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zoom RSS 花登 筐(はなと こばこ)『銭の花』と『鮎のうた』に学ぶ営業論〜営業と会社のお話(2) 

<<   作成日時 : 2011/07/10 22:49   >>

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〔第47回〕 今回は原発事故・放射能汚染と直接は関係ない話題が中心です。
  花登 筐(はなと こばこ)の小説、及び、その小説を基にしたテレビ番組による営業論を述べさせていただきます。
  最近の若い人は・・・などという表現をするようでは、歳をいってしまったことになるのかもしれませんが、精神的には25歳から老けこまないという気持ちで生きてきたつもりではあるのですが、実際に20歳前後の人から見れば歳をいってしまったのは確かなので、ここでは無理に否定しないことにします。私が小学生の時に、テレビで、関西では読売テレビ、東京圏では日本テレビにおいて、花登 筐(はなと こばこ)の小説『銭の花(ぜにのはな)』(講談社)をもとにした『細腕繁盛記』なる連続ドラマが放映され、けっこう、視聴率を得たようです。そして、私がローニン中のこと、朝のNHKテレビでの連続ドラマで『鮎のうた(あゆのうた)』が放映されました(小説は『鮎のうた』NHK出版)。
  「ウィキペディア――花登 筐」によると、花登 筐は、1928年に滋賀県の大津市の近江商人の家で生まれ、同志社大学の商学部を卒業した後、大阪の綿糸問屋に勤め、その後、脚本家・小説家になり、1983年に55歳で他界したということです。 近江商人の家に生まれ、大阪・船場の綿糸問屋に勤めた経験をもとに、商売人の苦労を描いた話を描き、1970年代には、相当の人気を得ましたが、「俗耳に入りやすい話」でしかないという批判もあるようで、全体として見た時に、たしかに、そうかもしれないと思えるところもありますが、部分的には、けっこう面白く、そして、実際の営業にも参考になる話があると私は思っています。

※ 花登 筐(はなと こばこ)については、
「ウィキペディア――花登 筐」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%99%BB%E7%AD%BA
「ウィキペディア――細腕繁盛記」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E3%81%86%E3%81%A7%E7%B9%81%E7%9B%9B%E8%A8%98
「YouTube――細うで繁盛記 新珠三千代」 http://www.youtube.com/watch?v=zffvTTqOIpY
「YouTube――細うで繁盛記」http://www.youtube.com/watch?v=71FuRkpRQIU
「YouTube――わたしの旅立ち 小倉千波(jajanami)〔鮎のうた・主題歌〕」 http://www.youtube.com/watch?v=yAN8nyFMFec
他参照。
  「船場(せんば)」については、
「ウィキペディア――船場(大阪市)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E5%A0%B4_(%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82) 他参照。



