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zoom RSS やりもせずに他部署の業務をできると言う者、口出す者を認める会社+「子供があるから」は言い訳にならない

<<   作成日時 : 2013/10/15 19:00   >>

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[第207回]営業と会社の話(48)
  私が勤務した千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社(建設業)・ビルダーズジャパン株式会社(不動産業)で、「工事責任者」を自称していたU草A二(30代半ば)が、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と何度も何度も無神経に大きな声で口にしていたので、彼がもう少し人の言うことをきく人間なら、「そういうことを口にするものと違いますよ」と諭してあげるところでしたが、ひと言二言言ったくらいで理解できるなら、こういう文句は口にしていないはずなので、まあ、本人が自分で体験してまちがいを理解するしかないだろうと思って放置していました。但し、自分が彼と一緒に仕事で行動する際に彼のこの間違った認識のおかげで被害を受けることもあり、その点では困った男だと思っていました。 こういう人にその認識が根本的に間違っていると理解させるには、一番いいのは実際にやらせることで、そして、自分はどうしようもないバカだったと理解すればそれが本人の為でもあると思うのですが、それで気づくかどうか。あまりビョーキの程度が重い人の場合は、体験させるだけ無駄という場合もあります。

【1】  1990年代、在来木造の I 工務店の福島県いわき市の営業所にいた時、新卒入社で入り、その地域の工事責任者としていわき市にしばらく赴任していた I さん(30前後。当時。)が、他営業所へ転勤する時、営業所の会議において、挨拶で「少し前に本で読んだんですが、・・・という話が載っていたのですが、営業の方、こんなこと知っていますか」などと言いだした。 いったい、何が言いたいのかと私は思ったし、営業をやっていた他の人間も思ったと思う。 同社で全国1の成績をとったこともある所長のKさんが「いったい、何が言いたいんだ」と、誰もが思っていることを口にした。 結局、何が言いたいのかはっきりしないまま、意味のよくわからない挨拶を残して I さんは転勤していった。 I さんは新卒入社で入り、まだ若かったが、別に、不真面目な人ではなく、私が担当のお客さまのお宅のためにも努力してくれたし、又、同社に多い「頭のない人間がいいんだ」というタイプではなく、1級か2級かの建築士の資格も持っていたと思うし、インテリアコーディネーターの試験にもいわき市に赴任中に合格していた。別に私とも仲は悪くなかった・・・・が、時々、「まだ精神的に十分成熟していない」という印象を受ける言動を取る時があった。これなどもそのひとつであった。
  普通に考えればわかることだが、営業の仕事をしている人間は、「優秀」と評価される営業成績を残した人間もそうでない人間も、なんとか売ろうと努力して、そして、成果がでたりでなかったりしているのです。 営業に関する本も読んでいます。読んだもので役立つものもあればあまり役立たないものもあります。その時は役立たないが、何年か経験してみるとそこに書かれているものがわかり、また、実行することもできるという場合もあります。 なんとか売ろうとして努力したけれども認められずに辞めていった人も何人もいます。 そういう営業の人間を何人も前にして、工事管理の仕事はやっても営業の仕事は実際にやっていない人間が、たまたま読んだ本に営業について書いてあったものがあったので、「こうやったらどうかと思うのですけれども」などと口にしても、所長のKさんが実際に口にしたように「いったい、何が言いたいんだ」ということになります。特に、彼はまだ若いといっても入社したばかりではなく20代前半ではなかったのであり、それゆえ、よけいに「いったい、何が言いたいんだ」という気持ちにならされたし、ならされるものでした。
  そのあたりの彼の認識は、工事課の従業員として仕事をする上においてもマイナスになるものでした。 工事途中で施工ミスが続き、このまま引き渡しを受けるわけにはいかないと怒られたお施主さまがありましたが、お施主さまを怒らせてしまったひとつとして、その現場の工事担当者Tさんの対応が悪かったということについて、工事責任者の I さんがお施主様に「Tは子供ができたばかりでたいへんなんです」と口にしたということがありました。 普通に考えても不適切な発言ですが、 I さんはそのわかっている者にとっては当たり前のことが理解できていなかったのです。 私は、その時、本社から来た「お客様相談室」の担当者を送迎する「運転手」をやってくれと言われて同行していて、お施主様が言われるのを聞き、そして、どういう点を不満にされているのかも工事責任者であった I さんに伝えたのですが、工事にミスがあったのは申し訳なかったと I さんも理解していたし、それらは改善しようと努力する人ではあったのですが「Tも、子供ができたばかりでたいへんなんです」という言葉がどれだけ相手を傷つけているかという点については、言われても理解できないようでした。
  「Tも、子どもができたばかりでたいへんなんです」 と言われて、「そうですよね〜え。だから、うちの家の工事は無茶苦茶でもしかたがないですよね〜え」と施主は考える義務があるか?  そうではないとわかっている人間にとっては当たり前のことなのですが 「Tも、子どもができたばかりでたいへんなんです」 と言えば通じると思っている人が、なぜか、世の中、時々いるのです。
   「 そんなこと、うちに何の関係があるんですか! 子供ができてたいへんだから仕事ができないというなら、やっていただかなくてけっこうです と言われたのですが、まったくつくづくもっともなことです。 「子どもができたばかりでたいへんなんです」 などと言ったのでは、こう言われるこう思われるというのはわかりきっていることで、だから、このようなおかしな「言い訳」は口にしてはいけないのです。私などが考える「普通の人間」はこのようなおかしな「言い訳」は口にしないものですが、不思議なことに、世の中には「『子どもができたばかりでたいへんなんです。』と言って、なんでいけないんですか。たいへんなんですからねえ」などと自慢(?)する人もいるのです。 
  そのお施主さまは、そのお宅の担当営業が「世の中には、もっぱらクレームをつけるのを生きがいにしているのかというような人もいるけれども、あの方は今は怒っているけれども、そういう人じゃないんだ。 もともとは、うちを気にいってくれていたし、『クレーマー』とかいうような人じゃないんだ」 と言っていたが私もそう思う。そして、I さんの発言に対しても「うちに子供ができないものだから、それで、余計に思ったのかもしれませんけれどもね」と言って理解しようともしてくださった気持ちの優しい人でもあるのです。 しかし、それを I さんに伝えたところ、 I さんは「そんなこと知らないじゃねえかよお」と口にしたので、 I さんは他の部分で真面目に努力するところのある人ではあったけれども、その部分については「おまえ、はり倒されるぞ。もう、絶対にあの人のところに行くな」と思いました。 せっかく、理解しようとしてそういったことを言って下さった方に対して、そんな理解しかできないというのは、営業でなくても住宅を仕事とする者として恥ずかしいことです。
  その御夫婦に子供がどうなのかといったことを知らないから「Tも、子どもができたばかりでたいへんなんです」と言ったって悪いことないじゃないかと彼は心の底から思っていたようですが、そうではないのです。ひとそれぞれ事情はあるのであり、各家庭で事情は異なるのですから、「知らない」から「Tも、子どもができたばかりでたいへんなんです」と言ったって悪くないじゃないか、ではなく、「知らない」から「Tも、子どもができたばかりでたいへんなんです」などとは言ってはいけないのです。それが理解できない者は、営業でなくても、人を相手にする仕事をするにおいては相当にマイナスの評価を受けざるをえませんが、特に、営業の職種としては欠陥があると見られても文句は言えません。 そういう人が「営業の人、もっと、こうするといいのと違うんですか」などと何の本を読んだのかしらないけれども、その地域の営業の人間全員を前にして口にしたのでは「いったい、何が言いたいんだ」と所長のKさんが実際に口にしたように聞いていた人間から思われるのは当然のことです。
  これらの点で I さんは「精神的に未熟」とでも評価されてもいたしかたないところがありましたが、努力しない人ではなく、私の担当の御施主様のためにも貢献してくれた人ではありましたし、それから何年か経っており、今はわかっているかもしれませんが、一般論として「ぼく、営業やったことありませんけど、できますから」等の発言をする人というのは、営業の仕事をやりもしないでたまたま読んだ本に何か書いてあったからといって「営業の人、こういうことをもっと考えて仕事したらどうですか」と口にしたこの時の I さんと同様に、その部分で無神経な人、その部分において「精神的に未成熟」な人が多く、その点で「営業できない」要素を持つ人が多いと言えます。U草も無神経だからぶくぶく太るのです。


