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zoom RSS 先輩社員に質問する場合のマナーを知らぬ女は仕事の邪魔。 設計事務所の図面は一見、きれいに出来ている。

<<   作成日時 : 2012/09/17 12:58   >>

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〔第135回〕営業と会社の話(32)   
   私が勤務してきた 千葉市中央区鵜の森町 の 新華ハウジング有限会社(建設業。 不動産業の登録会社は、ビルダーズジャパン株式会社)で、千葉市中央区星久喜町に「モデルハウス」を建設していました。 それについては、このブログでも、〔第7回〕《ツーバイフォー工法の構造現場と考察(1) 〜千葉市・星久喜(ほしぐき)モデルハウス【1】 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201102/article_4.html 、〔第13回〕《ツーバイフォー工法の構造現場と考察(3)〜千葉市・星久喜モデルハウス【2】 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201102/article_10.html  で取り上げたことがあります。
   この「モデルハウス」には問題点がありました。 
   不動産会社の分譲地内に建設して「モデルハウス」として使用し、そのうち希望の方に売却し、又、別の分譲地内に同様のものを建設して希望の方に売却・・とすることを考えてのものとして建設を始めたのですが、そういうものであれば、 ありきたりのものではなく、多少、「こんな家に住めたらなあ〜あ・・」という夢のあるもの、「こんなやり方もあるんだあ〜あ・・・」という何らかの特徴のあるもの、「あれ、どうなってるんだろう・・」と少し離れた場所からも見て関心を持たれるような外観のもの・・・など、である必要があります。 ところが、設計を依頼した設計事務所のNさんが設計したものは、「ありきたりの建売住宅」でしかないのです。 しかも、わざわざ「ぺったんこ屋根」(陸屋根 ろくやね)にして。庇(ひさし)の短い家にして。 
   明らかに「欠陥住宅」であるわけではありません。 しかし、「モデルハウス」にしては夢のない建物です。 
   なぜ、そうなるかというと、Nさんの意識として、「モデルハウス」なのか「建売住宅」なのかわかっていなかったということがあると思います。 Nさんだけが悪いのではありません。 建設会社が設計事務所に設計を依頼するのであれば、どういう性質のものを作ってほしいという要望を言わないといけません。 それを十分に言わなかったと思われます。 又、設計事務所が、いったん、図面を作成してきても、それに対して、批判して議論することで、最適なものに近づけていくべきです。ところが、それをしていない。
   又、営業の担当者に、決定までに、この内容の「モデルハウス」であれば、営業ツールとしての「モデルハウス」として使いやすいか使いにくいかという意見をきくべきですし、もし、販売する場合に、売れやすい・売りやすいと思えるかどうかという意見もきくべきですが、それもきいていない。
   私は、住宅建築請負業の会社では、最初に勤めてからの年数で20年以上、実際に勤務していた期間でも20年近くになる者で、不動産業の会社にも少し在籍したことのある者で、慶應義塾大学商学部をマーケティングや経済学を学んで卒業した者であり、インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリスト・2級建築施工管理技士他の資格を取得し、知識と技術を身につけてきた者ですが、この会社に入る時には、「実績のある人に入ってもらった」と社長が言ったのですが、それにもかかわらず、そういう人間の意見をきかないのです。 そういう社長などの態度を見て、その部分についてはこの会社は見通しは良いと言えないようだなと思ったのですが、私に意見をきいてくれておれば、この建物についても、もう少し、「モデルハウス」として適したものにすることができたでしょう。
   又、建築業においては、設計担当者だけに造らせたのでは良い家はできないのが普通です。 特に、ある程度以上、しっかりした施主であれば、営業担当者が有能でなくても、自分で言うべきことを設計担当者に言って、要望に合う家を作ってもらうでしょうけれども、「モデルハウス」の場合はそこに住む「施主」は建設時にはいないので、それに変わることを言うものがいないといけないのですが、設計事務所にまかせきりにして建設を始めてしまった。
   Nさんにも、もうひとつ問題があります。 それは、Nさんの名刺に「建築家と作る家」と書かれていた点です。自分のことを「建築家」などと称したいような設計事務所のおっさんには、一般的に、ろくなのいません。 「芸術家」みたいな格好をしてみせて、「格好から入る」おっさんを「建築家」と言うのですが、今は昔、ベレー帽かぶって《「格好から入った」芸術家》みたいな格好して女性に声かけまくったおっさんとして、大久保清という人がいましたが、“ほとんど大久保清”みたいな「建築家」もどきがけっこういて、又、それをありがたがる「バカでねえの」みたいな人もいるのですが、私は、そういうのはあんまりいいとは思わないですね。
   それ以上に、「建築家  作る家」ではなく「建築家  作る家」という認識が根本的に間違っているのですが、それをわからせてあげるのは簡単ではないと思うので、そういう人に仕事を依頼する場合には、実害がでないように、営業担当者が配慮する必要があり、それのできる営業担当者かどうかでできばえに差が出ると思います・・・が、この「モデルハウス」においては、その配慮する人間がいなかった。
※大久保 清 については、
「ウィキペディア―大久保清」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E6%B8%85 他参照。
≪ベレー帽を被ってルパシカを着てスポーツカーに乗りながら、画家を自称し「絵のモデルになってくれませんか?」と約1000人以上の女性に声を掛けていた。≫

