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zoom RSS 住宅建築業界職歴詐称を見破る方法(5)マルチ商法・新興宗教にはまる男、職場での「営業違反」の勧誘

<<   作成日時 : 2014/02/01 00:53   >>

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[第234回]営業と会社の話(56)‐5
   田中真澄『営業マンはなぜ人間的魅力が磨かれるのか』(PHP研究所)という本がある。 営業の仕事は、それをおこなっていく上で人間として成長し、営業の仕事をしていない時でも人と対応できる能力が向上する。 逆に、普段の生活態度も営業の仕事には反映し、自分の心を見つめるという作業は長い目でみて営業の仕事に反映する。

《A》  不動産屋が何区画かの分譲地を開発、もしくは「開発行為」に該当しない分譲地を造成販売する時、
1. 市街地であれば建物が建っていない状態でも売れるが、 「郊外」、「少し不便」なところ、既成市街地の外側あたりの場所の場合、建物が建っていない状態では、一般顧客としてはそこを買って家を建てても自分の家以外は1軒もないなどということにはならないかと不安を感じるのに対し、1軒でも先に建っていると、これからそのあたりも家が建っていくのだなと思い売れやすい・・ということがあるらしい。
   それで、10区画前後の分譲地を販売する場合、「そのうち1区画だけ、住宅の建物を建てて建売住宅とし、他を建築条件付き土地として販売する」ということをする時があります。 結果としてその分譲地を買わずに他の土地で建築条件がない土地を仲介で買うことになった場合でも、その1区画の建物を見てもらって建物はその不動産屋の建設部で建ててもらうようにその建売住宅棟をモデルハウスのように使う場合もあります。  但し、建築請負業の会社にいた者から見れば「不動産屋の建物」というのは魅力がないというのか、「なんで、こんなことするかなあ〜あ・・」というものが少なくありませんし、不動産屋系の建築会社・不動産屋の建設部ひとすじで「設計」をやってきた人が書いた図面を見ると、どいつもこいつも「建売みたい」で安っぽい発想のものが多い。請負を仕事やる大工には、建売の仕事を1回やると体がそれを覚えてしまうからだめだと言って建売の仕事はやらないという人がありますが、「設計」もそうかもしれないと感じる時があります。「建売屋の設計はだめだな」と感じるような人もいます。営業もそうです。

   建築屋の設計と営業は野球の投手と捕手のようなもの。野球の投球は投手だけでなく半分は「わしぁ日影の月見草」とか言いながら捕手が構成しているように、建物のプランは設計だけが作るのではなく半分は営業が作っています。一条工務店にいた時、同社が建てる家を見ていると営業担当者ごとに家が似ていることに気づきました。中には設計担当者が「◇◇さんの担当の家は、設計のところにきた時点で、すでにぐちゃぐちゃにされているからやりようがない」と嫌がる人もいました。「あんな営業(捕手)に担当されてこのお客さんもかわいそうに」という気持ちにならされる家もありました。
  ≪ 私(野村克也)がヤクルト監督を退いた後のこと、テレビのスポーツニュース「キャンプ便り」のコーナーでヤクルト沖縄浦添キャンプのブルペンが映っていた。若い投手の投球を受けた捕手・古田のあのかん高い声が音声で流れた。「ストライクさえほうれば、あとはオレが何とかするから」 どこかで聞いたフレーズ。「ああ、ワシのセリフの使い回しや」と思った。≫(野村克也『私の教え子ベストナイン』「捕手編 古田敦也」2013.9.20.光文社新書)
  一条工務店に入社した1992年、私は中途入社といってもたいして経験はなかった。それにもかかわらず、入社1棟目の設計担当は入社1年目の新人だった。その次の設計担当は20代なかばで一条に中途入社直後の人間だった。 小堀住研では新人の営業の1棟目と新人の設計の1棟目は組み合さないようにしていたが一条ではそうではなかった。 最初の契約で新卒入社1年目の設計は名古屋にいて東京の営業所の契約客を名古屋の新人設計が図面を書いていた。名古屋にはある程度経験のある設計が他にいたが、名古屋の営業所長K藤氏は経験のある設計を自分など名古屋の営業の客の担当にさせ、新人を私など東京の営業の担当客の担当にした。 普通、そういうことをするか? 営業所長なら新人を自分が引き受けるものと違うのか? と思ったが、それが一条工務店だった。 又、たとえ、自分は営業でも、営業所長なら自分の営業所にいる設計がきちんと仕事をこなせているか気を配るべきだと思うのだが、K藤氏は関知しなかった。 その後、福島県いわき市の営業所に会社都合で転勤しても、いわき市の営業所に設計の新人が入ると私の契約客の担当は新人設計の担当になった。 但し、いわきでは「新人にはできるだけ経験のある営業さんのお客さんを担当とさせてもらうようにしています」と在籍が長い方の設計担当者が会議で言い、新人に担当させても大丈夫そうな営業担当者と設計担当から評価されてのものらしかった。その頃から私は「経験のある営業」の方になっていた。
