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zoom RSS 「おちびちゃんはお友達」〜営業の最高の技(2)〜おのれの骨と肉のきしみで身につけた(?)

<<   作成日時 : 2012/11/20 23:53   >>

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〔第143回〕 営業と会社の話(35)
   今となっては20年以上前の昔。 杉浦忠がダイエーホークスの監督をやっていた頃の昔である。 木質系住宅建築請負業の某社に入社した1年目の頃。 市役所などに行くと、厚生省(現・厚生労働省)が作成したポスターで、
  「 子育てをしない男を 父親とは言わない 」
と書かれたものが貼られていたのを見た記憶がある。
   なるほど・・・と思ったのではあるけれども、世の中にはいろいろな考え方があるようで、その頃、まだ生きていた私の父親などは、「子供というものは、女が育てるものだ。 考えちがいをおこすなよ。」と言っていた。 父はそういう考え方であったらしい。 だから、父の認識からすれば、厚生省のそのポスターを制作した者こそ、認識を間違えている、「甘ったれた」人間だということになるようであった。
   物の考え方は、どういうものが絶対に正しいというものはないとは思うが、しかし、私は、自分の人生を振り返って、もう一度やり直せるなら、こうするのだけれどもとか、ここで、こういうことを親か誰かに言ってもらえていれば、また変わったのに、とか思うものがあるので、それを考えれば、父親の立場になれば、子供には、こうしてやりたいと思ったりするものはあり、そこからいけば、「子供というものは女が育てるものだ」という認識にはならない。
   それに・・・・。 「子供というものは女が育てるものだ」と言うオッサン。 一方でペットを飼おうとしてみたりすることがあるのだけれども、ペットを飼うくらいなら、子供の世話すれやいいじゃないのという気もするのだが、どうだろう。

   それで。 私が中学校の3年生の時に、姪(姉の子供)が産まれた。 なんだか、猫の子みたいに「みゃー、みゃー」いうやつがやってきた。
   それで、気づいたのだ。 実は、子供というのは、おもしろいんだわ、これがあ・・・・。 実のところ、食事や排便の世話をしなければならないとなると、けっこう大変であろうけれども、なんてったって、自分の子供じゃないものだから、そういうのはしなくていいのだ。 
   そこで。  きょうも、姪と遊ぶ・・・のではなく、姪で遊んでやろうではないか、なんてったって、面白いんだわ、これがあ、ぶうふうふうふうふう〜う・・・・・・・これはおもしろいじょ、これはあ・・・と思ったのだが・・・。
   ちびすけ、おそるべし。  不思議なことに、ちびすけというのは、どうも、こちらが思ったことを読みとる能力があるらしいのだ。 かつ、こちらが考えたことと同じことを考える習癖があるらしいのだ。
   よお〜しよし、きょうも叔父と遊ぶ・・・のではなく、叔父で遊んでやろうではないか、なんてったって、面白いんだわ、これがあ、ぶうふうふうふうふう〜う・・・・・・と、ちびすけの方も思ったらしいのだ。 
   さらに、である。 子供というものは、何だって覚えよう学ぼうとするし、知らないものを覚えたりするのが大好きですぐに覚えるのだ。 よお〜し、いっちょ、曲芸でもしこんでこましたろか・・・・・、ぶうふうふうふうふう〜う・・と思ったのである・・。 ところが、である。 ちびすけというのは、こちらが思ったことを読みとる能力があるらしいのだ。 しかも、こちらが考えたことと同じことを考える習癖があるらしいのだ。
   よお〜し、いっちょ、曲芸でもしこんでこましたろか・・・・、ぶうふうふうふうふう〜う・・・と、どうも、向こうも思ったらしく、ふと、気づくと、姪は私の背中の上に乗って、こちらが曲芸をしこまれていたのであった。

   この経験が、もしかすると、その後、お客様の子供の相手をする時の素養になった・・・・・のかどうかはわからない。 しかし、自分の子供ではない子供の相手をする経験を比較的若いころに持ったのは、それはプラスにはなったであろう。

   〔第52回〕で《営業の最高の技「他心通」〜『大魔のガロ』とロジャーズ・クライエント中心療法より〜営業と会社の話(3)》http://shinkahousinght.at.webry.info/201108/article_1.html を公開した。 「最高の技」と言うからにはひとつのはずだが、それに匹敵するくらいのもので、同じくらい自信のあるものが、今回の「おちびちゃんはお友だち」である。 これは、なかばは、おちびちゃんからもらった能力である。


   今となっては4〜5年前のこと。 建築と不動産をおこなっている某社に勤めていた時のこと、建売住宅の販売会場に来場された奥様が、他の営業と話をされている間、連れてこられた5歳の女の子の遊び相手になっていたところ、仲良しになってしまったのだ。 それで、ずいぶんと好かれてしまって、次に奥様と会った時、「なんだか、ずいぶんと気にいってしまったみたいで、結婚するとか言ってるんですよお。」・・・・と。
   若い女の子に好かれるのは悪くないのだけれども、なんといいましょうか、ちょっと、若すぎるような・・・・。
   でも、おちびちゃんが、そんなに喜んでくれるのだから、だから、やっぱり、素直に喜んでおこう・・・・。
   ただ、問題は・・・・。 どうも、それ以来、駅だとかスーパーだとかで、そのくらいの歳の女の子を見ると、どうも、好かれてしまいそうな気がしてしまって・・・・・。