   そして、実際に工事が進んでいったのですが、初歩的な問題が明らかになりました。 ・・・・要するに、「どうやって入るの?」という点です。  玄関ポーチまで、前面道路からの距離が短いにもかかわらず、前面道路と玄関ポーチとの高低差が大きいのです。
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 ↑ どうやって入るの? 道路から玄関までいきなり急階段?  新築してわざわざそんな入り方の家を作るわけ? これだけの敷地に建てるのに・・・。 門扉も何もなし? 門扉つけてもその内側にフラットなスペースはまったくなしなの?
   何、やってんの。 あんた、いったい、何年、設計事務所やってんの? という問題でもありますが、しろうとの施主が直接に設計事務所に依頼した場合であれば、そうでしょうけれども、依頼者も建築業者であるのですから、依頼者である建築業者の方にも責任はあります。 まず、地縄張り、あるいは、基礎工事着工の時点で気づかないといけません。 基礎屋も、良心的な人なら、「これで、いいの?」とひとこと言うでしょうけれども、依頼者が建築業者であり、言う通りやれば喜ぶけれども、逆らうと嫌がる業者もあるので、逆らわない方がいいとそのままやったということは考えられます。
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( ↑ 工事が進んで、こうなってきましたが、外壁材を貼ったからといって、高低差が変わるわけではありません。
どうすんの? 左から階段で上がるの? こんな敷地で。 玄関の目の前で曲がるの? なんで、わざわざそんなことするの? 
  又、外壁材の色合いも、「いかにも建売」という感じで。 「モデルハウス」なら、もうちょっと、センスのいい配色・外観を考えられないの? ・・・・と思うが、考えられないのでしょうね。 特に、「キャッチャーを無視して投げるようなピッチャー(設計)」ですから。 後ろの樹木の色合いとも合わないし。)
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  < ↑クリックすると大きくなります。↑>
( ↑ 「週刊現代」(講談社)に、「鉄道 お立ち台」として、毎号、日本の鉄道の写真と説明書きが掲載されており、2012年10月6日号には、第127回 として、南海 高野線 の「高野下」―「九度山」間、和歌山県伊都郡九度山町、丹生川にかかる橋梁を越える観光列車「天空」が掲載されています(241頁)。 電車・列車のデザインも、なかなかいいと思うものもあれば、奇をてらっただけで好感のもてないものもありますが、この写真に出ている観光列車「天空」は、周囲の緑にとけこみ、かつ、横の赤のラインが適度なアクセントとなり、なかなかいいと思います。 難波駅あたりに停まっていたのでは、なぜ、この色合い、なぜ、このデザインなのかわからないかもしれませんが、南海高野線のこの場所で見てこそ、この電車のデザインの本領発揮となるのではないでしょうか。 この橋梁の色もまた、周囲から浮き上がらず、適度な色合いで作られているように思います。 
   周囲との調和を考えるという点では、電車・鉄道も建築も共通するものがあると思います。 1997年に最初にナポリに行って、ナポリの海岸沿いの道を歩いた時、海岸沿いの道のガードレールの色がナポリの海の色と共通する深緑で構成されているのを見て、ここの街は街の景観をこういうところでも考えているんだと感動しました。 それは、既存の自然環境に対して浮き上がらない工夫だと思うのですが、逆に、オーストラリアのシドニーのオペラハウスなどは、既存の自然環境を単に維持するのではなく、新しく自己主張の強いものを加え、そして、新しく作った自己主張の強いものと既存のものとの組み合わせによって、それまでよりも優れた景観を作りだそうとするものと思います。 ナポリでも、マレキアーレの住宅で、ピンクの外壁に白の窓枠、それに、深緑のガラリ雨戸の住宅を見ました。ピンクと白は相当に自己主張が強いのですが、そばに生えている松の葉とナポリの海の色の深緑と共通するガラリ雨戸の深緑、松の幹の濃茶、空の青と調和して、ロマンチックな外観を作りだしていたのでした。 建築というものは、周囲の自然や先住建物を無視して作るべきものではなく、周囲の自然や先住建物との調和を考えて、(1)そこに溶け込むような外観 とするか、(2)既存の自然や先住建物を尊重しながらも、新しいものを加えて、それまでとは異なる優れた景観を作り出すもの とするか、いずれかを考慮してつくるべきものであり、それをやってこそ、「プロの仕事」と言えます。 その点で、↑↑の千葉市中央区“星久喜の家”は、残念ながら、「しろうとの仕事」と言わざるをえないでしょう。 慶應義塾大学の日吉新図書館と三田新図書館は、いずれも、槇文彦氏の設計によるものですが、日吉新図書館は白系統の外観で三田新図書館はエンジ色系の色合いの外観でできていますが、なぜ、日吉と三田で色合いが違うかというと、日吉キャンパスは、既存の先住建物が白・グレー系でできており、三田は、重要文化財になっている旧図書館他、多くの建物がエンジ系の色あいのものなので、おそらく、それに合わせた色合いの建物としてのでしょう。兵庫県西宮市の関西学院の校舎は、当初、ウィリアム=メレル=ヴォーリズが設計して「スパニッシュ・ミッション・スタイル」で建てられたようですが、その後、周囲に新しく校舎が増築されていきましたが、新しく周囲に建てられたものも、一粒社ヴォーリズ設計事務所の設計によるものらしく、「スパニッシュ・ミッション・スタイル」ではないものの、先住の「スパニッシュ・ミッション・スタイル」の建物との調和を考えて作られています。 東大の本郷キャンパスは、私が高校を卒業するころは、それほど、背の高い建物はなく、国立大学だけに慶應などの私立大学に比べて学生数が少なく人口密度が低いこともあり、静かないい雰囲気だと思ったのですが、最近は、かつては建物が建っていなかった場所に新しい建物ができ、前から建物があった場所も高層の建物に変わり、30年くらい前のような雰囲気はなくなってきたように思います。 正門を入ってすぐの槇文彦設計という法科大学院棟は、スケルトンというのかの建物で、自己主張を抑えてめだちすぎず、それでいて、よく見ると、デザインをよく考えてつくられているという建物で、すでに建物が敷地に対して飽和状態になってきた本郷キャンパスの現状を考慮したものかと思えるものでした。 建築のデザインは、常に成功するかどうかはさておき、こういったことを考えてやるものであり、かつて、ヤクルト・阪神の監督をやっていた時の野村克也が、キャッチャーに「なぜ、あそこであの球を投げさせたのか」と質問して、答えられないと、「理由のないことをするな」と言ったそうですが、↑↑の“星久喜の家”の外観について、この場所にこのデザインであることに何か理由があるかというと、何もないと思いますよ。 <2012.9.22.>
☆ この部分について、より詳しく補充の上、写真を掲載して、〔第136回〕《慶應日吉・三田新図書館、関学、東大法科大学院棟、マレキアーレの家他―自然・先住建物と調和する建築。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201209/article_10.html として公開いたしました。御覧下さいませ。 )