【2】   1993年、在来木造の住宅建築請負業 I 工務店の千葉県松戸営業所にいた時、私より1つか2つ年下で愛知県名古屋市の八事(やごと)という所の営業所にいて営業成績があがっていなかったM下くん(30代前半。当時)が松戸営業所に転勤で来ました。M下くんが転勤で来て一番最初に何を口にしたか。
「来てすぐわかった。 こ〜んな営業しやすい所はない。 ここなら、浜松や名古屋の最低でも倍は売れる」と暴言を吐いたのだ。
 入社直後の新人は別にして聞いた人間全員が「この野郎」と思ったはずだ。 私はその時入社2年目であったが、私の1カ月後くらいに入社したSくんが即座に「へっ。そんなこと言って、半年くらい経って『なんで売れないんだあ』と頭かかえてみたりして・・」と冗談ぽく口にした。 Sくんは学校は高校まで行ったか行かなかったかと聞いたがこのあたりの反応はなかなか頭いいと思う。 即座に対応していること、かつ、冗談を言っているような言い方をして実は相当に鋭いところをついている点、その2点、すばらしい。(私はM下くんがこの発言をするのをその時初めて聞いたが、M下くんはそれより前にもこの発言をしたことがあってSくんはそれより前に聞いたことがあったということも可能性としてはありうる。)
   普通に考えればわかることだが、その地域で苦労して仕事をしてきた人間を前にして、その地域ではまだ1棟も契約を取得していない人間が、それまでいた地域でどれだけ契約を取ってきたとしても「来てすぐわかった。こ〜んな営業しやすい所はない。 ここなら、浜松や名古屋の最低でも倍は売れる」などとそんな失礼な言い草はない。 
   それだけではない。 在来木造の一条工務店は、私が入社した1992年やM下くんが松戸に来た1993年においては東京近郊ではまだ会社の名前は知られておらず、静岡県浜松市の工務店が浜松を中心にして東西に伸びて静岡県・愛知県に浸透し、地方の都道府県にも出店して地方都市では評価されるようになってきたという会社だった。
(1) 地方都市で発祥した会社だけに、商品も「地方向けの商品」
(2) 販売方法(会社としての「販売方法」、会社が用意した販売マニュアル)も「地方向け」の販売方法だった。
(3) たとえば、パナホームは東京圏では展示場は都市近郊の住宅の間取りで「2間続きの和室」などなかったが、福島県いわき市の展示場はその地域の人たちの生活を考えて「2間続きの和室」を設けた展示場になっていた。それに対し、一条工務店では、東京の展示場でも「南玄関で中央に玄関がある」(都市部では北道路の土地なら北か北寄りの東・北寄りの西に玄関〔入口〕を設けるのが普通であるが、地方では、今でも、道路づけがどうかにかかわらず玄関〔広縁の続き〕は南側にあるものという認識の地域が少なくない)「入って左側に2間続きの和室」(「親戚中が集まった時のことを考えれば」という認識、「2間続きの和室」はあるのが当然という認識が「地方」にはあるが、都市部では「親戚中が集まった時」など考えて家を建てる余裕はない、もし、そういう時があればどこか会場を借りればよいと考える人が多い)といったように展示場も「地方向け」の間取りで作られていた。
(4) 静岡県西部と愛知県においてのみテレビ広告をおこなっていた。 私は、入社直後、「I 工務店は、テレビ広告をやるよりもその費用でお客様によいものを作った方がいいという考え方の会社なんです」と会社から聞かされたので、会社が言うからにはそうなのだろうと思って東京の展示場に来場された方にそのまま話したところ、その時は東京に住んでいるが浜松出身という方から「何、言ってるんだよ。 一条工務店は、東京ではテレビ広告はやってないけれども、浜松や名古屋では無茶苦茶いっぱいテレビ広告やってるじゃないか。嘘言っちゃだめだよ」と言われた。I 工務店は東京地域の従業員に嘘を教えていたのだ。
(5) その当時、 I 工務店では延床面積に玄関ポーチ部分・バルコニーの半分・吹き抜けの面積の半分を加算した「施工面積」という同社独自の面積計算をして、同社の主要タイプを東京都では坪55万円だったが、浜松ではそれが、なんと、坪48万円だった。かつ、東京都では基礎の束石がピンコロ(四角いさいころ型のコンクリート)だったのに対し、浜松では「マンホールのふたみたい」なでっかい束石だった。 「東京の方が浜松より物価が高いから」と言うのだが、浜松で48万円のものが東京で55万円とそこまで差があるわけがない。 浜松で坪48万円のものが東京で坪55万円なら名古屋ではその間で坪53万円くらいかというと、なんと名古屋では坪49万5千円だった。 東京で坪55万円のものが浜松で48万円なら福島県に行くと坪40万円くらいかというと福島県でも浜松と同じ坪48万円だった。 住宅会社は地域によって価格を変えている会社と全国一律の会社があったが、地域によって価格を変えている会社でも、その頃の I 条工務店みたいなおかしな価格の設定のしかたをしている会社は他にあまりなかった。 経済学上の「需要曲線」を考えても、同じ商品を高い値段で売らされるのと安い値段でたたき売るのとでは安い値段で売る者の方が売れて当たり前、契約1棟あたりの評価は高い値段で売らされた者が高くて当たり前、安い価格でダンピング販売している浜松・名古屋の営業の評価は低くて当たり前のはずが、1棟あたりの歩合も評価もダンピング浜松・ダンピング名古屋・ダンピング掛川も高い値段で売らされている東京都及び周辺県と同じ評価だった。 この「浜松・名古屋の陰謀」については、東京都・千葉県で営業職についた人間は誰もが怒っていた。