   それで、これは、営業の能力としては、相当のものだと思う。 子供つれで来場した人で、親の方は、その後も、見学したいし、営業担当者と話もしたいと思っていても、子供が「次、行こう、次のところ行こう」とか「もう、帰ろう、帰ろう」と言って、親の手を引っ張りだすと、親の方は、まだ、そこで見たい、話がしたいと思っても、結局、子供に引っ張られて出ていってしまう、ということがある。 それに対して、なにしろ、おちびちゃんと仲良しなのだから、おちびちゃんは、いつまででもいてくれるのだ。 これは相当に強みである。 
   が、何の努力もなしに身につけたのではない。 それなりに努力している。 が、一方で、自分の努力だけで身につけたのではなく、おちびちゃんが、くれた能力でもあるのだ。 『歎異抄』には、≪専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。 親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。 ・・・≫と述べられているが、私がおちびちゃんと仲良しになれる能力を身につけたのは、我が努力もまったくないわけではないけれども、おちびちゃんが身につけさせてくれたようにも思う。 阿弥陀如来のはからいで救われるごとく、おちびちゃんの気持ちとしてその能力を身につけさせてもらったのである。

   しかし、おちびちゃんと仲良しになれる素地はなかったわけではない。 『新約聖書 マルコ福音書』には、
≪  イエスにさわっていただこうとして、人々が子供たちをつれて来ると、弟子たちが咎めた。 イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた、「子供たちをわたしの所に来させよ、邪魔をするな。 神の国はこんな小さな人たちのものである。 アーメン、わたしは言う、子供のようにすなおに神の国を受け入れなければ、決してそこに入ることはできない。」 それから子供たちを抱き、頭に手をのせて祝福された。 ≫(「マルコ福音書」第10章13-16節 塚本虎二訳 〔『新約聖書 福音書』塚本虎二訳 岩波書店 所収〕)
  もっと昔。30年以上むかし。 有楽町の映画館で『ナザレのイエス』という映画を見た。 そこで、イエスは、子供に語りかける際にも、決して上から見下ろすような話し方はしなかった。相手が子供であっても、同じ高さで、大人に話しかけるのと同じような話しかたで語りかけていた。

  小野川秀美 責任編集『世界の名著 孫文・毛沢東』(1980.11.20. 中公バックス)の毛沢東『矛盾論』(小野和子訳)のところに、《延安で「小八路軍」と話しあう毛沢東(1939)》という写真が掲載されている。↓
画像

  この写真における毛沢東などは、相手が子供であろうが、大人である場合と変わらない態度で話しかけている。
   エドガー=スノウの『中国の赤い星』(筑摩書房)には次の文章がある。
≪ 周恩来と数分間はなしあって、わたしが何者であるかを説明すると、彼はわたしが、百家坪で一泊できるよう手配してくれ、翌朝近くの村にある彼の司令部へ来るようにといった。
   わたしはここに駐屯していた交通部の一隊と一緒に夕食の席につき、百家坪に宿泊していた十数名の青年にあった。 うち何人かは遊撃隊学校の教官で、一人は無線電信士、数名は紅軍の将校であった。 夕食は鶏の煮もの、麩が入ったままの小麦粉で作った饅頭、白菜、粟、馬鈴薯で、わたしはたらふく食べた。 しかし例によって、白湯以外に飲物はなく、それはあつすぎて手がつかず、わたしはのどが渇いてしかたがなかった。
   食事の給仕をしたのは――運んだという方が当たっているが――、二人の無頓着な少年であった。 だぶだぶの制服を着て、尖った赤い帽子のつばが目をおおって終始ぱたぱたとゆれ動いていた。 最初彼らは不機嫌そうにわたしを見ていたが、数分後にはやっとそのうちの一人が友好的な微笑をみせるようになった。 それに自信を得て、彼がそばを通ったときにわたしは呼びかけた。
「喂(おい)、水を持ってきてくれ給え」
   少年はあっさりわたしを無視した。 数分後にはもう一人の少年に声をかけたが、結果は同じであった。
   すると交通部長の李克農が厚いレンズの眼鏡を通してわたしに笑いかけているのを見た。 彼はわたしの袖をひっぱった。 「彼らを“ 小鬼 ” または“ 同志 ”とよぶことはできますが、喂とはよべないのです。 ここではみな同志なのですから。 この子供らは少年先鋒隊で、ここにいるのは彼らが革命家で、自ら進んでわれわれを支援しようとしているからです。 彼らは召使いではありません。 将来の紅軍戦士たちです」
  ちょうどその時、さました白湯が運ばれてきた。
「ありがとう、同志!」とわたしは遺憾の意をこめていった。
  この少年先鋒隊はわたしをきっぱりと見つめた。 「どういたしまして、こんなことで同志に感謝しなくていいんです!」
  中国の子供にこのような個人としての威厳をみたことはそれまでに一度もなかった。・・・・・≫(エドガー=スノウ『増補決定版 中国の赤い星』(松岡洋子訳 1975.12.10. 筑摩叢書)
  