   なぜ、そうなったのか。  まず、図面作成段階で、土地の高さを考えていなかった・・・のではないでしょうか。 へ? そんなもの考えないで図面作るような設計事務所とか建築会社なんてあるの? と思いそうですが、あるのです。 
   私は、住宅建築業の会社に20年前後勤めてきたのですが、「営業」の職種で勤務した期間が最も長いのですが、「オッサン型野球のたとえ」で言いますと、「設計」はピッチャー、「営業」はキャッチャーであり、実際のところ、捕手の力なしで、良い成果を出せるピッチャー(「設計」)というのは、住宅建築業においては、それほどいません。 「わしゃ、日陰の月見草や」とでもぼやきながらでも、ベレー帽かぶって大久保清みたいな格好したがるようなピッチャー(設計)をリードしてやる人間が要るんです。 この「モデルハウス」については、キャッチャーがいなかった。
   もうひとつの問題として、設計料の問題もあるのではないかと思います。 「世界的建築家」と言われるような人の場合、設計料としてそれなりの額をもらうのではないかと思うのですが、戸建住宅の設計において、建築事務所がもらう額というのは、それほど大きくはないのではないか。 となると、それほど、手間はかけたくないと思うのではないか。 ということは、現地をどれだけ見て図面を作ったかというと、たいして見ていないのではないのか、ということ。 
   それで、この「モデルハウス」においては、過去に設計した建売住宅の図面で、この土地の形状に対して、合わないこともないという程度のものを、とりあえず、持ってきた・・・ところ、普通は、それに対して、いいだ悪いだと言うものだけれども、なあ〜んにも言わずに、設計事務所が図面を作ってくれたからということで、そのまま了承して工事を始めた・・・というような感じのところかな・・・。 まあ、そんなところだろう。

