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zoom RSS 大阪人の倫理と日本人の精神―約束したカネを払わない者は嘲笑の対象〜営業と会社の話(16)

<<   作成日時 : 2011/10/07 15:58   >>

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〔第70回〕 東京圏の住人には、関西人嫌いの人、アンチ大阪とでもいうような人とがいます。 なぜ、嫌いなのか、というと、誤解によるものもあると思います。 だいたい、東京圏のオッサンが、1泊2日くらいで大阪に行ってきたという時、「大阪のどこに行ってきましたか?」ときくと、なんといっても、一番よく出てくる地名が、ダントツ1位で「飛田新地(とびたしんち)」。 私なんか、大阪で生まれ育ったけれども、飛田新地という地名は、10歳台の頃は知らなかったし、20歳台でも、地名は知っていても、どこにあるのかもどう行くのかも知らなかったし、今に至るまで行ったことない。それを、東京圏のオッサンというのは、飛田新地をよく知っているし、飛田新地が大好きなのです。そして、自分が飛田新地に行ってきたくせに、「大阪って、すごいところだよねえ。大阪の人間てすごいよねえ。」とか言って、「大阪の人間」のせいにするのです。 飛田新地に行ってきたのは(「飛田新地に行ってきた」というのは、昔の遊郭の建物というのはどういうものだろうか、と建築物の見学に行ってきたのではないと思いますよ、やることやってきたはずですよ)「大阪の人間」ではなくて、あんたでしょうが。 飛田新地に行ってきたのは自分なのに、なんで「大阪の人間」のせいにするのでしょうね。 そういうオッサンの頭の中の「大阪」というのは80%から90%以上が飛田新地でできているのです。 
※飛田新地については、
《ウィキペディア――飛田遊郭》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E7%94%B0%E9%81%8A%E5%BB%93 他参照。

  今となっては20年近く前、私が在来木造の某社にいた時、東京都内に住んでいた見込客の方で、「住友林業は大阪の会社だから、あつかましい」とか言っていた方がおられましたが、その時の話を聞いた限りでは、「あつかましい」のは住友林業よりもその方の方じゃないかという印象を受けました。どうも、自分が買い手の時に、値引きをしてもらおうとした時に、自分が引いてほしいと思っただけ引いてもらえなかったり、売り手の時に、値引きを要求されたりすると、相手が関西人だと、「関西の人間はあつかましい」というようなことを言う人がいるようなのです。 ビジネスである以上は、金額交渉の話が出るのは不思議なことではないし、同時に、引ける場合と引けない場合、通る話と通らない話というのもあるわけです。そういう時に、そこまでの値引きは求めても無理というような無茶な値引きを要求して、それできいてもらえないと、相手が大阪に本社がある会社であったり、関西発祥の会社であったり、担当者が関西出身であったりすると、無茶な要求を自分がしているということを理解しないで、「大阪の人間はあつかましい」とか相手のせいにしてしまうという人が東京圏の住人にはいるように思います。東京圏の住人でも、こういったことをわかっている人もいるわけで、すべての人が、関西人のせいにしておのれの精神的バランスを保っているわけではないのですが、しかし、そういう方はおられます。
  
  私は、大阪で生まれ育ち、東京圏の大学に行き、東京圏で就職して、転勤でも主に東日本に勤務してきました。転勤で何か所かに行って、東日本の人間でも、関東人と東北人では、東北の人間は人間的つながりが密で閉鎖的だとか言われたりすることがあるわりには、関西人に対して、関東人のような抵抗を持っている人は少ないということに気づきました。 出身県によって相性があるという話があり、関東人には関西を毛嫌いする人がいるのに対して、東北の人間にはそういう人は少なく、東北人は関西と合うかもしれない、と思ったのです。 だから、もしも、福島県の人たちが避難する場所として、都市圏に行く場合、近くで都市圏として東京圏が良いと決めつけないで、直線距離では遠くても、むしろ、関西圏に行った方が、相性が良いかもしれない、と私は思ったりもしています。
  江川卓が、作新学院卒業時に指名した兵庫県の阪急ブレーブス、法政卒業時に指名した福岡のクラウンライター ライオンズ、その翌年に指名した阪神タイガースを拒否したのは、栃木県というのは、「関東の一番北側の県」だと思っている人がいるけれども、実は、「東北の一番南の県」という性質があり、東北の一番南の県の人間として考えると、東北の人間としては、東京まで出ていくのがやっとであって、大阪・神戸や福岡まで出ていくというのはとても考えにくい大変なことなのだ、といったことを書いたものを何かの本で読んだことがありました。 そういうこともあるのかなあ・・・とそれを読んだ時には思ったのですが、正真正銘、東北の青森県出身の太田幸治でも大阪の近鉄バッファローズに行きましたし、だいたい、江川の場合は、法政卒業時に指名した福岡のクラウンライター ライオンズは、指名の権利が切れる直前に、埼玉県の西武に球団を売却しているのであり、関東地方の球団でなければ嫌だったというなら西武に行けばよかったのであり、兵庫県や福岡県では遠いとかいう話は、あんまり関係ないでしょう。 私は、在来木造の某社に在籍した時、実際に栃木県の佐野市の営業所に勤務したことがあります。 3年半そこにいました。それで、栃木県は、私が昔読んだその本に書かれていた「東北の一番南の県」というようなものではなく、やっぱり、関東地方だと思ったのです。 福島県とのごく県境付近は別として、それが良いとか悪いとかいうことではありませんが、関東という性格の県だと思いました。