<1>「おまけ」の話。〜『鮎のうた』より。

  大阪・船場の糸問屋・糸原(いとはら)の三代目・原田三之介は、伝統のある糸原商店をつぶしてしまい、妻となった鮎とともに、行商に出て糸原商店復興を目指しますが、なかなか、買ってもらうことができません。 ある時、相当に売っている男を見かけ、宿屋で、「どうすれば、そのように売れるのか教えていただけませんか。」と頼むが、その時に、その男は、
「わしは、商売なんかちっともうもうないよ。 わしは、子供の頃から、親父に、お前は無愛想で商売が下手でどうしようもない奴だと、ずっと、言われてきた。」と言う。
「けど、いっぱい、売ってはるやないですか。」
「ああ。わしは、もともと、人の機嫌とることもできんし、商売なんかちっともうもうないもんやから。それで、考えたんや。」
「考えたて、何を考えたんだす?」
「おまけ や。」
「ああ。おまけ って、値段を安くして売ること?」
「・・・・・。アホか。・・・・。それでは、相手の勝ちでこっちの負けやろうが。そうではなく、相手に負けさせるのや。」
「相手って、お客さんに負けさせるんですか?」 
「そうや。ええか。今、千円の物を売りに行くのに、100円のおまけをつけて売りに行ったとする。そうすると、その商品は、すでに900円でしか売れんということや。そうではなく、1000円の物を1000円で売る。いや、他の者が、1000円で売ってる物を、わしが1100円の値段をつけていたとしても、それでも、あんたから買いたいと、そう思ってもらえるようにするんや。 相手が『あんたには負けたわあ。』と言うてくれて、大喜びで、1000円の物を1000円で買ってくれたとしたら、こっちの勝ちで相手の負けや。 もし、たとえ、他の者がわしより安い値段をつけていたとしても、それでも、あんたから買いたい、とそう思ってもらえるようにするんや。」
「はあ。それで、いったい、どうしたら、そう思ってもらえるんですか?」
「それはやなあ・・・・。・・・それは、・・自分で考え。」
・・・と話すという場面があったのを覚えています。 これは、私が19歳の時に見たテレビ番組でしたが、この話は、ずっと、私の頭に残り、そして、「あんたには負けたわあ」という気持ちになってもらって、そして、大喜びで買ってもらえるようにするにはどうしたら良いのか、たとえ、他の者が自分よりも安い値段をつけていたとしても、それでも、あんたから買いたいという気持ちになってもらうにはどうしたらよいのか、ということが課題となり、そして、値段を引いて売るのがお客様の為にも良い営業というわけではないというということを、実際に営業の仕事を経験することにより、この話を思い出しながら認識してきたのでした。
  もっとも、自営業者であれば、自分だけの判断でできるのですが、雇われて仕事をする場合には、経営者の考えが異なる場合もあってうまくいかない場合もありますが、たとえ、それでも、この話は、営業の仕事をする上において、いつも心にも頭にも残る話でした。 「おまけ」という言葉を聞いて、「値段を安くして売ること」と即座に思う人が、実際の営業の仕事をある程度してきた人にも少なくないと思いますが、そうではないのです。



