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zoom RSS 「社長の営業」ではなぜ不動産案内はだめか【中】「社長の不動産案内」がなぜだめなのか、の具体例(前)

<<   作成日時 : 2014/03/15 15:10   >>

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[第248回]会社と営業の話(57)‐2
[5] 「社長の営業」では不動産案内は成功しない具体例
   千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング有限会社(建設業)・ジャムズグローバルスクエア株式会社(不明業)の社長・長○川 S二 の妻 ◇華 の中学校の時からの親友だということで、それまでに経理の経験が豊富にあるわけでもなく会計系の大学学部を卒業しているわけでもなく会計関係の資格を持っているわけでもないのに他の従業員よりも高いその仕事の事務員の相場よりもずっと高い給料で事務員として勤務していたO竹加◇子(40代前半) のいとこのN様夫婦(20代)が戸建住宅を取得しようとして、大東建託の系列会社 大東建設の建売分譲(http://www.d10.co.jp/ )などを検討されていた。 新華ハウジング(有)の社長 長○川 S二は、長○川がNさんに「『家というものは建売を買うものではないですよ。 土地を買った上で、住宅についてのセミナーに出て学習したりした上で、建物は建築の会社で別に建てるものですよ』と説得して、大東建設の建売分譲を買おうとしてほとんど決まりかけていたのを大逆転で辞めさせた。」と言い、そして、「大東建設はそれで切れた。もうほとんどうちで決まりかけている。」と話していた。
   はたして、そんなことがあるだろうか。
【1】 土地を取得できていない人について、「ほとんど決まりかけている」などということがありうるか。
   住宅でも、「建築の住宅の営業」と「不動産の住宅の営業」とは同じではない。 新華ハウジングの長○川 が自分の会社を建築屋と認識しているのか不動産屋と認識しているのか明確でない。 「不動産の住宅の営業」で、この土地を買おうというものが具体的になっていないのに「ほとんど決まりかけている」などと大きな顔をして口にしていたのではお笑いである。 
   「建築の住宅の営業」の場合、その会社とその会社が建てている建物の内容について十分に理解して納得していただき、営業担当者についても評価いただけたならば、ここに建てようという土地を持っている方の場合には、「ほとんど決まりかけている」とまでいかないとしても「相当有望」ということはある。
   さらに、「建築の住宅の営業」で、その土地に建てるプランを作成して納得していただき、そのプランについての見積も提出して見積についても納得していただいたなら、「ほとんど決まりかけている」状態と言っていいかもしれない。
   その状態になったなら、さっさと契約書に署名捺印していただくべきだが、その状態になりながら契約書にサインしていただけないならば、何か理由があるということだろう。 その状態で契約書にサインしていただけないのなら、「ほとんど決まりかけている」のではなく「何か契約できない理由がある」と考えるべきだろう。営業はその「何か」が何なのか考えるべきで、それを考えずに「ほとんど決まりかけている」などと考えるべきではない 
と思う。
   「不動産の住宅の営業」の場合、その見込客が求めている土地について、紹介したもので、ここを買おうというものがはっきりと出て、そして、「買いつけ」申込書を書いてもらい、ローンの審査も通った、そして、「手付金」を入れてもらった。 「手付放棄」での解約はまずないだろう、売主が「倍返し」で売却を断ることもまずないだろう・・・という場合に「ほとんど決まりかけている」ということはあると思う。 「買いつけ」申込書を書いてもらったという段階で、ローンの審査はすんでいないが大丈夫だろう、手付け金も入れてもらえるだろう・・という見通しがある場合でも「ほとんど決まりかけている」などと言ったのでは認識が甘いと思うが、「相当有望」と言うなら言えるだろう。
   しかし、「不動産の住宅の営業」で、この土地を買おうという具体的な土地がないのに、「ほとんど決まりかけている」などと口にするのはお笑いである。
 長○川がなにゆえ、そのような異常な発言をするかというと、認識が甘すぎるのであるが、なぜ認識が甘すぎるかというと、その仕事の内容がわかっていないからであり、経験がないからであり、そして、「私は社長ですから従業員みたいに働いたりはしませんよ。」と言い、「働いてばっかりしてもしかたがないから」と従業員が働いている最中に嫁と子供とハワイにバカンスに言ってばかりで日本にいる時も会社に出社する日数よりも右翼団体の倫理研究所に行く日数の方が多いという人間で、自分自身が動いて働いて経験しようという姿勢がないからだ。