   もうひとつは、建設業者としての、全体的な工事管理能力の問題。 私も、新華ハウジング有限会社のU草A治が「工事責任者」だというので、「工事責任者」というだけの工事管理能力があるのかと思ったが、ないのではないか。 今まで下請けの工事しかやってこなかった業者なので、元請けとして総合的に管理する能力はないのではないのか。 要するに、「工事責任者」といっても、元請け業者から仕事をもらって下請け業者に仕事をまわしたり、人足派遣業の会社から人を借りて、それを現場に回す・・ということしかやってきていない「建設会社」なので、「工事責任者」といっても、元請け業者の担当者にヘコヘコする能力しかない・・のではないか・・・ではなく、ないのでしょう。 だから、やることが、いきあたりばったり。

   それで・・。 中央区星久喜の「モデルハウス」は、「モデルハウス」としては、夢のない建物で、安物くさい建物ですが、高低差の問題がなければ、もしも、敷地の平均地盤面と前面道路との高低差が現在の実情よりもひと回り小さければ、特別に問題なく住める建物になったでしょう。 それが、なぜ、ならなかったのかというと、高低差の問題を考えずに工事を進めたからでしょう。 それでは、プロの建設会社としてはアホではないのか、と一般の方は思うでしょうけれども、アホなんですよ、実際。 でも、アホな建設会社はけっこういるのです。 もともと、そんなにレベルの高い業界じゃないですから。
   たぶん、こんなところかな、という話を述べますと・・。 工事前の敷地と前面道路の高低差を、設計事務所のNさんが、まったく把握しないで図面を作成したかどうかはわかりません。 「仮にこんなものでどうかという図面」を出して、それに対して意見・批判を受けた段階で作りなおして・・・と思っていたところ、新華ハウジングの社長のH川と工事責任者のU草が、それでお願いしますと言ったので、とりあえず出して、意見・批判を受けた段階で細かい部分の検討をしようと思っていたのを、依頼者がいいと言うのだからいいのだろう・・という感じでいいにした。 敷地が道路より少し高いのはわかっていたが、その「少し」が何センチかは、はっきりとは把握していなかった。 建築確認申請を出す業務は相当にこなしてきているので、建築確認を通すことについては、十分に能力があるので、通りそうな図面を作って通した。  さて、地縄張りをして、基礎工事に入る段階においては、普通は、施主と立ち会いの上で、最終的にその場所で良いのかどうかを確認し、敷地の地盤面がその高さで良いのかどうかも確認し、その上で基礎工事に入るが、下請けしかやったことのない新華ハウジングでは、そのような経験はなく、そのまま基礎工事に入った・・・というところでしょうか。
   最近は、べた基礎(総基礎)という基礎で施工する場合が多く、この建物もべた基礎で施工していますが、べた基礎(総基礎)とすると、地面の中にコンクリートの部分が相当に入りますから、代わりに、元、そこにあった土が出てきます。敷地が相当に広ければ、建物と離れた場所に盛り上げて、「築山」として植木を植える・・といったこともできますが、それほど広くなく、逆に、カースペースとして、敷地の一部分を削りたいくらいという場合には、出てきた土を捨てなければいけませんが、捨てるにはおカネが要ります。 カネをかけないでべた基礎施工としようと思えば、最終的な敷地の地盤面を、最初の地盤面よりもひとまわり高くするようにすれば、土を削らずに、その上にべた基礎を施工するようにできます。 相当に敷地が広い場合、もしくは、もともと敷地の高さが低めで、高くなった方がうれしい場合は良いのですが、今より高くなってほしくない場合もあります。
   この「モデルハウス」の土地の場合、あまり高くなってしまうと、前面道路から入るのに、階段の段数が多くなるし、隣地より高くなると、隣地との間に土留めを築く必要がでてきて費用がかかります。
   結局、そういうことを、なあ〜んも考えずに工事を進めた結果、前面道路よりも敷地の地盤面が高くなり、それでは困るのならば、玄関の位置を道路から多少中に入った場所になるように図面を作っておけばよいのですが、それもしていなかったので、ぜっかく十分な広さがある整形な土地なのに、道路から急に上がって玄関・・という、安物くさい、年寄りには苦しい建物になった・・・ということでしょう。
   下請けしかできない社長と「工事責任者」が元請けの工事をやろうとするからそうなるんだ・・と言う人は言うでしょう。