<2> 営業成績のグラフについて〜『鮎のうた』より

  船場の糸問屋・糸原商店は3代目の三之介になって、どうも、業績が伸びません。 ごりょうさん(三之介の母)は、糸原商店のおひさん(太陽)になってくれるお嫁さんを三之介にもらってやろうと思い、業績の良い八田商事から嫁をもらいますが、八田商事から来たお嫁さんは、八田商事から支配人まで連れてきてしまいます。 八田商事の四天王のひとりと言われた中川という男が来て、そして、糸商の男たちが営業に出た後、若旦那の三之介に、「若旦那。申し訳ありませんが、ちょっと、グラフを作ってもらえませんか。」と言い、若旦那は大喜びで営業成績のグラフを作り、「どうや。ええのができたやろう。」と見せ、中川は「これは、なかなか、いいのができましたなあ。」と言います。そして、営業の者が外に出ている間に中川が電話で取った契約を、丁稚(でっち)の市川という若い男に、「市川。 この分をおまえが取ってきたことにしておけ。」と言います。市川は「え?」と驚きますが、支配人の中川の言うことなので従います。
  営業の者が戻ってきて、その売り上げをグラフに書き込むと、その合計が全体の数字と合いません。 中川は、「そうや、市川くんの分が抜けていたな。」と言い、実際には中川が電話で取った契約で市川が取ったということにしたものをグラフに書き込みますが、そうすると、今まで長く営業の仕事をしてきた糸原商店の男たちの誰よりも、今まで丁稚しかしていない市川の売り上げの方が多いことになります。 
  それを見て、若旦那が、「なんや、おまえら。 おまえら、長年、この仕事をやってきたくせに、丁稚の市川くんよりも売れんのか。何考えとんのじゃ。おまえらは。」と罵ります。 そして、中川が「明日からは、市川くんの分もグラフを作っていただく必要がありますな。」と言い、若旦那が「そうや。市川くんの分も作らんとな。」と言った時、ごりょうさん(三之介の母)が、「もうひとり、名前が抜けている者がいるのと違うか。」と言います。若旦那が「もうひとり?」ときくと、「そうや。三之介という名前が抜けているのと違うか。営業の者が、一日足を棒にして売りに回ってきて、それで、一番少ししか売れんかった者にしても、それでも、一日、暑い中、外を歩き回って売りに行って来たんやないか。 たとえ、一番少ししか売れなかった者にしても、その契約もらうのに、どれだけの苦労をしたと思ってますのや。それを、一日中、部屋の中にいて、小学校の子供の宿題みたいなグラフを作っていただけの男に罵られて、いったい、誰がやる気をだしますか。えらそうな口きくなら、まず、自分で、売ってきなはれ。」と言います。 三之介は、「アホなこと言いなはんな。わてはこの店の主人だすで。どこの店に、主人が売りに歩く店がありますか。」と言いますが、ごりょうさんは、「それなら」と八田商事から来たお嫁さんに、「八田商事の今のご主人、あんたのお父さん。若いころ、自分で売りに行かれたのと違いますか。 そして、誰よりも多く売ってこられたのと違いますか。」と言うと、「そうです。」という答。そして、若旦那は、翌日から自分も売りに出かけることになります。
  糸商の営業の男たちは、「あの、市川とかいうヤツ、あいつ、本当にあれだけ売ってきたのか。」と疑問に思って話しあいますが、市川は、支配人の中川に、「自分の力で売ったわけでもないのに、わてが売ったように人に思われるのは嫌です。」と中川に頼みます。中川は、「そうか。 市川が売ったということにしたのは、それは、この店で長く営業をやってきた者が、今まで営業をやったことのない市川が自分らよりも多く売ってきたというのをグラフで見て、『これはいかん。なんとかせな、大変や。』と思ってもらおうと思ってしたことなんやが。それなら、いいわ。」と言い、そして、そのかわり、翌日から、自分も自分の力で営業に行かせてほしいという市川の希望をききます。 市川は「しかし、その、やる気をだしてもらおうというのは・・・それは、いいんですか?」とききますが、中川は、「ああ。それは、もうあかんのや。」と言います。 市川は「どういうことですか?」と尋ねますが、支配人の中川は「それはな。 店の営業の者に、もっと売ってもらわないかんじゃないか、と言うのは、それは別にグラフなんか作らなくても、口で言えばいいことだったんや。 それを、あえて口で言わずにグラフにして貼り出したというのは、『 今まで丁稚しかやったことのない者が自分らよりも多く売っている、これは情けない、これはなんとかせんといかん。これは大変や。』と思ってもらうためやったんや。グラフにしてあるだけで、何とも言わん。しかし、営業をやってきた者は、それを見て、『これは情けない、こりゃいかん』と怒りが自分自身に向くように、その為にグラフを作ったんや。ところが、若旦那が、大声で怒鳴りつけてしまった。それで終わりや。それで、自分自身に向かいかけた怒りの気持ちが、若旦那の方に向いてしまったんや。『このバカ旦那めがあ』とな。おまけに、ごりょうさんが、それをきっちりと指摘した。だから、もう、グラフの効き目はもうないんや。」と説明します。
  私は、若いころ、営業成績のグラフなどが貼り出してある会社の話などを見て、あんな仕事は嫌だなあと思い、そして、そういう仕事にはつきたくないと思うからこそ、営業みたいな仕事をしなくても良いようにと思って一生懸命勉強をして努力したのでしたが、結局そういう仕事につきました。 しかし、営業グラフというのは、この花登 筐の『鮎のうた』に出てくる話では、「なんじゃ、おまえら、そんなにちょっとしか売れんのか。何考えとんのじゃ。このあほんだら。」と言うためのものではなく、逆に、何も言わずに、自分で見て、「こりゃいかん。なんとかせんといかん。」と思ってもらうためのもので「なんじゃ、それだけしか売れんのか。」と口に出したらグラフの意味がなくなる、というもので、私が持っていた印象とは違ったのです。 そして、自分が営業の仕事をやってきて、やはり、もしも、グラフを作るのであれば、グラフというものは、この『鮎のうた』の支配人・中川の考え方のような使い方をするものだと思うようになりました。 この話の内容を理解できている人もあれば、できていない人もいるのではないかと思います。できている経営者もいれば、できていない経営者もいるでしょう。 別の考え方をする人もあるのかもしれませんが、私は、グラフというものを、もしも、作るなら、やはり、この『鮎のうた』の中川のような考え方で作るものと思います。