   今は昔。 1979年、NHKのテレビドラマで花登筐の『鮎のうた』が放送されていた。 店の経営が苦しくなってきた大阪 船場の糸問屋 糸原の3代目、原田三之介が業績が上がって来ている八田商事の娘を妻とするが、八田商事から支配人まで連れてきてしまう。 三之介は八田から来た支配人から言われて営業成績のグラフを1日かけて作るが、ごりょんさん(三之介の母)は「そこに三之介という名前が不足してるのと違いますか。 たとえ一番ちびっとしか売れんかった者にしても、この暑い中1日歩き回って売りに行ってきたんやないか。 そのちびっとの契約をいただくためにいったいどれだけ大変な苦労したと思ってますのや。1日中、家中で小学校の子の宿題みたいなグラフを作ってだけの男に罵られて、いったい誰がやる気だしますのや。社長なら、まず自分で売ってみなはれ。誰よりも多く売ってみなはれ」と言い、そして、三之介も翌日から売りにでる。 しかし、それまでに売りにでたことなどない男が突然売りにでかけたとしても成果はでない。夕方になって八田商事の前を通りかかると、「若旦さん、お寄りください」と言われ、寄ると「若旦那の御契約」というものが用意されていた。そして、その契約を糸原に持ち帰ると「おっ、さすがは若旦那」ということになり、「どんなもんじゃい」ということになったが、ごりょんさんは「あの子は本当に自分の力で売ったんか。 それまで営業やったことのない者がいきなり出かけて売れるほど甘いものと違うはずや。」と言う。 翌朝、八田商事から来た嫁は「あんさん。きょうも帰りに八田商事に寄っておくれやす。あんさんの契約はきっちりと用意しときますから」と言う。それを聞いて三之介は、自分が取ったと思っていた契約は実は用意されていたものだと知り、「わてはほんまのバカ旦那やった」と知り、そして、もう二度と売りに出かけるのをやめてしまった・・という話があった。
※『鮎のうた』について
《NHKアーカイブス 連続テレビ小説 鮎のうた》 http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010240_00000
《YouTube-わたしの旅立ち jajanami》http://www.youtube.com/watch?v=yAN8nyFMFec
    「建築の住宅の営業」なら会社・商品・営業担当者に対する評価が相当に高ければ、具体的にどういうプランで建てようというものがまだ出ていなくても「相当に有望」ということはあるが、「不動産の住宅の営業」はその不動産屋と営業担当者に対する評価がどんなに高くても買おうという具体的な土地がなければ契約にならないし、その不動産屋と営業担当者よりも評価が低い不動産屋と営業担当者でも見込客が買いたいと思うモノを提出できるならば決まる可能性は十分にある。 もしも会社の評価・営業担当者の評価が高くても買いたいと思える物件を提出できなければ「不動産の営業」は決まらない。会社の評価・営業担当者の評価が低めでも買いたいと思えるものを提出できれば話は決まる。このことを「建築の営業と違って不動産の営業は人ではなくモノで決まる」と言われる。  「不動産の営業」は「建築の営業」をしてきた者から少々バカにされているところがあり、それは、身だしなみとか礼儀作法とかいった部分が「不動産の営業」は「建築の営業」に比べて格下である点であるが、だからといって「不動産の営業」の仕事は何も苦労しなくてもできるというわけではない。ある程度以上の規模の会社で全国トップとかの成績を残したというようなそこまでのものでなくても、「不動産の住宅の営業」の経験が多少なりともある者なら、買おうという土地が具体的にあるわけでもない段階で「ほとんど決まりかけている」などと口にすることはまずないはずだ。


【2】 1カ月以上、放置している人が「ほとんど決まりかけている」などということがありうるか。
   長○川は事務員O竹加◇子のいとこだというNさんに「だめブツおんぱれーど」の物件案内をやった後、営業のS井に長○川が言うところの「ほとんど決まりかけている」という見込客を引き継がせ、そして、S井はそのままにしていたらしい。 それを私にさらに引き継がせようとしたのだが、物件案内に見込客を連れて行ったならば、見に行ってどうだったかという結果をそれほどおかずに問わなければならない。 それをそのまま放置したならば、もしも、たとえ、「ほとんど決まりかけている」に準ずるような状態であったとしても、1カ月も経てば、「ほとんど決まりかけている」状態ではなくなるはずだ。
