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zoom RSS なぜ、不動産屋の女は男性が梁(はり)を運ぶと部屋中に入ってコーヒー飲むのか?〜営業と会社の話(17)

<<   作成日時 : 2011/10/09 23:34   >>

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〔第71回〕 私が在来木造の某社で福島県の いわき市の営業所に在籍した時、私が担当させていただいたお宅としては、現在、福島第一原発から20q圏内の「警戒区域」に該当してしまった双葉郡楢葉町・双葉郡富岡町で建てていただいた方、現在、「緊急避難準備区域」に指定されている双葉郡広野町で建てていただいた方がありました。 原発事故がなければ、本来、自然環境の良い所であり、浜通り地方は冬もそれほど寒くなく夏も比較的過ごしやすく、東北地方といっても雪はほとんど降らず、広野町は「全国で最も日照時間が長い町」とも言われ、浜通り地域を動いている限りクルマは冬でもノーマルタイヤで十分で、夏は浜辺で海水浴もできれば、冬は会津地方へクルマで行けばスキーをすることもでき、東京までも遠くなく、福島空港ができてからは大阪へ行くのも便利で、本来はいい所だったのに、原発事故のおかげで大変なことになってしまいました。 そこで建てていただいたお施主様・入居者の方にとって、せっかく家を建てたのに、今後、そこに住めるのか住めないのか、というような事態になってしまうというのは、補償がどうなされるかにかかわらず、なんとも悔しい思いであると思います。「住んでください」「戻ってください」と言われたとしても、戻って大丈夫なのか、住んで大丈夫なのか、という不安はなくならないし、政府が「大丈夫」と言っても、それは「危険であるため居住禁止という扱いにはしない」ということであって、影響がないわけではないはずです。京都大学・原子炉実験所助教・小出裕章さんが、《小出裕章(京大助教)非公式まとめ》http://hiroakikoide.wordpress.com/ に収録されているラジオ番組でだったと思いますが、日本では年間1m㏜(ミリシーベルト)を超えて被曝させてはならないという法律があり、年間1m㏜を超えて被曝するような場所に人を住ませてはいけないはずなのに、なぜ、政府がそういう所に戻ってくださいと言うことができるのか、と述べておられました。 お施主様・入居者の方だけではなく、担当した建築屋としても、なんとも悔しい思いがいたします。
※「警戒区域」「緊急時避難準備区域」については、たとえば、
YAHOOニュース《<福島第1原発>緊急時避難準備区域 指定解除は30日に<毎日新聞>9月27日》http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110927-00000074-mai-soci.view-000 など参照。

  その双葉郡楢葉町で建てていただいた時のこと。 ご近所も親戚の方が多い場所ですが、解体屋であったか基礎屋であったかの奥さんを、お施主様のお母さんやご近所の奥さんが「あの人、女なのに偉いね〜え。何でもするんだねえ。」と言われたことがありました。「何でもする」というのは、大型のトラックも運転すれば、ユンボ(バックホー)も運転するし、男性と変わらない作業をするというのです。 そう言われれば、確かに、女であろうが関係なしに男性と同じ仕事をされていたのですが、その解体屋であったか基礎屋であったかの奥さんからすれば、大企業でもなく、家族と他少人数でやっている会社で、女だからこれはやらないなどと言ってられないということだと思うのですが、それを見た者の印象としては、「あの人、女なのに偉いね〜え。何でもするんだねえ。」ということになったのだと思います。 ただ、「女なのに偉い」と言えば偉いのですが、その解体屋であったか基礎屋であったかの男性が何もせずに遊んでいたのかというと、そういうわけではなく、男性も仕事をしていたのですが、こういった建築・土木業の屋外作業の場合、女性の場合は、男性よりも優秀な仕事をしなくても、男性と同じ仕事をしていても、「あの人、女なのに偉いね〜え。何でもするんだねえ。」と言ってもらえるのです。 もしかすると、その会社の男性社員には、「いいよなあ。俺と同じことやって、俺は別に『偉いねえ〜え』なんて誰も言ってくれないのに、女だからということで『偉いねえ〜え』とか言ってもらえるのだから」と思った人もあったかもしれません。
