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zoom RSS 会社・業界によって異なる「営業の基本動作」(1)―革靴の履き方脱ぎ方・挨拶する時の手の位置 他

<<   作成日時 : 2013/10/05 22:59   >>

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[第205回]営業と会社の話(46) + 大学受験体験談
   今は昔、1980年代後半。まだ、ダイエーが威勢が良かった頃。 大学を卒業して木質系住宅建築請負業のK住研に入社し、入社直後の新卒新入社員研修で「営業の基本動作」の話を聞いた。なるほどと思うものが多かったが、
(1)「こういうところを、ぴしいっとやることで、レベルの低い他の会社の営業と差をつける」という点については他の会社でも「営業の礼儀作法」といったものは同じようなことを教え学んでいるであろうから「びしいっと」やってもそれほど差はつかないのではないかと思ったのですが、その後、他の会社に勤めてみてそうではないと理解しました。
(2)会社によって異なるもの、異なる考え方があって会社によって選択しているものが違う場合もあるだろうけれども、どの会社でもどの業界でも異ならないもの、共通するものもあると思ったのですが、私が、これはどの会社であっても変わらないであろう、「営業の基本動作」としてどの会社・どの業界でも共通するものであろうと思ったもので、実は会社によっては違う業界によっては違うというものがあった
今回、そのいくつかを述べます。

【1】 革靴の履き方。 靴の脱ぎ方・框(かまち)の上がり方。
[1]  ≪革靴は、必ず、靴べらを使って履く。 足をつっこんで、つま先を地面にトントンと叩いて履くとか、かかとを踏んで履くというようなことは、まかり間違っても絶対にしてはならない。≫と教えられたのです。 ≪携帯用の靴べらを常に持参するようにする。≫とも教えられ、その時以来、私はずっとそうしてきました。
   但し、携帯用の靴べらについては、朝、自宅を出る時に持参するのを忘れてしまう時もあり、ホームセンターなどで応急に購入することもしましたが、そう高いものではありませんが、コンビニには携帯用靴べらは置いていないことの方が多く常に購入できる店があるわけでもない為、そこから、携帯用靴べらの代用品を考えるようになりました。
(1)レポート用紙、もしくは、便せんを何枚か重ねて靴べらの大きさにして使うという方法。しかし、レポート用紙や便せんは薄いので2枚や3枚重ねても靴べらの代用としては使いやすくありません。 そこで、レポート用紙そのものではなく、レポート用紙を購入した時に底についている段ボール紙を使ってみると、こちらの方が使えました。但し、段ボールは手でちょうどよい大きさに切ったり折ったりするのは難しい。 営業の仕事をするうち、はさみを常にクルマのダッシュボードかトランクに入れておくようになり、はさみで段ボールを切ると携帯用靴べらの代用に使えるようになりました。 
(2)段ボール紙と似たもので大きさも携帯用靴べらとそれほど変わらないものに名刺があります。自分の名刺を2枚か3枚重ねて靴べらのかわりに使うという方法もやりました。但し、お客様の家でそれをやると、携帯用靴べらを忘れたということがはっきりわかってしまうことと、お客様に渡した自分の名刺は出来る限り大切にしてほしいものなのですが、それを自分自身がお客様の目の前で靴べらにして使って見せることになるという問題があります。 けっこう使えたのが、
(3)使用済みのテレホンカード ですが、最近では携帯電話を持つのが普通になり、公衆電話も減ってテレホンカードの使用が少なくなった為、この方法はあまり使えなくなりました。
   もうひとつ考えたのは、携帯用の靴べらを、朝、自宅を出る時に忘れないようにする方法です。 クルマのキーはどれも似ているので、もし道や廊下に落とした時気づきやすいようにする為には、キーに何かをつけるといいと考えました。 同様に、携帯電話も似たものがあるので、職場で机の上に置いた時など人の物と間違えないよう、これも何かをつけておくといいと考えました。 最初、クルマのキーに神社のお守りをつけたのですが、そうすると、携帯用の靴べらを忘れた時にお守りを靴べらがわりに使いたくなるのです。 お守りというものはそういうことはあまりしない方がいいものだと思います。そこで考えたのが、クルマのキーの方に携帯用の靴べらをつけて、携帯電話の方にお守りをつけるという方法です。 これだと自家用車持ちこみの上でクルマで動く仕事をしている者にとっては携帯用靴べらを忘れるということはほとんどありません。
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(↑私の携帯電話と雑司が谷鬼子母神のお守り)
   私が勤めてきた千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社にいた社長の子分で「工事責任者」を自称していたもののまったく工事現場を見に行かないU草(30代なかば)が「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」とあつかましくも何度も何度も口にしていましたが、この携帯用の靴べらをどうするかという問題ひとつにしても、私は実際にやってみて試行錯誤の結果としてクルマのキーとセットにすると忘れにくいという結論にたどりついたのであり、これはやってみた上でのことなのです。「やったことない」人が私と同じだけ気づき理解しているということはありえないことです。よく無神経なことを言うとあきれます。

[2]   お客様の家に訪問して、「おあがり下さい」と言われた時、框をどう上がるか、という問題。 框の方に靴の先を向けて脱いでそのまま上がるわけにはいきません。大学を卒業するまでも私はそう認識していました。 どうするか。框の所で体の向きを変えて後ろ向きにあがるのか? そうではなく、前向きにあがり、框を上がったところで体の向きを変えて自分の靴の向きを変えてそろえ、それから中に入らせていただく。 そうするものだとK住研の新卒新入社員研修で教えられました。なるほど。 靴の先を框の方に向けてそのまま入ってしまうのは行儀が悪いと思っていたものの、それまで、後ろ向きにあがってもいいのかと思っていたのですが、そうではなく、框をあがってから体の向きを変えて、自分が脱いだ靴を向きを変えてそろえて置き、それから中に入らせていただくものだとK住研の新卒新入社員研修で教えられて理解し、それ以来、ずっとそうするようになりました。