   なお、今、写真を見ると、敷地の平均地盤面は隣地よりも特に高くなっていませんから、基礎工事の段階で地盤面を上げてしまったかどうかが原因ではなく、やはり、最初の設計の問題でしょう。 要するに、「設計ミス」です。

   
   それで、上にも述べたように、私は住宅建築請負業の会社においてはベテランの従業員です。 私の知らないうちに工事に入りましたが、私は、ここで述べたようなことは、まがりなりにも、建設業の会社なら、「工事責任者」が「工事責任者」として業務についているのであれば、当然、把握していると思っていたのですが、把握していなかったようで、私は、その後に、工事が進行中の建物を見て、上のことに気づいたのです。 どうやって入るの? と。せっかく、整形で十分な広さのある土地に建てるのに、なぜ、狭小変形で高低差の大きな条件の悪い土地に無理矢理作った建物みたいな入口にしようとしなければならないの? と。
   それで、こういうことは、出来る限り、早めに対処した方がよいので、工事責任者のU草に、それを教え、設計事務所のNさんは、どうするつもりだったのか、Nさんにきくべきだと言いました。 ところが、U草はどう言ったかというと、私に、「どうすればいいと思いますか。 考えてください。」と言うので、「私が設計したのではないでしょ。 Nさんが設計したのでしょ。 私が設計したのなら私が考えますけれども、Nさんが設計した以上、Nさんにどうするつもりだったのかきくべきでしょ。」と言いました。 実際、私がどうするのか考えるのであれば、設計料は私に払っていただきたいものです。 ただ、Nさんだけが悪いとは限りません。 しかし、誰が悪いか悪くないかにかかわらず、設計担当者に、まず、現状を話して、設計担当者としては、どうするのが良いと考えるかというのを、まず、きくべきです。

   ところが、設計事務所のNさんよりも、工事現場を見ない「工事責任者」のU草よりも、もっと、たちの悪い人間が、この会社にはいたのです。  新華ハウジングの社長のH川S二の嫁さんの友人として、4月に縁故入社した女性社員のT口が、どこから見つけてきたのか、その「モデルハウス」の図面を引っ張り出して、私とU草とが話している横から、「どうするのか考えて書いてあるじゃないですか。」と口出してきたのです。 ・・・・・・困った女です。 ・・・これは、社会人としてのマナー違反。
   先輩社員に質問したいと思ったならば、この時のように、私が「工事責任者」に説明して話をしている時に、横から口出すものではないのです。 その時、横で聞いて、何か思ってきいてみたいと思ったならば、その時は黙っていて、後から、私が比較的忙しくしていない時を見て、「さきほど、こういうことを言われていましたけれども・・」として質問するべきことで、私が工事の問題を「工事責任者」に説明している時に横から口出してはいけません。 が、それを注意してあげても、きく能力のある人ではないのです。 縁故入社とはいえ、よく、こういうアホを採用したものだとあきれました。