   どうも、日本の会社員で営業の仕事についている人間で、子供の相手をするのが得意だと思っている人を見ると、子供の頭を押さえつけてみたり、子供を自分と対等に扱わない人が多い。 あるいは、何か「子供が喜ぶ芸」みたいなことをやってみせて、どうじゃ、面白いじゃろお、という態度を取ってみたりする人が少なくない。 しかし、そういう態度自体が、子供を上から見下ろすような態度ではないかと思うのだ。
   上の《延安で「小八路軍」と話しあう毛沢東(1939)》の写真における毛沢東などは、相手が子供であるからといって、決して、上から見下ろすような話し方はしていない。

   かつて、東京の三田の慶応義塾大学の新図書館の脇に、「普通の人間と同じ大きさで、普通の人間と同じ高さの福沢諭吉の胸像」が設けられていた。 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言えり」と語った福沢諭吉の像であるから、普通の人間と同じ大きさで、普通の人間と同じ高さの像であるという、創立者を貶めるのではなく尊重すればこそ、そのように造られているというすばらしい像であったが、最近、慶應義塾の三田キャンパスに行ってみると、その像は、別の場所に移り、普通の人間が歩く通路よりも少し高い生垣の中に移動してしまった。 誰が移動させたのかわからないが、愚かなことをすると思う。 福沢諭吉という人が、学生との間に垣根を作られて喜ぶような人であったかどうか、よく考えてみるべきだと思う。 『福翁自伝』も『学問のすすめ』も読んでいない人間がやったことではないかと思うが、愚かな行為である。 

   いつの頃からか、私は、「マグマ大使型」人間と「ゴア型人間」というとらえ方を持つようになった。 『マグマ大使』というのは、私が子供の頃のテレビ番組で、「アースが生んだ正義のマグマ♪」が悪者のゴアが送りこむ怪物を毎回やっつける話である。 マグマ大使は、もったいつけずに、毎度毎度登場して、そして、(負けたら番組が終わってしまうから当然ではあるけれども) 毎度毎度、勝つのである。 それに対して、ゴアは、もったいつけて、毎度毎度、怪物を送り込むばかりで、自分自身は出てこないのである。 そして、最終回、ついに、ゴア自身が、マグマ大使と同じ大きさに巨大化して対決するのであるが、今まで出てこなかった、5人対5人の勝負の柔道か剣道の試合であれば、最後に控える「大将」が登場したからには、最後の最後に出てきた「大将」であるゴアの方が強いかというと、そうではなく、結局、ゴアはそれまでにでてきてマグマ大使と対戦した下っ端とたいして変わることなくマグマ大使にやっつけられるのであり、毎回、もったいつけずに登場してきた マグマ大使の方が強かったのである。
   それで。 もったいつければ、おのれにハクがつくみたいな態度を取る人というのが、日本の「会社っちゅうところ」にはけっこういるのだ。 これを、いわば、「ゴア型人間」と名づけようか。 それに対して、もったいつけずに、いくらでも出てくる人間がいる。 これを「マグマ大使型人間」と名づけよう。 「ゴア型人間」はもったいつけることで、おのれにハクがつくと思っているし、めったに表に出てこないことから、「カリスマ性」を持つことも現実にないことはないであろう。 しかし、である。 『マグマ大使』の最終回において、マグマ大使対ゴアの対決において、どちらが勝ったか。 もったいつけて、毎度毎度、配下の怪物にマグマ大使と対決させてきたゴアが勝ったかというと、そうではないのである。もったいつけても、一緒なのだ。 一般の人間関係においても、「会社っちゅうところ」においても、これはあてはまるのではないかというようにも思うのだが、どうだろうか。(カミシモつけてもったいつけるだけで、内容空虚な判決を製造する裁判官もいる。)
   それで、それで。 子供に対して、上から押さえつけるような態度を取る人というのは、もったいつける「ゴア型人間」みたいな人なのかもしれないが、その意識がある以上、子供からは、特に、おちびちゃんの女の子から、「結婚する」とか言ってはもらえないと思うのだ。 相手が子供であっても、同じ高さで、同じ位置において思考し、カール=ロジャーズなら「共感的理解」とでも言うであろう態度をとれるようになってこそ、そう言ってもらえるようになる可能性があると思うのだ。  福沢諭吉の像を垣根の内側、通路より高い場所に移した人は愚かである。 そんなことをしても福沢諭吉は喜ばないと思う。  そして、「ゴア型人間」は、本当の意味で子供に好かれることはできないと思うのだ。 どうだろうか。
   私は、高校か中学校の教諭になろうかと考えたことがあった。 どういう態度で教諭は生徒と対するべきかという問題において、私が強く感じたものが、上に述べた『世界の名著 孫文・毛沢東』に掲載されていた《延安で「小八路軍」と話しあう毛沢東(1939)》の写真における毛沢東の態度と、映画『ナザレのイエス』の中で、子供に話しかけるイエスの態度であった。それが、生徒に対する時の教育者の態度ではないかと思った。 結局、学校の先生にはならなかったが、私はその後もこの認識を持ち続けている。 ついでに、「会社っちゅうところ」に勤めると、なんともしょーもない「ゴア型人間」がけっこういるのだ。 もったいつけてなかなか出てこないから、出てきた時には相当のものかと思うと、先に出てきた者と比べてもたいしたことない人が多いのだ。 たいしたことないから最初から前に出て来ることができないのかもしれないけれども。 だから、相当強度の「ゴア型人間」て嫌いなんだよ、私は。
※『マグマ大使』と「ゴア」を知らない方は、「YouTube―マグマ大使」http://www.youtube.com/watch?v=uY4kq0k6TJ4 など参照ください。(アース製薬の提供ではなく、ロッテの提供だったらしい。)