   但し、その時、「こういうことを、ぴしいっときっちりとやることで、ミサワあたりの程度の低い営業と差をつける」と講師役の部長が口にされたのですが、ミサワホームってこのような研修をやっていないのだろうか。他の住宅建築請負業の会社でも同様の研修をやっているのではないのだろうかと、その時、思ったのです・・が、2010年になって千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)に勤めてわかりました。 元・ミサワホームにいたSさん(40代前半)は、たしかに、毎度、革靴をかかと踏んで履いていました。 「百聞は一見に如かず」と言うのでしょうか。 「あ、ほんとだ。」と理解しました。
   但し、Sさんやミサワホームの営業が、この部分で「レベルの低い営業」かは断定できないところがあります。 なぜかと言うと「革靴はかかとを踏んではくものだ」と社員教育している会社もあるからです。
   木質系住宅建築請負業の小堀住研を退職後、在来木造の住宅建築請負業の一条工務店に入りました。 一条工務店の営業はほとんどの人が革靴をかかとを踏んで履いているのです。 「なんだ、この靴の履き方は」と思ったのですが、入社してすぐに他の人の靴の履き方についてどうこう言うものでもないと思って黙っていました。 ところが。 2年目に福島県のいわき市に転勤して いわき市の営業所に勤務した時、先輩社員から言われたのです。 「おまえみたいなおかしな靴の履き方する者なんか、見たことないぞ」と。 それで、どういう履き方をするべきかというと「Hくんなんか見て見ろ」と言って、住宅展示場に附属の事務所の三和土(たたき)に脱いである私より1年少し先に中途入社したHさんの靴のところに連れて行かれました。「靴というものは、こういう靴をこういう履き方をするもんだ」と。 「靴は、Hくんのように、イブサンローランとかこういったブランドものを履くんだ。それをこのようにかかとを踏んで履くもんだ」と。「このように(かかとを踏んで)スリッパみたい履いておけば靴べらなんか要らないんだ。」「靴べらを使って革靴をはくなんて、おまえみたいなそんな非常識な靴の履き方する人間、今まで見たことないぞ」「おまえみたいな靴の履き方は、それは『プレハブの靴の履き方』だ。木造の会社に勤めたら『木造の靴の履き方』をしないといけない。よく気をつけろ」と教えられたのです。 そうか、一条工務店の営業は、誰もが革靴をかかとを踏んで履いているとはなんとレベルの低い営業だと思ったが、そうではなくこれが「木造の靴の履き方」だったんだ・・ということ・・かな?

  ≪お客様のお宅に訪問して框を上がる時には、框をあがってから体の向きを変えて、自分で自分が脱いだ靴を向きを変えてそろえる。それから中に入らせていただく≫ということも「営業の基本動作」としてどの会社であっても変わらないものと私は考えていたのですが、これも「お客様の家に行って、脱いだ靴を自分でそろえるなどというような、そんなおかしな営業があるか! 靴というものはそこの家の奥さんがそろえるもんだ。それが常識だ。おまえみたいな非常識なこと言う人間、初めて見た」と言われたのです。「おまえのやりかたは『プレハブの営業』のやり方だ。 木造の会社に勤めたら『木造の框の上がり方』をするもんだ。 靴はその家の奥さんにそろえさせるもんだ。よく気をつけろ!」と教えられたのです。 な〜るほど、そういうことだったのか。 「木造の靴の履き方」に「木造の框の上がり方」かあ・・・と考えていいのかどうか・・。 やっぱり、違うような気がして納得いかなかったし、せっかく買った革靴のかかとを踏むのは嫌だったので、私自身は「木造の会社」に勤めても「プレハブの靴の履き方」「プレハブの框の上がり方」を続けたのですが、他の一条の営業が革靴をかかとを踏んで履いている点については、それが「木造の靴の履き方」だということならそれでいいのだろうと考えました。
   「框の上がり方」については、一条工務店の創業のエリアで、その愛知県と静岡県西部のみテレビ広告もして、他の地域よりはるかに安い価格設定になっていた愛知県の営業所から千葉県の松戸展示場に転勤してきて、転勤してくるなりその地域では1棟も売っていない時点で、それまでその地域で苦労して営業してきた者を前にして「こ〜んな売りやすい所はない。これなら、名古屋や浜松の最低でも倍は売れる」と暴言を吐いた上で松戸に約8か月程在籍して1棟も売れなかったその時点で「10年選手だぞお」のM下くんも、一度、一緒にお客様の所に行った時、三和土(たたき)で後ろ向いて背中から上がるということをしたので、私はいったい何という非常識な框の上がり方をする男かと思ったのですが、それも「木造の框の上がり方」だったようです。 M下くんの場合、お客様に「実は、私の親は大工でして」と実際には下駄屋の息子のくせに詐称して話したりしており、三和土で背中を框に向けて背中から上がると「大工みたいだ」「職人みたいだ」と思われて信頼されるだろうという気持ちもあったようですが、それは、実際には「大工」「職人」をバカにしています。大工・職人が工事現場で床を貼った段階の家で框をあがる時に、框を上がってから向きを変えて靴をそろえずに後ろ向きになって靴を脱いで上がるのを見て、それが大工の框の上がり方だとM下くんは誤解したのかもしれませんが、大工が工事現場でそういう上がり方をするのは工事現場で物を持っている時に框の所でいちいち持っている物を下におろして靴をそろえることができないからで、きっちりとした大工は、打ち合わせなどでお客様の家に訪問した時に「おあがり下さい」と言われればそういう時には私と同じように前向きに上がった上で框を上がったところで体の向きを変えて自分で自分の靴をそろえた上で中に入ります。本来、大工というのは技術とプライドを持った職人で体だけの労務者ではないのであり、後ろ向きに框を上がる上がり方をするのが大工だなどと考える者は考え違いも甚だしい。

