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zoom RSS 葛飾八幡宮・葛飾天満宮(市川市)訪問〜冤罪を晴らす神様・怨念を晴らす神様・菅原道真・第2回

<<   作成日時 : 2013/01/06 01:47   >>

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〔第154回〕
1. 葛飾八幡宮
  千葉県市川市八幡 の葛飾八幡宮 とその摂社・葛飾天満宮に行ってきました。
  私は高校生くらいまで、「葛飾」という地名は、東京都葛飾区のことを指す地名だと思っていたのです。 それにしては、千葉県船橋市の西寄り、JR総武線・武蔵野線の「西船橋」駅の北西あたりにある京成本線「西船(にしふな)」駅が、かつては、「葛飾(かつしか)」という駅名であったので、どうして、葛飾区から遠く離れた船橋市に「葛飾」という駅があるのだろう、と思ったのです。 もともと、「船橋」という地名は船橋駅の南のあたりの地名で、「西船橋」のあたりは、葛飾町であったらしく、葛飾というのは、東京都葛飾区の範囲だけの地名ではなく、ましてや、「フーテンの寅さん」の柴又だけの地名でもなく、東京都の東よりから千葉県の西寄り、さらに埼玉県の一部分も含んだ地域を指す広い範囲の地名であったらしい。
  そして、市川市のJR総武線「本八幡(もとやわた)」駅と京成本線「八幡(やわた)」駅のすぐ東にある八幡宮も、八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)・・・・ではなく、葛飾八幡宮(かつしかはちまんぐう)という名称らしい。 八幡(やわた)にある八幡宮・・ではなく、葛飾八幡宮のあるところの駅だから、「八幡(やわた)」「本八幡(もとやわた)」ということのようです。
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  参道を歩む順に写真を載せると、どうしても、南から順になり、ブログでは、上に南、下に北のものが載って逆になってしまいますが、下から読んでくださいというわけにもいかないので、南の方から載せます。
  ↑ は、国道14号(千葉街道)から見たものです。 やはり、ここから行きましょう。
<写真はすべて、クリックすると大きくなります。>
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  そして、京成本線の踏切↑。  ここで、京成本線を南から北に渡ります。
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  ↑ 葛飾八幡宮の建築では、もっとも有名なものということになるのでしょうか。 市川市指定有形文化財とされている 随神門。  かつては、仁王門であったのが、神仏分離によって両袖に随神(右大臣・左大臣)のある随神門になったそうです。
≪ 屋根はかつては茅葺でしたが、現在は銅葺。≫≪平成14年(2002)8月、塗替修復工事竣功≫だそうです。
 市川市役所のホームページの「八幡・菅野界隈」http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1421000003.html によれば、隋神門が市川市指定文化財http://www.city.ichikawa.lg.jp/edu09/1521000007.html とされている他に、千本公孫樹(いちょう)が 国指定文化財http://www.city.ichikawa.lg.jp/edu09/1521000005.html 、 梵鐘が県指定文化財http://www.city.ichikawa.lg.jp/edu09/1541000005.html とされているようです。
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  ↑葛飾八幡宮 拝殿
右にちょっぴり見えているのが、国指定文化財の千本公孫樹(いちょう) 。 左端にちょっぴり見えているのが神楽殿です。
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  ↑葛飾八幡宮 弊殿本殿
八幡宮ですが、平(ひら)入りの切妻の建物が前後に2つ並ぶ「八幡造り」ではなく、拝殿・弊殿・本殿となる「石の間造り」
※八幡造り については、
「【神社建築】本殿様式 八幡造」http://www.genbu.net/tisiki/yahata.htm
「ウィキペディア-八幡造」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E9%80%A0 参照。
   なお、「コトバンク デジタル大辞泉の解説 石の間造り」http://kotobank.jp/word/%E7%9F%B3%E3%81%AE%E9%96%93%E9%80%A0 を見ると、≪「権現造り」に同じ≫と書かれているのですが、京都の北野天満宮などの「石の間造り」と、日光東照宮などの「権現造り」を「同じ」と考えてよいかというと、私は違うように思うのです。 「権現造り」は、「石の間造り」に、「きんきらきんにさりげなく♪」塗りたくり刻みまくり装飾しまくったものが「権現造り」と考えるべきで、「塗りたくり刻みまくり装飾しまくり」というブルーノ=タウトさんが悪趣味だ、いかものだと酷評した特色がなければ、「石の間造り」ではあっても、「権現造り」ではないと考えるべきではないかと思うのです。
その基準から考えて、この葛飾八幡宮の本殿は、「石の間造り」と分類するべきではないかと思うのですが、どうでしょうか。