  それで、この おちびちゃんと仲良しになれる という技は、営業技術としては相当のものであると自負しているのであるが、決して、《もっぱら「技術」》というものではなく、思想的・哲学的な背景、人生経験を背景としてのものであって、上に述べた ナザレのイエス、毛沢東、福沢諭吉、そして、「マグマ大使」型人間という思想的背景を持たない人が、「技術」的なものだけ身につけようとしてもできないものだと思う。

  そして、もうひとつ根源がある。

   私は「高校までエリート」だった。 高校の時、ある英語の先生が「女性のことが気になって気になってしかたがない。 Tという字を見ると立っている姿を思い浮かべ、Lという字を見ると座っているところを思い浮かべる・・・というような、そんな状態になれば、もうだめ、もう伸びないね。」と話されたことがあった。 そのように、少なくとも、大学に合格するまでは、女性のことなんぞ、考えてはいけないものだと自分でも思っていた。 ところが、浪人してしまい、さらには二浪までしてしまった。 それで、「女性のことなんぞ、考えてはいけない」期間がのびてしまった。 
   ちなみに、一浪の時に行った予備校の近くの神社に立ち寄った時、高校生の男と女が「デート」というのかしていたのを見かけたことがあった。 高校生の時からそういうことをして勉強しない「不良」というのは、高校卒業後、就職する人たちであろうと思っていたら、そういう人間が「大学」に進学するらしいと知って驚いた。さらに、そういう人たちが「大学」を卒業する時になると、「同じ大学なのに、『一流大学』出身の人間と差別されるのはおかしい」とか、ふんぞりかえって言うのを聞いて、さらに、驚いた。 少なくとも、大学に入学するまでは、女性のことなんぞ考えてはならないと「精進」する者と、そういう意識なんぞまったくない者とが、「同じ大学なのに差別されるのはおかしい」のなら、なんだか、「精進」する者はばかみたいだなあと思った。
  今となっては、そういった「精進」がいいかどうか、疑問に感じざるをえない。 後先のこと考えずに、性交して子供を作った者のために、「子供手当」だのなんだのといって、子供のない者は、カネを巻き上げられる現今の制度を考えると、そういう「精進」はバカ見るためだけではないのか、という気がしてしまう。
  さらに。 遠藤周作の小説『私のもの』(『哀歌』1972. 講談社文庫 所収)には、次の文章がある。
≪ まだ憶えている。 大連から母とカラス兄妹をのせた船は門司にむかっていた。・・・・ 
  明日が門司だと言うのに船に弱い母は毛布にくるまっていた。…母と父が決定的に別れたと言うことは誰にきかされなくてもカラスにははっきりわかっている。 ・・・・
  その時、勝呂は二十八歳だった。中学四年の時、母が死んでから彼は妹と父の家に戻った。 そうするより仕方がなかったのである。
「お前の結婚相手は、父さんが見つけてやる。」
  父は平生から口癖のように言った。
「父さんは結婚に失敗したからな。 若いうちは女を見る眼がないもんだ。」
  勝呂はそんな時の満足そうな父親の無神経な言葉が不愉快だった。 それは自分の結婚相手を他人から左右されたくないという反撥心と共に、死んだ母を蔑むような父の言いかたのためだった。彼は御影の叔父の家で毎夜毎夜、夫の悪口を言い、愚痴を叔父や叔母にこぼしていた母のみにくい泣顔を思いだした。 あの泣顔はきたなかった。 しかし、それにしても彼にとって、そのみにくい泣顔の女は母だった。 父の気に入りそうな娘と結婚することは、それだけで死んだ母のあの泣顔をさらに孤独にするように思われるのだ。 ・・・・
  「好きな人でも、あるのか。」
  本当は好きな娘などなかった。 ・・・・
  一ヵ月後、彼は今の妻になった娘に結婚を申込んだ。 若い男が女に感ずる感情は全くなく彼はうどん屋のなかでこの娘に結婚という言葉を口に出した。 殺風景なうどん屋を選んだのはこの申込みが自分にとって事務的なものであることを心に言いきかせるためだった。真実、彼は父からの縁談をふせぎ、みにくい泣顔をした死んだ母を心の中で更に孤独に追いやらないためには、普通の娘ならば誰と結婚してもよい、そうおもっていたのである。・・・・・≫
   遠藤周作の分身のような登場人物・勝呂(カラス)は、両親が子供の頃、離婚し、母が他界した後、父親から、結婚相手を決めてやると言われて、決められてたまるかと思い、父親に決められるくらいなら、誰でもいいから、そうでない相手と結婚してやると思って結婚する。 私の両親は別に離婚などはしなかった。 しかし、離婚しなくても、上の遠藤周作の小説に出て来る父親のように、「俺が決めてやる」みたいな父親はいる。 私の父親もそういう人間だった。 そして、「あんたの結婚相手はわしが決めてやる。 あんたは、つきあっていいかと思う女を、つきあう前にわしのところにつれてきなさい。 そうすれば、わしが、『この女とつきあっていい』とか『つきあってはいかん』とか決めてやる。 もしくは、つきあおうかと思う女を何人か連れてきなさい。そうすれば、わしが、『こっち』というように、決めてやる。」