   千葉市中央区の新華ハウジングにいたSさんが革靴をかかとを踏んで履いていたのは「木造の靴の履き方」を実行していたということか・・とも思えるのですが、Sさんがいたミサワホームは木質系プレハブであって在来木造の会社ではなく、プレハブの会社にいた人がなぜ「木造の靴の履き方」をしているのか? とも思いましたが、厳密には「木造の靴の履き方」ではなく「木造とミサワホームの靴の履き方」ということなのか? しかし、私がK住研にいた時に私が担当で契約して建てていただいた元・千葉ミサワの営業をやっていたお施主様Nさんはミサワの営業を8年やった人でしたが、小堀住研と同じく革靴はかかとを踏まずに靴べらを使って履くという「プレハブの靴の履き方」をされていたので、「木造とミサワの靴の履き方」というわけでもなさそうです。
   考えれば考えるほどわからなくなってくるところもありますが、やはり、革靴はかかとを踏まずに靴べらを使って履くようにした方がいいのではないかと私は思います。 一条工務店の営業からは「そんな非常識な靴の履き方があるか!」と怒られるでしょうけれども。 私が一条工務店を退職する頃、私は出入りの多い同社では数少ない「(10年)勤続表彰」を受けたひとりで、「一条の営業」の中では古い方から10%以内、各県では古い方から片手(5番目まで)に入っていたのであり、私が担当のお客様は私のような営業が「一条工務店の営業」だと思われていて、中には「一条工務店のどこがいいかというと営業さん(私のこと)がいい」と言ってくださった方もおられ、そういう方は「一条のやり方」とか「木造のやり方」を「一条工務店のやり方」と思って言われたのではなく、私のような「プレハブの靴の履き方」「プレハブの框の上がり方」をする営業を「一条工務店の営業さん」と思って評価されていたのです。又、東京営業所にいた時、営業所長を兼任していた営業本部長のA野さんが客宅に同行してくれたことがありましたが、営業本部長のA野さんは「木造の革靴の履き方」「木造の框の上がり方」ではなく「プレハブの革靴の履き方」「プレハブの框の上がり方」をしていました。又、私がいた頃の小堀住研は木質プレハブだけでなく在来木造でも建てていて、私が在籍した営業所でも在来木造で建てられた方がありましたが、担当営業は木質プレハブで契約いただけそうなら「プレハブの革靴の履き方」をして在来木造で決まりそうになると「木造の革靴の履き方」をしたのではなく、いずれでも「プレハブの靴の履き方」をしていました。 こうなるといったいどちらが「木造の靴の履き方」かわからなくなってきます。 まあ、「世の中いろいろ、会社もいろいろ」で、「木造の靴の履き方」「木造の框の上がり方」をする方もあってよいのかもしれませんが、私は革靴はかかとを踏まずに靴べらを使って履きたいし、框を上がって中に入らせていただく時には框を上がってから体の向きを変えて自分で自分の靴の向きを変えてそろえて上がるようにしたいですね。 
   