(6) カタログに写真が掲載されている住宅も、すべて「遠州好み(えんしゅうごのみ)」だった。(「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「静岡県西部の人の好み」という意味) だから、東京の展示場に来場された方からは「なに、これえ」とかよく言われた。 ほぼ全国で営業する会社となったからにはカタログなどは全国を対象にしたものにするべきであるが、全国からの利益をもとに浜松・名古屋向け静岡県西部・愛知県向けのカタログを作成してそれを全国で使わせていた。特に、「地方向け」のカタログは都市部の見込客には評判悪かった。
(7) その頃、東京近郊では、在来木造では住友林業の評価が高かったが、松戸展示場にいた時、私がきっちりと調べた上で説明しても「向いの住友林業の人は違うこと言ってたよ。嘘言っちゃだめだよ。あんた」と言われたことが何度もあった。嘘言ったのは私ではなく向いの住友林業の営業の方だが、会社の名前で判断して「住友の人間の言う事は正しい。住友の人間と異なることを言う人間は嘘を言う人間だ」という思考をする人が現実にあった。 日本人としてなさけないことだが、日本においてそういう思考をする「権威主義的パーソナリティー」の人は少なくない。
  松戸展示場にいた時、妻の親と同居の2世帯住宅を建てようと考えている方があり、総合住宅展示場に出展していた「2世帯住宅」を売りにしていた旭化成へーベルハウスと住友林業と三井ハウス、積水ハウスの4展示場にのみ入って話をしようとされた方がおられ、その方の子供(男児)が、住友林業を出た後、 私がいた一条工務店の展示場に入ってきたところ、その母親が「ちょっと、待ちなさ〜い。 ここは入らないの。ここは入っちゃだめ〜え。ここは入っちゃだめなところなのお。ちょっと、出てきなさ〜い。早く出なさ〜い。」と展示場の入口から中に向って叫ばれたことがあった。 私はその奥さんに「まあ、そうおっしゃらずに、せっかくここまで来ていただいたんですから、中に入って御覧になっていってくださいよ」と話して入場していただき、追客したが、「2世帯住宅」ということから旭化成へーベル、木造志向という点から住友林業、木造志向だが和風志向ではないところから三井ハウス、それに住宅着工棟数1位の積水ハウスを考えた「本命 旭化成、 対抗馬 三井ハウス、 ダークホース 住友林業、穴馬 積水ハウス」のお客様に、その方にとって「大穴」ですらない会社、「ここは入ってはだめなところなのお。出なさ〜い」の会社の営業が相当に苦労努力しても契約に結びつけるのは難しかった。
 逆に、浜松の本社で研修がある時、JRの浜松駅で降りてタクシーに乗ると、初対面の運転手から「お客さんは住宅を作る仕事をしている人だと思うのですが、ちょっと、教えてほしいんだけれども、私は今○歳で、年収は◇◇万円くらいなんだけれども、このくらいの年収の者でも家を建てることはできるでしょうか」と話されたりすることが何度もあった。
  その頃、I 条工務店の浜松・名古屋近辺の営業は「お客さんは住宅を作る仕事をしている人だと思うのですが、ちょっと、教えてほしいんだけれども、私は今○歳で、年収は◇◇万円くらいなんだけれども、このくらいの年収の者でも家を建てることはできるでしょうか。」と初対面の人から話しかけられる地域で仕事をしていたのであり、東京及び東京近郊の人間は「ここは入っちゃだめなところなのお。出なさ〜い。」と言われる所で仕事をしていたのである。 そして、「お客さんは住宅を作る仕事をしている人だと思うのですが、ちょっと、教えてほしいんだけれども、私は今○歳で、年収は◇◇万円くらいなんだけれども、このくらいの年収の者でも家を建てることはできるでしょうか」と初対面の人から話しかけられる地域で仕事をしている人間は自分たちの地域でのみテレビ広告をおこない、自分たちの地域に「ここは入っちゃだめなところなのお。出なさ〜い」の地域よりはるかに安い価格設定をおこなっていたのである。 