≪ 神仏習合が進むとともに、奈良時代に神仏習合神として八幡神(はちまんしん)が現れ、平安初期に、都を鎮護する神として平安京南郊の石清水(いわしみず)に祀られました。八幡神は、もともと九州の宇佐地方の神で、鉱産、鍛冶の神とされ、事あるごとに託宣がおりました。大仏建立にあたっては、八幡神が鋳造をたすけたとされ、仏教を外護する善神として国家の崇敬を受けるようになりました。宇佐の八幡神は、戦争や皇位の継承についても託宣を下し、政治に大きな影響力を及ぼしました。道鏡が皇位につこうとして、宇佐八幡の託宣があったと偽った事件は広く知られています。781(天応元)年、八幡神は大菩薩号をおくられ、こののち各地の寺院で祀られるようになりました。八幡神は菩薩であることから、僧形の神像もつくられました。平安京の石清水八幡宮(男山八幡)は、朝廷のあつい崇敬を受け、伊勢神宮に次ぐ神社とされました。≫
(村上重良『日本の宗教』1981.3.20.岩波ジュニア新書)

   由緒書には、≪寛平年間(889〜898)宇多天皇の勅願により下総の国総鎮守八幡宮として御鎮座、・・≫≪代々の国司・郡司はじめ、国民の信仰深く、下総国における葛飾文化、八幡信仰の中心となりました。とりわけ平将門の奉幣、源頼朝の社殿改築、太田道灌の社殿修復、徳川家康の御朱印地社領五十二万石の寄進等・・・≫、市川市役所のホームページhttp://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1421000003.html には、≪京都石清水八幡宮を勧請したもの・・・≫と書かれ、
  由緒書には、祭神は、
≪<東御前>息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)(神宮皇后)
  <中御前>誉田別命(ほんだわけのみこと)(應神天皇)
  <西御前>玉依姫命(たまよりひめのみこと)  ≫
と書かれています。 広まった八幡信仰に、ホンダワケノミコト(応神天皇)が八幡神であるという話が結びつき、『古事記』において応神天皇の母だとされている神宮皇后、及び、玉依姫は後から加えられたものでしょうか。

2.葛飾天満宮  〜恨み晴らさでおくべきか〜 冤罪を晴らす神様・怨念を晴らす神様・菅原道真・第2回 全国、怨念の旅   さてさて、怨念を晴らす旅、第2弾は、葛飾天満宮。
  葛飾天満宮といっても、柴又にあるのではない。 2011年3月11日の福島第一原発事故による放射能汚染で、東京都葛飾区も千葉県柏市・松戸市・流山市・埼玉県三郷市などとともに放射能汚染の「ホットスポット」になってしまったようですが、そこではありません。 千葉県市川市八幡にあります。 最寄駅は、京成電鉄の「八幡(やわた)」・都営地下鉄「本八幡(もとやわた)」・JR総武線「本八幡(もとやわた)」です。
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↑ 葛飾天満宮 (葛飾八幡宮の摂社)

3. 他にも、
厳島神社
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富士塚浅間社
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他に、摂社として、尾上稲荷社、八坂社、道祖神 があります・・・・が・・・・・・→