   設計事務所の人間が作成する図面というのは、ぼけーっと見ていると、きれ〜いに、見事に検討して作られているよお〜おに見える場合が多い。 きれ〜いに見えるんですよ、一見、きれ〜いに! それは、練習のたまものだと思います・・・が、 私自身が経験したもので例をあげますと、たとえば、かつて、在来木造の某社で依頼していた設計事務所の某さんが作成した敷地の図面、きれいには書かれているのだけれども、どうも、方位が正確ではないような感じ・・・・と思っていたら、本人に確認したら、「すいませ〜ん。 磁石持って行くの忘れたので、適当に書いておいた〜あ・・・。」()とか、別の設計事務所の某さん、高低差がどうも正しくないので、「私が測ったのだと、○○センチあるのですが、先生の書かれているものと違うように思うのですが。」と言うと、「ああ、いいんですよ。 高低差は正確でなくても、確認申請は通りますから。」・・・て。 あのなあ〜あ・・・・。( ) そういうことはよくあるんですよ。 よお〜く。
   学校の試験にしても、資格試験にしても、役所への申請書類にしても、聖人が見て判定しているなどとは考えない方がよい・・・・と言う人は言う。 私も、歳をいくに従ってそう思うようになってきた。 今はむかし。 私が慶應義塾大学の商学部に在籍していた時のこと。 何百人と受講する講義で、採点する際に、答案を机の上にすべて積み上げて、「ここだあ!」と思ったところを、片手でグワッと掴んで引っ張り出し、その部分だけ、A・B・C・Dを真面目に採点し、残りはずえ〜んぶ、C とするという噂のある教授がおられた。 その話を聞いたとき、面白い話ではあるけれども、まさか、そんなことしないだろう、試験を受ける方だって、それなりに真剣に答案書いているのに、まさかあ〜あ・・・と思った・・・のだが、その教授の講義を全出席で前の方でずう〜っと聴いて、そして、学年末に試験を受けて「よお〜し。Aの答案を書いたどおお〜お」と思って心の中でガッツポーズを取って帰り、成績表が来たのを見たら・・・・・、え? え? え?・・・・「C」だった・・・・・ということがありました。 もしかして・・・・??? (⇒ 「YouTube―小林幸子 − もしかして・・・ 」http://www.youtube.com/watch?v=hHOUfaOdRCE )
   私がインテリアコーディネーターの2次(製図・論文)の試験を受ける時に受講したハウジングエージェンシー主催のインテリアコーディネーター講座でも、「製図の答案は内容どうこうと別に、きれいに書く。 『製図について、わかってるぞお〜お』という感じの図面を書く。」と教えられた。 「決して、聖人が採点しているなんて思わないこと。 人間的には並か並の下くらいの人間が採点していると思って、製図の答案は書くこと。 並か並の下くらいの人間が見て『これは、合格だろう』と、とりあえず、見えるような図面を書くこと。」と教えられ、そして、教えに従って2次試験を受けてなんとか合格できた。
   柴田孝之『司法試験機械的合格法』(日本実業出版社)でも、論文の答案は、読んでわかりやすい文章を書くこと。 夏の暑い時に何千枚も採点する人間の気持ちを考えれば、読みにくい答案というのは、それだけでも不合格になる可能性が高くなる・・といったことが書かれていたように思う。
   それを徹底したのが、設計事務所が作成する建築確認申請用の図面でしょう。 しろうとが見ると、なあ〜んか良くできているように見えるんですよ。 よくできているように。 よお〜く見ると、そうでもないくせに。 なんか良くできているように見える図面を作るんですよ。設計事務所の先生というのは。 いわば、千代大海か魁皇・琴光喜の八百長みたいなものなんです。 しろうとにはわからんのです。しろうとには。 「週刊ポスト」だったか「週刊現代」だったかに書いてあった話によれば、相撲取りでも八百長の上手い力士と下手な力士があるそうで、高見盛は、珍しく八百長の声がかからない力士らしいのですが、口が軽いのでうかつに高見盛と八百長をするとばれるおそれがあるので誰も声をかけないそうで、解雇された元・若の鵬などは身体能力が優れているので相撲取りとしての経験が浅いにもかかわらず出世して早く幕内に上がってきた力士なので、それだけに相撲がうまくなく八百長が下手でばれそうな八百長をするので危ないのに対して、千代大海・魁皇・琴光喜は実にうまい。 まさしく名人芸だそうで、特に、千代大海は、上半身はつっぱりで前に出る動きをして、腰から下は自分で後ろに下がるという、体の上半分と下半分が逆の動きをするという極めて難しいことを難なくこなすというので、「千代大海のムーンウォーク」と呼んで誰もが尊敬している(!)・・・・と書かれていた。 それで、設計事務所の書く図面というのは、「千代大海のムーンウォーク」みたいな、「尊敬」していいのかどうかわからないけれども、たいしたことのない内容をきれ〜いに書いてある場合が多いのです。 しかし、相撲の八百長でも幕内以上の相撲取りが見ればわかるように、建築屋の従業員は、それを見抜かないといけないのです。 それでないと「プロ」とは言えないのです。「ムーンウォーク」を尊敬(!)してちゃだめなんですよ。 
  