※ユンボ(バックホー)とは何かわからない方は、
「ウィキペディア――ユンボ」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%83%9C 
「ウィキペディア――バックホー」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9B%E3%83%BC など参照ください。
  栃木県の佐野市に転勤で移った時にも、佐野市内での建築地で、外構工事を依頼していた業者の大型トラックが来たので、クルマの印象からオッサンが運転しているものと思っていると、降りてきたのは若い奥さんだったということがありました。やっていることは男性と同じことなのですが、見た印象としては、「女なのに、偉いねえ」と言いたくなります。しかし、やっぱり、同じ仕事をしている男性には、「俺たちだって、同じことしているのに、なんで、男なら当たり前で、女なら、『偉いねえ』になるんだよ」と言いたくなる人もあるかもしれません。
  在来木造の某社では、各工事現場は、私が入社した頃は、各現場ごとに工事担当者がいるというシステムでしたが、退職する頃は、基礎工事担当・木工事担当・仕上げ工事担当と3分割した分業制となっていて、仕上げ工事担当は女性でした。最初、女性に工事担当などできるのか、と疑問に思う人も多かったようですが、実際には、その人によるのであり、男性か女性かは関係なく、女性の工事担当者であるから評判は悪いということはありませんでした。但し、施主・入居者にきくと、「最後の、引き渡しの時の工事担当者が女性というのはずるい」と言う方が多く、とういうことかというと、相手が女性であると、相手が男なら10くらい言うところを、どうしても、6か7くらいしか言えなくなってしまうというのです。 もうひとつは、大工・職人の評判として、女性だから悪いということはないけれども、結婚するとやめてしまうというのでは、大学を卒業して何もわからない人が入ってきて、それを教えて、少しわかるようになってきてくれたと思ったらやめてしまって、また、何も分からない人が新しく入ってくるというのはかなわない、という話がありました。そういうことはありましたが、仕上げ工事担当の女性は、引き渡し前の手直しにしても、アフターサービスにおいても、女性だから仕事をしないということはなく、「私、本当はこんな子じゃないのよお」とか言いながら、高い所でもよじ登って作業をしてくれたりしており、人が早くに入れ替わってしまうという問題はあっても、女性だからという理由でだめということは特にないようでした。
  同社では、上棟作業に営業職の人間も手伝いに参加していましたが、私が入社した頃は、営業は男性の仕事でしたが、途中から、女性の営業も採用するようになり、上棟の作業にも女性も参加していたようです。但し、木工事の建築現場においては、柱・梁(はり)・筋交い(すじかい)・大引(おおびき)・根太(ねだ)・母屋(もや)・タル木(たるき)といった木材を運ぶ必要が出てきますが、大引(おおびき)・根太(ねだ)・母屋(もや)・タル木(たるき)くらいは重くないので女性でも運べますが、特に太い梁(はり)、あるいは、松の丸太梁であったり、ムクの床柱であったりすると、大変重く、男性でも2人で持てない場合があります。そういう場合には、女性には無理ですから、男性が運ぶようになり、特に、真壁(しんかべ)和室の役柱(やくばしら)は傷つけるといけないので、それは、手伝いの営業が運ばず、大工さんに運んでもらうようにしていました。柱でも4寸角(12cm角)のものはけっこう重かったりします。男性が柱や梁(はり)を運んでいる時に、女性が軽い大引(おおびき)や根太(ねだ)、あるいは、母屋(もや)・タル木(たるき)を運んでいると、それで、文句を言われるかというと、言われません。むしろ、「女なのに偉いねえ〜え」とは言われないかもしれませんが、それに近い評価を受けます。同社にもいろいろな人がいましたが、同社の女性で、そういう時に、男性が柱や梁をはこんでいる時に、座って見物しながらコーヒー飲む人というのは、私が知る限りは、営業や工事の職種の人ではあまりいなかったように思います。いたとすれば、「設計」という職種の人間で、「設計」という職種の人間には、誰でも受けさえすれば合格してカネさえあれば卒業できる・・・とまで言うと怒られるかもしれないけれども、その程度の大学の建築学科を卒業したということで、「学校出てるから」と言って、殿さまみたいに思っていて、そういう人間は、男であれ女であれ、建築現場に行っても箸より重い物は持ってたまるか!みたいなところがあります。実際に材木に触れもしないで「設計」なんてできるのでしょうかね?とも思うのですが、それが「設計」とか自称「建築家」とかいう職種の人間の特徴のようです。