【2】 客に挨拶をする時は手は体の横  という会社と、客に挨拶をする時は手はうしろに組むという会社。ポケットに手をつっ込む営業の是非。
[1]   木質系住宅建築請負業のK住研の新卒新入社員研修では≪お客様が来場された時には、「いらっしゃいませ」とおじぎをして挨拶する。 その際、両手は体の横につける。≫≪お客様が帰られる時には「ありがとうございました」とおじぎをして挨拶する。その時も、両手は体の横につける。≫と教えられた。 但し、来場された時の挨拶が「いらっしゃいませ」では堅苦しいということで、2年目に在籍した展示場では、展示場の営業4人で話し合い、「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちわ」にしようと決めた時もあり、そのあたりは適宜修正していましたが、≪挨拶する時に、両手を後ろに組むなどはもってのほか≫と研修で教えられ、そう認識してきました。私が在籍したとき、同社の営業で、挨拶する時に両手を後ろに組んで挨拶する人はいなかったと思います。
   その後、在来木造の住宅建築請負業の一条工務店に入社して1年目、東京営業所である程度の年数在籍しているのは主任の男性1人だけで、他は1年目・2年目の人間ばかりでしたので、私もそれほど経験があるわけではありませんでしたが、前職に同業他社にいたことから、新卒新入社員のおにいちゃんに私が法務局での不動産登記簿謄本の取得のしかたなど教えました。 入社2カ月目くらいの時、新卒新入社員のHくんが、展示場で来場客を送り出すのに、自分は框の上にいたままで、両手を後ろに組んで「ありがとうございました」と腰から上をまっすぐにして腰だけ曲げる挨拶をしていたのを見かけたので、つい、親切心から「Hさん。 これは、僕らもK住研に入社してすぐの研修でも言われたことだけれども、挨拶する時には、手は後ろで組まないで横に置くようにした方がいいと思いますよ」と教えてあげてしまったのです。 「あげてしまった」というのは、私としては、これはK住研の新卒新入社員研修で言われたことであっても、K住研にだけ通じることとかではなくどこの会社においても共通することだと思い、 おそらくI 条工務店でも同様のことを新卒新入社員に研修で教えているであろうと思ったから言ったのです。 ところが、Hくんは、私に「○○さん。そんなこと言うならK住研に行けばいいじゃないですか。 I 条工務店にはI 条工務店のやり方があるんですからね」と言ってふてくされた顔というのかをしたのです。それで、私は、自分が I 条工務店に入社したばかりで人に教える余裕などないのに、他に教える人間がいないものだから教えてやってと頼まれてそれでHくんにも不動産登記簿謄本の取り方他教えてあげたりしたのに、そういう口のきき方をするのなら、もうこいつには何も教えないと思いました。 
   一条工務店では同様の経験をずいぶんとしました。 
≪ 1993年春、私は生まれてはじめて甲子園球場での取材を許された。・・・・試合は雨天順延。室内練習場に松永浩美は腰かけていた。彼の前で新庄剛志がトスバッティングを続けていた。ひと区切りついて、松永は新庄に問いかけた。
「新庄、おまえ、背筋力がすごいらしいな。何キロ?」
ボソボソしゃべる新庄の言葉は聞き取れなかった。
「握力は?」
  並はずれた筋力、柔軟性、素質を持ちながら、それが数字にはあらわれない若きスター候補に「3割なら確実にマークする自信がある」と豪語する男がそう語りかけたのである。
  誰だってこう思うよ。さすがベテラン。松永はみずからコーチ役も引き受けようとしている。新庄よ、天才打者の言葉を心して聞け!
  しかし、そこに割って入った本物のコーチの言葉に、私は我が耳を疑った。
「松永。こいつは難しいことを教えるとダメになるタイプなんや。天才やからな。」
  いきなり割って入って、打撃コーチとは思えぬ意味不明の断定。・・・・・その年の11月、松永浩美が「FA移籍第1号」としてタイガースを去っていったとき、私は思った。
「当然だよな」
  このとき、松永はすでにタイガースというチーム、選手に対して意見を言うことをやめていた。・・・≫
(『元・阪神』〔2010.12.25. 廣済堂〕所収  中田潤「松永浩美」 )
  私は新卒入社でK住研に入った1年目に、所属の営業課長からだけでなく同じ営業課の先輩社員からも他の営業課の社員からもけっこう教えてもらった。2年目の人からも教えてもらうことはあった。 同業他社から中途入社した人もおり、前の会社ではこうだったという話を聞かせてもらうこともあった。合宿研修の時、神戸の支店長が「本来、営業というのは、営業のやり方をひとに教えないもので、教えてもらうのではなく盗むものなんだ。この会社ではみんな教えてくれるけれどもね。 なぜ、教えてくれるかというと、自分が教えてもらってきているから。」と話されたことがあった。 そうやって人から教えてもらってきたので、他の会社に移った時にも、もし自分が新人を見て思う事があれば黙ってないで説明してあげる方が親切というものだと思ったのだが、こういう口をきかれたので、それで、もう言ってあげることない言わない方がいいと思うようになってしまった。登記簿謄本の取り方は私から教えてもらっておいて、それで、ありえないような挨拶の仕方をしてそれを指摘された時にはこういう口のきき方をするようなやつには教えることないとHくんに対して気分を害したが、せっかく親切で言ってあげたのに悲しかった。 I 条工務店では、この時だけでなく、同様の経験を何度も何度もさせられた。 だから『元・阪神』(廣済堂)に載っていた松永の話を読んだ時、もしかすると松永も同様の気持ちになったのかな・・と思った。
   しかし、HくんにはHくんとしての考えがあったらしい。 私は、住宅展示場で、営業が来場してくれたお客様を送り出す時というのは、履物を履いて外まで行き、外で、「どうもありがとうございました」と手は横にして頭を下げるもので、これは会社によって異なるものではなく、どの会社においても共通するものだと思っていた。それで、心の中で思いながら黙っているよりも口に出してて話してあげる方が親切というものだと思って言ったのであるが、実は、一条工務店では、新卒新入社員研修で、その時Hくんがやったように、挨拶する時は両手を後ろに組んで、「どうもっ」と言って腰から上をまっすぐにしてちょこんと頭を下げるものだと教えていたらしい。 私が考えていたように、自分も履物を履いて外まで行き、玄関の外で、「どうもありがとうございました。よろしくお願いいたします」と両手は横につけて挨拶するというのは「プレハブのやり方」であって、「木造の挨拶のしかた」は框の上で両手は後ろに組んで「どうもっ」とちょこんと頭を下げるのだと教えていたらしい。 だから、Hくんとしては、私がどこの会社であっても共通するもののはずだと思って話した内容は「K住研のやり方」とか「プレハブのやり方」と思えたらしい。 むしろ、私が「プレハブの挨拶のしかた」をする方がケシカラン、私が「プレハブの挨拶のしかた」をやっていると本社に、上役に注進してやろうかと思うくらいだったようだ。 実際に「注進」していたかもしれない。
   それで、私も「木造の挨拶のしかた」をするべきなのだろうか? と考えたが、いくら考えても、やはり、木造かプレハブかというような問題ではなく、住宅展示場に来場してくれた見込客を送り出す時には、営業も履物を履いて玄関の外まで行き、そこで、「どうもありがとうございました。よろしくお願いいたします。」と両手は後ろで組むようなことはしないで挨拶するものだ、と思えてしかたがなかったので、やはり、「おまえのような非常識な挨拶する者なんか、見たことないぞ。木造の会社に勤めたなら『木造の挨拶のしかた』をしろ。」とか言って怒られるかと思ってひやひやしながらも、「プレハブの挨拶のしかた」を続けた。 K住研には中途入社で同業他社から入った人、隣接業界から入った人、別業界であるが営業をやっていた人などもおり、そういった人が、自分は前の会社ではこういうやり方をやっていたということを話し、そういうものを取り入れながら仕事をしたが、I 工務店は、どうも、同業他社から来た人間に対して、敵意というのか、特にI 工務店より歴史の長い会社とか知名度のある会社に対してはコンプレックスがあるのか、前職の会社での話はしずらかった。しかし、だからといって、「木造の靴の履き方」とか「木造の挨拶のしかた」とかいうのは、やはり違うように思えたので私はできなかった。 