    「モデルハウス」の図面を引っ張り出して来て、「アプローチをどうするか書いてある」と縁故入社のT口は思ったらしいのですが、アプローチを書いてあっても、高低差が書かれていなければ意味はないのです。
    私が、U草に話をしている時ではなく、その後、特に忙しくない時に質問されたのであれば、答え方は2つです。
    ひとつは、「もっと、勉強しなさい。」 ・・・・まがりなりにも、建築屋の従業員ならば、図面を見て、なんかきれいそうに書いてある・・・からいいじゃないかではだめなんです。 それを見て、わかるように、勉強しなさい。 自分で勉強しない人に教えても無駄です。
    もうひとつは、「現場に行ってきなさい。」・・・・・先輩社員に質問して悪いことはないのですが、その前に、実際のもの、現物がどうなっているか、自分の目で見てから、先輩社員に言うものです。 法隆寺宮大工の故・西岡常一棟梁が、師匠であった祖父に質問すると、「法隆寺はどうなっていた? 見てこい。」と言われて、見に行ったことを本に述べておられたことがあったと思います。 すぐ近くで工事をおこなっている現物があるのに、それを自分の目で見ようともしない人はだめです。

   私が大学を卒業して最初に勤務した木質系の某社では、私は入社1年目の成績は新入社員としては良い方でしたが、それは、所属の営業課の課長がよくめんどうをみてくれて、その指示通りやったことで数字を残せたというものでした。 しかし、営業課長によく見てもらえたのはありがたかったのですが、私は、上に述べた新華ハウジングの縁故のT口みたいなことはしなかったのです。 営業課長が専門部署の担当者とか専門の業者に話をしている時に、横で聞いていて、疑問を感じたものについては、その時に、横から口出すようなことは、1回もしなかったのです。 質問したい時には、後で、営業課長が特に忙しくしていないと思われる時に、「さきほど、このように言われていましたけれども・・・」として質問したのです。 だから、「ああ、それはな。・・」として、教えてもらうことができたのです。 そうやって知識や対応能力を少しずつ増やしてきたのです。 
   その問題をなんとか対処しないといけないとして取り組んでいる最中に、右も左もわからない者に、横から口出されたのでは、仕事のじゃまなのです。 これは、社会人として心得ておくべきことで、中学生ならともかく、30過ぎたような人が心得ていないようでは、まあ、縁故入社の人なので、多少は甘く評価するとしても、それでも、まあ、なんと言うか、少々婉曲に表現したとして、よくこんなアホを採用したな・・・・ということになります。

   もうひとつの問題として、男性の場合、「現場を見てきなさい」と言えば、たいていの人間は見に行くと思うのですが、女性の場合は行かない人がいるのです。
   又、男性の場合、「実際に自分でやってみればわかる」と言ってもやらない人もいますが、やる人の方が多いのです。 たとえば、木造の戸建住宅で、コンクリートの基礎の上に土台(どだい)という横向きの木を据えますが、昔は、クリ(栗)などが虫害に強くせんだん力にすぐれているということで使われたそうですが、最近は建築用に使えるクリ材が少なくなったそうで、私が建築業界に入った1980年代の終わりにおいては、もっとも多く使われていたのは、「べいつが(ヘムファー)」に防腐防蟻剤を加圧注入したもの(商品名で「ボリデン」と言われます)で、そうでなければ、桧(ひのき)かヒバ、北米から輸入のべいひばを使うところもありました。 私が在籍した在来木造の I 社では、「べいつが(ヘムファー)は桧などよりも柔らかくて加圧注入する場合は中まで薬剤がよく注入できるので、加圧注入する場合にはべいつがが良いのです」と言っていたのです。 会社として。 そして、研修でそう教えられたのです。 それで、私も最初は、べいつが(ヘムファー)はやわらかい木なのだろうと思っていたのです。 しかし、最近は、土台と柱の間は、V字プレートという金物を使用することが多くなりましたが、かつては、私がいた木造の某社では、土台と柱の間は鎹(かすがい)を2本どめ、柱と梁(はり)の間は鎹(かすがい)を1本どめにしていたのですが、実際に現場で鎹(かすがい)を打ち込もうとすると、土台のべいつがは、決してやわらかくないのです。 柱に使っている杉よりも桧よりも、梁につかっている米松(べいまつ、ダグラスファー)よりも堅いのです。 但し、堅ければ、土台材として良いかというと、その後、勤めた T社では、最初、注入土台(べいつが に防腐防蟻剤を注入したもの)を土台に使っていたところ、窓まわりのクロスにひび割れが起こることが多かったが、その後、土台をLVL(ラミネイティッドべニアランバー)に変えたところ、窓まわりでひび割れが出ることはほぼなくなったと聞きましたので、やはり、鎹を打ち込もうとする際には堅くても、土台材として使った時に、「やわらかさ」の問題というのは、やはりあるようなのです。 それで、私は、実際に、鎹(かすがい)を打ち込む作業をやりましたし、鎹を打ち込むために、ノミで土台をけずる作業もやりましたから、べいつがは杉より堅い、桧と比べても柔らかくないということは、自分の手で理解していますが、自分でやってみて経験した方がいいと言ってあげてもやらない人というのは、男性でもいますが、男性と女性であれば、男性にはやってみようという人の方が多いのに対して、女性には「なんで、女性がそんなことしなければならないのよ。男のやることでしょ。」と思う人がいるようなのです。 それなら、やらなくていいよ、別に・・・というより、建築業界に勤めなくてもいいよ、別に・・・という感じがします。