※木造軸組構法の部材名についてよくわからない方は、たとえば、
《ウィキペディア――木造軸組構法》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%80%A0%E8%BB%B8%E7%B5%84%E6%A7%8B%E6%B3%95 など参照ください。

  男性が重い梁(はり)を運んでいる時に、女性が根太(ねだ)やタル木(たるき)といった軽い物を運ぶというのは、それは仕方がないことでしょう。男性でも、力の強い人もいれば強くない人もおり、体格の良い人・体の大きい人もいればそうでない人もいて、若くて元気な人もいれば年配の人もいるし、糖尿病の人もいれば腰痛持ちだっているわけです。上棟の日というのは、主役は大工であり、営業の人間はお手伝いで、問題は、従業員である以上、工事現場という所に行ったからには、お客様じゃないのですから、ポカンと口あけて見物するものではなく、何であれ、なんなと、できることをやるということです。
  そういう時に、「体が動くか動かないか」という問題があります。「体が動くか動かないか」というのは2通りの意味があります。 営業という職種の人間は、普段、大工の仕事をやっているわけではないので、大工と同じだけ体が動かないのは当たり前です。 上棟の作業に参加した時、大工さんから、「営業の人間は大変だろ。普段、体を動かしてないのに、たまにやると、きついだろ。」と言われたりもしましたし、実際、大工さんより動いていないのに、間違いなくきついのです。でも、この意味で体が動かないというのは、しかたがないと思います。 もうひとつの意味は、建築工事現場に慣れていないと、建築屋になれていないと、他の人間が動いていても動けないということです。建築工事現場で体を動かすような仕事を人がしていても、自分は体を動かすような仕事はしない方が「エライ人」みたいに思っている人がたまにいたりしますが、そういう人というのは、建築屋に慣れていない人だと思います。相撲取りには、「チャンコの味がしみる」という言葉があると言いますが、建築屋にも、建築屋の気質が身につくと(建築屋のチャンコの味がしみると)、建築現場で他の人間が動いていれば、客ではなく従業員であれば、なんなとできることをするようになるのです。人が重いものをひいひい言いながら運んでいるのをポカンと口あけて見物したり、椅子に座ってコーヒー飲んだりするようでは、そういう人は建築屋とは言えないのです。そういう人はエライのではなく青いのです。
  山田 久志(やまだ ひさし)『プロ野球 勝負強さの育て方』(1998.3.16.PHP文庫)には、次のような話が載っています。
≪ 印象に残っているといえば、かつて近鉄でプレーしたオグリビーもその一人である。
  オグリビーは大リーグでホームランキングにも輝いた実績を持つバリバリの現役大リーガーだった。だいたい、こういう外人に限って、プライドばかり高く、グラウンドではチャランポランなタイプが多い。六十二年一月、オグリビーの近鉄入団を聞いた時、私はチャランポランな外人だと勝手に想像していた。
  だが、グラウンドで見るオグリビーは、別人だった。
  オグリビーと直接話したことは一度もない。それでも、私はオグリビーのプレーを見ていて、カッコいいと思った。
  一塁までの全力疾走はいうまでもなく、グラウンドではいつもいつも全力プレーだった。年齢は三十九歳。同世代としてハッスルプレーによるケガ、故障を心配したものだが、ともすれば日本人選手の我々が忘れがちなことを教えてくれた。
  野球選手のカッコよさの原点は、やっぱりここにあると思う。
  ピッチャーゴロで一塁へ走る。途中でクルリとベンチにUターン・・・・。若い選手にも、こんなプレーがカッコいいと思っているヤツがいる。
  大リーグの元ホームラン王が見せてくれた野球。私は、昭和六十三年、近鉄がロッテとの最終戦で日本中を感動させた大健闘は、オグリビーの好影響があったと思う。
