使おうと言いだしたのも、おそらく、カット野菜が健康に悪いとかどうこうは最初から考えていなかった、というところでしょう。〕

    新華ハウジング(有)の長○川 が「だめブツおんぱれーど」の土地物件案内をしたのを知った時、私は、最初、これは「しろうとの案内」をしてしまっているな、と感じたのです。 私は、【上】 でも述べたように、若い頃、不動産物件は、ともかく、見せ渋らずに何でも見せてくれる方が良心的で親切だと思っていたのです。 建築会社に勤めたばかりの時も、そう思っていたのです。 小堀住研の千葉県松戸市の営業所(展示場)にいた時、松戸市内で現住居より広い土地を購入して建てたいという見込客の方があった時、同社の不動産部門・小堀住宅流通の担当者に話すと、「松戸市に売物件があるので、私、これから見に行くところです。よければ一緒に見に行きましょう」と言われ、一緒に見に行ったところ、相当高い崖の上で、住宅流通の担当者Sさんは「これはだめです。 無駄足を踏ませました。すいません。これはそのお客さんには紹介しないでください」と私に話すので、「買わないまでも、ともかく、紹介するだけ紹介してもいいということはありませんか」と言ったところ、「いや、やめてください。これは紹介すると嫌われます。紹介しないでください」とSさんは言ったのでした。 「建築の営業」はかけだしで「不動産の営業」はしろうとだったその時の私は、そこを買うかどうかは客が決めることで、紹介するだけでも、こういうものもありますよと教えてあげる方が親切ではないか、くらいいに思ったのですが、「不動産の営業」を仕事としているSさんはそうではなく、決まらないまでも紹介してよい物件とその人には紹介しない方がいい物件ということを考えていたようです。 私は、建築屋として、その後、「不動産の営業」の人から見れば、ばかげていると思われたかもしれない物件案内をして、土地さえあれば契約するのだがという人に土地を紹介してなかなか決めてもらえないという経験をしました。 その後、不動産の東海住宅に勤めてみて、「不動産の営業」を知って、そして、建築屋にいた時にやっていた案内は、あれでは決まらないわな・・と思うようになったのです。 新華ハウジング(有)の社長 長○川の「だめブツおんぱれーど」案内を見て、長○川がやったことは「しろうとの案内」であり、「ともかく見せる」という「建築屋の営業」が土地があれば建てたいという見込客のために土地を決めようとして「不動産はしろうと」が「不動産屋もどき」のことをやってうまくいかないのと同じこと をやったと思ったのです。 そういう面もあったでしょう。
    しかし、それだけではないと気づいたのです。 私が小堀住研で入社第1棟の契約をいただいた方からは、「○○くんも、うちの家なんかを参考にして、そのうち、自分に豪邸建ててくれなあ」と言っていただいたことがあります。 そして、実際、「寿司くいてえなあ」のように、自分だったらこうするが・・・とか思いながら、自分も家を建てたいなあ・・と思いながら仕事をしてきたし、自分が担当した家というのは自分の分身のようなものです。
   ところが、長○川さんはそうではない、ということに気づいたのです。 「いいじゃん、いいじゃん。 ものすごく、いいじゃん。買おうよ。ものすごくいいじゃん。」というようなことを長○川さんは言うのです。 だめ物件を。 それなら、長○川さんは買うのか、「ものすごくいいじゃん」と自分が言う物件を買うか? というと買わないのです。なぜ、買わないかというと、「私は社長ですよ、社長がそんなもの、なんで買わなきゃならないの! 」という意識なのです。 それなら、なぜ、自分が買わない買う気にならないようなものを人に勧めるのかというと、「自分は社長だから買わないけれども、『従業員』ならば買えばいいじゃん、なんで買わないのよ」という意識らしいのです。 従業員はカス物件でも買えばいいじゃん、社長は買わないけど・・という意識なのです。 そういう根性してるんだ、と気づきました。 「寿司くいてえなあ」「自分もこんな家を建てたいなあ、住みたいなあ」の営業とは逆なんです。「社長の営業」というのは。
   その意識は見込客に見抜かれているかどうかというと、何とも言えませんが、人によっては見抜くと思いますね。 私は感じ取りましたから、感じ取る人もいるはずです。
   中には、「いいじゃん、ものすごくいいじゃん。買えばいいじゃん。どうして買わないの。ものすごくいいじゃん。」等と言われれば、雰囲気・勢いで一瞬、いいのかな?と思ってしまう人もいるかもしれませんが、長い目で見るならば、そういうものは営業上もいいとはいえないと私は思います。 自分がいいと思っていないもの、自分なら買わないと思うものをひとに買わそうとする男。 そういう人間からはその物件だけでなく、何であれ買いたくない。 私ならそう思います。
   自分がいいと思わないもの、自分が相手の立場なら買わないと思うものを、自分は「社長」だから買わないけれども、「従業員」は買えばいいじゃないか、という意識。私は、こういう意識の人からはモノを買いたくないし、この意識は営業にとってよくないと思います。 細部の技術的なものは学んで身につけることができるでしょうけれども、この意識をいったん身につけてしまった人に、その意識を捨てさせるというのは、そう簡単なことではないように思います。