   「『チャンスの女神は頭の後ろ半分がハゲだ』と言われている」という話がある。 私が誰から聞いたかというと、[第246回]《露天神社(お初天神)【下】北門・ゆかり・大阪駅・マルビル。セクシュアルハラスメントを曲解する富士銀行》http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_6.html で述べた小堀住研の千葉支店の痴漢支店長Wから聞いたのだ。 小堀住研に富士銀行から出向できていたM田は痴漢支店長のWを持ちあげたいと思って締日前で忙しくて死にそうな状態の千葉支店従業員を特に松戸・柏といった常磐線沿線営業所の人間にとっては総武線の千葉駅前にある千葉支店まで行くのは時間もかかり大変であるにもかかわらず、前日夜に突然、労働基準法破りの朝1時間の早出残業無賃労働の上で千葉支店に集合と言って負担をかけて来させた上で、「千葉支店の業績はすべて渡邊支店長のおかげです」と努力し苦労し負担を払ってきた千葉支店従業員をバカにして侮辱する発言をおこない、私が「渡邊支店長のどういうところがいいと思われるのですか」と言っても結局答えることができなかった、ということがあった。 小堀住研の入社直後の研修で「お世辞とおべっかの違い」という話があった。お客様の家に行って、「いいと思うものがあれば素直にほめる」「実際にいいものをほめるのは卑しいことでもないし、ほめられると誰しもうれしいものだ」と言われたのだ。それが「お世辞」で、「おべっか」とは心にもないこと、実際にそうでないことを口にすることで、これは言っても効果は少ないとも言われた。 言葉の定義付けは人により異なるだろうけれども、本当のこと・実際に思ったことをほめるというのは、お客さま宅でいい置物をおいておられた、いいポスターを貼っておられた、庭にきれいな花が咲いていた、という場合に、「これいいですね」「きれいですね」と思ったことを思ったままに口にするということで、私も営業の仕事をして自然とそれをやってきた。 それに対して思ってもいないことを口にする人間というのもいる。 賃貸の不動産屋のエイブルの千葉支店にいたK倉という男は、相手が客であれ従業員であれ、何かと「おっ、さすが、さすが。 さすがさすがさすがァ。さすがですねえ、さすが。さすがさすがさすがさすがあ〜あ!」と叫ぶくせがあった。 海浜幕張の店にいた時、千葉工大に息子が入学したという母と息子が来店し、息子が千葉工大に入って独り暮らしをしたいというからアパートを借りたいと母親が話した時、その時に来ていたK倉が「おっ、千葉工大。さすがさすがさすがあ〜あっ」と言いだし、店長になっていたOが後で「東大にでも通ったというなら『さすが』というのもわからないことはないけれども、千葉工大なんかに入った人間に『さすが、さすがさすがさすがぁ』とか叫ばれてもなんだかなあ」と私に言ったのだが、千葉工大 程度の学校でも自分が大学を出ていない親としては自慢の息子らしく、その母はその時は言われて喜んでいたようだが、後でバカにされたのではないかと気づく可能性があると私は感じた。 昔、西川きょし と横山やすし の漫才で、西川きよしが「あんたえらい、あんたえらい、あんたえらい。 あんた天皇陛下、あんた天皇陛下、あんた天皇陛下。あんたえらいあんたえらいあんたえらい。えらいえらいえらいえら〜い」と言い、横山やすしが「なんやねん。それはあ。やめ。それえ。」と答えるというギャグをやっていたことがあった。 それと変わらない。 私ならそんなことは言わない。 千葉工大ではなく、たとえ、東大でも「さすがさすがさすがあ〜あっ」などと、実質、人をバカにした文句など口にすることはしない。それは下品であり、相手を尊重して相手のいいところをほめているのではなく、バカにしているのである。 小堀の研修で言われた「お世辞とおべっかの違い」で言えば卑しい「おべっか」の方に該当する。 富士銀行(現・みずほ銀行)から出向できていたM田が痴漢支店長のWを持ち上げようとして「千葉支店の業績はすべてW邊支店長のおかげです」と千葉支店従業員を愚弄する発言をおこなった時、Wのどこが優れているのか答えることができなかったのは、M田が小堀の研修での分類で実際にそうであるもの実際にそう思ったものを口にしてほめる「お世辞」ではなく、小堀の研修では卑しい行為でありやるべきではなく効果もないと教えていた心でそう思っていないものを賞賛する「おべっか」をおこなっていたからだ。 私なら、もしも、Wをほめようと思ったならば、たとえば、「『チャンスの女神は頭の後ろ半分がハゲだ』というたとえなどはもっともなことを言っていると思う」といったことを言います。 これなら、「どういうところを優秀と思われるのですか」ときかれれば、「こういうところです」と即座に答えることができます。私ならどういうところを優秀だと言うかという考えもなしに「千葉支店のいいところはすべてW邊支店長のおかげです」などとは言いません。言う時には「どういうところが」というものとともに言います。 「なぜ、いいのか」という「なぜ」を言うというのは営業の基本でもあります。銀行とのコネクションからなっているとはいえ「東部営業本部長」になっている人が「営業の基本」を理解していないとは夢にも思わなかったのだが、夢にも思わないことをする人が銀行とのコネクションから「東部営業本部長」になっていた、ということだ。