<3>「寿司食いてえなあ」の営業 〜『細腕繁盛記』(『銭の花』)より。 
 
  静岡県 伊豆熱川(あたがわ)の温泉旅館・山水館に嫁入りした加代は、山水館を団体客中心の旅館として発展させようと努力します。小姑にあたる正子は、兄嫁の加代にいやがらせをするものの、正子の方が追い出されるようになって、東京へ行きますが、東京で住み込みで雇ってもらおうとしても、米穀通帳も持っておらず、おいてもらえずに困っていたところ、女嫌いで通っている男寿司という寿司屋の親爺が、兄嫁に追い出されたという正子の話を聞いて雇います。正子は、宿屋の娘であったということから伝票つけをさせられますが、食事時間になっても、食事をする様子がありません。 「食事は、まだかねえ。」と尋ねる正子に、店員が、「寿司屋とか料理屋というものは、客が食事をしてから後で、自分たちは食べるものだ。 自分たちが満腹になって、もう、何も食べたくないという気持ちになって、それでは、おいしい寿司が握れねえだろ。 空腹で、ああ、寿司食いてえなあ〜あ・・・・と思いながら握るから、おいしい寿司が握れるんだ。だから、我々の食事は、もっと、後だ。」と言われます。
  それで、その後、実際に、食堂・料理店は、店の店員が、客が食事をするより後で食事をするようにしているのかどうか、こっそり、観察させていただいたところ、たしかに、客より後、昼であれば、午後2時くらいから昼食を取っているらしい店もあったのですが、中には、むしろ、客よりも先に食事をしている店もあったようです。物は考えようで、客が食べるものを「食いてえなあ〜あ」みたいな顔をして見ているよりは、きっちりと食事をして、仕事をした方が良いという考え方もあるのかもしれません。又、いつも、客が食事をする時間よりも後で食事をしておれば、生活のリズム、食事のリズムが変わり、客が食事をする時間帯は自分の食事の時間帯ではなくなる為、「寿司くいてえなあ〜あ」という意識にはならないのではないかという点、さらに、朝食を9時頃にとって、昼食を2時頃にとったとすると、客より後で昼食をとっているのか先に取っているのかどちらかよくわからないことになるという点にも気づきました。 私自身は、夏休みに保養所でアルバイトをして、配膳の仕事をしたこともありますが、その保養所では、お客様に用意した後、お客様とほとんど同じ時刻に従業員も食事をしていましたが、それは、次から次へと注文が入る町の食堂と違って、すべての人に同じものを同じ時刻に出す保養所であったから、そうできたのだと思います。 
   この、≪「寿司食いてえなあ〜あ」と思いながら寿司を握るから、おいしい寿司が握れる≫という考え方は、その後、私が営業の仕事をする上でのひとつの指針となりました。 大学を卒業して最初に勤めた住宅建築請負業の会社で、最初に契約していただいた方から「うちの家なんかを参考にして、そのうち、○○くんも、うちなんかのような小さい家と違って、豪邸建ててくれなあ。」と言っていただいたことがあります。 それは、もしも、自分がそのお施主様であったらどう考えるだろうか、自分がお施主様だったらどうするだろうか、といったことを常に考え、そして、自分ならこれはやらない、自分なら、勧められても断ると思うようなものを、見込客・契約客に勧めるようなことはしなかったから、お施主様の家を自分の家である場合と同等以上に考えて仕事をしてきたから、だから、そう言っていただくこともできたのであると思っています。 私は、住宅屋というものは、「寿司食いてえなあ〜あ」→「こんな家建てたいなあ〜あ」と思いながら仕事をするものであると思ってきました。  
   ところが、そうでない人がいることに気づいたのです。 自分なら、そんな家、建てないわな〜あ・・・と思うような家を、「いいねえ〜え、ものすごくいいじゃん。いいよお。」と言い、自分なら、そんな土地は、絶対に買わないはなあ〜あ・・・と思うような土地を、「いいじゃ〜ん。買おうよ、それ、ものすごくいいじゃ〜あん。絶対、それ買おうよ、絶対いいよ。」と言う人がいる、そして、それを「営業力」だと思っている人がいる、ということに気づいたのです。
   ひとつには、「従業員の営業」と「社長の営業」の違いという場合もあります。 オーナー経営者には、自分はオーナー経営者であり、一般のサラリーマンとは違うという意識の人がいて、自分なら絶対買わないわ、というような土地、自分ならそんな家は建てないわ、というような家でも、一般のサラリーマンなら買えばいいじゃないか、建てればいいじゃないか、という意識の人がいるらしいのです。その点、「従業員の営業」の場合は、自分ならこうだけれども、ということを考え、自分なら建てない、自分なら買わないというようなものを、客に勧めて良いのか、ということを考える場合が多いと思うのです。 
   『築地魚河岸三代目』という漫画が、小学館から月2回発行されている『ビッグコミック』という漫画雑誌に掲載されています。 そこに、「マツカワ」という伝説のカレイの話がありました。 「マツカワ」という、おいしいと伝えられる伝説のカレイが、たとえ、手に入っても買わない・売らないという仲卸の者に、三代目が「どうして?」と尋ねると、「だって、そんな魚、食べたことないもの。」と魚河岸の娘が言います。三代目は「え? それだけ?」と言うと、別の仲卸の男が、「いや、立派な理由ですよ。 自分が食べたこともないような魚を、お客に売れますか? 」と言います。 三代目は、なるほど、と思いながらも、伝説のカレイに魅かれて・・・・という話ですが、この築地の仲卸の人たちの話も、「従業員の営業」の方の考え方、「寿司食いてえなあ〜あ」「こんな家建てたいなあ〜あ」の営業の立場をとっているようです。自分が食べたこともないような魚を他人に売るわけにはいかない、という考え方と、自分が施主の立場なら建てないような家、自分が施主の立場なら買わないような土地を客に勧めるわけにはいかない、と考える立場は、姿勢が共通していると思います。