  「あの大リーグのホームランキングが・・・・」という全力プレーの精神が、知らず知らずのうちに近鉄ナインに浸透していったのではないかと思うのだ。
  顔見知りの新聞記者に聞くと、近鉄が引き分けて優勝を逃した日、オグリビーは「残念会」をこっそりと抜け出し、ホテルのトイレで一人泣いていたそうである。私は改めてオグリビーを「カッコいい」と思った。・・・≫(P.187〜188)
全力疾走全力プレーこそ一流の証。営業の人で、「私は本気を出せばもっと売れるのお」とか言っていていたオッサンがいましたが、それを聞いて、要するに「本気を」出すということができないのでしょ、と私は思いました。 普段、全力疾走全力プレーをしていない人間が全力疾走全力プレーができるかというと、できないでしょう。
  建築屋においても、五流大学の建築学科を卒業したということで、それで「設計士様」か「建築家」様になったようなつもりになって、建築工事現場に行っても、箸より重いものを持ってたまるか、みたいになっている人がけっこういますが、そういうのは、山田が≪ピッチャーゴロで一塁へ走る。途中でクルリとベンチにUターン・・・・。若い選手にも、こんなプレーがカッコいいと思っているヤツがいる。≫と述べているような類ではないでしょうか。 建築現場で他の人間がひいひい言いながら重い物を運んでいたら、男性であれ女性であれ職種が何であれ、従業員である以上は、何なとできることをするというのが、建築屋の気質、建築屋の「チャンコの味」であり、それをさりげなくできるかどうかで値打が変わります。


   それに対して、正反対なのが不動産屋です。千葉県八千代市に本社がある建築業もやっているけれども売買の不動産業が中心の某社に在籍した時のこと、ある時、店長になっていたおばさんが、上棟作業をしている工事現場に行って戻ってきて言った言葉が、「体を動かして働く男性って、すてきねえ〜え。感じちゃったわあ〜あ。」・・・・・・・ でした。 はあ〜あ??? なに、それえ〜え??? はあ〜あ???
   これが「店長」なんですからね。そのオバサンが!!!
   マア、「作家で精神科医」の なだ いなだ氏 が『娘の学校』(中公文庫)で述べていた文句、
 <どのような賞を受賞しているのかで、その人の値打が決まるのではない。 どのような人が受賞しているかで、その賞の値打がきまるのだ。> は、まったく、その通りだと思います。
<どのような役職につけてもらっているか、どのような肩書をつけてもらっているかで、その人の値打が決まるのではない。どのような人がその役職についているか、その肩書をつけているかで、その役職・肩書の値打が決まるのだ。>というのは、まったくその通りですし、私が勤めてきたような2流以下の会社では、バブルの役職を持たせてもらっている人、普通の会社なら、せいぜい主任か副主任だろうという課長・部長・所長をゴマンと見てきました。 2流以下の会社においては、名刺に「部長」とか「課長」とか書いてあると見込客が評価してくれるだろうと、なんか浅はかなことを思って、入社早々ほとんどの社員が「◇長」だったりする会社もあります。  栃木県佐野市の営業所に勤務していた時、読売新聞の販売店の集金をやっていた女性から聞いた話では、その読売新聞販売店では、拡張をやっている人は全員が「店長」だそうで、誰もが「私が店長ですから」と言うそうで、「誰がそう言いましたか」ときかれて、「店長さんですよ」と言っても、「うち、みんな、店長なんですよ。」と言われてしまって、誰のことかわからないという状態でした。 それで、この件だけでなく、他の事も見た上で、この八千代市に本社がある某社の場合、「店長」といっても、この会社の「店長」というのは、普通の会社なら「パートの班長さんくらいのもの」であることがわかったのですが、それにしても、「よく言うわ。 ひどいぞ、これはあ〜あ・・・」と私は思ったのですが、本人は、そう思われているなどとは夢にも思っていなかったようです。