  元・外務省の佐藤優氏がモデルの『憂国のラスプーチン』という漫画(小学館)に登場する外務省の西郷さんという実在の人物が、有能でやる気がある人間、有能だがやる気のない人間、無能のくせにやる気がある人間、無能でやる気がない人間の4つのうち、どれが職場に一番害があるかと言い、答えは「無能のくせにやる気がある人間」だと述べる場面があった。 無能の人間は何もしないでくれればいいのだが、無能のくせにでしゃばりたがる結果、周囲が迷惑するというのだ。 小堀住研には銀行から出向できている従業員が何人かおり、それらの人は本来のその人の能力よりも高めの役職につかせてもらっていた。 それらの人は住宅については経験もなければ能力もない人だった。 銀行とのコネクションとしてそこに来ているのであって、住宅についての能力はないのだから、住宅建築業についてはやる気をださずに会社に来たなら1日コーヒーでも飲みながら小説でも読むかテレビで水戸黄門の再放送でも見て時間を過ごして帰宅してくれればいいのだが(⇒《YouTube-水戸黄門OP曲の歴史、初代(里見助&横内格)》http://www.youtube.com/watch?v=l414wGtBeyw )、やる気を出してしまう人がいるらしい。 その結果、締日前で死ぬような忙しさの千葉支店従業員に、前日夜突然に召集をかけて集めた上で、小堀の研修でやるべきではないと教えている「心にもないおべっか」を聞かせて、まさか理由もなくほめることはないだろうと思って「どういうところをいいと思われたのですか」と質問されて答えられないという醜態を演じることになったのだ。 M田は私に恥かかされたと思ったかもしれないがそうではなく、M田については千葉支店だけでなく東京支店でも「本部長(M田)、頭ぼけてる」とバカにする発言をする従業員が複数あり、増田の状態は一般従業員に見抜かれていたのである。営業経験者なら、ほめる場合は「なぜ」という理由とともにほめるのであり、「なぜ、いいのか」「どういうところがいいのか」と質問されれば、うれしいはずだ。 「なぜ」を用意せずに「千葉支店の業績はすべてW邊支店長のおかげ」などと言いだす者が「まず営業として」間違っているのだ。 私に質問されたおかげで恥をかかされたと思ったのなら筋違いであり逆恨みである。心理学者なら「外罰的性格」と「診断」することも可能性としてありうるだろう。
   それで、「チャンスの女神は頭の後ろ半分がハゲだ」というのは言い得て妙の言葉ではあるけれども、Wも自分で考え出したのではなく、どこかで誰かに聞いたかどこかで読んだかの話だろうし、ある程度営業の経験をした者にとってはそれほど特別のことでもないが、しかし、わかってない者には適切な表現であろう。 「チャンスの女神は頭の後ろ半分がハゲ」。 こちらに向ってくる時は少々遠くてもつかめるが、いったん目の前を通り過ぎたならば、近そうに思えてもつかむのは難しい。 もしも、長○川がやった「しろうと」丸出しの「だめブツおんぱれーど」の物件案内が効果があって「ほとんど決まりかけている」状態になったとしても、それからしばらく何の対応もせずに放置した以上は、その時点ではもう「ほとんど決まりかけている」状態ではなくなっていると考えるべきだ。

【3】 「土地+建物」を取得しようとしていた人が、ある物件の購入をとりやめたからといって、その物件を進めていた分譲業者との間が「切った」「切れた」ということがありうるか。
 建売分譲を買おうとした人がその思考形式を簡単に変えるだろうか。特に、建物について特色があるわけでもない、普段、建売の下請けをやっている工務店が、建設する土地も決まっていないのに「ほとんどうちで決まりかけている」などということがありうるか。

   新華ハウジングの長○川 はO竹のいとこNさん夫婦が大東建設の建売分譲を買おうかとしていたのを長○川が説得してやめさせて、大東建設は「完全に切った」と言うのだったが、はたして、それまで建売分譲を買おうかとしていた人がある建売分譲物件を買うのをやめたからといって完全に切れるだろうか?