と私に言った。 それで、私が「別に、決めていらんけれども。」と言うと、 「よもや、このわしのことを、『普通のお父さん』であるなどと思ってはおらんだろうなあ。 心得違いを起こすなよ。 このわしは、特別にエライ人間なんだぞ。わかっとるかあ。 のぼせあがるなよお。つけあがるなよお。 どういう女とつきあうかというのは、それは大変大事な問題だ。 そういう大事な問題は、このわしのように特別にえらいえらい、特別に謙虚な聖人のような人間に決めてもらうもんだ。 甘ったれるなよ。のぼせあがるなよ。」と言っていた。 それを聞いて、最初は、遠藤周作の小説に出て来る遠藤周作の分身の登場人物のように、このオッサンに決められてたまるか、絶対に、そうでない相手と結婚してやる、と思ったが、我が家は、遠藤周作の両親のように両親は離婚はしていないが、逆に、遠藤周作の父親よりも、この姿勢はずっと強力であり、その結果として、そのうち、お嫁さんなんかいらないわ、と思うようになってしまった。(結婚しようということになって、親と会ってくれというなら会うだろうけれども、つきあう前に、父親と会ってくれと言っても、普通は会わないのではないか、「なんでやの〜ん?」ということになるのではないかとも思うけれども・・・。)
  それで、結婚するのが遅くなった。 在来木造の住宅建築請負業の某社にいた時のこと、学歴の低い人は結婚するのが早い場合が多いようで、最終学歴中卒の営業本部長は、30歳を過ぎて独身でいる者というのは、奇人変人かというような気がしたようだ。 ある時、私がいた営業所に電話してきて、何の話の脈絡もなく、突然、「まだ、結婚相手、決まらんのか? 男が好きなのか?」・・・・彼は、そう言ったのだ。 彼は「ぼくは、学歴がないから、気さくで人間味があるんだ。 そう思うだろ。 思うと言えよ。思うと言え。」と私に言って、無理矢理、「思います」と言わせたことがあった。 しかし、「男が好きなのか?」などと、いきなり、平気で人に言うような男の、いったい、どこが「気さく」で、どこが「人間味がある」のかさっぱりわからない。 彼は「女の子は、気をつけて気をつけてしてやらないと辞めるから、うかつなことを言ってはいけないけれども、その点、男は辞めないから、何を言ってもいいんだ。」と私に言ったが、言っている方は「何を言ってもいい」と思っているらしいが、言われている側は、決して、何を言われてもいいとは思っていない。 むしろ、こういうことを言われたというのは、地獄の底まで忘れはしない。
   父の態度により、お嫁さんなんかいらないわ、という気持ちになった時もあったけれども、結婚しないと決めたわけではないのだが、そういうことがあって、結婚は遅れた。
   ところで、大人の男は、女性というのは、中学生くらいから女になるのであって、小学生くらいまでは、子供であって女ではないみたいに思っている場合があるが、実は、そうではなく、おちびさんの時から女であり、実は、大人の男は、おちびちゃんに、うま〜く、してやられている・・・という場合もあるみたいであるし、男なら見抜けない部分を見抜かれる場合もあるようである。
   上記の「男が好きなのか?」とか電話してきた営業本部長などは、20歳で結婚したそうであり、そういう人は、同じような年齢の者が結婚して子供ができているのに、独りでいる者の気持ちなんぞ理解できないであろうし、理解しようとも思わないであろう。 しかし、どちらが「人間性」を磨かれるかというと、「男が好きなのか?」などと、人の心を土足で踏みにじるように平気で言う人間の方ではなく、そういう無神経な人間に傷つけられてきた人間の方であると思う。
    もう30年ほど昔。 ある新聞のコラムに「独身者の背中」という文章があった。 誰が書いていたのか忘れたが、叔父と一緒に風呂に入った時、叔父の背中に、青い色の部分があった。 叔父に、どうしてかと質問すると、叔父が「それは、独身の人間は寂しいからだよ。 寂しいから、青くなるんだよ。」と語ったという。 寂しいと背中が青くなるのかどうか今もわからないが、その時の、叔父の表情を忘れられない・・・というような文章であったと思う。
   その人がどうであったのかはわからないが、人より、結婚が遅くなった者は、その分、つらい思いをしたり、させられたりしているものがある。 私を気にいってくれて、「結婚する」と言ってくれたおちびちゃんは、もしかすると、そのあたりを見抜いたのだろうか。 それはわからないが、少なくとも、いきなり電話してきて「男が好きなのか?」「女の子は気をつけて気をつけてしないと辞めてしまうけれども、その点、男には何を言ってもいいんだ。」「僕は学歴がないから気さくで人間味があるんだ。」とか言うような人とは、違うものをおちびちゃんは感じ取ってくれたかもしれない。 大人は、子供はわからないと思い込んでいる場合があるが、実は、見抜かれている場合がある。
   「営業の最高の技」とタイトルに書いたが、これは、技術的なものよりも、精神面、思想面の方がより大きく影響する「技」である。 いずれにせよ、おちびちゃんのおかげで、おちびちゃんと自信持って仲良しになれるようになった。 