4. もっと知名度があるのがこちら↓。 世にも恐ろしい、というのか、おどろおどろしい、というのか、
一度入ったら二度と出られないと言われているらしい・・・ ↓
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「八幡の藪知らず」 と 不知(しらず)森神社
国道14号の南側にあります。
≪ この藪に一度入ったら、二度と出ることはできないという言い伝えがある。
  この地は平将門に仕えていた武者の墓所だったという説がある。武者が将門の首を守り続け、そのまま泥人形になったという。その武者の怨念が、藪に乗り移ったのかもしれない。
  また「藪の中央部が窪地になっていて、そこから毒ガスが出ている」「藪に底なし沼がある」などの説があるが、これらの話は憶測の域を脱していない。
  藪の竹を切ろうとした者もいたが、それらの人々は皆、大ケガをしたり、不可解な事故死を遂げた。そのため、江戸時代にはすでに「藪には何らかの呪いがある」という話がまことしやかに伝えられた。・・・
  ・・・霊感が強い人は周囲を歩いているだけで体調不良に見舞われることがあるので、気をつけたほうがいい。≫
(並木伸一郎監修『日本の霊界地図 呪われたタブー地帯』(2010.8.2. 竹書房)
というが、私は、≪霊感が強≫くないのか、もともと霊と仲良しなのか、もともとそんなに体調がいいわけではないから≪体調不良に見舞われ≫たかどうかわからないのか、特に、≪体調不良に見舞われ≫たとは感じなかった。 というより、ここは、国道14号沿いで、JR「本八幡」駅のすぐ東、市川市役所のすぐ西であって、≪気をつけたほうがいい≫と言われたって、もっと、変ぴなところならともかく、そんなこと言っていたら市役所行けないじゃないの。 
   ≪藪の竹を切ろうとした者もいたが、それらの人々は皆、大ケガをしたり、不可解な事故死を遂げた≫と『日本の霊界地図』には書かれているけれども、葛飾八幡宮の「由緒書」には≪近世以前にはもっと広かったと伝えられています≫と書かれているからには、かつて、伐採して規模を縮小したこともあったのでしょう。 「ウィキペディア-八幡の藪知らず」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E3%81%AE%E8%97%AA%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9A には、≪近隣の行徳村の飛び地(入会地)説  地元である八幡の住民は当地に入れないため、このような伝説ができたという説。≫もあると書かれています。
   

5. 30年くらい前、京成電鉄「八幡」駅の南に、京成百貨店があって、何度か買い物をしたことがあったのですが、なくなってしまったようです。
   また、JR「本八幡」駅から京成「八幡」駅へ向い、国道4号と交わる交差点の北西側に、商店が雑居するビルがあって、その中を何度も通ったことがあります。 どういっていいのかわからないのですが、なかなかいい雰囲気で好きだったのですが、なくなってしまい、高層のマンションが建築中というのか、ほぼ完成となってしまいました。 最近、駅のすぐ近くに、こういった高層マンションが次々と作られていますが、日本人の人口は特に増えているわけでもないのに、はたして、こういった高層マンションを次々と作る必要があるのでしょうか。 又、その周囲の道路は、かつてのままであるのに、建物だけが超高層のものを作って周囲と調和するのでしょうか。 少し離れた所から見ると、高層マンションというのは、そこに相当に高い岩山が突如出現したようなものですが、自然に悪影響を与えないか、心配です。 ↓
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6. 不二女子高校↓
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↑ なかなか、デザインにこった建物だと思いました。<写真はクリックすると大きくなります> 
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↑ 特に、北側に回って見ると、色合いの異なる別の顔があるのです。 不二女子高校のホームページを見ると、≪2004(平成16)年度から新校舎になりました。≫http://fujijyoshi.ed.jp/access/school-building.html と書かれています。
  しかし、この両そでの部分、窓がないように思うのですが、内部はどうなっているのでしょうか。 「建築家」と称する人に設計させると、デザインにばかりこって、使い勝手を無視したなんとも使いにくい「建築家」の自己満足でしかないものを作る傾向がありますが、これはどうなのでしょう。建築探偵団としては気になるところですが・・・→ちょっと入らせてもらって中をのぞかせてもらって・・・とかは、女子高なので、そういうことをうかつにすると、や〜い、へ〜んた〜い、とか言われそうでできません。 それなら、かつて、一世風靡した『ドクター・スランプ』の則巻千兵衛みたいに、「あのう、まことに申し訳ございませんが、わたくし、決して悪いこといたしませんので、・・」とか断って、入らせてもらって・・・とか・・そんなこと言うとかえって、へ〜んた〜い♪、とか大喜びで言われそうで、まあ、そこまでして見たいというほどでもないので、まあ、いいか。
  デザインに凝るのは悪いわけではないし、デザインを無視する建物を肯定はしたくないのですが、どうも、「世界の丹下」とかそのエピゴーネンとかの自称「建築家」の設計するものは、実際に使用する者の立場をまったく考えないもの、「ゼネコンの技術を使った巨大な彫刻」でしかないものが多いように思うのです。
  私は、構造と使い勝手を考え、その上でデザインもすばらしいものを実現してこそ「建築」であり、デザインだけしか考えないような只今増殖中の「丹下健三のエピゴーネン」が好んで作るようなものは、「巨大な彫刻」ではあっても「建築」ではないと思います。
※『ドクタースランプ』を知らない方は、⇒
「YouTube-Drスランプアラレちゃん OP 「ワイワイワールド」4K2K 」http://www.youtube.com/watch?v=7TOh-r19kaQ