  営業のやり方というものは、「守→破→離」だとK住研の新卒新入社員研修の時、講師役の部長から聞いた。 最初は研修や配属先の上役から言われたことを「守」る。 次にそれを「破」る。 そしてそれを「離」れる。 そうして一人前の営業になると教えられた。 そうだと思う。 だから、上に述べたように、「木造の挨拶のしかた」とかはどうしても納得いかなかったが、こういったことを考え、認識の異なる会社に勤めることによって「離」の段階に到達した。 だから、現在、私のやり方は、部分的に過去に在籍した会社の「会社としてのやり方」と共通するものがあっても、それはその「会社のやり方」ではなく「私のやり方」である。  新華ハウジング(有)の社長の子分U草が「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」などとノー天気というのか脳たりんというのかの言葉を何度も何度も口にしていたが、「守」の段階にも達していない者が何をぬかすか・・と教えてあげたい親切心もないわけではなかったが、言ってあげてもきかないだろうなと思い、これは自分で気づくしかなく、自分で気づかないようなら、おそらく一生その無神経な文句を言い続けることになるだろうと思った。 「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」という文句は「ぼく、ノータリンですから」と言っているのと実質的に変わらない。  

[2]   K住研の新卒新入社員研修では≪いつも「気をつけ」の姿勢を取っているわけにもいかないので、「休め」の姿勢を取ることがあってもいいが、そういう場合でも、絶対にポケットに手をつっこんで「休め」の姿勢を取っはならない≫ ≪手を組む場合、一般に男性は後ろで女性は前で手を組むものだが、営業の場合は、後ろで手を組んだのではえらそうにしているように見えるので男性でも前で手を組む≫と教えられた。 これは「小堀住研のやり方」とか「プレハブのやり方」とかではなく、どこの会社においても共通するものと思ったのだが、I 条工務店においては上で述べたように新卒新入社員研修を受けてきたHくんが両手を後ろに組んで「どうもっ」と挨拶していたように手を後ろで組むのも「可」で、私の認識の方が「非常識」であったらしい。

    千葉市中央区の新華ハウジング有限会社に入社する際に、社長の○○川さん(40代前半)から「総合住宅展示場の中の展示場とか固定した継続的な住宅展示場はないのですが、分譲地の1区画に建てた展示場はあるんです。 そこを欲しいというお客様があれば売って、又、次の分譲地に展示場を建てて使用して、欲しいという人があれば売って、順番に移動していくという展示場はあるんです」と説明を受けたが、入社してみると、私より3カ月弱先に入社したKの知り合いの不動産屋の持っている「売れる土地」と「売れにくい土地」のうちの「売れにくい土地」の方を買わされて、そこにトンチンカンな建物を建てて「売れにくい建売物件」として持っているだけで話が違った。  「『売れにくい土地』の方を買わされているんですよ」と社長の○○川さんに教えてあげたのだが、せっかく善意で言ってあげても人の忠告を聞く耳も頭もない男だった。

    東金市のその「売れにくい土地」を買わされた上での「実質上、建売物件」の販売会の時、K(40代前半)は両手をポケットにつっこんでふんぞりかえって立っていたので、Kは菊池建設と桧家住宅他で営業をやっていたと自称していたがそれは「実質的に嘘」だと思った。
   「実質的に嘘」というのは、ひとの経歴を本人が話した通りかどうかいちいち調査したいとも思わないが、実際にその通りか違うかにかかわらず、もし本人が話した通りであったとしても「実質的」には違うという意味である。