  その頃、同社の営業所長には経験のある設計・経験のある工事担当に自分の担当客を担当させ、経験のない設計・工事担当に他の営業の客を担当させる人がいるということに気づいた。名古屋のK藤ローオさんもそうだ。営業所長なら新人を引き受けるものと違うのか? それが営業所長と違うのか?と思ったのだが、そういう人なんだろう。 それで私は思ったのだ。かまわないから、設計でも工事担当でも新人はすべて俺のところにまわしてこい。俺がなんとかしてやる、と。「ストライクさえほうれば、あとはオレが何とかするから」と。 そうすると、どうなったか。営業本部長のA野T夫から「営業は設計の言うことにはどんなことでも従え。営業は口きくな。おまえは設計にはどんなことでも服従しろ」と、そう言われたのだ。 まがりなりにも営業本部長なら、普通、新人を引き受けて苦労してリードして仕事をさせてきた者には「ありがとう」くらい言うものと違うのか? まだ経験のない入社すぐの時から新人ばっかりまわされて、へぼピッチャーを俺がどれだけ苦労してリードしてきたと思ってるんだ、このボケ営業本部長が。
   そして、ボケでもアホでも低能でもA野さんが営業本部長で上役なので会社員たるものその人の言うことはきかざるをえないと思って、栃木県佐野市の営業所に転勤後、新卒入社1年目の設計の言う事に「どんなことでも従え」と従ったら、思った通り、2件続けて解約された。消費税上昇後、住宅建築業界が景気の悪い時に苦労して私が仮契約までもっていった客に。営業本部長が「たとえ新人の設計でも設計の言う事にはどんなことでも服従しろ」というから10年選手のこちらが10歳以上年下の新卒新人の言う事をきいて服従しろと言うから服従していたら、やっぱり思った通り解約されて、そして、解約されると営業担当者の責任にされたのだ。 このくそあほんだら! 「こいつが営業本部長やってる限りこの会社はだめだ」 そう思った。 「次長(今は常務の営業本部長のA野氏は私が入社した頃は「次長」だった)って営業やったことあるのかなあ」と東京圏の営業所の営業から言われていたA野氏は20代の頃に「(社長の義理の弟ということでの)特別扱いの営業」をちょろっとやっただけだったはずだが、苦労して「仮契約」(2000年頃から、「仮契約」→「本契約」というシステムになった)まで持っていった大事な客をその男に2件つぶされた。 そもそも、「『捕手』の力」(営業の苦労・苦心)なしで通じるような「投手」(設計)が一条工務店に何人いるか? たいしていないはずだ。
  ≪山内(新一)が、また新聞記者の質問を受けていた。 「変身の要因は?」「野村さんのおかげです。・・」・・「・・野村さんは、僕らみたいな安物の投手を受けるのがうまい」≫(野村克也『私の教え子ベストナイン』「再生編 【再生・投手】山内新一」)
  ≪「・・最後にうぬぼれを言わしてもらうが、お前は俺が受けているから結果が出とる。俺以外の捕手だと勝てんよ」≫(『私の教え子ベストナイン』「投手編 西岡三四郎」)
   一条工務店の「へぼピッチャー」(へぼ設計)を苦労して苦心してリードしてなんとか図面を作らせて引き渡してきたのに、営業本部長に「たとえ新人でも設計の言う事にはどんなことでも従え」「設計には何でも服従しろ」だの「おまえは口きくな」だのと言われて、そんな人でもこの会社の上役なのだからと思ってその指示にしたがったところ、「俺以外の捕手だと勝てんよ」と野村が言ったごとく、私の苦心工夫苦労なしでは解約された。 南海他の投手と違ったのは、そんなことしたらうまくいくはずがない解約されてしまうぞということを営業本部長が指示してやむなく指示にしたがったのに、「投手」(設計)でもなく指示したへぼ監督(営業本部長)でもなく解約された「捕手」(営業)がその責任を問われたことだ。 このくそどアホが営業本部長やっている限りこの会社はだめだとその時思った。

2.  すでに土地を所有している人が家を建てる場合、必要なのは建築費だけでよいが、土地を買って家を建てようという人の場合は土地と建物の両方の費用がかかる。 特に高年収、あるいは、預金があるという人でなければ、土地と建物の両方を購入するのは大変であり、又、仕事を持っている者としては土地を取得する手間と建物を検討して建てる手間の2つをかけるのは大変である。その際に、建売住宅、もしくは建築条件付きの土地を買ってその不動産会社の建設部、もしくは、不動産会社と提携している工務店で建ててもよいと考える人もいる。
   不動産屋としては、土地だけで利益を得るよりも、土地と建物の両方で利益を得た方がおいしい。 又、土地の売買で利益を得たことにするより建物で利益を得たことにした方が不動産屋にとって税金が安いという話を聞いたことがある。 その為、不動産屋は建売住宅、もしくは建築条件付き土地として販売し、土地は少々安めで売り、建物は低価格商品の建築の相場並みで販売し、建物はそれより質を落として利益をあげる、ということをすると言われる。
   実際には、その内容は個々に違うし、土地と建物の両方で利益をあげようと最初は考えていても、不動産屋は銀行・信用金庫等からローンを組んで分譲をおこなう場合が多いので、いつまでも売れずに残っておれば、ローンの金利ばかり払わなければならないことになり、まったく売れなければ死活問題、倒産の危機に陥る可能性もある、ということで、土地だけでも売れるものなら売ってしまえということになる場合もあるし、土地と建物で売る場合でも当初の予定通りの利益があがらない額でも売ることになる場合もある。