   業者の側からいえば、勧めたある物件を買うのを断られたとしても、その人が「土地+建物」を買おうという計画があり、そして、買う予算がある人である限り、基本的にはまず離れることはない。簡単に離してたまるか、というところであるはずだ。 その担当営業が何らかの事情でその見込客から嫌われてしまったというならば他の営業が担当すればいいだけのことだ。 人間は相性というものもあるから、営業担当者同士で、どうもこの人と合わないということがあれば見込客を交換するということをして悪くないし、私も過去にやったことがある。
   その見込客の側からすれば、買おうか検討した建売分譲物件を買うのをやめたとしても、「土地+建物」を取得しようと考えている以上、特にその業者が信頼おけないと思えるところがあったというのでない限り、建売分譲をしている業者を「切る」ことは一般にない。
   長○川は「『家というものは、建売を買うものではなく、土地を買った上で、建物は、住宅のセミナーなどに参加して研究した上で、建物だけ建てる会社で建てるものですよ』と説得して考えを変えさせた」というのだが、簡単に考えを変えるだろうか。 私の経験で言えば、在来木造の一条工務店に在籍した時、土地を買って建てたいという夫婦に一条の工場見学会に参加していただき説明を聞いてもらった後、建築条件付き土地を紹介する不動産屋があってその建築条件の工務店の建物を見に行ったらがっかりした、という方があった。 やっぱり、一条さんなどで建てないとあんな所では、と思った、と言われたのだ。 又、今の住居を売って土地を買い、新たに買った土地に今よりも広い家を建てたいという方に工場見学会に行ってもらい説明を聞いてもらった方があったが、その方も建築条件付き土地を不動産屋から勧められたといい、そして、紹介した不動産屋が「あそこだって決して悪くないですよ」と言ったので見に行ったら、一条の建物とは大きな差があって、「悪くない」なんてとんでもない建物だった、と言われた方があった。 しかし、土地を買って建物も建てようというのは簡単なことではなく、最初の方の方は「土地付き建物」ではなく「建物付きの土地」を買って息子の代にでも納得いくものに建替えることができればいい、という考えになってしまった。 後の方の方は、長く追客させてもらったが結局、決まらないまま私が転勤して他の場所に移ることになった。 土地がない方に私が土地を探して土地の契約もしてもらった上で建物の契約もしてもらったという方が一条にいた時に2軒ある。 その2件は、年収があり予算が出せる方で、そして、その方が望まれる建築条件のない土地をなんとか見つけることができたことから前に進んだが、相当大変だった。 ここで引用したうまくいかなかった2件にしてもうまくいった2件にしても、ともかく、一条で建てたいとは思ってもらえて、そして、一条で建てるための土地を探したいと思ってもらえたのだが、それは、一条が、(1)請負の会社であり、建売で建てている会社よりも特に構造において品質がある会社だったから、(2)構造に特色があり、ある客層に対しては相当に強い、という会社だったからだ。
    それに対して、新華ハウジング有限会社はどういう会社かというと、大東建託などの下請けの木工事をやってきた会社である。 大東建設は大東建託の工事会社である。大東建託は「託してみたら」というテレビコマーシャルをやっているアパートなどの経営を土地持ちに勧めて建てさせて運営する会社で、建築会社というより資産運営の会社というイメージで、建物の質はそれほどよくないのではないかと私は思っていたのだが、新華ハウジングで大東建託の工事担当者と関わったり大東建託の工程会議に出席したりしてみると、そうでもなく、大東建託は工事についてはけっこうきっちりとしているという印象を受けた。 それに対して、新華ハウジングはどうかというと、それまで下請けしかやってきていない会社で、元請けに工事管理者がいるという前提で工事をやってきた会社であり、自社に工事管理をする能力のない会社である。 私が「柱は何を使いますか」と言っても、自称「工事責任者」U草は「契約してもらえば決めます」などと言い、私が「それでは売れない。 基本的なところはあらかじめ決めておかないと。そうでないとアピールのしようもない。」と言っても「契約してもらえば決めますから、契約してもらえばいいですよ」と言う。 