【大学受験体験談】 今は昔、1970年代後半、家で洗濯をする時全自動洗濯機より二槽式洗濯機の方が一般的であった頃の昔。 大阪府のY予備校に、「主事」という不可解な肩書のおっさんFがいた。Fは「ぼくは、早稲田の政経でてるんだけどな」ときかれもしないのに一日最低3回は言わないと気がすまない男だった。 1回目に聞いた時は「ああ、そうか」と思っただけだったが、その後も何度も何度も「もう、それは聞いたよ」と思うのに性懲りもなく繰り返し繰り返し言うのでいったい何なんだろうなと思い、かつ、早稲田という大学はくだらん学校なんだなと思った。 ところが、Fにとっては「ぼくは、早稲田の政経 出てるんだけどな」という文句を口にしても効き目がないというのが不満らしく、「地域によって、大学の評価に差がある」と愚痴を言いだした。 それを聞いて、ますます、早稲田というのはつくづくくだらない大学なんだなあと思うようになった。 Fが学生から評価されなかったのは、彼は「地域によって大学の評価に差がある」ため、関西地域では早稲田大学の評価が東京圏におけるよりも低いからだと言いたいらしかったが、実際はそうではなく彼の発言内容が評価できるものでないからだった。
   たとえば、Fさんは≪前に(前年か前前年?)いた女生徒で京都大学の文学部に行きたいと言っていた人が、Y予備校の模擬試験では相当良い成績を取るにもかかわらず、現役の時も浪人した時も本番の京大の試験では落ちた。これは文学的素養がないからだ。≫と言った。これは論理的におかしい。 彼はY予備校の模擬試験の成績はどの大学学部にも絶対的に相関があって、Y予備校の模擬試験で良い成績を取った者はまず通り、良い成績を取れなかった者はまず落ちると主張したが、私はそれは違うと言ったのだ。もし、Y予備校の模擬試験が京都大学の文学部の本番の入学試験との間に相当の相関があっても、もとより模擬試験で良い成績を取っていた人が1回や2回落ちることはありうることで、そういうことがあったとしても、それでその模擬試験に価値がないということになるわけでもなく、又、その受験生に「根性がない」とかいうものでもない。 ましてや「文学的素養がない」というような罵詈雑言を浴びせられる筋合いはない。(だいたい、「文学的素養」ていったい何なんだよお。) 私はFさんが、全員の前で言うだけではなく、私に個人的にも「前に京大の文学部を受けた女生徒がいて、模擬試験ではいい成績を残していたけれども落ちた人がいたが、これは文学的素養がない人間だから落ちたんだ」としつこく言うので、「文学的素養がなかったから本番の試験で得点できないのなら、Y予備校の模擬試験でもいい成績は取れないのと違うのですか。 Y予備校の模擬試験ではいい成績を取れていたというのであれば文学的素養がどうということではないのと違いますか」と言ったのです。 すると「いや、京大の文学部あたりだと、文学的素養がない人間は模擬試験でいい成績を取れても合格できないんだ」と言うので、「それなら、Y予備校の模擬試験は、京大の文系学部の入試には参考にならないということになりますね」と私が言ったところ、Fさんは「そんなことはない。Y予備校の試験でいい成績を取った者はどこの大学の試験でもいい成績を取るもので、Y予備校の模擬試験でだめな者はどこの大学の試験でもだめだ」と言ったのです。 それで、「それなら、その女性は、Y予備校の模擬試験で、十分、京大の文学部に合格できるという成績を取れていたのであれば、文学的素養がどうこういう問題ではないですね」と言ったのですが、そうすると、今度は「きみみたいな逆らう人間は人間性に問題があるから会社員は無理だから経済学部はやめた方がいい」と言いだしたのです。 私の場合、文学部・教育学部の心理学科・教育心理学科に行って心理学の研究者になるか、もしくは医学部に行って心身医学を専攻するかしたいと思っていて、そうでないなら法学部に行って司法試験を受けて裁判官か弁護士になりたいと思っていたのに対し、親、特に父親は大学というものは経済学部に行くもので卒業後は会社員になって「とってちってた〜あ」と滅私奉公するものと信じていたので、私としては「きみは人間性に問題があるから会社員は無理だから経済学部はやめるべきだ」と言われたのは、むしろ、うれしくて、私の親にそう言ってくれないかと思ったのですが、考えてみるとずいぶんと失礼な話です。 要するに、その女性は私と同様に思ったことを比較的素直に口にする人だったのではないかと思うのです。だから、思ったことを素直にFさんに話したところ、Fさんは自分が言う支離滅裂なことを追及されたと勝手に被害意識を持って「文学的素養がないから落ちたんだ。文学的素養のない人間はどんなにいい成績を取っても落ちるんだ」と悪口雑言をその後の生徒に何回も言いまくるようになったようです。 「Y予備校のT校の主事って、なんか、変わった嫌なヤツだったらしいなあ」と、その後、他のルートから聞いたので、Fさんのそういう態度について、なんだ、この野郎と思う人は他にもあったようです。
   もうひとつFさんの筋の通らない話を述べます。 模擬試験には「模擬試験型模擬試験」と「学力テスト型模擬試験」がある。 「模擬試験型模擬試験」とは、河合塾の東大オープン・京大オープン、駿台の東大模試・京大模試や代々木ゼミナールの東大模試などのように、特定の大学学部の過去の試験を吟味分析してそれの模擬形態の試験問題を作成し、試験時間もその大学学部の試験時間通りか、本番の試験が2日間かけての試験で模擬試験が2日かけてできない時には全体の試験時間を少しずつ縮めて実施する試験で、「判定」も、たとえば、河合塾の東大オープンは、A・B・C・Dの判定で、「昨年、この試験を受けて『A』判定を受けた人は○○人、追跡調査した結果、そのうち、実際に受験した人は◇◇人で、そのうち、合格した人は何人、不合格の人は何人でした。これをパーセント表示すると何パーセントになります。 『B』判定を受けた人は・・・」という「判定」の出し方をしていたが、そういう模擬試験のことです。(当然のことながら、河合塾の東大オープンで「A」判定を受けた人でも本番の試験で落ちた人はあり、「D」判定を受けた人でも合格した人はあります。 「A」判定の人と「D]判定の人なら「A」判定の人の方が合格した人の割合は高いが、模擬試験で「A」判定なら必ず本番の試験で通るというものでもありません。模擬試験というものはもとよりそういうものです。河合塾はY予備校のFさんみたいに、自分のところの模擬試験で良い成績を取った者は必ず通り、良い成績を取れなかった者は必ず落ちるというようなことは言いません。) 「学力テスト型模擬試験」というのは、特定の大学学部の試験問題に合わせた問題ではない「全国総合模試」みたいな名称の模擬試験のことです。 「学力テスト型模擬試験」は、結論を言うと「いいにこしたことはないという程度」で、「模擬試験型模擬試験」の方が実際の合否との相関性は高く重要です。大事なのは「模擬試験型模擬試験」の方で「学力テスト型模擬試験」は極端なことを言えば全部0点でもいいくらいです。