    この1、2の理由から、不動産屋は、その土地に建物を建てる為に自社で建設部を持っている会社もあり、自社で建設部を持っていないが、提携の工務店があって、提携工務店で建てる建築条件をつけて、提携工務店からいくらかの金額を受けとる場合もある。自社に建設部を持っている場合でも、自社で建てるより頼んだ方が安くできるなら頼んでもいいという判断をする不動産屋もあります。
   工務店には、そういう不動産屋と組んで仕事を獲得しようとする工務店があります。

   もちろん、安くできるということは、安くできるような内容のものであるのだから、 「自社で建てるより安くできるなら安くできるところに頼めばいい」という発想は(これは千葉県八千代市のT海住宅の常務[現・社長]のOさんが実際に口にした言葉なのだが)これは「不動産屋の発想」であり、「建築屋の発想」ではない。
   建築屋はモノを作る業者であり、モノを作る人間というのは程度の差はあっても良い物を作りたいと思うものであり、それに対して利益をいただくというのが「建築屋の発想」で、 建築屋は建物を造るのに必要な経費に利益を乗せたものが販売価格という「たし算の発想」であるのに対して、「不動産屋の発想」は「どれだけ『ぬける』か」である。 不動産屋は「ぬく」とか「ぬける」ということをよく口にするが、それは建築屋にはない発想である。 不動産屋は先に販売価格を決めてそこから利益をできるだけ大きく「ぬく」のである。そうやって残ったものが「不動産屋系の建物の『建築費』」である。 だから、「不動産屋の建物」が「建築屋の建物」と比べて内容が劣っても不思議はないのである。
   今となっては20年少々前、在来木造の住宅建築請負業の一条工務店の東京営業所にいた時、土地を購入して家を建てたいという方で、不動産屋から建築条件付きの土地を紹介され、その不動産屋が提携の工務店のことを「あそこだって決して悪くないですよ」と言うのでその工務店の建築現場を見に行ったら、「悪くない」どころか、しろうとが見ただけで質が落ちるのがわかった、「あんなの嫌だと思った」という方がおられた。 これは、構造現場を見れば特に建売・建築条件付きの建物とは差が出るという一条の作戦がそこで通じていたのであるけれども、どこであれ、請負で建てる会社の建物と不動産屋の建物では、要するに、必要な建築費に利益を乗せて売られる「たし算の発想」の建物と、売りやすい価格に設定した「土地+建物」の価格からできるだけ多く利益を「ぬく」ということをした「ひき算の発想」の建物では、質に違いがでるのは当然のことです。 
   不動産屋に長くいる人と話をすると、彼らは「ぬく」「ぬける」という言葉をよく口にしますし、その発想に抵抗はまったくないようですが、建築屋に長く勤めてきた者としては、先に価格を決めてそこから利益を「ぬく」「ぬける」という発想は、そうやって建てた建物がいったいどんなものになるかと思うとぞっとします。


《B》  千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社(建設業)は、大東建託株式会社・株式会社新昭和などの下請けの木工事をやってきた。 今まで特につきあいがなかった不動産屋からもその不動産屋に建売・建築条件付き土地を販売した時に建物を建てさせてもらって不動産屋にバックをまわす、建築条件のない土地を仲介した時に、予算に余裕のないお客様に安くできる建築会社として紹介してもらうかわりにバックを渡す、ということをやろうと社長の長○川が言いだしたのです。 それをやって悪いということはないのですが、問題点もあります。 「なんでも取ろうとするとすべて失う。 何を取って何を取らないかということを考えないといけない」という認識が欠けているのです。 いったい、どういうものを、どういう客層を取ろうと考えているのか、不明確なのです。 2010年6月に私が新華ハウジングに入社した時、社長の長○川さんは、「今まで、下請けの仕事をやってきたけれども、直接、新築とリフォームのお客さんを取っていこうとして始めた」と言っていたはずでした。 「始め」てすでにひと通り軌道にのって動いているはずでしたが、実際に入社してみると、私より前に入社した かじ○ とS井は新築もリフォームもまったく契約は取得できておらず、実績はゼロであり長○川の話は嘘だったのです。 それはそれとして、直接、新築とリフォームの契約をとっていこうというのであればそのようにやっていかなければいけません。 しかし、建築請負業の会社として、主として請負で建てる顧客を対象にやるのか、不動産屋を相手にして建売の建物を主としてやるのか、その2つでは内容が一緒ではないはずなのです。 どちらを主としてやっていこうとするのか、そのあたりの認識が不明確なのです。

   「うちだって、カネさえかければどんな高級住宅だって建てることはできるんだから」・・新華ハウジング(有)の社長 長○川 Sニさんはそう言ったのです。 私だけでなく、同僚のかじ○ もS井も聞いたはずです。 この文句、私は聞くのは2回目なのです。 1回目は誰から聞いたかというと、千葉県八千代市に本社がある売買の不動産業が中心で建設業もやっているが建築は「土地がらみ」のものが多いT海住宅の常務(現・社長)のOさんからです。 H店の店長になっていた50代の女性O友さんも自分が担当した入居者宅で「うちだって、一条工務店にも小堀住研にも劣らないものを造ることはできるでしょ」と私に話したことがありました。 「できる」と思いますか? 