   ところで。 「子供の相手」は、技術的なものもある。 私は、住宅建築請負業の会社に勤めてきたが、住宅展示場に夫婦で来場された場合、旦那だけを相手にしていたのでは嫁さんはおもしろくない。 一方、嫁さんばかり相手にしたのでは、やはり、旦那は気分悪い。  よく、職場の同僚なんかで、「うちの嫁さんなんか、ほしかったらあげるよ。 あんなの、ほしい? 遠慮いらないよ。欲しかったらあげるよ。」とか冗談で言うオッサンがいるが、冗談では言うとしても、夫婦で来場して、嫁さんばかり相手にしては気分悪いであろう。 それは、住宅建築請負業の会社の営業の仕事を始めたときから意識してきた。 しかし、子供の相手は、最初はできなかった。 子供づれの来場者に対して、旦那と嫁さんの両方は相手にしても、子供には、ジュースを出すとかそのくらいしかできなかった。 しかし、それでは、子供があきてきて、「次、行こうよお、次のところへ行こう。」と言って親の腕を引っ張れば、親は引っ張られて出て行ってしまう。 子供があきずにそこに長くいた会社が最有力候補になる可能性もある。 そこで、私は、話をする場合、子供が決めるわけではないとしても、それでも、旦那に話して、次に嫁さんに話したら、その次は子供の顔を見て「どう思う〜う?」と尋ねてみたり・・ということをやるようにした。 それで万全というわけではないとしても、かなり、違う。
  それから、在来木造の I 社にいた時、子供が、スリッパのままで畳の部屋に入るとかした場合、「こら、こら、こら、こら。」とひとの子、お客様の子供でも言う人がいたが、私は、はじめ、言えなかった。 その後、勤めた、不動産業と建築業をやっているT住宅で店長をやっていたおばさんが、スリッパのまま畳の部屋にあがりこむ子供に、「ちょっと、だめ〜え。」と言うのを聞いて、なかなか、さすが、店長やってるだけあるじゃない、と思った。(もっとも、それは、「さすが」だったのか、単に、おばさんだから遠慮がないだけだったのか、どちらだったのかな? とも今は思っているのだが。) その頃は、私は相当に経験を積んでいたので、人の子供にでも、それは困るというものは言えるようになっていたが、「もうしわけないけれども、それはやめてくれるかなあ〜あ」というような言い方をしていた。 その店長をやっていたおばさんが、自分の子供に怒るような言い方をするのを見て、さすがと思ったけれども、それは私はできなかった。  しかし、上のおちびちゃんと仲良しになって、その頃くらいから、なぜか、言えるようになったのだ。 「こら、こら、こら。」と。 「だめでしょ。そんなことしちゃ。」と。 なぜ、言えるようになったかといっても、よくわからないが、特別、苦労せずに言えるようになったのだ。
   それで。 私が勤めてきた千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング有限会社の営業のKは、自分の担当のお客様の子供の相手をまったくしないので、もう、40過ぎているのに、まるで、20代の新人みたいに、子供の相手をしないというのは、いったい、彼は何なのだろう、と不思議に思って見ていた。
   ひとりだけでお客様と応対している時に、子供の相手もしながら、親と商談もするというのは大変なところがあるのは確かではある。 ところが。 「工事責任者」のU草がKと一緒に客と打ち合わせをおこなっているのを見たが、ふたりいれば、ひとりがお客様と応対している時に、もうひとりが子供の相手をするということができるはずであるし、私が在来木造の I 社にいた時などは、「図面打ち合わせ」で設計担当とともに応対した時とか、「色合わせ」でコーディネーターとともに応対した時などは、設計担当・コーディネーターに主として話をさせて、こちらは、進行状況は把握した上で、特に、言っておくべきところは発言するというようにして、子供の相手もしたものであるが、新華ハウジングのKとU草はふたりいても、二人とも、まったく子供の相手をしないので、この二人は、いったい、何なのだろうと不思議に思った。
   さらに。 営業のK・「工事責任者」のU草だけでなく、そこに、設計事務所のN村が加わって、3人でお客様と対応している時、いくらなんでも、3人いれば、誰かひとりくらいは、子供の相手を少しくらいはするものではないかと思ったが、2人いてしないものは3人いてもしないようだ。 私は、それを見て、この 3馬鹿トリオではだめだわと思った。 設計事務所とか「いっきゅうけんちくしいい」とかは、そういう子供の相手とか考えるのが嫌だから設計事務所とか「いっきゅうけんちくしいい」とかをやっているという人もあるようで、いわば、人間的にカタワだから設計事務所・「いっきゅうけんちくしいい」でもやるしかないという人もいるが、それにしても、3人いても、うまい下手は別として、ひとりとして子供と相手になろうとしないというのは、やっぱり、住宅屋としては、あほと違うか・・・という印象を受けた。