  栃木県の佐野市に勤務していた時、エンゲル係数ならぬ、ラーメン係数(=ラーメン摂取回数÷全食事回数×100)が無茶苦茶大きい町だと閉口したのです。「ラーメンの街」として町おこしをしようということで、市で力を入れているというのはいいのですが、佐野市に行くと、「○○とラーメン」という店が矢鱈と多く(「洋食とラーメン」とか「定食とラーメン」とか「中華料理とラーメン」「かつ丼とラーメン」、さらには、「スナックとラーメン」とか。)、佐野市で外食しようとすると、ラーメンの店は多いのですが、ラーメン以外の物を食べようとすると、探すのに大変なのです。背広を着てネクタイをしていて麺類を食べると汁をネクタイに飛ばしてしまうことがあるので、私は、そういう服装をしている時は麺類は避けるようにしてきたのですが、佐野市ではそういうことを言っていると、外食はできなくなってしまうのです。 最初はおいしいと思った店のラーメンもそのうち嫌になってきたりします。 『ラーメン発見伝』という漫画で、ラーメン評論家・有栖 涼(ありす りょう)というオッサンが、「こっちは、ラーメンの正しい批評をするために、毎日、朝も昼も夜もラーメン食って、それで、夜中に原稿書いてんだよ。」とか言う場面があったと思いますが、あんたは、仕事のために、毎日、昼も夜もラーメン食ってるかもしれないけれども、佐野市に住んで外食すると、ラーメン評論家を仕事にしているわけでもないのに、毎日、昼も夜もラーメン食うことになるんだぞお、と思ったことがありました。  
※『ラーメン発見伝』については、
《ウィキペディア――ラーメン発見伝》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3%E7%99%BA%E8%A6%8B%E4%BC%9D 他参照。
※佐野ラーメンについては、
《ウィキペディア――佐野ラーメン》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E9%87%8E%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3
《佐野市観光協会》ホームページ http://www.sano-kankokk.jp/home.html 他参照。

  佐野市の営業所に勤務していた時のことです。ある見込客の方とお話させていただいていた時のこと、「○○さんは大阪の出身ですか。 大阪の人ってのは偉いですよねえ。本当にそう思いますよ。」と言われたことがあり、あれ? 関東の人間って、大阪人は嫌いじゃなかったのかな? と思ったことありました。 「大阪は、商人の街だけあって、大阪の人というのは、商売をするにおいて、本当に偉いと思いますよ。」と言われたのですが、私は「しかし、大阪でも、私などは、サラリーマンの息子で、家で商売をやっていたわけでもありませんし、大阪の人間にもいろいろな人間がいますし。」と言ったのですが、「そうじゃないんです。 このあたり(栃木県南部から群馬県南東部)は、少し前までは、繊維産業の町だったので、大阪の人とつきあいのある町だったんですよ。 たとえ、家で商売をやっていたとかでなくてもね、 大阪の人というのは、商売をする時に、たいてい、値引きの交渉をするんです。けれどもね、いったん、その値段でやりますということで契約すると、売り手の時には、たとえ、少々安い値段で契約しても、自分がその価格でやりますと言って契約した以上は、間違いなくその値段でやるんです。 買い手の時には、少々、高い値段で契約しても、自分がその価格で契約した以上は、何があってもその金額を払おうとするんですよ。」と言われ、私が「しかし、それは大阪の人間でなくても、安くても高くても自分がそれでやりますということで契約すれば、そうと違うのですか。」と言うと、「それは、あなたが大阪の人だから、そう思うんです。 それがねえ、このあたりの人間はそうじゃないんですよ。 自分がその値段でやると言って契約しても、後から、もう少しほしいと言ってみたり、その値段で買いますといって契約しておきながら、後から、もう少し下げてくれと言ってみたりするんです。 そのあたりが、大阪の人は、本当に偉いと思いますね。」と言われたのです。しばらく、佐野市で仕事をして、もしかすると、そういうこともあるのかなあ〜、とも思ったのですが、安かろうが高かろうが、売り手の時に、自分がその金額でやりますと言って契約した以上は、万難を排してやるものであり、自分が買い手の時に、その金額で買いますと言って契約した以上は、おのれの信頼・信用をかけて払うというのが当たり前であって、大阪の人であるかどこの人であるかは関係ないのではないか、とも思ったのですが、その方が言われたのは、「商人の街」であるだけに、大阪の人間は、そういう点が徹底していて、誰もがそういう認識をきっちりと持っている、ということでした。 あくまで、そういう点が徹底しているということで、東京の人間でも、「商売をする時に、たいてい、値引きの交渉をするんです。けれどもね、いったん、その値段でやりますということで契約すると、売り手の時には、たとえ、少々安い値段で契約しても、自分がその価格でやりますと言って契約した以上は、間違いなくその値段でやるんです。 買い手の時には、少々、高い値段で契約しても、自分がその価格で契約した以上は、何があってもその金額を払おうとするんです」という方はおられます。 その後、東京圏に戻り、大阪や関西圏に行くこともありましたが、この問題は、そうであるのかないのか保留ということで今日まできました。