   H店の店長をやっていた50代の女性O友さんは「夫が小堀住研で設計課長をやってました」そうで、それが彼女の「売り」だったのですが、しかし、小堀で設計課長をやっていたのはあくまで「夫」であって御本人ではないのです(「夫が××でした・・」を「売り」にする女性て、なんか、「デヴィ夫人」か野村沙知代さんみたいなんですけどお〜)。 御本人はわからないと思っているのかもしれませんが、わかるんです。 彼女は、大学の建築学科卒なら実務経験なし・学歴なしなら実務経験7年で受験できる2級建築士の試験を、だんなが小堀を出た後でやっていたという設計事務所に名目上いたということでの「実務経験」7年を前提に受けて取ったのかなという感じの2級建築士の資格を持っていたというだけあって、T海住宅の営業の中では建築に熱心であったと見受けましたが、しかし、「しょせんは不動産屋の営業」なんです。 そして、O友さんが担当した家も「しょせんは不動産屋の建物」なんです。 
   「カネさえかければうちだってどんな高級住宅でも建てることができる」というのは、不動産屋・建売屋・安物屋が言うことなんです。 できません。 構造もデザインも使い勝手の上でも高級住宅・高額物件住宅を建てるためには、高級住宅を建てることができる設計がいないとできませんし、その工事管理ができる工事担当がいないとできません。何より、高級住宅を扱える営業がいないとできません。 そして、高級住宅の仕事ができる職人がいないとできません。  「カネさえかければうちだってどんな高級住宅だってできる」というのは安物屋が言う寝言・たわ言なんです。

   新華ハウジングの社長 長○川 Sニさんが口にした「カネさえかければうちだってどんな高級住宅だって建てることができる」というのは現実を知らない寝言・たわ言であるとしても、それはそれとして、どういうコンセプトの商品を中心にやっていこうとするのか、ということを経営者としてきっちりと構想をたてないといけません。 請負での建物と建売の建物でも「ともかく安い」というタイプの建売の建物では建物が違うはずなのです。 で、わからせてあげる方法はないかとも考えたのですが、いったん、「カネさえかければうちだってどんな高級住宅だって建てることができる」と、そう信じた人というのは、人の言う事に耳を貸さないようで、なかなかわからせるのは難しそうだなという感じでした。

《C》   それで、一方で、建物だけで受注する建築請負業の会社としてやりながら、一方で「不動産屋の建物」を建設部を持っていない不動産屋のかわりに建てるというのをやろうということで、千葉県の不動産屋をまわることになりました。 
   同僚の かじ○ は、もともと「不動産屋型」の人間で、私が入社以来、社長の長○川の言う事をそのまま聞いて、社長が言う建築業としての仕事をやろうとしてきたのに対して、彼は私が知らないうちに「不動産屋まわり」をやっていたようでした。
   それで、私は、とりあえず、千葉県市原市の不動産屋を回りだしたのですが、私にとっては2日目だったか3日目だったかの「不動産屋まわり」の時、かじ○ が「私、一緒に行きますよ」と「不動産屋回りの先輩」「不動産屋まわりの経験者」として同行すると言いだしたのです。 
   それは御親切にありがとうございます、とその作業に経験のある人がどうやるか見せてくれるというので、見せてもらいましょう、と私のクルマの隣りに乗せて行ったのです。 どうもありがとう。

   それはいいのですが、その帰りです。 私が運転する私のクルマの助手席に座って彼は始めたのです。 勧誘を。えんえんと。こちらが嫌がっているのなんかまったくおかまいなしに。
   なんの勧誘かというと、「マルチ商法のアムウェイ」です。  調理器具とかを一般に売られているものより品質のよいものを扱っているそうなんです。 ○ムウェイは。 かじ○ が言うには。
 それで、それを買うと かじ○ にいくらかの金額が入るそうなんです。 それで、もしも、私が かじ○ を窓口にして会員になると、私が何か買うたびに かじ○ にいくらかのカネが入るらしい。 それでは私は かじ○ のために買っているみたいですが、今度は私が誰か他の人を誘って購入させれば、その人が買った代金から私と かじ○ にカネが入るそうです。 さらに、その人が会員になって、さらに別の人に購入させれば、私が誘って会員になった人と私と かじ○ にカネが入るそうなんです。 そうやって、どんどんと会員の輪というのか、ネズミの子を増やしていけば、増えて行った子・孫が購入するたびに親はカネがもらえる、というそういう仕組みなんだそうです。
   ・・・それって、要するに、いわゆるひとつの「ネズミ講」と違うんかい? と思いがちですが、「ネズミ講」ではなく、マルチ商法らしいのです。 それで、「ネズミ講」と「マルチ商法」はどう違うのかというと、『ナニワ金融道 骨の髄までいただきますの巻』(小学館 プラチナコミックス)にわかりやすくでています。 「ネズミ講」は最初から違法であるのに対して、「マルチ商法」というのは、「一応合法」らしいのです。 「問屋が小売店に物を売ってそれを消費者に売るのとシステムは同じだ」というのです。 そう言われれば、取り締まろうとしても取り締まりにくいので、それで、「マルチ商法」自体を違法として取り締まるのは難しいらしいのです。
   しかし、そうは言いましても、ですね。 ある人間を会員にならせて、その人間から友人・知人を勧誘させて最初の人間の下の会員にならせ、その新会員によってさらに別の人間を新新会員にならせて、下の人間が物を買ったらそこからそれより上の人間にいくらかずつカネが入るという仕組みだ・・・・て、「ネズミ講」とほとんど変わらないですよね。 違いますか?
