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zoom RSS 春日通から本郷三丁目。中央大理工学部・東京戦没者霊苑・シビックセンター。名曲喫茶「麦」。住宅の擁壁

<<   作成日時 : 2013/03/08 19:23   >>

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[第170回]
  今回は、前回の[第169回]《梅が美しい「牛天神」北野神社(文京区)訪問―冤罪を晴らす神さま 菅原道真・怨念を晴らすお百度参り6 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_2.html の続きです。 前回は、東京都文京区春日 の「牛天神」北野神社 という天満宮・天神社を取り上げたのに対して、今回は、その帰り道に通った春日通り沿いを中心に、主として、現代建築を取り上げます。
1. 中央大学理工学部
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  ↑写真はクリックすると大きくなりますので、特に、この写真はクリックして大きくして見ていただきたい、その上で、さらに「+」マークを写真に乗せてクリックするとさらに拡大するので、大きな写真での印象とそうでないものと比較して見ていただきたいと思います。
   北側の壁・窓の面に縦の格子が、近くから見ると、格子がならんでいるだけに見えるのですが、撮ってきた写真で拡大しない状態で見ると、格子が並んでいる部分が、うねるような模様に見えてきます。 つくばセンタービルのタイルも近くから見た場合と離れて見た場合とで見え方が変わりましたが、この中央大理工学部の建物の格子部分も、もし、遠くから見ると拡大しない写真のように見えるのであれば、近くと遠くとで見え方に“二毛作系”とでも言いましょうか、異なった顔に見える作りだということになるでしょう。 残念ながら、現地においては、拡大しない写真のような「うねるような見え方」は体験できなかったので、肉眼でもそう見えるのかどうかは確かではありません。
   それで。 デザインにこった作りであるのは悪いわけではありません。 しかし、ですねえ。 何ももの好きに、「精神病院」かケームショみたいに「逃げられない作り」「窓から脱出できない作り」にしなくてもいいのではないのか? という気もするのですが、そう思いませんか?
   この面は北面ですが、外から見ると、おしゃれ〜え・・・なデザインに見えた・・といたしましょう。そうであっても、部屋の中に入って外を見ると、「この格子がうっとおしい!」↑と感じることはないのかしらん・・と思うのですが、どうでしょう。 [第154回]《葛飾八幡宮・葛飾天満宮(市川市)訪問〜冤罪を晴らす神様・怨念を晴らす神様・菅原道真・第2回 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_4.html で述べた千葉県市川市の不二女子高校の校舎の場合、「中に入らせてもらって、見せてもらえませんかあ〜あ」・・・と言うと、「へ〜んた〜い♪」とか大喜びで言われそうな感じで、お願いしにくいのですが、中央大学は共学ですし、大学なので、中から見るとどのような感じなのか見せてもらえませんかと一度お願いしてみようかな〜あ・・とも思います。たぶん、中から見ると「格子がうっとおしい」と思いますよ。
  私は住宅建築請負業の会社に長く勤務してきました。 洋風の外観の建物、たとえば、アーリーアメリカンスタイルの切妻の家とか、北欧風の家とかで、窓ガラスに十字の格子を入れたおしゃれ〜な建物が住宅メーカーのパンフレットに載っていたりすることがよくあるのですが、それは外から見るとかっこよかったりしても、その部屋で生活して外を見ると、その格子がわずらわしく感じることがあります。 又、1枚の窓でも機能上はいいところを、小さい窓に細分化してデザインに凝ったものもあります。 外観だけでそれを採用すると、完成・入居後に、せっかく南面の日当たりのいい部屋がうっとおしい感じになったりすることがあります。細分化してルーバー窓にしたりすると、開け閉めが大変ですし、火災が発生したという場合などは、単純な引き違いの窓にしておければ、窓から脱出できるところが、細分化してルーバー窓になどしたのでは窓からの脱出が妨げられることになります。 ロンドンのフロイト記念館(「精神分析家」のシグモント=フロイトがロンドンで住んだ家で、今、博物館として展示しているもの)に行ってみたところ、「1枚の窓でいいところを何枚もに細分化した外観上おしゃれな窓」がありましたが、どこに採用していたかというと、階段の踊り場でした。 そこで日常的に生活して、読書をしたり団欒したりする場所ではなく、通路としての利用しかしない「階段の踊場」であるから、「細分化した窓」としていたようです。 住宅建築会社の営業・設計でこのあたりを理解できていない者が担当した場合、完成してから、「なんだ、これは」という家ができてしまいます。 私は今まで勤務した会社で、理解できていない学習しない営業・設計が担当の家を見て、この人が担当のお客様は気の毒だなあ、私が担当した方は少なくともその点ではいいはずだよなあ・・と思った経験があります。