   最近、中部大学教授・武田邦彦さんのブログhttp://takedanet.com/ を見ていましたら、《心が二つに分かれている時代》(平成23年9月19日)という稿 http://takedanet.com/2011/09/post_fe0f.html に、(大阪人でなくても、)日本人には借りたカネは返すという習性があるという話が掲載されていました。「引用はご自由にどうぞ」と書かれているので、それに甘えて、長々と引用させていただきます。 
≪  日銀で活躍していたある友人が今から15年ほど前に私に次のような話をしてくれました。
 「1980年代に日本の銀行もサラ金のような個人向け・無担保の業務に乗り出そうかと検討したが、最終的には銀行のやることではないということでやらなかった。でもその後の状態を見ると日本ではサラ金が大成功した。そのもっとも大きな理由は日本人は「借りたものを返す」という世界でも珍しい民族だったからだ」
  つまり、多くの国では短期間にお金が足りないから借りるという場合、借りたお金を返さないのですが、日本人は必ず返すという特別な人たちだというのです。
  同じような話を同じ時期に聞いたことを思い出します。ある総合商社で長い間、資金回収を担当し、重役にまでなった人でしたが、この人は、
「不思議なことに、海外のお金を回収するときに、相手の事務所が日本人の経営ならまず間違いなく資金は回収できた。でも不思議なことに、相手の事務所の経営者が外国人でも事務所に日本人が一人でもいれば回収は容易だった。本当に不思議だ」
と言っておられました。
  私はこの二つのことを聞き、江戸時代のことを書いた本を思い出したのです。借金をした人が証文に、「もし金子(きんす)を返さない場合はお笑いになっても結構です」と書いているのです。「笑われる」ということは日本では「死ぬより辛い」と考えられていたと解説されていました。「恥を知る」というのが日本の文化の根源にあるのですが、それは遠くアフリカからユーラシア大陸を横断し、ついに太平洋を望む最後の土地にたどり着いた私たち日本人のルーツなのかも知れません。
・・・・・・・・・
  そんなまじめな日本人、正直で誠実な日本人がなぜ、3月12日にころっと変わったり、科学者が事実を見ても原発を進めようとしたりしているのでしょうか? 福島原発事故で苦しんでいる多くの人は、実はこの矛盾を克服できないのではないかと思います。・・・・ ≫ (太字部分は、私が太字にさせていただきました。)