   とにかく、2人か3人で応対している場合、主として話をしている者でない方の者が子供の相手をするというくらいは、上手か下手かはともかく、営業のある会社においては当然のことではないのかと思うのだが、KもU草もそういう意識はないようであった。 それでいて、U草A二が「ぼく、営業やったことないですけど、それでも、ぼく、営業できますから。」などと、ぬけぬけと言うことがあったので、こいつはアホやと思った。 やりもしないで「ぼく、営業できますから」などと言う者というのは、それは「できる」のではなく、《「できる」と勝手に思っている》であり、「できる」 と 《「できる」と勝手に思っている》 との間には深い深い日本海溝よりも深い溝があるのだ。

  2011年4月から子供のある30代の女性が縁故入社で入ってきたが、見ていると、少なくとも、KやU草よりは、その点だけはまともで、子供の相手をしようという姿勢はあった。(というより、KとU草とN村があまりにもおかしいのである。)
  しかし、私は、私の方が上だという絶対の自信がある。 どこに自信があるかというと、子供ができて、それで、子供の相手をする人には、「○○ちゃんのママ」「◇◇ちゃんのパパ」として接することが多い。 2011年4月に縁故入社で入ってきたT口にもそういうところが見られた。 子供ができて、それで、子供の相手をできるようになったという人には、「○○ちゃんのママ」「◇◇ちゃんのパパ」という位置に自分を意識してか無意識にかにかかわらず置く人が多い。 「多い」というより、たいてい、そうなのだ。 「○○ちゃんのママ」「◇◇ちゃんのパパ」という位置ではなく、子供と同じ位置に自分を置いて接するというのが、いったん、「○○ちゃんのママ」「◇◇ちゃんのパパ」になった人には、なかなかできない。
  上で述べた、おちびちゃんが、私と仲良しになって、次に親と会った時、「ずいぶんと気にいっちゃったみたいで、結婚するとか言ってるんですよお。」と言われ、おちびちゃんがそう言ってくれたというのは、私が「○○ちゃんのパパ」という位置ではなく、子供と同じ高さ・同じ位置で接することができたからだと思っている。 これは、20歳で結婚してすぐに子供を作ったオッサンから「まだ、結婚相手、決まらんのか。 男が好きなのか?」などと言って、心を土足で踏みにじられる思いを経てきたから、その上で、ナザレのイエスや毛沢東・福沢諭吉などの考え・姿勢を学んできた者であるからこそ、言ってもらえた言葉であり、さっさと結婚できて、さっさと子供を作ることができて、「○○ちゃんのママ」「◇◇ちゃんのパパ」にさっさとなった人には、なかなか言ってもらえないものであると思う。