〔《ウィキペディア―フロイト博物館(ロンドン)》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8_(%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3) にフロイト博物館の外観写真が2枚出ています。 「通りの方から見たフロイト博物館」の写真で、中央部に出っ張った箇所があり、そこに、格子があるだけでなく細分化された窓が見えますが、その中央部の出っ張った箇所は、階段になっているのです。
《The Freud Museum LONDON》visit http://www.freud.org.uk/visit/ にも写真が出ています。 〕
   はっきり言いまして、これ↑、「精神病院建築」みたい! だと思いませんか。 「格子で逃げられないようにしているがそれをわからないようにデザイン化したもの」でしょ。 中央大学理工学部って「精神病院」だったっけ? 違ったと思うのですが、なんだか、そんな感じの建築・・・と言うと怒られてしまうでしょうか。 自分は設計しないで人の建築をけなしてばかりいるようで、気が引けるところもありますが、こういう建物の設計した人は「それなりにもらってる」「私の何倍も、もしかすると何十倍も年収がある」でしょうから、それから考えれば少々の批判はさせてもらっても悪くないでしょう・・。

2.東京都戦没者霊苑
   中央大学理工学部の東隣りに東京都戦没者霊苑があります。↓
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  《ウィキペディア―東京都戦没者霊園》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%88%A6%E6%B2%A1%E8%80%85%E9%9C%8A%E8%8B%91 によれば、1960年(昭和35年)、小石川陸軍工科学校跡の忠霊塔建設予定地だったところに、東京都から出征して他界した戦没者を祀る霊園として建設され、老朽化したことから、相田武文(あいだ たけふみ)設計で大改修し、1988年(昭和63年)3月に完成したという。
  「建築家」と言われる人が設計したものだろうなあ・・という感じはするのですが、なんと言いましょうか、少々、「中途半端」な感じはいたします。 広島の平和記念公園を思わせるようなところもありますが、広島の平和記念公園の場合、外に開放されているのに対して、この東京都戦没者霊園は、はっきりと外と中を区別する入口を通り、そこからアプローチを経て中に入って来ると、このモニュメントがあるのです。 このモニュメントであれば、この戦没者霊苑もまた、外に開放した方がいいと思うのですが、改修する前のあり方との関係もあったのでしょうか。
※広島平和記念公園については、
《ウィキペディア―広島平和記念公園》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B9%B3%E5%92%8C%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%85%AC%E5%9C%92 他参照。
  「建築家」のみの責任とはいえない部分として、こうした戦没者霊園は、「敵味方関係なくあらゆる戦没者、戦争に関して亡くなった方を悼み」「平和を祈念」して作りたいと「建築家」が思ったとしても、日本においては、一方で、そうではなく、戦争遂行に協力・賛成・加担した人たちのみを「英霊」として「神さま」扱いして祀る施設とするべきである、と主張したい人たちがいて、そのはざまにおいて、いかなる施設とすべきなのか、「建築家」も困ってしまうのではないかと思うのです。
  道路との境目の「入口」から中に入ってくるアプローチにおいては、中は墓地・墓苑のようになっているのか、墓石が並んでいるのか・・といった感じがするのですが、中にはいるとそうではなく、人も立ちいることのできるモニュメントです。 それなら、道路との境目は、明確な「結界」を設けるのではなく、モニュメント・祈念苑との境目は、広島平和記念公園のように「あいまい」な作りにした方がいいと思うのですが、そのあたりが「中途半端」な印象を受けました。

3.文京区シビックセンター(文京区役所)
  なかなかデザインを考えた建物だ・・・と思うので。 良きにつけ悪しきにつけ「役所」て感じじゃない。 しかし・・・、あの出っ張った部分、何十年かした時にたれてこないか???↓
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  フランク=ロイド=ライトが設計した滝の上にせりだす「落水荘(カウフマン邸)」も、築60年だか経って、せり出したオーバーハング部分がたれてきて、つっかい棒を入れたというが、これ↑、20〜30年後に「つっかい棒」を入れなければならない、なんてことにならない???