   「定年退職した後でも生活に困らないようにと思ってやっているんです」と彼は言うのですが、それなら、今、本業でカネを稼いで、預金するなり、比較的安全そうな株でも買っておくなり投資信託でも買うなり、もしくは、もう少しカネを蓄えて借家・アパートの1軒でも持つなり、土地を買って月極め駐車場、もしくは時間パーキングとして貸すなり、何か他のもので考えてもよさそうに思います。手頃なところで、生命保険会社の個人年金でも入ったらどうですか。
   「ア○ウェイは、絶対にいいものしか売らないから」と彼は言うのです。 この言い回し、過去に聞いたことあります。 誰から聞いたかというと、在来木造の I 工務店の栃木県佐野市の営業所にいた時、そこの同僚の創価学会のおっさんT木さんが聖教新聞を購読しろとし〜つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい・・(中略)・・・しつこいしつこいで、それで、そのおっさんは「聖教新聞はほかと違って絶対に嘘はかかないから。聖教新聞は絶対に正しいことしか書かないから。」と言うのです。 でも、そのおっさんは「聖教新聞は絶対に正しいことしか書かないから」と言いますが、「絶対に正しいこと」かどうか逐一確かめたのかというと、そうではありませんよね。 そうではなく、「聖教新聞は絶対に正しい」「聖教新聞は絶対に間違ってない」と信じているのですよね。 T木さんは創価学会の信者の方なのでそれでいいのかもしれませんが、信者でない人間にそういう言い方をして勧めてもいかがなものでしょうか。 選挙の時になると、「○○さん、選挙には絶対に公明党に入れなきゃだめだよ。わかってるね。公明党以外にいれちゃだめだよ」と何度も何度も繰り返し繰り返ししつこくしつこくしつこくしつこく・・・(中略)・・しつこくしつこく言うのですが、創価学会員に言うならその言い方でもいいのかもしれませんが、創価学会員でない人間に公明党への投票を呼びかけようというのなら、そうではなく、「公明党は××の件について〜のような提案をしています。 ◇◇の問題については・・・のような対策をとるべきだと主張しています。その案が採用されればこのような成果が期待できます」といったことでも言うべきだと思うのですが、ガッカイインのT木さんはそういうことは絶対に何一つ言わないのです。ともかく、「公明党に入れなきゃだめだよ」とし〜つこいしつこいし〜つこいしつこい。 職場で逃げられないところでそれを繰り返すのです。かんべんしてほしいんです。もう。疲れちゃった。 それで、新華ハウジング有限会社の かじ○ が「アムウェイは絶対にいいものしか売らないから」というのも、「聖教新聞は絶対に嘘は書かないから」「聖教新聞は絶対に正しいことしか書かないから」というT木さんと同じパターンなんです。 嫌なんです。そういうの。(創価学会さん、公明党さん、私は創価学会や公明党に敵対している人間ではなく、公明党はいいことを言うと思う時だってあるし、年初の安倍首相の靖国神社参拝批判などもっともな批判だと思いますが、こういう勧誘のしかたはやめた方がいいと思いますよ。)
   私、今まで、新聞は、朝日・毎日・読売・サンケイ・日経・東京・神奈川新聞・福島民報と定期購読したことがあるのですが、どれにしても、「絶対に正しい」だの「絶対に嘘は書かない」だのと思って購読したことありませんから。 それから、小売店で何かを購入する場合でも、この店はなかなかいいものを置いている、と評価している店はありますし、メーカーでこの会社はなかなかいいものを売ると評価している会社もありますが、それでも、実際に購入する際に、購入するかどうしようかという品物は、いいかどうかは個々に検討していいものかどうか判断しています。 文学者・評論家でこの人はなかなかいいことを言うと思う人はいますが、どんなに高い評価をしている人でも、「この人は絶対に正しいから」なんてそんなこと思っていませんから。 神でもない者が「絶対に正しい」などということはありませんし。
   「聖教新聞」は読んでみたいと思ったことは、実はあるんです。 日本では朝日・毎日・読売・日経・東京・サンケイといった「一般商業新聞」でないもので日刊のものとして何があるかというと、日本共産党の「しんぶん 赤旗」と創価学会の「聖教新聞」くらいのものでしょう。 で、それにどういうものが載っているのか読んでみたいという気になる時はあるんです。 しかし、聖教新聞てコンビニでもキオスクでも売ってないです。 だから、創価学会員のT木さんが、もっと、こちらに選択権をきっちりと認めた上で、「おためしでもいいですから、1カ月だけでも購読してみませんか」とでも言うなら、「考えちゃおっかなあ〜あ・・・」とか思ったかもしれないんです。「かも」ですが。 しかし、こちらの気持なんかおかまいなしに、「聖教新聞は絶対に正しいから」とか言われたあかつきには、「ちょっと近づかない方がよさそう。 うかつに購読したりすると逃げられなくなっちゃうんじゃないかしらん」とか怖くなっちゃうんです。 そうなりませんか?