  ところで。 子供づれの来客を期待して何かを開催する時、「着ぐるみ」て有効なのだろうか、と疑問を感じたのである。 「着ぐるみ」て、しろうとでも着てできるものなのか、という問題がひとつ。 かつて、巨人から阪急ブレーブスに行って、投手として成功できず、阪急ブレーブスの「気ぐるみ」のブレービーをやるようになった島野(投手)の話が「フライデー」だか「フォーカス」だかに載っていたのを見たことがあるが、島野氏は「ブレービー」、及び、オリックスになってからの「ネッピー」を演じるために、相当に努力をしたらしい。 そういった「気ぐるみ」をやっている人の苦労話を見ると、はたして、しろうとが、ある日、突然、「着ぐるみ」を借りて、それをまとったとして、仕事として「着ぐるみ」を着てキャラクターショーをやっている人と同じことができるのかという問題を感じる。
  それとともに、もうひとつの問題がある。 「着ぐるみ」着なければ子供の相手ができない人 というのは、「着ぐるみ」を着ない方がいいのではないのか、という疑問である。 2人いても3人いても子供の相手をしないU草は、もともと、「着ぐるみ」みたいな風貌をしている。 しかし、「着ぐるみ」みたいな風貌をしていても、子供の相手のできない人間はできないのである。 そういう人間が「着ぐるみ」を着ても、しょせんは、「着ぐるみ」さえ着れば子供は喜ぶだろう、という、なかば、子供をばかにしたような態度を取るだけではないのか、という気がするのである。 別に、「着ぐるみ」なんか着なくても、おちびちゃんと仲良しになれるようになった者として、気ぐるみを着なくても子供の相手をできる人が着てみようと考えるのは悪くはないが、そうでない者が「着ぐるみ」さえ着ればよいだろうと思うのなら、それは、思考が逆立ちしているのではないかという気がするのだ。

   もうひとつ、問題。 「子供があるから、子供の相手ができる」と思い込んでいる人がいる。 それは、「女性だから主婦の感覚を身につけている」「女性だから、女性の気持ちが理解できる」と決めつけている女性と似ているところがある。 「女性」と「女性の気持ちを理解しようと、心より気を配って努力する男性」とどちらが女性の気持ちを理解できるだろうか?   男性が外で働いて女性が専業主婦をやっている家庭においては、その女性は、外で働く男性と違って「主婦の気持ち」を理解できるかもしれないが、夫婦ともに働いて、夫婦で役割分担して家事をやっているという場合、男性よりも、女性の方が「主婦の気持ち」を理解できるのだろうか。 主婦業の半分は男性がやっているというようなケースでは、男性も半分は「主婦の気持ち」を理解できるのではないだろうか。 「子供があるから」というだけで、自分は子供を理解できるのだと決めつけている人と、子供を理解しようと努力している人と、どちらが子供を理解できるか?  こういうことを考えると、あまり、決めつけない方がいいと思うのだ。 

   そして、さらに。 自分の子供のためという大義名分をかかげれば、ひとの子供やひとの親は食い殺してよい、犠牲にして当然だ、という認識の女性は、子供があるからという名目で、子供を理解できる、子供の対応ができると考えてよいのか。  実は、子供は、大人が見抜けないものを見抜く時があるのだ。 この女は、自分の子供を大義名分にかかげて、ひとの子供やひとの親を食い殺す鬼婆だと。  そう、見抜かれないようにするには、どうすればいいかというと、鬼婆をやめることだ。 子供を大義名分にかかげさえすれば、ひとの子供やひとの親を犠牲にする権利があるという信念を改めることだ。 なにより、もともと、そのような「権利」などないのだから。
   改めようという姿勢すら持てないようであれば、すべてのケースにおいて、見破られるとは限らないかもしれないけれども、見抜かれる場合はあると私は思う。
   子供の相手ができるかどうかというのは、技術的な問題もあるけれども、より大きくは心の問題である。自分の心を見つめ直す作業に取り組む意思がなければ、「改心前の鬼子母神女」の心では、うまくいかない時は間違いなくあると思う。 「ない」と思うなら、「ない」のか「見えない」のかどちらか・・・。

   ハンス=ホッターが歌うシューベルトの歌曲集『冬の旅』は、「内省的な歌い方」とCDには書かれていたと思うが、まさしく、自分の心を見つめ続けて歌うような歌い方である。
    住宅建築請負業の会社に勤めて、最初の年に、この仕事はいい仕事だなあと思ったことがあった。 人さまが苦労して苦労しておカネの工面をして住まいを建てるのを目の前で見て、その人が苦労して払ってくれた代金から自分は給料をもらっているんだと思うと、このお金は決していいかげんな使い方はしてはならないものだという気持ちに自然となる、というところがひとつ。
   もうひとつは、自分の心のあり方が、お客様と接する際に現れることがあり、ホッターの『冬の旅』のように、自分の心を見つめる作業を、仕事を通じておこなうようになる、という点である。

   自分の子供だけよければいい、子供を大義名分にかかげれば自分の我儘を通せる、という意識では、その意識を見破られることが出てくると思う。  もし、本当に、自分の子供を尊重してもらいたいのなら、ひとの子供も尊重し、ひとの親も尊重する、という「平和共存」の姿勢を持つべきであり、その姿勢を持ち、ひとにも持ってもらえるようにもっていくことこそ、営業であると思う。 その為には、自分の心を見つめ直す作業なしではすまないと思う。 その作業をやる意思を持てない人は、私は、営業をやらない方がいいと思う。 それでもやり続けるならば、おそらく、いびつな「営業」、乱れた「営業」になるでしょう。
   というより、ひとの努力の成果をかすめとることばかり考えるというのは、それは営業ではありませんし、経営者は経験のない人浅い人にそういうことをさせてはいけません。
         (2012.11.20.)   


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