  なんだか、ピサの斜塔におけるニュートンの万有引力の実験みたいに、せり出した部分からリンゴを落として実験してみたくなる建物だけれども・・・・。
  で。 ↓この位置から見ると、なんだか、ちょっと、こわそ〜お・・・↓
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  こっちの写真で見ると、もっと、こわしょお〜お・・・↓ も〜しも、上から落ちてきちゃったら、どうしよ・・↓
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↑ なんだか、ちょっと、こわしょ〜お、こわしょ〜お・・・・・↑ 
  千葉県の鋸山の「地獄のぞき」↓とちょっと似ているように思いません? ↑↓
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※鋸山 「地獄のぞき」については、
《鋸山日本寺 》《境内案内 山頂エリア》http://www.nihonji.jp/keidai/area05.html
《ウィキペディア―鋸山(千葉県)》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%B8%E5%B1%B1_(%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C) 他参照。
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(↑大阪府某市にて。) ↑これは明らかに危険だと思います。(写真はすべてクリックすると大きくなりますから、ぜひ大きくして見てください。) はみだした「ベランダ」が危険であるだけでなく、建物が寄りすぎで、住宅自体が危険です。 間知石(けんちいし)の擁壁の上にブロックが4段積んであるのが見えますが、下2段と上2段で色が違います。おそらく、下2段の部分に土が入っていて、上2段はフェンスを建てるためのものと思われます。 下2段は、鉄筋が入っていても、土をとめるだけの役割を果たすことができるかどうかくらいの強度しかないはずで、とても、建物の加重を受けるだけの強度はないと思います。この間知石とブロック2段の強度を考えると、建物はもう少し離さないと危険です。 これだけ高低差があると、自分の敷地でも、間知石擁壁の斜めの部分が占める面積が相当にあるため、このような造り方をしたくなる気持はわかりますが、これは危険だと思います。下の道路を通行する人、下の家の人にとって危険であるだけでなく、この家の住人、この「ベランダ」を設置しているお家の方にとって危険だと私は思います。
  それに比べると、文京区シビックセンターはずいぶんいいようにも思えますが、長い目で見て、ライトの落水荘(カウフマン邸)のように「たれてくる」ことはないと言えるのでしょうか。 どうでしょう。
  1999年11月竣工。 《ウィキペディア―文京区役所》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA%E5%BD%B9%E6%89%80 によると、東京都23区の区役所の中では最も高い建物だそうです。
《文京区シビックセンター》ホームページの「階層図」http://www.city.bunkyo.lg.jp/_8838.html によると、上の方の出っ張っている部分は「展望ラウンジ」と「議場ロビー」で、25階の「展望ラウンジ」(http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_shisetsukanri_shisetsu_tenbo.html )は9:00〜22:30、無料で入り、展望できるそうです。
(1)中村好文『住宅巡礼』(2000.2.25.新潮社)の《フランクロイド・ライトの「落水荘」》に、≪ライトの念力で持っていたようなキャンティレバーも60余年を経てさすがに念力切れらしく、つっかい棒で支えて補修中だった。≫と書かれた箇所があります。 ライトの建築はすばらしいと思うのですが、旧・帝国ホテルにしても、あれだけものすごい建物を保存・維持できなかったというのは、やはり、継続的に使えるだけの構造についての配慮が不足していたのではないのか、と思えるところがあります。 この「はねだし」はどうでしょう。 50年前後経った時、「なんでこんなもの作ったんだ」とその時代の人が思うことはないでしょうか。