   「現場に行って見てきなさい」と言えば見に行く人と見に行かない人、自分で経験してみるといいというと、やってみようとする人とやらない人を、「均等」に扱わないといけないというのが雇用機会均等法ならば、なんだか、雇用機会均等法というのは、奇怪な法律だと思います。(実際には、雇用機会均等法の意味はそういうことではないと思うのですが。 奇怪な意味に解釈している人もいるようです。)
   「現場に行って見てきなさい」と言っても見に行かない人、さらに、その前に、縁故入社のT口さんのように人の言うことをきかない人というのは、見に行かなくていいというより、建築屋に入らなくていい、たとえ、勤めるにしても、他の勤め先に行った方がいいと思いますよ。  道路との高低差を考えずに工事を始めてしまった建物をどうするか、「工事責任者」に指摘して話をしている時に、アホに横から口出されたのでは業務妨害、平たく言って、「仕事の邪魔」ですから。

   「社長の嫁さん」というのは、頼まれれば入れるべきでない人でも会社に入れるのが「社長の嫁さん」ではないはずで、たとえ頼まれても、入れてはならない人は阻止するのが「社長の嫁さん」の役割であるはずです。 それを心得違いしているようでは、会社が衰退していく要素がひとつそこにあるということになります。
       (2012.9.16.)


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↑ せっかく、新築住宅を購入するというのに、なんで、道路からこんな急階段で玄関まで上がらにゃならんわけ? 
  せっかく、十分な面積のある敷地なのに、なんで、道路からこんな急階段で上がるようなプランを作らにゃならんわけ?
 アマチュアでもこんな図面作らんぞ、ふつう。 安家賃のアパートじゃないんだよ。 家作(かさく)じゃないんだよ。 (「家作(かさく)」とは→≪(1)人に貸して収入を得るために持っている家。貸し家。(「Weblio辞書―三省堂大辞林―家作とは」http://www.weblio.jp/content/%E5%AE%B6%E4%BD%9C )≫)
 家作(かさく)とかアパートに住んでいて、持家を手に入れたいと思うのは、ひとつには、こんな入り方するような家は嫌だからなんだよ。 それを、「モデルハウス」で何やってんの。  しろうとでもこんな作り方せんぞお。 バッカじゃなかろかルンバ・・・・。
※「バッカじゃなかろかルンバ♪」については、
《YouTube―バッカじゃなかろかルンバ/さくらと一郎》http://www.youtube.com/watch?v=JiU0HwWnQHI
   ↑ こういう状態になってしまった時には、少しでも早く、どう対処するか考えないといけないから私が指摘して話をしているのに、それを横から邪魔するどうしようもないしろうとアホ新人を入れるバカ嫁・・・。 バッカじゃなかろかルンバ・・・・。
※「バッカじゃなかろかルンバ♪」については、
《YouTube―バッカじゃなかろかルンバ! 》http://www.youtube.com/watch?v=Cz7M4FQinUM
《YouTube―野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》http://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs   
 (2012.9.25.) 


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殺すぞ 前科1犯
H川
2012/10/03 14:29

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先輩社員に質問する場合のマナーを知らぬ女は仕事の邪魔。 設計事務所の図面は一見、きれいに出来ている。 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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