   「アム○ェイ」だって、何かひとつの商品を見せてもらった上で、「これは、こういうすぐれものなんですよ」とか言われたら、「へ〜え」と関心を持ったかもしれません。 「かも」ですけれども。 しかし、「アムウェイは絶対にいいものしか売らないですから」と かじ○ さんのように言われたのでは、もはや、これは信仰の世界ですね。もはや、宗教っぽ〜い、というより、宗教的です。 あいにく、私、そういうの好きじゃないんです。 世の中、「信じられるもの」なんてそんなにいっぱいあると思いませんし、ジーザス=クライスト=スーパースターでもない限り信じられませんね。
⇒《YouTube―Jesus Christ Superstar - Superstar》http://www.youtube.com/watch?v=IvVr2uks0C8
   仮に、アム○ェイが大変良い商品を売っていたといたしましょう。しかし、そうであったとしても、「アムウェ○は絶対にいいものしか売らないから」という信仰を持たされている人というのは、ちょっと変ですよね。 好ましい精神状態であるとは言えませんね。 申し訳ないけど、私、そういう話、嫌いなんです。 私、理由もなく信じない人間なんです。 「作家で精神科医」の なだ いなだ さんのペンネーム「なだ いなだ」というのは、たしか、スペイン語で「なんにもない。なんにもない」という意味だそうです。 信じられるものは何もない。しかし、それでも俺は生きて行くぞ、という意味だそうです。 これは「どうでもいい」とはぜんぜん違うというのです。「どうでもいい」はいいものがいっぱいあるけれども「どうでもいい」といった退廃的な意識ですが、「なんにもない」は信じられるものも何もない、しかし、それでも俺は生きていくんだ という意思表示だというのです。 そういう人間にとっては、「信じられるもの」がなくても生きていけるんです。 「◇◇は絶対にいいものしか売らないから」とか「▽▽は絶対に正しいことしか書かないから」などというそんなもの要らないんです。 かえって、気持悪いんです。そんなもの。 それを、何か、そういう「絶対にいいものしか売らない」と論拠もなしに信じさせてくれる団体とか「絶対に正しいことしか書かないから」という「新聞」とかを強烈に欲しがる精神状態・精神構造というのは、あまり好ましい精神状態・精神構造ではないと思います。 怒るかもしれませんが、はっきりいわせていただくと、「精神構造が脆弱」「精神構造に弱さがある」ということになります。
   そして、職場で逃げられない相手に逃げられない場所で勧誘するというのはフェアな営業活動ではないのです。 営業を職業とする者ならフェアな営業活動をするべきです。 クルマの中という逃げられない場所でしつこく勧誘するというのはフェアな営業法ではない。 自分はまっとうな営業だと言いたいなら、そういう態度は慎むべきです。私、こういう「営業活動」する人間、嫌いなんです。こういう営業活動をする者が売る物、勧めるモノ・サービスはどんなによい物でも買わないことにしているんです。 アパートなんかに住んでいた場合、読売新聞の拡張員は朝日・毎日の人間と違って、うかつにドアを開けると必ず、ドアの間に足をはさんでしめさせないようにします。私、嫌いなんです。そういうことする営業て。 読売は記事の内容が朝日・毎日・日経・東京に劣るということもありますが、それ以上に勧誘のしかたが嫌いなんです、読売は。 そういうやり方する人間、嫌いなんです。特に、自分が営業の仕事をしてきた者として、そういうことをする者からはなんであれ買いたくないんです。  同様に、クルマの中という逃げられない場所を利用してそこで相手の気持もおかまいなしにしつこく限度なくつつしみなく押しつけようとする人間、そういう営業法をとる商品は買いたくないんです。 特に、営業の仕事をやってきた者として。
   後で気づいたのです。 彼がなぜ、一緒に行くと言いだしたか。 目的はここにあったのです。クルマの中で「ア○ウェイ」を強引に勧めることが目的だったんです。 わかっちゃったんです。その方法って、「アム○ェイ」でそうやれと言われたのですか? それとも、自分で考えたのですか? どちらにしろ、そういう営業方法する人の売る商品・サービスは買いたくないんです。 営業の仕事をしてきた者の矜持として。 
   そして、会社事務所にやっとついた、やっと解放された、助かったと思ったら、かじ○ はまだやりだしたのです。 「今度の○曜日の◇時から船橋駅の南側の○○ビルでアム○ェイの集会がありますから、必ず、来てください。こないとだめですよ。絶対に」などと言いだし、会社のコピー機でその会場の地図をコピーして私のところに持ってきて、「ここですから、行きますね。絶対に来てください」と言ってきたのです。 もはや、押し売りです。