  男性に、この話をすると、50歳台半ばの女性に、「体を動かして働く男性って、すてきねえ〜え。感じちゃったわあ〜あ。」・・・なんて言われると、気持ち悪い!!! やめてほしい! とか言う人がいるのですが、私はそういうことを言っているのではありません。 まがりなりにも、建築屋の従業員であるならば、基本的には、上棟作業をおこなっている建築現場というものは、お客様ではなく従業員であれば、そこでは、作業を手伝うもの、一緒におこなうもの、であり、見物するものではないのです。 男性と同じだけの物を持つ腕力・体力はなかったとか、作業をする予定での服装をしていなかったとかいうことはあるかもしれませんが、意識として、一緒に作業をおこなうものであるという意識があったならば、「体を動かして働く男性って、すてきねえ〜え。感じちゃったわあ〜あ。」・・・・などという言葉は出てこないはずなのです。 意識として、見物しているから、だから、「体を動かして働く男性って、すてきねえ〜え。感じちゃったわあ〜あ。」・・・などというあほくさい感想を持つのであり、そして、それが悪い、おかしいという自覚がないから、口に出して言うのです。アホ! 建築屋じゃない、このオバサンは! と思ったのですが、実際、八千代市の某社は、「建築もやっているとはいえ、実質的に不動産屋」であったわけです。 要するに、不動産屋だったのです。建築屋じゃないのです。 それで、この女性は、「夫が、K住研で設計課長をやっていました。夫が設計事務所をやっていました。」といったことを、さかんに口にするのですが、最初は、自己紹介として言っているのだろうと思っていたのですが、あまりに頻繁に、もうその話は聞いたよ、というようなことを何度も言うので、この人は、こういうことを言う事で、自分の評価を上げたいのだな・・・・と気づきました。 自分を売り込もうとするのは悪いことではないと思いますが、しかし、「夫が○○やっていました・・・・」というのは、なんと言いましょうか、「夫がヤクルトスワローズの監督やっていました」とか「夫がインドネシアの大統領やっていました」とか言ってテレビに出ていたオバサンと一緒で、それは、あくまで、オットでしょ! 「夫がヤクルトスワローズの監督やってました」と聞いて、それで、誰か、あんたにどこかの監督を頼むかあ? 頼まんだろうが! それと一緒。 オットがどこどこで設計課長をやっていました、と言っても、その会社に勤めていたのはオットであってあなたではないのであり、その会社に実際に勤めたことのないあんたには、その会社のいい所は少しも身についていないでしょう。 それがわからんの? と言ってあげたいように思ったりもするのですが、わからんのです。
  その八千代市に本社のある某社に在籍した時、ショールームで、ショールームの事務員の女性が屋外の清掃をおこなっていると、縁側(ヌレエン)の下で猫が死んでいたと言って入ってきたことがありました。私は、その時、他にやっていた仕事があったのですが、その女性が助けを求めるように入ってきたので、仕方なしに、もうひとりの男性と一緒に、その会社が駐車場にしていた土地の地面を掘って猫の死骸を埋葬しました。 ところが、です。 そういう時に、人間の人柄というものが出るのです。 私ともうひとりの男が、穴を掘って遺骸を埋葬するという、楽しいわけではない作業をやりだすと、その女性はどうしたかというと、私たちに作業をさせておいて、自分は屋内に入って、椅子に座ってコーヒーを飲みだしたのです。 アホ! それは、建築屋のやることではないでしょう! まがりなりにも、建築屋ならば、自分がやっていたことを、他の者に頼んで、それで、自分は屋内に入って、椅子に座ってコーヒー飲むようなバカなことをしないでしょうが! わからんのか?!?
  私が大学を卒業後に入社した木質系の某社にいた時、「営業補助」として展示場にいた20歳台前半の女性は、私と他の男性が重い物を運ぼうと悪戦苦闘していると、何も言わなくても飛んできて、何か自分にもできることないかなあ〜あ・・・という顔をしてのぞき込んだものです。 一緒に持ってくれるつもりかなあ・・・、でも、ちょっと、一緒に持たせるわけにもいかないなあ〜あ・・・と思っていると、机などを運ぼうとしていた時などでは、机の上に載っている物を持ってみたり、上に載っている物もなければ、動かそうとしている周囲の物をよけたりということをしてくれました。彼女は、もともと、そういう性格で、だから、年配の男性社員からは誰もから「○○さんて、本当にいい子だねえ。」と言われ、他の展示場の男性営業職からは「うちの展示場にほしいよ」と言われたのですが、そういう態度がそれが建築屋というものでしょ。 彼女なら、もし、猫の死骸を見つけたなら、おそらく、私などを呼びにきたでしょうけれども、人に埋葬させておいて自分は部屋中に入るというようなことはやらなかったでしょう。