(2)2000年の夏、ロシア連邦、シベリアの中央、バイカル湖から50qくらいの場所のイルクーツクに行った時、泊まったアンガラホテルからキーロフ公園を隔てた向かいに一風変わった建物があり、ホテルの窓から、あれはいったい何だろうと思って見ていました。 日本に帰ってしばらくして、リシャット=ムラギルディン『ロシア建築案内』(2002.11.TOTO出版)を読むと、V.パーヴロフという「建築家」の作品の「高足のオフィスビル」だそうです。
≪ ソ連時代、少しでも主張をもった個性的な建物を設計した、建築家は共産党上層部からクレームが付けられていたが、そんな社会状況のなかでもイルクーツクの主任建築家であったV.パーヴロフは独創性にこだわった数少ない建築家のひとりであった。
  1970年代の日本のメタボリズムに傾倒したパーヴロフは、イルクーツクに多くの独創的な作品をつくり出した。・・・
  この作品(イルクーツク市の「東シベリア鉄道局官舎」とイルクーツク市のキーロフ公園の北西側にあった「高足のオフィスビル」)はパーヴロフの代表作であり、アンガラ川に墜落した飛行物体をイメージした集合住宅と高床式オフィスビルである。 後にパーヴロフはイルクーツク共産党指導部の政策指針に反対したため、国外への亡命を余儀なくされた。≫というのです。
  ≪少しでも主張をもった個性的な建物を設計すると、≫政治家からクレームをつけられる、というのがいいとは思いません。 しかし、です。一方で、「今現在においても、住む家もなく生活に困っている人が世界にはいるという状況において、構造と機能の上で必要のない部分に費用をかける建物は害があるのではないか」という視点というのは、経済体制が社会主義の経済体制であるか資本制経済であるかにかかわらず、考えるべき視点ではないかと思うのです。 特に、役所の建物の場合、もしも、これだけ個性的な建物にしなければ、機能上、同等のものでももう少し安く作ることができたとしたならば、その差額分を貧しい人たちを救済するための費用に回すことができたのではないのか? という疑問を感じてみたりもするのです。 都内においても、「ホームレス」の人たちもいるわけです。 構造と機能の上で必要のない部分に費用をかける建物を作るなら、その費用で「ホームレス」に最低限の住居を用意してはどうか? という見かたもありうると思うのです。
〔V.パーヴロフの「高足のオフィスビル」は1〜3階部分が「高足」で、その上の4階・5階に利用する階がある建物で、これも中に入らせてもらっていないので断定的なことは言えませんが、デザインはおもしろくても、やはり、使いにくいと思いますよ。〕
   しかし、それなら、建築はあくまでおもしろみのない個性のない建物しか認められないというのか、というと、そうではなく、「カネをかけるから個性的なものになるという建築ではなく、かかる費用は一般的なものであるが、その条件で個性的なものを作る」というものこそ本物の建築ではないのか。 桂離宮と日光東照宮の比較を考えると、桂離宮は日常的に手に入るものを使って建てられているとはいっても、皇族の離宮であって水のみ百姓の家ではなく、結果としてはそれなりにかかっているが、カネをかけることで一般にあるものと異なるものを作ろうとした建物ではなく、優れた精神性のもとに手に入りやすいものを工夫することで優れたものを作ろうとして、結果としてはそれなりにかかってはいるというもので、その時の最高権力者がカネと権力のもとに一般には手に入りにくい物でも用意させて塗りたくり刻みまくって造った装飾の塊の日光東照宮とは大きな違いがある。 料理でも、良い食材を使うことができればなお素晴らしい物ができるが、良い食材を使うから優れた料理ができるというのではなく、ありきたりの食材であってもそれを工夫することで優れた食事を提供するのが優れた料理人で、同様に、一般的な費用であっても個性的で優れた精神性を感じさせる建築を造ることができてこそ「建築家」であるという認識でいけば、一般的な費用であるから個性的なものはできないということはない、ということになると思うのです、が、これ↑は、やっぱり、「一般的な費用」ではなく、「はねだし」の分は多くかかっていそうに思えます。区民・国民に無料で開放されるスペースとしての展望ラウンジは無駄なものではない、と考えることもできるとは思いますけれども。
〔[第124回]《(素朴な疑問) 岡山西警察署 の 磯崎 新 設計による過剰費用は誰がだしたの?》http://shinkahousinght.at.webry.info/201208/article_9.html も御参照くださいませ。〕