   不二女子高校の校舎の設計について、(株)エ−ディ−ネットワ−ク建築研究所 の 棚橋 廣夫 という方が担当したという情報がインターネット上にでていました。
「建築家資格制度 社団法人日本建築家協会 登録建築家詳細 棚橋 廣夫 」http://www.jcarb.com/Portfolio00002887.html
代表作品3 として、不二女子高校が出ています。
「エーディーネットワーク建築研究所」ホームページ 「ワークス」http://www.ad-network.co.jp/works.htm
→「教育文化施設」タブ→「不二女子高校」
   外観デザインについては、「なかなか」と思ったのです。 しかし、建築は、デザインと構造と機能の3つがそろってこそ建築であり、デザインだけならそれは「巨大な彫刻」であって「建築」ではないと思うのです。
  「建築家」と称する人の「作品」の場合、「デザイン>>>構造>機能」というのか、「デザイン80%・構造20%・機能は0.1%未満」というのか、ましてや、清掃やメンテナンスがしにくかろうが、その際にとび職や清掃業者が高い所から落ちて死のうが知ったことじゃない、どうってことない、それがどうした、「使い勝手なんかどうだっていい。構造上、問題があっても、それは意匠設計担当者は知ったことじゃない。『構造家』が考えればいい。 とにかく、“ 建築は爆発だ〜あ!” というデザインさえ実現できればそれでいい。」というようなものが多いと思うのです。 もしくは、「姓は丹下、名は健三」とでも名のれば、「はあはあ〜あ」と水戸黄門の印籠見せられたみたいに皆の者が地にひれ伏す・・・・みたいな・・・で、いったいどこいいの? と『裸の王様』みたいなこと言うと「静まれ静まれい。 おそれ多くも、“世界的建築家”丹下健三公の設計なるぞ。ズが高い。控えおろう。」とか怒られそう・・・「はあはあ〜あ」→だから、まあ、黙ってよかな・・みたいなものが多い。現実に。 で、この建物がどうなのかは、中に入って見てみないとわからない。 だから、やっぱり、一度、中に入って見てみた〜い・・・気がするのですが、でも、そうすると、やっぱり、女子高の建物なので、「や〜い、へんた〜い!」とか大喜びで言われそうで・・・・。 ・・もう、いいや・・・。 へんたいじゃないもん・・・
※「姓は丹下、名は・・・・」について、知らない方は、
《丹下左膳 ストーリー》 http://www.ntv.co.jp/tangesazen/story/index.html 他参照。
※「・・・・は爆発だあ〜あ」については、
《YouTube―「芸術は爆発だ!」「何だ、これは!」  岡本太郎は何者? 1/2 》 http://www.youtube.com/watch?v=VfQ5adBhhUI 
《YouTube―「芸術は爆発だ!」「何だ、これは!」  岡本太郎は何者? 2/2  》http://www.youtube.com/watch?v=G9I1hEzv6Hk 他参照。
 しかし、「売れなくてもかまわない」と大威張りで言われたのでは、そして、もしも、実際にそうなら、企業はたまらんわなあ・・・・。
※水戸黄門の印籠「この紋どころが眼に入らぬか」→「はあはあ〜あ」については、
《pideo−水戸黄門10_印籠》http://www.pideo.net/video/youtube/fa295ee1bde0187f/
《YouTube―水戸黄門・馬にまで馬鹿にされた代官 》http://www.youtube.com/watch?v=28S-IxNapBw 他参照。