彼女なら、猫の遺骸を見た時に「気持ち悪い」と感じるのではなく、「かわいそう」と思ったと思うのです。猫の死骸を見て、「気持ち悪い」と思ってひとに処理させようと思う女と、「かわいそう」と思って埋葬してあげようと思う女性とでは、「かわいいそう」と思う人に担当してもらった方が良い家ができると私は思います。生きている猫なら頭をなでにいくけれども、死骸となった場合は触るのが嫌だから、男性にまかせて自分は部屋中に入ってコーヒー飲むという下品な態度は、建築屋の態度ではありませんね。   木質系の某社にいた時、冬場、雪が積もった時に、来客があるということで、展示場の前の雪かきを私がしていると、上記の女性は、自分も出てきて、一緒に雪かきをしてくれました。「いいよ、俺がやるから。」と言っても、それでも、フウフウ言いながら、一緒にやってくれたものです。 体を動かす仕事を、女性が男性と同じだけできなくても、不思議なことではありません。 しかし、男性がやっていれば、お客さんではなく従業員であれば、何なとできることをやるというのが、それが建築屋というもののはずであり、それができない、そういう時に自然と体が動かないというのは、それは、建築屋ではない。 その八千代市に本社がある某社の「店長」になっていたオバサンは、雪が積もった時には、「男性が雪かきするものでしょ。それがあたりまえでしょ。」などと口にしたこともありました。それで、あなたは、何やるの? 部屋中で椅子に座ってコーヒー飲むのかい? というと、実際にそうなのです。男性が外で体を動かす作業をすると、部屋中に入ってコーヒー飲むのです。 アホ! それは建築屋ではない!!! ・・・→そりゃ、建築屋ではなく、不動産屋ですもん! ということのようでした。
  建売住宅の品質が悪いのは、請負に比べ費用をかけられないからでもあるでしょうけれども、猫が死んでいるのを見て「かわいそう」と思う人間でなく「気持ち悪い」と思う人間が建てているからだと思います。 

  それで、住宅の建築屋と不動産屋というのは、隣りの業界のように見えて、そして、隣りの業界だから似ているのではないかと思っている人もいるらしいのですが、私が大学を卒業してすぐに入社した木質系の某社では、「建築屋と不動産屋とは、隣りの業界のように見えて、実際は、その内容はまったく違いますから。お客様が求めるレベルは、建築屋は不動産のレベルとはまったく違います。不動産屋のレベルでは建築屋は通じませんから。」と言われたものです。 レベルの違いだけでなく、性質の違いもあります。 建築屋は、まがりなりにも、物を作る仕事であり、物を作る仕事に従事する人間というのは、できるだけ良い物を作りたいという気持ちになります。予算の制約はあるとしても、できるだけ良い物を作り、原価はどれだけであるとして、それに対して、このくらいは利益としていただいても良いのではないか、として価格が決まるのに対して、八千代市に本社がある某社にいた時、その女性の「店長」の後で「店長」になったオッサンがよく口にした文句が、どれだけ「ぬける」という言葉です。「ぬける」とか「ぬく」とか言うのは、風俗営業の世界で言う性行為のことではなく、売値がいくらであるとすれば、原価をどれだけ下げて、どれだけ、その間の額を多くするか、その間の額のことを言うのです。建築屋なら、「ぬける」とか「ぬく」とか言う文句は、手抜きの「抜く」であり、禁句です。「私どもの会社は、手抜き工事をするというような会社では絶対にありません。それは信用問題ですから。」と常に言っているのであり、「抜く」という発想は建築屋にはありません。あるとすれば、「抜く」ではなく「乗せる」です。 このくらいは乗せさせてもらってもいいだろう、というのが建築屋の方の発想です。 だから、不動産屋と建築屋とは、発想が逆なのです。
  そして、建築屋の女性は、人によっても違いはあるとはいえ、男性が梁(はり)を運ぶと、たいてい、大引(おおびき)なり根太(ねだ)なり、もしくは、母屋(もや)なりタル木(たるき)なりを運ぶのに対して、不動産屋の女性は、たいてい、男性が梁(はり)を運ぶと、見物するか、部屋中に入って座ってコーヒー飲むのです。 建築屋でそういうことをすると、上にあがってきたときに、間違えたふりして、突き落としてやるか、もしくは、上から何か落としてやるか・・・といったことを、実際にやるかどうかはさておき、そういうことを言われます。 だから、このあたりが、建築屋と不動産屋では正反対なのです。