   文京シビックセンターの展望室部分は、福島県いわき市小名浜 の「潮見台」(「じゃらん‐潮見台」http://www.jalan.net/kankou/070000/073200/spt_07204ad3350045646/ 、「まっぷる-三崎公園 潮見台」http://www.mapple.net/photos/I00701009402.htm )とも似ているように思えます。 展望室は上を見るものと限らず、下を見る展望室があってもいいとは思います。 「潮見台」で海の上に行くとかなり恐怖感がありますが。(いわき市三崎公園はひろびろとしてすがすがしく、海もきれいな海で好きだったのですが、福島県浜通り地域は福島第一原発事故による放射能汚染の被害を受けてしまい、たいへん悲しく思います。)
   東京タワー・名古屋タワーや東京スカイツリーは電波塔なので、電波が届くようにと、もともと、その時代・その地域の建物より一回り高く作られている為、展望室が展望室でなくなるということはないと思われます。(大阪の通天閣が東京タワーなどに比べて低いとバカにしたがる東京人がいるようですが、通天閣は電波塔ではなく娯楽目的のものなので、電波塔の機能は最初から求められていないため、電波塔の高さを必要としていないことからもっぱら娯楽目的の高さに作られているのです。)東京都庁舎も、高層ビル群が立つ地域に既存の高層ビルより高い高さで作られ、また、新宿の高層ビル群は、高層の建物を作るかわりに敷地に「空き」を作るという街づくりをしているので、展望室はしばらく展望室として機能すると思われます。 それに対して、この文京区シビックセンターは、この地域の中において、この建物だけが他の建物よりひとまわり高い建物として存在させようというものなのか、それとも、この地域に他にもこのくらいの高層の建物を建てさせようという考えでのものなのか、不明確なところがあります。 展望室が「下向き」に作られているというのは、他にも同程度の高層の建物ができてきた時のことを考えてのものかと思われますが、街づくりとしては、この建物だけがこの程度の高層の建物としてこの付近の街を作って行こうということでのものか、それとも、他にもこの程度の高層の建物を認めようということでのものか、考えが不明確ではないかとも思えるのですが、どうでしょうか。 日本の人口は特に増えているわけでもなく、それから考えると、計画性もなしに、次から次へと高層の建物を作って行くのは、不必要、かつ、国土破壊ではないかという気がします。 すべての高層建築を絶対に否定しようとまでは思いませんが、制限なく、高層の建物を建てまくるのには賛成しかねます。

4.春日通りから見た 東京スカイツリー
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  JR総武線の「錦糸町」駅の北口を出ると正面に東京スカイツリーが見えます。 東京スカイツリーが建設工事中においては、なんだか、「バベルの塔」みたいな趣味の悪いものが作られる・・・という感じでいい印象を受けなったのですが、パリのエッフェル塔でも、最初に完成したばかりの時は評判が悪く、「パリで最も美しい風景を見ることができるのはエッフェル塔である。なぜなら、そこからはエッフェル塔が見えないからだ。」とか言われたとも言うのですが、そのうち、日月が立つとともにエッフェル塔はパリの風景に、パリの市民に馴染んできたようですが、スカイツリーがどうなるかはまだわかりません。
  ↑春日通りを東に見ると、ちょうど正面にスカイツリーが見えます。↑ こうなるようにということを考えて、すきツリーの場所を決めた・・というわけでもないと思うのですが、ちょうど真正面です。

5.東京メトロ丸の内線「本郷三丁目」駅
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  丸の内線の「本郷三丁目」駅は昔からあるのですが、かつては、こんな「おしゃれ〜え・・」な建築ではなかったはずです。いつからこうなったのか。 いいかどうかよくわからないけれども、いつのまにかこうなりました。↑
  ↓ この骨などは、なんとなく、シドニーオペラハウスと似ているようにも思えます。↓ シドニーオペラハウスよりは実用的だと思いますが。
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※「シドニーオペラハウス」については、
《ウィキペディア―シドニーオペラハウス》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9 他参照。