※ 『築地魚河岸三代目』(はしもと みつお 作画)については、
「ウィキペディア――築地魚河岸三代目」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%89%E5%9C%B0%E9%AD%9A%E6%B2%B3%E5%B2%B8%E4%B8%89%E4%BB%A3%E7%9B%AE  他参照。

   オーナー経営者でなくても、雇われて仕事をしている人間でも、「社長の営業」の方の営業をやる人はいます。中には、「いいじゃん、いいじゃん、ものすごくいいじゃ〜ん。」と言われて、それで、買ってしまう人もあるようで、そうなると、営業として、どちらが優秀なのかわからなくなってきてしまいますが、どちらが優秀であるかにかかわらず、私は、「従業員の営業」「寿司食いてえなあ〜あ」「こんな家、建てたいなあ、住みたいなあ」の営業しかできないし、たとえ、今後、オーナー経営者になることがあっても、それでも、「従業員の営業」「寿司食いてえなあ〜あ」「こんな家、建てたいなあ、住みたいなあ」「自分ならこう作る。自分なら、この土地を買う。自分なら、その土地は買わない。」という方の営業の方をやると思います。 「社長の営業」「自分が施主の立場なら買わないような土地を『いいじゃん、いいじゃん。ものすごくいいじゃ〜ん。』と言って売ろうとする営業」の方はやらないし、やれないと思います。
   料理屋・食堂でも、「寿司食いてえなあ〜あ」と思って握るからおいしい寿司が握れるんだ、という考え方の店もあれば、「どうせ、客が食うんだあ〜あ」という姿勢でやっている店もあり、どちらが繁昌するとはいちがいにいえないのと似ているかもしれません。
画像

 ↑ 花登 筐(はなと こばこ)『銭の花・上』(右)〔1970.1.12. 講談社〕
        同         『銭の花・中』(左)〔1970.2.20. 講談社〕