   O竹のいとこのNさんは、大東建設の四街道市の別の建売分譲を買われました。 残念ですが、新華ハウジングの建物よりも大東建設の建物の方がまともですから、御本人のためだったかもしれません。 長谷川は「ほとんどうちで決まりかけている」ものを私がつぶしたと思いたいようですが、「ほとんど」どころか、私が引き継いだ時点では、ろくに話もできない状態でした。 東金市で新華ハウジングが建てていた「モデルハウス」の見学会には来場されたのですが、[第232回]《住宅建築業界 職歴詐称を見破る方法(3)構造現場説明ができない男。構造現場見学会の趣旨がわからない男 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_14.html で述べたように、私が自分のクルマのところに荷物を取りに行っている間に、構造見学会に来場されたNさんに、かじ○が図面を渡してしまったりということもありましたし、長○川があまりにも何件も土地を紹介しすぎているのでまずそれを整理しないといけないと私が考えていたのに、かじ○ が自分が担当でもないのに横から「◇◇を見に行かれたら」とさらに他の物件を見に行くことを勧めてしまったということもありますが、その時点でも、構造を学びに来られたのではなく、「モデルハウス」ではなく「建売物件」のひとつとして、ともかく、一応、「建売物件」があるらしいから見るだけ見ようという気持で来られたようで、それが特にいいものでなければ、長くつきあってきた大東建設の営業から大東建設の建売分譲を買った方がいいという意識であったようです。 東金市に来場された時、「四街道は?」と言われたので、JR四街道駅の周囲は昔からの細かい家が多く、駅から少し離れた所でないと整形の区画がいい所はなかなかないので、そのあたりなどを話したのですが、四街道駅のすぐ近くではなくある程度離れた場所で大東建設が建売分譲をやっていて、その時点でそれを検討されていたようで、それを購入されたようです。
   私が引き継いだ後、N様は、なんとか連絡を取ろうとしても連絡が取れず、話をしようとしてもつっぱねる態度が続いたのは、その時点で、大東建設の四街道の分譲地が候補としてあり、新華ハウジングは「だめブツおんぱれーど」だけで愛想を尽かされたのかどうかはわからないが、あまり重要視されていなかったようです。 私なら、営業の仕事をしてきた者として、営業さんには自分が思っていることをきっちりと話してあげた方がいいと考えますし、Nさんのような自分が関心があれば電話するが関心がなければ相手が何度も電話したりEメールを送ったりしても無視するという態度は取りませんしそのような態度は社会人として好ましい態度とは言えないと考えますし、親戚の者が勤めている会社の人間に関心があれば連絡するが関心がなければどんなに電話されてもEメールをもらっても無視するというような態度を取ったのではその会社における親戚の者の立場をつぶす危険があると心配しますが、Nさんは営業などしてきた人ではなく、自分が関心があれば電話にもでるが関心がなければ電話にもでないという人で、親戚の者が勤めている会社の人間に自分が関心があれば連絡するが関心がなければいくら電話されてもEメールを送られても無視するという態度を取ったのでは親戚の者の立場が悪くならないかといった心配はしない人でした。 いとこのO竹が送ったEメールにも返信しなかったのも、新華ハウジングは特に相手にしたいと思わなかったからです。 そういう人を「うちでほとんど決まりかけている」と大きな声で言っていた長○川はおめでたいと言わざるをえませんが、それが「社長の営業」なのかもしれません。 「社長」にもいろいろあるのでしょうけれども・・・。
   

【10】  不動産物件はいつまでもあるわけではない。 不動産物件はいつかは売れると決まっていない。
  ≪「建物は、この間取りがいい、このデザインがいいと思ったものを、他の人が建てたとしても、自分も同じ間取り、同じデザインで建てることはできる」が、「不動産は、自分がこの土地がいいと思っても、他の人もその土地がいいと思う可能性があり、他の人が自分より先にその土地を買いたいと意志表示をすると、自分もその土地を買うことはできない。」 だから、いいと思う土地があれば、ともかく、人よりさきに「つばつけておく」行為(買いつけ申込書を書く)をしないといけない。≫というのは、わかっている人間にはあたりまえのことですが、わかっていない人には、少々話したくらいでは理解してもらえません。
   不動産物件というのは、「売れない物件」はいつまでも残っていますが、「売れる物件」は、分譲されてまだそれほど経ってないと思っても、すぐに決まってなくなります。 長○川がNさんに案内した「だめブツおんぱれーど」の中で、Nさんは、「途中の道が狭い」と感じたこともあって気にいらなかったらしいが、一般には検討対象として悪くないであろうものが2つあったのですが、半年以上もしてから、長○川が、「○○の物件があったんじゃない。あれ、どうよ」と他の方に勧めてはどうかと言いだしたので、時代錯誤というのか何と言いましょうか。 そんなものとうの昔に決まってありまへんわ・・・とあきれたことがありました。 彼は、建てている建物の質が悪いので、不動産とからめればいいと思って「不動産屋もどき」になろうとし、又、宅健業者の登録もしていないのに宅健業者のようなことをやろうとグレーゾーンをやりたがるのですが、一方で不動産屋の経験がないので、「感覚としては鎌倉時代か平安時代の物件」みたいなものが今もあると思っていたりするようでした。 「社長の営業」はそんなだからだめなんです。 自分でやってみれば、「平安時代か鎌倉時代の物件は今はないのが普通」ということがわかるはずですが、「私は社長ですから従業員みたいに働いたりはしませんよ」と言い、従業員が働いている時に「家族の笑顔って最高です」と嫁と子供と一緒にハワイにバカンスに行く人には、「『平安時代の物件』を売ろうとしてもありません」ということをわからせようとしても簡単ではないようです。

☆ 《「社長の営業」ではなぜ不動産案内はだめか》は三部作として作成しました。
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_7.html
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_10.html
 とともに御覧くださいませ。
   (2014.3.15.) 


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