  M下くんは、そういう「お客さんは住宅を作る仕事をしている人だと思うのですが、ちょっと、教えてほしいんだけれども、私は今○歳で、年収は◇◇万円くらいなんだけれども、このくらいの年収の者でも家を建てることはできるでしょうか」と初対面の人から言ってもらえる「浜松・名古屋地域」の営業所にいて、会社が作成していた営業成績グラフを見ると、転勤してくる前の年、そういう地域にいたにもかかわらず、まったく売れていなかった人間だった。 そういう人間が東京圏の営業所に来て来るなり、「ここは入っちゃだめなところなのお。出なさ〜い」と言われる地域、こちらの方が本当のことを話しているのに「住友林業の人は違うこと言ってたよ。あんた、嘘ついちゃだめだよ。俺は嘘つく人間はきらいなんだ」と言われる地域で苦労して仕事をしてきた人間を前にして、「来てすぐわかった。 こ〜んな営業しやすい所はない。 ここなら、浜松や名古屋の最低でも倍は売れる」と口にしたのだ。 どう思いますか? 「おまえ、今すぐ、浜松・名古屋へ帰れ!」と思いませんか? Sくんもそう思ったから「へっ。 そんなこと言って、半年くらい経って、『なんで売れないんだあ』と頭かかえてみたりして・・」と口にした。 冗談を言っているような言い方をしているが、当然のことながら、冗談ではない。 実質的に冗談ではない ということに気づかない人は白痴です。
  その時、松戸営業所は営業本部長のA野T夫さんが営業所長を兼任していたのですが、M下くんのこの暴言について、兼任であってなくても営業所長であるのですから、当然「そういうことを言うものじゃないだろう」と注意するべきであり、それが当然だと思ったのです。 同社に約11年いて約10年営業をやり、その後、別の会社にも勤めた今でもそう思っています。 
  私より1カ月ほど後で入社したSくんが言ったことは私も同様に思いましたしそう思うのが当然です。 ところが、M下くんはその後も自分は営業成績を残さないにもかかわらず同様の態度を続けるのです。それで、またもや勝手なことを言いだした時、私は「あんた、名古屋へ帰ってくれないか」と、つい言ったのです。 「言ってしまった」ではありません。 言われる者が悪いのです。 M下くんがそう言われるような言動をとってきたのです。私だけでなく、Sくんも「へっ。 そんなこと言って、半年くらい経って、『なんで売れないんだあ』と頭かかえてみたりして」と発言したように、他の人間も程度の違いはあってもそう思っていたはずなのです。 
  ところが。 営業本部長のA野さんがどうしたか。 「M下くんに『名古屋へ帰れ』と言ったそうじゃないか」と私の方に文句を言ってきたのです。 I 工務店は社長の一族と一族の友人が従業員に多い会社と言われていて、かつ、すべての「社内人脈関係」が明白に知られていたわけでもないので、M下くんも、強いか弱いかはさておきその傾向を持っていた可能性もないとは言えない。 M下くんは松戸営業所に約8カ月いて「浜松や名古屋の倍は」売ったかというと、Sくんの予想通り結局1棟も売れなかった。ざまあみやがれい!と思っていると、ひとつ昇進して津田沼付近にできた新展示場に移っていった。 へ〜え、名古屋でまったく売れずに松戸に来て8か月契約ゼロだと昇進するんだ、へ〜え。おもろい役職でんなあ(おもしろくないけれども)・・と思いました。
   その後、同社の営業成績のグラフを見ていると、M下くんはある程度以上契約をあげた時もでてきたようですが、何年か後に栃木県のリーダー会議に彼が来た時、彼の発言をきくと、「まったく、この男は変わらんなあ」「人間的に進歩のない男だなあ」というものでした。またもや同様の発言をしたのです。
   彼が「売れる営業」か「売れない営業」かというと、同社のグラフを見ると「売れた」時もあれば「売れなかった」時もあるようだが、私は彼が「売れなかった」時に同じ場所にいたことはあるが、「売れた」時に同じ場所にいたことはないので「売れた」時にどのような売り方をしたのかよくわからないが、たとえどこの誰よりも多く売ることがあったとしても、誰かであれその地域でまったく契約をあげていない者が、「お客さんは住宅を作る仕事をしている人だと思うのですが、ちょっと、教えてほしいんだけれども、私は今○歳で、年収は◇◇万円くらいなんだけれども、このくらいの年収の者でも家を建てることはできるでしょうか」と会社の名前を出すだけで初対面の人から言ってもらえる地域にいた人間が「ここは入っちゃだめなところなのお。出なさ〜い」と言われる地域で苦労して仕事をしてきた者に向って、「来てすぐわかった。 こ〜んな営業しやすい所はない。 ここなら、浜松や名古屋の最低でも倍は売れる」などと口にして良いわけはなく、会社の上役たる者は「そういうことを言うものじゃないだろう」と注意するべきものであって決して逆ではない、又、経営者たるもの、全国展開する会社なら全国を考えて商品開発するべきで、カタログ等は全国を対象に作成するべきで、価格は公平性を考えて設定するべきであると今も思っています。 「空の広さは浜松の広さと同じだ」と言えば I 工務店の経営者は喜ぶようでしたが、慶應義塾の商学部の卒業生としてそんなこと言えません。「空の一部分の広さは浜松の広さと同じだと言うならそれは正しい。しかし、空の広さは浜松の広さと同じだと言うならそれは間違っている。」