  武田教授が引用されている「江戸時代のことを書いた本」によれば、「大阪の人」でなくても、東京の人でもどこの人でも、日本人においては、「もし金子(きんす)を返さない場合はお笑いになっても結構です」という認識・思想があったということのようです。この「お笑い」というのは、当然、ほほえましいというスマイルではなく、こんな奴とはつきあえないというあざ笑いです。
  「日本人」に慣れて生活していると、武田教授が引用されている話の「日本人」に該当しないような日本人と出くわすとめんくらいます。 これだけの額をいつ支払います、と言いながらそれを支払わずに、それでいて、子供と嫁さん連れてハワイへ遊びに行っているような男、従業員に支払うべき給料をちょろまかして、ハワイでマンションを買う男、というのは、あざ笑いの対象となって、取引先には、もう、こういう相手とはつきあえませんとして、取引を止められる、従業員には逃げられる、求職者を紹介する会社・機関には、もう、こういう会社・相手には人を紹介することはできません、とされるということになっても、文句は言えませんし、言いませんと言っているということです。 あざ笑いの対象になっても文句は言いません、という意思表示をするということは、まともな「人脈」は作れない・作らないというつもりです、という意思表示をしていることでもあります。
  私は、ここしばらく、東京圏で暮らしてきましたが、元が大阪人で、在東京圏関西人、東京が日本だと思っている人からすれば「在日関西人」なので、もしかすると、こういう認識は在来東京人よりも強いかもしれませんが、在来東京人でも、いついくら払いますと言って支払わない人間とは「人脈」を作りたくないと思うでしょうし、いついくら支払いますと言って仕事をさせておきながら支払わない経営者の会社に勤めることはできないし、そういう会社・そういう経営者に人を紹介することはできないし、そういう人間とは「人脈」を作ることはできないと考えるでしょう。
  いくら支払いますと言って、それを支払わないでちょろまかす、ということをやってうまくやっていると思うような男、及び、そういうやり方を人に勧める男、というのを私は心より軽蔑します。 たとえ、ちょろまかしがうまくいくことがあっても、当然、それは「営業力」ではありません。そういうのは、日常の一般的な日本語で何と言うかというと「泥棒(どろぼう)」と言うのです。 泥棒と営業は違います。 そうやって買ったマンションというのは、建築屋の表現として、「家相が悪い」と言います。

  小学館から発行されている「ビッグコミック」の2011.10.25.号に掲載されている、佐藤優原作・伊藤潤二作画・長崎尚志脚本『憂国のラスプーチン』第27話 の中で、登場人物・憂木衛(ゆうき まもる)〔佐藤 優氏がモデル〕が、「これはソ連の崩壊から学んだ教訓です。 あの頃のソ連では、生き残るために 大勢が大勢を裏切りました。 でも盟友を陥れた者は、必ずほかの友人も失いました。…」と語る場面があります。
 払うと約束したものを払わない人間・支払うべきものをちょろまかす経営者というのは、人脈を失う人間であって、築ける人間ではないということになるでしょう。もしくは、ちょろまかすのが倫理だと教える、もしくは、それが倫理だと正当化してくれるような宗教的団体にでも入って、同類と人脈を結成することになるかでしょう。 ちょろまかし人間同士の「同病相哀れむ」で集まったような団体での「人脈」を作ると、逆に、そうでない人脈を失うことになる可能性が考えられると私は思います。

  世の中には、ちょろまかしを指導するような弁護士もいるようです。私は新型司法試験のことはあまりよく知らないのですが、旧型司法試験を念頭にいえば、大変な試験に合格できるまで努力して勉強したのは、そんなことをするためだったのか、とも思いますし、そんなことをするために弁護士になった人間というのは、それでどれだけの報酬をもらうのか知りませんが、その男の人生というのは、なんとも哀しい人生だなあと思います。 

☆ 今回の標題は、マックス=ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫他)をもじって命名しました。
                    (2011.10.7.)

≪ 「商い(あきない)でな、一旦商品売ると言うたら、どんなことしてでも品物を渡さんならんし、又買わんならん。それを結着言うんや。・・・」≫(花登 筐[はなと こばこ]『鮎のうた (上)』(1979.10.20. 日本放送出版協会)
   新華ハウジング(有)〔千葉市中央区鵜の森町〕(建設業)は、従業員の給料もちょろまかしまし、払いません。私が立て替えた経費も払いません。 社長 長○川 S二 の子分 U草A二 は、2011年7月、勤務時間中に、私に幕張の工事現場までクルマで送ってほしい、高速道路を使ってほしいと言い、私にガソリン代と高速道路代を立て変えさせた上で、JR「海浜幕張」駅までクルマで送らせましたが、実際は、「忙しい」と口にして会社の業務を滞らせながら倫理研究所の集会に社長・長○川 S二と一緒に出席するためのものだったようです。 そのガソリン代と高速道路代を新華ハウジングは今もって出しません。新華ハウジングが出さないのなら、U草もしくは長○川 個人が出すべきですがそれも出さずにちょろまかしています。こいつらには「信用」「信頼」などというものを尊重しようという認識はないということかもしれません。経営者というより泥棒・詐欺師・ペテン師です。 私からそのようなカネを騙し取っておき、一方で倫理研究所(=倫理法人会)にはカネをつぎこんでいたようです。 新華ハウジングの郵便受けには、日本維新の会 田沼たかし からの郵便物が届いていました。倫理研究所や日本維新の会は我々従業員のカネを騙し取った者の仲間ということ? でしょうか。
 (2013.12.14.) 


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