   そして、さらに、何、言ったと思いますか? 「私は、まだ、シルバーの人間なので、うまく説明できないからわかってもらえないところがあると思うんです。集会に来てもらって、ゴールドかダイヤモンドの人から説明してもらえば、○○さんにもわかるように説明してもらえますよ。ゴールドかダイヤモンドの人から説明を受けるのが絶対にいいですよ。 集会に来てもらえばゴールドかダイヤモンドの人に会って説明してもらえますから絶対に来てください」と。 この言い回しも、昔、一度、聞いたことあるんです。 どこで聞いたかというと、今となっては30年以上前、慶應義塾大学の日吉キャンパスの構内で、学部掲示板をひとりで見ていたりすると話しかけてくる人があるんです。 原理研究会(=国際勝共連合)の人たちです。 それから、日吉台学生ハイツという宿舎にいた人で、法政大に行っていた人でしたが、やっぱり、原理研究会の人に誘われたらしい人がいたんですが、その人が言ったのです。「ゴールドかダイヤモンドの人から説明してもらうとよくわかりますから、ぜひ来てください」と。そういう言いまわしを。  要らんものは要らんのですよ。 特に、こちらが「要りません」と言っているのにしつこく追いかけてくるようなやつは要らんのですよ。 それで、「アムウェイ」て「原理研」に似てますよね。 それにはまる人も似てますよね。 ちょっと、精神的に「病気」とまでいかないのかもしれないけれども、精神的に弱点がありそうな感じのところが・・。 
   どういう弱点かというと、T=W=アドルノ他『権威主義的パーソナリティー』(青木書店)に出ています。 ファシズム人格≒サドマゾ的性格≒権威主義的パーソナリティー として出ています。 「○○は絶対うそつかないから」とか「◇◇は絶対にいいものしか売らないから」とか何かそういうものを欲しがり、そういう言いまわしで人を集めようとする団体にひきずりこまれやすい人、ファシズムにつながりやすい性格の人として。
   新華ハウジング(有)の かじ○ は、神道系宗教団体で右翼系政治団体の倫理研究所(=倫理法人会)にもはまっていたのですが、彼はそれを新華ハウジングの社長の長○川にまで勧めて長○川までそれにひきずりこでしまった。 倫理研究所は戦前の神道系新興宗教団体で「教育勅語」を教義としていた「ひとのみち」が、戦後、神道色を薄めて芸術を尊重すると言い出した「PL教団(パーフェクトリバティー)」と「実践倫理宏正会」と「倫理研究所(=倫理法人会)」の3つに分かれたうちの1つです。
    倫理研究所(=倫理法人会)は宗教団体になっていないから「宗教じゃないんです」「倫理の団体なんです」と言うのです。 しかし、(「ひとのみち」が皇祖アマテラスオオミカミであるとする)太陽を拝みなさい、と言ってるんです。どこが悪いんですか。 太陽を拝むという誰でもやって当然のことを、やりなさいと言ってるんです。 どこが宗教なんですか。宗教のわけないでしょうが」と言うのです。 きっちり宗教だと思いませんか? 徹底的に宗教だと思いませんか?
    「右翼団体ではないんです」とも言いますが、首相の靖国神社公式参拝を求めたり、戦前型の神話から説く「つくる会」の「日本史」教科書の採択を求めたりしている団体が、どうして右翼系政治団体でないのですか?
   倫理研究所(=倫理法人会)の大きな問題は、個人をひとりひとり勧誘するのではなく、中小零細企業のオーナー経営者にとりこみ、あまり教養水準が高くないオーナー経営者を会員にならせた上で「社長が参加しなさい、と言ってるんだ。従業員なら『はい〜い』と参加するもんだ」と従業員に無理矢理参加させるという、フェアではない勧誘方法をとっているところです。 もうひとつは、これにはまった社長は会社の業務よりも倫理研究所(=倫理法人会)の方を優先するようになる、というところです。 新華ハウジングより前に私が勤めた千葉県内に4か所の店舗をもつリフォーム会社 Wホームの社長のHさんもこれにはまっていたのですが、取り引き先の社長が他界されて葬式が催された時、倫理研究所の会員だからということでパートタイマーにきていた女性がどう言ったか。 どう言ったと思いますか? 「社長は参加できないわ。 倫理研究所の合宿の日だから、無理よ。 絶対行けないわ」と。 そういう発想なんです。倫理研究所(=倫理法人会)の人の発想は。 Wホームの社長の場合、その時については、最終的には取引先の社長の葬式の方に参加したようですが、しかし、そういう発想らしいのです。 新華ハウジングの社長の長○川さんも、徳島市の株式会社フィットと提携したシステムの「フィット」のカラー刷りのチラシを大量に印刷して、チラシの有効期限が迫っているというのに、担当の縁故入社のT口は定時にさっさと帰り、この大量のチラシを紙屑にしてしまうというのは会社としておかしい、営業の仕事をしてきた者として無視できないと思い、私は担当ではなかったし、高齢で体が不自由な母が待っていたのだけれども、それでも、いくらかなりとも無駄にならないようにしようと思って、時間外に労基法違反の無賃労働で近隣にポスティングを夜11時まで(始業時刻が午前8時の者にとっての午後11時は始業時刻が午前9時半のT口やI 村にとっての夜12時半に該当します)やったところ、その時間に担当の I 村はどうしていたかというと、社長の長○川が倫理研究所(=倫理法人会)の集会に連れて行っていたということがありました。 そういう団体なんです。 倫理研究所(=倫理法人会)というのは。 そういうのが「倫理」だと思っているらしいんです。 Wホームでリフォームをやってもらったというある同社のお客様が言われた話に「リフォームの仕事の内容は悪くなかったけれども、倫理研究所を勧められたのはまいった」と。社長のHさんは従業員だけでなくお客様にまで倫理研究所を押しつけていたらしいのです。