<4>社長は、自ら営業をやってみるべきか。 社長とは自分ではやらないものか。〜『鮎のうた』より

   上の、糸原の三代目が営業のグラフを作って、あまり多く売れなかった店の営業に対して、自分自身は、「一日中、家中にいて、小学校の子の宿題みたいなグラフを作っただけの男」(糸原の ごりょうさん の言葉)であるにもかかわらず、「なんや、おまえら。 おまえら、長年、この仕事をやってきたくせに、丁稚の市川くんよりも売れんのか。何考えとんのじゃ。おまえらは。」と罵ったのを、ごりょうさんが、「社長なら、人にえらそうに言う前に、自分自身で、まず、売ってみなはれ!」と言い、三代目・原田三之介が、「わては社長だすで。 社長自ら売りに行くような、そんな店がどこにありますか。」と言い返し、ごりょうさんが、「それなら、八田商事の今のご主人。 若い頃、自分で売りに行かはったのと違いますか。 そして、誰よりも多く売られたのと違いますか?」と発言する場面には、私は驚きました。
   なぜなら、会社の社長とか経営者というものは、若旦那の三之介が言うように、自分は売りに行ったりしないで、“社長室”とかいうような部屋、なんというか、「下におろ〜お」「ズが高〜い」とか言われそうな、格式ばっかりあるような部屋に一日中いて、「秘書の女の子」にコーヒー入れてもらって、一般従業員が使っている机の3倍か4倍あるようなどでかい机に向かって、肘掛つきの椅子に座り、「右手に日経、左手にエロ本」を、一日中見ていて、たまに、下界におりてきて、実際の営業などわかっていないくせに、営業の人間に、「なんじゃ、おまえら、そんなちょっとしか売れんのか。アホか、おまえらは。」とか、勝手なこと言って、そして、また、「天上界」の社長室に戻って、「秘書の女の子」にコーヒー入れてもらって、エロ本読んでいるというのが、それが、マア、社長とかそういう人種か・・と思っていたのでした。 実際、福島第一原発の事故に際して、何であったか、週刊誌の記事によると、東電の社長というのは、社長室で(エロ本ではなく)哲学書を一日読んでいるとかいうようなことも書かれていましたが(東電の社長というのは、要するに土下座要員ですか???  もう少し軽度のものならともかく、放射能汚染というのは、たとえ、土下座されても、およそ、それで良いことにできるようなものではありませんね。)、『鮎のうた』の話は、それと、まったく、違ったのでした。 そして、やはり、企業の指導者として、あるべき姿としては、やはり、『鮎のうた』で ごりょうさん が言う話のようなものであろう、と思ったのです。 そして、この20歳前に見たテレビ番組での話は、いつまでも、私の頭というのか心というのかに残り、経営者というものは、そうあるべきものだ、財閥系企業など、オーナーが経営者になっていない会社で、「誰よりも多く」売った人間が経営者になるというのでは、経営者としての能力よりも一線の営業の能力が優れた人間の方が経営者になってしまうので、最も多く売った人間が経営者になるというのがふさわしいわけではないとしても、自分で売ってみるという経験を経ることが経営者には必要であろうと思うようになったのでした。 
    営業とは、経営者とは、そういうものだと、『鮎のうた』の話を見て、思ってしまったのでしたが、実際に、会社というところに勤めて、そして、営業という仕事をしてきて、経営者とは『鮎のうた』の話のようなものか、というと、中にはそういう人もあるのかもしれないけれども、そうでないケースも相当に多い、と思うようになりました。 『鮎のうた』で、三之介が実際に売りに出るようになったところ、帰りに八田商事に寄るように八田商事から来たお嫁さんに言われて寄ると、「若旦那が売った」ということにするための契約が用意されていて、その結果を発表して、八田商事からきた支配人の中川が「さすがは若旦那」と言い、そして、若旦那が得意がり、ごりょうさんが、「あの子は、本当に自分で売ってきたのか? そうじゃないやろ。 