  四国のF社が「建築業と不動産業の融合」などというようなことを言っているようですが、私は、それはありえないと思っています。水と油の融合はありえません。 男性が梁を運ぶと根太を運ぶ女性の業界と男性が梁を運ぶと部屋中に入ってコーヒー飲む女性の業界との融合などというものはありえません。
  運動競技でも、たとえば、相撲取りの場合、バスケットボールをやっていた人が相撲取りになると、足腰が鍛えられているので、良い力士になることが多いのに対して、ボクシングをやっていた人は、ボクシングと相撲は、両方とも格闘技といっても、足の運びがまったく違うので、かえって良くないということを、昔、NHKの相撲中継の時に、ある親方が話していたのを聞いたことがあります。 
  石ノ森章太郎の『HOTEL』という漫画がありました。 何話の何というタイトルの話であったか忘れてしまいましたが、ベテランホテルマンの山崎さんが定年退職する日、プラトンホテルの入り口のガラス戸に荷物をぶつけて割ってしまった宿泊客がいました。 ある新人ホテルマンは、その宿泊客の所へ行き、ガラス戸を割ったのだから弁償して下さいと言い、ガラス戸の費用を出させます。 山崎さんは、その新人ホテルマンに、どうして弁償してくれと言ったのか、と問います。彼は、「当然じゃないですか。 ○○さんが割ったのです。僕が学生時代にアルバイトをしていた居酒屋でもガラス戸を割った客がいましたが、弁償させました。ごねて支払うのをしぶる客もいますが、僕は、あの客と勝負して勝ったのです。」と言います。山崎さんは、「ガラス戸は保険に入っていたから、修理の費用は保険で出る。ここは居酒屋ではない。 そして、我々はお客様と勝負しているのではない。お客様に勝つ必要はない。」と言い、そして、そのガラス戸の費用を支払った宿泊客に、支払われた費用はお返しいたしますと言いますが、宿泊客は、「返してもらう必要はないよ。 保険で出たとしても、それはお宅の問題で、私には関係ない。私がガラス戸を割ってしまったというのは事実なんだから、だから、私はその修理費用を弁償したんだ。返してもらう必要はない。それにしても、あのホテルマンは怖い人ですねえ。修理費用を返してもらう必要はないから、それよりも、私は、もう、一刻も早くこのホテルを離れて、この嫌な思い出を忘れてしまいたいんだ。ガラス戸の費用を出した以上はそれでいいだろう。まだ、何か困ることがあるのか。」と言います。山崎さんは、「困ります。○○さんに、このプラトンホテルを嫌なホテルだと思われて、忘れてしまいたいと思われては困るのです。たしかに、○○さんは玄関のガラス戸を壊されましたが、わざと壊されたのではないし、その費用は保険ででています。このことを嫌な思い出として忘れられるのではなく、嫌な思い出を良い思い出に変えていただいて、そして、今後とも、プラトンホテルを忘れずに、いつまでも覚えていただきたいのです。」と語ります。そう言われて、宿泊客は、「嫌な思い出を良い思い出に変えようというのですか。」と言い、山崎さんは、「はい。今後とも、プラトンホテルのことを嫌な思い出のホテルと思わないで、良い思い出とともに覚えていていただきたいのです。」と語り、「今後、何でもあれば、この私に」と言いかけ、今日で自分は退職なのだと気づき、横にいた新人ホテルマンを指して「今後、何でもあれば、この◇◇に言ってください。」と言い、それを聞いて新人ホテルマンは「はい、何でも、私、◇◇に言ってください。先ほどは大変失礼いたしました。」と言い、それを聞き、宿泊客は、「はい。さっきは、怖い人だと思いましたが、そうじゃなかったのですね。ガラス戸を割ってしまったのは私なんだから。あなたは悪くありませんよ。」と機嫌を直すという話がありました。 客商売でもその種類によって違いがある例の話でもあるでしょう。
※石ノ森章太郎と『HOTEL』については、
「ウィキペディア――石ノ森章太郎」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E3%83%8E%E6%A3%AE%E7%AB%A0%E5%A4%AA%E9%83%8E
「ウィキペディア――HOTEL:」http://ja.wikipedia.org/wiki/HOTEL  他参照。