6.名曲喫茶「麦」
  これは基本的には建築の話ではありません。
  私が20代前半の頃、バースが三冠王を取るより前の頃、文京区本郷の東大の正門の前あたりのビルの2階に「ワルキューレ」という名曲喫茶があって、何度か行ったことがあったのですが、何度めかに行くと、そこにあったはずの「ワルキューレ」はなく、ゲームセンターに変わっていて残念に思ったということがありました。 今は、それがどこであったかもわかりません。
  又、JR(その頃は国鉄)の「御茶ノ水」駅の南側に「ウィーン」という名曲喫茶があって、ここも何度か行ったのですが、やはり、何度めかに行くと、その建物はあるのですが、「ウィーン」はなくなり、他の飲食店に変わっていました。今も建物は昔のままありますが(《WEBSTAGRAM 御茶ノ水駅前サンロイヤルビル》http://web.stagram.com/location/5342868 )、名曲喫茶「ウィーン」はありません。なんだか、「男の隠れ家」が次々となくなっていくみたいで寂しい思いがいたします。
〔 やはり、私と同じように、「ウィーン」がなくなったのを寂しく思われる方がおられたようです。インターネット上で検索すると、⇒《夢織人の街TOKYO散歩&思い出の場所パート1 ☆御茶ノ水サンロイヤルビル》http://blogs.yahoo.co.jp/julywind727/29983406.html に出会いました。〕
  20年ほど前、JR常磐線の「柏」駅の西側に名曲喫茶が2軒あったのですが、3〜4年前に柏に行ってみると、見当たりませんでした。 その片方は、もしかするとここだったかと思われる場所に喫茶店があったのですが、「名曲喫茶」ではありませんでした。 又、やはり、JR常磐線の「松戸」駅の西側のビルの2階に「田園」という名曲喫茶があったと思うのですが、今は見当たりません。 
  本郷三丁目駅を出て東大本郷キャンパスの方向に向かってすぐの名曲喫茶「麦」は今も健在です。↓
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思えば、最初にこの店に行ってから、もう30年以上経ちました。 「あると便利」な店もいいでしょうけれども、「わざわざ行きたい店」もあっていいと思うのです。 「麦」の店内は落ち着いた雰囲気で好きです。 今後も続いてほしいと思います。
  神田神保町の神保町交差点より北、白山通り沿いにある名曲喫茶「白十字(はくじゅうじ)」は今もあります。 但し、少し前に行くと、外壁についていた看板がなくなり、かつては、1階と2階の客席が使用されていたのが、1階のみで運営されていました。
  神田神保町の書泉グランデの南側にあるタンゴの名曲喫茶「ミロンガ」も何度も行きましたが健在で、神田神保町交差点の南東にある名曲喫茶「さぼうる」「さぼうる2」も健在のはずです。
  「男の隠れ家」というのは朝日新聞出版から発行されている雑誌の名称(http://publications.asahi.com/ecs/70.shtml )ですが、わざわざ「男の隠れ家」と格式ばって言うのがいいかどうかわからないけれども、「名曲喫茶」は、これ以上、減らないでほしいと思います。 
  ちなみに、神田神保町の「さぼうる」は付近の大学の学生が講義を「さぼうる」時に入店する店という意味かと思っていたら、そうではなく、何語だったかで別の意味があるそうです。
  少し前に火事があったそば屋の某の近くにある神田の「ショパン」に少し前に行ってみました。ピアノ曲もいいなあ、と再認識しました。
  渋谷の「ライオン」http://lion.main.jp/ )が名曲喫茶として有名だとインターネットに出ているのですが、どうも、神田神保町とか御茶ノ水、本郷に対して、渋谷という場所が名曲喫茶より他の目的で行く場所という印象があって、残念ながらまだ行ったことがありません。一度、行ってみたいと思っています。
     (2013.3.8.)

  今回の記事の6.の名曲喫茶「ワルキューレ」について、 [第252回]( 《 何気ない動作に見られる建売大工の習性―ボンドをのばさずペッペッペ他。及、軒のない家・片流れ屋根の問題 》 ) http://shinkahousinght.at.webry.info/201404/article_3.html に、高木様からコメントをいただきました。ありがとうございます。 (2014.5.1.) 


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