工事現場に行くと仮設トイレも仮設水道もなく、職人はペットボトルに近隣の公園の水道から水を汲んできて使い、付近の空き地や道で立ち小便をしている状態だった。「仮設水道もでていない、仮設トイレもない、というのは営業上も見た目が良くない」と私が指摘しても、「すぐだします」「すぐ設置します」と言って断固として絶対に設置しない会社である。  工事内容も、[第145回]《営業の禁句「そのうち(契約)取ります」他。 それ言ったら「私はアホです」と言ってるのと変わりません。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201211/article_5.html の【7】で公開した写真、[第231回]《住宅建築業界 職歴詐称を見破る方法(2)筋交いの向きがわからない者・自分の工事現場を見に行かない者 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_13.html で公開した写真のような不良工事・不良施工をおこなっている会社であり、かつ、[第231回]で述べたように、それを指摘しても、それでも、自称「工事責任者」が「プレカット工場がこれでいいと言ってますから、大丈夫ですよ」だの「もし、気になるようなら、プレカット工場の電話番号を教えますから、ききたかったら、きいてもかまいませんよ。」だのと言ってしらばっくれる会社である。 東金市日吉台で施工していた建物は高基礎・べた基礎の下に空洞が空いていたが、それ以前に基礎判定が不適切である。盛った部分が何mかあるのに高基礎とべた基礎でいいというのは適切ではないだろう。QCB杭を入れてその上にべた基礎をのせるべきだ。 QCB杭まで入れる費用をかけたくないならば、せめて、「高基礎+べた基礎」ではなく、「擁壁とべた基礎」にして、擁壁とべた基礎との縁を切るようにした方がいいのではないかと私は思う。その方がまだいいと思う。 営業の かじ○ の知り合いで1級建築士の資格を持っている人で地盤調査屋を開業した人に「判定」を出させたというのだが、十分に判定を出せるだけの勉強をしたかどうか疑問を感じる。 新華ハウジングはそういう会社である。 大東建託・大東建設より施工内容は間違いなく落ちる。 普段、請負で建てている会社でも問題がまったくないわけではないが、一般に建売で建てている会社と請負で建てている会社なら、請負で建てている会社の方が施工内容は上である場合が多い。 だから、家は建売を買ったり建築条件付き土地を買ってその建築条件の工務店で建てるのではなく、土地だけ買って請負で建てている会社で建てた方がいいですよ、 というのは一理ある。 その費用を出せるならばその方が一般にはいい家ができる可能性が高いだろう。 しかし、比較的品質の良い建売を買う、比較的品質の良い建築会社の建築条件が付いた土地を買って建築条件のある会社で建てるのではなく、建売屋の下請け工務店で建てた方がいいですよ、という主張は論理が弱い。 もしも、営業担当者が施主と密な人間関係を構築することができたとして、「○○さんと一緒に家を建てたいという気持もないわけではないのですが、申し訳ないけれども・・・」ということになる可能性がある。 建売の下請けをやってきたそのくらいの実力しかない工務店が、自社より施工レベルが上の建売分譲会社を「切った」ということがありうるか。 「切る」ことができるか? 長○川は「切った」と言うのだったが、私は相当疑問を感じた。 そして、Nさんに会って話を聞いてみると、長○川が言ったこととは話が違った。「『家というものは、建売を買うものではなく、土地を買った上で、建物は、住宅のセミナーなどに参加して研究した上で、建物だけ建てる会社で建てるものですよ』と説得」されて「考えを変え」たなどとはNさんはまったく言わなかった。そうではなく、「買おうと検討した物件は、道路づけが良くなかったのでクルマで出入りする時に運転しにくいと思ったのでやめた」ということだった。 だから、購入を検討した販売会社・大東建設の建売分譲が悪いとは思っていなかったし、当然、大東建設の営業とも切れていなかった。
   私が「建築の住宅の営業」「不動産の住宅の営業」の仕事を経験して思ったものだが、土地を買って請負の会社で建物を建てるか、建売を買うか、建築条件付き土地を買って建築条件のついている会社で建てるか、戸建にするかマンションにするか、見込客が持っているその構想は、建築会社・不動産会社の営業が変えさせようとしても、それはそう簡単ではないように思うのだ。