   1973年、プロ野球のパリーグは前後期制を実施し、前期優勝の南海は、プレーオフで後期優勝の阪急を3勝2敗で倒して優勝した。 その時、南海ホークスの選手兼任監督であった野村克也は『プロ野球重大事件』(2012.2.10. 角川書店 角川oneテーマ21)で次のように述べている。
≪ 当時、パ・リーグで隆盛を極めていたのは西本幸雄監督率いる阪急ブレーブスだった。・・・・・南海は戦力ではとうてい太刀打ちできなかった。・・・私が描いたのは・・・ 五回戦制という短期決戦のプレーオフに勝負を懸けるのだ。・・・三八勝二六敗一分で前期優勝を飾ると、後期は三十勝三十二敗三分、・・・。前期八勝五敗と勝ち越した阪急には、後期は一勝もできなかった(一二敗一分)。・・・もともと私はこう考えていた。 「後期は阪急には三勝だけでいい」 つまり、プレーオフに勝てばあとは全部負けてもいいと考えていたのである。 ≫
そして、後期は阪急に1勝もできなかった南海が、プレーオフでは、初戦に勝つと2戦目は負けて3戦目には江本が完投勝ち、4戦目に負けて2勝2敗となった第5戦、8回裏の終わりまで南海・山内、阪急・山田の両先発投手が0点に抑えて0対0で迎えた9回表、南海は代打スミスがソロホームラン、続いて広瀬もソロホームランで2対0とリード。 ついに後期は阪急に1勝もできなかった南海がその頃のパリーグでは絶対的に強かった阪急を倒すのかと思えた9回裏2死ランナー無しから救援の佐藤道雄が当銀にソロホームランを打たれて2対1。 阪急の打者は代打の切り札で代打ホームランの日本記録を持つ高井。 ここでホームランを打たれたら同点、延長になって「やっぱり、阪急の方が強かった」となりかねない場面。南海は2日前に完投した江本があがり、高井を三振にとってゲームセット。ついに、後期はひとつも阪急に勝てなかった南海がプレーオフを制した。 3勝2敗で、しかも、最後の試合は2対1の1点差。 それでも、ルールにのっとり南海の勝ちである。
  大学入試というものは、最後の最後はいわばこのプレーオフみたいなものだ。 全勝する必要なんかない。3勝2敗でいい。 1点差でも勝ちは勝ちだ。 後期、阪急に全敗してもプレーオフで勝ち越せばいい。後期、南海に12勝1分け0敗の阪急だってプレーオフで南海に負けた。「学力テスト型模擬試験」でいくら優秀な点数を取っても落ちる者は落ちる。 参考になるのは「模擬試験型模擬試験」であり、結論をいえば、本番の試験で合格最低点より1点でも上の点数を取ればそれでいいんだ。
  それで。 高校3年の12月に私は代々木ゼミナールの東大模試を受けたのだが、その年までは共通1次試験というものはなく、東大は1次試験と2次試験をおこなっていた。 翌年から共通1次試験と各大学の2次試験になった。 高校3年の12月に受けた代ゼミの東大模試で、私は1次については「A」だか「80%以上」だかの判定だった。その判定の中でも上の方だった・・・が、2次の方の判定はだめだった。 何がだめかというと、一番大きいのは、社会科(世界史・日本史)が、京大・阪大などの試験問題ならある程度以上いい成績が取れたのだが、東大の2次の社会科は「論文式」で、それがうまく書けなかった。 他にも問題点はいくつもあったが、ともかく、東大模試の受験生の集団の中で、1次型の試験では相当に優秀な成績を取れたのであるから、もしも、その代ゼミの試験が本番で、かつ、1次試験の模擬試験で合否が決められるのであれば、かなり上の方で合格できたことが考えられる。 残念ながら、それは本番ではなく、合否は2次試験の方で決められるのであったが、1次の方でもそれだけ取れたのであるから、浪人後は、学力テスト型模擬試験でいくら良い成績を取っても、1次試験型の模擬試験で優秀な成績を取ったのと同じようなもので、「いかにして、2次試験の問題で合格点を取るか」が課題であると考えた。 だから、私が重要視したのは、まず、8月に受けた駿台の東大模試だった。これで、私は、文科3類なら合否線上くらいの成績だった。 文科1類から3類の中では三類が最もやさしく、それに浪人してまで合否線上というのは、その時はショックだった。おまけに卒業した高校の模擬試験の成績では、ひとつ歳下の高校3年生で私より上の成績を取る者がいた。 これは落ち着いて考えるとあたりまえのことで特別不思議なことでもないのだが、しかしショックだった。 それで。今から考えるならば、東大の文科三類に合否線上というのは、決してそれほど悪い成績ではないのだ。結論を言うと「通ればいい」のだ。 
   私は、結果として二浪してしまった。 二浪までしたからには相当努力もしたのだが、ところが、東大あたりを受けようという受験生の成績を見ると、英語なんかで、私だってそれなりに努力したはずなのだけれども、なんだか、バケモノみたな成績を取る人間がいるのだ。 それで。 二浪の時の私は考えた。 「バケモノを相手にする必要はない。 相手にするのは合格最低点だけ。 合格最低点を1点でも上回ることができるかどうか。 バケモノが何点取ろうが、自分には、一切、関係ない。」と。 この考え方は正しいと思う。