今回は、「全国、怨念を晴らす旅、冤罪を晴らす神さま・菅原道真」としては、
第1回 〔第140回〕《冤罪を晴らす神様・菅原道真を祀る 平河天満宮に行ってきました。》http://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_3.html 
に続く 第2回です。 まだまだ続きます。
≪ 死後間もなく、比叡山に道真の霊が現れ、僧侶に次のように告げた。
「今から、私を左遷に追いやった者達を祟って復讐します。彼らが助けを求めてきても、応じないでください」
  落ちつくように僧がザクロを勧めると、道真の霊はザクロを吐き出して怒りをあらわにしたという。
  怨霊となった菅原道真は藤原氏、そして醍醐天皇への復讐を始める。
  まず、藤原菅根が雷に打たれて死亡。 菅根は道真の左遷が決まったとき、宮中に駆けつけた宇多上皇の行く手を阻んだ人物である。
  そして、道真左遷で中心的な役割を演じた藤原時平に道真は祟る。
  このとき時平は病気にかかっており、治癒のために加持祈祷をさせていた。するとある日、時平の両耳から道真の霊が蛇となって現れ次のように語ったという。
私が復讐しようとしているのだから、加持祈祷などしても無駄だ。やめさせよ」
 間もなく、時平は狂死した。
  道真の霊を鎮めるため、醍醐天皇は道真の墓所の上に立派な社殿を造るよう命じる。これが、現在も福岡県にある大宰府天満宮である。
  しかし、道真の怒りは収まらなかった。醍醐天皇の皇太子である保明親王(やすあきらしんのう)が21歳で死去。 保明親王の死後、新しく皇太子になった慶頼王(やすよりおう)も5歳という若さで亡くなってしまう。
  恐れをなした朝廷は、どうにかして道真の霊を鎮めようと道真左遷に関する書類を焼き捨てることにした。しかし、その火が周りに燃え移り、僧や役人が焼死する事態となる。
  道真の祟りが怪異を起こしていることを確信した醍醐天皇は、取り上げた右大臣の位を再び道真に贈る。左遷は誤りだったことを、天皇自らが認めた形だ。
  しかし、荒ぶった道真の怒りは収まらない。
  干ばつが続いたため、宮中で醍醐天皇の臨席のもと、雨乞いをするかどうかの会議が行われた。
  するとにわかに暗雲が空を覆い、激しい雷雨となった。そして、会議が行われていた清涼殿に雷が落ちて出火。 藤原清貫(きよつら)が胸の火傷で死亡し、美努忠包(みぬのただかね)も髪に火が燃え移って死亡。その他、顔が焼けただれた者、腹部に重傷を負った者など宮中で5名の死傷者を出す大事件となった。
  この事件に醍醐天皇は大きなショックを受け、体調を崩してしまう。 そして天皇の位をわずか8歳の皇太子・寛明親王(ゆたあきらしんのう)に譲る。醍醐天皇が崩御したのは、その1週間後のことである。
  左遷を命じた醍醐天皇が亡くなっても、事態は収まらない。 藤原時平の長男である藤原保忠(やすただ)が物の怪(もののけ)に取り憑かれ、狂死する。
   いったい、どうすれば道真の祟りは収まるのか。 ・・・・・≫
(知的発見!探検隊編『本当は怖い日本の怨霊』(2012.5.10. イーストプレス)

☆ 今回、訪問に際し、
市川市役所ホームページhttp://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1421000003.html   のほか、
「猫のあしあと-葛飾八幡宮」http://www.tesshow.jp/chiba/ichikawa/shrine_yawata_hachiman.html
「info千葉-葛飾八幡宮」http://www.infochiba.ne.jp/FAINS/spot/0101/1738.html
「ウィキペディア-葛飾八幡宮」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE など参考にさせていただきました。

   んちゃ! 
  (2013.1.6.) 
☆ 冤罪を晴らす神さま・菅原道真シリーズ、次回は、亀戸天神社(東京都江東区)(http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_7.html )です。ぜひ、御覧下さいませ。 


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