(1) 建売分譲を買おうという思考の人は、それ以外も検討に入れたとしても、建売分譲を買おうというその思考は思考形式として残る場合が多いと思うのだ。 そして、Nさんもそうだった。
(2) 普段、請負で建てている会社で、在来木造の一条工務店のような特定の客層には相当に強いというタイプの会社なら、建売と一条との間にはある程度の差があるので、土地を買って一条で建てようという気持になってもらえたならば、「建売を買う」という選択との間には谷も川も山もあると思うが、建売の下請け会社の新華ハウジングでは、建売を買うのと土地を買って新華ハウジングで建てるのとの差はあまりないので、たとえ、土地を買って新華ハウジングで建てようという気持になることがあっても、建売との間には谷もなければ川もない山もないのであり、簡単に建売に戻ってしまうと思われるのだ。
だから、「考えを変えさせた」という長○川の発言には疑問を感じたが、実際、考えは変わっていなかった。 長○川が勝手に思っているだけだった。


【4】 その人がどこに勤めていて、どういう希望を持っているかといったことを十分に聞き出せていないにもかかわらず、「ほとんどうちに決まりかけている」などということがありうるか。
   長○川は、「だめブツオンパレード」の不動産物件案内をNさんにおこなったのだが、よくついて行ってくれたな、よくつきあったな・・という感じがしたし、そんな物件案内をしたのでは、それが原因でつぶれる可能性もあると思うのだが、長○川は「ほとんど決まりかけている」というのだ。 それで、その案内したどこに「ほとんど決まりかけている」のかというと、案内した中には気にいったものはないというのだ。 それで、なにゆえ、「ほとんど決まりかけている」のか? 
   そして、それだけ、物件案内をするのなら、どこに勤めていてどういう趣味がある人でどういう考えを持っていて・・・といったことを聞き出せていてよさそうであるが、長○川は何も聞きだしていない、聞き出せていなかった。 それで、「ほとのど決まりかけている」ということがありうるか?
   一般には、その人がどこに勤めていてどういう役職にあるか、どういう職種についているか、どういう経歴の人か、どういう趣味がある人か・・等等を聞き出せていないならば、それで「ほとんど決まりかけている」ということはないし、「ほとんど決まりかけている」とは言わない。

【5】  電話されては困る、訪問されては困る、手紙を出されては困る・・・・というそういう見込客が「ほとんどうちで決まりかけている」ということがありうるか。 「ほとんどうちで決まりかけている」という見込客が、電話されては困る、訪問されては困る、手紙を出されては困る・・ということがありうるか。
   Nさんは、社長長○川 S二の妻 長○川 ◇華の中学校の時からの友人だということで入社した特別扱い従業員で、私がこの後、非営業職になった時も私には時間外手当を支払わず無賃労働で時間外労働をさせたにもかかわらず、O竹には時間外手当・休日出勤手当を支給し、O竹は特に経験があるわけでもない特に学歴があるわけでもなし特に資格を持っているわけでもないにもかかわらず私の倍ほども給料を盗っていたのだが、O竹のいとこに、ともかく会いたいと私が言うと、「O竹は連絡してみます」と言い、そして、いとこならすぐに電話すればよさそうであるのに、携帯電話のEメールで送信し、それに対していつまで経っても返事がない。 O竹に「Eメールを送ってどうでした?」ときいても、「それが返事ないんですよお」と言う。 「電話できないのですか」と言っても、O竹は「私はメールの方がいいから」と言う。 O竹が「メールの方がいい」としても、この場合、営業上は電話の方がいいはずなのだが、いとことはいっても電話できないいとこらしかった。
(1) 携帯電話にEメールを送信したのに返答がない、という場合、なぜ返答がないのか、ということを考えてみるべきだ。 私のような営業の仕事を長くやってきた人間なら、受けるにしても断るにしても返事はするべきで、断るならばそれならそれできっちりと言うべきで、迷っているなら迷っているで、「今、思案中です」と言うべきだと考えるのだが、非営業職の人の場合、気が進まない場合は返事しない、という人がいるのだ。 Nさんもそういうところがある人だと、この後、気づいた。