【3】  千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社(建設業)・ビルダーズジャパン株式会社(不動産業)で、自称「工事責任者」だったU草A二が、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と無神経に何度も口にしたのは、いったい何を考えて言っていたのか・・というと、たぶん、何も考えていなかったのではないかと思う。

   職種名が「営業」でなくても、営業的要素がある職種はある。 何年か前、我が家に訪ねてきたリフォーム屋の営業が、「うちの会社は営業はいませんから、だから、営業がいない分だけ安くできるんです。」と言うので、私が「あなたは営業ではないのですか」と言うと、「私は工事担当です」と言うのです。 それで、「しかし、今、営業されていませんか?」と私が言ったところ、「いや。私は営業ではなく工事の係なんです」と言い張るので、「工事の係であったとしても、今、ここでは営業されていませんか?」と言ったのですが、それでも、「今、ここでは営業をやっていても、それでも、私は営業ではなく工事の人間なんです」と繰り返すので、もう、いいよ、こいつ、と思いました。 リフォーム屋の場合、新築屋と違って小規模な会社が多く、従業員の数も多くない場合が多く、営業と工事が分かれていない場合が多いのです。私が在籍した千葉県のWホームもそうでした。 そういう時に、名刺に「営業 ○野×造」と書くか、「工事課 ◇原△太郎」と書くかという問題において、名刺はお客様を相手とする時に使用するのが主で、業者に渡す時もあるとしても、お客様に渡す方が主であるということから「営業 ○野×造」と書く会社があり、どうせ、何から何までやるしかないのだからということで、「◇◇営業所 ○野×造」と職種名を書かずに営業所名だけ書く会社もありますが、「営業と書くと、『営業は嘘つき』だとか、『営業は人をだます』とか思われるので、『工事課』と書いた方が信頼される」などと考えて、営業もやれば工事担当でもあるという人間を、名刺には「工事課」と書く会社があるらしいのです。 私はそれがいいとは思いませんけれども。 「営業は嘘つき」で工事課の人間は正直だなどと、いったいどこの誰が決めたのでしょう。 私はそんなこと思っていないし、「人をだます」というそんな営業を私はしてきていないし、そんな認識で、「営業兼工事課」の人間に「私は工事課の人間であって営業ではないんです」などと言わせているような会社なんか好きになれません。その会社が何と言う会社か忘れてしまいましたが、しょーもない詭弁はやめた方がいいと思います。