今まで、営業の仕事をしてきてない者が、いきなり売りに行って、そんなに簡単に売れるものやないはずや。 わてはな。あの子が、自分で売りに行って、ちっとも買ってもらえずに、それで、戻ってきて、店の者皆から、『なんじゃ、やっぱり、バカ旦那やったなあ』言われて、笑い物にされても、それでもええと思っとったのや。 それで、三之介が『ああ。わては、バカ旦那やった』と気づくことができれば、それでええんや。 それを、いったい、どうやって取ったんや、あの子の契約は。あの子が自分で取ったものでないことは間違いない。 自分で苦労して取ったわけでもないのに、自分の契約や言うて得意がるようなら、そんなことなら、売りに行かん方がましや。」と情けながるという場面がありましたが、形式上、「売った」ということになっていても、『鮎のうた』と似たようなケースであったり、経営者の一族の場合には、常に条件の良い営業所に配属されるようになっていたり、時期によって売れた時も売れなかった時もあるような時、経営者の一族には、売れた時のことを取り上げて「売れた」ということにして、気に入らない人間については、売れた時もあるにもかかわらず、売れなかった時のことで相当前のことを取り上げて、「売れない」ということにしてみたり、他の営業と「バッティング」(見込客が他の営業とぶつかること)した時、経営者の一族や経営者の気にいる人間の場合には、常に、その人間の担当としてみたり、下請け業者の紹介客などを契約させて、それを経営者の一族やへつらい者の契約にして、その上で、「営業は売るのが仕事だわなあ」とかぬかしてみたり・・・・・といったことは、マア、珍しくもないことであり、『鮎のうた』の ごりょうさん の考え方のような経営者は、奇特な方という気がいたします。
      「社長なら、人にえらそうに言う前に、自分自身で、まず、売ってみなはれ!」というものが社長・経営者であるのか、「どこに、社長が(経営者が、オーナーが)自分で売りに歩く会社がありますか。」というものであるか、という2つの正反対の考え方において、後者、糸原の若旦那が発言したような認識の経営者の方が、実際には多いのではないかと思います。
     ドイツ語で、“ Sein” と “Sollen” という言葉があり、「ザイン」(Sein)とは「あるもの」、「ゾルレン」(Sollen)とは「あるべきもの」を意味します。 学者というものは、ひたすら学問的真理に心身を尽くすものであるというのは、「ゾルレン」(「あるべきもの」)でしょうけれども、原子力発電所などという危険極まりないものを「安全で〜す」「日本の原子力発電所は安全で〜す」と言い続けてきたような原発推進派の「学者」がそうであるかというと、「ザイン」(あるもの)としては、どうも、違うようなのです。
    経営者たるもの、「まず、自分で売って来なはれ」という 糸原商店の ごりょうさん の発言にみられる姿勢は、「ザイン」(“Sein” 「あるもの」)としては、相当に怪しいと考えるべきであると思いますが、それでも、「ゾルレン」(“Sollen” 「あるべきもの」)であるというのは、やはり、間違ってはいないと私は思います。
〔(追記) 『鮎のうた』からの話については、〔第80回〕《ペタジーニ と 『鮎のうた』に学ぶ 営業の基本動作 〜営業と会社の話(22) 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201112/article_3.html でも1点述べました。そちらもご覧くださいませ。(2011.12.30.)〕