    そして、Wホームの社長のHさんは「宗教の団体ではないんです。・・」と言った上で、「倫理の団体なんです。倫理を教えてやろうと言ってるんだ。倫理を丸山先生に教えてもらいなさいと社長が言ってるんだ。それをおまえはきけないのか! 」と言うのです。 なんで、倫理というものを、その丸山なんたらさんに教えられなければならないのですか? 取引先の社長が他界された時に、葬式に出ずに倫理研究所(=倫理法人会)の合宿だか集会だかに行くもんだというような考え方の団体、期限ぎりぎりのチラシが大量に残されていて、それを無駄にするのは会社としておかしいと思って担当でない人間が無理をして遅くまでポスティングをしているのに、その最中に担当の人間を倫理研究所の集会に連れていくような人間に、何を「倫理」なるものを教えられなければならないのですか?   もう、わかっている人にはわかっていると思うのですが、 「倫理を教える側の人間」と「倫理を教えられる側」の人間を作る、人間を丸山なんたらさんとその近くにいる人の「倫理を教える側の人間」と社長から「丸山先生に教えてもらいなさい!」と言われて「倫理を教えられる側の人間」に分けるという考え方。 これは、ファシズムの思想ですね。  「倫理」というものは、各人がひとりひとりが自ら考えるものであり、丸山なんたらさんに教えられるものと違うのです。  それがわかっていないのなら、丸山なんたらさんこそ、そのあたりを誰かに教えてもらう必要があるのと違いますか?  それも、本来、「誰かに教えてもらう」よりも、自ら考えて自覚するべきものです。 はっきり言いますが、「倫理研究所」(=「倫理法人会」)というのはファシズムの団体です。 倫理という個人個人が自分で考えて決定するべきものを、「教えてあげてやろうと言ってるんだ!」とひとに強制する団体がファシズムでないわけないでしょう。
   Wホームの本社では、毎朝、「『はい』の発声」といって、前にでた司会者から指さされると即座に「はい!」と大声で叫ぶということをさせられました。 私は、最初、接客する際にはきはきと話せるようにというもの、声楽家が発声練習をするのと同じようなものかと思っていたのですが、同社在籍最後の頃に社長が自ら本音を話してくれたのです。 倫理研究所(=倫理法人会)が勧めている「『はい』の発声」というのは「社長が言う事にはなんでも即座に『はい〜い』と従う練習」だそうです。 そういうことをやっている団体なんです。倫理研究所(=倫理法人会)というのは。
(千葉市長の熊谷なんとかもこの倫理研究所[=倫理法人会]の集会に出ていますので要注意です。)
   それで。 「アムウェイ」にはまったり、「倫理研究所(=倫理法人会)}にはまったり、なんか、かじ○ という男はそういう団体にひっぱられやすい人間のようです。 その人がひっぱられるのはその人の勝手で、好きなようにすればいいのですが、問題は、他の人間も引っ張りこもうとするところなんです。
   慶應義塾大学に行っていた時、原理研(原理研究会)の人が、掲示版を見ていると勧誘するというのがけしからんという人があったのですが、私は誘うのは誘ってもいいと思ったのです。 但し、誘って、相手が断りの意思表示をしたらそれを理解して相手の意思を尊重してほしいのです。 相手の意思も相手の気持もおかまいなしにつきまとうのはやめてほしいのです。 これが「アムウェイ」も「倫理研究所」も一緒なんです。 相手の意思を尊重できない人間は勧誘活動はやめてほしいのです。 又、会社というところで会社の業務より優先して引っ張っていくというのはやめてもらいたいのです。

   新華ハウジング の かじ○ は在来木造の菊池建設と桧家住宅で営業をやっていたと自称していたのですが、私はこのクルマの中で逃げられない場所で相手が嫌がっているのもおかまいなしにしつこく続ける「アムウェイ」の勧誘と、会社事務所に戻ってもまだ続ける人の気持なんかまったく考えない勧誘態度を見て、この人は営業ではないなと思ったのです。 こんな営業はないと。
   営業は人の気持を理解するのが仕事です。 こんな人の気持ちを土足で踏みにじるような勧誘をしつこくする人間を営業とは言えない。 菊池建設や桧家住宅で営業をやっていたというのは詐称だと思いますが、もし本当にいたとしても、実質的に詐称です。
   (2014.1.31.)

職歴詐称を見破る方法 
(1)「床柱ってどんな木を使うんですか」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_8.html
(2)筋交いの入れ方がわからない男 http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_13.html
(3)構造現場説明ができない男 http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_14.html
(4)ラッシュをかけられない男 http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_15.html
(6)「販売は断られた時から始まる」を誤解 http://shinkahousinght.at.webry.info/201402/article_3.html
(7)奥の席にお客さんみたいにちん http://shinkahousinght.at.webry.info/201402/article_4.html
(8)自分を見せるか隠すか http://shinkahousinght.at.webry.info/201402/article_5.html
(9)自社前にクルマを停める者http://shinkahousinght.at.webry.info/201402/article_6.html
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