   そういうケースもありますが、営業と工事課(工務課)が分かれている会社でも、営業をして成り立つ会社では職種が営業でなくても営業を考えずに仕事はできないし、又、営業を広く「人とのつきあい方」と考えるなら、人と接する仕事、特にお客様と接することのある仕事は、すべて「営業」的要素を持っています。 U草はその営業的対応を求められるケースで「営業できない」面をすでに相当に露出しているのです。
(1) 営業担当者と一緒に契約客と打ち合わせをおこなう時、2人で相手をしておれば、主として話をしていない方の人間は、お客様の子供のことを考えるのは当然のことで、職種が「営業」でなくても、「工事」でも「設計」でもそれは変わらないはずであるが、U草は、自分が主として話をしていない時でも、それこそ「お客さんみたいに」ちんと座っている。 一般的にはこんな人間を「営業できる」とは言わない。
※[第143回]《「おちびちゃんはお友達」〜営業の最高の技(2)〜おのれの骨と肉のきしみで身につけた(?)》 http://shinkahousinght.at.webry.info/201211/article_3.html で、この件について述べた。

(2) 2011年3月11日の福島第一原発事故のすぐ後、東大の原子力の某教授が福島市付近は心配しなくても大丈夫ですと言いながら東京都文京区本郷の東大の研究室で「換気扇を止めろ」と指示したという頃、U草をクルマに乗せたが、その時のこと。 自動車は住宅と同様、隙間がないように見えてけっこう隙間があり、屋外空中に放射性物質が浮遊しているならいくらかは入ってくるが、それでも、空中に放射性物質が多い時は窓はしばらく開けないようにした方がよい。幸いなことに福島第一原発事故は3月で、真夏や真冬とは違って窓を閉めてエアコンもかけずにいることにそれほど苦痛を感じない季節だった。私は新華ハウジングの社屋の窓もすべて閉めて、自分のクルマの窓やドアも出入りで必要とされるもの以外は開けないようにして、エアコンを使用する場合も屋外の空気と循環しない方を選択していた。ところが、U草は私のクルマの助手席に乗るとすぐに、運転者でクルマの所有者である私に無断で横の窓を降ろして開けた。 
[1]放射線・放射性物質は原発事故が起こらなくても存在し、建築においてもどう対処するかは課題のひとつでした。〔⇒[第29回]《ラドン・ラジウムの放射線は健康に悪くないって? え? 〜 「週刊ポスト」記事に対する建築屋の違和感》http://shinkahousinght.at.webry.info/201104/article_4.html  参照。〕 福島第一原発事故以来、身の回りの放射性物質の量は無視できないものとなり、より重要性は高まってきたにもかかわらず、U草が放射性物質・放射線に無関心であったのは営業の職種であっても工事の職種であっても建築屋として恥ずべきことです。
(「工事責任者」を自称しているU草は、同社の屋外で大工仕事をしている従業員の健康対策を考えないといけない立場であるにもかかわらず放置している。私が工事現場の工事用仮設水道の設置くらいは早急にするべきだと何度も言っても、「やりますよ」と言ってやらない。 
 社長の○○川S二も、「放射能こわよね〜え」と言って福島第一原発事故後すぐに妻と子を関空経由でハワイに避難させておきながら、従業員には、千葉県の会社が福島第一原発に近い茨城県北部の大東建託の下請け仕事に行かせ、会津若松の仮設住宅の工事に放射線量の高い福島県中通り経由で行かせ、放射能の「ホットスポット」に該当した葛飾区水元の工事に行かせるなど平気でおこない、かつ、4月、社員総会で安全について、私が放射能対策も説明した方がいいのと違いますかと言っても「いいよ、そんなこと言わなくても」と言い、自分と自分の家族に対してと従業員に対してとで明らかなダブルスタンダードの姿勢を取った。社長の○○川は「家族の笑顔って最高です」という文句を入れた工事現場にかけるシートと工事現場に立てる看板を作成したが、「一般従業員とその家族を犠牲にした上での 社長と社長の縁故の従業員の家族の笑顔って最高です」という意味らしい。)
[2] 放射性物質がどうかにかかわらず、ひとのクルマに乗せてもらった時、窓を開けたいと思ったら、開ける前に運転者・クルマの所有者に断るもので、そこでひとこと言うのが営業能力であり、言わずに勝手にひとのクルマをいじって開ける者はその部分で営業能力がないということになる。 私は「この男はなあ〜あ」と思って見ていたのだ。 そのU草が「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と何度も何度も繰り返し繰り返し大きな声で言うので、いったい、誰がそんな話をこのブタに吹き込んだのか、と思ったが誰なのだろう。「ブタもおだてりゃ木に登る」という言葉があるが、登らないと思いますよ。ブタもおだてりゃ営業できるかというとそうではなく、やはり、努力して苦労して、「なぜ売れないのか」「なぜ売れるのか」「どうしたら売れるのか」と考えて考えてして営業の能力を身につけないとできないと思いますよ。

(3) 2010年8月、私がポスティングをした会社の近所のお宅から、営業担当者の私が休みの曜日に、リフォームの問い合わせの電話が入った時、普通、営業の経験のある人間なら「折り返し担当から電話をさせます」と言って、たとえ、休みの日でも担当の私に連絡をして、その上で出勤している自分がかわりに行くこともできるけれどもどうしようかという話をするものですが、私に無断で勝手に行って、よほどおかしな対応でなければ頼もうと思われている方から言われた通りの床補強工事を請け負ってきた。  「新築とリフォームの両方を請けたい会社」としては10万円未満のリフォームは「とっかかり」で、そういったものを縁にして近隣の人たちに浸透していきたいというもので、10万円未満のリフォームだけもらって喜ぶわけにはいかないのですが、そういうことをされると、その時、工事の仕事をもらえても、そこで縁が切れてしまうのです。 翌日、「ぼく、行って契約してもらってきましたから」と、何の問題もないみたいに口にするというのは、やはり、「営業の経験のない人間のすること」です。