<5> 「熱海や伊東ならともかく、熱川に、それも、こんなちっぽけな宿屋に、なじみでもない客が、東京から来るわけにゃーずら。ましてや、大阪からなんて、来るわけにゃーずら。」「いいえ。来ていただきます。東京からも、大阪からも。絶対に来ていただきます。」(『細腕繁盛記』)の考え方について。

   福島第一原発の事故がおこった福島県の浜通り地方の いわき市に、私は、かつて、勤めた会社で勤務した時があり、福島第一原発のある双葉郡大熊町・双葉郡双葉町にも何度も行ったことがありました。 そして、ここはいい所だなあ、と思い、どうして、原発みたいなものを誘致してしまったのだろう、と何度も思ったことがありました。
   原発事故の後、週刊誌などを見ると、「福島県のチベット」などと言って(チベットに失礼な表現でもあるのですが)、双葉郡はどうしようもない場所であり、原発を誘致するしかしかたがないのだというようなことを言われて、原発ができたというようなことが書かれているのを何度も見ましたが、私自身が、いわき市や双葉郡の地元の人から、「ここは、何にもない所だ。どうしようもないところだ。」と何度も言われ、そのたびに、「どうして、そんなこと言うの。そんなことないじゃないの。」と思ったことがありました。
   「ここはどうしようもない」という意識を持ってしまった人というのは、『細腕繁盛記』の「熱海や伊東ならともかく、熱川に、なじみでもない客が東京から来るわけにゃーずら。ましてや、大阪からなんて、来るわけ、絶対にゃーずら。」という意識を持ってしまっていた人と似ているようにも思います。 『細腕繁盛記』の主人公・加代さんは、「いいえ。来ていただきます。絶対に来ていただきます。東京からも、大阪からも、熱川に、この山水館に、絶対に来ていただきます。」と語り、そして、東京からも大阪からも、新規のお客が来館するようになるのですが、『細腕繁盛記』の山水館の加代さんの場合は、山水館が旅館であった為に、観光客を東京と大阪から呼ぼうということになるのであって、その地域の繁栄のために、観光が良いのかどうかというと、観光の場合は、悪くすると、地元の人間が東京など都会の人間のドジンになってしまうような結果となるおそれもあり、良いかどうかはわかりません。 しかし、原発以外のもの、原発以外の産業に、「なにがなんでも」実現しようと努力したならば、その努力が実ったか実らなかったかはわからないけれども、少なくとも、その場所が放射能汚染によって住めない場所になってしまうということにはならなかった。 原発はアヘンだ、と考えるべきではないでしょうか。 それがある為に、実現するかどうかはわからないけれども、他の道でその土地を繁栄させようと努力する姿勢を奪ってしまうアヘンだ、と考えるべきでしょう。  福島県の双葉郡の人たちは、原発というアヘンを誘致するのではなく、「いいえ。来ていただきます。東京からも、大阪からも。絶対に来ていただきます。」と『細腕繁盛記』のように思うことができたらよかったのに・・・・。 大熊町の酒屋の主人が、「一時帰宅」で避難先から戻ってみると、店はこじあけられて、レジのカネも商品も奪われていて、「そんなに悪い人の多い地域ではないはずなんだけれども」と情けながったという話が「ヤフーニュース」に出ていたのを見ました。 私も、いわき市の営業所に勤務した時、大熊町や双葉町、その北の浪江町や南の富岡町・楢葉町の人たちと接してきて、「そんなに悪い人の多い地域ではないはず」と思いましたし、今も思っています。 「そんなに悪い人の多い地域ではないはず」だと思うからこそ、「いいえ。来ていただきます。東京からも、大阪からも。絶対に来ていただきます。」と『細腕繁盛記』のように思うことができずに、原発などというアヘンを誘致してしまったことを、なんとも、悲しく思います。

  「朝日新聞」2011.7.10. の一面に「縮む福島」として、「 県外避難3万5776人(7月4日)、住民登録1万7524人減(3〜5月) 」などが掲載されています。 福島県の人たちには情けないことでしょうけれども、しかし、その土地とそこに住む人間の両方を守るのが本来ではあるでしょうけれども、もしも、その土地を守ることができないとしたら、そこに住む人間だけでも守るべきであり、その土地を離れれば人間を守ることができるかもしれないが、そこに居つづければ、人間も滅びるとすれば、人間だけでも守る、助けるべきだということになると思います。 「他県に行けば福島県人差別にあう」などという「風評」を誰が広めたのですか? 誰がどういう目的で広めたのですか? 大変でも、他県に避難すれば助かる可能性があるならば、土地よりも人間が大事であるのではないのか。 その土地の生まれではないけれども、その土地に生まれ育った人ほどではないとしても、その土地に愛着のある者として思います。
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 ↑「朝日新聞」2011.7.10. 
 《 縮む福島 県外に避難3.6万人 失業4.6万人》
 《 廃炉までに数十年  福島第一 東電、中長期工程》
 《 牛の高セシウム 南相馬産11頭に》 といった記事が掲載されています。


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鮎のうた〈上〉 (1979年)
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花登 筐(はなと こばこ)『銭の花』と『鮎のうた』に学ぶ営業論〜営業と会社のお話(2)  慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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