(2) 自分が「電話よりもEメールの方がいい」というのは個人的人間関係においての話である。 営業においては、訪問・電話・手紙、それに最近ではパソコンへのEメール・携帯へのEメールという伝達手段のうち、ケースバイケースで、どの手段がその時その相手に効果的かということを考えて選択するべきだ。 即座にその時、話すことができる電話と返事が来るか来ないかわからない、来るとしてもいつ来るかわからないEメールでは、その場合においては電話の方を選択するべきであったはずだ。 一般の方が相手でも電話を選択するべきケースである。 いとこでありながら電話できないということであれば、いとことはいえ、一般の方よりも折衝しにくいいとこということになる。
   O竹がEメールを何度も送信しても返事がないというので、私は、O竹に「私が電話させてもらうか、訪問させてもらうか、手紙を出させてもらうかしてもかまいませんか」と言うと、O竹は「それは困ります。 Eメールを送信していますから、待って下さい」と言うのだ。 あくまで、参考程度に話だけ聞いてみたいという人なら、営業から電話されては困る、訪問されては困るということはありうるだろうけれども、 「ほとんどうちで決まりかけている」というような人が、「電話されては困る」「訪問されては困る」「手紙を出されては困る」などということがありうるか? そんな「ほとんどうちで決まりかけている」などという人があるか?
   結論として、そんな「ほとんど決まりかけている」などという見込客はないのだ。 「ほとんど決まりかけて」などなかったのだ。 そうではなく、むしろ、長○川が「切れた」と言っていた大東建設の営業とは切れておらず、折衝中で、先に断った千葉市中央区の建売分譲物件とは別の四街道市の建売分譲物件の話をされていて検討中で、新華ハウジングについては、長○川が「だめブツおんぱれーど」の物件案内をしたのに愛想を尽かしたのかどうかはわからないが、基本的には相手にする気がなくなっていたのだ。 だから、新華ハウジングに事務員として勤務するO竹からEメールを何度ももらっても黙殺していたのだった。 私なら、ある程度営業の経験のある人間なら、相手がせっかくEメールを送って来ているのに「黙殺する」ということはしない方がよく、返事だけはするものだと考えるが、Nさんはそうは考えない人だった。自分がいらないと思えば電話をしても出ない人であり、この時も要らないと思ったからEメールは黙殺したのであろう。 
   そして、私は、O竹が建築会社・住宅会社の経験はないと言うから、親切心でずいぶんといろいろと教えてあげたはずだが、O竹は恩を仇で返すという態度を後に取ったのだが、 私は、O竹にはずいぶんといろいろと教えてあげたし、O竹は私が単に駆け引きで契約を取って建て逃げするタイプの営業ではなく知識をもとに施主のためになる営業だとわかっているはずであり、 「うちで契約するかどうかは別として、○○さんにきけばいろいろと教えてくれるから相談するといいよ」とでも売りこんでいいはずと思ったし、親戚の見込客というのは、やりにくい面もあるけれども、誠意をもって最終的にどこで建てるかにかかわらず相談相手になって役立ってあげることができるという姿勢でできるという面もあるので、O竹はそのように話していいはずと思っていたが、O竹はいとこであってもNさんとそういった話ができる人間関係ではなく、かつ、営業でなくても建築会社の従業員ならそういう売込みが出来てよさそうであるのだが、O竹はそういった売込みもできない人間だったようだ。

  次回、《「社長の不動産案内」がなぜだめなのか、の具体例(後)》http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_11.html として、「だめブツおんぱれーど」の物件案内の間違いについて述べます。

☆ 《「社長の営業」ではなぜ不動産案内はだめか》は三部作として作成しました。
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_7.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_11.html
 とともに御覧くださいませ。
   (2014.3.15.) 


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