(4) 2011年の4月だったと思うが、私がポスティングをしたお宅から問い合わせの電話をもらいU草と一緒にお宅にうかがった時、かなり痛んできていて将来は建替えも考えに入れた方がよさそうで、お施主様も考えておられたのですが、U草は、徳島市の株式会社フィット(http://www.fit-group.jp/ )の研修に行って「フィットのやり方」を教えてもらってきた直後であったことから、「フィット」の話をしたくなったようで、「土地の半分を売って、そのお金で半分の土地に建てたらどうでしょうか」などと営業担当の私を無視して言いだした。 まず、
[1]不動産というものは、そういう方法もないわけではないが、もし、そういうことをやろうとしても、どこでも、すぐ、必ず、できるというものでもない。 認識が甘すぎる。 なぜ、認識が甘いかというと、一番大きな原因は、実際にはそう簡単にいくものでもないと認識する経験をしていないから、そう簡単にいくものでもないという状況を見ていないからです。
[2]たいていの人は住宅とその土地には思い入れがあるもので、そういう話は、そのお施主様がどう思われるかというお施主様の気持ちを考えて考えてした上でないと言ってはならないものであるが、U草はそれがわかっていない。 人間が軽い。かつ、それが自覚できていない。  これも、その一番の原因は、実際に営業をやって、そのような無神経な態度では、顧客はいやがる、よい結果はでないという経験をしていないから、及び、ひとが嫌がっている、不快に思っている場合でもそれを平気でいる無神経なところがある人間だからです。
[3]なにより、営業担当者はそのお施主様に対してどう対応しようかという担当者の考えがあり、それを無視してそのお施主様の営業担当でもない者が思いつきでそのようなことを口にしてよいものではない、という基礎の基礎がU草はまったく認識できていない。 営業は、営業の人間が相手なら「何、やってくれんだ、この野郎」と言う場合でも、工事や設計の人間が相手の場合、遠慮したり我慢したりします。U草は私などからも我慢してきてもらったのをわかっていないのでしょう。 
[4]どこかで何かを学んだ・教えられたということがあっても、それを目の前の顧客に対して出した方がいいか出さない方がいいか、出すならどの程度どのように出すかという判断をしないといけません。  U草が判断なしでボロボロ出すのは「営業の経験」がなく「営業の能力」を習得できていないからです。 
特に[4]は私は実際に営業をやって身につけてきたもので、やる前はできていなかったのです。資格試験でも、私が比較的簡単に通ったものなら他の人も簡単に通る可能性がありますが、私が相当大変な思いをしてやっと通ったというものは他の人もそれなりの労力が必要でしょう。 営業も同様で、私が経験を積んで身につけてきたものを「やったことないですけど」「できますから」と言われても、?ということになります。
  なぜ、U草がそういう態度をとったかというと「営業の経験がないから」「営業の能力がないから」「営業できないから」です。 もしU草のその態度が「フィットのやり方」なら「フィットのやり方」は白痴のやり方です。

(5)  [第152回]《年賀状に思う。 営業効果の違い。 営業経験のある人間とない人間。営業能力のある人間とない人間。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_2.html で、私が入居者のために工事途中の写真をプリントしてアルバムに作成し、入居祝いとして渡してもらうようU草に頼んだがお礼のひと言もなく、U草がいいかげんな渡し方をしたか、「渡しておきます」といってそのあたりに放置して渡さなかったかしたらしいことを述べた。そういう「営業できていない」「営業的能力がない」ところを何度も何度も露出してきた男が、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と何度も何度も繰り返し大きな声で職場で言うというのは、いったい、何なのだろうなあ・・とあきれる。

(6)  [第69回]《「引かば押せ」の男、実際にやりもせず「ぼく、営業できますから」と言う男〜営業と会社の話(15)》http://shinkahousinght.at.webry.info/201110/article_1.html では、U草が、「引かば押せ、押さば引け」という態度を、顧客に対しても職場の従業員に対してもとっていること、配慮してもらって譲歩してくれる人があると、譲歩してあげると、「○○さんは大丈夫な人ですから」とその相手にはいくらでも譲歩させればいいと思ってしまう人間であること、かつ、その人を見る判断が間違っていること、について述べた。これなどは、営業的能力として肯定できないとともに、他の職種の能力としても評価できないものである。新華ハウジングの業者や工事部の大工仕事をやっている従業員から「U草はだめだ」「U草じゃだめだ」と何人もから言われているのに、それがわかっていない。というより、U草は、≪「U草じゃだめだ」とはてしなく怒らせてもいい人≫と≪○○さんは大事な人ですから≫と大事にしなければならない人間を分けているらしいが、その態度がまず間違っているし、又、「大事にしなければならない人」と大事にしなくてもいい人の判断もあまりにも愚かであさましい。 そのあたりも、「営業できる」「営業能力がある」と判断できる状態にはほど遠い。