   ところが、だ。 Y予備校の「主事」というFさんは、これをわかってくれないのだ。 まず、もし、東大に行きたいなら、駿台・河合塾・代ゼミなどの東大模試・東大オープンといった「模擬試験型模擬試験」の成績を中心に考えればいいことで、「学力テスト型模擬試験」であるY予備校の模擬試験は「どちらかといえばいいにこしたことはない」という程度のものだと私は説明したのだが、Fさんは「Y予備校の模擬試験の成績がいいものは、どこの大学でもいい成績を取る。Y予備校の模擬試験の成績が悪ければどこの大学の試験でも落ちる」と言うのだ。 いわば、Fさんの主張は、1973年の後期、南海に圧勝した阪急は、プレーオフでも絶対に勝つ。 後期、阪急に勝てなかった南海はプレーオフでも絶対に負ける、と言っているようなものだ。 違うんだよ。 「学力テスト型模擬試験」では、「ある程度の成績」が取れれば、そこからは、「模擬試験型模擬試験」でどれだけ取れるか、より正確に言うと、本番の試験で合格最低点より1点でも高い点数をいかにして取るか、なんだよ。
   さらに。 私は、「高校の3年の時の担任の先生は、『模擬試験で、《通った人5人・落ちた人5人というあたり》が合格最低点で、そのくらいの点数が取れれば受けていいだろう、と考える』と言われたのですが、ここでは、どのくらいを、受けていいだろうという基準として考えられるのですか」と言ったところ、Fさんは「浪人した以上、《通った人5人・落ちた人5人》なんて成績では受けてはだめです。 最低でも《通った人8人・落ちた人2人くらい》の成績でないと受けさせるわけにはいきません。」とそう言ったのです。 それで、私は、浪人直後は「通ればいい」と思っていたのが、Fさんの言う事を聞いて、「通った人8人・落ちた人2人」くらいの成績を取らないといけないのではないかと、一時期、考えるようになってしまったのです。 こういう考え方をしてはだめです。 だって、普通に考えてみてください。 トーダイとかキョーダイとか、そういう手ごわい相手を受けるのに、「通った人8人・落ちた人2人」なんて、そんな成績、簡単に取れると思いますか?  取らなくていいんです。 それは、いわば、バケモノと勝負して倒してやろうみたいな考え方です。 合格最低点よりも1点でも高い点数を取れば合格なんです。 前後期全勝しなくても、後期、阪急に全敗でも、プレーオフで3勝0敗でなくても、プレーオフで3勝2敗でも、3勝目は最後の最後まで1点差を争うゲームであっても、勝てばいいんです。 そもそも、バケモノに勝ってやろうという考え方が間違っているんです。
   それで、私は、Fさんの話を聞いているうちに「早稲田大学というのは、なんとも、くだらない大学なんだなあ」と思うようになったのです・・が、自分が慶應に行って、慶應や早稲田の人を見て、たしかに早稲田大学は「玉石混交」の度合いが大きい大学ではあるけれども、東大や京大よりやさしいとしても、それなりの成績を入試の科目で取らないと合格できない大学であり、そういう大学に合格した経験のある人間にしてはFさんの言う事はおかしすぎる。 どう考えても、自分が大学入試の経験のある人間の言う事ではないと思うようになり、そして、Fさんは内部進学と違うのか? と思うようになったのです。 系列の高校から早稲田大学に進学した人なので、それで、大学入試を知らないのだろう、と思ったのです・・・が、さらに、自分が大学を卒業して、早稲田出身の人とも顔を合わす経験も経て考えると、そうではなく、Fさんは、内部進学でもなく、単なる学歴詐称と違うのか? と判断するようになりました。「あんな早稲田ないわ」と思うようになったのです。 日本の大学で最も学歴詐称する人が多い大学学部は早稲田大学の政治経済学部です。 慶應より早稲田の方が詐称する人が多いのは、慶應もかなりマスプロ化していますが早稲田の方がマスプロ化の度合いが大きいので、慶應の場合は「大学でどんな先生の講義を履修しましたか」とか学生時代のことを訪ねると、詐称している人はばれることが多いのに対し、早稲田はばれにくい為、それで「早稲田の政経」を詐称する人が多いのです。 Fさんはそれだと思います・・・が、興信所に頼んで調査したわけでもないので、Fさんが詐称ではなく本当に「早稲田の政経」を出ていたという可能性も絶対ないとは言い切れない。
   でも、結論を言うと、どっちだっていいのです。 「『早稲田の政経でてる』と学歴詐称しているくだらない人間」か、「本当に早稲田大学の政治経済学部を卒業しているくだらない人間」かは、どっちだっていいのです。 「くだらない人間」であることにかわりはないのですから。
   Fさんは私の大学受験に大きくマイナスになりましたが、おかげで世の中には学歴を詐称する人がけっこういる事を理解し、又、詐称か否かにかかわらず実質的に詐称と変わらない人がいる事を理解しました。


   新華ハウジングのKさんが在来木造の住宅建築請負業の菊池建設と桧家住宅にいたという話が職歴詐称か実際にいたかは特に重視しません。 どちらにしても、お客さんを待つのに両手をポケットにつっこんでふんぞりかえって待つ人を「実質的に」住宅建築業の営業の経験者とは言いません。ポケットに手をつっこむバカがあるか、というとそこにあったのですが、私がいた頃のK住研ではそんな人はいませんでした。
  逆に、Kさんは不動産屋とかかわりをもった人でしょう。 建築の住宅の営業は来場客を待つのに外で待ち通行人にも語りかけるのに対し、クルマの中で座って待つKさんのやり方は不動産屋流です。
   ≪たとえ、「休め」の時でも、ポケットに手をつっこむなどはもってのほか≫とK住研の新卒新入社員研修では教えられ、その時は、それはどの会社でもどの業界でも共通のことと思ったのですが、「不動産屋」は違いました。

  もう1項述べるつもりでしたが字数制限の為、次回にまわします。
⇒[第206回]《会社・業界によって異なる営業の「基本動作」(2)―クルマの選択 と クルマの停め方》 http://shinkahousinght.at.webry.info/201310/article_2.html も御覧くださいませ。
   (2013.10.5.)

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