  私が勤める千葉市中央区の建築会社に、4月から、不動産屋にちょろっといたという女性が縁故入社で入社してきた。「ちょろっと」でも不動産屋にいた人は、建築屋にはどうかな・・・と思ったのですが、不動産屋にいた人でもすべての人が同じわけでもないし、学生時代に居酒屋をアルバイトで経験した人がホテルマンになったりもするのですから、「ちょろっと」くらいならとも思ったのですが、やっぱり、不動産屋で「社員教育」・OJTされてしまっていたようでした。
  7月のこと、縁故入社で入ったその女性の為に、他の営業が担当のお客様の完成した家を利用させてもらって、入居者宅見学会を開催しようとして、男性社員2人が準備のために、そのお客様宅に前日に行ったのですが、縁故入社女は、そのお客様宅から戻ってきて、「まったく、KもUも作業服も着てこずに、いったい、何を考えてんでしょうかねえ。」などと大声で言い出したのです。  やっぱり、だめ! 不動産屋の女!男性が梁(はり)を運ぶと部屋中に入って座ってコーヒー飲むタイプ! この人は建築屋には無理です。 自分が作業服を着てきて整理・清掃をしているのに、男性が背広着てきているというのなら、まだわかる。 自分も作業服など着てきていないのです。 それで、よく、平気でそういうことを言う・・・と、建築屋なら誰もが思います。
  そして、まだ、男性社員がその女性の為に準備をしているのに、自分は先に帰るのです。 あきれた。 不動産屋の女! 建築屋には無理! 絶対、無理! 水と油。 女性が男性と同じだけの物を持つことはできない、というのはしかたがない。しかし、パートタイマーできているのなら時間通りに帰っても良いけれども、正社員として来ているのに、男性に整理・清掃・準備をさせておいて先に帰る“権利”が女性にあるわけではない。 男性が整理・清掃・準備をしていれば、男性よりは軽いものしか持てないとしても、女性も、何であれできることをするもの。それが、建築屋の常識! 不動産屋とは、そこが違う!
  さらに、「私は明日はぎりぎりしか行けないけど、早めに行ける人は先に行って準備しておくこと。」などとまで新入社員が大声で言い出した。 不動産屋! 徹底的な不動産屋! そういえば、私が八千代市に本社がある不動産の方が主の上記の某社にいたときも、「店長」になっていたオバサンは似たことを言ったことがあった。「先に行って準備しておいて。準備が終わったころに、私、言って接客するから。」「後、片付けておいてちょうだい。私は先に帰るから。」!!! 不動産屋! 建築屋からすれば、あきれた女! あきれた不動産屋! 病的なまでの不動産屋女! あきれた!
  私が店長・営業所長などであれば、次のように言います。
「あなた、接客しないでよろしい!」 と。
準備・片づけをしない者に接客する資格はない。 準備・片づけをしないなら、接客もしなくてよろしい。
それが、建築屋の常識。 不動産屋とは、そこが違う。 これを言えなくて、管理者・経営者と言えません。
  これは、社会人としてのレベルが高いか低いか、あるいは、家庭の教育が良いか悪いか、育ちが良いか悪いかの問題なのか、それとも、前職の職場の問題なのかというと、両方ではないかと思いますが、あえて、どちらの性質が強いかというと、不動産屋の「社員教育」の問題という性質の方が強いと思います。

  不動産屋の「社員教育」「OJT」は、建築屋においては害があります。 というよりも、不動産屋の「社員教育」「OJT」というのは、建築屋のみでなく不動産屋以外のすべての世界において、こういうことをしてはいけません、と言われることを教えているのです。

  それにしても、不動産屋というのは、他の業界とは世界が違う。
建築屋でなくても、男性が何か作業をやっていれば、女性社員も何であれできることをやるもので、女性であれ何であれ、自分が作業服を着てきていないのに、人に要求するような非常識は許されない。
営業の世界では、準備・片づけをしない者は接客もするべからず、というのは、不動産屋以外の業界では、どの業界でも共通するものと思うが、不動産屋だけは、他の業界の常識が通じないのです。  

           (2011.10.9.)


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なぜ、不動産屋の女は男性が梁(はり)を運ぶと部屋中に入ってコーヒー飲むのか?〜営業と会社の話(17) 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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