(7)  [第206回]《会社・業界によって異なる営業の「基本動作」(2)―クルマの選択 と クルマの停め方》http://shinkahousinght.at.webry.info/201310/article_2.html で述べたが、U草は若い頃にクルマで暴走族まがいの運転をして大きな事故を起こし、それ以来、運転免許を取れないか取らないか運転するととんでもないことがおこるかでクルマの運転をせず、工事現場を見てまわるのが仕事の「工事責任者」の職種をそれでよくできるなと思ったが、それまで新華ハウジングがおこなっていたのは新昭和とか大東建託の仕事の下請けであって、各工事現場に元請けの会社で工事管理の職種の人間がいてその人間の管理のもとに仕事をしていて、新華ハウジングはほとんど人間を派遣するだけで、U草は「工事責任者」を自称していても実質的に「工事責任者」「工事管理者」に該当する仕事はおらず、「工事責任者」を名のるのは厚かましいおこがましい状態だった。  クルマで移動して仕事をする「住宅の建築の営業」「住宅の不動産の営業」の仕事に応募しようとすると、たいてい、求人票の応募条件に「普通自動車第1種免許」と書かれている。 運転免許を持っていない人でも、20代前半なら「これから大急ぎで取ります」と言えば入社後に運転免許を取る条件で採用される可能性もないとは言えないが、運転免許を取れないか取らないか運転するととんでもないことがおこるかということでクルマの運転をしないという人で、30代半ばで、本人は「営業できますから」と思っていても実際にそれまでに営業をやったことはないという人が採用されるかというと、決めるのはそれぞれの会社の担当者・経営者で、「世の中いろいろ、会社もいろいろ」で、採用するべき人を不採用にして採用すべきでない人を採用する担当者・経営者の会社もありますからいちがいには言えないとしても、一般的には採用されるのは難しいと思われます。そういう人がどういう了見で「営業できますから」と言い張るのか理解に苦しみます。

(8)  [第145回]《営業の禁句「そのうち(契約)取ります」他。 それ言ったら「私はアホです」と言ってるのと変わりません。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201211/article_5.html の【6】では、
[1]「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」という文句は営業の仕事をしてきた人間に対して失礼であり、営業の能力のある人間ならそういう失礼な文句は言わないものだということ、そういう失礼な文句を口にするということ自体、「営業できない」要素を示しているということ、
[2]営業という仕事は、営業の仕事をする前に自分は営業ができると思っていた人と営業の仕事をやる前においては自分は営業は苦手だとか営業は好きではない・営業に向いていないと思っていた人では、実際にやってみた結果は、前者の方が良いとは限らない。 やる前においては、自分で営業は苦手だとか営業は好きではない・営業に向いていないと思っていた人の方が良い成果を出すということは少しも珍しいことではない、ということを述べました。

  今回は、U草がどのように「営業できないか」を主として論じる稿ではないのでこの程度にとどめますが、 「営業の経験のない人間」「営業できない人間」としての言動を何度もとっている男が、なにゆえ「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」などと厚かましい無神経な文句を繰り返し繰り返し大きな声で口にするのか。 ひとつ、可能性として考えられるのは、「倫理研究所(=倫理法人会)[http://www.rinri-jpn.or.jp/ 、http://www.rinri-chiba.org/ ]で、倫理研究所(=倫理法人会)の誰かにそう言われた、それで、本気にした、ということが、可能性のひとつとして考えられます。 新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の○○川S二(40代前半)が、2010年の終わり頃から倫理研究所(=倫理法人会)にはまりだした。 同団体の問題点として、宗教や政治の団体として勧誘するなら個人を勧誘すればよいはずなのですが、同団体はそうではなく、あんまり賢明とはいえない会社経営者にとりつき、経営者に加入させることにより、その会社の従業員に対して、「業務命令」によって参加させようという、まっとうでない勧誘方法をとる 存在自体が違法な性質を持つ団体であるというところがあります。  そして、司馬遼太郎のことを、「無能な経営者を その気にさせる罪つくりな作家」と、評論家の 佐高 信 がどこかに書いていたが、倫理研究所(=倫理法人会)も、そのようなところ、「無能な経営者(とまで言うかどうかはさておき、『そこまででない経営者』)を その気にさせる罪つくりな・・・」というところがあるのです。 で、「経営者」だけでなく、「営業」についても、自分自身で経験を積んできていない人間に「その気にさせる」ようなところがあるように見受けます。 まず、たとえ、立派なお話をする人があったとしても、話だけ聞いて実際にやらない人間が「自分はできる」と思ったとしても、そんなものは幻覚でしかない。 これはあくまで可能性のひとつとしてありえないことではないということで、それ以外に主たる理由があるかもしれません。特に理由はなく単にそういうことを口にするアホであるだけかもしれません。
※「倫理研究所(=倫理法人会)」については、たとえば、
《宗教団体、霊感商法などの被害リンク集まとめ@Wiki 》https://sites.google.com/site/antireligionwiki/home/rinri-jpn
《日本における「宗教右翼」の台頭と「つくる会」「日本会議」》http://www.asyura2.com/0311/nihon10/msg/1179.html 他参照。

   いずれにせよ、やりもしないで「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と何度も口にする男、それをこっけいな態度だと30過ぎた年齢で理解しない男というのは、一般的には「営業できる」と評価される人間ではない。
   「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」という暴言を、「営業できる」と評価される要素だと思いますか? もし、株式会社フィット(http://www.fit-group.jp/ )が「フィットのやり方」としてそう教えているのなら、今、フィットの商品が売れていても売れていなくても、フィットはアホです。 
   (2013.10.15.) 
 

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